アメリカ支配層は軍事力でソ連/ロシアを恫喝、服従させて世界の覇者になろうとしている。その戦略が遅くとも1904年までさかのぼれることは本ブログでも繰り返し書いてきた。
その当時、ポーランドをロシアから独立させようという運動が存在した。プロメテウス計画と呼ばれているが、その指導者はユゼフ・ピウスツキ。
その後継者ともいうべき人物がブワディスラフ・シコルスキーである。第2次世界大戦中はロンドンへ逃れ、イギリス政府の庇護下、亡命政府を名乗っていた。1945年4月にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が執務室で急死、その翌月にドイツが降伏すると、ウィンストン・チャーチルの命令でJPS(合同作戦本部)は米英数十師団とドイツの10師団がソ連を奇襲攻撃するという内容のアンシンカブ作戦を作成した。
シコルスキーの側近だったユセフ・レッティンゲルはヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと考えていた人物で、ビルダーバーグ・グループの生みの親としても知られている。
ドイツ軍の主力がソ連へ攻め込んだ時、イギリス政府は手薄になったドイツの西部戦線を攻撃せず、傍観している。チャーチルは父親の代からロスチャイルド資本に従属していたが、そうしたイギリスの支配層はソ連を制圧、あるいは破壊するためにナチスを使ったとも言える。この戦争でソ連は疲弊、アメリカの支配力は増した。
ピウスツキが活動を始めたころに第1次世界大戦があり、ドイツが破壊される。ドイツはフランスとロシアに挟まれ、不利な状況にあった。イギリスもドイツに宣戦布告していたが、そのイギリスはロシア制圧を長期戦略にし、反ロシアのポーランド人を助ける。(つづく)