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今日の朝、病院にいるおばさんからお母さんに電話があった。入院してるおばあちゃんの呼吸がおかしいとの事。とりあえずあたしとお父さんは仕事に。お母さんは病院に。「最悪な事態も考えといて。」と。午前中は、おばあちゃんの事が気になって、仕事できんかった。お昼の休憩の時にお母さんから電話があった。「おばあちゃんダメだったよ。」って。「わかったよ。」って電話を切った。全然実感わかなかった。すぐに帰ろうかと思ったけど、あたしが帰ったところで何したらいいかもわからんし、邪魔になるので、6時まで働いた。気をつかってくれたバイトのみんな、ありがとうね。とりあえず家に帰ったら、緊張の糸が切れたように泣けてきた。まだ死んだなんて信じれてなかったけど、めっちゃ泣いた。2年前に、おじいちゃんも亡くなった。おじいちゃんの時は、入院してるとかも知らなくて、お見舞いとかも全く行けず、急に「死んだ」と聞かされて、それこそ実感も何もなかった。お葬式でおじいちゃんの姿を見たら、本当に死んじゃったんだ、と泣いた。おじいちゃんは昔から無口なタイプの人で、こわいとかはなかったけど、あんまりしゃべってなかった。でも、本当はいつも、「遊びにこないかなぁ?」と思っててくれたらしい。今思えば、無口じゃなくて恥ずかしかったのかな。あたしも大きくなってからは、お正月以外は全然遊びに行ってなかった。もっともっと会いに行って、いろんな話したかったな。そして、去年12月、おばあちゃんが入院した。前に、のどに腫瘍みたいなのができて手術した事があって、それ以来、あんまり食べれんくなってて。また倒れるのがこわい、と思って余計に食べれんくて。だから、一緒に住んでるおばさんがいない日は、あたしやお母さんが行って、一緒にご飯食べてた。でも、倒れてしまった。前の日記にも書いたけど、入院してからのおばあちゃんは点滴だけだったから、みるみるうちに痩せてしまって、見ただけで泣けてしまうくらいだった。しゃべる事もできないし、寝たままのおばあちゃん。でも、ちゃんとあたしのこととかわかってくれた。余計悲しくてなけた。病院の担当医には、もって1週間だろうと言われた。でも、おばあちゃんは苦しみながらも頑張って、1ヶ月も生きた。1日置きに泊まりで看病したおばさんとお母さんは、いろんな場面を見て、大変だっただろう。最後の方は、安楽死を願ったくらい。それについて、ウチでは夫婦喧嘩もしたらしい。そのくらいお母さんも精神的につらかったんだろうなぁ。いとこの中で、1人だけ歳が離れていたあたし。そんなあたしと遊んでくれたのはいつもおばあちゃんだった。あたしが小学生の時、1人で留守番になっちゃうときは、電車で家まで来てくれて、毎回台所の掃除ばっかりしていたよね。すごく今でも記憶に残ってる。パチンコや競馬が大好きだったおばあちゃん。11月に遊びに行った時は、競馬新聞見て盛り上がったよね。毎週水曜日はトリビアの泉を見て、「へぇー」って何回も言ってたよね。もうあの優しい笑顔も見れない。笑い声も聞けない。もっともっといっぱい話したいことあったのに。これからもきっといっぱいあったのに。あたしは何にもできんくて後悔ばっかりだよ。いっぱいいっぱい伝えたい事あるけど、やっぱり「ありがとう」が1番伝えたい。
January 12, 2005
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