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MUSIC LAND -私の庭の花たち-
「メビウスの輪」11
出身高校のスクールカウンセラーに就職が決まった。
学校に行くと懐かしいけど、
もう学生ではないのだ。
教師でもなく、その間を取り持つような感じ。
年も近いし、悩みを打ち明けてくれるといいのだけど。
最初は友達みたいに話せるといいな。
なんて、ただの友達では意味がないよね。
相談室は、放課後、上級生の溜り場のようになっている。
部活に入ってなかったり、引退した子など、
部室のような居場所がないのだ。
休み時間もおしゃべりにやってくる。
それ自体はいいのだが、
本当に相談したい子が
なかなか話せないのでは?と心配してしまう。
目安箱のように、相談の手紙を入れる箱は
廊下に設置してあるのだが、
そこには、いつものおしゃべりの延長のようなメモばかり。
でも、今日は違った。
「○月○日 3時にお願いします。」というメモが
入っていた。
3時というと、まだ授業中。
用件は書いてなかったけど、
相談だと思い、待っていた。
3時ピッタリにノックの音。
「どうぞ」と言うと、
「すみません」とおずおずと入ってきたのは、
見慣れない顔で、下級生のようだ。
小柄で痩せている。
うつむいていたので最初顔が見えなかったが、
顔を上げると、細面で、黒目がちの目が印象的な
可愛い子だった。
呆然と立っているので、
「椅子にかけて」と促した。
言われて初めて椅子に気づいたみたいに
ハッと見回して、椅子を引き寄せた。
私とは少し距離を置きたいようだ。
まだ警戒されてるよね。
「今日はどうしたの?」
慎重に優しく言葉を選んだ。
「・・・」
しばらく沈黙が続く。
「言いたくなかったら、無理に言わなくてもいいよ。」
蚊の鳴くような声で、
「なんて言っていいか分からないんです・・・。」
彼女はやっと答えた。
「お名前は?」
「美羽です。」
「どういう字を書くの?」
「美しい羽です。」
「きれいな名前ね。」
やっと彼女と会話する言葉が見つかってホッとした途端、
「私は嫌いです。」
急に彼女は語気を荒くした。
「なんで?」
「フワフワと足が地に着かないみたいで・・・」
また小さい声に戻ってしまった。
このことと相談事は関係あるのだろうか。
「そう。落ちつかないんだ・・・。」
一応、彼女の気持ちを受け止めておく。
「でも、天使みたいに羽で空を飛べるといいよね。」
わざと能天気を装って言ってしまった。
美羽はキッと私を睨んだ。
いけないことを言ってしまったのだろうか。
ほとんど臨床経験のない私は
その目の底に何が隠されているか分からず不安になった。
「先生には分からないんです。」
目をそらし、横を向いてしまった。
「気に障ったらごめんなさい。
良かったら話してもらえると嬉しいんだけど。」
「言ってもどうせ理解できないよ。」
段々、言葉遣いが崩れてきた。
少し地が出てきたのか。
「言うだけ言ったら、すっきりするかもよ」
私もタメ口になってしまう。
「まあ、暇だから話してもいいけどさ」
入ってきたときの様子からは想像できない変化だ。
警戒心が取れてきたのかな。
「美羽さん」と話しかけると、
「その名前で呼ばないで!」
と強い口調で言う。
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「みーちゃん。
小さい頃から、そう呼ばれてたんだ。
羽という字が嫌いなだけなんだよ。」
さすがに照れくさそうに言う。
「みーちゃん」と呼ぶと、
「うん?」と初めて笑って私を見てくれた。
子供に帰ったような笑顔だ。
本当は素直で優しい子なのだろうな。
全身を覆っていた殻から、少し顔を出したようだ。
私よりは素直だよ・・・。
「うちに居ても、学校に居ても
ここに居ていいのかなと思うの。
そう思うと、フッと自分が抜け出て、
ここに居ないような気がするんだ。」
心細そうに言う美羽。
離人症
かな?
