山口小夜の不思議遊戯

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2006年01月12日
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 流れ落ちる幾筋もの水が、向こう側にある景色を歪ませていて、何も見えないのと同じだ。誰かが悪戯して揺らしているのではないかと疑いたくなるくらい、屋敷中の雨戸やガラス戸が大合唱している。

 悪戯者の正体は──嵐か? ああ、おれの部屋のある東の対だけは倒壊しませんように。

 ──な、ナイアガラ・・・・・!

 意味不明の寝言を叫んで、豊は布団から飛び起きた。

 はじめに見えたのは、ドリフのコントのように円がひっくり返っていく光景──。

 ──って、なにしてんだ、おれ・・・・・・。

 ──おーいっ、ゆたぁ! おーいっ!
 両頬に軽い痛みを感じて本格的に目が覚めた。



 見慣れた格天井が見える。
 ああ、拝殿だなと思った。
 灯明の光がやけに眩しい。

 ──大丈夫か? もうどっこも痛くないか?

 (ええ? あれ? わしはいったい・・・・・・?)

 ──ぼーっとしとるな? やっぱキツかっただなぁ。
 ──アゲインスト・アニマルテスト(動物実験反対)。

 答えているつもりで、自分の発言のイミがわからない。

 ──はっ!

 ガバッ!
 布団がまくれあがると同時に、弟の両頬を手のひらで包み込んでいた円がぱっと退いた。そして、真新しい血のにじんだ包帯が巻かれた自分の左肘を、さりげなさを装って、サッとたもとにかくす。


 ──くっそぉぉぉ! なんだよあの‘儀式’は!
 豊は上半身だけ起こして叫ぶ。

 ──・・・・・・って、情緒もへったくれもない奴っちゃなー、おまえも!
 叫ぶ元気があるとわかると、早速にこにこし始める円。

 ──まど?! そこにいたんかい!


 身を乗り出し、全身で抱きついてくる円を、豊は抱きとめて背中に手をそえてやる。

 ──おかえり、ゆんゆん☆
 ──ただいま、円ちゃん。

 円はしばらく余韻にひたるように弟の首筋をくんくんしていたが、豊が予想していたとおり、次の瞬間にはガバアッと笑顔で言い募ってきた。

 ──ゆんゆん! おまえは気を失ってたから知らないんだがっ! 血の海のなかでぐったりしてるおまえのことを、しずさんがこんなしてぎゅーって抱きしめて、もう怖い目にはあわせないっ、ぼくが守ってあげるからっ! て!!

 ──血の海? ・・・・・・なら瑕は!?
 豊はいつものクセで、円の言葉のほとんどを以下省略して聞き、マトモな部分だけ拾い上げると、焦って着物のたもとをたくしあげる。そんな様子を見て、円はにこにこと笑って言った。

 ──聖痕のことか? あるに決まっとろうが。あるどころか、ゆた、おまえの‘もっていかれた’ものは、生気だ。‘血’を、ぜんぶ持っていかれたっちゃよ!
 ──その手があったか(怒)。

 円に言われて、豊は思わず右手で左肘の包帯を押さえた。その顔には大きく‘げ’と書いてある。

 肘の傷ならば儀式の前に自分でつけたものだと言い逃れようと思っていたが、‘もっていかれた’のが血であることが明るみにされたとなると、もはや言い訳が立たない。

 ──それからな、おまえの喉奥には、竜骨もあるだよ。

 円の言葉は、めずらしく聞き捨てならぬものだった。
 豊は思わず着物の襟を割って、自分の喉元に手をやってしまう。

 ──おまえ、なんでそれを・・・・・・。
 ──しずさんがな、
 また静かよ!
 ──おまえに‘人工呼吸’っちゃなんがしよったときに、見つけててん。

 じんこうこきゅう???
 あいつ・・・・・・治癒呪法よりもシュミを優先させたな。

 ──これでおまえもめでたく守宿多君だっちゃな。いやー、ゆた。おまえがあんな‘せくしい’だったなんて、わし知らなかったぞ。お正月に父上が買うてきた‘中村さんちのマックロード’に録っておけばえかった! んで、十年後くらいのおまえの結婚式にみんなで見るの!
 ──殺すぞ円!
 ──やれやれ、物騒な守宿多(すくのおおい)さんやなー。

 円はおちゃめに首をすくめてみせた。

 ──ゆんゆん、おまえはまだ目覚めてないだけさ! この世には性別も種族も超えた崇高な愛があるってことに。本当の愛の前には、性別も人種も年齢も、国籍も階級も土下座するのさ。

 いや。相手が山神だっていうなら、三度生まれ変わってもないわ。

 円よ。おまえには特別に大いなる秘密を教えてやろう・・・・・・守宿が身請けしてきた山神は、実のところふたつでひとつ。しかも、その片方は‘男性神’なのだ。

 ──問題ないだろ。
 ──大問題だッ!!

 枕を抱きしめ、この手の話を熱く語ろうとノッてくるこの円を誰か止めてくれ。

 恋愛云々を円に語らせると長くなりそうだから、豊は仕方なく、話題を変えてみる。

 ──あれ、そういえばすせりな(綾一郎の愛称)来とらんかった?
 そうだよ。あの別イミ破壊神は?

