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小さな パンドラの箱
黄昏色の空26~39
バイトの部署が違うため、杏とゆっくりすごす時間はあまりない。
杏は朝から、かかってもお昼過ぎまで。
俺は、朝食と連泊者の利用するランチの時間のバイトで
時間帯が合うのは、夕方からになる。
「急がしいらしいね」
「あっ、そうなの。稼働率が高ければ出入りも激しいから
ハウスキーパーの仕事も大忙し、
でも潤ほどではないかな。目の前に接する人はいないから」
「さつきが言っていたよ、今日はフロアで備品をばら撒いたらしいって」
「…事実だから仕方ないけど、お客様の前でやっちゃった」
と、杏は舌をだした。
「潤との約束があったから急いでいたんだけど、ボーとしていたから
開いたドアから人が出てきたことに気がつかなくて…」
「失敗は俺のせい?」
「違う…そんなつもりじゃ…」
「バイトしながら、俺のこと考えてもらえるなんて光栄だな」
「もう…」
俺が杏をつれてきたのは、ホテルの最上階展望ラウンジ。
この後の遅い時間は、奥のバーが大人たちでにぎわう。
夕方のこの時間は、まだそれほど利用する人もなく
閑散としていた。
でも、この時間に合わせて杏をつれてきたのには理由がある。
エレベーターを降りると、バーとは逆に俺は目的の場所へと向かう。
そこからの眺めを杏に見せるために…
「このホテルは普段から家族ずれが多いし、この時間はまだ外に出ているから
あまり知られていないんだ。でも、最高の眺め、ここから見えるサンセット」
そういって、ガラス張りのフロアの先端に杏をつれてゆく。
「わぁ・・・凄い。綺麗・・・私たち夕日を見下ろしている」
ここからだと、沈む夕日と広がる海を下に見るような形になる。
「一面星空になる夜の風景は、食事終わりで目にする人はいても
この時間のここからの風景を知る人は少ないと思う、だから杏に見せたかったんだ」
「ありがとう、潤。でも、本当に綺麗・・・青い海が夕日色に染まってキラキラしている」
それを見つめる杏の瞳が、潤んでいる。
俺は我慢できなくて、杏を後ろから抱きしめた。杏からの抵抗は感じない。
かぎなれた杏の香…抱きしめたことによって、それを、
いっそう近くで感じることになる。
まわした腕に杏の手が添えられる。
「海の中に・・揺れる水面に夕日が溶けているみたい」
杏はその様子をただじっと見つめている。
夕日が沈み行くにつれ、高層階のフロアも薄暗くなってゆく。
どのくらい、そうして眺めていただろう…杏は夕日から目をはなさなかった。
わずかに残る夕日のかけらも、すべて西の空に溶けるように沈むころ、
俺は、杏を拘束していた腕を緩めた。
杏がゆっくり振り返る
「沈んじゃったね、夕日。とても綺麗だった、夕日も海も」
目の前の光景を捉えていた瞳が、今度は俺を見つめる。
俺は杏を引き寄せると、頬に軽くキスを落とす・・・驚いた様子の杏に俺は小さな秘密をばらした。
「実はさっき…眠り姫は、キスで目覚めたんだ」
「えっ・・・じゃあ・・・さっき」
「そう。でも、お目覚めのキスはまだなんだ」
そういうと、まだ驚きがさめない杏の唇に俺はキスを落とす。
やさしく唇を合わせた後、すっぽりと俺の胸におさまる杏を
抱きしめた。
来たときには窓の外に広がっていた夕日も
今は空に星が輝き始めていた。
~27~
「まだ時間は遅くないし、婆ちゃんのところに顔をだしてくる」
食事も終わりレストランをでると、潤はいった。
「じゃあ、部屋にいってるから。杏はどうする」とさつきは杏に聞く。
「私も部屋に戻る、今日は忙しくて少し疲れた・・・」
「お婆様はいつからこちらにいらしているの」さつきが聞く
「今月の頭から来ているよ、帰りは俺たちと一緒」
「そう・・・じゃあ次の機会に挨拶に行こうか」
「普段とあまり変わらないけど、爺ちゃんは婆ちゃんを
婆ちゃんは、爺ちゃんをお互いに独占しているよきっと」
「仲がいいのね」
「ここにいる間は俺も杏を独占したいけど・・・
きっとうまくいかないだろうな」
不思議そうに首をかしげる杏。
俺は透とさつき、杏と潤はとそこでわかれた。
目的のドアの前で立ち止まった。
コンコン・・・
「潤です」中からドアが開けられた。
「葵さん」
「来るところは一緒だったみたいね」
そういうと、大きくドアを開け招きいれた。
中に入ると夕食を乗せてきたワゴンが目に止まる、
きっと葵さんが運んできたのだろう。
「いらっしゃい。バイトはどう?潤」
「はい。大変だけど楽しいです。いろいろ。
ばーちゃんも、楽しそうだね」
目の前でにっこり笑うと
「ここの食事は施設よりも私を元気にしてくれているわ」と
婆ちゃんはいった。
「確かに、いらした頃よりふっくらされたかも」
「あら、大変」
俺たちは顔をあわせて笑った。
「潤の彼女は杏ちゃんだったのね」
「ん…なに急に」
「男女二人組だからカップ同士だと思っていたんだけど…
お婆様からうかがって、意外な気もするけど」
「葵さん、俺からの強烈なアプローチを杏は交わしきれなかっただけです。
それに杏は俺の彼女ですが、残りの二人はそんな間柄じゃないんです」
「そうなの!でも凄く自然よ。あの二人」
「あいつらは、共通の趣味バンド仲間です。
だからある意味ツーカーのなか」
「分からないものね…それは潤君と杏ちゃんにもいえる…」
「意外かしら…やっぱり。
でも潤が変わったのは杏さんのおかげだから」
葵さんは戸惑いの表情を見せた。
婆ちゃんが少し前の俺のことを何か話していたのかもしれない。
「ターニングポイントとなる出会いは突然のことが多いですよね」
「そうかもね、だから人は、生きているあいだに様々な人と出会い別れも経験する。
でも葵達は一番つらい別れをもう経験してしまった…」
「涼も来ているのよ。この夏は大学の友達と」
