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先日(16日)義父が亡くなりました。2月初旬の検査入院後 自宅療養を続けていた義父ですが3月末になって自分から入院したいと言い出し病院に交渉して入院。そのまま帰宅する事は叶いませんでした。(実際はかなり病が進行していて義父以外は帰宅できない事を十分承知していた状態でした)気丈に入院した義父でしたが3日程すると混乱し始め『家に帰りたい』と看護師さんらを困らせるようになりました。病室に見舞いに行くと何時間でも話し続け必死に引き留めます。元気な頃の義父はよく働く人でしたが、変わり者とか頑固者という表現では追いつかない程 付き合うのがとても面倒で世間の狭い人でした。世間を疑っているクセにヘタな訪問販売のカモにされた事もあります。義母を気遣って『たまにはみんなで外に食事に行こう!』と誘うと『ワシは行かんからみんなで行きー』と言って結局 母が父の食事を作ってから出かける事になるのはよくある事でした。こんな義父と50年近くも一緒に居た義母は尊敬に値します。そんな義父ですが入院を期に一対一で話す時間が増えて思ったのは父は父なりに家族の事を思ってやってきたしこれからもそうしていきたいこの家には自分が居なくてはいけないと思っているという事でした。もしかすると,これまで一見頑固な態度と思われる事も家族の事を思っての事であったのかもしれません。--------------亡くなる前日 ふっと思い立って病室に行き義父と話す事ができました。昏睡気味の中で何かを伝えたい様子でしたが声にならず全く理解する事ができません。ただ 東京に赴任中の夫が翌日 帰阪する事を伝えると大きくうなずいてこちらを見ていました。その時 涙が少し流れていたのは『何かを悟って』の事なのかずっと寝たきりだったので目に涙が溜まってしまっていただけなのかはよくわかりません。個室でとても眺めのよい部屋なのに酸素吸入器のコポコポという音しかしない殺風景な病室でしばらく会話にならない会話を続け疲れた父が眠るのを見届けたのが私と義父の最後でした。臨終には立ち会えなかったし夫の家の習慣で火葬場までのお見送りとお骨を拾う事はできませんでしたが最後に話が出来てヨカッタです。------------------ただひとつ不満なのは必ず出てくる医療制度的な問題。入院当初からせん妄の為 転院をすすめられその相談や段取りでかなりヤキモキしました。結局 状態が悪化して転院する間もなかったわけですがとても名のある病院なのに急性期の医療・看護に拘っている為 相談員さんや看護師さん・主治医の対応がイマヒトツに感じられました。不親切とか不適切というわけではないのですがちょっと冷たい。叶うなら早めにもう少し居心地のよい所に移してあげたかったです。(病院側も早く出て行ってほしかっただろうけど・・・)純粋に入院してる家族の為に時間を使いたいのに制度がさらに問題を増やすってのはどうなんだろう?もう何度もぶつかっている事ですが一向に慣れないし納得いきません。--【その他の日記】-----------------わんこ&にゃんこ晩ごはん日記ひとりごとblog
2011.04.26
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昨年の11月から育てているミニ大根いよいよ収穫です立派に育った葉を持ってえいっと引き抜いたら・・・・(´・ω・`)ショボーンチョーミニミニ大根でしたでも もうトウ立ちしそうでこれ以上の生長は期待できなかったんですヨ。敗因は・・・寒さに当たりすぎて根が育たなかった肝心のお味は皮が薄くてえぐみがないので皮付きでも生食できるおいしさ保存食用に干し大根をいくつか作り、残りを即席漬けと豚汁にして戴きました。りっぱ~な葉っぱは今 干しているので乾燥したらふりかけにする予定です・・・。--【その他の日記】-----------------わんこ&にゃんこ晩ごはん日記ひとりごとblog
2011.04.24
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『それじゃブレリアは歌えないヨ』スペインからやってきたカンタオールに言われました。盛り上がりに欠けてるから歌えない。ソレアから続く最後のブレリア事前に打ち合わせてあって直前のジャマーダで先生も彼に合図をしていたので入り口が解らないわけではない。でも 歌って貰えなかった・・・。直輸入した彼はホンモノだから例えドシロウト相手でもお義理で歌う事はしない。だってそうするとフラメンコじゃなくなるから・・・・。キレイとか格好いいとかではなく最低限フラメンコでないと応えて貰えないんだナ。仕切り直して・・・。エスコビージャの所からひとしきり足を踏んだらスピーダとレマーテを何回か繰り返してブレリアを呼ぶジャマーダ心臓破りな振付。あっ・・・歌った・・・。ホッ・・・。それから同じくスペインから来たギターさんとちょっと相談して『やっぱりあがらないからバックであげるネ』って。・・・やさしいんだナ。彼はフラメンコにすごーく真面目で私達相手でも踊りを見ながら後ろですごーく探っているのをビシビシ感じる。なんかうっかりな事できないなぁ~・・・。って不安になってオットットってなりそうになるんだけどそこはちゃんと拾ってくれる人なのです。再び仕切り直し。今度は最初から通して。今度は絶妙なテンポで勢いがついた最初のレマーテを踏んだとき『あっ そうだワタシこんな感じでやりたかったんだ』と思った。歌えっ!ブレリアを呼ぶ。・・・応えてくれた。ホッ。ソデにハケたら『muy bien! いいソレア・ポル・ブレリアになりましたネ』と言ってくれた。(・・らしい。)メンバー的には・・・いえいえ すばらしい演奏でございました。へへ~(平伏)だったんだけどナr(^▽^;死ぬ気で歌を呼ぶってこういう事なんだと身をもって感じた夜でした。『歌って呼ぶものだったんだ~』ひょんな事でのほほんと気づいてから7年目の春教えられた通りにただ動くだけでは伝わらない。自分で決めた限界はただの思い込み。 --【その他の日記】-----------------わんこ&にゃんこ晩ごはん日記ひとりごとblog
2011.04.14
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春っていいナ。ぽかぽか陽気でワンズはぐったりだけど・・。--【その他の日記】-----------------わんこ&にゃんこ晩ごはん日記ひとりごとblog
2011.04.07
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