電波帝国

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Apr 29, 2005
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カテゴリ: カウンター
 こんな歴史の評価の仕方をする人をはじめて見ました。

  沙羅双樹-日常で気づいたこと
  http://plaza.rakuten.co.jp/kouzen/

 こちらの4/23あたりからのエントリを順にご覧頂きたい。
 この中でも特に目を引くのがこの部分だ。

> あれが侵略でなければ何というのでしょうか?歴史的評価はすでに確定的です。欧米列強とて旧植民地に反省と謝罪をしなくてはなりません。植民地から吸い上げた富でもって、今日の彼らの裕福な生活があるといってよいでしょう。何も日本だけが反省しなければならないわけではありません。
> 国家総動員法や治安維持法の被害者達が、現在の感覚でもってあれは残忍だったということはできませんか?大東亜共栄圏であれ国民を縛る法律であれ、当時としても妥当な政策とは言えません。あだ討ちは国内のみの問題であって、今私が述べているのは国際問題です。被害者の立場に立ってみれば、当時の法がどうのなどという論理は通用しません。当時の法や文化について研究する場合を除いて、当時の感覚で歴史を捉えることは実際面に対して目をつぶるということです。実際面に目をつぶり論じることは机上の空論になりかねません。

 もはや突っ込みどころの塊にしか見えないが、「法の遡逆性」、「法治の概念」といった突っ込みはもう既にコメント欄のほうでなされているのでスルー。私が突っ込みたいのは彼のいう「現在の感覚」という部分だ。


 また、この「現在の感覚」がより固定的な「現在の“日本人の平均的な”道徳観念」という意味であったとしても、そんなものを持ち出して人を斬ったつもりになられても困ってしまう。だって価値観からして違うんだから斬れて当たり前じゃんw

>『国家総動員法や治安維持法の被害者達』が、現在の感覚でもってあれは残忍だったということはできませんか?

 上の一文の『』で囲んだ部分を歴史的に歴史上の出来事、例えば「大塩平八郎の乱」「ロシア革命」なんかに入れ替えてみてもまったく問題ない。こんな馬鹿らしい罪で(しかも死んだ後で)断罪されたんじゃ英霊も浮かばれないだろう。


 歴史を学ぶ上で、その出来事から間違っていたと思われる点を探し出すのは必要なことであり、大切なことだ。大事なのはその間違いを裁く事ではなく、その間違いを2度と繰り返さないためにそこから学ぶことだろう。
 ましてや一国の存亡を賭けた先の大戦である。もっと多角的に評価できないものだろうか?





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Last updated  Apr 29, 2005 07:40:00 PM
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