葵さんは俺に悲しげな瞳を向けた。
「小さいときに一番つらい別れ」
「涼は…両親の思い出がないから…
そして家族の温かさをしらない。
叔父さん、叔母さんとも
あえて関わることを避けているのかもしれません」
「遠慮することはないのに
いいのよ、私や潤の親にもっとたよっても」
「そんな…今も充分すぎるくらいお世話になっていますから…
でもありがとうございます」
「涼の気持ちをすべて理解できることなんて、できないの。
だから一人でも平気にならざるを得なかったのかな」
「私仕事に戻ります。また明日」ワゴンを押していく葵さんを俺は見送った。
俺ももがいていた、ついこの間まで。
でも、遼は今もそのもがきの中にいる。
俺のように、救い出してくれる
変えてくれる存在を、探しているのかもしれない。
~28~
バイトも初めて一週間たつと、相変わらず時間はかかるが
それなりに私も、仕事をこなす事が出来るようになった。
そのなかに、一つでも自分なりに満足のいく
ベッドメイキングができるとうれしくなった。
直接お客様に顔を見せるわけでもなく、ましてやお礼を言われるところではない。
でもチェックイン後
部屋に入り、1日 快適に過ごしていただけるよう、
私は精一杯ルームキーパーの仕事をした。
「良し、次に行こうか」
最終点検を終え部屋を後にしドアを閉めると
ちょうど隣の部屋のドアが開いた。
杏は会釈をして通り過ぎようとしたが、呼び止められた。
「この間の…」
よく見ると見覚えのある顔がたっていた。
「あっ。先日は失礼しました…」
「そうかあなたたちはこれから忙しいんだね」
「はい…順にチェックアウトで、お部屋が空きますから」
「大変だね」
「ええ…でもだいぶ慣れました。…これからテニスですか」
杏は手にするラケットをみていった。
「ああ、そうなんだ大学のサークルにはいっていて
その中の何人かと一緒に来ているんだ」
「そうですか。
私も、コートが完備されているのは聞いていますので
行きたいとは思っているんですが」
「君もテニスするの?じゃあ今度一緒にどう。
友達もいればその子も」
「おつき合いできるほど上手くはないんですが…
それに、その日によって
バイトは終わる時間が不規則ですから」
「そうかぁ…残念。でもコートに来ることがあったら
探してみて」
「わかりました。行ってらっしゃいませ。
その間に、お部屋きれいにしておきます」
札が下がるドアノブをみて杏は言った
「お願いします」
一言のこすとそのひとはエレベーターへとむかっていった。
「あれ…」
立ち去る後ろ姿を見送っていた杏は
その人に親しみかんじる…何でだろう…不思議……と
~29~
ドアをノックすると同時に、さつきは声をかける。
「潤、透お待たせ」
中から鍵が開くと、濡れた髪の毛をふきながら
潤がドアを開けた。
「悪い。入って透シャワー中。すぐには出られないから」
そう言うと大きくドアを開けた。
「今日のランチ半端じゃなく忙しくて、汗だく」
「そうだったんだ…」
杏はそう話す潤を、真っ直ぐには見られない。
「ん…」
「私は平気だけと、杏には刺激が強いかも」
さつきは、シャツは着ているが前が全開の
潤の姿に、オドオドしている杏をみていった。
「ああ…なんだそう言うこと」
室内に入ってきたときから、微妙に目をそらされていた理由がわかった潤は続けた。
「家では…確か杏には弟がいたよね」
ボタンを止めながら潤は尋ねる。
「弟はまだ中学だし男として意識ないし…」
「ふーん。男兄弟が上下で大きな違いだね。
さつきは兄貴だったよな」
「そう、大人の男がうろちょろしているわよ。家の中を」
潤同様、さつきも杏をからかっている。
「じゃ…このあとは…プールか海にでも行こうか。
杏の免疫作りのために」
「それは…大丈夫だと思う…だって周りも同じだし…」
潤とさつきは顔を見合わせ、吹き出した。
「ククック…笑える最高」
「どうして笑うの」
「…杏がお子ちゃまだから…クッククク…」
さつきも笑いがとまらない。
一人膨れる杏。だか、次の瞬間目を見開くと
悲鳴とともに手で顔を覆う。
「キャッー」
目線の先に、バスルームから出てきた透の姿があった。
「…ここにもいたか大人の男が…さすがにまずいだろう。透」
いわれた透は、腰にタオルを巻いただけ。
「なんだよ。来てたんだ」
と気にしない。
「せめてバスローブきてよ!レディの前よ」
今度はさつきも少し頬を赤らめた。
いまだ、覆った手をどけることのできない杏のために
潤は透に向けて、バスローブを投げた。
そして
「早く着ろよ!ここにいる間そのカッコでふらつくな」
と釘をさした。
そういえば…今年のプール開きの前…
さつきに言われてかり出されたプール掃除のとき
見事にプールに落ちた杏。
すぐさまプールにとびこみ、散々ふざけた後プールからあがった杏は
ずぶ濡れのまま、うつむいていた。
あのときは、なにも考えず杏の前にいたが
Tシャツを脱ぎ捨てていた俺に、相当慌てていたに違いない。
そんなことを思い出した俺は、一人でクスッと笑ってしまった。
~30 揺らぎ光る水面
プライベートビーチに来た俺たちは
目の前の光景にしばし言葉を忘れる。
そこには、白い砂浜と青い海が広がっている。
「きれいね…どこまでも海が広がっている」
カラフルなパラソルは家族ずれでにぎわう浜辺に、色を添える。
ここには、ゆったりとした時間が流れているようだ。
「なあ、せっかくだからあれに乗ろう」
透が指差す先にあるもの、それは少し沖を周遊するハーフパイプ。
二人乗りの大きな浮き輪を、ジェットスキーで引っ張る。
「チャレンジしてみるの?水圧でかなりつらいと思うけど」
「楽勝さ」
「透はすでに乗る気みたいだけど、どうする杏、さつき」
俺は二人に確認する
「振り落とされても、ライフジャケットを着ているし…大丈夫かな?
