小さな パンドラの箱

小さな パンドラの箱

黄昏色の空16~25



明日から開始されるここでの仕事を前に

一般の宿泊客と同じようにレストランに食事が用意された。

「若い人達には物足りないと感じるかもしれないけど、

マクロビオテックやデトックスってきいたことある?」

「ええ…デトックスは確か体内にたまった老廃物をだす」

「そう、自宅でもこのホテルでも同じように食べられるものではつまらないでしょ。

豪華な食事もいいけどその土地の特産、名産は別として

ここでしか味わえないもの

体にいいものがここで出される食事の基本的な考え方

有機農法、減農薬、また季節ごとの旬にあわせて

メニューは考えられています」

「凄いですね。こだわりかたが」

「叔父さんもそうだけど食に関しては

叔母さんが今の働く人、また子供達には必要なこととして

力を入れているわね」

確かに俺たち兄弟は不在がちでも入院前は祖母が

その後も母が帰りがまちまちの兄弟が少し手を加えれば食べられるようにまで

準備された食事がいつもある。

「部分的に別メニューで対応するよりもここでの食事を

全てナチュラル食にすることで

より基礎代謝を引き出し

健康的な本来の姿を取り戻していただく」

「宿泊客の体を中から気遣う…

やることがちがうね」

「透にほめられても親父たちは喜ばないと思うけど

関心していないてたべよう。」

「体に良いといっても中にはアレルギーで避けなくてはいけないものもあるから、

それぞれになにを使ったかの表示はしてあるの

ビュッフェスタイルなら

避けて取り分けることも可能だし」

食べる事に夢中な4人をみて葵は微笑む

「みんな美味しそうに食べるのね。

しばらく健康的な食事になり

普段の食事が恋しくなるかもしれないけど

体にはいいはずよ」


「今の私たちには粗食といってもなじみがないけど

結局は昔ながらの食事が元気の秘訣かもね」

さつきはしみじみといった。

「葵さん…おかわりは自由ですか」

透がたずねると

「あっ…ごめんなさい気がつかなくて。いまお持ちします」と奥にさがる

「もう、透・・・がつがつしすぎ」

「そんなこといったって…うまいよ食事」

「体に良いからといって食べ過ぎるのも考えものだけど」

同意をもとめられた潤は澄まして切り替えした。

「おまっ

俺だけが相当食いしん坊にみえるだろ」

こうして家族以外とゆったりとした気持ちで食事をすることも新鮮だし

楽しいと俺は思っていた。

「さあ、遠慮しないで食べて

明日からはしっかり働いてもらうから」

そういってタップリ追加をもってきた葵さんは

透にウィンクして見せた。

「そんなことされたら、

バイトのさぼること出来ないや」

とメロメロになった透をみて

冗談と分かっていてもみんな声を上げてわらった。

4人の食事が終わるとまだ仕事がある

葵さんと分かれてそれぞれの部屋にむかうことにした。

「葵さんて素敵ね、キラキラしている」

杏は葵さんを見送りながらそうつぶやいた.


