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昨日、実家のハスキーが死んだ。14歳と2ヶ月。わたしが彼に最後に会ったのは1月の始め。なんだか気になってデジカメで写真を撮った。なんとなく予感していたのかもしれない。 その死なせ方に納得できなくて昨日電話越しに妹と怒鳴りあった。夕方、2時間ほど家を空けた間に亡くなったそうだ。その前の昼頃から調子が悪かったらしく、そんな状態の彼を置いて家を空けた妹と父親が許せなかった。 今実家は建て直し中で家族は10月から借家住まいをしている。猫3匹とレツも、共に借家暮らしとなった。ただでさえ歳なのに、ここにきてのこの環境の変化は老犬には辛かったろう。今まで2畳ほどのコンクリート張りで屋根付きの犬舎に首輪も鎖もつけず暮らしてきた彼にとって始めての地面、首輪、鎖の生活だった。 借家住まいが始まって2ヶ月ほどして母親が足を折り入院することになった。母親に代わり家事一般を仕切るため妹が沖縄から帰ってきた。修論を書きながら母親の代わりをし、父親と共に一日おきに母親のお見舞いに通う日々だった。 レツは、というと、わたしが心配していた以上に新しい環境に早く慣れたようだった。わたしは借家住まいになってから2回しか実家に帰っていないが、一緒に新しい家に帰れるといいね、と、みんなで話したのを覚えている。 そして昨日、レツが死んだ。慣れ親しんだ場所を離れ、誰の気配を感じることも無くひとりぼっちで彼は逝ってしまった。耳もほとんど聞こえず、鼻も、目も足も悪くなってそれでも懸命に生きていた彼を誰もみとってあげることができなかったのだ。それを思うと不憫でかわいそうで悔しくて仕方が無い。どんなに心細かったろう。どんなに辛かったろう。家族もおらず、家からこぼれるあったかい光も無く。 昨日彼の訃報を電話で聞いて泣いた。その夜、ベッドに入って泣いた。新居への引越しのちょうど1ヶ月前だった。そして、母親の退院の前日だった。 運悪く妹が沖縄へいったん帰る日と母親の退院が重なってしまい、そうなったらきっと、父親はひとりで母親の面倒や猫やレツの世話にてんやわんやになることだったろう。だからなの?こんなタイミングで彼が逝ってしまったのは?お父さんのためなのかなあ。 やりきれない。落ち着いて彼のことを想えるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。目が痛い。
2004.03.27
当園きっての暴れヤギの『暴れん坊や』君にもとうとう運命のときが訪れた。彼の去勢に反対していた役所の人間も、自分たちの身に事が及んでくると(つまりどつかれるようになってくると)もはや反対することもなくなり、彼の去勢手術は満場一致で決定した。とんとん拍子に話が進み、話が決まってから2,3日もしないうちに彼はおかまとなってしまった。 去勢手術にはみんなが立会い、事の成り行きを見守った。去勢は避妊に比べたらそんなに大事ではなく、あっという間に終了した。ぴっと切ってつるんと出す。その様はまさにぶどう羊羹のよう。女の子は興味津々。獣医さんが処置するたびにおおっ!と歓声を上げる。男性陣は痛々しい表情を浮かべ、そんな女性陣に思いっきり引いていた。 周りの様々な思いが交錯する中、とにかく坊やはおかまとなった。こんなふうに人間のさじ加減ひとつで自分の大切なものが切って捨てられるなんて、動物って不憫。でもこの話を最も強く押し進めたのは実はわたし。当園のような小さい園館で種オスを所有し続けるのは正直しんどい。それに頭数の関係上、しばらくはベビー誕生は無理だろう。そんなわけだから、ごめんね坊や。ママを許して。 去勢手術後の彼は、角切り後とは比べ物にならないほどへこみまくっていた。彼の立派な立派なタマタマは、あまりに大きすぎて地面で擦って先っぽにかさぶたをこしらえるほど立派なタマタマはもう彼の体には跡形もなく、残ったのは中身の無い干しぶどうだけ。精力満々のオスの象徴が無くなってしまったショックは、わたしにだって推し量れてしかるべき、だ。 わたしはなぐさめた。これで君もみんなの仲間入りだよ、と。今までのようにひとりぽっちでごはんを食べることも無く、寝ることも無く、遊ぶことも無い。これから君の第2の人生が始まるんだ、パラダイスだよ、と。 坊やはひとり柵の中にいれられていても、その可愛らしさと存在感から来園者にとても人気があった。他のヤギと同じように接客ができれば今よりももっと人気者になるだろう。だがそのために彼には乗り越えなければならない多くの関門がある。人との接し方を学ぶのもそうだが、まずなにより彼の求められるのはヤギ社会のHOW TOだろう。種オスによくあることだが、一日のほとんどをひとりきりで過ごす彼らには社会性に欠けるものが多い。 ここから彼のヤギ社会復帰への壮絶なドラマが始まる。
