わんこでちゅ

あの川のむこうは






本当の水が流れているわけではなかった。お母さんがグラスに水を注いで、陽の光に透かしてよくみていたことがあるが、グラスの淵の水の輪は、内側の水より透明にみえ、光を反射して不思議な色に輝いていた。それによく似たものが、一粒づつ尾をひくように流れている。ときには、それが束にまとまって、光る糸のように見えた。カークという名前の犬が、不思議なその光の糸にじっと見入っていると、いつのまにか草を編んでつくったような船のような乗り物が、その川を流れてきて目の前に止まった。

「これにのるんだよ。」

のりものには、カークがいつかどこかで見たことのあるような、懐かしさを感じる犬が乗っていて、そう声をかけてきた。なにかたよりなげな乗り物で、足を一歩乗せただけで、ぐらぐらしたり、沈んだりしないかとカークの頭の中に一瞬不安がよぎった。

「大丈夫だよ。」

乗り物の犬の笑顔は、実に穏やかで、カークの不安はすぐにどこかへ消しとんでしまった。乗り物はだれが動かすわけでもないのに、その川の上をするすると滑るように、流れに揺れることもなく、反対岸へと進んでいった。カークは思い出した。お母さんに、渡せといわれていたものを、、。

「あのう、お金はないけど、これを渡すようにと、それから落とさないようにと、お母さんがこれを首にかけてくれました。どうぞ。」

カークは首にかけていた金のネックレスをはずして、乗り物の犬に渡そうとした。

「いらないんだよ、兄弟が来ると聞いたから、迎えにきただけなんだ。」

乗り物の犬はいたずらっぽくカークに笑いかけた。

「兄弟?」

「僕はマーフィー、そうだよカーク、君と兄弟なんだよ。」

カークは考えた。

「兄弟、、そういえば僕が仔犬だったころ、たくさんの兄弟がいた。みな一生懸命お乳を奪い合うように飲んで、お互いがお互いの体を枕にしてむさぼるように寝て、目がさめれば、あきるまでじゃれたり、遊びあったりしていた。だけど、今となっては、兄弟がどういう顔をしていて、どういう声で泣いたかも覚えていない。お父さん犬やお母さん犬の違う兄弟姉妹もたくさんいたし、、。」

「本当に兄弟?」

カークがそう聞くと、マーフィーと名乗る犬は、急に悲しげな顔つきになってしまった。疑うようなことを聞いては、まずかったのだろうか?

「ごめんなさい。気分を害することをききましたか?疑うつもりはないんですけど、、。」

「ううん、僕は君にあうこともなくこの川を渡ってしまったから、仕方がないんだ。」

そういうと、マーフィーは一粒涙を川面に落とした。涙はその不思議な川に溶けずに、どんどん沈んでゆき、川の底を突き抜けて、その下にある別の世界へと落ちていった。

「じゃあ、なにが悲しいの、、」

「早かったから、、。僕がここにくるのが少し早かったから、そのことで悲しむ人が、この川のむこうにいるんだ。」

そういうと、また一粒涙を川面に落としていた。マーフィーは屈みこんでそっと川に前足を浸して、かきまぜるようにした。だが、涙はまた溶けずに、下に沈んでいってしまった。前足のかざり毛が川の光で、ゆらゆら、そして眩しく煌いていた。カークはふと自分の人間のお母さんを思い出していた。

「お母さんも悲しんでいるのだろうか、、。」

カークの目にも涙がじんわり湧いてきた。

「あっ、ごめんね。君まで悲しくなってしまったかい?川を渡ってしまえば大丈夫だよ。この川は悲しみという川なんだ。君を迎えにくるのに、わたってしまったから、だから悲しくなったんだ。向こうにいれば少しも悲しくなることはないからね。」

「ううん、僕こそごめんよ。僕のせいで悲しみの川を渡らせてしまったんだもの。」

そうカークが答えると、とうとうカークの頬からも、涙が一粒こぼれおちていってしまった。そして暫くマーフィーとカークは、沈んでいく涙をだまってうつむいてみつめていた。



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たいせつなものをなくしたら、、泣いてもいいよ。思いはとどくから、、


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カークよ永久に、、カークの最後の姿
背景画像はちゃにさん家の薔薇&家庭菜園の春菊の花
画像加工ちゃにさん


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