山口小夜の不思議遊戯

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2005年09月19日
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 その日の午後、みくまりは小夜の姿が見当たらないので、ひとりで釣りを楽しむことに決めた。

 秋の柔らかな陽を浴びて、のんびりと釣りをしながら、みくまりは“お小夜ちゃん”の名前を思っていた。

 なんだかおかしな名だ。

 名前に‘夜’という字が含まれている。
 ‘さ’は接頭語なので意味に含まれないとするならば、小夜というのは、ただの‘よる’という意味の名前になってしまう。

 みくまりは小夜が里の子にもはや完全に溶け込んでいることを、胸のうちで誰よりも喜んでいたのだが、小夜の名を呼ぶときにだけ、同じ里の子として一抹の違和感を覚えずにはいられなかった。

 それが他の子の仮名(かりな)に比べて、あまりにも戸籍の名前に準じた呼び名であったからかもしれない。
 小夜が仲間になってそうそうに、とりあえずから呼び始めた当たりさわりのない呼称。

 みくまりは、至極当然に自分が小夜の仮名をつけることを思い立ったが、言霊を信じるこの国の人間たるもの、命名行為というものは、名づけ親になるという誇らしさがともなうぶん、ある意味で非常に重い一件であった。



 たとえば、“たいこうがなる”は、単なるその地方での山の固有名詞ではなく、山への畏怖がこもった一種の「言霊」である。
 畏敬の念を込めたこの言葉を人々が口にするたびに、山の神を鎮め、それがひいては善い結界となり、その土地を守る。
 古くからある名は、それだけで呪詞(まじないことば)なのだ。

 ひるがえって、命名という行為において、その者に名前という呪詞を授けた者こそが、授けられた者よりも高位に立つ。
 その昔、久松山を‘たいこうがなる’と呼びならわした者のみが、この山の神を従えることができたのである。

 つまり、命名行為は所有を宣言することでもあるのだ。
 そして、名づけられた者に対する全責任を負うことにもなる。

 しかし、みくまりはこれまでの小夜を見てきて、自分は重責を負ってでも、それをすべきであると勇敢にも判断するに至った。

 相生の子たるもの、相生での仮名(かりな)を持つべきなのだ。
 ことにあのような、里の暮らしに途中から入ってきたというような、特異な子の場合はなおのこと。



 みくまりは注意深く小夜のまわりの徴(しるし)を読み取ることにした。


 ──みくまり。
 小夜が彼女に声をかけたのはその時だった。

 小夜は熱心に手をふって、離れた先のみくまりに合図を送って寄越した。 小夜はそのまままっすぐみくまりのもとにたどりつくと、とすんと彼女の横に腰をおろした。

 みくまりはというと、めずらしく黙って、小夜が手にしているわれもこうの小枝に目を落としていた。


 彼女は、自分がひどく重要なものを、今まさに見ていることを知っていた。
 それは“お小夜ちゃん”にまつわる、ひとつの答えをもたらすものだった。

 これこそが彼女の名だと、みくまりは確信した。この子の性質にぴったりとくる。

 そして、みくまりは野原の向こうに暮れ残った陽光を見つめながら、その名を呼んだ。

 ──ねね(紅の花)!



 本日の日記---------------------------------------------------------

 地鎮する名か・・・。
 私は現在は東京に住んでいるのですが、東京ってどうよ。
 江戸でしょや。

 江戸湾からの莫大な気をせきとめられるのが、江戸という地名なのです。

 私のすまいは中原街道と旧中原街道にも近いところですが、街道筋の土地の名前も変えてはいけません。街道筋の土地の名は、その道を通る旅人を守っているのだから。

 場所は特定しませんが、泪橋なども、絶対に変えてはいけない地名のひとつです。むかし、仕置き場(刑場)に連れて行かれる罪人たちが、今生の別れに涙した橋・・・泪橋とつけて、罪人たちの霊をなぐさめているのです。

 人さらいにさらわれた我が子の特徴をしたためた紙を、母たちが欄干に貼ったことから名づけられた、切ない名前の橋もあります。

 相生では、地名のことを‘うつくしことは’と呼びかえて特別に大切にしていました。

 今、私にとって最もうつくしい言葉は、‘鳥取’です。

 明日から第十章●雪山賛歌●です。
 初雪の晩にすると将来の伴侶の夢をみるというおまじないを、みくまりに教えてもらいましょう。
 帳面を持って、タイムスリップしてきなんせ。





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最終更新日  2005年09月19日 07時31分22秒
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