2004.03.20
オスヤギの破壊力と言うのは凄まじく、時に人間の想像力をはるかに凌駕する。動物としてはたいした大きさでもないこのヤギと言う生き物のいったいどこにこのような破壊的パワー秘められているのか、と驚嘆せずにはいられない。 扉を壊し鉄柵をひん曲げ、折ってしまう。体の大きな動物は力が強いというのはあたりまえなことだがヤギのように、当園のようなせいぜい45キロたらずのヤギがここまでの力をもっているとはお釈迦様でも夢にも思うまい。 四肢の強さ、腰の強さ、そしてなにより頭の強さ。彼らの武器は言わずと知れた頭突きである。角を突き合わせ力比べをし、攻撃をする。いくら角が固いとはいえあの衝撃に耐えられる頭蓋骨を持っていることがすごい。あんなに頭突きを繰り返して脳に障害が出ないのが不思議だ。どうやってあれだけの衝撃を逃がしているのか、研究の価値有りだと思う。どなたかしてくれないだろうか。 坊やも例外なく、日々鉄柵に頭突きを繰り返していた。黒ヤギは何度となく鉄柵を折り、そのたびに溶接を繰り返したが、坊やのいた所の鉄柵はより頑丈にできており、鉄柵よりも坊やのほうにガタがきてしまった。角が裂けてしまったのである。 その日わたしは休みだったが、その日の担当曰く「大仁多厚のよう」だったそうだ。ヤギの角というのは神経も血管も通っている。坊やは右の角の先が避けてそこから大出血を起こしてしまったのだ。 次の日わたしのみた坊やは、角にぐるぐる巻きに包帯とテープを巻かれたなんとも情けない姿だった。しばらくして出血もないようなので包帯を取ったが、やはりヤギというものは少し脳みそが足りないらしい。奴はまた調子に乗って柵に頭突きを繰り返したのである。彼の角からはたちどころに血がほとばしり、頭突きするたびに血痕が辺り一面飛び散ったのだ。顔面に血が滴るその姿はまさに大仁多。坊やはまたも取り押さえられ角を包帯で巻かれ情けない姿になってしまった。 それからさらにもう一度奴はやらかし、とうとう右角の裂けた部分から切断する羽目になってしまった。麻酔をし、切り落とし、コテで焼く。そのときの彼は痛さでかなりへこんでいて食欲も、普段のあばれっぷりもなくたいそう皆を心配させた。 それ以後、彼の角は片一方だけ短いというちょっとみっともないものになってしまったが、これ以上の怪我もなく彼は思う存分頭突きを楽しむことができたのであった。
2004.03.17
ライバルの黒ヤギがおかまになったことで屋久島ヤギの暴れん坊や君に男の天下が訪れた。発情シーズンになるとメスがかわるがわるやってきてお尻を向けしっぽふりふりいらっしゃい状態。ヒツジまでやってきてこれぞ天下。 オスのヤギというのは大きくなると劇的な変貌を遂げる。幼いころはふわふわのやわらかい体毛に包まれて、これでもかというくらい愛らしい顔で愛嬌を振りまいてぬいぐるみのようなのに、1年くらいして体も大きくなりオスとしての風格が出てくると独特のにおいを発し、脂ぎってくる。 体毛は厚く長くなり、毛先は脂でべとべとに固まる。顔におしっこを飛ばしにおいをつけるのでいつも顔がてらてら光っている。オスのいるところは鼻につんとつくようなオスヤギ臭に支配され、すりすりされ(時におしっこも飛ばされ)ようものなら、服を着替えても臭いが残り、同僚とすれ違いざまに『臭い』などと嫌な顔をされるのだ。電車の中で他の乗客に『なんか獣臭いよね』と言われ、さらにお風呂に入っても手についた臭いが取れないこともある。げにおそろしきオスヤギ臭・・・。 しかしオスヤギ臭というのは種、あるいは個体ごとに異なるようで、黒ヤギと坊やのにおいはあきらかに違うものだった。黒ヤギのほうは鼻にまとわりつくようなまったりとした重いにおいなのに対し、坊やのにおいはつんとした鋭いものだった。 