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オシム監督を日本へ呼んだ千葉の祖母井(うばがい) 秀隆GM (55)が、今季限りで退団することが8日、分かった。来年から日本のインデックス社が出資するフランス2部グルノーブルのGM就任が濃厚で、5年契約の方向で最終交渉を行っている。 祖母井GMはドイツのケルン体育大学を卒業しており、ドイツ語と英語が堪能で欧州に強いパイプを持っている。ベルデニック氏、ベングロシュ氏、オシム監督ら欧州の著名監督を次々招聘(しょうへい)し、2005年にはナビスコ杯優勝を成し遂げた。千葉とは1997年に10年契約を結んでおり、契約が切れるため今季、日本代表入閣の話もあったが「海外で新しいことにチャレンジしたい」と以前から熱心に誘いのあったグルノーブルに興味を持っていたようだ。海外でキャリアを積み日本に戻ってくる意向で、 オシム監督も後押ししているという。 欧州路線で強化を成功させた有能なGMだったが、 淀川社長も退団を了承したようだ。後任探しに着手したが、アマル監督との契約は2008年1月までとなっており、来季以降の方向性の確立が求められる。千葉は現在勝ち点38の8位とリーグ優勝は難しいが、 11月3日に鹿島とのナビスコ杯決勝を控えている。選手からの信頼も厚い祖母井GMの退団はショッキングな出来事だが、最後に意地を見せられる事が出来るのか?
2006年10月09日
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2008年欧州選手権予選(7日=日本時間8日、ローマほか)B組ではドイツW杯王者イタリアがホームでウクライナに2-0勝利した。W杯後は親善試合を含めて未勝利だったが、元フランス代表MFジダンから受けた頭突き騒動で名を轟かせたDFマルコ・マテラッツィ(33・インターミラノ)ら“W杯優勝組”の復帰で復活を果たした。「久々にこの舞台に戻れて誇らしい気持ちだ」とドイツW杯決勝・フランス戦でジダンから頭突きを食らう原因となった挑発行為で2試合出場停止となっていたマテラッツィが、復帰戦で勝利に貢献した。イタリアのファンに久々に明るい話題を提供し、胸を張っていた。 W杯後に就任したドナドーニ監督は親善試合を含め3試合勝ちなしだった。欧州選手権予選2試合でも1分け1敗と出遅れ、国内では解任論が噴出していた。若返りを計画していた監督だが、そうはいっていられない状況になった。 エースFWトニ(フィオレンティーナ)、ベテランFWデルピエロ(ユベントス)ら“W杯優勝組”を再招集した。すると、 トニが後半34分に試合を決める2点目を挙げ、復活したマテラッツィ&カンナバーロ(Rマドリード)のDFコンビは相手攻撃陣を完封し世界王者は復活した感じとなった。 「われわれは正しい道に戻ってきた」と初勝利にドナドーニ監督も安堵の笑みを見せていた。役者が揃って貫禄を示したイタリア代表。同じB組のフランスが敗れる波乱も手伝い、一時は暗雲が垂れ込めた予選突破にこの勝利で光明が射してきた。
2006年10月09日
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2年連続での地区シリーズ敗退。早くもニューヨークからはヤンキースのジョー・トーリ監督(66)が解任という衝撃的なニュースも舞い込んできた。地元のデーリーニューズ紙が報じたもので、後任には昨季までデビルレイズで指揮を執ったヤ軍OBのルー・ピネラ氏(63)を挙げている。 1996年に就任以来、 11年連続でプレーオフに導いているトーリ監督だが、世界一からは今回の敗退で6年遠ざかってしまった。故障者続出の中での地区9連覇は評価されている一方、今回の地区シリーズでは、試合開始直前の打順変更など采配(さいはい)が疑問視する向きもあった。また闘志を前面に出して戦うタイガースに対して、ヤ軍の覇気のなさも指摘されていた。 ピネラ氏は1986-1988年のヤ軍監督を皮切りに1990年にレッズで世界一になり、 マリナーズとデビルレイズでも指揮を執り、ヤンキースのユニホームを来季着ることになれば19年ぶりの復帰となる。熱血漢で、ワンマンで知られるジョージ・スタインブレナー・オーナー (76)が手腕を買っているといわれる。またマリナーズ時代はA・ロドリゲス内野手を指導しており、主砲の再生役としても期待されている。 トーリ監督は松井秀にとって米国で最大の理解者でもある為、この恩師の去就はゴジラにも気がかりとなる。
2006年10月09日
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ユーロ2008(欧州選手権)予選グループBの第3節でスコットランド戦に0-1で敗れたフランス代表。敗戦直後のインタビューで、 レイモン・ドメネク監督はチームが目を覚ますよう望んでいると述べた。「すぐに立ち直って、攻撃的プレーを取り戻さなければならない。私にはチームができること、できないことがよく分かっている。プレーのためにプレーするだけではだめだ。イタリアを破ったからといって、勝利に酔っていてはいけない。この試合はもっといい結果を出せる可能性があった。本当に落胆している。スコットランドは、グループのほかのチームを苦しめる存在であり、本戦進出に向けての新たなライバルとなった」とコメント。ドメネク監督にとっては公式戦初の敗戦となった。激戦グループの予選グループBは残り9試合あるが、3勝0敗勝ち点9のスコットランドがトップに立った。勝ち点6のフランスが2位、勝ち点4のイタリアがリトアニアと同率3位タイとなっている。スコットランド代表は1998年のフランス大会(0勝2敗1分でグループリーグ敗退。) 以来W杯には出場していないが、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)で活躍するダレン・フレッチャーやセルティックで中村 俊輔のチームメイトのケニー・ミラーなどがいて決して弱いチ-ムでは無い。(前大会ユーロ2004年ではプレーオフでオランダに敗れ本大会進出を逃している。)もしかしたら今後Bグループのダークホース的なチームになるかもしれない。
2006年10月08日
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オリックスは5日にもテリー・コリンズ氏(57)の新監督就任を発表する。大リーグ、ドジャースのファームディレクターを務めるコリンズ氏は故郷ミシガン州ミッドランドの地元紙に「現場に復帰することには興味はある。今週末には結論を出すつもりだ」と前向きな姿勢を見せた。また4日、球団はサーパス(2軍)監督にオリックスや近鉄などでコーチを歴任した住友 平氏(63)が就任すると発表した。大石 大二郎現監督(47)は来季から1軍ヘッドコーチとなり、2軍から藤井打撃コーチ、米村トレーニングコーチが1軍の同ポストへ転任する。大島打撃コーチ、安田トレーニングコーチは2軍へ配置転換となる見込みだという。今年オリックスは巨人から清原 和博、ドジャースから中村 紀洋が加入し注目されたが、 中継ぎの菊地原 毅、大久保 勝信、萩原 淳が総崩れしてしまい、勝率が去年の62勝70敗4分の4割7分から52勝81敗3分の3割9分1厘とチーム成績も最下位楽天から4,5ゲーム差と一気に落ちてしまった。(早川 大輔の試合数が87試合{2005年}から21試合{2006年}に減ったのもダイは影響があったと思う。)リーグ1位となった日本ハムには3勝17敗と優勝の手助けをしてしまった。
2006年10月05日
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バレーボール全日本女子の主砲、大山 加奈(22・東レ)が右肩関節不安定症のため31日に開幕する世界選手権 (東京ほか)への出場が絶望的になったことが5日、明らかになった。4年に1度の世界一決定戦に、柳本ジャパンはアテネ五輪の大砲不在で挑む苦境を強いられる。 大山は9月10日閉幕のワールドグランプリ(GP)後に右肩関節が緩くなる症状を訴え、同18日から始まった全日本合宿に参加できず、所属の東レで治療にあたっていた。しかしこの日まで完治には至らず、5日からスタートする世界選手権前の最終合宿(大阪・貝塚市)に参加できないことが決まり、世界選手権出場が絶望的になった。 今季の全日本は、5月に栗原 恵(22・パイオニア)も左足親指のけがで離脱し、8、9月のワールドGPは6位に終わった。この世界選手権には2門の大砲“メグカナ”抜きで臨むことになる柳本 晶一監督 (55)は、「小山が自信をつけて伸びてきているし、落合もいる」と現有戦力で立ち向かう意向を示した。 大山の穴を埋めるレフトには、ワールドGPで活躍した中国からの帰化選手、新戦力の小山 修加(25・久光製薬)、落合 真理(24・久光製薬)がフル回転する事になるか?
2006年10月05日
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HERO’Sの前田 日明スーパーバイザー(SV・47)が、俳優の金子 賢(29)の参戦に猛反発した。3日、都内で行われたミドル、ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦(9日、横浜アリーナ)の会見後、同大会に出場する金子について「芸能人が出る場所じゃない」と激怒した。対戦相手の所 英男(29)に「ボコボコにしろ」と指示した。視聴率を優先してタレントをリングに上げる最近の格闘技界に、過激な言葉で警鐘を鳴らした。 会見後、囲まれた記者から金子の名前が出た瞬間、前田SVの顔色が変わった。 前田「おまえなんぞが出てくる場所じゃない。オレが現役だったら半殺しにしてやるよ。芸能人のステータスを上げるために出られたのではたまらない。本気で出場したいなら芸能界を完全引退して、アマチュアから実績を積んでこい」と怒りのコメント。 現在こそSVという立場だが、現役時代は「新格闘王」と呼ばれ、過激なケンカファイトで一時代を築いただけにプロとしてリングに命を懸けてきたという誇りがある。だからこそ実績も実力も足りない若手俳優が、安易にプロのリングに上がることが許せなかったようだ。 背景にはテレビ局の事情もあるようだ。金子は昨年大みそかにPRIDE男祭りに初参戦。結果は完敗だったが、格闘技番組全体の瞬間最高視聴率27・7%をマークしていた。タレントの高い知名度は、視聴率に直接影響を及ぼす。特にHERO’Sは8月の大会で視聴率9・3%と伸び悩んだだけに、金子の出場は願ってもない話題だった。参戦に反対したSVの主張は押し切られ、それが歯がゆかった感もあるようだ。 前田は「テレビのプロデューサー、ディレクターの力を借りて出てくる。ひた向きさ、まじめさがどこにあるんや。本当はプロと同じリングに上げたくない」とコメント。 「俳優を休んで練習した」という金子の発言にもカチンときた。前田SVの弟子でもある対戦相手の所は、清掃業のアルバイトをしながらリングに上がり続けた。ケガをしても、KO負けしても生活のために仕事は休まなかった。今年6月まで風呂もない6畳一間のアパートで生活していた。人生をかけて夢を追うプロの格闘家の覚悟と比べると、金子発言は軽く感じられた。 前田は 「俳優を休んで無収入? 貯金はなんぼあるんや。誰が面倒見てくれてるんや。アルバイトやっているわけやないやろ。所はケガしても働いて、飯食えない中でも、必死で戦ってきたんや」とコメント。 すでに前田SVは所に対して「2度と俳優に戻れないように、顔をボコボコにしろ」と指令を出しているという。一切容赦ない戦いでプロの厳しさを教えるつもりのようだ。一方で今回の発言は、視聴率至上主義に走る格闘技界全体への警鐘でもあった。2004年大みそかのK-1Dynamite!!にタレントのボビー・オロゴンが出場して以来、安易にタレントを起用する傾向に強い危機感を抱いていた。 前田は 「何を守らないといけないのか。タレントが出てきて、一番みっともない思いをするのはプロの選手。格闘技をバラエティーにしたくはないから、あえてきついことを言わせてもらった」とコメントし締めくくった。
2006年10月04日
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2日、兵庫県の高砂市野球場で行なわれた国体高校硬式野球は、2回戦2試合を行い、駒大苫小牧(北海道)は6-2で鹿児島工(鹿児島)に快勝し、4強進出を決めた。高校生ドラフトで楽天から1巡目指名された駒大苫小牧の田中 将大投手(17)は、先発して8回を2安打11奪三振の無失点に抑え、 公式戦高校通算34勝目をマークした。この勝利で作新学院高時代に江川 卓(現野球解説者)が記録した33勝を上回った。 “ドラ1”の実力はダテじゃなかった。34勝目の瞬間は一塁守備に就いていた田中。8回2安打無失点の好投で、江川(作新学院)の公式戦高校通算33勝を超えた。 「きょうのピッチングは100点満点。勝利数は自分の力だけではできないことなので、チームメートに感謝したい」とコメント。それでもネット裏で見守った楽天の吹石 徳一スカウトが「まだまだ伸びる余地はある。シュートを覚えたらスライダーもいきてくるしね」というからこれからも期待できる。 2試合連続2ケタの11奪三振を奪った。 香田 誉士史監督(35)は好調の要因を「勝負(甲子園3連覇)という重たいものから取り払われたこと」と分析する。今夏の甲子園は体調不良もあったが、確かにマウンドで険しい表情はみられない。試合のなかった1日は趣味の釣りをして息抜きする余裕もあった。 3日の準決勝(東洋大姫路{兵庫})に勝てば早実との再戦、王座奪回も現実味を帯びてくる。「早実と決勝で戦えたら本当に楽しいと思う」と田中。勝利よりも試合を楽しんでいるようだ。