杏どうする」と潤
「うん・・・ちょっと不安だけど、みんなが乗るなら…」
「そう!じゃあ決まり。俺とさつき、潤と杏ちゃん」
「本当に良いのか」
浮かない表情の杏に、俺は再度確認した。
杏はそれでも、黙って小さくうなずくだけだった。
乗り場へ向かうと、それぞれにライフジャケットが渡され
諸注意が告げられた。
「周遊する近海の深さは3メートほど、振り落とされてライフジャケットがありますから
深くもぐることはありません。
すぐ後からのボートで救助に向かいますから、安心してください」
まず始めに透・さつきが乗り込んだ。
動き出したボートは徐々にスピードを増してゆく。
「気持ちいい」とはしゃぐ透
さつきも振られながらも、楽しんでいるようだ。
「スリル満点、でも必死なんだけど・・・」とさつきが大声を張り上げる。
「もう少しスピード上げますよ。良いですか」係員の声と同時にボートはスピードを増した。
さっきと同じコースだが、カーブしたボートに浮き輪は浮き水面にたたきつけられ
透とさつきはバランスを失い放り出された。
「やめるなら今だよ、杏」
「ううん、大丈夫。せっかくだしやってみないと。…潤と一緒だし大丈夫だよね」
そういって、笑う杏の笑顔はぎこちない。
ボートで戻ってきた二人は満足そうだ。
「凄いよ、でも楽しい。がんばれ杏」
さつきは準備中の杏に声をかけた。
俺は前に杏を座らせすぐ後ろに座った。
ボートが動き出す
「杏、スピードが上がったら衝撃は強くなる
緩やかなうちに手を離せ」
俺の声を聞いて、前の杏が首を立てに降る。
水面をふわふわと揺られながら進む浮き輪。
頬には、水しぶきと流れる風を感じる。
右に左にと緩やかなカーブをとるボートに
しっかりつかまっていないと、振り落とされそうになる。
必死な顔でつかまる杏が振り向く
「潤、限界!もう無理」
振り向き訴える杏に、
「わかった、一緒に手を離そう」
そういって、杏の体に手を回す。しっかり密着した状態で再び声をかける
「落ちても俺は放さないから。いい、息を吸って・・・3で手を放して・・・1.2.3!」
潤の大きな体に包まれて、空を富んだ私は次の瞬間
水面に打ち付けられた。
緩やかなスピードでもかなりの衝撃で
水中にいったんもぐって行く・・・潤を背中に感じながら沈んだ。
浮力を感じた瞬間、私の体に回された潤の手が解かれ
私の手をつかむと、水面へと導かれた。
バフッ
二人同時に水面に顔を出した。
ライフジャケットの影響で、二人とも浮いているが
潤は杏の腰を片手で支えていた。
「よくできました、最初から浮かない顔していたのに」
潤は私に向かっていった
「・・・無理に周りにあわせるなよ」
と、やさしく微笑んだ。
読まれていた・・・あまり乗り気でなかったことを。
でもみんなには、せっかくのこの海で体験できる楽しみを
私のせいでやめてほしくなかったから
私は冒険してみることにしたのに…でも
「正直・・・怖かった。もう乗りたくない・・・」
私は、本心を打ち明けた。
「OK、それでよし」
潤は私を引き寄せると、ぷかぷか浮かぶ海の中で
私を抱きしめた。
不安に曇っていた杏の顔にやっと笑顔が戻った。
濡れた髪からしずくが落ちる。
水面には太陽の光が当たり、キラキラしている。
俺はボートが近づいてくるまで、杏を抱きしめていた。
~31~
ゲームを早々に切り上げ、俺は一人部屋にもどった。
カードキーで鍵をあけると
部屋の空気が一新されていた。
同室の奴が吸うたばこの香りが、少し薄らいでいる気がする。
バスルームを覗くと、ローブもタオルも新しいものがセットされ
使ったままの備品も、整理整頓されきちんと収まっていた。
もちろん、きちんとベッドメイキングされたベッドは
出かけた時と様変わりしている。
俺は深呼吸してみた…
あの子の残した香りが、すこしでもないかと…
でもおそらく、立ち去ったのは何時間も前のこと。
なにも感じ取ることはできなかった…
このフロアだけでも、何人ものスタッフが動いていた。
しかし、あのひと言でここのルームキーパーをしたのが
彼女だと確信を俺はもっていた。
…「出かけているあいだに、きれいにしておきますね」…
あの子は確かにそういった。
姉さんにきけば、あの子のことが分かるかもしれない。
俺は携帯を開きかけたが、その手を止めた。
なぜかまた、すぐに偶然あえるような気がして
開きかけた携帯を閉じた…
どうしてだかわからない…
でも会うべきしてあったと、そう感じていた。
そしてそう感じている自分に、涼は驚いていた。
きっとあの子が苦労して整えたベッド
すぐに乱すのが心苦しくて、カバーをはぎ取ることをせず
俺は疲れたからだをそのままベッドに横たえた。
~32~
ウェイターの仕事で忙しい潤と透は、今日は夕方までバイトが入っている。
「ねぇ杏、テニスしにいこうか」
「ん・・。テニス?」
「透たちは体が空かないけど、せっかくコートが併設されているんだから
久しぶりに、体動かしてこない?」
「そうだね、行ってみようか」
私はさつきの誘いにのって、テニスコートに向かった。
運動しやすいかっこをして出向いたテニスコート。
ラケットは持参していないので、貸し出しを受けることにした。
自分のものではないので、少し違和感はあるが試合をするわけではないから
