愛娘と4匹のネコ

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2018.10.24
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テーマ: 猫のいる生活
カテゴリ: カテゴリ未分類
2018年10月22日10時10分、最愛の愛猫くうぅちゃんが旅立ちました。

私と娘のいっちゃんと看取ることが出来ました。

この日がいつかはくる覚悟はしていたつもりでしたが、一番来てほしくないとずっと思っていました。
娘が産まれる前から一緒にいたくうぅちゃんでした。

子猫と思った保護し獣医さんに見て頂いたときは驚きました。
既に一歳超えていて栄養失調のため子猫と同じ大きさになっている
と言われました。

直ぐに保護してご飯をあげたらみるみる大人体系になってしまいましたが、やはり成長期に栄養を取れなかったためでしょうか、ずっと中猫の大きさのままでした。

よく子猫に間違えられました。
捨てられた過去のせいか、愛情を求めて私たち夫婦にとても甘えていました。
可愛くてお利口で、捨てられたくないと思っていたのでしょうか?、何故かいつも必死な姿のくうぅちゃんでした。

やがて娘が産まれました。
娘が産まれたときはやきもちを焼くのではと心配しましたが、そんなことは全くなく、妹を見守る優しいお姉ちゃんのように見守っていました。
また、手もかからなくて、私たちの空気も読む気の利く猫っぽくない猫でした。
猫なんだから猫らしく甘えていいのよと声をかけてなでなでしたけど、一歩下がって譲る猫でした。
もしかしたら赤ちゃんが産まれて捨てられたのかな?と思いました。
時々不安そうに私のそばに来て「うにゃん?」と聞いて来ましたが、「大丈夫よ」と頭なでると安心して娘に私を譲り、少しだけ離れた場所で見守るように見ていました。

娘が少し大きくなったら妹のように優しく遊んだり、一緒に寝っ転がっていたり、過去のブログを見たら沢山の思い出がつまっていました。

とても大きくて素晴らしい何ものにも代え難い15年間でした。
こんな日は訪れないことをずっと願っていました。

でも、その日は予告なしにきました。
前日少しおかしいな?と思ったら翌朝は呼吸も弱くて体温も低くなり、考えたくない光景が目の前にありました。
娘ははじめて学校に嘘をついて休みました。
どうしても看取りたい、小さな姉が旅立つ瞬間を見守りたいと。

一時も離れないで傍にいました。
そして10時10分、旅立ちました。

主人はこの日に限って出張、看取ることも出来ず悔しい思いで後ろ髪をひかれる思いで行きました。
仕事に向かうために家を出ようとしたとき、くうぅちゃんは力を振り絞り頭を起こしましたが崩れました。
私は主人を呼び止めもう一度頭と体を撫でました。
お互いに永遠の別れを惜しむように。
くうぅちゃんにとって我が家で一番大好きだったのは主人でした。

一晩一緒に過ごし、23日お別れの日がきました。
娘は学校に行く前にくうぅちゃんの亡骸を抱っこし泣きながら泣きながら別れを告げて学校へ行きました。

その後、火葬場に出かけるまでの残り7時間、沢山声を掛けました。
抱っこして、くうぅちゃんの重さ感覚をしっかり記憶に残したくて。
ふさふさの毛並みの感覚を掌に手の甲に残しながら。
出棺前に綺麗な箱に入ったくうぅちゃんを運び、庭や部屋のすべてをめぐり、そこの場所であった思い出をくうぅちゃんにはなしかけながら連れて行きました。
箱には沢山のお花を入れました。

泣きながら泣きながら。

いよいよ出棺の時間になり、箱のふたを開けたまま玄関に出て外に出て家の全景を見せました。
「生まれ変われることができたら絶対にこの家に帰ってきて」
と泣きながら言いました。

箱を閉めて車の助手席にくうぅちゃんを載せて一時間ちょっとの火葬場に向かいました。
何度か助手席に病院に行くと時、キャリーバックに入れて近くの病院へ連れて行ったことがありましたが、その時は ぎゃおんぎゃおん 鳴きました。
あんな近い場所でほんのチョコっとのドライブ(笑)
でも、この日はとても悲しい初めてのロングドライブになりました。

運転しながらくうぅちゃんの入った箱に声をかけながら、そして泣きながら泣きながら涙をふきながら向かいました。

とうとうお別れの時間になりました。
炉の前で最後のお別れの時間をもらえました。
主人に電話しました。
仕事で出られない状況でない事を祈りながら。
電話に出ました。
「これが最後のお別れだから音声大きくしてONにするからくうぅちゃんに声かけてあげて」
と伝えてら、主人は泣きながら沢山くうぅちゃんにお別れを言いました。

一番傍にいて送ってあげたいのに、遠くに行く羽目になって、そんなくうぅちゃんがもっともっと二度と会えない場所に行ってしまうなんて、ダメなパパでごめんな
って泣いて言いました。

沢山沢山二人でお別れを言いました。
虹色のカーネーション「感謝」お花を添えました。
しして炉に入ってしまったくうぅちゃん
もう触ることも抱っこすることも出来ない。

あの子は特別な子でした。
嫌だよ。
別れたくないよ。
もう会えないなんて絶対にいやだよ。

お骨になって家に帰ってきたくうぅちゃんを抱きしめ、泣いて泣いて泣いて
残像求めて、家中探し回り、名前を呼んでしまう私。

こっちゃんやミーちゃんのお別れもとても辛かったけどこんなに辛くて辛くて悲しくて。
泣いてる時間が長くて、寝ても泣きながら目が覚めてしまいます。

自分の気持ちをブログに書いたり沢山泣いて泣きまくった方が良いとネットに書いてあったので、くうぅちゃんの思い出も残したいから書きました。
もう、悲しくて苦しくて胸の奥が潰れてしまいそうなくらい痛くて。

考えてみればシグナルはありました。
何故か、いつも危なっかしい場所にたたずんでいます。
踏んでしまいそうな場所にわざわざいたり、階段の踏みそうな場所にいたり、その都度危ないとしかりました。
もしかしたら、自分を気にかけてほしかったのかなと?
老猫で少しボケが入ってしまった為か、本来の甘えの猫になっていたのかも。
なのに、気が付いてあげられなくて。

もっと優しくしてあげたらよかった。
もっと抱っこしてあげればよかった。
もっとそばにいてあげたら良かった。

もっと、もっと、もっと、もっと・・・・・・・
自分を責めて責めて責めて
くうぅちゃんに謝って謝って謝って・・・
許してほしくて苦しくて苦しくて。

壊れてしまいそうになる。
このまま立ち直れることが出来るの自信が無くて。

業をしょってまた生きていくのも辛くて。
飼い主失格でもうもうもう、自分が嫌で嫌で辛いです。

くうぅちゃんに謝りたい。
逢いたい。








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Last updated  2018.11.14 08:13:48
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