~17~


「さあ行くよ。杏」

貸し出された制服を着て、すっかり用意がととのったさつきが私をせかす。

「はい、お待たせ」

今日から私たちのバイトが始まる。

私とさつきは葵さんについてハウスキーパーの仕事を

潤と西野さんはレストランのウェイターの仕事へとわかれてのバイトだ。

学校の制服とは違い、決して目を引く色合いの制服ではない。

アイボリー色の動きやすいデザインのワンピースに、かわいらしい白のエプロン。

「じゃあ行きましょう」

葵に促され杏とさつきは仕事に向かう。



宿泊客のチェックアウト後

室内に入ってのクリーン作業が一斉にはじまる。

室内に忘れ物がないかの確認。

室内の清掃、ベッドメイキング、備品補充などは全室やらなければいけない。

一通りやることを教えてもらい、私とさつきで清掃、備品補充をする間に

葵さんはセッティングしてあった寝具を剥ぎ取り

新たにベッドメイキングをする。

作業をしながらも鮮やかな葵さんの仕事ぶりに

さつきとふたり感心してしまう。



「凄いですね、ベッドメイキングも一人でしわもなくキッチリと出来るんですね」

「毎日のことだしコツをつかめば

さつきちゃんもできるようになるわよ」

そういいながらも手はとめない。

「プロだわ…ねぇ杏」

「ええ…私は真似出来ないと思う」

「はい。OKかな。次行こうか」

当然ながらまだまたやる部屋は沢山ある。

「葵さんは、大学を出てすぐここに就職したんですか」

「ええ。そうよ、だからまだ3年目。

でも、あなた達のように、長期の休みの時には、アルバイトでここに来ていたの

色々な人たちと触れ合うことができるし、自然と従業員と顔見知りになった」

「私たちの目的は、いまいち不純だけど・・・」

さつきは言葉をにごす

「だから、就職活動を始めたころ、ここへ正社員でこないかと叔父さんから声をかけられて

御願いしますと、即答しちゃったの」

「仕事の手順は知っているし、見知った顔があったからですか」杏は聞いた。

「そうね、それが一番ね。また新しく何かを始めることも

考えたんだけど・・・

私はここがすき、ホテルの仕事があっているみたいなの」

「いいなぁ、私なんてまだ、将来の方向性なんて決まっていないし

・・・今は好きなバンドをこの先も続けたいと思っているだけかな」

「いいじゃない、ひとつでもやりたいことがあるのなら」

「杏ちゃんは?何か考えていることってあるの」

「私は・・・まだ見つけられていません。漠然と大学には行こうとは思っていますが

はっきりとは・・・」

「じゃあ、ここでの経験が何か役に立つかもしれないわ。

二人ともがんばって」

私とさつきは葵さんをみてうなずいた。



~18~

久し振りにあった潤君は背ものび

幼さは残っていなかった。

大学生の弟に、いとこ同士ということもあり

雰囲気に同じものを感じる。

一緒にきた友達は潤と同じ高校だという3人。

内二人が女の子で

独りは潤と並んでも差がない、モデルなみの身長とスタイルの持ち主。

仕事のアドバイスも飲み込みが早く、手際がいい。

普段からフォローしているのか、

もう一人の女の子をさりげないサポートしている。

その子は小柄で、愛くるしいと言う言葉がピッタリくる女の子。

仕事は丁寧で手を抜かず、完成度は高い。

そばにいる潤たちはこの子をほっとけない。

守ってあげないといけない、という雰囲気をもって接している。

親しみやすい大きな瞳の奥には、人を引きつける強い魅力をもっている。

「ちょっと、杏…無理しなくて良いから」

教えたてのベッドメイキングに、四苦八苦している杏ちゃんに

あきれ顔のさつきちゃん。

「はい、はい…二人でやりましょうね」

そういって助けにはいる顔は、既に笑っている。

「ごめんね…

どうもこつがまだつかめなくて…」

手順が頭にはいっているさつきちゃんは

流石に指示も的確。

二人でやった仕上がりをみて杏ちゃんもほっとしたようだ。

「さつきは器用だよね。まだ初めて何日かなのに…

もう私は遅れをとっている」

「気にすることはないよ

杏は杏のペースでやればいい

それに失敗をしているわけじゃないし」

「失敗はできないと思うから慎重になるんだけど…」

「いいんじゃないそれで。

どうにもならない失敗をするより

確実にこなしていけば」

二人のやりとりをしばらく見ていたが

