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ライコスで日記サイトを開いてから今日でちょうど2周年。会社を辞めた次の日、留学準備に追われながらも、約2週間後には中国にいる姿を自分でも信じられないなかで、でも、「なんかやらなきゃ」「やってやるぞ!」という思いで、パソコンに向かっていた気がします。あれから2年。このサイトのお陰でたくさんの人に出会いました。たくさんの励ましを頂きました。また同時に、とても嬉しいのは、日本の友達や同僚、お世話になった方々ともつながっていられること、これは私にとって本当に貴重な財産。インターネット万歳です。今後はこれまで以上に、日中だけでなく、世界の日本の方と情報交換をしたいし、中国語の世界にもどっぷり使ってみたいと考えています。しかし、反省すべき点も多くあります。2年間弱、中国に滞在し、生活に不自由を感じなくなるなかで、生活が惰性に、そして奢りが出てきました。「そんなこと知ってるもんね~」という奴。時折、そんな自分に気付くことがあります。でも、それではその先の成長はありません。せっかく周りに広い世界があるのに自ら殻をかぶってしまうことになります。ヒヨコがカラを破ったはずが、またカラをかぶってしまったかのようです。うぅぅ~、それじゃ、ダメだ~~。初心忘れるべからず。私の今年も目標は、もっと地道に、もっと深く中国に。短期的な成果を追い求めるのではなく、長期的な視点で自分を磨く。中国人世界にどっぷりとつかる。これは昨年の大晦日にお昼ご飯を食べにいく途中、キャンパスを歩きながら、ふと頭をよぎり、それがずっと頭に残っているものです。何で脈絡もなく、そんなことを考えたのか分かりませんが、きっとずっと潜在意識としてもっていたのだと思います。一方、中国に長くいる先輩からは、「日本人らしさ」を失ってはダメだと言われます。これも確かにその通りです。どんなに頑張っても、中国生まれの中国人にはなれませんし、なってもあまり意味がありません。結局のところ、これまで日本で身につけたものを生かしながら、かつ中国を深く理解した上で、自分に出来ることを考えて行かなくてはいけないわけですね。うん、まだまだ課題は山積みです。3周年のときにはどんなコメント書けるのか、楽しみです。みなさま、今後ともご指導・ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願い致します。
2004年01月31日
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たまには写真もUPしてみようかという訳で、アルバムを作ってみました。第一弾は、23日~24日阜新滞在中の様子です。写真をクリックしてお進み下さい。
2004年01月28日
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さて、何から書くか……。旅行から持ち帰ったたくさんの宝物を前にいつも困る。課題と締めきりがないからいつも後回し。そして、いつも結局書かない。まぁ、迷っていても仕方ない。思いついたところから。○汽車とバス○お正月6日目の27日13時半、北京の東部・大望路のバス停に着。出発は朝7時だったから6時間半。北京ー瀋陽を結ぶ綺麗に舗装された高速道路を大型高級バスでひたすら走る。行きは鈍行列車で13時間半、夜は寒さに震えながら硬い椅子の上に無理矢理丸くなって寝たのがちょっと馬鹿らしく思えた。もっとも、汽車は最低で49元なのに対して、バスは135元。浮いたお金は、高級日本料理のバイキングにも行けるくらいの金額。汽車での隣の席の乗客との会話、人間観察、プラス情緒を合わせ考えると、汽車の旅もやっぱり悪くはないなと思う。○一人と複数○北京に着くまで、朝からほとんど何も食べていなかった。途中、インターチェンジで、カスタードパイとおせんべいを買ったのだが、今回の旅で急きょお家を訪ねさせてもらって帰りも一緒に帰ってきたQくんは、どうも口に合わなかったらしく食べてくれない。私が買ってきた責任上、隣で一人パクパクというのも申し訳なく、グーグーなるお腹を我慢。そう書くと何だか悲劇? でも実際は、バスで上映された「相声」(Xiang4sheng0=漫才)に、Qくんと一緒にお腹を抱え、6時間半をさほど長く感じなかった。