差し支えはないだろう。
割り当てられたコートに良いくと、さつきと乱打を続けた。
久しぶりで制球が乱れる。
使い慣れないグリップのせいか、ボールはあらぬ方向へ飛んでいってしまった。
「ごめーんさつき」
隣のコートまで入り込んでしまったボールをさつきが拾いに走る。
私も中央のネットまで走り、転がるボールを拾い上げてくれた隣の人に
声をかけた。
「すみません、お邪魔してしまって、ありがとうございました」
僕は声のほうに顔を向けた。
声の主はまた会いたいと思っていた、ルームキーパーの女の子だった。
ボールを渡しながら、目の前に駆け寄ってきた子に話しかけた
「あの子の友達?君もルームキーパーのバイトやっているの」
「あっ、はい。二人一緒のバイトです」
「バイト終わったんだ」
「ええ…今日はお昼で終わりました。あの…知り合いですか杏と」
「ごめん、いきなり…仕事しているときにちょっとね」
「そうですか」
「良かったら、一緒にやらない?試合形式で」
杏は、話し込んでいるさつきを待っていた。
少しすると、さつきが杏を手招きしている。
「ちょっと杏来て」
呼ばれるまま、さつきのそばに駆け寄った杏は
隣の男性の顔を見て驚いた。
「あっ…この間は…」
「今日は失敗しなかったのかな、早く仕事も終わったみたいだし」
「いえ…まあ・・・」
「こちら涼さん、一緒にやりませんかと誘いを受けたんだけど、どうする杏?」
「さつき・・・でも。私たちブランクがあるから」
「ブランクといったって、2ヶ月まえの引退だろう。少し打ち合えば感覚は戻ると思うけど
無理にとは言わないけど、この間、機会があればと誘ったしね。どうかな」
そうだ…確かに誘いを受けていたんだ。
でもまさか、一緒になるなんて思ってはいなかった。
「感覚はそのうち戻るでしょう、打ち合いだけではつまらないし
誘いを受けましょうか、ねっ。杏」
私はさつきに押し切られる形で、承諾した。
涼さんともう一人が、さつきと私がそれぞれコートに散る。
涼さんから離れるとさつきが話しかけてきた
「どこで知り合ったの」
「何日か前に仕事をしていたフロアで」
「相手は強烈に印象に残っているようだったけど」
「…あのひととぶつかって、抱えていた備品をばら撒いていしまったから…」
「印象に残るわね、それは」
「そのあと、ラケットを抱えて出かけるところに通りかかって、
少し話をしたの」
さつきは反対のコートで、乱打の開始を待つ透に目を移した。
「そう…あなたに関心がありそうだわ」
「えっなに?」
「ん…なんでも。さっ、少し相手をしてもらいましょう」
僕は目の前に現れたあの子と、少しでも一緒の時間をとりたかった。
駆け寄ってきた女の子とは別に、聞こえてきた声に胸が踊った。
もう少しあのこのことがわかるかもしれない…杏ちゃんのことが。
~33~
乱打で体をほぐし、軽くゲームをした俺たちは
近くのクラブハウスで、休憩をすることにした。
「高3なんだ、二人とも」
「ええ、受験生なのに。ここでバイトです」
「余裕ってこと」
「いいえ、まだ考えたくないだけです」
ぽんぽんと、のりの良い返事をしてくれるのは友達のさつきちゃんのほうだ。
「ブランクなんて心配なかったじゃない。あの時もそれほどできないようなこといっていたし」
「テニスのセンスはそこそこだと思います、杏は
ただ…日常ではたまに、とんでもないことしてくれますが」
「さつき!もう。わざわざいいから、そんなこと」
「でも、事実よね。隠しても目撃されたんでしょ」
「くくくっ・・確かにね、強烈だったね。いきなりぶつかってタオルなどが散乱」
「すみません、あの時は考え事していたので・・・」
「でも、今回はまだ少ないほうです。
学校でのほうが凄いですから」
「面白いね、君たち。まるで母親と子供だね」
「はい、面倒見ています。母親並みに」
目の前の涼おかしいのを、声を出さないように堪えている。
「大学生ですか」
「うん、今2年。コートにいただろう、サークル仲間。あいつらと一緒に来ている」
「良いですね、大学生で悠々とリゾート満喫」
さつきがそういうと、一瞬涼さんの表情が翳った。
「悠々とか・・・まっ、ある意味そうかな」
「いつまで滞在されるんですか」杏は聞いた。
「はっきりとは決めていないんだ、帰っても暇なだけだし」
「凄い!余裕ですねなんだか」
「杏ちゃん達は?」
「2週間の予定できましたから、後もう少しです。バイト終了まで」
「そうか・・・残念。せっかく知り合ったのに」
「涼そろそろゲームしないか」
友人の一人が休憩の終わりをつげに来た。
「そうだな、二人もまだ時間いいでしょ。戻ってもう少しやっていかない?」
「・・・そうですね、じゃ少しだけ」
「じゃ、先に行っていて」
「あっ、良いです。自分たちの分は払いますから」
「いいよ、バイトの子には払わせないよ」
「でも・・・じゃあ…
ごちそうになります。すみません」
お金にかかわることで、遠慮されることなんてないに等しい。
この子には自然な間隔でも、僕には新鮮な出来事だった。
それだけでも、十分にこの子に惹かれている僕がいた。
~34~
広いホテルの中では、知り合いにでも
会おうと思わなければあわないですむ。