私は自分の仕事へと移った。



お互いを強く信頼しているからこそ

本音を言い合うことができる。

これは潤君と透君にも当てはまるのだろう。

二人の男女…そこにある絆は友情…

それとも愛情…

組み合わせは…

とそこまで考えた私は

「すみません」と声をかけてきたお客様を前に、仕事の顔にもどった。



~19~

どんなに人手があっても、忙しいレストラン部門。

潤と透は、ウェイターの制服を着て

フロアでの仕事を指示された。

人が一気にに集中することになる、バイキングでの食事。

訪れる宿泊客を案内したり、使い終わった食器グラスの片づけにはいる。

愛想よく応対する二人に、お客様も

いつのまにか微笑んでいる。

二人は、動きながらも目配りを忘れない。


次のお客様のために、あいたテーブルの片づけも

いち早く動きタイムロスがない。

フロアには置かないアルコールや飲み物の

注文も難なくうけ

案内したお客様の食事のペースにあわせて

追加注文をとりにけにいくのも、忘れない。


「葵さん、助かっていますよ。

あの二人別枠の売り上げに、貢献している」

レストラン部門のチーフも認める、仕事ぶりらしい。

「やり始めてしばらくは、大勢の人混みというだけで

おぼつかないんだけど、あの二人は堂々としていて」

「ヤッパリ、潤は叔父さんのセンスを受けついているのね」

「頼もしいね。まだ高校生だろう」

「ええ…」

潤君と弟では、持ち合わせたものが違うらしい。

ここで短期のアルバイトをするからと

叔母さんから話があったとき、

結局はなにもできないのではないか、仕事も放りなげるのではないかと。

でも、そうではなかった。

むしろ楽しんでいるように見える。


こんなことをしなくてもいい立場なのに…

私は、潤君より年上の弟とつい比べてしまう。

親の愛情を知らない弟。

僅か3歳で両親をうしない

愛情を受け甘えられる場所を、失ってしまった。

しかし、叔父さんたちの援助があったからこそ

両親がいなくても

何不自由なく、生きてこられた。

でもいつしか、形のないものを追い求め

得られないと分かると

変わってしまった…


20~

「涼…時間がとれるなら、一緒にランチをいかが」

内線でかかってきた電話は祖母からだった。

「分かりました…伺います」

それだけ言うと受話器をおいた。

「なに?用事?」

「ああ…昼に予定が入った」

「じゃあ、俺たち適当に遊んでいるから後で合流しろよ。涼」

「分かった」

ここにきても、身内に会いたいとは思わない。


この夏

祖父母は俺より先に、叔父家族もここに滞在することを

姉から聞き知っていたが、自ら顔を出そうとは思っていなかった。

しかしどうやら避けてばかりはいられないようだ…

支度をすませると、祖母が待つ部屋へと俺は向かった。


「いらっしゃい。変わりなかった、涼」

「はい…ご無沙汰していました。調子はいかがですか」

「相変わらず、

でも…ここにいると、気持ちは落ち着くわ

潮騒・青い海・緑の若葉・新鮮な空気

時間の流れかは変わらないのに安らぐ…

あいた時間には葵も顔を出してくれるし」

「スミマセン。姉からは聞いていたんですが」

「いいのよ、お友達と一緒なんでしょ。

しばらくあっていないらつい顔を見たくて呼び出したけど

この後はもうしないわ」

祖母はそういって微笑んだ。

「私は自由がきかないから、相手にきてもらうことになる。

それは申し訳ないと思っているの」


どのくらいあっていなかっただろう…事故が2年前。

危ないかもしれないと姉と病院に駆けつけた。

手術の成功に危機は脱したといわれたが

ガラス越しにベッドで眠る祖母を見て以来だ。


今後は車椅子での生活だと話されたが

俺は祖母が今いる施設に行ったことはない…

「いえ…大学が忙しくて施設には顔を出さず…」

祖母も俺の普段の生活はどこからか聞いているはずだ。

でも目の前の俺をとがめようとはしない。

「今年は久し振りに家族中が夏をここで過ごすの。

潤もここにきているわ。

もっとも、家族と過ごす為ではなく、あなたと同じ様に友達と」

「潤が…来ているんですか」

「ええ…雅や彰は親たちともう少し後にくるけど

潤は友達とここでアルバイトをしながら滞在するらしいの」

「…バイト」

「そう、ふふふっ

