2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全3件 (3件中 1-3件目)
1
そういえば、この前、ふとビジョンがやってきたのでそれを書いておきます。たいしたことじゃないんだけど、何度も思い出すので、一応。ビジョンとはいっても、言葉とかじゃなくて、映像みたいなの。人は円の上を生きているんだな、と思いました。丸(輪)の上を、歩いたり走ったりして生きている。前に進んでいるつもりが、気づくとまた同じところに戻ってくる仕組み。はじまりもなく、終りもない。丸のこっち側も「いま」で、丸のあっち側も「いま」で永遠に「いま」というか、なんというか。うまく言えないんだけど、そう感じた。昔は、その円がらせん状になって、上に伸びていて成長していくと思っていたんだけどそうでもないんだな、と思った。1歳のときのわたしと、10歳のときのわたしと、20歳のときと、今のわたし。どれも成長してないんだな、ある意味。ずっと、わたしがあるだけ。やっぱり、うまく言えないわ。ともかく、そんな感じを感じました。+最近、妙に「自分がただ在る」感じが強くなりました。「ただ在る」感じが強くなると、それだけで揺らがなくて幸せを感じます。もうどうしても、こういうことを考えるのが好きなのはわたしの性質であって、どうにもならないなー。と認めちゃうと楽しい。ハピー ライフ
2011年03月07日
コメント(0)
阿部敏郎さんと、向禅師とのコラボ講演会に行ってきました。向さんは禅寺(臨済宗方広寺)のえらいお坊さんだけどかなり型破りだというので一度見てみたかったのです。まー、ほんと、型破りでかっこよかったぁ。わたし、型破りな人が大好きなのを思い出しました。昔、腎炎で大学病院に入院したときに主治医は、自分たちの研究のために検査、手術をすすめてきた。病名をはっきりさせたいためだけの手術。そんなのすごく嫌だったので、やりたくなくて悩んでいた。そんなときに、ちょちょっと呼び出してくれて「別に検査も投薬もしなくてもいいんじゃない?あ、でも、ここだけの話ね。そんなこと言ったら怒られちゃうから」って言ってくれたお医者さんがいて、その人に惚れ惚れしたものでしたわ。(そういえば、あのお医者さんも坊主だった…)「立場」の垣根を飛び越えて「人」として出会える人ってありがたいです。人としての気持ちをちゃんと汲み取ってくれる人。本来、人と人って、そうあるべきよね。だから、「えらい人」なんていないって最近思うのです。好きな人がいる、ってことなのです。脱線しましたが、向禅師もかっとんでた~。お坊さんなのに、葬式や戒名の無意味さとか話しちゃうしお布施をもらわないといけないからお経あげるけどさ…とか言ってがははと笑ってました。二人とも年齢を重ねて、目尻が下がって、とてもいい顔でした。いい掛け合いで、笑わせてくれました。やっぱり「笑う」ってさとりですね。笑わせてくれる人ってすごいよね。笑えるってすごいよね。今日のお話で印象に残ったこと。メモしておきまーす。・信頼すること(全体の流れを、いまここの場を、目の前の人を)・オープンにすること・気づくこと アウェアネス・心を込めること ハートフルそれがさとりへの道であり、禅である。わたし、全体の流れはとても信頼しているなぁ。だからいつも、お任せで、次はどんな流れがくるのかと楽しみにできる。もちろん、その中には苦しいこともくるんだけどそれも必要なんだって、あとからはわかるのです。そのときは苦しいけど。でもあとからわかるんだって、わかっていればちょっと楽よね。オープンにすることが、わたしはまだ苦手かな。自然体といわれることも多いのですが、まだかっこつけているところはやっぱりあると思います。自分への信頼がまだ揺らぐのかなぁ。ともかく、今日も楽しい講演会でした。禅、って興味あるー。苦行はいやだけどー。怠け者なので。しかし、向禅師もお坊さんなのにセクシーだったなぁ。あははわたし、ひょっとして坊主好きなのだろうか…
2011年03月06日
コメント(0)
久しぶりに書いてみようっと。ここのところ、平穏無事な毎日で心が動くような旅もなく、書きたい気持ちにならないのです。2011年のスタート時にわくわくした割には、もう2ヶ月が過ぎ「平穏だな~」(BGMは鳥のさえずり)という感じですが、これこそが幸せなのでしょうか。+ヒプノクラスも8回目が終わり、残り2回となりました。「もうヒプノなんてうんざりだぜー!」という気分になっていたのでまったくもって面倒だしやる気ないし、やめようか本当に迷ったのですがそれでもノコノコと出かけていってしまいました。どこか、なにか、期待してるのよねー。みんなもそんなにヒプノをやりたい風でもなかったのかカウンセリングメインで講座が進みました。ほ。わたしは、男性への怒りが自分の中に湧いて、体中にパンパンになっていたのでそれを聞いてもらいました。男性性と女性性について、みんなと考えてみて、空気が抜けたように怒りが消散して楽になりました。別に男性に怒りをもっていたのではなかったことがわかりました。権力とか暴力性に反応していたみたいです。もっと正直に書けば、それは、講座のO先生への反応なのですけどね。講座のマスターなので、そこに反応しちゃって、行きたくなくなっちゃってたんですけどね。言わなかったけど、先生、気づいたかな?たぶん、わたしも同じようなことをやりたいのじゃないかと思うのだ。でもできないし、そんな能力もないので、先生にからんでしまうというか…いろいろ投影しまくりです。お恥ずかしいので、いえませんでしたが。ま、気づいているだろうなー。+O先生のすすめていた、ダグラス・ハーディングの本を借りてきて読み始めました。『今ここに、死と不死を見る』というの。まだ半分だけど。感想ちょっと書くので、嫌な方読まないでくださいね。この本で、かなりトリップできるとか、目覚めちゃうとか言うことでドキドキしながらページをめくっていたのですが…すいません、全然トリップできませんよー!なんか、もう、それ、知ってたよ~。というか、同じことを言うにしても説明下手だよ~、と思った。顔がない、ってのは、わたしの感覚とはなんか違う。池田晶子の方が、とべるよー!! 「この世には自分の死がない」といった彼女はすごいと思った。あー、好き!+もう、どの本を読んでもあんまりびっくりしなくなってきちゃって新しいことはもうないのかなぁとか思っちゃっています。スピリチュアル倦怠期かしら。今は、本より、人の方が興味ありありです。そういう時期に入ったのかなー。
2011年03月03日
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

![]()