現に、ここで働く姉さんにも、会うことがない。
祖母に呼び出され、潤がここでバイトをしていることを聞かされたが
その後も見かけることはなかった。
昼食を食べ損ね、
何かつなぎで軽いものでも食べようとぶらついていた。
そんなとき潤とばったり会ってしまった…
「あっ…涼」
仕事中だったのかウェイターの制服をきた潤は
もう一人と一緒に立ち止まった。
「久しぶり…
まさか本当に働いていたとは…暇つぶしにはいいかな」
「見るのとやるのでは大違い…でも一人じゃないし学ぶことも多いから」
「なる程…」
隣にいたのは友人だったらしい。
「葵さんにはいろいろ助けてもらっている。
…涼。お前のこと心配していたぞ」
「子供じゃないよ。潤より年も上だし。
バカなことはしていないつもりだけど」
「いや、人間関係が気薄すぎると…
頼れる人がいないんじゃないかって」
「お節介だな。お前らはみんな。
僕にどうしろと、大人しくお前たちの庇護を受けていろといいたいのか。
そして機嫌をとれと?」
「いや、違う。
ただ、自分の殻に閉じこもっていても
周りはお前の気持ちは分からない。だから…」
「お前や叔父さん、叔母さんの前から
早く離れたい。そう思っている、目の前に敷かれたレールの先は
姉さんと違って…
誰かに決めてもらうものではない」
「涼…お前!」
「安心しただろう。潤。
大学が終われば叔父さんも僕のことを気にしなくてすむ」
「…」
「お前は引かれたレールに乗っていればいい
約束された道があるんだから」
そう言うと涼潤のを残し立ち去った。
「あれが葵さんの弟?」
「ああ」
「そうとうひねくれているな。
周りは敵だらけとでもおもっているようだ」
「周りとは金銭的な関係でつながっているだけ…
おそらく自分でもそれはわかっている
だからよけいに深く関わることを避けている」
「付き合う奴に恵まれていなかったということか」
「少なくとも、透のような友達はいなかったと思う」
「それは残念だ確かに」
支え会う友と違い
利用し利用される関係の友はむなしいだけ…
俺もそのことはわかっている。
一人になることは悲しい…だから虚しい関係でも断ち切ることができないのだろう。
~34~
広いホテルの中では、知り合いにでも
会おうと思わなければあわないですむ。
現に、ここで働く姉さんにも、会うことがない。
祖母に呼び出され、潤がここでバイトをしていることを聞かされたが
その後も見かけることはなかった。
昼食を食べ損ね、
何かつなぎで軽いものでも食べようとぶらついていた。
そんなとき潤とばったり会ってしまった…
「あっ…涼」
仕事中だったのかウェイターの制服をきた潤は
もう一人と一緒に立ち止まった。
「久しぶり…
まさか本当に働いていたとは…暇つぶしにはいいかな」
「見るのとやるのでは大違い…でも一人じゃないし学ぶことも多いから」
「なる程…」
隣にいたのは友人だったらしい。
「葵さんにはいろいろ助けてもらっている。
…涼。お前のこと心配していたぞ」
「子供じゃないよ。潤より年も上だし。
バカなことはしていないつもりだけど」
「いや、人間関係が気薄すぎると…
頼れる人がいないんじゃないかって」
「お節介だな。お前らはみんな。
僕にどうしろと、大人しくお前たちの庇護を受けていろといいたいのか。
そして機嫌をとれと?」
「いや、違う。
ただ、自分の殻に閉じこもっていても
周りはお前の気持ちは分からない。だから…」
「お前や叔父さん、叔母さんの前から
早く離れたい。そう思っている、目の前に敷かれたレールの先は
姉さんと違って…
誰かに決めてもらうものではない」
「涼…お前!」
「安心しただろう。潤。
大学が終われば叔父さんも僕のことを気にしなくてすむ」
「…」
「お前は引かれたレールに乗っていればいい
約束された道があるんだから」
そう言うと涼潤のを残し立ち去った。
「あれが葵さんの弟?」
「ああ」
「そうとうひねくれているな。
周りは敵だらけとでもおもっているようだ」
「周りとは金銭的な関係でつながっているだけ…
おそらく自分でもそれはわかっている
だからよけいに深く関わることを避けている」
「付き合う奴に恵まれていなかったということか」
「少なくとも、透のような友達はいなかったと思う」
「それは残念だ確かに」
支え会う友と違い
利用し利用される関係の友はむなしいだけ…
俺もそのことはわかっている。
一人になることは悲しい…だから虚しい関係でも断ち切ることができないのだろう。
~35~
潤から離れた僕は何かを食べることも忘れて
ホテル内をぶらついた。
この時間の館内は比較的静かだ。
ほとんどの宿泊客が出かけているから。
周りを気にせず奥にきていた俺は
子供たちへの解放スペースにいつの間にかきていた。
大人たちと離れて工作や様々な体験をさせる
体験教室スペースはにぎわいを見せていた。
専門の指導スタッフがいるため
殆ど子供たちだけで参加している。
遠巻きに見ながら通り過ぎようとしたが
指導スタッフのなかに混ざる、見知った顔を見つけて近づいた。
「出来たかな?…うまいうまい!」
そう声を掛けているのはルームキーパーの杏ちゃんだ。
手はださず声をかけて子供を応援している。
「姉ちゃん…これうまくできない…」
「ん…どれ?
