ある後追いファンが語る河合奈保子さん

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2024.11.23
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カテゴリ: プログレ
エニワンズ・ドーター(Anyone's Daughter)というバンドをご存じの方が日本にどれくらいいるのかよくわかりませんが、とりあえず河合奈保子さんのファンより少ないことは間違いないところでしょう(笑)。Wikipediaドイツ語版の記事の量やYoutubeの再生回数などから推測するに、彼らの母国ドイツでも、知名度はそれほど高くなさそうです。ですが、ヘルマン・ヘッセの寓話を題材としたアルバム『ピクトルの変身(Piktors Verwandlungen)』は、彼らの代表作であるばかりでなく、私見ではプログレッシブ・ロックの「古典」の一つと言ってもよい名作です。

1981年にリリースされた『ピクトルの変身』は、アルバムタイトルと同名の曲のみを収録した作品で、演奏時間が40分弱という長大な楽曲です。彼らのデビュー作『アドニス(Adonis)』も、タイトル曲は20分を超える組曲でしたが、それを上回る大曲です。演奏時間が20分前後の曲は、イエスやピンク・フロイドなどでも少なくありませんが、アルバム1枚で1曲というのはプログレとしても異例といえます(とはいえジェスロ・タルの『ジェラルドの汚れなき世界』など他にも事例はありますが)。後にCDとして再発された際には、10分ほど短い「デモ版」がボーナストラックとして追加されています。

さて「エニワンズ・ドーター」というバンド名にも示される通り、彼らは西ドイツ(当時)出身ではありましたが、デビュー作『アドニス』、2作目の『エニワンズ・ドーター』までは、英語の歌詞を使っていました。3作目となる『ピクトルの変身』は、彼らにとって初めてのドイツ語による作品ということになります。といっても、この曲にはほとんどボーカルパートがなく、副題を持つインストパートの間にヘッセの寓話「ピクトルの変身」のナレーションが挿入されるというスタイルを取っています。ナレーション(Erzählung)は5つの部分に分かれており、インストパートを含めると全体で13のパートに分かれています。デビューアルバムに収録された「アドニス」はトータル演奏時間が約24分とはいえ、実質は異なる曲を組み合わせた「組曲」だったのに対し、「ピクトルの変身」の場合、物語に合わせて曲調を変えつつも切れ目なく演奏され、いわば「交響詩的ロック」とも表現すべき統一感を持った楽曲です。

アルバムのライナーノーツによると、本作が世に出るまでには長い前史があったようです。もともとは、あるパーティーの際にメンバーの一人が「ピクトルの変身」を朗読したテープを持参し、そのバックにキング・クリムゾンやプロコル・ハルム(プログレの先駆的バンドとも言われます)の曲を流してみたところ皆が気に入ったので、彼ら自身の曲を作る試みが始まったと言います。ちなみにギタリストのウーヴェ・カルパによると、彼らの音楽的ルーツはクラシック音楽のほか、ディープ・パープル、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、フォーカス(オランダのプログレ・バンド)、ジェネシス、マハヴィシュヌ・オーケストラ、リターン・トゥ・フォーエバー(アメリカのフュージョン・バンド)に​ イエス ​と、雑多ではありますが総じてプログレッシブ・ロックの影響が強いようです。なお、バンド名「エニワンズ・ドーター」はディープ・パープルのアルバム『ファイアボール』に収録された曲名から取られています。

「ピクトルの変身」がいつ頃から演奏されていたのか正確なところは不明ですが、少なくとも1977年頃から頻繁に演奏されていたようです。ただ、CDのボーナストラックと本編で演奏時間が異なるように、同じ曲でもメンバーによって徐々に手を加えながら「ジグソーパズルのように」形作られていったといいます。アルバムリリースにあたって最大の障害となったのは、おそらくヘッセのテキストを使用する権利を獲得する交渉で、著作権を持つ出版社ズーアカンプ(Suhrkamp Verlag)に当初は拒否され、交渉は難航したようです。最終的にヘッセに関わるイベントにバンドが招待され、そこでの演奏を聴いた出版ディレクターがテキストの使用に同意したということです(同時に、多額の費用を支払う必要もあったようですが…)。なお、朗読を担当したベーシストのハラルト・バーレトによると、曲の最後の部分には聴衆へのメッセージとして原作にはない詞が追加されています。

アルバム『ピクトルの変身』の特異な点はもう一つあり、何と収録された録音はライブ演奏によるものなのです。ですが、長大な構成だけでなく複雑なリズムや難技巧を要する「ピクトルの変身」ですが、アルバムに収録された録音ではまったく破綻なく演奏されており、予備知識なしに聴けば、これがライブであると気づく人はほとんどいないでしょう。特にキーボード担当のマティアス・ウルマーのテクニックが光り、バーレトによる朗読は抑揚をつけつつも淀みなく流れ、音楽と違和感なく融合しています。曲の最後、Aマイナーの長大なコードの途中から聴衆の歓声が入るとようやくライブであることがわかる、という趣になっています。ドラマーのコノ・コノピクによるとレコーディングはハイデンハイムのコンツェルトハウスでのライブで行われ、その演奏から「何一つ変更されていない」と言います。

原作であるヘルマン・ヘッセの「ピクトルの変身」は、作者自身が挿絵を描いており、Wikipedia日本語版には「1925年」と表記されていますが、これはおそらく出版年であり、執筆されたのは1922年、彼の代表作の一つである『シッダールタ』の数か月後に書かれたようです。私の手元にあるズーアカンプ版 "Piktors Verwandlungen" には挿絵と自筆の原文があわせて掲載されています。ドイツ語でわずか7ページほどの短編ですが、主人公であるピクトルの変身を描いた物語は「一体性を成り立たせる二極性(der Zweipoligkeit der Einheit)」という哲学的なテーマを含んでおり『シッダールタ』で表現された主題とも通底する寓話となっています。ヘッセはこれを「愛のおとぎ話(Ein Liebesmärchen)」と名付けたそうです。

本作はプログレ好きにはもちろん、ヘッセの文学に関心のある方にも聴いていただきたい一枚です。

<参考文献>

『アドニス』ライナーノーツ(Stefan Oswald)
Hermann Hesse "Piktors Verwandlungen"





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最終更新日  2024.11.23 00:34:29
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