山口小夜の不思議遊戯

山口小夜の不思議遊戯

PR

バックナンバー

2025年11月
2025年10月
2025年09月

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2005年09月10日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 ひかえめに言っても、小夜は仰天していた。

 目前に豊を見たのはこれがはじめてのことではなかったが、月光に輝くその豪奢な立ち姿に、小夜は子供としての純粋な目をもすっかり奪われていた。

 夜半には涼しい季節にさしかかっていたが、豊は上半身を夜風にさらしていた。
 あらわにされた上腕には、僻邪(へきじゃ)のついた腕釧(わんせん)が、両手首には数多くの水晶細工の臂釧(ひせん)が、胸には双獣が連珠を咬む意匠の胸飾(きょうしょく)が下がっていた。
 耳朶には鳥取のいずこの泉から産出するという月光色の奇石がひっかけられていた。

 相生の呪方(まじないかた)は、先祖からひきついだ呪文の数々をすべて装身具に込めて肌身離さずにいるという。豊のそれは、もはやただの光り物としておさまりきってしまった現代人のアクセサリーには見いだすべくもない、はるか太古からもたらされるいまだ呪術的な力を持った装飾意匠の宝庫だった。

 誰が彼を過疎の少年と呼べるのだろうか。豊は国宝の曼荼羅に描かれる、三千世界の天部と寸分違わない宝飾品を身につけていた。

 目の前につきつけられた宝飾品の持つ力に、その生きた貴石をあまりに屈託のないようすで身につけこなす、高位の少年神が立ち現われたかのような光景に、小夜はそれまでのなにものかに対する些末な信心をすべて打ち砕かれていた。

 ───



 豊が自然と一致できることは、村の人々にも知られている事実で、わずらわしさから逃れるために、豊はだいたいにおいて自分の「気」を自然に溶け込ませていた。
 すなわち、目に見えていても、雰囲気が消える、ということだ。

 これは平家の落人伝説のあるこの村に伝わる秘術であって、追っ手をおそれた平家方の行者が体得した術が、そのままこの土地に残されたと考えてほぼ間違いない。
 たいへんに高度な体術であるが、だいたいの秘術にかけては、豊は兄たちが苦労しているのを尻目に、らくらくと聞き覚えてしまっていた。しかし彼はそのことを決して口外しなかった。言えば、呪師の継承は自分にまわってきてしまう。そんな面倒なことは御免こうむる。

 あきれたことに、豊はこの秘術中の秘術と呼びうるものを、全能の父親の目を封じ、幼い弟や妹たちの世話という面倒な仕事から離れ、家業を維持するためのいつ果てるとも知れない雑用から逃げ去るためだけに使ってはばからないのであった。

 だがいくらその術の用途が不純であれ、いずれにしても、よほどの探す意思のある人間でない限り、自然の中から豊を識別することはできないはずだった。
 ゆえに、ごく自然に豊は狐のしわざを思った。

 ──もし狐なら、尾っぽを水に浸けたのを見られた者かの。
 豊はこの夏のはじめに、一匹の子狐が小川を渡る際に、尻尾の先をちらとだけ水に浸したのを見てしまったことがあった。


 狐は尾が水に触れるのを、極度に忌むべきことと考えている。
 ふつう、狐は一生涯をその尾を水につけることなく過ごす。尾が水につくことは浄化を意味し、狐本来の持つ魔力が激減してしまうのだ。
 小川を渡るようなときは、狐は尻尾を高く上げて注意深く水滴から守る。だが、もちろんあの子狐のような粗忽者は、どこの世界にもいる。

 豊に言わせれば、自分のしくじりを彼に目撃されたその子狐が、ここのところちらちらとまわりをうろついて、豊がたいこうがなる(久松山)の磐倉に祀られる大狐神に告げ口はしないかと始終あとをつけて見張っているかのように思われたのだ。