大丈夫だよそのままやってごらん」
周りの子供は何かとそばにいるお姉ちゃんを頼りにして
声を掛けている。
一人一人に笑顔で応えアドバイスをしている。
すると今度は
「出来た!ねえみて」
の声が次々に挙がる。
僕はここでどのくらい見ていただろう。
個々の作業が終わると使ったものの整理整頓の指示
せっかく作った物を壊さないようにと注意して
子供たちを送り出している。
「お姉ちゃんありがとう、バイバーイ」
最後の子供が立ち去ると僕は声を掛けた。
「今日はここでバイト」
「えっ…涼さん
びっくりした…いつからいましたか」
「少し前から
子供たちの中で大活躍だったね」
「ちょっとした先生気分ですね。
通りかかったら忙しそうだったからお手伝いです。臨時の」
「もう一人の彼女は」
「さつきはルームキーパーとは別のシフトで仕事中です」
「じゃフリーだったんだ、今の時間は」
「ええ…まあ」
「花村さん、ありがとう。助かったわ、今日は参加者が多くて…後はいいから」
「はい、わかりました」
スタッフはそういうと僕に会釈していった。
「じゃあ、私行きますね」
「このあと帰るだけなら僕に付き合ってくれない?
昼食まだなんだ」
「いいですよ…でもレストランも休憩になっていますから
パーラーぐらいしか」
「甘いものは大好きだから」
そういうと少し驚いた様子を見せたが
私もですと誘いを快諾してくれた。
パティシエおすすめケーキセットを食べ終わると、
自分たちのことを話し始めた杏。
「私にはまねが出来ないけど、さつきは器用だし飲み込みも早い。
だから職種の違うバイトも難なくやっています」
そう話したが別に自分のことを卑下している様子はない。
「でも子供たちのなかで
生き生きしていたよ。しっかり頼られていたしね」
「いつもとは逆ですね…
私は友達に頼ることや助けられることはあっても
今日のようなことはないから」
「自信をもったら」
「えっ」
「自分を必要としている人はどこかにいるはずだから」
「私を…
そうかも知れませんね…子供たち同様に、私が必要だといってくれた人、他にもいました」
微笑む杏に優しさがただよう
…誰のことを想い浮かべたらこんなに優しい微笑みができるのだろうか…
僕は少し嫉妬した。
「でも…ちょうど私でも相手ができるのは
小さな子供たちかもしれない。
たまたまだったけど、いい経験ができました」
今度は考えを巡らせながら、真剣な表情を見せた。
「飽きない。ふふふっ」
「…あのなにか…」
「杏ちゃんを見ていると飽きない。楽しい」
「涼さん…からかわないでください」
今度はそういって膨れ顔だ。
…いつまでもこの時間が続けばいい
僕は心の底からそう感じていた。
この子と過ごす時間が心地良い…
~36真実の扉~
ここは安らぎを求め生気をやしなう場所
癒やしの空間 HOTEL aqua marine
確かに見かける家族は、張り詰めた日常から解放され
みな穏やかな顔をしている。
僕はそのなかで一人何をしているのだろう…
心が安らぐことも
満ち足りた思いで、一杯になることもない。
でもただ唯一あの子とのひとときだけは
確かに安らぎを覚えた気がする…
手を握るわけでも
体を合わせた訳でもないのに
少しの語らいで、固い殻を簡単に崩すかのように
心の中にスッと入り込んできた。
いつのまにかあの子のことを僕は考えていた。
もっと、彼女のことを知りたいと思いながら
僕はその日、夕焼けに染まる海を眺めに
ここにきて初めて、砂浜に向かった。
家族ずれの姿はもう殆どない。
今の時間は、若者たちやカップルのたちが大半をしめる。
「男一人じゃ場違いか…」
そこに僕は、今一番気になる人を見つけた。
さつきちゃんと二人で砂浜に腰をおろしている杏ちゃん…
二人は何か話しながら笑っている。
僕は近づき声を掛けようとした…
笑い声がやっととどくぐらいの距離まできて、僕は足をとめた…
二人に、親しそうに近づく人影に気が付いたから。
ゆっくりと近づく二人に、女の子はまだ気が付かない
飲み物を手にした二人は、話に夢中の女の子の頬に
ペットボトルをつける。
驚いて振り向く二人、
さつきちゃんは、抗議の目を向けている。
隣の杏ちゃんは、そんなさつきちゃんをなだめながらも
後ろにいるその人を攻めることなく微笑み掛けている…
愛くるしいその笑顔を向けられているその人は…僕の知っている顔だった。
…今年は友達と一緒にバイトをしているわ…
…他にも目的はあるらしいけど…周りにいる子達の影響で少し変わったのよ
…高校3年です…
…私を必要としてくれる人が他にもいました…
「そう言うことか」
僕は声を掛けることを止めそのまま砂浜を後にした。
心には憔悴感が広がって行く。
僕はあの子を…
ラウンジでざわつく心を沈めていると
ばつの悪いことに、外から潤たちが戻ってきた
「潤…出かけた帰り?」
僕は自ら声をかけた
「涼さん!潤と知り合いだったんですか」
一番早く反応したのはさつきだった。
「ああ、その分だと二人も顔見知りだった?」
「このあいだ一緒にテニスをしていただいたの