潤も裏ではいろいろ考えがあるらしけど。

あの子最近変わったの。そばにいる子の影響で」

そう満足そうに話す。

「知りませんでした。まだ顔を会わせていないし」

「潤はいつものフロアにはいないの

友達とスタッフフロアに泊まっているから」

「え…」

「母親に潤から言ったらしいの

別にこのフロアでも詮索や若者たちの邪魔はしないのに」

恵まれた環境に身を置く潤…

なにより両親がいる…

駆けつけた病院でチラッと見かけたが…あいつはあのとき投げやりで自分を見失っていた。

流されるまま、時間を浪費していた。

溢れるほどの愛情がすぐそばにいつもあるのに…遠ざけるように

だから、俺と境遇はちがっても好き勝手に遊び周っているのは変わりないと思っていた。

「涼、どうかした?」

「…いいえ、別に」

「私につきあわせてしまって

でも誰か一緒だとついおしゃべりになる

まだ暫くここにいるんでしょ」

「ええ…」

「見かけるかもしれないわね、潤たちを」

祖母はそう言って、微笑みかけた。



~21~

私は、食事も終わりこの部屋を後にした、涼のことを考えていた。

私にとっては

葵と涼

潤、彰、雅どの子もかわいい孫に変わりない。

無邪気な子供から大人になろうとするとき

迷いさまようこともある…

そこから抜け出すことが出来るかは…本人次第だ。


涼は親の愛を知らない。

物心ついたときにはすでに両親ともになくなっていた。

少しでも思い出のある葵と違って

小さい頃から寂しい思いをしてきたのだろう。

あの子に温かい心を持たせるにはどうしたらよいだろう。

そう…

潤のように代われるきっかけがないだろうか。


事故後運び込まれた病院で

子供たちを隼人を心配していた睦さん…隼人が残りの時間を賢明にいきると

自ら選択したように

子供たちの未来を決めつけ、縛らないで欲しいと言葉を残した…

でも…遼は、さまよってしまった。

突然奪われた自分の居場所。

そのときから

自らの生きる道を模索し続けている。


きっかけにすぎなかった、けれども18年前

真人が隼人にかわり仕事を引き継ぐことで

流れそうだったプロジェクトが順調に進み

今の会社の発展につながったことは、事実だ。

自分の父親が継ぐはずだった会社の今の発展は

涼にとって、複雑なことなのかもしれない。

いいえ、きっと

父親の犠牲のうえに発展が成り立ったと思っているのかもしれない。

まだ、小さいからと事実を告げられずに育ってきた遼…

真実を知るときが近づいている。


~22~遼

自分の置かれている境遇を認識したとき、両親がいなくても

愛情を受けなくても、生きていけるとわかった。

だから愛はいらない、信じない

その方がめんどくさくないし

楽に生きられると。


だから俺のまわりは割り切った関係が存在する。

友情、愛、恋人…

そのとき時楽しければ充分だった。


つきあっていたといえるのだろうか。

遊びに行ったり

食事をしたり

大人として関係をもつ女性も何人かいた

でもどれもながくは続かなかった。


決まって相手から別れを告げられる。

「あなたから愛を感じない…一緒にいても不安になる」

そんなことを決まって言われた。

去るものを追わなかった。

「そう…じゃあ」と俺はいつも別れを快諾した。



「ねえ…」

まだ、ベッドから起き出さない女が俺をよんでいる。

もうとっくに夕日は傾いている。

「なに?」

「私おなかすいた食事いかない」

自分の懐具合を心配しないでつき合える相手。

そういう存在として、俺のそばにいる奴らは一杯いる。

「俺はまだいい…そろそろ帰ってくれない自分の部屋へ。同室の奴も

いい加減戻ってくるから」

「冷たいのね。分かったわ」

起き出して着替えはじめる物音が聞こえる。


昼間、併設されたテニスコートで知り合った女。

親達についてきたが、暇を持て余していると誘ってきた…

俺も暇な時間をつぶしただけ…

「これ私の携番、まだいるから電話して」

窓辺のソファーに座る俺にメモを渡す。

「ああ…」

かけるきもない番号のかかれたメモを、俺はうけとった。

バタン…

閉まるドアの音を確認して、俺はバスルームへいく。

羽織っていたロープを脱ぐと

たった今抱いた、女の香りを洗い流すために

熱いシャワーを浴びた…


俺は探している…ずっと

知ることのない母親の香りを