2006年10月03日
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1日、セーフコ・フィールドで行なわれたマリナーズ×レンジャース戦は3-2でマリナーズが勝利した。その試合で最高のフィナーレが、城島に用意されていた。8回2死から放った右前安打。「最終打席でヒットを打ったのは非常に気持ちがよかった。自分の中で悔いのないように、と思っていましたから」今季、最も印象的なシーンとして、この今季最終打席を振り返った。 安打の瞬間、思いがけない歓声が沸き上がった。今季147安打目。新人捕手のア・リーグ新記録を44年ぶりに更新したことを、電光掲示板が知らせた。「30歳ですから、ルーキーといえばルーキーだけど、そうじゃないと言えばそうじゃない」控えめにヘルメットを掲げた城島だが、歓声がさらに高まると、照れくさそうに再び応えた。 捕手として日本人初のメジャー挑戦だった今年2006年。開幕戦で43歳の左腕モイヤーが投じた140キロ前後の初球と、最終戦で守護神プッツが最後の1球に投げた158キロ。その2球を比べ「(開幕の)モイヤーの真っすぐの方が速かったような気がする。緊張と心臓の高鳴りで、ミットの芯に入らなかった。しっかり球が見えたのは、きょうの方」とコメント。1年目のシーズンを終え、近日中にも帰国し11月に行われる日米野球に備える予定だ。
2006年10月03日
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日本ラグビー協会は29日、日本代表を指揮するヘッドコーチ(HC)のジャンピエール・エリサルド氏(52)を10月31日付で解任し、代表ゼネラルマネジャー(GM)の太田 治氏(40)がHCを兼務すると発表した。エリサルド氏がフランスのクラブチームと契約したことに端を発した解任劇となった。11月の 2007年W杯アジア最終予選は『太田ジャパン』で臨む事となった。 W杯予選まで1カ月半の大事な時期に、ジャパンの指揮官が電撃的に変わった。太田GMのHC兼務となる。コーチなどスタッフは現行体制を崩さずに、11月を乗り切る方針だという。太田新HCは「W杯出場が代表の使命。圧倒的な強さで勝ち上がりたい」と抱負を述べた。 エリサルド氏は日本協会に無断で母国フランスのクラブチームの役職に就任し、兼務を主張したことで解任された。しかし、同氏の手腕については協会首脳陣も高く評価をしており、 “エリサルド流”を熟知している太田氏に白羽の矢が立った。太田氏は「春はいい経験を積んだ。これから、どう戦うかをチームに落とし込んでいきたい」と話している。 太田氏のHC兼務の期間は未定だが、新たなHCを選ぶまでの一時的な措置で、 浜本 剛志強化担当理事は「現スタッフで最終予選を勝ち抜き、W杯で勝つための人選を早急に進めたい」とし、 来年9、10月に開催されるW杯には、新たな指揮官で臨む方向性も示した。 エリサルド氏の2重契約という形を問題にし解任した日本ラグビー協会だが、W杯アジア予選まで1カ月半という大事な時期の解任とは少し早まったのでは?と思う。ラグビー日本代表の初めての外国人ヘッドコーチとして、 ジャン-ピエール・エリサルド氏と契約し、世界で戦う意味でも思い切った監督人事だけだった上に、 W杯アジア予選が終了してからの解任でも良かったのでは?と思う。この2重契約で日本代表選手の信頼も薄れると思うが、 5大会連続でアジア予選突破しているラグビー日本代表だが、この解任がどう影響するのかが気になる所だ。
2006年09月30日
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日本相撲協会は28日、東京・両国国技館で理事会を開き、新たに部屋新設に関する規定を決定した。従来は年寄を襲名し弟子がいれば独立できたが、 新規定では幕内通算60場所以上、師匠の了承を得た上で判子が必要になるなど厳格なルールを設定した。今回の新規定について北の湖理事長は「立派な指導をしてもらうために厳しくしました」と話している。 これまで新たに部屋を興す資格について厳格な規定はなかった。年寄を襲名し弟子が1人でもいれば独立は認められていた。その結果、部屋の数は2004年に史上最高の55に膨れ上がり、現在も54部屋と飽和状態という状態だ。高砂広報部長 (元大関・朝潮)は「このまま行ったら部屋の数が60にも70にもなってしまう。数は今ぐらいが限度で、これ以上増えることはいい傾向ではない」と話した。 新たな規定による資格は3点で、現役時代の実績を重視し〈1〉横綱、大関〈2〉三役通算25場所以上 〈3〉 幕内通算60場所以上の3点のいずれかを満たすことが最低条件とされている。さらに、独立する際に師匠の判子をもらうこと、 引退後1年未満の新設はできないとある。 北の湖理事長は「弟子を立派に指導するために厳しさが大切」と明かしている。今年に入り土俵内外で相礼節を乱す行為が続発し、入門から引退までの期間が短い大学相撲出身の師匠が増え、大相撲の伝統がうまく継承されずに乱れていることも大きな要因となったようだ。力士たちには高いハードルとなったが、逆に発奮材料となれば土俵の活性化につながる。既存の部屋を継承する場合の資格は、 幕内通算12場所以上か、 関取通算20場所以上で変更は無いようだ。何年か前に親方の権利を含めた「年寄株」を巡り花田兄弟の争いがマスコミを含め報じられたが、この新たな制度が出来る事で、現在、105の年寄株を巡っての争いも無くなると思う。例外的に功績著しかった横綱には、一代限りの年寄株が与えられる(一代年寄)が、現在までに一代年寄が贈られたのは、大鵬、北の湖、貴乃花の3名とまさに狭き門だ。(千代の富士にも贈られたが、辞退している。)その後無事親方(九重親方)となり大関千代大海、千代天山らを育てている。
2006年09月29日
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楽天のカツノリ捕手(33)が戦力外通告を受け、今季限りで現役を引退することが28日、分かった。来季は楽天の2軍バッテリーコーチに就任する予定で、本拠地最終戦となる10月1日のロッテ戦後に正式に発表される。来季は就任2年目を迎える父の野村 克也監督(71)をコーチとしてバックアップする。また、 飯田 哲也外野手(38)も戦力外通告を受け、現役引退が決まった。 父と歩んだ選手人生に幕を閉じる事が決まった。カツノリはこの日までに球団から戦力外通告を受け、今季限りで現役を引退することを決意した。来季からは2軍バッテリーコーチとして、野村イズムを選手に注入することになった。 1995年にドラフト3位で、当時父の野村 克也監督が指揮を執っていたヤクルトに入団した。野村監督が阪神監督に就任後は1999年オフに阪神に移籍。しかし、弱肩がネックとなり伸び悩んでいた。その後は巨人に移籍も2004年に自由契約となり、楽天にテスト入団。今季は開幕から2軍落ちを1度も経験していないが、 55試合に出場して打率・120、盗塁阻止率・088と体力的な衰えは隠しきれなかった。 昨オフも野村監督は「カツノリには2軍監督をやらせたい」と話しており、球団側も若手から慕われるカツノリが指導者としての資質を秘めていると判断していた。この日、米田球団代表は山下 和彦2軍バッテリーコーチ(43)に来季の契約を結ばないことを通告。来季は“ノムラの考え”を最も理解しているカツノリが、2軍選手の教育に力を注ぐ事となる。 29日のソフトバンク戦(ヤフードーム)の先発は、明大の後輩である一場 靖弘。一場が入団した当時から女房役を買って出たカツノリは、先発マスクをかぶって花道を飾ることが濃厚だ。 プロ入り以来、球界の注目を浴び続けた「父子鷹」は来季は監督とコーチに立場を変えて、楽天を支えることになる。カツノリは、楽天での1年目2005年は4月17日の日本ハム戦でプロ初のクリーンナップとなる5番を打ったりもしたが、 結局6試合の出場にとどまる。その年のオフに父野村 克也が楽天監督に就任し、三度克也と同じユニフォームを着ることになったが、今回はヤクルト・阪神の時と異なり、先に克則が入団し、後から父野村 克也が入ってくる形になった。 今年2006年シーズンは藤井 彰人に次ぐ2番手捕手として、藤井がリード・打撃共に不振に陥ると、代わりにしばしばスタメンでも出場している。この件については、相変わらず親の後ろ盾を指摘する声があるが、レギュラーの藤井もリードや打撃の好不調の波に問題を残し、河田 寿司ら若手の成長はあるものの、現状では「絶対的なレギュラー捕手の不在」という、球団の編成事情が少なからず影響している。 2006年のオールスターゲームの球団ノミネートに藤井 彰人をおしのけて、初選出された。しかしこれに対し、一部から中日ドラゴンズなどに所属していた川崎 憲次郎のように、愉快犯が大量投票するのではないかといった懸念が出た為か?ファン投票での選出は無かった。 2006年シーズンは盗塁阻止率が1割を下回り(パリーグ1位は細川 亨{西武}の4割6分9厘{9月28日現在})、得意と言われている打撃でもかろうじて1割を越える程度と不振が続いていた。ムードメーカー的な存在もあり、若手の河田 寿司や井野 卓などを育て捕手の底上げやチームを盛り上げていって欲しい。
2006年09月29日
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ドジャースの斎藤 隆投手(36)はロッキーズ戦で新人としては球団新記録となる今季22セーブ目をあげた。斎藤は2点リードの九回から登板し、この回を1安打2奪三振で無失点に抑えた。チームは6-4で勝利し、ワイルドカード争い(各地区2位の最高勝率)で首位を守った。ロ軍の松井 稼頭央内野手(30)は九回に代打出場、斎藤に中飛に打ち取られた。 新人として球団新記録となる22セーブ目を挙げた。気温10度を下回る肌寒い試合も、試合後に待っていたのは仲間からの熱い勝利のハイタッチだった。 「伝統あるチームの球史に名前を刻めて光栄です。マイナー契約から考えると夢のようです」2点リードの九回から登板。1安打は許したものの最後はジェフ・サラザール外野手(25)を外角高めの速球で空振り三振。切れ味鋭いスライダーとひざもとへのフォークで22セーブ目を決めた。 「自分の投球は心技体で、心ありき。心が入っているからこそ、ああいう球が行くと思う」と昨季、新人のイェンシー・ブラゾバン投手(26)が21セーブを記録したばかりだが、斎藤はわずか1年でこれを更新した格好となった。1890年球団創設の伝統あるド軍で『SAITOH』の名が新たな1ページを加えた形となった。 斎藤の1イニングの三振奪取率は1.35。これはメジャー全30球団の各リリーフエースの中でも堂々の3位という成績だ。この日のウイニングボールは斎藤のサイン入りで、ドジャースタジアムに展示されることも決まった。 「今は皆で喜べる一つの勝利が大きい。さらに集中していくだけ」とナ・リーグのワイルドカード(最高勝率の2位)争いで1位を維持しただけでなく、西地区首位のパドレスとは1差と迫った。 “オールドルーキー『SAITOH』 ”は逆転地区Vに向け、これからもクローザーとしての仕事を続けるだろう。
2006年09月29日
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24日、熊谷ほかで行なわれた関東大学ラグビーは、早大が97-0の大差で青学大を下し順調なスタートを切った。中竹 竜二新監督(33)率いる早大は、今季初戦で青学大と対戦。15トライを挙げ97-0で圧勝した。 早大のあまりの強さにスタンドからは喝采(かっさい)を通り越し、ため息さえ漏れていた。15トライ、97点。そして失点もゼロ。今季初戦を最高の形で終え、SO曽我部は胸を張った。「個人の役割分担を徹底させることを意識した」とコメント。前半10分に敵陣22メートルライン上から司令塔の曽我部は右オープンへ約15メートルのロングパス。2人を飛ばし、ボールを手にした右ウイング菅野があっさりインゴールに飛び込むみ完全に流れを引き寄せた。 後半も自在のポジションチェンジで猛攻を仕掛けた。SH矢富をウイングに、曽我部を1年生以来となるセンターで起用し「テストは成功した」と中竹監督。後半、曽我部は1トライ、矢富も3トライと新オプションの手応えは十分だった。 中竹監督にとって、3度の大学日本一、5年連続対抗戦を制した清宮 克幸前監督(39、現サントリー監督)の後任は大きなプレッシャーだったという。パワーと連係を重視した前指揮官に対し、 中竹監督はプレーの俊敏さとともに「判断の速さ」を求めた。しかし6月の関東学院大、慶大との練習試合に連敗し先行きが不安視された。選手との意思疎通に多くの時間を費やしたが、オックスフォード大との試合(17日)でもミスが続出した。「練習ではできるのに試合ではできない」対抗戦の初戦を前に不安は尽きなかった。 それでも、この勝利で今季のメドは立った感じだと思う。 中竹監督は「テーマとして連続トライを意識した。それができた」と振り返り「ゼロで抑えられたことは大きい」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。大学選手権3連覇、そして社会人撃破へ。ニュー早大が最高のスタートを切った形となった。やはり2001年から続く関東学院大学との全国大学ラグビー選手権大会決勝戦が6年連続でなるか?も気になるが、清宮 克幸前監督が作り上げたラグビーを生かしつつ、どう中竹監督が今後自分のラグビーをチームに植えつけていくかが楽しみである。
