山口小夜の不思議遊戯

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2006年01月02日
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 《彼》が姿を見せると、樹木はおののき、大地は平伏し、それらに巣喰う魍魎どもが深々と頭を垂れた。
 《彼》はすべてを統べる王であった。はるか昔から──。

 《彼》は不機嫌に、血の凝りをちらと流し見る。そして、誰にともなく彼の《半身》の居所を問うた。
 そのとたん、沈黙が重くしこった。
 それに焦れて、《彼》はついに声を荒げた。

 ──どこだ!

 一瞬、森床が割れるようなその口調の凄まじさに、魍魎どもはこぞって指をさした。もの言わぬ骸と化した人間の方を。

 その者に無尽につけられた深い傷を見て、《彼》は知る。


 はたと考えて、思い出す。これは、《半身》を封じるための楔を代々その身に受け継いできた者たちの、最後のひとりであるはずだ──と。この少年をもって、呪縛の輪が完成するのだ。

 そうして、納得する。
 なぜ、《半身》がああもこの人間の血に惹かれたのかを。
 この一族の直系たちは、《彼》と同じ匂いのする体液を持っていたのだ。

 ──ナルホド、アイツハ、コレヲ、我ノカワリミニシヨウトシテイタノカ。

 《半身》ならば、自らの手によって瀕死の目に遭わせた人間に、己の生気を分け与えてやることなど造作もないはずであった。それを《彼》は嘲笑を込めて、《半身》がこの者に乗り換えたことを指して‘代わり身’と呼んだのだった。

 代わり身は、だが《半身》の生気をもらって治癒はするが、それはあくまで《半身》の霊力と共振しているだけなのだ。翻ってみれば、蘇生しても、《半身》の力が共振する範囲でしか生きられない・・・・ということであった。

 それを思って、《彼》は腹の底から唸った。《半身》の、身勝手な振舞いに激怒して。

 魍魎どもはひくりと身を竦めた。王の八つ当たりが我が身に降りかかることを恐れて。

 《彼》は、あらためて視線を巡らせ、蔓によって捕縛されている人間を、祠の闇を透かして凝視した。

 そして、そのままゆったりと近寄っていった。



 ざわめく森床に、うっすらと緑に透ける影が立っていた。
 それはなんのためらいもなく、豊の足元に忍び寄る。ゆったり、滑るような足取りで。

 人の影のようでもあり、だが明らかに人間のそれとは違う。
 ざわめく樹木が、草が、大地がうやうやしく敬意を払うように不意に沈黙する。

 豊は、ともすれば薄れそうになる視界でそれを見ていた。



 こちらに両腕を伸ばし、血を抜き取られて用済みとなった豊の骸(むくろ)を、今しも滝壷の上空からその手に絡めとろうとしていたはずの荒神が、蛹から抜け出したようにふわっと舞って、全裸のままその場に降り立った。
 性そのものは、はっきり男のそれである。あごを突き上げ、さらっとはらった地にすべり落ちるほどの滝なす髪の毛は、青銀であったはずが今や白銀そのものだ。そして、氷河のような瞳の鋭さ。

 あたりの時間が止まった。

 魂魄(こんぱく)だけを洞に残して、用済みとばかりにその身の骸をあわや滝壷に突き落とされそうになっていた豊も、意識を残したまま不自然な姿勢で止まっている。

 ──・・・・・だ・・・・・れ・・・・・?

 どこかで予想していた気がする。世にも妖しい、この神人の姿を。
 それが手をかかげ、天井に浮いていた目玉を指さした。そのとたん、透明なカゲロウに似た目に見えない羽ばたきの群れが、さぁぁぁぁっと荒神のうつせみのなかを突き抜け、

オオオオオオ──ッ・・・・・

 重苦しい叫びが響き、一瞬にして荒神は地上からかき消えた。真っ白な光になって溶ける寸前、目玉のそれぞれが荒神の体内に吸収されていった。

 しーん・・・・・・。
 なにか言わないと。

 もう自分は死んでいるのかもしれないが──。
 豊はさすがにぎくしゃくしながら、浮くように軽くたたずんでいる自分の体勢を整える。
 舌でぎこちなく血に染まった唇を舐めた。
 そして、何も思うまでもなく、塩の結晶のごとき純白の裸体を上から下まで見てしまう。

 ──あ・・・・あの、あなた、神さま、なんですか? 目玉はあなたが操っていたんですか?

