この粛清で中心的な役割を果たしたと言われているのがラムズフェルド、大統領副補佐官だったリチャード・チェイニー、軍備管理軍縮局にいたウォルフォウィッツ。後にネオコンと呼ばれるグループに属す人びとだ。ラムズフェルドは国防総省のONA局長だったアンドリュー・マーシャルの意見に従って動いていた。(Len Colodny & Tom Shachtman, “The Forty Years War,” HarperCollins, 2009)マーシャルはソ連脅威論や中国脅威論の発信源で、1992年に作成された国防総省のDPG草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」も彼の戦略に基づいている。