MUSIC LAND -私の庭の花たち-

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「十三夜の面影」15








席に案内されて、割と可愛い子がついてくれたが、

かぐや姫が気になって、気もそぞろだ。

「どうぞ」と差し出されたグラスも

取り損ねて、落としてしまった。

ガシャンと割れる音が店に響き渡る。

「気にしないでもいいのよ。」

慰められると、もっと惨めになるんだよな。

一体かぐや姫はどこにいるんだ。

フロアレディがグラスの破片を片付けに行った隙に

立ち上がって、あたりを見渡すと、

奥の方で、かぐや姫のような声がする。

「本当にかぐや姫なんです。」

ムキになった声は確かに彼女だ。

すばやくそばの席に移動する。

「だったら証拠を見せろよ。」

こんなふうに酔っ払ってからむオヤジがいるんだよな。

「いいわ。月からは何でも見えるのよ。

あなたの隠してるものを当ててあげる。」

「そんなものないさ。

第一それじゃ証拠にはならないじゃないか。」

ふてぶてしく、ソファにのけぞりかえっている。

「それを持ってきてくれればいいのよ。

二重帳簿をね。税理士さんが、

脱税の指南なんてしてもいいのかしら。」

彼女が皮肉めいた口調で、彼を横目で見ながら言うと、

「何を言ってるんだ。失礼なやつだな。」

彼女に手を振り上げたが、思いとどまって下ろした。

「あなたにだって、まだ理性は残ってるじゃない。

今のうちなら引き返すことも出来るのよ。

人間は過ちを犯すものだけど、悔いてやり直せるのだから。」

彼の目をじっと見て、言い聞かせている。

吸い込まれるように彼も彼女の目をみつめていた。

「やり直せるものなら、やり直したいさ。

でも、もう遅いんだ。監査が入れば、ばれてしまう。」

飼い主に怒られた子犬のようにうなだれている彼。

「今なら大丈夫よ。早く帰ってやり直しなさい。」

まるでマリアのように静かに温かく語りかける。

彼は導かれるように立ち上がり、

「やり直しはきくんだね。」と念を押し、帰っていった。

僕は自分に言われてるような気がした。

今までの過ちも許されるのだろうか。

「僕もやり直せるかな。」

いつの間にか声になっていた。

「私と一緒にね。」

かぐや姫が、突然振り向いて言うのだ。

「独り言に答えるなよ。」

二人で顔を見合わせて、笑ってしまった。

続き



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