96年のバックパッカー経験以来中国旅はほとんど一人旅の私だが、隣に同乗者がいる旅もやっぱりいいなと思った一瞬だった。特に、中国では、旅を一人ですることに対する市民権は得られていない。クラスメートに話すと「なんて寂しい」「危険」と言われる。しかも、ホテルは、部屋単位料金だから、二人・3人で泊まれば、それだけ安くなる。名物料理を食べるにしても、今回、瀋陽で170年以上の歴史を持つ老舗・老辺餃子館で、一人でお薦め料理をすべて食べるのはやはりきつかった。翌日の朝、ホテルで、お土産で持ち帰った冷えた餃子を、しかも、箸をつけてもらえなかったことにそこで気づき手で食べた孤独。そろそろ三十路を前にして、一人も寂しいな、と思ってみたりする。○祖国と第二の故郷○15時過ぎ、大学の寮に到着。やっぱり落ち着く。北京はすでに第二の故郷。これが、生まれ故郷、母国を追い抜いて第一になることはやはりないと思うけれど、それくらいまで、もっと深く入り込んでみたいとも思う。そういう意味で、今回、友達のQ君の実家、遼寧省の阜新蒙古(モンゴル)自治県を訪ね、親戚巡りをさせてもらったことは貴重な体験だった。羊肉のかたまり、豚肉の血液料理、食べたことないものばかりだったけれど、どれも懐かしい味だった。以前、仕事で台湾を訪れた時にも、「あなたはモンゴル人に似ている」と言われたが、Q君もしきりにそう言う。曰く、彼のおじいちゃんとも似ているらしい。ということは、歴史を辿れば我が祖国はモンゴルなのか? 想像は膨らみ、狭い世界で小さなことにこだわっているのが馬鹿らしくなる。○まだまだともう○夜はいつもお世話になっているYuleさんと日本の大学の先輩と食事。お二人とも翻訳、ライターのお仕事で活躍されている。仕事上の苦労話、こぼれ話を伺い大いに刺激を受ける。会社生活を離れて、「留学生」という身分になり、まもなく丸2年。北京の大先輩達からみると、「まだまだ」2年なのだが、「もう」2年という気もする。ある人から見たら、2年「も」かも知れない。今年はもっと時間を大切にして、もっとたくさんのことにチャレンジしていかなくちゃ。旅行から戻って気分一新、お正月気分も今日までだ。これから数日間、過去にさかのぼって旅行記を書く(つもり)。
2004年01月27日
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北京から715キロ、鈍行列車で14時間半。東北3省のひとつ遼寧省にある阜新という町にこれから出かける。「えっ、それってどこにある町?」「なんか楽しいもんあるの?」とはわがクラスメート。「いや、分かんないんだけどね....」と私。いやいや、でも初めて行く町。そこにはきっと新しい発見があるはず。零下20度近いという噂のその寒さに耐えられるかは微妙だけど。だてにお腹に脂肪を蓄えているわけでない。太っているとこういうとき、ちょっとだけ得....だと思っている。実は、ネットで知り合った2歳の女の子のお母さんとその旦那さんを訪ねてみよう! というのがこの旅のそもそもの趣旨。ところがここに来て実際に会えるのか分からなくなってきた。しかし、また別の、友達の家もその近くにあると判明。さて、どうなることやら。それは行ってみてからのお楽しみだ。13時22分発、丹東行き2251次、08車60号硬座、49元(約750円)。途中駅のため到着は朝4時。今夜は横にはなれない。しかしそれよりも、朝4時に着いて、凍えずにすむにはどうしたらよいだろうか...とそれだけがちょっと心配。ハルピンから最近帰ってきたばかりの友達に、「あの寒さは行ったことのないあなたには分からない」と、昨晩、脅かされた。なんでも靴下の上にナイロン袋を履きたくなる寒さらしい....うん、確かに想像できない。帰りの切符がないので帰京日は未定。遅くとも31日には戻る予定。さてと、暖かくして出かけなきゃ。
2004年01月22日