大学生で…」と杏が答える。
「まさか、潤のつれてきた友達だとは思わなかったよ。
女の子にきちんと僕紹介してくれるかな」
「…涼は葵さんの弟、俺とはいとこだよ」
「そうだったんですか。どうりで…」
「今度また時間が空けば
一緒にまた、つきあってくれる」
「ええ、もちろん」
杏の返事を確認すると、涼は立ち上がりラウンジを後にした。
~37裏と表~
「違うもんだな。俺たちのときとは随分」
「なにが…、透も会っていたの?涼さんに」
「ああ」
「そう…でも
潤も涼さんも、引きつけられるのは一緒なのね」
「…ん」
「涼さんも気になっていたみたいだから、杏を」
「やばいか…このあとの展開」
「当然、等の杏は気づくはずもないけど」
「鈍感すぎて危険はないと」
「多分ね…」
「びっくり…涼さんが潤といとこだなんて」
「いつから知っていた…?涼のこと」
「一週間ぐらい前かな…
仕事中にボーっとしていた私が涼さんにぶつかって、
備品をばらまいて」
「やっていたんだ…やっぱり」
「うん…でもそのほかは失敗は…」
「ない?」
「ちょこちょこは…」
杏は白状するとうつむいた。
「ああ、でも
キッズ体験コーナーでの先生ぶりは好評だったらしいね」
「潤、なんで知っているのそれ」
「葵さんに
指導スタッフがはなしているの聞いたから。
杏には合っていたんだね、
子供たちもみんな、笑顔で楽しんでいたんだろう」
「うん、大したことは私していないよ。
アドバイスと応援」
…おそらく気が付いていない
杏の笑顔には不思議な力があるということを
なんとはない自然な笑顔がとても魅力的だと…
…涼…お前もそう思わなかったか…
潤は一抹の不安を感じていた。
~38安息~
僕はまっていた。
この時間、必ずここに来る人を…
ドアにはルームクリーニングを依頼する札をさげ
室内に待機していた。
カチ、ガチャン
マスターキーで開けられたドア
もし、違う人が来たら…
窓辺に立つ人影に杏は驚いた
「スミマセン…まだいらしたんですね。失礼しました」
「待って…」
…まだチャンスはあるかもしれない…
「もう出かけるから…お願いできるかな」
「わかりました」
そこには、僕の素性がわかっても
あったときと何らかわらない笑顔があった。
「今日も、仕事が終わると、潤たちと?」
「いえ…今日は他の3人は、夜の部でも仕事です」
杏はシングをはがしながら言葉を返す。
「付き合ってくれない…夕方、僕に。
食事でもしなから少し話がしたい」
「私と…ですか?」
「そう…迷惑かな」
「いいえ、そんなことは…一人でみんなの帰りをただ待っているだけですから、
かまいませんよ」
手を休め振り向くと杏は言った。
約束を取り付けると僕は部屋をでた…
夕方までどこで時間をつぶそうか…
待ち合わせは、テニスコート近くの軽食ができるロッジにした。
ここなら潤と鉢合わせする事はないと思ったから。
ラフな私服に着替えた杏ちゃんがやってきたのは
約束の時間より少し早め、
それでも遅れてきたことを詫びた。
「ごめんなさい、お待たせして」
「いいや、僕が早く来すぎていたから」
「みんなが出かけてしまって…つい居眠りを」
「バイトは、体をつかうから結構疲れるかもね」
「私、人より無駄な動きが多いから…」
「一生懸命なだけでしょ。それが杏ちゃんだし
いいんじゃない?」
しっかり夕飯を食べるには、まだ時間がはやい。
でも、僕たちは食事を済ませた。
窓から見える空は茜いろから、夜へとかわりつつある。
「潤のつれてきた一人とは思わなかったな…
祖母から聞いていたんだ、潤がここに来ていることは」
食事が一段落すると僕は話し始めた。
「お婆さまから、そうでしたか。
私伺う機会を逃していて…お元気でしたか」
「会ったことがあるの」
「はい、施設に伺ったことが一度」
「潤から僕たち姉弟のこと聞いている?」
「それほど詳しいことは…」
「生井の祖母は小さい頃から僕たちを、いろいろ気に掛けてくれていた。
母方に預けられていてもよく、訪ねてきていた。
それなのに
僕は、事故のあと体の自由がきかない祖母を訪ねることをしなかった」
「でも、ここに来てお婆さまと会われたんでしょ」
「呼び出されたから…でなければ
僕からは会いにいかなかったさ」
そう話す僕を、杏ちゃんはまっすぐに見ていた。
「潤とのつき合いは長いの」
話題を変えた
「いいえ…今のように親しくなったのは
3年になってからです。
それまではさつきの知り合いで、用事を頼まれたりする顔見知り程度で」
「もっと長いつき合いかと思っていた…
4人でいる雰囲気が自然だったから」
「他の3人のつき合いは長いので。
西野さんと潤は幼なじみだし
さつきと西野さんは高校からのつき合いで
でも二人はバンド仲間だから、私より一緒にいる時間は長いかも」
「面白いつながりだね」
「つながりといえば…潤と私は意外な取り合わせでしょうね。
まわりからも散々言われましたから。
最初に私が潤にもっていた印象は、いいものではなかったし」
「どういうこと」
「潤は学校では有名人だったんです。先生たちからの悪評が高くて」
