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2025.07.03

だからこそ、昼に炭水化物を摂るなんて、ここ数年はご法度だった。 ——のはずだった。「冷たい唐揚げのったうどん、食べたい……」 11時47分。デスクで企画書を睨みつけていたとき、不意にその思いが脳内に落ちてきた。静かに、でも確実に、私の集中力を溶かし始める。しかも、普通のうどんじゃない。冷たい、冷やしうどん。そこに、冷たい唐揚げがのってるやつ。

あの、表面がパリパリになっていて、噛むとしっかりした衣の奥から、ちょっとスパイシーな鶏の肉汁がジュッとしみ出す唐揚げ。熱々じゃなくて、冷たい。ちょっと日陰に置かれたような温度。でもその「わびしさ」が、たまらなく魅力的だった。

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つるんとした冷たいうどんをすすると、唐揚げの油が、口の中で絶妙なアクセントになる。冷たいつゆが、それを引き締めて、七味や柚子胡椒をちょっと添えたら……もう、完璧。脳内にだし汁の香りがふわっと広がった気がして、私は膝をぎゅっと閉じた。「やばい……絶対ダメ……今週末は撮影あるのに……」だけど、「食べたい」の衝動は、もう止められなかった。午後の会議で「エイジングケアにおける幹細胞コスメの今後」なんてテーマを話しながら、頭の半分ではずっと、“唐揚げが乗った冷やしうどん”の妄想を続けていた。 ——ごぼう天じゃないのよ。なぜか鶏唐。 ——しかも揚げたてじゃなくて、冷たいやつ。 ——そう、それが逆に“沁みる”の。私の頭は完全に「糖質制限」と「美容」から脱線していた。これってもう一種の反動なのかもしれない。美意識とストイックさでギュウギュウに締めつけていた日常の中で、ふと緩んだ瞬間に顔を出す「本当の欲望」。そして、18時。私は会社を飛び出した。エレベーターのボタンを連打しながら、指先はすでにスマホで「冷やし唐揚げうどん渋谷」と検索していた。 ——あった。雑居ビルの2階。間借り営業のうどん屋。レビューにこう書いてあった。「唐揚げは冷たいけど、そこがうまい。うどんもコシが強めで◎」電車を乗り継いで向かうには、少し気合が必要だった。だけど、これはもう“食欲”じゃない。“回帰”だ。私は、頑張ってる自分に戻るために、わざと冷たい唐揚げを欲してるのかもしれない。お店は、意外とこじんまりしていた。古い木の看板。カウンターだけの店内。BGMはJ-WAVE。グレーのTシャツを着た若い店主が、穏やかに笑っていた。

「冷たい鶏からうどん、ひとつ」オーダーしてから5分ほど。やってきた丼には、氷の浮かぶ冷やしだしの中に、白く美しい讃岐風のうどん。そしてその上に、ややしっとりした鶏唐揚げが3個。見た目からして、完璧だった。まず、うどんをすする。冷たくて、コシがあり、しっかりと小麦の風味が生きている。そして次に、唐揚げをひとくち。冷たい。だけど、硬くない。

衣は油分を少し含んでいて、そこにだしがじんわり染みている。鶏肉はしっかり味がついていて、なぜか「疲れた日の夜」にちょうどいい。「……これだわ」思わず声が漏れた。キラキラした美容情報も、ラグジュアリーなシートマスクも、マイクロニードルもいいけど。だけど、心が本当に欲していたのは、この唐揚げだった。うどんをすすりながら、私は自分の肩からすっと力が抜けていくのを感じた。今日という1日が、ようやく終わった気がした。一滴残らず、つゆを飲み干した。

お会計のとき、店主が「冷たいの、大丈夫でした？」と聞いてきた。「むしろ最高でした。冷たいから、沁みました」私は素直にそう答えていた。心も胃袋も、満たされるってこういうことなんだと思った。帰り道。電車の窓に映る自分の顔を見て、ふと感じた。