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大晦日と、聞くといまだに「だよドラえもん」が口をつく。う~ん、幼時体験は侮れない……。----そう、今日は旧暦の大晦日。昨日は大掃除のお手伝い。夜はいつもお世話になっている方々に誘って頂いて忘年会! 自分の部屋は汚いママだけど、そんなの構わない。うんうん、やっと、気分も乗ってきたよ。今日キャンパスを歩けば、人はまばら。数ある食堂もほとんど休業。校内唯一のレストラン風食堂でいつものようにジャージャー面を頼めば、サービスと言って水餃子まで出てきた。「新京報」を買おうと思って新聞屋さんを3軒回るも、1軒はお休み、2軒は売り切れ。ありゃりゃ、やっぱり大晦日は何かが違う。でも、これでこそ「大晦日」。日本もコンビニが増殖するまでは、こんなだった気がする。しかし、テレビをつけると、香港発鳳凰チャンネルでは、米国大統領の一般教書演説を生放送。「今年初」を連発。えっ?、今日は大晦日ちゃうん? 中国はじめアジア数カ国は大晦日でも、世界には別のお正月があるわけだ。日本人としては、ちと頭が混乱。でも、楽しめるものはどちらも楽しめ。夜はやぱり中央電視台(CCTV)の中国版「紅白」みなきゃね。CCTVのサイト(http://www.cctv.com.cn/spring.html )を開けば、ネット中継へのリンクが準備万端。国内向けが4つ、海外向けが3つ。英語版が1つ。海外でもやぱり見たい「紅白」。その気持ちはよく分かる。NHKにもご検討頂きたいところ。最近はまっているQQチャットの仲間からも「見なさいよ」とアドバイスだ。わぁあ、爆竹がなっている。大都市で爆竹は禁止だが、お上が禁止したって、民間伝統はそう簡単には、ね。携帯電話のショートメールでも、挨拶メールが届き始めた。日本でも横浜、神戸初め中華街は賑やかなはず。日本の皆さまも旧暦のお正月をもう一度。猿年が素晴らしい年になりますように!
2004年01月21日
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「なんてことないわよ、中国は人が多いんだから、こんなもん。あたし辛いなんて思わない。面白いくらい、本当」旧正月を前に里帰りをしていったクラスメート。ちょうど大学の門のところでタクシーの乗るところを見かけたので、汽車に乗った頃を見計らって、ショートメールしてみた。「もう汽車乗った? さっき門のところで偶然見たよ。大変だけど、気をつけて!」数分後に返ってきたメール。混んだ列車に24時間以上、横にもなれず、硬い椅子に座っているのが辛くないわけはない。無理しているのか? と思えなくもないが、でも本心だろう。ちなみ彼女。汽車のチケットを買うのに8時間も列に並んだらしい。大学でも予約をしてくれるのだが、敢えて、ぬるま湯にはつからず、クラスメート数人とグループを作って、本当の中国を「体験」したかったと言っていた。日本のお盆と同じ、どんな苦労してもやっぱり田舎に帰る春節(旧正月)。とっても静かになったキャンパスで、この休みは帰国しない私はちょっと寂しくなった。
2004年01月15日
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「汚水と子供を一緒にまいてはいけない」7日の新京報の第2社説は、こう締めくられている。とはいっても、子供虐殺の話ではない。ここでいう「子供」はインターネット、「汚水」はインターネット上の有害物を指している。黒竜江省のハルピンの公式サイト上の掲示板に書きこまれた「うわさ」がもとで、「ネットの掲示板に実名制を導入すべきだ」「管理を厳格にすべきだ」との声が一部で高まっているという。そうした主張に対して、評論員の陳永苗氏は、「間違っている」と断言する。「この主張が通るなら、電話会社も懲罰しなくちゃいけないのか?」。「インターネットにおける大衆の民意は、直接的で早く、ネットは従来のメディアを大いに補うことが出来るのだ」。主張自体は、言い尽くされた内容に過ぎないが、これが中国の新聞の社説を飾ったことには意義がある。昨年11月11日に創刊されたばかりの「新京報」。広州の南方日報北京の光明日報の提携紙なのだが、北京に広州の暖かい風を運んできたかのような新鮮さを感じることがある。 * * *人民大学で2日、入学審査にあたって、偽造のHSK(漢語水平考試)証書を提出したとして、6人の韓国人の入学許可を取り消す処分が発表された。「偽物」が当たり前になってしまっている中国に身を置くと、誰しも軽い気持ちで、それに乗って善悪を見失いがちである。しかし、赤信号はみんなで渡ってもやはり法律を犯しているということを忘れてはならない。 * * *…遅くとも明後日までに提出の論文があがらない。というより、書きはじめられない。まずいっ。