…僕が以前見かけたとき、潤は無気力で荒れていた…
「流れてくる噂も凄くて、私とは別の世界でいきる人だと」
「でも今の関係になるまでに、心境の変化があったんだ」
「…ええ、潤から告白されました。
そして変わっていったんです。
潤も…潤に対する私のなかで抱いていた印象も。
潤は臆病すぎてなにも出来なかった私を変えてくれました。
でもお婆さまは、逆のことを言われましたけど」
「逆?」
「潤を変えたのはあなたね。と
私、特になにかした覚えはないといったら
そばにいるだけでいいのと
人は生きているあいだに色々な人と出会うのは意味があるとも」
…そばにいるだけて心安らぐ人、僕もそう感じる人に出会ったらしい…
目の前で無邪気にはなす杏の言葉に
驚かされていた。
祖母は潤を、今のように変えた人物が誰か分かっている
そしてその人に、これからもそばにいてほしいと
話した。
杏ちゃんは話を続けた。
「初めはからかわれていると思ったんです。
私はドキドキしどおしでした」
「男は…心奪われた人にはつねに真剣さ、
自分を知ってほしくて時には強引にでる」
「涼さんもですか」
「そうだなあ。
手に入れることが困難な状況ほど、必死になるかも」
…今まさに、珍しいくらい必死かもしれない…
ひととの付き合いは、その場しのぎで十分だと思っていた。
欲情のはけ口、一度きり、それだけの関係でもかまわなかった。
僕はこの子に何を求めている?
「星が…でてきましたね」
僕が考えこんでいると、窓の外をみながら呟いた杏ちゃんの声に気がついた。
「でようか…」
声を掛けると杏ちゃんはうなずき
当たり前のように割り勘で支払いをしませて外にでた。
「光がないと、今まで見えなかった星も沢山見えるんですよね
ここでは、海も空も夕日も星空も
いつも以上に綺麗で…」
僕の周りには富と金のおこぼれに群がり
そのために心にもないようなことをいい、機嫌をとる奴はいても
自分の気持ちを素直に語るやつはいない。
「涼さんは…今おつきあいされている方は」
「いないよ。
付き合ってもその関係は長くは続かないから」
「どうしてですか…
ごめんなさい、立ち入ったことを…」
「いいや、かまわないさ。
別れる理由は大したことじゃない。
いつも同じような展開さ。
愛情…気持ちが感じられないといわれておしまい」
「…涼さんも…心になにか痛みを抱えていますか」
「えっ…」
「外見しかみていなかったころの、潤と同じ目をしているから…」
「…」
言葉を返せないでいると、杏ちゃんはうつむく僕を見上げながらいった。
「生意気なことをいって、すみません。
でも私で良ければ話してください、少しは楽になるかも」
僕は答えた
「ありがとう。聞いてもらいたいときは、お願いするよ」
そろそろ、みんなのバイトが終わる時間だからと
部屋にむかう杏ちゃんとわかれて、
僕はひとり空に広がる星空を眺めていた。
いつのまにかあの子のペースに引き込まれ
立ち去った後もなお、自分のなかに穏やかな気持ちを
感じていた。
永らく忘れていた気持ちが、今再び心に現れてきた気がする。
この気持ちは…
~39~
潤と透、さつきが臨時でかり出される程忙しくなったのは
この休み中に、親父の会社の創立記念パーティーが予定されており
それに併せて、社員は家族とともにこのホテルに宿泊している。
パーティーをまじかに控え宿泊者が増え、レストランはその分忙しくなった。
両親は、彰や雅とここに昼間到着し
明日開催されるパーティーの準備に、スタッフと打ち合わせしていた。
賑わっていたレストランの片付けも終わり
俺たちはバックヤードを部屋へと向かっていた。
そのとき親父に声を掛けられる。
「潤、それにみなさんお疲れ様、君たちの仕事ぶりは高評価の報告を受けているよ」
「親父」
「ここに滞在中だから、
急に仕事を振ったりして申し訳ないとも」
「いいえ…わがままを聞いていただいたのはこちらですから」
透がこたえると親父は続けた
「変わらないね。透君は、昔から損得感情は抜きで
潤と付き合ってくれていたね。
潤、明日のパーティーは皆さんにも参加してもらいなさい。
短期間でもしっかりと、我がグループの従業員として
働いてくれたんだから」
「分かりました」
「それから、あさって以降お前たちはフリーだ。
個々で過ごす残りの時間を楽しみなさい」
「いいんですか」
さつきが問いかける
「仕事づくめじゃ、ここに来た意味はないだろう。
じゃあ、私はまだ仕事が残っているから」
そこで俺たちは親父と別れた。
「一番休養が必死なのはおじさんじゃない」
さつきは見送りながらいっていた。
「親父は決して無理はしていないよ。
健康管理にはむしろうるさいくらいだ」
「それならいいんだけど」
任せられることは抱え込まないで社員に任せている。
健康診断も時間をさいて年に何度かやっているようだ。
兄を亡くした父親は病魔に負ける悔しさを知っているのだ。
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