人間には耐えがたいこの臭いも、メスヤギにとってはえもいわれぬ香りらしい。香りが強くなるにつれ坊やの周りはメスのヤギだかりができていった。 オスヤギのプロポーズというのは、舌をだしうべうべ言い、前脚でキックなどする。この光景は知らない人にとってはそれはそれは異様なものだろう。このときの鳴き方は特徴があり耳につく。鳴き方も個体差があり、坊やは低く短くうべうべ派だったが黒ヤギは高く低くサイレンのように鳴くようなうべうべ派だった。 そういえばまだ黒ヤギが現役だったころ、お散歩で遊びに来た保育園の先生がまねをして一緒にうべうべ言っていたことがあった。先生、それは発情の鳴き声ですよ、とついにわたしは教えることができなかった。
2004.03.13
ヤギのオスというものは本来とても危険な動物だ。大きな角で頭突きをし、角を振り引っ掛けてひねりを加えたりもする。力も強く、頭突きで鉄の柵を折ったり、鉄の扉を変形させてしまうほどだ。当園にいるオスはせいぜい45キロ前後でなんとか押さえられる大きさだが、これ以上になるととてもかなわないだろう。 黒ヤギの黒い奴は人を怖がったので、人に対して頭突きをしたりするようなことはまったく無かった。わたしがはじめてみたヤギのオスというのはそんな奴で、正直本当の『ヤギのオス』というものを知らなかった。だからあんなにかわいらしかった暴れん坊やが豹変したときには心のそこから驚いた。 黒い奴が去勢されてしばらくたつと、オスとしての魅力が薄れたのか、それともおかまになったことに双方気づいたのかメスたちの黒い奴離れが始まり、代わって坊や通いが始まった。とはいえはじめのうちは仕方なく、まああんたでいいわ的なところがメスたちには見られたが、時がたつにつれ彼にオスとしての貫禄がでてくるとそれはそれは熱狂的にメスは彼にアプローチを繰り返した。彼のメスの迎え方も慣れたもんで、彼の柵の前はとてもにぎやかになった。 そうなるととたんに気が荒くなる。何度も何度も柵に頭突きを繰り返し、舌を出してうべうべ言い、前脚でキックしておしっこを飛ばす。柵の前のメスの元に行きたいけどいけない。彼はさぞかしイラついたことだろう。そこへわたしたちは入らなくてはいけないのだ。 隔離柵の関係上、どうしてもそうしなくてはいけなくてそのたびに気を引き締めて入った。もたもたせずさっと用事をすます。でないとやられるのだ。いや、それでもやられるのだ・・・。 とにかく痛い。体の大きさからいっても頭突きがはいるのはちょうとすねのあたり。角振りはまさに太腿のあたり。毎日のように青あざをこしらえ痛い思いをする。これがオスのヤギというのもだとイヤってほど思い知った。これが普通で、黒い奴が特別だったのだ。 彼は人を恐れない。小さなころから人と接してきていたのでちっとも恐怖心が無いのだ。頭突きをする理由というのはいろいろあるのだろうが、しかしどうもなめられている感がある。わたし(達)は坊やに馬鹿にされているのか?劣位に見られているのか?冗談ではない。奴になどなめられてなるものか。 どうすればよいか。わたしは考えた。ヤギは犬と違ってしつけができない。イケナイ、と教えたところで奴には通じないだろう。ではどうやってわからせれば良いのか。 ヤギは頭突きで力比べをし、結果順位が決まる。何度も何度も角を突き合わせ、引いた方が負けだ。そうか、奴に勝てばいい。わたしがヤギの方法にのっとって奴とけんかすればよいのだ。 坊やがむかってきたとき、わたしは立ち向かうことに決めた。だがわたしは素手だ。角を持ち、角と角の間にげんこつを食らわした。痛い・・・。ヤギの角にげんこつはあまりに無力だ。だがわたしはがんばった。何回かやるうちに彼は驚いたのか少し距離を置いた。おっ!?勝った?わたしは意気揚揚として(急いで)彼のもとを去った。 反撃を食らって彼は面食らったようだ。目をぱちくりさせていたが、そこはヤギ、次の時には元通りに向かってくる。なんどかやってわからせるしか手は無いようだ。何度か手合わせするうちにコツがつかめてきた。げんこつではなく足を使う。立ち上がって頭突きしてきたときに足裏で受けてやるのだ。はたから見たら決して見られたもんではないだろう。決して苛めているわけではない。(むしろいじめられているのはわたしのほうだ。) そうこうしてわたしと坊やの間にはなんとなく順位がついたようだった。