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同じノルマンディー上陸作戦映画は、タイトル絵も似ているなあ。。てか、「プライベート~」の方が、「史上~」に敬意を表して似せたのかな?
当時25歳だったシモーヌさん
「上陸は戦争の終わりではなかった。その後の冬が苦しかった。戦争はいつ終わるとも知れず、電気も無い生活を強いられた。」
会場の女子中学生より質問
「ドイツ軍が今でも憎いですか」
「忘れられない。許せない。だけど許し、忘れようと努めている」
「何故、60年もたって証言するのですか」
他の体験者より
「決して愉快なことではない。でも、本に書かれた歴史だけでは、本当の戦争はつたわらない。戦争中に味わった恐怖や希望の感情こそ残していく必要があると気づいたからですよ」
第2次世界大戦で欧州戦線の命運を分けた連合国軍のノルマンディー上陸から来月6日で60年が過ぎる。史上最大の上陸作戦といわれ、映画でも描かれたように連合国軍とナチス・ドイツ軍とが激しくぶつかり合ったイメージで広く知られる。だが、実際には多くの地元の民間人が巻き込まれ、その犠牲者が2万人に達した戦いであった。60周年を前に、市民の体験を掘り起こす試みが、地元で進んでいる。
ノルマンディー上陸の場合、様々な歴史書や物語が書かれ、映画「史上最大の作戦」でも描かれたものの、せんとうの陰で住民がどんな生活をしていたかの記録はほとんど無かった。集会に参加した戦争体験者も公で語るのはこの日が初めてだという。
英仏海峡に面するフランス北部ノルマンディー地方の港町ウイストレアムの集会所に千人近い市民が詰めかけた。戦争体験を語る「証言集会」に参加するためだった。
〔ノルマンディー地方での犠牲者等〕
【民間人】死者2万人【連合国軍】死者3万8千人【負傷者】15万7千人【行方不明者】1万9千人
〔ドイツ軍〕
【死者】6万人【負傷者】1万4千人【捕虜】21万人
(44年6月の上陸作戦から8月末の銭湯終結まで、カーン記念館調べ)
(朝日新聞より)
***ヨーロッパで戦争になって、真っ先に降参するのはオランダらしい。なぜなら、海より土地が低い為、水攻めにあったらいちころだから。反対に最後まで激しく戦うであろう国はスイス。中立国だが、その軍事力は世界最高?アメリカにも引けをとらないらしい。攻められたら、激しく応戦するに違いない。 わが国日本は。。?もし、戦争になったら、アメリカに守ってもらうのだろうか? 核は持たない。戦争は二度としない。しかし、攻められたら?
小泉首相の北訪問に注目している。4時から会見。拉致家族は帰って来るのか?→ ジェンキンスさんと娘さん以外は帰国
横田めぐみさんは、隣の学区の子だった。私もピアノ教室とか、教会とか(小学校時代通っていた)歩いて通う範疇だった。 めぐみさんは長く行方不明者とされて張り紙などが、通われてた小学校の門柱や、街中に貼られていた。
当時は北がさらったとは、県民の意識にもあまり無かったようだ。「ご両親が弟さんと、3人、小学校前に佇んでいたのが忘れられない。」と我が母がよく言っていた。
「プラトーン」が気になっている。johnny様が出ているからなのだが。(笑)当時3回この映画は見た。18年前くらいかな。別にチャーリー・シーンのファンではなかったけれど、
オリバー・ストーン監督が当時話題だったから。 もう一度見直してみようか。でも、当時のようには、楽しめない気がする。戦争映画からは、すっかり、遠ざかってしまった。親になったからだろうか。 めっぽう、涙もろくなったし。
おととい、テレビ東京で「テレビチャンピオンのカントリー家具女王」のあとに、「プライベート・ライアン」が放映されていた。旦那に、撮っておいてと言われたので、一応、ビデオには撮ってある。トム・ハンクスだし。話題作だし。でも、見ないだろうな。。私は。 又そのうち気が変わったら見ようっと。
戦争映画ネタのついでに「シンドラーのリスト」これも、原作も読んで、考えましたね。主人公の武器商人。ドイツ軍と、上手に付き合いながら、自分も営利をむさぼってる。しかし、一方で、付き合いが近いだけにナチスの迫害が目にあまり、多くの人を助け逃がす。最後には軍事産業で儲けた財産を失ってしまう。死ぬときは狭いアパートの一室でひっそり亡くなったようだが。。死後には救済した人たちが大勢花をたむけたとか。 決して、英雄では無かった普通の良識のひとであったろう。商売と、救済。。。 収容所のシーンはひどかったですね。人間を家畜のように、裸で並ばせたシーンが焼きついてます。戦争は人間の尊厳をゼロにする。色々、批判もあるけど、あそこまで克明に描写したことは賞賛します。