2006年09月25日
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24日、日産スタジアムで行なわれたセイコー・スーパー陸上で、男子ハンマー投げのアテネ五輪金メダリストの室伏 広治(31・ミズノ)が、最終6投目に81メートル00を投げ、優勝した。これで休養から復帰した今季は、負けなしの8連勝となった。 既に優勝は決めていたが、最終6投目で81メートル00のビッグスロー。室伏が、日本のファンの前で8連勝を決めた。 「連戦の疲れが多少あったが、楽しめた」と心身を癒やすために1年休養し、5月の復帰以来、オープン参加を含め、国内外で8戦負け無しとなった。3勝目からすべて80メートル超えと高レベルの記録。自分で選んだテーマ曲「アイアン・マン」(ブラック・サバス)とともにサークルに入り、曲名そのままの鉄人ぶりを見せつけた。 試合後の会見では、 “臨時記者”になり、女子棒高跳びのイシンバエワと質問のかけ合いをする余裕もあった。「北京(五輪)のことを考えるのは早くない。アテネが終わった時から、戦いは始まっている」2年後の五輪連覇を見据え、勝ち続けるつもりのようだ。
2006年09月25日
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野球の四国アイランドリーグは21日、元米大リーグ・インディアンスの多田野 数人投手 (26)が徳島に一時加入すると発表した。(9月22日から10月12日までのスポット加入。)多田野は今季アスレチックス傘下の3Aでプレーし9月初旬に日程を終えてからも実戦登板できる機会を求めていた。多田野は2004年、2005年にインディアンスで計15試合に登板し、通算1勝1敗、投球回54.1回、 奪三振40個、四死球21個、自責点27、 防御率4.47というメジャー2年間の成績を残している。多田野は、2004年シーズンにメジャー昇格し、7月2日(現地時間)のレッズ戦でメジャー初先発初勝利を挙げた。日本でのプロ球界を経ることなく、メジャー入りした日本人選手はマック鈴木(元オリックス・バファローズ・{現ティファナ・ポトロス・メキシカンリーグ})に続き2人目の快挙だった。2006年4月1日(日本時間)付で、クリーブランド・インディアンスから戦力外通告を受けたが、4月4日(日本時間)にはオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結び、メジャーへの挑戦を続けていた。多田野は、メジャーで伸び悩んでいる事と、3Aのバイソンズ時代の監督マーティ・レオ・ブラウンが広島カープの監督に就任したため、逆輸入の形で日本プロ野球界に入る噂もあった。まだ26歳という年齢だけに、ここで埋もれてしまうような選手では無いと思う。この徳島インディゴソックスの一時加入で気持ちも新たに頑張って欲しいと思う。
2006年09月22日
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ヤマサキナビスコカップ 準決勝第2戦(20日、フクダ電子アリーナほか)鹿島は横浜Mに1-2で敗れ、2戦合計2-2(第1戦は1-0)となったが、今季から新採用のアウエーゴール・ルールで3年ぶりの決勝へ進出した。FW柳沢 敦(29)のゴールが千金弾となった。 1点を追う後半32分 、MFフェルナンドの右FKに鋭く反応し、滑り込みながら、頭で同点に追いつく値千金弾を沈めた。「自分自身が本当にうれしかったです。なかなか得点できず、決まってくれてよかった」。その後に勝ち越しを許して試合は1-2で敗れた。2戦合計2-2(ホームでの第1戦は1-0)ながら、今季から採用されたアウエーゴール2倍の新ルールで決勝進出。最高の舞台に導く一撃に柳沢は白い歯をみせた。 鹿島はリーグ4度、ナビスコ杯3度、天皇杯2度とJ最多9つのタイトルを誇っている。柳沢はそのすべての歓喜に立ち会ってきた。セリエA挑戦前に置き土産とした2002年ナビスコ杯以来、チームは3年間タイトルから遠ざかっている。「自分がいる限りタイトルを目指している。絶対取る」と請負人の自負がある。 前戦16日のリーグ戦の清水戦はベンチスタート。 アウトゥオリ監督は「価値を考え、この試合を優先したという。連戦の疲労を考えての作戦」と温存策だったことを試合後に明かした。90分間でわずか1本のシュートを決勝の舞台・国立への切符に変えた。 A代表の大熊コーチが視察した一戦でもあった。「また青いユニホームが着たいと思う」と日本代表への復帰願望も明かした背番号13。まずは自身不在の3年間遠ざかっていたタイトルをもたらし、前人未到の10冠を打ち立てられるか?
2006年09月21日
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ニューオリンズ・セインツは、本拠地ルイジアナ・スーパードームで主催するレギュラーシーズンのホームゲーム8試合のチケットが完売したと公式に発表した。これは1967年のチーム創設から史上初の出来事となる。全ての座席は、チケットホルダーによって占められている。 昨年ハリケーン「カトリーナ」の襲来によってスーパードームは破壊され、一時期セインツがこのままニューオリンズのフランチャイズを継続できるか、疑問を持たれていた時期もあった。しかし、見事な復興を遂げたことが、今回のチケット完売でも実証された。セインツのトム・ベンソンオーナーは、「私たちはこれでニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴといった大都市のチームたちと競うことができる。チケット完売は素晴らしいことだ。ニューヨークや他の都市の人々にとっては、ほとんど信じることができないと思うが、ニューオリンズ一帯の人々のおかげで私たちは全てのチケットを売ることができた」とコメントしている。ハリケーン・カトリーナの影響により、2005年は暫定的にタイガースタジアム(ルイジアナ州バトンルージュ)、アラモドーム(テキサス州サンアントニオ)を使用している。NFC西地区にいた当時(現在はNFC南地区)、 1991年、2000年には優勝しているが、スーパーボウル出場やカンファレンスチャンピオンシップ出場は無い。同南地区には2003年1月26日にサンディエゴのクアルコム・スタジアムで開催されたスーパーボウルで優勝したタンパベイ・バッカニアーズがいるので、 プレーオフ進出も難しい状態で、去年2005年は3勝13敗でNFC南地区最下位となってしまった。しかし今年2006年開幕戦のブラウンズ戦では19ー14で勝利し、2戦目のパッカーズ戦では 34ー27と2連勝とチームは好調、そして初のホームゲームのチケットが完売と、このままセインツは上昇気流に乗れるか?
2006年09月20日
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タイで19日夜に起こった無血クーデターにより、タイ遠征を行っていた山本 元気ら全日本キックボクシング連盟の選手、関係者の安否が気遣われたが、選手にケガなどはなかったことが確認された。 軍部によるクーデターから一夜明けた20日、 タイ・バンコク市は意外なほど平穏のようだ。全日本キックのタイ遠征を取材した写真家の佐久間 立秋氏(クレジットはt.SAKUMA)によると、「今朝、タクシーに乗って市内を回ってみたのですが、特に混乱はありませんでした。軍用車や兵士は見かけますけど、街中は平穏ですね。外国人観光客の中にはクーデターが起こったことすら分かっていない人も多いみたいですね」とのこと。 また、タイ遠征に同行している全日本キックの宮田 充興行部長からは全日本キック本部ジムであるAJジムに連絡が入り、AJジムスタッフによると、飛行機も順調に運航しており選手団、および宮田興行部長は21日に帰国予定だという。クーデターに巻き込まれたり、 ケガなどの被害は無いとの事だ。山本 元気選手以外にも全日本ウェルター級前王者の大 輝や全日本フェザー級7位の遠藤 智史選手など日本を代表するキックボクサーが参戦していただけに心配されたが、どうやらクーデターには巻き込まれなかったようだ。
2006年09月20日
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俳優の金子 賢(29)が、10月9日に神奈川・横浜アリーナで開催される「HERO’S」に参戦することが19日、発表された。桜庭 和志(37)に続くPRIDEからの電撃移籍で、俳優業を休業して打撃は魔裟斗(27)、寝技は桜庭に師事している金子は、対戦相手に須藤 元気(28)と所 英男(29)を指名した。また、K-1ワールドGP開幕戦(30日・大阪城ホール)に出場する武蔵(33・正道会館)は大阪市内でスパーリングを公開。ムエタイ仕込みの前蹴りを新兵器として会得したことを明かした。 金子は、人生2度目のリングにHERO’Sを選択した。昨年大みそかの「PRIDE男祭り」でデビューし、チャールズ・ベネット(26・米国)に一本負け。その後、HERO’S実行委員会の谷川 貞治氏に、PRIDEを放送していたフジテレビのプロデューサーらから金子の今後の試合の相談があったという。谷川氏は、金子の本気度を評価し、参戦を決定した。 HERO’Sに参戦する選手に知人が多い金子は、出場を夢見ていた。谷川氏に多数の選手からの推薦があったことも参戦の決め手に。PRIDE側と話し合いを持った金子は「険悪なムードではなく、気持ちよく送り出してくれました」と円満移籍を強調した。 俳優のお遊びではない。今年に入り、すべてのタレント活動を休止し、格闘技一本の生活になった。週に5~6日の練習を行ってきた。「先行きの不安はなかったですね。早く試合をしたいという気持ちがあったけど、練習しないと強くならないことは分かっていた」と実力アップに専念してきた。 指導を受ける先生も超豪華だ。午前中に桜庭から寝技を習い、午後は魔裟斗とともに練習している。日本を代表する格闘家に英才教育されてきた。必殺技も伝授されており「差し支えがあるので。桜庭さんの技は大まかに言えば、絞め、チョーク系」と話した。対戦相手は未定だが「所くんや須藤元気選手とか素晴らしい選手がいるので、胸を借りられたら」と大物選手を指名した。 勝てば、大みそかの「K-1 Dynamite!!」につながる一戦となる。昨年の大みそかは、「Dynamite!!」の曙VSボビー・オロゴン 、「PRIDE男祭り」の吉田秀彦VS小川直也戦を抑え、 27・7%と格闘技番組での瞬間最高視聴率を記録した。谷川氏は「視聴率? それもありますね」と視聴率男に期待を寄せていた。金子 賢は、プロゴルファーの金子 柱憲が叔父にあたり、去年の「PRIDE男祭り~頂~」に参戦する際の練習は高田道場で行い、ブラジリアン柔術は渡辺 孝真(Axis柔術アカデミー(旧名グレイシージャパンアカデミー)代表)の指導を数ヶ月受けていた。そして2005年12月31日 、に格闘家としてデビューした。
2006年09月20日
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19日、インボイス西武で行なわれた西武×ソフトバンク戦は、西武の松坂 大輔が145球完投で、 自己最多の17勝目をあげ、西武が6-2で勝利した。松坂は8回、ズレータの打球を右腕に当てながらも、エースの意地で最後まで投げ切った。打っても4番・カブレラが31号2ランを含む4打点の大暴れ。日本ハム、ソフトバンクとの直接対決が残っていない西武に、1位マジック「5」が点灯した。 当然のように9回のマウンドを踏みしめた松坂に、球場を埋めたファンが体を震わせた。痛みが走る右腕を、エースは構うことなく全力で振るう。145球目最後の打者・山崎を一ゴロに打ち取った。精魂尽き果てたのか、派手なガッツポーズは無く、ナイン一人一人と手を合わせ、静かに喜びをかみしめていた。 アクシデントを気力で乗り越えた。8回1死一、三塁のピンチで、ズレータの投直が右手首の上部を直撃した。素早く二塁で封殺も、続投は無理と思われた。しかし、首脳陣の問いかけに「大丈夫です」と即答し、続く柴原を中飛に抑えると、最後まで仕事場のマウンドを守り抜いた。 負ければ3位に後退する3位・ソフトバンクとの大一番。「相手がソフトバンクだったので、最初から精神的にきつかった」と緊張はしたが、決しておくすることはなかった。最速149キロの直球を主体に、変化球を生かすクレバーな投球。4度も無死の走者を背負ったが、巧みな投球術で、最少失点で切り抜けた。「負けられない試合で、何が何でも、どんな形でもいいんで、勝ちたかった」と7安打2失点 (自責1)の内容にも、満点をつけた。 自身の連勝は6に伸び、 1999年、2003年の16勝を上回る自己最多の17勝に到達。勝ち星もさることながら、成長の証しは8割1分の勝率にある。 デビュー直後から日本のエースと呼ばれながら、負け数の多さを批判されてきた。それでも、「いいボールを投げたい」と毎年のように技術的に変化を続けていた。「試合で試さないと本物にならない」と大事な場面でテストし、勝利を棒に振ったこともある。その中で負けない投手になった。 “最高の松坂”が生まれた瞬間だ。 チームは依然2位ながら、日本ハム、ソフトバンクとの対戦が終わり、1位マジック5が再点灯した。伊東監督も「松坂は気持ちが入って素晴らしい投球。言うことはない」と手放しで18番をたたえていた。エースの残る登板は26日のロッテ戦 (インボイス西武)。ゴールテープを切るまで、松坂の闘争心は消えない。デビューした1999年の16勝5敗で勝率7割6分2厘がプロ野球に入団しての最高勝率だが、今年はこれもはるかに上回る成績となりそうだ。敗戦数が多いのが、マスコミなどから注目されているが、 2004年には10完投、去年2005年には15完投と2年連続でパ・リーグ1位の完投数を挙げ、伊東監督からも高い信頼を受けていると思う。(今年も13完投で現在1位だ。)来年はメジャーリーグでの挑戦を期待しているが、ここまでの成績はメジャー球団にも良い評価に繋がると思う。
2006年09月20日
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メッツが2位に14.5差の独走で、 18年ぶり5度目のナ・リーグ東地区優勝を飾った。マーリンズ戦で、松井 稼頭央内野手(30・ロッキーズ)から二塁の定位置を奪ったホセ・バレンティン内野手(36)が2打席連続本塁打。4投手による完封リレーで4-0と快勝し、ボビー・バレンタイン監督(現ロッテ)が率いた2000年以来のプレーオフ進出を両リーグ一番乗りで決めた。「優勝を選手、コーチとして経験してきたけど、今回は格別だ。息子が喜ぶ姿を見守る父親の心境。究極の目標は世界一だから、私自身はとても冷静だよ」ヤンキースで世界一を6度経験したウィリー・ランドルフ監督(52)も就任2年目での美酒に酔っていた。2004年に借金20で地区4位に沈んだメ軍をオマー・ミナヤGM(46)とのコンビで再建。ナ・リーグ最高の総年俸1億109万ドル (約118億2750万円)という潤沢な資金をバックに、ペドロ・マルティネス投手(34)やカルロス・ベルトラン外野手(29)らを獲得した。 もちろん、やみくもにスターをかき集めたわけではない。投手陣では他球団がうらやむほどブルペンを充実させ、野手はセンターラインの守備を重視しつつア・リーグの上位球団にも見劣りしない強力打線を作り上げた。その過程だった今春キャンプ。松井稼と二塁の定位置争いをさせたのが、この日16号先制2ランなど2打席連続アーチを放ったバレンティンだった。「チャンスを与えてくれた監督に感謝している。キャンプ中には地区優勝なんて考える余裕もなかった」。 通算19度目のマルチ(複数)本塁打は、誕生日の妻への祝砲にもなった。 2位に14.5差のぶっちぎり優勝。早くも地元・ニューヨークでは、6年ぶりとなるヤンキースとの地下鉄シリーズを望む声が高まっている。
2006年09月20日
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マリナーズの城島 健司捕手(30)はロイヤルズ戦に3番で先発出場、八回に16号2ランを放ち、 2003年の松井 秀喜(ヤンキース)が記録した日本人選手のルーキーイヤー最多本塁打数に並んだ。3番で出場した3試合すべてで打点をあげている好調・城島は、今季残り13試合で“ゴジラ超え”を狙う。 投球と同時にスタートを切ったイチローも、歩みを緩めるほどの弾丸ライナーだった。3点リードの八回一死一塁。一塁には二塁内野安打のイチローがいた。カウント0-1から外寄り速球を完ぺきにとらえた一撃は左中間席に一直線。城島の16号2ランは、松井秀に並ぶメジャー1年目の日本人選手最多本塁打となった。 「他の人のことは(比較する上で)ベースにはなるでしょうけど、自分には当てはまらないですからね。ただ、今年出した数字が来年のベースになるので、終わってから悔いがないように…」3年前の松井秀の16号は144試合目での達成だった。城島は出場133試合目で残りはまだ13試合もある。記録更新に自信をのぞかせる城島には、3番という打順での起用も追い風になっているようだ。打順が上がり、この3試合はすべてで打点をマークしている。 「やっぱりイチローさんがランナーだと真っすぐ系が多くなりますからね」とイチローの盗塁を阻止するため、相手バッテリーは変化球を避け、速球主体の組み立てになりがちになる。そこを狙い打てば自然と確率はアップするが、それは城島のバッティング技術があっての物。3番であげた計4打点のうち2点は、イチローの生還をアシストしたもの。イチローの足、ジョーの積極性が生かされる最高の打順だからだ。 「ボクも(本塁に)かえる機会が増えるし、アイツも打点が増えるでしょう」。イチローも新たな打順に手応えを感じている。ゴジラに肩を並べるとともにチームの中心打者として、 城島の存在価値は日増しに高まっている。マリナーズ入団当初は、ピッチャーとのコミュニケーションが重要視されるキャッチャーというポジションだけに出場が心配されたが、 149試合中133試合出場 (9月18日現在)と今や投手陣、選手、監督からの信頼も厚くなっているようだ。 勝率も71勝78敗の4割7分7厘 (9月18日現在)と去年の69勝93敗の4割2分6厘と比べたらだいぶチーム状態も良くなっている。この調子でいけば新人王も狙えるかもしれない。
2006年09月19日
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昨季の輝く4冠から一転、今季は4位が確定してしまったロッテ。バレンタイン監督は、13日の楽天戦後、来季の去就問題について「来季も指揮を執ること以外は考えていない」と続投を明言。球団も「信頼は変わらない。来季のことを考えていてくれていると思う」(瀬戸山球団代表)と、シーズン終了後に正式要請を行い、新バレンタイン体制が発足する。 タフネゴシエーターのバレンタイン監督が“続投”を即断したのはなぜか?バレンタイン監督は昨季、「米メジャーから監督のオファーが来ている」とブチ上げ、ロッテが3年契約プラス1年オプションで総額15億円ともいわれる大型契約で引き留めた。シーズンオフごとに内容を見直す項目も入っており、今オフも「メジャー騒動」が再燃するかと思われていた。が、予想に反してのスピード決着。 球団関係者によれば「今季はメジャーからオファーがあったとは聞いてない」という。 ロッテ旋風を巻き起こした昨季は、シーズン中盤時点で非公式ながらヤンキース、カブス、ジャイアンツ、ロッキーズから打診を受け、結果的にはドジャース、Dバックス、ナショナルズが正式オファーをかけてきたという。「今季のメジャー各球団はストーブがないようだからね。リストアップしている球団はあるようだけど現時点では動いている様子はない」(同関係者)と寂しい限りの結果だった。この現状が“即断”に至った事情のようだと思える。 晴れて続投の決まったバレンタイン監督だが、ここへ来て逆風も吹き始めている。現時点で60勝66敗1分(9月16日現在)のチーム状態に、10日のソフトバンク戦終了後にファンから「あいまいな采配はやめて!」と書かれたプラカードが飛び出したが、球団側にも熱いロッテファンから「何やってるんだ!」と怒りのゲキが殺到しているという。 ロッテファンから信仰にも近い人気を誇るバレンタイン監督だが、残り9試合で来季への反攻姿勢を披露できなければ、そんなカリスマのオーラも消滅してしまう状況だ。5月の交流戦優勝から一転パ・リーグでは、3位の日本ハムから15ゲーム差(9月16日現在)と一気に崩れた。渡辺 俊介が5勝10敗、防御率4.36と崩れ(去年は15勝4敗 防御率2.17)、フランコが7本塁打20打点(去年21本塁打78打点)と崩れたのが痛かったと思う。
2006年09月16日
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U-17アジア選手権の準決勝が14日、シンガポールで行われた。U-16(16歳以下)日本代表が、アジアの頂点に王手をかけた。1994年大会以来12年ぶり2度目の優勝へ、あと1勝と迫った。日本は後半23分にFW斎藤 学(16・横浜ユース)が先制、 同34分にMF柿谷 曜一朗(16・C大阪)が加点した。MF小野、稲本らの「黄金世代」以来となるアジア制覇を目指して、 17日の北朝鮮との決勝戦に臨む。 城福監督の采配が、ズバリと当たった。準々決勝でイランと120分の死闘を繰り広げた日本は、この日大幅にメンバーを変更した。MF柿谷ら4人をベンチに下げ、フレッシュな選手達(八反田 康平、田中 裕人、比嘉 厚平)を先発出場させた。その采配がずばり当たり前半からシリアを圧倒していた。次々と相手ゴールに迫り、惜しいシュートを何本も放った。 そんな攻めてもゴールが奪えない嫌な雰囲気を救ったのは、途中出場の斎藤だった。後半24分にMF山田のシュートの跳ね返りを押し込んで先制点を挙げた。同34分にはFW大塚のパスを受けた柿谷が加点した。「控え選手にもアピールの場を与えたくて、スタメンを変えた。みんなが強い意志を持ち、素晴らしいプレーをしてくれた」と城福監督は快勝を振り返って、選手全員に感謝した。 来年のU-17W杯の出場権を手にした後、 城福監督は「次のターゲットはアジア王座」と言い切った。あと1勝と迫ったアジアの頂点。新しい「黄金世代」が頂点へ駆け上がるか?U-17世界選手権は来年2007年に韓国で開催されるが、日本は2001年 にトリニダード・トバゴで開催された大会以来3大会ぶりの出場(準優勝国ナイジェリアに0-4、優勝国フランスに1-5と大敗し予選グループで敗退した)が決まり、今後のA代表強化の為にも是非アジアで優勝したい所だ。U-17ではブラジル、アルゼンチンが強豪国だが、アジア開催なので日本にも上位進出のチャンスはあると思う。
2006年09月15日
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欧州CL1次リーグ第1節(12日、トルコ・イスタンブール)欧州最強クラブを決める大会が開幕した。その中でC組ではガラタサライ(トルコ)に移籍したドイツW杯日本代表MF稲本 潤一(26)がホームでのボルドー(フランス)戦にフル出場し、日本人として初めて複数クラブから出場を果たした。試合は 0-0ドローに終わった。 稲本がアーセナル(イングランド)時代の2002年のレバークーゼン(ドイツ)戦以来、 1、658日ぶり3度目の欧州最高峰の舞台に立った。2001年にアーセナルで日本人初の欧州CL出場を果たした男は、日本人として初めて複数のクラブで欧州CL出場という偉業を達成。その名声に恥じぬプレーを披露した。 ボランチ(守備的MF)の稲本は、守備だけではなく、チャンスとみるや前線へ上がってチーム最多タイの3本のシュートを放つなど積極的な姿勢もみせた。地元の大歓声もむなしく試合はスコアレスドローに終わったが、安定したプレーで敵の完封に貢献した。「相手が守備的だったので少し余裕を持ってボールに絡めた。その分、もっと攻撃に絡む機会を増やせればよかった」と勝ち点1という最低限の結果にもやや不満そうな稲本だった。しかし欧州移籍市場最終日の8月31日にイングランドのWブロムウィッチから移籍し、10日のリーグ戦に続いて公式戦2試合連続フル出場を果たして定位置を確保している状況を考えれば順調なスタートだと思える。ゲレツ監督は「チームとして相手にチャンスを与えなかったことはとても重要。稲本のプレーもよかった」と評価した。 移籍決定から2週間。仲間とのコミュニケーションは完全には取れてはいないそうだが、チームに早くなじめるように家庭教師をつけて週2度トルコ語の勉強中だという。同国リーグの強豪フェネルバチェを率いる前日本代表監督のジーコ監督が、欧州CL出場権を逃したことで、同国メディアから「名選手は名監督にあらず」と批判されるなど結果のみを求められている状況下で、ピッチ内外の努力を続けている。 レギュラーに定着すれば、 オシム・ジャパン入りも見えてきそうだ。年内は欧州組の招集が見送られる方針で、オシム監督が招集条件に設定する「クラブのレギュラー確保」に専念できる。体当たりのハードワークができる稲本は、オシム監督が好むタイプだと思う。欧州CLでレギュラーとして活躍することは、4年後の南アフリカW杯への道を切り開く事に繋がると思う。 稲本選手は、1997年~2001年にガンバ大阪(日本)に所属し、2001年~2002年に名門アーセナル(イングランド)に移籍した。しかし層の厚いメンバーが揃ったアーセナルでは出場機会に恵まれず2002年~2004年にフラム(イングランド)に移籍。その後2004年にウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(イングランド)に移籍し、2004年12月から1ヶ月間のレンタル移籍でカーディフ・シティ(イングランド)に加わった。そして2005年-2006年8月には、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(イングランド)に移籍し、今年2006年8月にガラタサライ(トルコ)に移籍した。海外での所属チームが引退した中田英と並び6チームとなったが、 ガラタサライはトルコサッカー界を代表するチームなので、ここで活躍すれば名門アーセナルなるのような名門チームから再び声が掛かるかもしれない。
2006年09月15日
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中村 俊輔が欧州CL本大会での日本人初得点を決めた。日本が誇る世界的ファンタジスタが、『夢の劇場』と呼ばれるマンUの本拠地で壮大な夢を実現させた。 相手はイングランドプレミアリーグを15度制している名門マンチェスターU。会場はサッカー母国の聖地オールド・トラフォードとこれ以上ない舞台に訪れた歓喜の瞬間は、1-2で迎えた前半43分にやってきた。 ゴール中央やや右から距離22メートルのFKを任された俊輔は、短い助走から左足を降り抜くと、ボールは相手5選手がつくる壁の上を越えてゴール右隅に突き刺さった。オランダ代表の守護神GKファンデルサールが1歩も動けずに見送ったほどのファインゴールだった。 欧州CL本大会にはこれまで3人の日本人が出場しているが、ゴールを挙げた選手はいなかった。俊輔にとってのCLデビュー戦は2-3で負けたが、得点は日本人初の快挙となった。約7万4000人で埋まった観衆は一瞬息をのみ、すぐさま大歓声となって爆発した。 「考えていたのは壁を越えることと集中すること、それだけかな」とコメント。フル出場した試合に負けたため、口調は控えめだったが、心の高鳴りは押さえられないようだった。「相手は速くて正確でうまかった。これがサッカーだなあという感じがした」とプレー水準の高さではW杯を上回るといわれる欧州CLのピッチを堪能した。 昨年7月にセリエA・レッジーナからセルティックに入団し、 昨季33試合6得点9アシストの活躍でチームを国内リーグ優勝に導き、CL本大会出場権を獲得した。この活躍は世界で評価され、今季開幕前には移籍の噂が取りざたされてスペインリーグのセビリア、オサスナなどが候補に挙がったが、CLに出場できるセルティックへの残留を選択した。 日本サッカー界が誇るヒーローには、オシム・ジャパン入りの期待も高まる。最近の日本代表は国内組のみで構成されており、年内は欧州組の招集はない見通しだ。個人の技巧で状況を打開する“ファンタジスタ”タイプの俊輔は、 日本代表・オシム監督が標榜する「走るサッカー」に合わないという声もある。が、欧州最高峰の舞台で結果を出し続ければ、クラブでの中心選手としての活躍をメンバー選考条件に掲げるオシム監督を、満足させるだろう。 「今は欧州CLとかで個人の力を磨く時。目標は2010年のW杯。その目標は見失わない」と吐露したことがある。理想とする元フランス代表MFジダンは代表から1年以上も離れながら、ドイツW杯前に請われて代表に復帰し大会MVPに輝いた。『夢の劇場』と呼ばれるオールド・トラフォードで夢を実現させた俊輔は、4年後の南アフリカW杯へ向けて、さらなる成長を続ける。
2006年09月15日
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新潟、長野、富山、石川の4県でプロ野球独立リーグの創設を目指す株式会社ジャパン・ベースボール・マーケティングの村山 哲二代表取締役らは13日、長野市内で記者会見し、リーグの名称を「BC(ベースボールチャレンジ)リーグ」とすることなどを発表した。 来年2007年4月末から10月まで北信越4県で全144試合を行うという。 監督、コーチにはプロのOBを起用し11月から東京、名古屋、大阪でトライアウトを行い、 100人を集める。所属選手は、シーズンオフに人材派遣会社が斡旋(あっせん)した企業で働くなど、セカンドキャリアへの準備も制度化されており、プロ野球選手の育成を目的とする四国アイランドリーグとの違いを強調した。社会人野球のシダックス廃部とチーム運営が苦しい社会人野球だが、新たに「BC(ベースボールチャレンジ)リーグ」ができ今後が期待される。怪我から復帰しヤンキースで活躍する松井 秀喜(石川)、中日で活躍する上田 佳範(長野)、広島で活躍する浅井 樹(富山)などがいる北信越4県だが、 社会人、大学、高校野球では全国優勝は無く、野球が中心というよりは、バレーボール、バスケットボール、サッカーが盛んだ。 この北信越4県に「BC(ベースボールチャレンジ)リーグ」が定着出来るかは微妙だが? アルビレックス新潟が新潟県に定着した例もあるので、これから期待したい。
2006年09月14日
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英プレミアリーグの強豪アーセナルの入団テストに合格したU-19(19歳以下)日本代表FW伊藤 翔 (18・中京大中京)が、ベンゲルの教えを胸にオシムジャパン入りを狙う構えだ。強化合宿2日目の12日、チームに合流して紅白戦に出場した。アーセナルのベンゲル監督の「手を使え」というアドバイスを実践し、相手のマークを両腕でバランスを取ってかわすなど力強さをアピールしていた。今日13日の練習試合は日本代表オシム監督も視察予定で、結果を出して、飛び級昇格をつかむ事ができるか? チーム合流初日ながらいきなり主力組で出場した紅白戦。成長過程の体は183センチと長身ながら、体重67キロのやせ形。「体の大きい相手に思い切り当たるだけでは勝てない。ベンゲル監督に手を使えと言われてますから」と伊藤は欧州仕込みのプレーに胸を張っていた。4月に続いて8月末に約1週間、入団テストを兼ねてアーセナルの練習に参加した。トップチームでW杯トーゴ代表のFWアデバヨールと2トップを組み脚力を生かして前線で好機を演出したが、屈強なDF陣との真っ向勝負ではさすがに体格負けをした場面が何度かあった。入団合格を決めたベンゲル監督は、相手とボールの間への体の入れ方や、プレーの流れで腕や手など上体を使うことを「宿題」として与えた。 10月下旬にはユースW杯出場がかかるアジアユース選手権に臨む事となる。レギュラーで活躍すれば、2008年北京五輪、その先には日本代表入りの可能性も広がる。同世代のMF梅崎がA代表の西アジア遠征に招集されているだけに「僕も呼ばれたいし、より頑張ろうという気持ちがあります」と闘志を燃やしている。 今日13日には千葉と練習試合が行われる。 オシム監督をはじめU-21代表の反町監督ら代表スタッフが視察に訪れる予定。A代表を兼任するU-19代表の加藤GKコーチは「楽しみな素材だし、監督に見てもらえれば(飛び級昇格の)チャンスはある」と期待している。 浦和や名古屋など複数のJクラブも獲得を検討する「和製アンリ」が、秘めた能力を発揮して夢の舞台を目指す事となる。Jリーグ史上最年少出場記録を持つ森本 貴幸(カターニャ)と同じ18歳の期待の選手伊藤 翔。アーセナルに入団しても、公式戦出場は難しいかもしれないが、今後の成長を期待する意味でもチーム内で揉まれて欲しいと思う。フランス代表のティエリ・アンリ、トーゴ代表のエマニュエル・アデバヨル、オランダ代表のロビン・ファン・ペルシー、などと出場枠を争う事になるが怪我で長期離脱や移籍など以外では途中出場も厳しいと思う。しかしアーセナルに2001年-2002年に在籍していた稲本選手(現ガラタサライ・トルコ)も出場機会に恵まれずに腐っていた時期もあったそうだが、2002年の日韓共催のW杯では、その鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように日本代表で見事な輝きをみせた。それだけに伊藤選手には、焦らずに地道にやって欲しいと思う。
2006年09月13日
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ノア、ゼロワンなど国内8団体およびフリーの選手8人が集結したプロレス界初の統括組織「グローバル・レスリング連盟(GPWA)」が、12日に発足した。初代会長にはノアの三沢 光晴代表取締役(44)が就任した。 日本プロレス界は分裂の繰り返し。現在も30以上の団体が存在しているが、どこも経営は苦しい状態だ。GPWAでは今後、加盟団体が自由に利用できる道場の設立や各団体の興行日程の調整などを行っていく方針で、中村事務局長は「団体経営の理想型はノア。いい会社のノウハウを学べば各団体は健全な方向に進んでいける。日程を調整すれば、ファンを奪い合うこともなくなるし、いろいろな選手と練習すればレベルも上がる」とメリットを説明した。三沢会長も「他団体がやりやすい環境をつくり、どんどん意見を述べてもらえるようにしたい」と話している。 11月14日には後楽園ホールで第1回GPWA主催興行が行われる。今のところ新日本や全日本は静観の構えだが、関係者は「展開を見守っている団体は多い。将来的に新日本や全日本も参加してくれれば協会として動くこともできる」と話しており、業界初の連盟の今後に注目が集まりそうだ。メジャー団体の新日本や全日本にとっては、ありがたいとは思わないだろうが、小さな団体にとってはこのGPWAが出来る事は非常に良かったと思う。小さな団体では、スポンサー面や選手などとの交渉などに長けた人がいなく、どこも経営状態は苦しい筈だ。特に選手の人数が少ない団体では、マッチメイクもマンネリ化してしまい、団体名を売り出す意味でもこのGPWAはある意味チャンスが多くある団体だと思う。プライドが高いプロレスラーをまとめるのは大変かもしれないが、 中村事務局長、三沢会長の2人には頑張って欲しいと思う。
2006年09月13日
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昨年最後の勝利を挙げた9月6日と同じ千葉マリンで岩隈が完全復活を告げる白星を手にした。 「長かったです。勝てないで終わるんじゃないかと思ったときもありましたから」。雨に濡れた右腕が心の底からの笑顔を見せる。右肩痛の後遺症に苦しみ、2段モーションの修正に悩んだ今季。苦難のトンネルが長かっただけに勝利の味は格別だった。 今季最長の8回を投げ113球。一発を含む8安打で3点を許したが最速147キロも記録した。「支えてくれた家族をはじめいろんな人に応援してもらった。ファンに感謝したいです」とコメント。1軍復帰を目前に控えた8月18日 、仙台市内の県立子ども病院を訪問し、そこで知り合った9歳の小児がんの子から手紙をもらった。「9月に退院できるということだったのでよかった。僕も急がないといけないという気持ちになりました」。他人には分からない精神的な苦痛を乗り越えた男が、温かい支えを胸に孤独なリハビリに耐えて復活した。 試合後に「ナイスピッチング」と岩隈に声をかけた野村監督は「不安みたいなものが伝わってこなかった。エースがいるとチームが機能しだす。それで勝つと連勝が始まる」とご機嫌そのものだった。今季3度目の3連勝で5位のオリックスとは3差となり最下位脱出も見えてきた。「あきらめずに全力で戦っていきます」と岩隈 。帰ってきたエースとともに最下位脱出を狙う。その岩隈の復活白星は打線の援護も大きかった。「クマ(岩隈)を助けたかった」という女房役の藤井の2点打などで中盤までに5点を入れた。常にリードを保ってエースに余裕を与えた。2点差の9回には高須が右越えに今季1号。「打たない人が打ったんで相手のショックも大きかったんじゃないですか」というソロは野村監督が「あれで勝ちを確信したよ」と絶賛する貴重な一発となった。もう少し早く復帰して欲しかったが、残り11試合で5位追撃体勢の整った今、岩隈のこの1勝は大きいと思う。
2006年09月13日
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FC東京入団が決まったFW平山 相太(21・前ヘラクレス)が11日、東京・小平市内の寮に入寮した。12日に合流&入団会見を迎えるが、待っていたのは先輩の“激辛エール”だった。チームの大黒柱であるドイツW杯日本代表GK土肥 洋一(33)が「今のJリーグは甘くない」と鳴り物入りの怪物FWに警告した。 「体重オーバーでダメになって日本に戻ってきて、それですぐに試合に出られるほど今のJリーグは甘くない。嘉人(C大阪FW大久保)の例もあるしね」口調は穏やかだが目付きは鋭かった。平山が合流する前のFC東京はこの日、東京・小平市内で午前中に練習を実施。その際、ボス的存在であるベテラン守護神土肥が平山の感想を語った。「世界を知っているのは強み。チームが活性化するのはいいこと」などと歓迎する一方で“激辛エール”も忘れなかった。 確かに、欧州帰りというだけで簡単に先発の座はつかめない。今季のチームは1トップを採用する上、 14得点でランク3位のブラジル人FWルーカスもいる。スペインリーグから復帰したC大阪FW大久保は、いまだに“欧州帰りのストライカー”としての実力を発揮し切れていない。(9試合・537分出場・2得点、9月12日現在) ましてや、ヘラクレスを戦力外通告された平山は、ホームシックによる精神的な悩み、調整不足による体重オーバーなどがその理由とされている。練習熱心で硬派な九州男児の土肥からすれば『オランダでのような甘い考えでは厳しい。イチから出直せ!』との思いが込められているのだ。「体重は昨季より3キロ増えました。今は89キロ 。体調は悪くない。プレーしていても重くは感じない。土肥さん? ぼくのことを思ってくれているんだと思います」 入寮した平山は土肥の言葉を伝え聞くと恐縮しきりだった。寮の部屋は8畳ワンルームで寮費1カ月約5万円(朝夕食事付き)。土肥ら新しいチームメートの信頼を得るべく、12日からは“イチから出直し”の毎日になる。平山はワールドユースの登録時の体重は81キロと今と比べると8キロもやせていた。まあ体重は本人がベストだと思える所で調整すれば良いので問題は無いと思う。監督が倉又 寿雄監督に変わり、FWが3トップから1トップに変わり先発出場は厳しい状態だが、高さを生かして監督にアピールして欲しい。FW争いもルーカス以外にも川口 信男、赤嶺 真吾など良い選手がいるので、途中移籍の平山としてはチーム内の連携も有り厳しい状態には変わりない。
2006年09月12日
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セリエA・トリノに移籍したドイツW杯日本代表FW大黒 将志(26)が、開幕戦のパルマ戦(ホーム)で新天地デビューした。1点を追う後半35分からトップ下で出場。得点には絡めなかったが、試合はその後、1-1に追いつき引き分けた。 開幕のパルマ戦で1点を追う後半35分。どうしても得点がほしい場面で、ザッケローニ監督が3人目の交代枠で投入したのは、加入したばかりの大黒だった。トップ下に入りパスで得点機も演出。点にこそ絡めなかったがチームは後半44分に同点に追いついた。奇跡のドロー劇を呼び込んだ。「監督の指示でぼくは(パスの)出し手に回った。それはそれでいい」 1日に加入したばかりだが、いきなり日本人6人目のセリエAデビューを飾った。自分より先に契約していた“同期生”のFW森本(カターニャ)、MF小笠原(メッシーナ)を追い越した格好となった。1998-1999年にACミランを率いリーグ優勝に導いた名将ザッケローニ監督を「あのスピードはわれわれに必要なもの。点も取れる。だから使ったんだ」とうならせた。 速さを評価され、現状ではFWよりトップ下やサイドで起用される可能性が高いという。もっとも、 札幌時代にはサイドアタッカーで鳴らし、 G大阪でも登録上はMF扱いだった。入団会見で「フェラーリ買うで!」と公言した浪速の点取り屋は、その最高級車級のスピードを見せつけた。「FWの1人がでかくて、ぼくが周りを動くのはいい。チャンスもあった」とコメント。こなせる位置が増えれば出場機会も多くなるはずだと思う。4年後のW杯に向けて順調なスタート切った大黒だが、結果が問われるFWだけに更なるレベルアップをしないとセリエAで生き残っていくのは厳しいと思う。この日先発したFWエルヴィス・アブルスカトとFWアクセル・セドリック・コナンの2人とのレギュラー争いになるが、そのスピードを生かして監督にアピールしていって欲しいと思う。
2006年09月12日
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フランクフルトのFW高原 直泰(27)が、今季公式戦初出場したドイツ杯1回戦ジーゲン(3部)戦で初ゴールを決めた。前半30分 、左クロスからのこぼれ球を右足で押し込み先制。チームも2-0で勝った。出場機会を求めハンブルガーSVから移籍したが、W杯ドイツ大会で両ひざを痛めて出遅れ、リーグ戦は開幕から3戦連続欠場していた。試合後は14日のUEFA杯のブロンビー戦出場に意欲を見せた。 前半30分 、FWアマナティディスの左クロスをMFフゲルが競り合ったこぼれ球を、逃さず右足で決めた。喜ぶ様子も見せず自陣へ引き返すと、同僚に囲まれ頭をたたかれた。「とりあえず最初の公式戦で点を取れたので良かった。おいしいゴールでしたけど」と話している。 移籍後待望の初戦だった。W杯ドイツ大会日本代表発表前日の5月14日に、ハンブルガーSVからフランクフルトへ電撃的に移籍した。昨季はドイツ4季目ながら、リーグ戦21試合出場もフル出場は0試合と出場機会を求め移籍した。しかし、W杯で両ひざを故障し、 7月13日の合流後は別メニュー調整が続いていた。ようやく巡ってきた実戦は「前半、体がきついというか試合慣れしていないので難しい部分があった」とコメント。それでも徐々に動きは軽快になった。 後半15分で交代したが、両ひざの不安は感じさせなかった。 決定力不足のオシム・ジャパンにもうれしいニュースだが「代表は全く考えていない。ここで試合に出て自分の存在を示す。それしか考えていない」と言い切る。14日にUEFA杯ブロンビー戦、 17日にはレバークーゼン戦が控えている。「非常に重要な時期だと思うし、楽しんで、緊張を持ってプレーできるのはうれしい」と喜びをかみしめていた。ドイツW杯では、初戦のオーストラリア戦を控えた直前のドイツ戦での活躍で一気に期待が高まったが、W杯予選リーグでは結果を出せずに終わった。3部リーグ所属のジーゲンが相手だったが何より結果を出したのは大きかったと思う。14日のブロンビー戦は出られるかは分からないが?しかし結果を出した事でフンケル監督の信頼、選手からの信頼も上がったように思える。今期のフランクフルトは、ヨアニス・アマナティディスとミヒャエル・トゥルクとの先発FW争いになると思うが、 今年はフル出場の試合を1試合でも多く出来るようになって欲しいと思う。(結果を求められるFWというポジションは厳しいと思うが)
2006年09月11日
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「無冠の帝王」ミルコ・クロコップ(32・クロアチア)が、悲願の初のタイトルを手にした。準決勝でミドル級王者ヴァンダレイ・シウバ(30)を左ハイキックで1回KOし、決勝は元UFCヘビー級王者ジョシュ・バーネット(28)を開始から圧倒し1回7分32秒、KOで撃破し、32歳の誕生日を自ら盛大に祝った。大みそかにはGPを欠場したヘビー級王者ヒョードルとの、タイトルマッチも予定されている。真の世界一へ、クロアチアの国会議員はこれからも戦い続ける事になる。 決勝でバーネットを破った直後、天を見上げながらベルトにキスした。32歳の誕生日を祝福する曲が流れる中、ファンの声援を全身で浴びた。初めてタイトルの象徴が腰に巻かれると、こらえていた涙が止まらなくなり負傷した右目上から滴る血も気にせず目頭を押さえ続けた。「僕も人間だから涙だって流す。人生最高のバースデープレゼントだ」と笑顔で話した。 衰え知らずの打撃でジョシュ・バーネットを圧倒した。決勝は組み付いてくる相手を、接近戦でのアッパーでダウンさせた。そのまま上からパウンドの嵐。約20連発のパンチを浴びせて心を折った。最後はグラウンドで、上から振り下ろした渾身(こんしん)の左。血まみれのバーネットはたまらずギブアップし、勝利した。準決勝も左ストレートでダウンを奪い最後は左ハイキックで決めている。シウバの右側頭部をとらえ、病院送りにした。2回戦の五輪柔道金メダリスト吉田戦から、3戦連続で王者を撃破する堂々の試合内容だったと思う。 ここまで本当に長い道のりだった。1996年K-1デビュー以来、藤田 和之、桜庭 和志らを破り「プロレスラーハンター」などの愛称が付いた。だがあと1歩がホントに遠かった。1999年K-1GP準優勝。PRIDEでも2003年にノゲイラとのヘビー級暫定王座決定戦に敗れ、昨年はヒョードルのヘビー級王座に挑んで判定負けし、 関係者は「悔しさで目に涙を浮かべていた」と明かしている。だがこの日の2連勝で全て吹っ切れたようだ。「たとえヒョードルが4強に残っていても、負けなかっただろう。彼とは必ず決着をつける」と自信も取り戻した。 GP優勝者は、大みそかにヒョードルとタイトルマッチを行うことが内定している。さらにクロコップは「オクタゴン(八角形)のリングでも戦いたい」と、2003年に当選した国会議員の公務の合間を縫って、米UFC進出にも意欲的だ。無冠の帝王を返上して、世界最強へと走りだす日も近いかもしれない。
2006年09月11日
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2010年のエース候補梅崎選手が、3世代で英才教育を受ける事となった。アジア杯予選イエメン戦(6日・イエメン)を1-0で辛勝した日本代表が7日、成田空港着のチャーター機で帰国した。その中で見事数分ながら代表デビューを果たしたMF梅崎 司(19・大分)は、11~14日のU-19(19歳以下)日本代表候補合宿に加え、U-21日本代表候補として19~20日の強化合宿にも初参加することが確定した。総監督的な立場で下の世代も指導する日本代表イビチャ・オシム監督(65)に徹底的に鍛えられる。 10代の若さながらイエメン戦で日本代表デビューし、 1998年4月の韓国戦の小野 伸二(浦和)、市川 大祐(清水)以来の快挙となった。ロスタイムの4分間だけの途中出場だったが、物おじせずに堂々とプレーした。「世界的に見れば普通ですから」8日間の中東遠征を終え、この日、帰国した梅崎は堂々と話している。 大分の若きMFについて、 代表スタッフは「次の五輪代表候補合宿(19~20日)に呼ぶことになるでしょう」と話した。すでに、11~14日のU-19代表候補合宿の参加は決定済みで、3世代の日の丸戦士となる。 全世代の代表の活動にすべて参戦することは物理的に不可能。もちろん、Jリーグでも大分の中心選手として期待が大きい。今後、超ハードスケジュールが待ちかまえているのは確かだ。それでも、梅崎は「どの世代の代表でも常に選ばれてゴールをしていくことが必要だと思います」と意欲的に話した。 オシム監督は、U-19、U-21代表には総監督的な立場としてチーム強化に携わる。「遠征期間中にオシム監督の本を読みました。改めてすごい人と思った。そんな監督に出会えて幸せです」と梅崎は尊敬する指揮官のもと、3チームで英才教育を受け、 オシム・サッカーを完ぺきにマスターすることは間違いないだろう。 オシム監督は梅崎に対し、スピードと運動量にあふれるプレーだけではなく、向上心も高く評価する。「飛び級でA代表に招集することはリスクがある。謙虚さを失い、若くして消えていった選手は多い。しかし、梅崎にはその心配がない」とオシム監督は代表スタッフに語ったという。2010年南アフリカW杯へ、オシム監督は、潜在能力が未知数の19歳を“エース候補”に指名した形となった。
2006年09月08日
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社会人野球のシダックスが7日、東京・渋谷区の本社で会見を開き、野球部の今季限りでの解散を発表した。都市対抗出場7度、社会人野球では初のキューバ人選手獲得に成功するなど、話題も兼ね備えた強豪の廃部に、アマ球界に衝撃が走った出来事が起こった。 解散の理由についてシダックスの志太 勤会長 (71)は「野村 克也前監督の楽天行きや、今年の都市対抗の出場を逃すなどで力が抜けてしまった」と話した。しかし、「おかげさまで経営は順調」と財政難による廃部は否定した。 今後は少年野球の育成に力を注ぎ、現在所属する選手は同社社員として残すが、現役続行を希望する選手には移籍先を支援する。すでに5、6チームから選手獲得の打診が来ているという。チームは11月の日本選手権までは活動を続ける。 シダックスは1991年に軟式野球部として発足し、1993年に硬式転向。元キューバ代表の主砲・キンデランら日本で初めてキューバ人選手を獲得して急成長してきた。その甲斐もあり1999年の日本選手権では優勝する。2002年11月には野村 克也氏(現楽天監督)をGM兼監督として招聘(しょうへい)。2003年の都市対抗では野間口 貴彦(巨人)を擁して準優勝した。 田中 善則監督 (38)は広報を通じて「選手の気持ちを考えると今は言葉になりません」とコメントした。社会人野球の名門チームがまたしても廃部となった。色々アマ野球界で話題を蒔いてきたシダックスだが、廃部の流れは止められなかった。現在のシダックスには、 加納 大祐投手、森脇 克政内野手、中村 真人外野手など今年のドラフト候補が3人もいるので、その選手達の動向が気のなる所だ。
2006年09月08日
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6日に行なわれた、サッカーのアジア杯予選のイエメン戦は、0―0の引き分けが濃厚だった後半ロスタイム坪井の右クロスに我那覇が反応した。中央の巻が落としたボールを、スライディングしながら右足で押し込んだ。代表初ゴールとなった。「苦しい時に点を取ることができた。チームの力になれてよかった」。彫りの深い顔をほころばせて喜んだ。 オシムジャパン初陣となった8月9日のトリニダード・トバゴ戦で先発し、代表デビューを果たし、 9月3日のサウジアラビア戦も途中出場したが、シュートは1本ずつとJリーグで10ゴール(9月6日現在)を挙げている力を出せなかった。 この日のイエメン戦も後半28分から羽生に代わっての途中出場し、 40分には決定的なヘディングを外した。だが「オシム監督から点を取ってこいと言われた。巻をターゲットにしていたんで彼が勝つと思って走った」と本当に巻からのボールが足元に転がってきた。 世界のサッカーを意識し始めたのは2002年W杯日韓大会だったという。2000年に川崎Fでポジションを争ったFW鈴木 隆行(30・現レッドスター・セルビア・モンテネグロ)がベルギー戦で同点ゴールを挙げた。「W杯が身近に感じられ、頑張ろうという気持ちにもなった」と鈴木のように泥くさくてひたむきなストライカーになりたい。その姿勢がこの土壇場で生きた。 代表定着に崖っ縁だっただけに「チームに迷惑をかけていてやっと貢献できた」と言葉に実感がこもった。沖縄出身で初の日本代表入りの話題が先行してきたが「 “沖縄の”という枕ことばをなくしたい」と話していた。苦境を救った決勝ゴールは、この1点は沖縄のためでなく、間違いなく日本のためのゴールだった。
2006年09月07日
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G大阪がオランダリーグのヘラクレスを退団したFW平山 相太(21)の獲得に乗り出したことが6日、分かった。佐野泉社長がこの日、吹田市の万博練習場で「興味があります。代理人には1週間前から連絡しています」と獲得レース参入を表明した。 平山は前日5日にヘラクレスを退団している。G大阪は欧州滞在中の代理人の田辺 伸明氏にコンタクトをとり、獲得の意向を正式に申し入れた。これまではエムボマ(1997、1998年)から現在在籍するアウベスと外国人FWに依存してきたこともあり、身長1メートル90の和製大砲の獲得はクラブの悲願でもある。 平山獲得には、他にも千葉、鹿島、FC東京、J2神戸ら複数のクラブが名乗りを上げているが、 G大阪はオシム・ジャパンの日本代表選手3人を抱え、Jリーグの中で常勝軍団に成長したレベルの高さを訴えかけていく方向だ。Jリーグの登録締め切りは実質的に13日までと短い。残り1週間で大魚一本釣りを狙う事が出来るか? 得点力不足のヴァンフォーレ甲府や地元福岡のアビスパ福岡は金銭面もあり手を挙げないみたいだが、常勝軍団となったG大阪に加われば、試合には簡単には出れないと思うが、良い経験は出来ると思うのでダイとしては是非加わって欲しいと思う。
2006年09月07日
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2008年北京五輪の予選を兼ねたソフトボールの女子世界選手権で、全競技を通じて五輪出場一番乗りを決めた日本代表チームが6日、北京から帰国した。代表選手が在籍する日本リーグの試合を欧州で開催する方針を、日本協会が固めたことが明らかになった。2016年夏季五輪で五輪競技への復帰を果たすために欧州でアピールするのが狙いで、早ければ来年から試合の1節を欧州に移し、日本の“国技”ソフトボールの普及を図る方向だ。 北京五輪キップ獲得の原動力となったエース、上野 由岐子(日立&ルネサス高崎)ら日本代表の全員がプレーする日本女子1部リーグの試合を欧州で開催する。「現在、参加できるチームを募っている段階。4チームが賛同してくれれば、欧州で開催できる。早ければ来年、遅くとも2年後には実現させたい」と日本協会の尾崎 正則専務理事が説明した。 ソフトボールは2012年ロンドン五輪で野球とともに実施競技から除外されることが決まっている。ソフトの認知度が低い欧州、アフリカのIOC(国際オリンピック委員会)委員の賛同を得られなかったためで、日本は五輪過去2大会で銀、銅メダルを獲得、今回の世界選手権でも準優勝するなど「国技」ともいえる実績を残している。球技で数少ないメダル有望種目の五輪復活を目指し、 2016年五輪の実施競技を決める2009年IOC総会に向けて欧州での普及に乗り出すことを決めた。 来年の日本女子1部リーグは、全12チームを各節3会場に分けて行う。4チームが日本協会の“欧州行脚”の考えに賛同すれば、その1節を欧州に移して開催するとの事。試合にはIOC委員らを招待するほか、普及活動も積極的に行う予定で、北京五輪出場を勝ち取った選手たちが、欧州で五輪競技復帰デモを敢行する形となるか?確かに第11回世界女子選手権大会の成績をみても欧州、アフリカ勢ではイタリアのみが決勝トーナメントに進出し、6位という成績を残した。イギリス、ギリシャ、オランダ、 南アフリカ、ボツワナの5チームは予選リーグで敗退した。メダルの可能性が少ない欧州、アフリカ勢からしてみたら、ソフトボールを五輪から外すのに躊躇(ためら)う必要も無いと思うが、日本にとってはメダルの可能性があるだけに、この“欧州行脚”で欧州の人達に少しでもソフトボールに関心を持ってもらい所だ。
2006年09月07日
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日本ソフトボール協会が、2年後の北京五輪へ向けて、女子日本代表の井川 英福(いがわ ひでとみ)監督(61)の続投見直しを検討していることが5日、明らかになった。北京で行われた世界選手権で、五輪出場権を獲得した直後の監督交代となれば、異例中の異例だ。また、他国に先駆けて五輪前線基地の確保にも着手することがわかった。 日本の競技陣の先頭を切って五輪キップを獲得したソフトボール女子日本代表だが、歓喜の裏では、井川監督体制の見直しが検討されているという。 指揮官の契約は、今回の世界選手権まで。カリスマ指導者だった宇津木 妙子前監督の後を受け、アテネ五輪後に監督に就任し3年目。五輪キップという第1の目標をクリアしたため、本来ならば、 すんなり続投のはずが、そうはいかなそうだ。 選手の自主性を尊重し、今回の世界選手権では過去のチームに比べて遜色(そんしょく)のない成績を収めたが、一方で、 選手の起用法などで、協会首脳から疑問の声が上がっていたという事実もある。エース上野 由岐子(24・日立&ルネサス高崎)に偏った投手力などの問題だで、このままでは北京五輪を勝ち抜けないという考えも協会内にはあるようだ。 五輪キップ獲得後も、協会側から続投を“明言”する言葉はなかった。去就に関しては「改めて話し合われることになる」と日本協会関係者はコメント。現段階では後任候補は明らかになっていないが、 9月中に行われる協会の強化委員会、理事会で、議題にあがることになる。 12月のアジア大会は今回のメンバーが中心となるが、もともと、北京五輪登録選手は、今回の17人より2人少ない15人となる。北京五輪まで約2年となり、さらなる強化で念願の金メダルを目指すソフトボール日本代表。上野の後輩の黒川 春華 (日立&ルネサス高崎)や伊藤 美幸 (太陽誘電)の2人がもう少し成長してくれば面白いと思うが、やはり上野に頼りきった投手陣をどう立て直すかが今後の課題だと思う。
2006年09月06日
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ゲリラ活動が多発し、 国民の7割が自動小銃を所持する危険地帯ゆえに、宿舎は鉄の門扉を固く閉ざし、ライフルを持った警備兵が24時間態勢で警備している。移動用のバスをパトカーが先導するなど、まさにアウエーの洗礼を受ける中、6日にアジア杯予選イエメン戦を迎える。 「代表ホテルにはびっくりしました。チームの移動以外は門は完全に閉ざされ、ライフルを持った警備兵が24時間警戒していました。彼らに『戦争はいつごろ終わったんだ?』と聞いたら、『まだ戦争中だ』と言ってましたよ」と5日、 日本サッカー協会関係者が驚愕(きょうがく)の表情で語った。 移動バスから臨む首都サヌアの荒廃した町並みは、まさに戦場。さらにはアルカイダなどゲリラの恐怖が存在する。外国人を標的にした凶悪な誘拐事件も頻発しているという。しかも、 2001年9月の米同時多発テロ事件以降現在も国内で活動するゲリラ部隊に対する軍、警察両面からの掃討作戦が展開されているとの事。 市内の一般家庭でも、自動小銃の所持率がなんと70%を超えるというイエメン。市民たちは外敵の襲撃に備え、1階には誰も住まず、 2階部分を家畜部屋にし、3階以上に生活スペースを取るのが通例という。 当然、決戦を控える日本代表の宿舎も厳戒態勢で警備されている。旧市街を見下ろすように丘の上に立つホテルの鉄の門扉は固く閉ざされ、ライフルを小脇に抱えた警備兵が常に周囲を警戒していた。3日のサウジアラビア戦の舞台だったジッダでは行われなかったが、練習場に向かうチームバスはパトカーに先導された。 標高2300メートルの高地に続く、非情なアウエーの洗礼。「与えられた条件でやるしかない」とオシム監督が語るように新生代表には戦いの前に試練が待っている。 そのイエメンでは20日に大統領選挙と地方評議会選挙が同時に実施される予定で、選挙キャンペーンに伴う暴力事件も発生し、銃撃戦による死傷者も出ている。試合が行われる首都サヌアでは、他の州に比べて危険度は低いものの、 テロ事件など不測の事態が起こる可能性があるとして外務省ホームページでは「十分注意して下さい」と警告を出しているという。 日本では、まず考えられないようなイエメン国内の状況。 オシム監督は旧ユーゴスラビアのボスニア出身なので、、第二次世界大戦後の欧州で最悪の紛争となったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で戦争の悲惨さを知っていると思うが、 日本の選手達にとっては驚きの連続だろうと思う。試合会場でも厳重体勢がひかれ、対戦相手とは別の意味でのプレッシャーとも戦うこのイエメン戦は、選手の成長という意味でも非常に重要な試合になると思う。
2006年09月06日
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5日、甲子園で行なわれた阪神×巨人戦は5-2で阪神が勝利した。逆転Vへの“奇跡”を十分に予感させる猛虎打線の60年ぶりの快記録での勝利だった。 「最近は打線がつながって点を取れるから、先発ピッチャーも気が楽なんちゃうか?先に点を取られたけど(打線に)凄い反発力があるから何とかなると思うてたよ」と岡田監督もご満悦の快勝だった。初回に赤星が放った遊撃内野安打が“ヒットパレード”の幕開けだった。 この日の阪神は、2回以降も電光掲示板に「H」のランプがともらないイニングは無かった。3点リードの8回1死から藤本が「エラーもしていたので何とか打ちたかった」と追い込まれながらも左前に運んだ。この瞬間、チーム出場選手の全員毎回安打が達成された。 セ・リーグでは5度目、阪神としては46年に記録して以来、実に60年ぶりの快挙を伝統の一戦で刻んだ。 時にはつなぎ、時には長打狙いと計13安打を放った打線に「みんなが目的意識を持ってやってくれている」と正田打撃コーチはコメント。これでチームは引き分けを挟んで今季最多の6連勝となった。 岡田監督は「今は何連勝とかいうんじゃない。またあしたの試合を勝ちにいくだけよ」と冷静に語っていた。8月2日以来の猛打賞をマークした鳥谷は「きょうで終わりじゃない。まだまだ先はあるので」と口元を引き締めた。2試合連続での交代が1度もない9人野球。 落合竜にとって脅威を感じさせる阪神の戦いぶりだった。 福原も今季初完投勝利で自身2年ぶりの2ケタとなる10勝目を挙げた。「とりあえず良かったです」と笑っていた。8月は6度登板で、この日も中4日と過酷なマウンドが続くが「疲れはない。できるだけ長いイニングを投げようと思っていた」と頼もしいコメント。淡々とアウトを積み重ね、7安打、2失点で133球を投げ切った。3日は安藤が完封し、2試合連続で救援陣を休ませることに成功し、 岡田監督は「そりゃ大きいよ」と機嫌が良かった。藤川が52試合で67回投球(9月5日現在)と疲労が出てきていると思うが、この2日の登板なしは良い方向に向くと思う。
2006年09月06日
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プロ野球実行委員会が4日、東京・内幸町のコミッショナー事務局で開かれ、セ、パ両リーグが来季から同一形式のポストシーズンゲーム(PSG・仮称)を初開催することが正式決定した。試合数も、交流戦24試合 、リーグ戦120試合の144試合制で統一した。昨年の交流戦導入に続く新たな試みで、球界のさらなる活性化を目指す。 セ、パの利害が対立し、難航してきたPSGの開催がようやく正式に決まった。実行委員会で最終協議の末、 4年ぶりに両リーグが試合数を統一し、同一形式で初開催することで合意した。 最大の焦点だった試合数は、交流戦を現行36試合から24試合に削減し、リーグ戦120試合と合わせた144試合制でまとまった。ただ交流戦数は2年間の暫定とし、「想定外の問題が出てくればその時点で検討する」(豊蔵セ・リーグ会長)と将来的な見直しに含みを残す形となった。 パ・リーグから「現行のプレーオフで決める形を維持したい」との声がこの日、再び上がり、議論は一時、平行線をたどっていた。ただ、 レギュラーシーズン1位を優勝とすることは23日の検討小委員会の合意事項でもあり、最終的にパが矛を収めた。 PSGの実施方式は、まず2位と3位チームが3試合制の第1ステージを戦い、その勝者が1位チームと5試合制の第2ステージを戦い優勝を決める。詳細日程は後日決まるが、パがセよりも1週間早い3月24日に開幕するため、PSGの開幕もパが数日早くなる見込みとなる。PSGに代わる新名称や、上位チームへのアドバンテージの有無など、詳細は9月末の事業委員会で検討されるらしい。 交流戦に続いて打ち出すこの新機軸は、ファンの支持を得られるかどうか? 来季は球界の真価が問われる1年ともなる。 このポストシーズンゲームの導入だが、ダイは少し変えてみたら面白いと思う。パリーグ、セリーグの3位までで無く、1位と2位のチームがポストシーズンゲームに進出する。そしてパリーグの1位とセリーグの2位、セリーグの1位とパリーグの2位が5試合制で対戦し、その勝者が日本シリーズに進むという方法だ。リーグ戦で1チームと24試合しているチームよりは、交流戦で1チームと5試合 (オープン戦は除き)しかしていないセ・パ両リーグでの対戦で日本シリーズ出場をかけた方が面白いと思うのだが?
2006年09月05日
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女子世界選手権第9日(4日、北京・豊台ソフトボール場)日本が準決勝で強豪米国を3-1で破り、5日の決勝に進出し、36年ぶりの世界一に王手をかけた。3日に2008年北京五輪出場を決めて意気上がる日本は、エースの上野 由岐子(24・日立&ルネサス高崎)が強打の米国相手に3安打7奪三振の好投。打線も伊藤 幸子内野手(30・トヨタ自動車)の適時打などで3点を挙げ、国際大会で6年ぶりに米国から白星を奪った。 日本が五輪3連覇の米国に完勝して、決勝戦にコマを進めた。国際大会で米国に勝ったのは2000年シドニー五輪の1次リーグ以来となる。快挙の立役者はやはり上野だった。1日の豪州戦、3日の中国戦に続いてこれで3試合連続完投勝利となった。五輪切符を獲得した中国戦に続く連投になったが、「思ったより体に張りを感じず、いい状態でした。一発に気をつけて投げました」とその言葉通り、強打の米国打線を3安打に封じ込んだ。 ソフトボール日本代表は、この大会に計4人の情報分析担当を帯同させ、試合前にミーティングを常に行っている事もこの快進撃に繋がっていると思う。上野をリードする捕手乾は米国打線の情報を頭に叩きこんだ上で試合に臨んだ。「上野さんの疲れもあるので、コントロール重視で組み立てました。データ通りに投げられる上野さんもすごかった」とは乾はコメント。さらに、米国の快足1番打者に対しては、右翼手の狩野を一塁に回して異例の5人の内野シフトを形成した。「相手の混乱、動揺を少しでも誘うためです」と井川 英福監督は説明していたが、これもデータを用いての内野シフトだった。 パワーやスピードでは米国に歯が立たないが、頭脳とデータを重視したIDソフトで対抗する新生日本代表。四回の先制点は、一死二、三塁から4番の馬渕がヒットエンドランのサインで遊ゴロを放って生まれた。「必ず内野ゴロを打ってくれると信じていた」という同監督の信頼に応えた一打だった。その第11回世界女子ソフトボール選手権最終日は5日、当地の豊台ソフトボール場で行われ、準決勝のもう1試合と3位決定戦を兼ねた試合で米国がオーストラリアに5-1で逆転勝ちし、1970年の第2回大会以来2度目の優勝を狙う日本は、午後7時(日本時間同8時)からの決勝で、6連覇を狙う米国と再び対戦する。 日本は前日の準決勝でアテネ五輪金メダルの米国に3-1で快勝したが、 ページシステムと呼ばれる独特の方式で敗者復活した米国と再び激突することになった。
2006年09月05日
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日本選手の2勝8敗で終わったKー1MAXの世界王者対抗戦だったが、今大会出場しなかった魔裟斗にブアカーオが対戦を要求した。4日に東京・有明コロシアムで行われた「K‐1 WORLD MAX 2006~世界王者対抗戦~」から一夜明けた5日、衝撃のKO勝利を飾ったブアカーオが、谷川 貞治K-1イベントプロデューサーとともに都内のホテルで記者会見を開いた。 ブアカーオは「魔裟斗と戦いたい。いつでも準備はできている」と述べ、早ければ大みそかの「Dynamite!!」で対戦してもいいという意志を表明した。“絶対王者”の呼び声も高いブアカーオは、開始わずか15秒でシュートボクシングの宍戸 大樹を強烈な左フックで沈め、圧倒的な強さを見せ付けた。 衝撃のKO劇から一夜明けた5日、ブアカーオが胸の内を語った。まずは前日の試合を振り返り「ムエタイの技をもっとお見せしたかったけれど、早く終わらせちゃったらお見せできなかった」と余裕のコメント。そして「総じて日本人選手にはリングに上がったときの熱くなる気持ちが足りないと感じた。特に追い込まれたときにもう一歩前に出て行く力が欠けている」と日本人選手の精神的な弱さを指摘した。 これについては谷川プロデューサーも同意見で「今の日本人選手には圧力を掛けられる選手がいない。佐藤や小比類巻ら相手の出方を待っているようなテクニカルな選手は外国人選手に勝てなくなっている」と危機感を募らせていた。対世界10番勝負に臨んだMAXの日本勢は、アルトゥール・キシェンコを延長で振り切ったHAYATOと、デビュー戦のアンディ・オロゴンに安廣 一哉が判定で勝利を収めただけで、ほかは全滅だった。谷川プロデューサーは「アンディ・サワーやブアカーオは試合数がめちゃくちゃ多いのに、日本人選手は試合経験が圧倒的に少ない。特に若い選手は試合経験をたくさん積まないとこういう選手に勝てなくなる」と日本人選手のさらなる奮起に期待を込めて語った。 谷川プロデューサーは大みそかの「Dynamite!!」でブアカーオの出場を希望しているが、圧倒的な強さを誇るブアカーオの対戦相手を探すのも困難な状況だという。必然的に谷川プロデューサーの期待は魔裟斗に向けられた。「魔裟斗選手も日本人選手が負けるのを見て、内心『オレしかいない』と思っているだろう。彼はまだ本格的に練習を再開していないので本人の気持ちを聞きながらになるが復帰を期待したい」。 ブアカーオも「TVの解説で魔裟斗選手が自分と対戦したいという気持ちを持っていると聞きました。自分はいつでも魔裟斗選手とやる準備はできている。必ず待っているので望むところです」と対戦を要求した。 大みそかまでに魔裟斗が完全復活できるかどうかは難しいとも言われているが、両選手の激突が実現すれば日本中が注目する頂上決戦となることは間違いないと思う。魔裟斗にとってブアカーオは2004年7月の「世界一決定トーナメント」決勝でぶつかり、延長戦の末、判定で敗れ、史上初の連覇を阻止された因縁の相手だ。リベンジマッチを待ち望んでいるのは魔裟斗だけでは無いと思う。日本中が両者の決戦を待望しているのは確かだ。
2006年09月05日
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中国の豊台ソフトボール場で開かれているソフトボールの世界女子選手権で、日本が2008年北京五輪の出場権を獲得した。代表チームを4大会連続の五輪出場に導いた井川 英福 (いかわひでとみ)監督(61)は試合後、「とりあえずホッとした」と笑顔を見せた。 井川監督はトヨタ自動車監督から1992年に男子日本代表監督に就任し、1998年からは日本ソフトボール協会強化部長を兼ねてきた。女子代表監督を7年間務めた宇津木 妙子前監督(53)の後を受けて2004年10月に就任、初めて女子チームを率いるに当たり、選手の自主性を重んじる指導を心掛けた。 「女子は、私が何気なく言った言葉に大きく影響を受けることがある」と、言葉遣いから気をつけた。互いのことを知ろうと、個別面談も多く重ね、 今年2月には「世界選手権への思いを書いてほしい」と、返信用封筒入りの手紙を代表候補全員に郵送したという。「みんな立派な考えを持っていた」と練習内容も伊藤 幸子主将(30)を中心に選手たちで決めさせた。 宇津木前監督は「私は『行けーっ!』と練習させたけど、井川さんは選手を大人として扱っている」と表現している。五輪出場の目標を果たした井川監督は「世界一になるというのが選手の思い。その思いを糧にさい配したい」と、喜びに浸る間もなく次の目標へ頭を切り替えていた。準決勝の米国戦の情報はまだ入ってきてないが、 世界選手権6連覇を狙う米国を倒し、32年ぶりの世界選手権制覇を実現して欲しいと思う。
2006年09月04日
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サッカー日本代表のイビチャ・オシム監督(65)が現地2日、サウジアラビア戦(ジッダ)に向けて会見し、スコットランド・セルティックのMF中村 俊輔(28)に事実上の戦力外通告を突きつけた形となった。オシム監督は運動量の少ない古典的な司令塔タイプを重用しない方針を表明し、年内は海外視察を回避し、国内組をベースにチームを作る意向も明らかになり、MF中村俊は厳しい立場に追い込まれる形となった。 ファンタジスタ受難の時代、オシム監督も自身が冷徹なリアリストであることを強調した。個人名こそ出さなかったが、MF中村俊に突きつけられたある意味日本代表の“戦力外通告”だった。 「もっとアグレッシブで、走る能力の高い選手が必要。世界のサッカーはそういう方向に進化している。『美のために死んでもいい』という人が存在する要素はますます少なくなる。個人的には非常に残念。でも人生もそう。昔の旅行は汽車に乗ったり歩いたりしていたが、今はみんな飛行機だ」と華やかなテクニシャンより、馬車馬のように走り回れる実用性のある選手が重要だった。 関係者が「パーツの一部になれないスタイルは難しい」と明かすように、オシム監督は1人の選手に依存したチーム作りを嫌う。中村俊が体調を崩し、ジーコ監督のプランが揺らいだドイツW杯の反省もあったみたいだ。選手の状態を把握できない海外組を中心に据えるのは危険と考え、国内組にベースを置いた。年内はJリーグをすべて視察する予定で、天皇杯まで足を延ばす構想もあるらしい。関係者は「海外組には興味を示してない」と語っていた。 この日の会見でも「複数ポジションができる選手を使わずに負け続けるなら進歩ではなく後退する」とユーティリティー性を高く評価。純粋な司令塔である中村俊は厳しい立場になった。ドイツW杯のエースが再び日の丸を背負う日は果たして来るのか?案外小野 伸二選手を選出しなのも、これに近いような選手だからなのかな?とも思う。(浦和レッズから今回は7人召集されながらお呼びがかかってないし、開幕から21試合全てに先発出場ながら、召集がかからないのは、オシム監督の構想に入って無いからだとも思える)確かにイビチャ・オシム監督が3年間率いてきたジェフ千葉を観ての分かるが、トップ下にファンタジスタのような選手を置いてのサッカーはしていなかった。先の代表戦でデビューした羽生 直剛(はにゅう なおたか)がジェフ千葉では このトップ下に入る事が多かったが、羽生は意表をついたパスを出す選手では無く、自分でドリブルで持ち込みシュートを打つ、または後方から飛び出してシュートに絡んでいく選手なので、明らかに中村俊とは違う持ち味を持った選手だ。よくオシム監督は「水を運ぶ選手」と言っているが、ダイが思うに、日本代表がドーバの悲劇でW杯出場ならなかった時のMF森保 一選手や最近アイドルグループのハロー!プロジェクトのフットサルチーム「Gatas Brilhantes H.P.」の監督としても御馴染みのMF北澤 豪選手が全盛期の時のような選手を求めているような気がする。しかし今回の日本代表にオシム監督就任で分かった事1つある。 それは今まで上手い選手=日本代表というダイの中での考えがあったが、オシム監督の構想=日本代表という考えに変わった事だ。
2006年09月04日
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ブラジル代表のドゥンガ監督は現地時間2日、MFロナウジーニョ(バルセロナ)が背中のケガのため3日にロンドンで行なわれるアルゼンチンとの国際親善試合を欠場する可能性があることを明らかにした。 試合前の会見に臨んだドゥンガ監督は、「彼はバルセロナで大腿部を負傷したが、そのケガは治った。しかし、今度は(代表での練習で)背中を痛めてしまった。フィジオセラピストの治療を受けているところだ」と明かした。 また、今年のドイツW杯では絶対的な地位を築いていたMFカカ(ミラン)について、指揮官は新体制では定位置は約束されていないと明言した。「スーパースターだからといって、先発で起用されるとは限らない。彼は自らの手でポジションをつかまなければならない」と、奮起を促していた。親善試合とはいえ因縁のアルゼンチン戦、来年2007年ベネズエラで開催される南米選手権に向けても大事な1戦になるだけに、若手だけでなくW杯メンバーも何人か招集されると思う。ダイは、MFエバンドロ(サント・アンドレ)やFW ボボ(コリンチャンス)と2人の若手選手に注目しているが、 ドゥンガ監督の評価はどうなんだろう?
2006年09月03日
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日本バスケットボール協会の強化委員会は3日までに、世界選手権で1次リーグ突破を逃した男子日本代表のジェリコ・パブリセビッチ監督と契約を更新せず、次期監督候補をスーパーリーグ・アイシンの鈴木 貴美一監督 (46)に一本化する方針を固めた。13日の常務理事会、20日の理事会を経て決定する見込みだという。 協会関係者によると、既に就任の打診が行われ、鈴木氏も受諾の意向を示したという。 鈴木氏はアイシンを2002~2003年、2003~2004年シーズンとリーグ連覇に導いた。協会内には国際経験不足を不安視する声もあるが、北京五輪のアジア出場枠1つを争う来年夏の 男子アジア選手権 (徳島市)とその後の五輪世界予選 (出場枠3)まで任せる予定だという。開催国の中国を除き、アジア選手権ではレバノン、韓国とのアジア枠の争いになると思うが、厳しい状態には変わらないと思う。1次リーグで敗退したが、このバスケットボール世界選手権で経験した事を生かして、 川村 卓也や竹内兄弟などが今後成長していければ1976年のモントリオール大会以来32年ぶりの五輪出場も見えてくるかもしれない。ダイとしては、菅谷 徹(京産大)や太田 敦也(日大)選手の2人が今後日本代表に加わって欲しいと思う。
2006年09月03日
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