 それにしても──と豊は小夜のひいでた額に視線を移した。

 豊はすっかりおかしくて仕方がなくなってしまった。

 ──や、でこさん。

 長い沈黙ののち、豊は小夜にそう言って、くっと笑いをこらえた。
 今度は小夜の方が驚いて豊を見上げた。再び彼らの間に沈黙が落ちた。

 ふたりのまわりには、さらに延々とつづく蛍の燐光が、果てしない大空を横切っていた。

 夏休みが終わった。


本日の日記---------------------------------------------------------
 夏休みが終わった──のですが、かねてお伝えしていたとおり、私は明日より夏休みをいただいて沖縄旅遊に行ってまいります。明日の朝10時、鳥取上空で「きゃー鳥取鳥取!」と無闇に騒いでいる者がいるとすれば、それが私です。

 それはさておき──今回の本文について、中四国地方にお住まいの方にお伺いしたいことがあるのです。
 ゆたが小夜に言ったくだり、「でこさん」という言葉が出てきますが、私はそれを聞きなしのとおり、「(お)でこさん」と呼んだと思ったのです。なんと言ってもハチに刺されておでこが腫れていましたし、小夜は小さいときからとても額が広いのです。
 ところが、この原稿をみくまりに読んでもらったところ、「でこさん」というのは、「でく(木偶)さん」が訛ったこの地方特有の言葉で、ゆたは「お人形さん」という意味で呼んだのではないかと言うのです。
 たしかに、豊が小夜のことを「狐かも」と思っていたと考えるならば、「よく化けられているよ」という意味で「木偶(人形)さん」と言ったということは、大いにありえることです。
「おでこが腫れてるよ」
「よく化けられてるよ」
 ゆたはどちらの意味で、小夜をからかったのでしょうか。今は知るよしもありません。この地方の方でお心あたりがあれば、どうか教えてください。

 さて、明日から四日間の更新は、我が親友が行います。私はいつもだいたい朝に更新するのですが、彼女はお仕事を持っているので、更新の時間がバラつくと思います。
 私事でいろいろとご迷惑をおかけいたしますが、どうかよろしくご通読お願い申し上げます。

 明日から第七章●学校が始まって●です。タイムスリップして、小夜の通う学校を見に来てください。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年09月10日 08時33分51秒
コメント(5) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


おっ!いいなぁ沖縄・・・  
もう少しで鳥取上空なのでしょうか?

じゃあ10時ごろに遠い青空を見上げてみますね。

気をつけて行ってらっしゃい!
(2005年09月10日 09時15分06秒)

Re:おっ!いいなぁ沖縄・・・(09/10)  
小夜子姉貴  さん
VIENTOさん
ありがとうございます!
私の書き方がいけなかったんです。明日出発なんです。でもすごく嬉しかった。私も今日、10時に鳥取の方向の空を見上げました。
明日もまた、見上げてくれますか──。
(2005年09月10日 11時41分15秒)

明日ですね・・・。  
情けないです。
よくよく見れば明日ですね。自爆してしまいました。ハハハ!

じゃあ改めて11日の10時に見上げます。
台風心配だけど通過すればキレイな青空になりそうですね。 (2005年09月10日 12時14分45秒)

でこ。。  
solya  さん
たしかに、人形のことを「でこ」っていうなぁ。。

でこ(人形)みたいに可愛く化けたねぇ。。
ちゅー意味の方がおもしろいやーな気がするなー。

「ありゃー、なんちゅー可愛い子だえ。
 でこさんみたいだがなー。」

なんてお世辞を大袈裟に語るおばさん、よーおるし・・・・。 (2005年09月11日 02時37分45秒)

Re:でこ。。(09/10)  
小夜子姉貴  さん
solyaさん
>でこ(人形)みたいに可愛く化けたねぇ。。
>ちゅー意味の方がおもしろいやーな気がするなー。
生きた鳥取弁の情報をおおきにありがとうございます。けど、それをsolyaさんのご指示のとおりに自分で書いてしまう勇気は、まだありません。うちはよう書けん。でも、人形をでこってほんとに言うだか。そう言いんさるか。勉強になるなぁ。
(2005年09月15日 09時42分17秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: