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その8(9/13 UP)
真冬のすばる
(その8)
その男はまっすぐその半分朽ちたような映画館に入っていった。
そこで上映されているような映画を見ようかというには雰囲気がやたらと尖っている。
肺病でも患ったかのような痩せこけた風体だ。
噂では大学出のインテリヤクザということだがその面影を探すのに苦労した。
わたしはその男のふたつ後ろの席に座った。
ただ男と女がヤリまくってるだけのそのスクリーンを観ているのかどうか定かではないが身じろぎもしない。
その男の周辺だけ氷の幕でも張っているようだ。
この映画館でテツトがバイトをしているというのは「タカヒロが居た組」のヤツから聞き出した。
タカヒロから貰い下げたようなアパートの部屋に訪ねていっても埒はあかないと思い直接やってきたのだが、初日で大当たりだとは思わなかった。
最終回の上映が終わり、10人もいるかいないかのまばらな客がぱらぱらと無感動に帰っていく。
わたしとその男だけが取り残された。
あともうひとり、役者が揃うのを待つだけだ。
そしてわたしは今からここで何をしようとしているのか。
男はわたしの気配に気づいた。
振り向いた顔はさすがのわたしも暗闇の中で出くわしたくはないと思うほどだった。
不精ヒゲのはえた尖った顎。顔全体がカミソリを連想させる。
まだ若いはずだが白髪が混じった長く伸びた髪から覗いた目は暗く深くその奥には冷たく白い炎がみえた。
暗示しているのは「破滅」そのものだ。
この男には「死霊」がとりついているようだ。
そしてそれをこいつは味方にしている。
わたしは今までこんなヤツを相手にしたことがなかった。
やっかいだ。
「アンタ誰だ?」
男はクチを開いた。
それはその言葉の意味以上でも以下でもないというモノの言い方だった。
「宿無しだ」
わたしはそう答えた。
「この寒空の下で寝るには年を取りすぎている。ちょっとお借りしてもバチはあたるまい」
「ふん」と男はそれだけ言った。
浮浪者が自分達のリングの外の観客としてここに居ようが、目障りにさえならないといわんばかりだ。
この男の頭の中にはただテツトへの復讐しかないのだろう。
それも自らの破滅という磁場の真っ只中にテツトを抱きかかえいっしょに沈んでいこうとしているようだ。
これは、、、
これは「無理心中」と同じではないのか。
テツト、オマエはたぶん計算を間違えているぞ。
その時、バケツとモップを持ったテツトが入ってきた。
上映は終わったていうのになんだって客が残ってるんだよ、という顔に、一瞬、緊張が走った。
わたしの顔をみて、こんどはクチをアングリと開けた。
そのほんのちょっと間延びした時間が男に腰からあるモノを取り出す機会を与えた。
拳銃だ。
照準はぴったりテツトの額に合わせてある。
男はニヤリと笑った。
たぶん、、
笑ったのだ。
そしてクチを開いた。
「1発目、オマエの右腕をふっ飛ばす」抑揚のない声だ。
「2発目、こんどは左腕をふっ飛ばす」男は続ける。
「3発目、オマエの右足をふっ飛ばす」まるで趣味の悪い数え唄のようだ。
「4発目、こんどは、」、
男は目を細め、口元には笑みさえ浮かべている。
そして驚いたことにそれは幸せそうだった。
テツトはその場で固まっている。
拳銃は恐くはないだろう。
恐いのは男の微笑みだ。
陶酔しているうっとりした目だ。
「そうすりゃ」と男は続けた。
「オレに逆らうことも逃げることもできない」
「オレのそばにずっといるしかない」
「狂ってる」とわたしは唸った。
痩せて歩くのもやっとという体だ、拳銃を叩き落とすのはワケはない。
わたしは男に体当たりした。
思ったとおり男は簡単に転がった。
しかし銃はしっかり掴んだまま離さない。執念だ。
あの銃を奪わなければ。
押し倒した腕を掴みそこから銃をもぎとろうとしたとき、男の膝がわたしの腹を蹴り上げた。
間髪を入れず、銃身でわたしは頭をしたたか殴られた。
どこにそんな力が潜んでいるのだ。
男は苦痛に顔を歪ませた。
息をするのも苦しいのだろう。
あばら骨を全部やられているのに2週間足らずで病院を抜けだしたという。
そのぼろぼろのあばら骨のすきまから聞えるような「ひゅぅ」という息とともに男は吐き捨てた。
「失せろ」
そしてテツトに向き直り、また初めからやり直した。
「イッパツメハオマエノ、、、、、」
わたしは悪い夢をみているようだった。
生身の人間とはイヤというほど戦ったことはあるが、悪夢とは戦ったことがない。
どうすればいい。
「さっさと殺したけりゃ、殺せよ、神崎」とテツトが言った。
違う、テツト、こいつはそんなことは望んではいないのだ。
テツトはたぶんコイツと道連れになってもかまわないと思っているだろう。
自分も死んでこいつも死んで、もう傷つくヤツはいないと。
☆
オレは素人だ。
間に合うだろうか。
コイツが弾きがねを弾く前にオレの指が動くかどうか。
現にオレの人差し指は震えている。
チンピラのダチに遊び半分に教えてもらったことがあるが、くそ!もっと熱心に練習しとくんだった。
順番に手足を撃ち抜くらしい。
できれば左手からにしてくれ、オレは右利きなんだ。
☆
テツトの動きで彼も銃を持っているのがわかった。
ムリだ。
どんなヤツから手に入れてどんなふうに仕込まれたのか知らないが、素人にはムリだ。
しかし、テツトは上着の中からソレを取りだし、男に向けた。
男は笑った。
と、同時に乾いた音がパンと炸裂した。
テツトの左腕から血しぶきが吹いた。
「テツト!!」
わたしは叫んだ。
いや、今の声はわたしだけじゃない、もうひとり別の声が混じっている。
誰だ?
わたしはテツトの後ろから出てきた人影を確認し、唖然とした。
タカヤだった。
つづく
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