《 季節の始まり 》


いらっしゃいますよね~ 
   重ねて申しますが、これはフィクションです ****



                  2006.02.20

<< 季節の始まり >>

偶然の出会いを3回もすれば、僕のために現れてくれた人だと思ってもいいかな・・・。


一ヶ月前・・・。
仕事が一段落して帰ろうとしていたとき、仕事仲間のスンフンから声をかけられた。
「悪いんだけどさ、この本を図書館に返しておいてくれないかな?
返却を催促されているんだけど、なかなか行けなくて。
俺まだ、仕事が残っていて、当分行けそうにないんだよ。
お前、もう今日は終わったんだろ?」

彼はステージのデザインをやってくれている。エキゾチックな雰囲気と優美な広がりを見せる演出は、他のアーティストからも定評がある。もう次回の僕の公演の企画に入ってくれている。
彼から手渡されたのは、建築の歴史みたいな本が3冊。普段は冗談ばっかり言っているが、けっこう勉強しているんだな・・・

「ああ、いいよ。通り道だから。
僕もちょっと探したい本があるし・・・」
本を預かって、いつものようにスクーターを出す。好きな歌を口ずさみながら風を切る。
こんなに明るい時間に帰るのは久しぶりだ。
気がつけば、強い日差しがなくなって、空が高くなっていた。僕が好きな秋が近づいている。
夏はメチャクチャ忙しかったからな・・・。
自分の時間の風が心地いい。

図書館の受付で、本を返却する。
「これからは返却日を守ってくださいね。その本を待っている方もいらっしゃるんですから・・・!」
受付の年配の女性。上目遣いにメガネの奥から睨むように言われた。
「あ・・・はい。すみません。」
スンフンのヤツ! 怒られることをわかっていて僕にふったな。彼のほっとしている顔が浮かぶ。

探したい本があって2Fへ行こうと階段を上がりかけたとき呼び止められた。
「ジンさん!」
すぐには自分だとは思わずに階段を上り始める。
「ジン・スンフンさん!」
フルネームで呼ばれ、自分を呼んでいることに気がついた。そうだった。彼の名前で本を返したところだった。
振り返ると、受付の女性が手招きしている。

今度は何だよ。受付に戻ると、数枚の紙切れをさし出した。
「本に挟んでありましたよ。あなたのでしょう? 
連絡先らしいので・・・お返しします。」
相変わらず、受付の女性はメガネの奥がキツイ。
隣で本の整理をしている女の子が笑いをこらえたような顔で僕を見ている。
キラキラした瞳が印象的だ。でも、何がおかしいんだよ。

「そうですか。ありがとうございます。」
紙切れを受け取り、何気なく開いて見ると、女性の名前と電話番号がずらりと並んでいた。
スンフン・・・いい加減にしろよ!
あわてて紙切れをポケットに押し込むと、そのまま図書館を後にした。
まるで僕がプレイボーイみたいじゃないか。
自慢じゃないが、女の子にモテたことはない。いつもフラれる役回りだ。



それから10日ほどが過ぎた頃、義兄が入院している病院に向かった。
「兄貴!具合はどう?」
どこから見ても病人には見えない。顔色もいい。
『ケガ』は病気じゃないか・・・。足のギプスも前回よりシンプルになっている。
「週末には退院できそうだよ。」
読んでいた新聞をたたみながら義兄が答えた。

「仕事はどうだ?忙しいみたいじゃないか。」
「まあまあかな。」
「日本語も勉強しているんだって?
学校に行っているのか?」
「姉貴のヤツ、ばらしたな。」
語学の得意な義兄の前では気恥ずかしい。

「一応学校には行ってるけど、最近は時間が合わなくなってきてね。
日本語って難しいね。それに発音がなかなかうまくいかなくてさ。」
「俺もそれは苦労したな。
営業でかっこよくキメたつもりでしゃべったのに、あとで日本の会社の女性に
『可愛い発音ですね』って言われたときはショックだったな~」
「兄貴でもそうだった?」

そう、今は発音が一番の壁だ。

二人で取り留めの無い話をしていると、ドアが開いてナースが入ってきた。
「キムさん、検温の時間ですよ。」
時計を見るとここを出る時間だ。これから仕事がある。
「じゃ兄貴、行くよ。仕事もあるから・・・。退院したら連絡して。」
部屋を出てエレベーターホールに向かう。
ホールには誰もいなかった。
運よく降りてきたエレベーターに間に合ったようだ。
エレベーターのドアが開くと女性がひとり乗っているだけだった。
「あ・・・」
二人で声を出す。

