クラシック音楽リスナーの局(tsubone)

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December 25, 2005
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カテゴリ: B面的発見
グールドの話を先日書いたので,こんなお話をご紹介しましょう.

私の知人のIさんは,よくCDを聴きこなしていろいろ名盤を教えてくれます.ずいぶん前にそのIさんから,ヴァルハがチェンバロで演奏したバッハのゴールドベルク変奏曲がオーソドックスでいい感じなのだ,と紹介をいただきました.それを十分聴いた上で,グールドのを聴いてごらん,といわれて,実は私はグールドの演奏をCDで聴くにいたったわけです.

ところで,もうずいぶん前になりますが,その話を聞いてヴァルハやグールドのCDを買おうと思ってCD店に行った時,そのお目当てのCDがなくて,目に留まったのが,「ゴールドベルク変奏曲」弦楽三重奏曲版(PHCF-5317 あるいは C138 851A)でした.実はこれ,ヴァイオリン:ドミトリ・シトコヴェツキー,ヴィオラ:ジェラール・コセ,チェロ:ミッシャ・マイスキーという組み合わせで録音されており,編曲がヴァイオリンのシトコヴェツキーなんです.これはこれで面白いのでは,と思って買って聴いてみましたが,これが大当たり!3つのパートが思い思いに響き合って,さすがにそれぞれソロ活動もする実力派3人の非常に心地よいアンサンブルが聴こえてきます.バッハが最初からこの編成で作曲したといわれたら,信じてしまうくらいのものです.どの変奏も面白いと思いますが,特に第30変奏がお気に入りです.変奏曲の最後をかざるスケール感があります.この変奏はドイツ民謡とイタリアから伝わった俗謡の2つの旋律が各変奏にほぼ共通の低音進行の上にクォドリベートという唱法で組み立てられているのだそうですが,このスケール感はそんなところから来ているのでしょうか...

この三重奏版のCDは1985年に出ています.その後シトコヴェツキーは,新ヨーロッパ室内オーケストラと,今度は弦楽合奏版で1992年に録音しています(WPCS-10568).この弦楽合奏版も聴いていみましたが,今度はスケールが大きくなって,こんな編曲でも楽しめるんだ,との思いを持ちました.ただ個人的には三重奏の方が原曲のチェンバロやピアノでの演奏の味と弦楽アンサンブルの味がうまくブレンドして聴こえて,好きですね.

ところで興味深いのは,シトコヴェツキーが,この弦楽三重奏編曲の楽譜にわざわざ "Diese Transkription ist dem Andenken von Glenn Gould (1932-1982) gewidmet"(訳に誤りがなければ「この編曲をグレン・グールドの思い出に捧ぐ」でしょうか...)と記していることです.(ちなみにこの楽譜は銀座のヤマハに在庫していて購入できました,10年位前ですが.)

弦楽合奏版のCDのライナーノートによると,実は,シトコヴェツキーは旧ソ連の1954年バクーに生まれ,彼の父親はヴァイオリニストでオイストラフやロストロポービッチとお仲間,母親は第4回ショパンコンクールの1位受賞者なのだそうです.そのご両親は1955年にグールドがこのゴールドベルクを録音したレコードをラジオ放送で聴いて感銘を受け,57年にグールドがモスクワで演奏した際には,母のほうが国側関係者としてグールドのお世話をした由.そのように幼少のときからグールドの話を聴かされてきたのでしょう.もちろんグールドのレコードも何度も聴いたのでしょう.その後1983年に彼が「グールド・ヴァリエーションズ」という本を読み,その音楽的解釈に共感して楽譜を研究するにいたった,とあります.そうして編曲され,録音と楽譜が1985年に出版されたのが,その弦楽三重奏版であった,というわけです.グールドが世を去ったのが82年ですから,その3年後ですね.そのCDを私がたまたま見つけて,お目当てのヴァルハやグールドの演奏CDよりも先に聴いてしまった,という顛末でありました.

Goldberg-Variationen fuer Streichtrio
〔写真〕シトコヴェツキー編曲「ゴールドベルク変奏曲」弦楽三重奏版の楽譜のカバー表紙.右下はシトコヴェツキー氏から頂いた直筆サイン(2000年4月14日東京文化会館にて).





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Last updated  December 25, 2005 11:24:07 PM


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