ぬくもりを…


バスルームからフロントに電話をすると

俺はベッドメイキングを頼んだ。

それとともに、窓を開け放つ…

自分の存在を主張するかのような強い香水。

早くこの香りから逃れたかった。


~23~恵まれた環境

仕事は早く終わったが、あいにくの雨もよう

こんな時は遊びに出かけることもできず

ホテル内のコインランドリーへと、俺たちは向かった。


「どうしてそんなに大量?」

さつきに、不思議な顔をされたのは男二人。

よく見ると、杏とさつきは俺と透の半分ほどしか、洗濯物を抱えていない。

「洗える小物は部屋で洗って干しているから…それに、

何度か時間を見つけては、コインランドリーにも来たし」

杏は、量の違いのからくりを教えた。

「確かに俺と潤は、今まで持ってきた物を着るだけで、

洗いはしなかった。そろそろ品切れ」

「そうなる前に動いたら」

さつきは、不精な男達に手厳しい。

「家でいかに楽をしているか、恵まれているか分かったでしょ」

「ああ…確かに。洗濯なんてしなくても、

着るものにはこまったことがなかった。

で、これの使い方は」

と透はさつきに尋ねる。

さつきは洗濯物を中に入れるように指示し、透にあれこれ教えている。

「潤は?分かる」

杏に聞かれた俺は答える。

「乾燥機が使えると言うことは…透とちがって俺は使えるよ」

そう言われて杏は、

夕立に降られた日のことを思い出しだしたのか、

少し頬を染めた。



それぞれが洗濯物をセットし、並べられたいすに収まる。

「…修学旅行のときも

行ったままそっくり持ち帰るだけだし」

「男が何もしないなんて、それは大昔のこと

少しはできる人の方が好かれるわね」

「そうかぁ」

透はまだ納得していない。

「じゃあ、透、こうかんがえて

洗濯も掃除も料理も一方に任せきりだと、何もしていない人はそれだけ待たされる。

でも、手分けしてやる

または一緒にすれば、その後の時間に余裕ができるし有効に使える」

「ああ…なるほど。

そうした方が効率がいいってこと」

「まっ、お手伝いさんがいて

それらを一切することが無い環境なら、気にすることないけど」

「でも、潤のお母さんのように

いろいろな意味で、忙しい女性は増えているから…

女性の負担は大きくなるばかりかも」

杏の言うことはもっともだ。

「俺は古いと言われても

出来れば仕事はせず家で俺を待っていて欲しい」

透はいう。

「見つけなさい!理想に合いそうな子を」

さつきは素っ気ない。そして

「私はきっとそんなタイプじゃないな」

「さつきはバリバリ仕事をしているほうが、いきいきしているんじゃないかな」と杏

「家庭を省みず仕事だけとは、

思っていないけど

パートナーの理解と協力は必要ね」

「杏は?」潤はきいてみた

「うーん…どうだろう」

「杏と一緒にバイトするようになってよりわかったんだけど

杏は物事をきっちりこなすタイプだから、案外仕事も家庭のこともやり遂げるかもしれない」

「そうかなぁ…」

「手を抜けなくて、パンクしたり」

「潤…あり得るよ。それ。一生懸命だから」

ここに来てまだ杏の仕事ぶりはみていない。

でも近くにいるさつきの見極めは、鋭いかもしれない。

できないことも抱え込んで、必死になるタイプだ。

俺に杏はいう

「何事も無理は禁物、自分でできる範囲をやること。

バイトも頼めることは回りに頼め」と

「うん、わかっている。さつきにはここでも助けられているから」

杏はそういって照れ笑いした。

~24~出会い

チェックアウトの時間。

スタッフが溢れバタバタしていたフロアに

静寂がもどる。

杏やさつきも担当のフロアを終え、バックヤードに戻っていた。

「あっ丁度よかった。フロントから電話があったの

宿泊人数の変更。備品補充してきて」

「分かりました」

指示をうけワゴンを押し、さっきまでいたフロアにもどりかけると

「ベッドメイキングもはいった…」

と呼び止められた。

再度指示を聞き杏とさつきは目的のフロアへいく。


「杏手分けしようか」

「うん…そうしようか」

「先にベッドメイキングの部屋にいっているから

備品補充してきて」

杏は補充するものをかかえると、さつきと別れた。

…このあとは潤との約束があるから、早く終わらせないと…

そんなことを考えていて、ドアが開くのに気がつかなかった。