 豊の弱りきった視線からは、昨夜の綾一郎はもう人間の形をした超新星以外のなにものでもなくて、赤銅色の光の棘を四方の壁に突き刺していた。拝殿の建材の寿命が五年は縮んだと思う。

 ──ああ、すせりななら、おまえの失神姿見届けて家帰った。
 あっけらかん、と円が言った。
 ──すせりなも見てた!? うあー最悪。末代まで笑われそうだ・・・・・。

 ──わしも見てたぞ☆
 ──おまえはどーでもええっちゃ。

 ──ちなみに父上も、おまえが出立してからは、本殿に結界を引いてお籠もりになったままだっちゃ。事後のゆたに会うのが恥ずかしいのかなぁ! いやーん!
 嫌なら口にするなや。

 あふー・・・・・。あくびが出て、だがちゃんと目が覚めてきた。

 ──でもまあ一晩寝たら疲れも取れたみたいだし。ああ、すっきりした。

 とにかく起きよう。風呂に入ろう。歯も磨こう。
 そんなことを決定しているうちに、ふと、円の視線を感じる。

 ──ゆた・・・・・おまえってほんにで向きだけは前向き人間だっちゃな。
 ──おまえが言うなや。

 一蹴したあと──豊は息を呑んで動けなくなる。
 軽いことばかり言ってまわる円の悪戯な瞳が、この時ばかりはシリアスな鋭さを宿していた。なにか言いたげ・・・・・・というふうに。

 ──ゆんゆん。おまえが里におりてから、すでに半月は過ぎとるっちゃよ? 
 ──・・・・・・・・っ!

 だが、早く言えそれをっ! と円に掴みかかろうとしていた豊の、次の言葉は続かなかった。
 円の顔が目の前にあって、数万分の一の確率でした見ることのできないシビアな雰囲気を漂わせていたのだ。

 ──あとでしずさんに‘ありがとチュッ☆’やっといたほうがええで。おまえを滝洞からおろしてからこの方、もし、このまま目を覚まさんようなことがあっても、自分が一生面倒見るって言うてな。ずーっと誰にも触らせんで、しずさんがゆんゆんのこと育てとったっちゃ・・・・・口移しで蟲とかあげて。
 ──・・・・・・・・鳥???

 自分が滝洞から降ろされて後の一連の出来事が、なんとなく見えてきた・・・・・・。

 今後は不二屋敷の不文律に、
一、滝洞に赴く者は、多額の生命保険に入っておくこと。
 なる一文を足すようにと、父の小角さまに進言しようと思う──!

 豊がそれを心の底から決心したとき、

 ──みなさーん! お夜食だよぉー! みなさーん! ゆたさんはー! 起きたー?

 彼の耳朶を打ったもの。
 それはいつに変わらぬ、末妹の脳天気な呼び声だった。








 元気じゃねーか・・・・・。

 ゆんゆん。円ちゃんじゃないけど、皆さまにも謝っといた方がええでー。
 どれだけ心配してもらったか、わかってんのかい。

 ──さて。

 ‘ただいま帰りましたー’
 ‘まいりましたー’

 鳥取時代、このふたつのかけ声(?)が、不二屋敷からはしょっちゅう聞こえておりました。

 このことについて訊ねたことはないのですが、おそらくは一族の全員が各々の屋敷に帰るとき、または訪ねていくときに発声するらしく、それはそれは大きな声で名乗りあげるのです。

 私の仮住まいは、このお屋敷からほど近いところにありました。
 なので、一族の誰がいつ帰ってきて、誰がどこに出て行ったのか、ぜんぶ把握できるほどでした。

 私の両親などは、その丁寧な挨拶を子供たちまでが遵守していることに、しきりに感心していたものです。


 明日は●後朝●です。‘きぬぎぬ’と読みます。
 イミは・・・・・辞書を引いてくださいませ(笑)。
 ただし、内容は言葉の意味とは関係ないものとなっております。
 単純に事後の朝、という意味合いです。
 実は、明日の更新で最終話にする予定でした。
 最後はやはりしずさんにいろんな意味で「シメ」ていただこうと──(笑)。諸事情があって、その後にエピソード話をふたつつけますが、明日で事実上の「〆」となります。
 皆さま、この番外編を大いにご支持くださり、本当にありがとうございました。

 タイムスリップして、不二屋敷の中庭に集まりなんせ。

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最終更新日  2006年01月12日 05時43分58秒
コメント(10) | コメントを書く


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コンチ!!  
solya  さん
うーむ。
だいぶん前から読み返さんとストーリーについて行けなくなっとるなぁ・・・。
不可能に近いぐらい前からだわなぁ。。。

うーむ。
どーしたものか・・・・・。

まぁ、小夜姐の息づかいだけ感じに来るよ。
今のところ・・・それで御勘弁。 (2006年01月12日 12時31分37秒)

Re:コンチ!!(01/12)  
小夜子姉貴  さん
solyaさん

おかえりおかえりおかえり!
・・・というか、兄さんにはまだ大事業が待ち構えてるわけだけど──。でも、このあたりでsolya兄が復活するって、誰かに預言されてたよ☆

そーだよねー。
solya兄さんは毎回一日をかけて何度も何度も読み返してくれてたから。読み飛ばす、ということをしない人だから。そうとうな時間がかかるよね。

でもこれ、番外編だから。
ほんと、豊って誰のこと???
同じ名前の別人???ということになりかねない(笑)。

ちょうど来週月曜日から本編を再開します。
solya兄、ありがとうね。身体の方が気にかかります。
うちはいつでもここにおるけ。

今日はね、コメントの常連さんたち喜ぶぞ~!