 もっと気の利いた言葉が出ないのか、おれは。
 だが男神はふしぎな翡翠色の唇をふっとほころばす。流れ出るのは滝壷を這う、濃い霧に似た静かなことば。明らかに先ほどの暴君のものではないことば。

 ──きゃつは淫らな思いを、その胸の内におさめること適わぬ身なのよ。狙われたのさ、永遠に己がものになれと・・・・・おまえが。

 皙(しろ)い神は言って、わずかに目を伏せた。
 辺りに散らばる薄暗い発光体が、銀色の睫毛に影を落とす。

 ──あわれな。歴代の守宿たちは山の魑魅魍魎を生み出す‘種’として使われたのだ。山の神は多産であるからな。

 ちらっと、冴えた氷色の眼があたりの森を射抜いたようだった。全身金縛りにあっていながら、豊は声をしぼった。

 ──あんた・・・・・誰なんだ。荒神じゃ・・・・・ないな?







 ところで豊・・・・・あんたもナニモノなんだ。


 本日は正月二日ですね。
 皆さまいかがお過ごしでしょうか。
 きっと、箱根駅伝でも見て、ゆっくりなさっていらっしゃることでしょう。

 箱根駅伝といえば──私の実家は二区と九区の横浜は鶴見にありまして、父がそれこそ‘駅伝フリーク’だったこともあり、鶴見中継所には毎年必ず応援に行っていました。どこの大学を応援するというわけではないのですが・・・・青春万歳ってカンジで(笑)。

 それから規制が外された道路を通って、横浜に「福袋」を買いに行くのですよ。
 車でラジオの実況を聞きながら、駅伝の選手たちの背中を追っていくのです。ほんとに追うのです。見えてるんですよ、ずっと。まだ二区の前半だから、速かったなぁみんな。

 これが山口家の、正月二日の正しき過ごし方でありました。

 ちなみに毎年、かの者の教え子さんたちが駅伝を走ります。
 今年も朝もはよから起き出し、えらい応援するんだろうな。


【ち】霊・風・道

 さて、本日は本文が少なめですので、霊魂をさす最も古い言葉「ち」について申し述べさせていただきます。

 「みづち」「おろち」「いかづち」という言葉があります。  
 水霊「みづち」は水に関連する神霊(笑)、おろちは大蛇で八岐大蛇に代表されます。いかづちは雷で、いずれも「ち」は激しく勢いのある神霊の意を原点に持っています。

 また、「はやち」(早風)、「こち」(東風)というように、「ち」は風の意もあらわします。「あらし」の「し」、相生の大将、田中綾一郎の仮名である「すせりな」(すばしこいの意)の「す」などとも関連する語で、元来は空気の動きを示しますが、古代人にとっては、風は自然の息吹そのものと捉えられ、霊妙な力を持つものと意識されました。

 「地震、雷、火事、おやじ」といえば、最も怖ろしいものの例示としてよく使われる言葉です。地震や雷、火事はいずれも自然災害等の恐ろしさを端的に差している一方で、親父は父親の権威を示すものではなく、「おやぢ」とはもともとは嵐のごとき強い風を示すことばで、これも自然災害の恐怖をしめす言葉であったのです。

 「千早振」(ちはやぶる)といえば神にかかる枕詞です。霊力の盛んな、威勢の強い、凶暴な、という意がありますが、神威や霊力の意である「ち」に「疾(はや)し」の「はや」がついたものを、接尾語「ぶ」で動詞化した「ちはやぶ」の連体形の言葉が「ちはやぶる」の成り立ちです。

「ち」(霊威)の根源は‘血’

 血液が神秘的な霊力を持つと考えたり、生命そのものだとする観念は、古代社会にあっては世界中に普遍的に見られます。サクリファイス、すなわち犠牲のための動物を儀礼的に殺して神に供える行為も世界中に分布します。聖化された動物や人の血を神に捧げることにより、古代において、神と人とは直接的に交感したのでしょう。

 犠牲のことを「いけにえ」と日本語でいいますが、これは元来「生け贄」であって、生き物を生きたまま供えることを指しました。古代日本社会にあって、動物を殺して供えることは、習俗としてほとんどみられません。むしろ、出血は死を連想させることから、ケガレとして忌避されているからです。