ガチャ…

開いたドアから人がでてきたのと、

杏が、そこを通り過ぎようとしたのがほぼ同時…

「あっ」

「…え、キャッ」

ドン…

抱えていたものが散らばる。


「大丈夫…」

「スミマセンよそ見していて…」

いまだに次の動作に移れない杏にかわり、

その人は散らばったタオルやローブを拾いあつめた。

それを片手で持つと杏に手を差し出す。

「はい…たてる?」

手をかり立ち上がる杏

「申し訳ありません…」

「アルバイト?学生」

「はい、まだ慣れなくて」

「行かないの…これ届けるんでしょ?」

「…あっ、はい…そうだ。失礼します」

杏は一塊をかかえると走り出した。

しかし少し先を行ったところで、突然止まると

向きをかえ来た道をもどる。

一部始終を目で追っていた人物に、会釈しながら駆け抜けた。


ブツブツ…ブツブツなにかいいながらその子は立ち去った。

うてむいた顔は赤く、慌てようが半端じゃなかったので

姿が見えなくなっても、少し前の光景を思いだし

俺はクスクスと笑いだした。

それに…通りすぎたあとにわずかに残る香り。

香水ではない、それは心落ち着く香り…

なぜか俺の深いとこれを刺激した。


~25~寝顔

コンコン…

「杏、さつき…いるか」

俺は隣の部屋をノックした。

ガチャ

「ああ、潤」

「いる?杏」

「…ええ、入って」俺がさつきに続き部屋に入ると

さつきはベッドを指さす。

「課題をやっていたんだけど、限界だったみたい。

ベッドにダイブしたなあ、と思ったらこの通り」

杏はまさに、倒れ込んだまま眠りについたようだ。


「今日はフル稼働だったから疲れたのね。きっと」

見えている横顔から、規則正しい寝息がもれている

広げられた二人分の課題テキストを片付けながら、さつきは話す。

「潤、私葵さんに呼ばれているの」

「ああ…じゃあ俺部屋に」

「いいわよ約束していたんでしょ、杏が起きるまでここにいても。

潤は、杏がいやがるようなこと…しないでしょ」

さつきの視線が俺に向く。

まるで俺の心の中を確かめるように。

「私たちをここに誘った段階で

杏を大切に思っていることは分かった。

杏も今のあなたを信用しているし。…変わったもの、潤は」

いわれた俺は表情を崩した。

「仕方がないさ。マジに惚れた弱み…」

「そう、ねぇ。じゃあ行くわ。

鍵は持ってでるから、どこに連れ出してもかまわないわよ」

さつきは支度をすませると部屋からでていった。



俺はまだ、気持ち良さそうに眠る杏のベッドに腰掛ける。

「さつきに言われなくてもここまで無防備だと

たとえその気があっても襲え無いな…」

顔にかかる髪の毛をそっとかき上げた。

杏はわずかに身を動かしたが、起きる様子はない…

「眠り姫だな…」

俺は杏の頬にそっとキスを落とした。



潤との約束があったのに、私は猛烈な睡魔に襲われた。

「こら…杏少し休んだら。

無理に起きていなくても」

「…うん…でも、潤と約束していて…ふわー」

だめだ。眠い…

「さつき…潤…がきたら…起こし…て」私は自分のベッドに倒れ込んだ。


まだ微睡む私に、さつきの声が遠くに聞こえる…

…誰かと話している…ん…でもまだ眠い…いいかげん起きないと…


少しすると、誰かが頬にかかる髪をかきあげ

指がわずかに触れた。

…くすぐったい…

そして、私の頬に柔らかいものがそっと触れた気がした。

夢かな…でもまるで私を眠りからさますように優しかった。


私はゆっくりと目を開けた。

「やっと起きた…」

「…潤…あれ?どうして…」

「さつきは出かけたよ。葵さんのところ」

「そうか…私眠ちゃったんだ…

ごめん約束していたのに」

ベッドに腰掛けた潤は、私を見下ろしていた。

「いいや、かわいい杏の寝顔がみられたし。かまわないよ」

「えっ、嫌だ起こしてくれればよかったのに」

私は体を起こした。

寝顔をみられたことで、頬が上気してきた。


これだけのことで頬を真っ赤にした杏。

もう一つの秘密は…言わないことにしようと、

俺はすぐとなりの杏に微笑えんだ。

「なに…?」

「いや。出かけようか」

「うん」

俺は、杏に見せたいものがあるといって、部屋から連れ出した。











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