2004年04月29日
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《ドナのファルージャ拘束報告No6》
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ファルージャ6:親切

ドナ・マルハーン
2004年4月29日
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お友達の皆さんへ

 質問が終わると、私はクッションの部屋から連れ出され、かわりにジョーが案内された。

 ベスとデービッドは、廊下の端の床で敷物の上に座っていた。二人は黙って座っていたが、私も座りながら表情を覗くと、口を利いてはいけないと教えていた(訳者注:以前に出てきたデーブはデービッドの愛称。デーブとデービッドは同一人物)。



 カラシニコフを持っていた。近くに出入口があり、隣の部屋との間は薄いカーテンで隔てられていた。その中からだれかいる音が聞こえ、たぶん台所だろうと思った。

 この静けさはありがたかった。今終わったばかりの茶色の服の人の尋問のことと、その意味するところを考えることができた。

 私たちが座っている敷物にビスケットが2袋、出されたままになっていた。私は座ったまま考えながら、それをむしゃむしゃと食べ始めた。ところが、どうしても開かない袋があって、私はそれに手をやいた。「何とかならないの!」と袋を開けようと苦労している私を、この男の子は、信じられないという顔で見ていた。ついに彼は、銃を下ろし、優しく袋を取り上げ、開けてくれた。「シュクラン」。私は、きまりは悪かったが、この小さな親切に感謝して、そう言った。

 親切は、それで終わらなかった。ベスは気分が悪くて、小さなボールのように縮こまって横たわっていた。これを見た男の子は、毛布を持ってきて彼女にかけてやった。私があくびをして床に体を伸ばすと枕を持ってきてくれた。

 しばらくすると私たちは互いにささやき話を始めたが、だれに止められることもなく、ついに普通にしゃべり始めた。ジョーが戻ってきて、デービッドが呼び込まれた。

 そしてついに私が待ち焦がれたときが …

「チャイ?」とスカーフの男の子がやや遠慮がちに尋ねた。

「それそれ」と答えてから私は「お茶が出るって分かってたわ」と得意げにみんなに言った。

 イラクでは、有名な中東のもてなしの習わしを守って、お茶を振舞うのは日に20回ほどにものぼる。道でだれかに手を振るだけで、「うちでお茶を飲んでいきなさい」ということになる。

 たとえ私たちが見知らぬ人間であったとしても。たとえスパイであるかもしれないとしても。だから、たとえ私たちの国の軍隊が彼らの家族を脅かしているときでも、このスカーフの男の子は自分の文化と作法を忘れてはいないのだ。彼の母親が見たら、誇りに思ったことだろう。

 次の数分間、私はカーテンの向こう側のくすくすと笑う声を聞いていた。様子を想像してみた。顔を隠したイラク人ムジャヒディン戦士たちが、カラシニコフを置いて女に茶をいれてやっている。友達などには知られたくないことだろう。



 茶色の服の人がデービッドへの質問を終えると、私たち全員がその居間に呼び戻された。彼は一般的な質問を少しして、それからかばんの中を調べた。これは私たちには好都合だった。私たちのカメラを調べることになったからだ。最近撮った写真やビデオには、私たちがファルージャでしていたことや、バグダッドでしていた子どもたち相手の活動が写っていた。これが終わると彼は出て行ったが、武器を持った見張りの男がひとりでドアの近くに座り、私たちを監視していた。

 私たちは床に座り、いつでも前向きであろうと努めながら、日が暮れるまで話をしていた。私はこの仲間たちと一緒だったことに感謝した。みんな成熟していて冷静だった。違う人たちだったら簡単にパニックになったり適切に反応できなかったりしたかもしれない。

 しかし、通訳のアクラはこの事態全体の重みを感じていたので、突然泣き出してしまった。彼女はこれから何がおこるのかということだけではなく、家族がどう思うかに怯えていたのだった。

 ここの文化では、女性が一晩家を空けるというのはその家族の大変な恥になるのである。この捕虜事件で彼女は2日間も家を空けることになる。私たちが家族はわかってくれると言っても、彼女には説得力はなかった。「もし、あの人たちが返してくれなかったらどうなるの?」と叫び、泣きじゃくりながらアラビア語でお祈りを唱えた。

 私は彼女に寄っていってこう言った。「アクラ、私は絶対に神を信じるわ、きっとみんなうまくいくわよ」



 たとえアクラが真剣でも、みんな大声で笑い出さずにはいられなかった。そのあと私たちは、雰囲気を明るくして、まだ4時間かそこら泣きつづけていたアクラを元気づけるのに、この言葉を持ち出したものだった。

 彼女のためにみんなで歌もうたってあげた:アバ(スーパー・トゥルーパー)や、ビートルズナンバー数曲(ウェナイムシクスティフォーなど)や、ウォルツィング・マチルダ(私よりみんなのほうが歌詞をよく知っていた!)など。私がボヘミアン・ラプソディをうたい始めると、歌詞の2行目に入らないうちにやめてくれの声がかかった。しかし歌はアクラの気持ちを落ち着けてくれるので、私たちはもういくつか歌った。

 イラクではサーカスのピエロをやっているジョーは、風船を取り出し、動物の形にふたつ作り上げて、ひとつをアクラに、もうひとつを銃を持っている男にあげた。

「子供は、いるの?」と彼女は男に聞いた。

「ああ」と彼は言った。「あの子らは、バグダッドに連れて行かれた」。彼女が子供たちにと紫のキリンを手渡すと彼は微笑んだ。

 それから彼は話し始めた。「あいつらは、俺の兄弟を殺した」と静かに言った。

「それから、兄弟の息子と、姉妹の息子も。もう一人の兄弟は刑務所だ。俺だけが残った。どんな気持ちか分かるか?」

 彼の表情はおまえたちには分かるまいといっていた。

「それに今度は、最大の親友が殺された。足を撃たれてアメリカ兵に首を切られた。あいつは道に倒れて逃げれなかった」

「おお神さま」と私は思った。彼の友達もあの診療所に運び込まれた死体の中にあったのだ。

 この男の苦悩が体中からあふれ出るにつれ、私は、彼が家族の半分も殺した国々に復讐しようと、手にした銃で私たち全員をぶん殴りたいのではないかと思い巡らした。いや、もしかして彼の痛みをとるにはそれだけでは十分ではないのだろうか?

 しかし彼は、ペンタゴンにこそぜひ示してほしいような自制心で、そんなことはやらなかった。自分と家族は、自分たちがやりもしないことでこんなにひどい目にあいながら、私たちがやりもしないことでは私たちを罰することはなかった。

 まるで私たちの心を見透かすように、彼は私たちに念を押した。「我々はムスリムだ、おまえたちを傷つけたりはしない」

 そして、キリンを手に座り、黙り込んだ。






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最終更新日  2004年09月15日 01時26分30秒
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