2004年01月07日
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「SARS問題教訓生かせず?、中国情報開示なお課題、遅い発表」昨年12月29日付の日経(朝刊) に、広州駐在の北代望記者の署名記事が掲載された。「SARSをめぐる中国当局の情報開示に、なお課題があるとの批判が出ている」「中国衛生省は26日、広州市内の病院に20日に入院した男性に感染の疑いがあると広東省衛生局から報告を受けたが、同日は一切公表せず、WHOにも報告しなかった。27日午前に広州紙や香港メディアが報道した後、ようやく同日夕方に発表した」 「広東省政府も27日午後、各国の在広州総領事館に文書を流しただけで、記者会見は開かなかった」 ***中国衛生部は5日(時間は未確認)、公式ホームページに、「広東省非典疑似病例確定為確診病例(新聞稿)」という公式発表をニュース原稿の形で掲載した。http://www.moh.gov.cn/zhgl/gzdt/1200401050007.htm 党の機関紙・人民日報のホームページは、衛生部HP情報として、それを転載している。○人民網16:28(北京時間)「衛生部:広東非典疑似病例確診為非典病例」http://www.people.com.cn/GB/shehui/1062/2280443.html 人民網の日本語版も17時20分付で、ほぼ同様の内容を日本語で掲載。 「広東省の男性患者、新型肺炎と断定 衛生部 」http://j.peopledaily.com.cn/2004/01/05/jp20040105_35578.html 党・政府の公報ニュースとも言える、中央電視台「新聞聯播」(夜7時、全国放送)では、当日5番目のニュースとして、やはり同内容を伝えた。「衛生部のスポークスマンは本日、衛生部と広東省の専門家の共同チームは、広東省で2003年12月27日に報告されたSARSの疑い例に関して感染を確認したと、発表しました。これは、わが国『内地』で昨年SARSが抑制されてから初めての感染例です」http://www.cctv.com/news/xwlb/20040105/101968.shtml * * *「ニュースリリース」官公庁・企業などが報道機関に対して行う情報発表または発表資料の印刷物。(三省堂「デイリー 新語辞典」)政府や企業が、公にしたい(あるいは求められる内容を)、そのまま記事として使えるという形で、記者に配ることが一般化している。発表する側にすれば、伝えたい内容を、伝えない方向で書けて、それをそのまま大衆に伝えることができる利点がある。中国では、今回のSARS報道のように、これをそのままニュースとして報道するのが慣例となっている。もちろん人民日報などは、党機関紙であるから、党・政府の意思を間違いなく伝えるために、それは当たり前とも言える。ただ中国でも、最近はそういった「機関紙」以外の大衆紙が、力をつけてきており、発表記事をそのまま使わずに、記者会見の内容や独自取材を交えて書く例が、増えてはいる。だが、これが出来るニュース素材は限られているのもまた現実だ。冒頭の日経記事はそれを指摘している。昨年のSARS終息後、中国メディア研究の分野でも各雑誌などで、議論がなされてきていて、方向性は見えているものの結論はなく、実践も伴っていない。「この記事は、誰がどのような根拠に基づいて、どのような意図で書いたのか?」そんなことを考えながら、ニュースを読む必要性がある。これは中国だけでなく、日本のメディアに対しても同じであることは言うまでもない。
2004年01月05日