(2006年01月12日 13時46分38秒)

Re:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第32節●生還●(01/12)  
愛、燦々と さん
わおおおおお!!!!
あこがれのsolyaさんだあ!!
いつも、小夜姉貴様との掛け合いに心打たれておりました。なんだか、同じコメント欄にいることが
嘘の様です☆おかえりなさいませー☆


豊!どれだけ心配したことか!
でも、よかったあ。人工呼吸でも何でも、
愛、満載(漫才?)なんだから。。いいのいいの。
と、つぶやいてしまいました。豊を気遣いながら
の円の明るさがたまりません。

番外編、もう三話だなんて。
名残惜しいですぅ。
本当に。。すかっり、物語と共に生活している私です。



(2006年01月12日 18時03分20秒)

Re[1]:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第32節●生還●(01/12)  
小夜子姉貴  さん
愛、燦々とさん

わはははは! 見たかsolya兄さん!

先日は豊が喋るとコメディになると申しましたが、もう一度的確なご指摘があり、どうやら兄弟のどの人が出てきてもコメディになるようです。
五人揃えば最強、と判じてくださいました。

この兄弟たちにあたたかいお言葉をいただき、ありがとうございました。

私などは書きながら・・・円ちゃん一発殴ってもよし!
なんて思ってました(←有罪)。


番外編、どうか最後までご愛顧いただきたく、お願い申し上げます。
応援いただき、今後とも全力投球する所存です。





(2006年01月12日 18時31分42秒)

Re:鳥取物語   
 誕生する時の試練が、一段落しましたか。
solyaさんも舞台に出演され華やかになりましたね。
もうすぐ陰暦の正月を向かえ万時が円満な暮れになりそうです。
宇宙の新しい時代が幕開けしそうです。
(2006年01月12日 19時56分01秒)

Re[1]:鳥取物語 (01/12)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん

おかげさまをもちまして、どうかしているところは変わりのないようです。

そうか! 今はちょうど暮れでもあるのですね。

本編の方の『鳥取物語』も、ちょうど1月29日に完結しそうな見通しです。陰暦のお正月に当たります。きりのよいことも、幸先の佳いことですね☆

陰暦も大切にする相生村でも、きっとお祝いがあるでしょう。

ゆうじろうさんにもsolyaさんにも、新しい年が素敵な出会いで始まるよう、祈っております。

そのなかに、私の姿もありますように──。



(2006年01月12日 20時11分00秒)

Re:鳥取物語   
世の中の人が、底知れない犯罪におびえても
相生村では、平和な日々が果てしなく続くでしょう。
ドアに鍵をしなくても、防犯カメラがなくても、
人々は、和気藹々と宴会を楽しみ、身寄りのない
老人もいつも友達に囲まれ猪も熊もいつも友達です。
その中で卑弥呼のように民を惑わすのが小夜子とか?
天照大神は、腹を立てて岩戸に隠れたそうです。
そういえば鳥取市の近くに岩戸という海岸がありますよ。
(2006年01月12日 21時44分30秒)

Re[1]:鳥取物語 (01/12)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん

卑弥呼の次世って‘台与’(とよ)という人だったんですよね・・・。これを知ったとき、「豊」(とよ)だな、なんて思ったものです。

山の神と同じで──女性の嫉妬というのはそらおそろしいものがあります。考えようによっては、「カワイイ」ものですが・・・。

岩戸! ああ、鳥取の海岸で泳ぎたいな。
(2006年01月12日 22時55分22秒)

有難うござる。  
solya  さん
愛、燦々とさん

ゆうじろうさん

歓迎コメントありがとです。
というか、愛、燦々とさん。テレるやん。。

小夜姐ワールドは人を魅力的に見せてくれるのさ。
これは、彼の人の魔術ですぞ。。
虜にされると、もー大変。

豊も鳩にされそーになっとるのですよ。
エライコッチャ!! (2006年01月13日 13時59分00秒)

Re:有難うござる。(01/12)  
小夜子姉貴  さん
solyaさん

にゃはぁ、兄さんモテモテじゃん☆
人徳人徳。

人徳といえば、安徳天皇って(←関係ない)、壇ノ浦から逃れて鳥取の隠れ里を都として生きたという伝説があったの、思い出しました。

鳩の話、面白い! もらったぁ!!
・・・ということで、明日、写メール掲載できると思います。鳩になったヒトの(笑)。

ご期待ください☆



(2006年01月13日 17時42分18秒)

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