 しかし、『播磨国風土記』(はりまのくにふどき)讃容(さよ)郡の地名起源神話の中に、鹿の腹を割き、その血の中に稲の種をまくと、一夜に苗となって、田に植えることができたとの伝承があります。すなわち、ち(血)は生命力そのものであったとの観念も強く残っています。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、火の神を生むことによって死んでしまった伊邪那美命(いざなみのみこと)を慕うあまりに、火の神を殺してしまいますが、その血液からたくさんの神々が誕生しています。
 また、死んだ穴牟遅神(なむちのかみ)は、母親のち(乳)を塗られると、蘇生したと伝えられています。人間の体液であるチ(血・乳)が、神秘的な霊力を持つと信じられていた証拠でもあります。
 唾も「唾吐き」(つはき)が約(つづ)まったもので、この「ツ」は「チ」の母音変化であり、根源は同じものと推測されます。

 古代人は「チ」(血・乳・唾)というものに霊的な働きを思惟しました。
 その結果、チに霊威の意味を確立させ、それが神名構成の場合には副要素として接尾させたのです。その結果、「チ」の言葉は、尊敬または讃美または畏怖の属性をともなった意味を表す用法に転じました。

 つまり、生命力や神秘的な力のはたらきとしての血(チ)があり、その後、霊威・霊的なはたらきとしての霊(チ)という言葉が成立しました。そして、さらに神名構成の一要素として、何某チというような神名が成立したのです。

 古代日本には、世界的に見られる、人や動物を屠る供犠の例はほとんど見られません。
 これは日本独特の文化とみてよいと思います。日本における犠牲は「生け贄」であり、出血を見ることなく、犠牲になるものを生きたまま土中あるいは水中にしずめたことは、世界の文化人類学的な見地から鑑みても、ある種特異な習俗であると言い切ることができます。

 この事実は、言葉を返せば、人が血の奉献をすることによって、出血の霊力により、あらたな呪縛や呪詛が成ってしまうことを意味しています。
 古代の日本人は、血に宿る力を知った上で、あえて出血を忌んだ‘生け贄’を奉献することにより、神に対して己の霊力を慎んだということもできるのです。

 つまり、神に捧げられるにあたって、己の霊力を慎まなかったヒトが相生村にいたわけですな。
 それが吉と出るか凶と出るか──。


 明日は●荒魂と和魂●です。
 この神サマ・・・・・味方なの?
 それとも──。
 あらたに豊を狙ってきたってわけじゃ・・・・・ないよね?!

 タイムスリップして、この新手の神の素性を、ぼくと一緒に確かめにきて。


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最終更新日  2006年01月02日 06時20分15秒
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Re:鳥取物語   
正月2日目で飲みすぎで酔っていませんか。
何処の酒が好きですか。
フランスのワインとか中国のお酒とか。
中国の正月は、いつでしょうか。
中国の人たちも今頃はすき焼きで飲み会をしているでしょうか。

物語りも意外な方向へ発展していますね。
宇宙を支配する神は、人々を必ず祝福されると思います。

寒い中駅伝の応援ご苦労さんでした。
(2006年01月02日 21時05分39秒)

Re:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第23節●骸●(01/02)  
bonbon さん
山の神は多産。。。そうかぁ・・・
ふぅ。やっと、息がつけそうです。
この厳かな神さまに明日も期待します! (2006年01月02日 21時18分24秒)

Re[1]:鳥取物語 (01/02)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん

今年は1月29日が新正月で、くだんの母方の祖父の十三回忌でもあります。

我が家ではなぜか新正月も祝いますが、おそらくは
亡き祖父も一緒にそうとうなお祭り騒ぎになると予想されます(笑)。

私・・・敦煌にいたころ、白酒(度数は30度前後)をお猪口に13杯飲んで喝采されたことあります。
実話なのですが──どうしてそんな大それたことをやりおおせたのか、いまだに小夜子の七不思議です。水が酒に変わったという話はよく聞くけど、酒が水に変わった?!

お酒は本当はワインとチーズが好きです──なんて言ってみたいな。もう大人だもの。

明日も絶叫系で駅伝を応援します!

ゆうじろうさんは『鳥取物語』応援してね☆

追伸:solyaさんが「ガショォー!!!」と言っておりましたので、お伝えしておきます。

(2006年01月02日 21時38分00秒)

Re[1]:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第23節●骸●(01/02)  
小夜子姉貴  さん
bonbonさん

山の神さまは元来、女の神様だと言われていますが、女装をした男神であるという根強い伝承もあります。

こう考えると・・・・確かに「女でありたい男性」の「女性」に対する嫉妬というのも、かなり深いものがありそうです。

いずれにしても、常人には測り知れない世界ですな。

厳かな神さまVSいいかげんなオレさま──ということになるのかな~。

乞うご期待!


(2006年01月02日 21時45分49秒)

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