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今年の目標「もっと深く、もっと地道に中国」北京にやってきてこの2月で丸2年。大学院生活も半年になる。益々好きになる中国・北京。どうせ来るなら「骨をうずめる覚悟」と思ってきたけど居心地のよさに甘えて、まだまだ中国の奥深くに入っていけていない。まだまだ「お客様」だ。クラスメートとの関係の中からこの状態を少しでも抜け出す努力をしたい。もっと深く、中国に。3年弱の社会人生活を辞めてやってきた中国。今はまともに仕事をせず、貯金の食い尽くし。なんとも贅沢な身分。しかしだからこそ、今しか出来ないことをコツコツと地道に。成果を求めるのはまだ早い。今は下積みのとき。もっと地道に。この日記は、自分を振り返り、たくさんの人との出会いを与えてくれる大切な場。今年も益々大切にしていきたい。そして、日本語だけでなく、中国語での発信によって、日中の相互理解を深めたい。これ、今年の目標。もっと深く、もっと地道に中国。
2004年01月02日
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「だんだん理解を頂けると思います。」すがすがしくスタートしたかった年始めに、小泉首相の4度目の靖国参拝は「塩を傷口に塗った」(人民日報)。このニュースが新聞報道されるはずの2日は奇しくも日本は休刊日。テレビもお正月特番体制においては、このニュースも影を潜めていることだろう。一方、中国でも、北京の大衆紙5紙のうちTOP扱いは「新京報」だけ。北京青年報、京華時報などほとんどが新年関係に次ぐ位置で報じている。中国共産党の機関紙「人民日報」も3面の扱い。内容にしても、例えば、「新京報」の社説は、先日も私も参加させて頂いたシンポジウムのため来日したばかりの社会研究所日本研究所の馮昭奎先生に依頼。日本にも理解を示し、対日感情をむやみに煽らない配慮を感じる。ネット上の人民網など掲示板では、日本製品の不買運動を呼びかける声や、「日本との国交を断絶せよ」、「小泉を殺せ」などの声も見られるが、一方で、「参拝を反対する声も多い」となだめ役がいたり、経済的影響など現実的に対処すべきとの声も多い。なのに、日本は……。小泉首相のコメントを読むと情けなくなる。「日本の平和と繁栄は戦争の時代に生きて、心ならずも命を落とさなければならなかった方々の尊い犠牲の上に成り立っている。これからも日本が平和のうちに繁栄するように参拝しました」これは私も賛同するところだ。しかし、「どこの国でもその国の歴史や伝統、習慣を尊重することに関して、とやかく言わないと思います」問題のすり替えがある。「身内が日本兵に殺された」、その心の傷を実際に負っている人がいるのだ。その人の気持ちを無視して、人の国の伝統にとやかく言うな、では、思いやりがなさすぎる。まったく説明になっていない。仮に、それが「内政問題」だとしても、国際社会という一つの社会において、人が嫌だと言って繰り返すことに対して、それなりの説明責任を果たすのが道義ではないか。しかも、国内においてすら、反対の声が少なくない問題だ。これまで子供のけんかのようにお互いが引くにひけない状況があったように思うが、ここ最近中国側は、歩み寄りをしているように見える。本来、歴史的背景から言って、必要以上の配慮を払うべきは日本の側である。国家利益の観点から言っても、隣国の首脳と会談がまともに出来ない関係がよいはずがない。中国人は「日本は民主国家」だと羨み、だからこそ、首相の靖国参拝は当然国民の総意だとみてしまう。幸い「そうではない」と分かってくれる友人が私の周りには多いものの、大衆レベルではそれも致し方ない面がある。しかし、民主国家の日本国民として、声をあげなければそれが既成事実として化してしまう。元旦のこの日に参拝を選んだのは、そんな狙いも十分にあるはずだ。さきほどクラスのホームページの掲示板に中国のクラスメートに意見を求めるコメントを残した。以上、急ぎ足で書いたけれど、また新聞分析などもゆっくりしていきたいと思っています。---------------嫌ーなスタートになりましたが、みなさま、あけましておめでとうございます!本年も皆さまにとって良い年でありますように!わたしのお正月は、部屋でおとなしく、のつもりが、友人からお誘いを頂いたお陰で、年越しは、留学生と年越しそば→同学と餃子作り、元旦は、天安門の昇旗→景山公園で初日の出→新世紀飯店のもちつき、と盛りだくさんでした。
2004年01月01日
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