でもそれはやっぱりあいまいで気を抜くと頭突かれるので彼のところへ行くときは常に緊張していた。 彼は決して人嫌いではない。むしろ大好きだ。頭突きは、人をなめているせいもあるのだろうが、角を付き合わせる相手がいないことやメスと交尾ができないことへのストレスでもあるんだろう。足で頭突きを受けてやると楽しそうだ。 やりすぎによる人嫌いを心配したがそんなことはどうやら取り越し苦労のようだった。わたしたちは新たな関係を築けているようだった。だがそれはわたしだけで、周りは相変わらずなめられているようだった。いい大人がヤギ1頭に逃げ惑い、頭突かれなどしている様はなんとも滑稽だ。動物が人を見るって本当だ。やられている同僚を尻目にのんきにそんなことを思ったりして、わたしは面白がってその光景を眺めていた。
2004.03.08
さて、暴れん坊や君の隔離柵でのひとりぼっち生活が始まった。今までメスたちと自由に歩き回っていただけにあまり広くない(といっても某園館に比べたらとても広いぞ!)スペースに入れられ、なんとなく可哀想。坊やもつまらなそうだ。 だがこのまま坊やを野放しにしていたらあちこちでメスをはらませてしまうに違いない。仕方が無い。種オスの宿命だ。本来なら群れを取り仕切って力を誇示しメスを引き連れて歩くのがオスというものなのになんとも矛盾した光景だ。 『彼に遊び相手を』という趣旨ではなかったと言っておこう。だが彼に遊び相手ができた。半年ほど年上のシバヤギのオスを彼の柵の中に一緒に入れた。 このシバヤギは去勢済みで角焼き済み。かたや坊やはバリバリのオスで角有り。うまくいくか、とおもったがやはり坊やはまだ子どもだった。仲間ができてうれしそう。シバヤギの彼に対しても友好的だ。 遊び相手にえらばれたシバは当時確か1歳ほど。やたら人懐っこくていたずら好き。噛み癖があっていつも来園者の服のすそをしゃぶっている。だが大人しくなつこいのでとても人気のあるヤギだった。がいっつもひとの服ばかりしゃぶられていてはたまらない。というわけで人出が多いときはいつも坊やと一緒に隔離されていた。 このヤギにはもうひとつ問題点があった。それは1歳にもなるのに乳離れしない、ということだった。すでに親と同じ、もしくは親よりも大きな体で母親の下にもぐりこみおっぱいをしゃぶる。つまりマザコンだ。このマザコンっぷりをなおすため、というのも含めこの彼はなんと夜も坊やと一緒の畜舎に入れられることとなった。 彼らは非常にうまくやっていた。夜も一緒に乾草を食べ、一緒に寝る。でもまあうまくいっているのは坊やがまだ大人でないからだろう。もっと大きくなって自我がでてきたらマザコン君は完全に劣位になってしまうだろう。 それでも彼らはそれから数ヶ月という間、うまくやっていた。が、両方共体が大きくなり畜舎が手狭になってきた。2頭の間で確定的な順位もついてきたので坊やは本当にひとり暮らしなった。 体がでかくなると当然タマタマも角もでかくなる。それにあわせオスの貫禄も出てきた。毛は油でべとべとになりオスヤギ独特の臭いも出てきた。頭突きもするようになってきた。 坊やのライバル、黒ヤギ野朗はこのときすでに去勢されおかまちゃんになってしまっていた。坊やがオトコに目覚めたのとほぼ時を同じくして彼は男を失ってしまったのだ。哀れなり、黒い奴。 とはいえ去勢したとしてもまだしばらくは現役だったころの元気さが残っているためしばらくの間は黒い奴も隔離されていた。暴れん坊やは正真正銘、たった1頭のオスとなったのだ。これでメスが黒い奴の柵の前ばかりにたまって坊やがひとりきり、なんてことはなくなるだろう、逆に今度は黒い奴がぽっちになるに違いない。 わたしの読みは甘かった。それでもメスたちは黒いのがいいらしい。坊やはおかまに負けたのだ。嗚呼、哀れなり、暴れん坊や。彼に春はくるのか。そして自我に目覚め、おかまに負けた苛立ちもあってか、坊やの凶暴化が始まった。 かくして我ら飼育員は毎日のように足に青あざを作る羽目になってしまった。だがわたしは考えた。なんとかして奴に勝たねば。彼に近づくたびに痛い思いをするのなんて真っ平だ! わたしは考えに考え、奴に戦いを挑むことを決意した。果たしてわたしは暴れん坊やに勝利することはできるのか!?以下次回!!