あまり物事にこだわらない・・・無頓着な僕でも、彼女の印象的な瞳を覚えていた。
彼女も僕に覚えがあったようだ。だが、気がついたくせにすぐに下を向いて知らん顔をしている。
図書館での件で僕を「プレイボーイ」だと思っているんだろう。

通りすがりの人間にいちいち説明する必要はないし、僕はそんなことは気にしない・・・普通は。
それなのに、言い訳が口をついて出てしまった。
「誤解してるみたいだけど、あのメモは僕のじゃないよ。
 友だちの本を返しに行っただけだから・・・。」
我ながら、情けない格好になった。両手をジーンズのポケットに入れたまま、今の言動を後悔して身動きができない。

急にクスクスと彼女が笑い出した。
ドアの上の下がっていく数字のランプを見上げていた僕は、思わず彼女を振り返った。
笑うとはじけるような明るい印象を受ける。
久しぶりに胸の奥を探られた気がした。
でも、彼女は何も答えずに微笑みだけを残して、2Fで降りていった。
返事を期待したわけじゃないけど・・・捕まえかけた蝶を逃した時のような気持ちだった。



今日は思いがけなく時間が空いた。
のんびりとCDショップに足を向ける。
新譜のコーナーを散策しているとき、また彼女と出くわした。
「あ!・・・君」
「あら!こんにちは!」
エレベーターの中での感覚を思い出す。おとなしそうな顔立ちなのに、笑うとはじけるような明るさがいきなり出てくる。不思議な子だ。
ちょうど昼時だったので昼食に誘ってみると、少し考えてからOKしてくれた。
結局入ったのはハンバーガーショップだったけど・・・それも絶対ワリカンと譲らなかった。

「さっき、誰のCDを買ったの?」
つい、彼女の瞳に見とれていたら話題がそれしか見つからなかった。
「日本に留学している友だちから教えてもらって・・・ね、
最近夢中になっているステキなアーティストがいるの!」
うれしそうに言ってくれる。
久しぶりに『ジェラシー』って気持ちを味わった。

「平日がお休みなの?」
と聞かれた。どうやら僕を知らないらしい。少し気持ちが落ち込む。
「ん~、休みは決まっていないんだ。会社のスケジュールで動いているから・・・。
仕事が空けば休み。空かなければ何ヶ月でも休みなし・・・」
「え~!?そんなのあるの? 労働基準法に違反してるじゃない。」
「君が怒ることじゃないだろう?・・・それとも僕のことが心配?」
「・・・会社の方針に抗議しているだけよ。」
視線をはずして言う。
「意外と素直じゃないな~」
「意外と自信過剰なのね~」
そう返してケラケラと笑っている。
化粧っけのない子供のようでいて、時々ドキッとするような大人びたまなざしを向ける。
彼女の表情を追う度に自分の鼓動を意識した。

蝶を探していたつもりが、どうやら僕の心の方が彼女に捕まったらしい。

ネットカフェに入った。入りがけに携帯電話に事務所からの電話が入る。
彼女を先に席にやって、入り口でスケジュール変更の連絡を確認する。
遅れて席に行くと、彼女がもうパソコンをいじっている。
「何を見てるの?」
「え?・・・秘密!」
笑って画面を隠す。その時、彼女の携帯電話が鳴った。
「ちょっとだけごめんね。待ってて!」
携帯電話を開きながら彼女が席を立つ。

どれどれ・・・。僕はいたずら心で今彼女が見ていたサイトを覗いてみる。
僕のマウスを持つ手が止まった。
「これは・・・」

彼女が見ていたのは『パク・ヨンハ』の情報サイト。
今、日本でブレイクしているって噂だ。
俳優のくせに、最近は歌手までやっている欲張りなやつらしい。
結構若い頃から芸能界にいる割にあまりヒット作はなかったが、少し前のドラマで急激に人気が出たようだ。
なぜか日本ではかなりCDも売れたって聞いている。
こいつのファンだったのか。

それにしても、この営業用の顔・・・やっぱりオフの時の顔と違って見えるのかな?
特に変えているつもりはないんだけどな・・・僕は。

彼女が僕に気づくのはいつだろう。

               終わり  ・・・のつもりが続く♪♪



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