でも、すぐに判断しちゃいけないよね。
「そうなんだ。自分がここに居ないような感じがするの?」
「見えてるんだけど、なんか透明なバリアがあって、
私だけ別な空間に居るような気がするの。」
「幽体離脱みたいに上から見てると言う訳でもないのね。」
「上からじゃないけど、自分の体には居ないような感じ。」
「それはいつごろから?」
「いつって、よく覚えてないけど、
子供の頃から少しずつ増えてきたような気がする。」
「何か嫌なことや、ショックなことはあった?」
「うちは嫌なことだらけだよ」
言い捨てるように言う。
「何が嫌なの?」
「何もかもさ」
この学校はいわゆるお嬢さん学校だから、
経済的には困ってないはず。
私もそうだったけど、
だからといって幸せとは限らない。
でも、美羽の言い方は、
わざと悪ぶってるようにも聞こえる。
「嫌なことの一つだけでも言ってみてくれる?」
「そうだなあ。
帰っても誰も居ないところかな。」
「高校生でも?」
「小さい頃からだよ。」
「お母さんはお勤めなの?」
「死んだんだ。」
「ごめんなさい。」
「謝らなくてもいいけどね。
死んだかどうかだって怪しいものだし。」
「どういう意味?」
「死んだって父親は言うけど、
もしかしたら逃げられたのかもしれない。
ここに入学するときも、戸籍は見せてもらってないんだ。」
「それじゃあお父さんと二人暮らしなの?」
「このごろ、我が物顔に居座ってるやつはいるけど、
そんなの母親なんて認めないよ。
昼間はろくに居ないし、
夜だって父親が遅いと分かってれば、
自分も夜遊びしてるんだ。」
「そうなの。
お父さんを取られたような感じがしたの?」
「あんな父親なんてくれてやるけどさ。
母親の形見の洋服やアクセサリーを身に着けるのは許せない。」
「お母さんの物を取っておいたのね。
お父さんはお母さんを愛してたのじゃない?」
「だったらなんで、あんなやつに貸してやるのさ。」
「ふっきろうと思ってるんじゃないのかしら。
それともお母さんの面影を見てるとか?」
「全然似てないよ。
私には母親に似てきたな、と言うけどね・・・」
今までの勢いが無くなってきた。
「お母さんに似てきたみーちゃんを見てるのが辛くて、
わざと似てない女性にお母さんの形見を身につけさせ、
お母さんを忘れようとしてるんじゃない?」
「じゃあなんであんなことまで・・・」
心ここに在らずという感じで、
気持ちが遠くに行ってしまった。
何かを思い出してるようだ。
でも、しばらくするとまた戻ってきた。
「今、どうしたの?」
「また、なんかここに居ない感じがした。」
「何かを思い出してるようだったけど。」
「思い出そうとしたら、気分がボーっとしてきたんだ。」
「無理に思い出すことないわよ。」
「思い出したくないことなのかも・・・」
「思い出したくないなら、それでもいいのよ。」
「そうだよな。嫌なことばかりなのに、
これ以上嫌なことなんか思い出したくない。」
「嫌なことばかりなの?」
「いいことだって少しはあるかもしれないけど、
忘れてしまうほど少ないんだ。」
「少しでもあればいいじゃない。」
「でも、今日は人とたくさん話せて、
少しすっきりした。」
「いつもは話さないの?」
「うちでは話したくないし、
学校でも暗いとみんな近寄ってこないよ。」
「暗くなんかないじゃない。」
「こんなに話さないからね。」
「じゃあ、また話に来てね。」
「気が向いたらね。」
「待ってるからね。」
美羽は吹っ切れたように、
後ろ手を振ると、すたすたと歩き出した。
おどおどと入ってきた子とは別人のようだ。
少しは助けになったのかしら。
役に立てたのならいいけど。
でも、それは単に自己満足に過ぎないことを
後で思い知らされることになる。
続き
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