山口小夜の不思議遊戯

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2005年09月08日
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 さて、その豊は夕刻の牛馬を率いて里に下りる道々にあった。

 一匹の馬のちびが、すぐに道ばたの花などに興味をもつので、群れから遅れていた。別段急いでもいなかったので、追いたてようとは思わなかったが、いつしかそっちに気をとられて、豊は自分を呼ぶ声のあることにはしばらく気づかなかった。
 だが、里が見えることになると風向きが変わって、二人の斥候の呼ぶ声が、小さいけれどもはっきりと豊の耳に届いた。

 ──ゆたぁ、出てこんかぁ・・・・。

 何かあったのだろうか、いやあったに決まっとる──豊はひとしきり考えてみたが、思い当たるふしはなかった。
 村は最近とても平和で、豊がなにかの要員として呼び出されることはないはずだった。
 してみると、迷子か神隠しか・・・・やれやれと豊は肩をすくめ、馬をだく足にさせた。

 声が一段と近づいて大きくなった。
 思うまもなく前方の藪から斥候たちが弾丸のように飛び出してきた。


 綾一郎が豊の乗った馬に駆けよって、喘ぎながらまず言った。

 ──あぁ、ほれ、あの横浜から来たあまっちょだが。
 反応を返さない豊に、尚敦が続けて注釈をつけてやった。
 豊ははたと思いついて、口を開いた。
 ──はちに刺されただ? それだなら・・・・。
 ──しっこひっかけるだけな、いけんだが!
 綾一郎は豊の言葉をさえぎった。
 ──汗もかかれんで、身体が熱くなりよるだが!

 三人の間に、一瞬沈黙が流れた。
 ──だけ、早う行ってくれ! こいつらはわしらが牛舎に返しとくが!

 一秒後、豊は馬に声をかけた。


 ───

 小夜は何分かの間、みくまりに手を取られて木陰に寝かされていた。

 いまや小夜のたったひとつの望みは自分の目の上の痛みを消し去ることだった。頭にはそれしかなく、小夜には豊が近づいてくる物音は聞こえなかった。小夜の顔の半分は右目を中心にしていまや倍に腫れあがり、お岩さんも腰を抜かすくらいの有り様だった。
 小さな子供からしてみれば、なにも処置されずにいるにはもう限界に近かった。

 さて、どのくらいたったのだろうか。

 それは馬の背であるらしかった。小夜はくにゃくにゃと乗ったとたんに転げ落ちそうになったが、また誰かの手に支えられた。

 ──馬使いのおまいだ。任せたが。
 武人の声。
 豊が片手で小夜を支えながら、なんとかその後ろにとび乗った。
 それから小夜の身体の向きをかえようとしたときだった。
 怯えて手足をばたつかせた小夜のつま先が、その拍子に豊の片腹を強く蹴り上げた。さすがにあっと小夜がひるんだ瞬間、

 くすっ。

 だが、小夜の耳に聞こえてきたのは、豊の思わずといった具合に吹き出した音だった。こんなときに笑うなんて──

 「わたしは大丈夫なのかもしれない」

 にわかにそのことが腑に落ちた小夜は、恐慌と緊張が一気に解けて、馬上でわあわあ泣き出した。
 豊は眉ひとつ動かさずそんな小夜の頭の後ろに手をやって、傷ついていない側のおでこを自分の胸にもたせかけてやると、まるで悲しみにうちひしがれた妹をいたわる兄のような恰好で、診療所のある方向へと馬を走らせた。

 小夜は豊の衣を涙と鼻水でくちゃくちゃにして、しきりにしゃくりあげていたのだが、いつしか泣き疲れてこっくりこっくりし始めた。

 ある時、小夜は身じろぎし、薄目を開けた。
 すっかり腫れあがった右目はうまくものを捉えなかったが、一緒にいてくれているのは豊なのだろうということだけはわかっていた。
 そして小夜の耳は何か聞き慣れない、しかしなぜか懐かしいような響きを聞いていた。

 ──みけむかう、ながほのあきの、おんばたてたる
   たてばとうたりとうたり・・・・

 豊はかすかな声で癒しの御詞(みことば)を繰り返しているのだった。
 小夜はもはや、何をも思う気力がなかった。
 ただぼんやりと感じていた。

 顔に押し付けられて目の前に展開している、布目の不思議な模様を、
 夕焼けを反射する、無数の装身具の煌めきを、
 痛むひたいをときおりくすぐる、馬の長いたてがみの残す軌跡を。


 本日の日記---------------------------------------------------------
 温暖化が叫ばれるようになって久しい今日この頃、やっぱり原因のひとつには車の排気ガスなども挙げられるのではないでしょうか。
 20世紀に入るまでは、人間の乗り物といえば世界中どこでも、おおむね馬でした。(ところによってラクダもありえますが・・・)。それが今では、車の出力などに「馬力」が基準とされているという一部にのみ、その名残をとどめるだけとなってしまいました。
 話は変わりますが、今でもハチは怖いです。恐怖症、といっていいほど、おそろしく感じます。今時分、歩いているときにハチを見かけたりすると、道の反対側に渡って避けるなどの過剰反応はおろか、その場に立ち止まって動けなくなってしまうほど‘おとろし’いのです。

 明日は●小夜、豊を探す●です。タイムスリップして、どうか一緒に豊を探しにきてください。





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最終更新日  2005年09月08日 08時20分57秒
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