2004.03.07
腕に抱かれたまま寝てしまう屋久島ヤギの暴れん坊や君にもとうとう性の目覚めの時が訪れた。 それまではまだ幼いということもあり、他のメスたちと共にお客さんのいるフロアに出て接客にいそしんでいた彼だったが、ある日メスに乗る行動が見られたのでとうとう隔離とあいなった。 暴れん坊やがやって来た当時、当園にはすでに1頭の種オスがいた。彼は韓国在来種という黒ヤギで精力びんびんの実に子沢山な野郎だった。だが彼は触られるのはおろか人が近づくのさえも嫌がるという、人を怖がるヤギだった。彼はふれあい広場の一角に設けられた柵の中で隔離され、メスたちを魅了していた。暴れん坊やはその彼とは真反対にある柵に隔離されることとなった。 こうして当園には2頭の性成熟オスが広場のあっちとこっちに陣取ることとなったわけだが、メスたちの反応はどうだろう。これまでは黒い彼しかいなくて選択の余地も無かったのだが、今では茶色い、それも黒い奴よりもぴっちぴちの若い活きのいいイケメンが登場したわけだからそれはそれは喜んでいることだろう、と思ったのはどうやら人間だけだったよう。 かわいそうに暴れん坊や君はメスたちに見向きもされず毎日をひとりぽつねんと過ごすことになってしまった。オスもメスもある程度年齢のいったものを選ぶ傾向にあるようで、これはきっと(セオリー通りならば)それだけ年齢の高い個体の方が繁殖経験も豊富なはずだからだろう。理にかなっている。若いのがいいのはどうやら人間の世界だけのようだ。 動物は繁殖のために最もふさわしい相手を選ぶ。自分の性欲を満たすことに重きをおきやすいヒトとは大違い。きっとヒトよりヤギの方が種として生き残っていくんだろう、などとわたしはしみじみ思いながらその光景を眺めていたのだが、暴れん坊やにとってはどうでもいいことだろう。だがこればっかりはわたしにもどうもしてやれない。彼女たちの好みにとやかく口をはさむ筋合いはわたしにはないし、いくらわたしが必死になって彼女たちに暴れん坊やのことを売り込んだとしても所詮私はヒト、ヤギではないのだ。あんたなんかになにがわかるのよん、と聞く耳も持たれない。 発情したメスは黒い奴のところへ日々アプローチに訪れ、彼の周辺ではヤギの熱い熱い愛の語らいが繰り広げられていた。かたや暴れん坊やのところには誰も訪れず、来たとしてもからかい半分のメスのみ。暴れん坊やは喜んで迎えるがメスはこんな乳臭い小僧っ子のプロポーズには心惹かれないらしく(むしろ腹が立つらしく)、がつんと一発やって去っていく。 かくしてわが園のヤギ社会はオスに対して局地的な偏りができてしまい、あっちにはヤギがいるがこっちにはいない、という事件がたびたび発生したのであった。
2004.03.05
屋久島ヤギのオスヤギの『暴れん坊や』君は今でこそ堂々とした体格に大きな角を持つ大人なヤギだが、こんな彼にも当然幼少時代というものがあった。 来園当初の彼はまだ幼さが残り、体も小さく角もたけのこが顔を出したような感じ。目がくりくりと大きく贔屓目なしに『可愛い子』だった。人が大好きでなでなでと抱っこが好き。抱っこされていると人の腕の中で寝てしまうことも度々だった。なでられるとあまりの気持ちよさに目を細め、「いい気持ち」の喘ぎ声を出して喜ぶ。これは大きくなった今でも変わらない。彼はたちまち動物園の人気者になった。 うちの園は小さいくせにやたらと芸能人づいている。なんとこの暴れん坊や、某アイドル誌に、某超有名男性アイドルグループとともにグラビアの紙面を飾ったことがあるのだ。そのグループのひとりは彼のことがとてもお気に入りで撮影中ずっと彼を抱っこして、暴れん坊やはたいそう可愛がられていた。そしてその抱っこされた姿が紙面に掲載されたのだ(しかも見開き)。 撮影が終わった後、しばらくの間暴れん坊やからはそのアイドルがつけていた香水の香りが漂い続けた。移り香とはなんとも憎い奴だ(でも同性(笑))。 わたしはその雑誌を手にとれずとうとう買いそびれてしまったが、あの時買っておけば良かったっ!!といまだに悔やんでいる。そのうち古本屋に入り浸って必ず見つけてやるのだ。
2004.03.02
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