がはは人生。じたばたしてもしょうがないっ。今日も笑っていきましょーーっ。

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dreamingmammy

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2007年03月21日
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カテゴリ: 軽度発達障害



 でも、大きな集団に指導者は1人。

1人の指導員が月に数回教室を訪れ、限られた時間内で全員を指導するのは限界があった。
指導者もお姉さんを主に指導しにきていたようなものだったから、娘にとってはほとんど存在感はないのに等しい。

娘には姉さんたちが主に教えてくれる。
あとは、目で盗め・・・という感じだろうか。
当然お姉さんたちは指導のプロじゃない。普通の中学生高校生である。しょせん子供が子供に教え合う世界。

 「これはここをああしてこうして、こうじゃなくて、こう・・・」

 不器用でただでさえコミュニュケーションの下手な娘にわかろうはずもない。
そのうち、お姉さんたちだって、根負けしてくる。

こりゃだめだ、もういいやと。

そうなのだ。そこまで、お姉さんたちも、娘につきあう責任もないだろう。彼女たちだって充分いそがしい。自分のことだけで精一杯の年頃なのだから。というわけで、娘は、なんとなく放っておかれるまま数年間を過ごしてきたわけだから、なかなか行動に統率がとれなかった。

 そんな不器用な娘が、バレエを始めてからぐーんと伸びた。その違いは?
バレエの先生が、立ち方、重心の取り方、バランス、動く、止まる、といった基本的な動作を、ひとつひとつ、手取り足取り、体を触りながらできるまで繰り返し教えてくれたからだと思う。

  ADHDの特徴のひとつに、衝動性とセルフコントロールの難しさがある。
 娘はバレエを通して、心地よい音楽に合わせて動きのセルフコントロールを学習したのではないかと思う。
 動きたくても止まる、動きを止めたくても動き続ける、早く動きたいけどゆっくり動くとか。自分の気持ちとある意味うらはらに体を動かしていくわけだから、すごく脳の訓練になったんじゃないかと思う。

 過去の発達検査で、娘は短期記憶や作業記憶の弱さを指摘されたことがあった。娘がバレエレッスンで頭を混乱させながら、1つ1つ新しいことを覚えていくたびに、彼女の頭の中にすんごい勢いで、脳のシナプスがうにょうにょうにょと、手を伸ばしている様子が見えるような気がした。
 娘には感覚を統合する力が弱いというか、手と足と一緒の動作が覚えられるまでに人の何倍も時間が必要だった。バレエは手と足の協応運動の訓練にもよさそうだ。


 娘がちゃんと立つことが出来ていなかったことである。

 娘は走るのも速いし、足も丈夫だし、ちゃんと立っていると思っていた。でも違った。
重心が悪い。姿勢が不安定でバランスが悪く、ふらついてしまう。しかも、振れ幅が普通に立っていられる人の振れ幅よりずっと大きい。
娘のような多動の子が動き回ってしまうのは、ひょっとすると、立っているときにときに、ふらふらと振れ幅が大きく、不安定で落ち着かないからなのかな。動き続けている方が、倒れる心配もなく安心なのかな?
これは、我が子を見て感じた私の勝手な想像だけど。


安定して立ち続けるということが、この娘にとってどんなに大変だったのか、はじめて思い知らされた。

 バトン教室では
 かつて、娘がちっとも話をきいてくれない。やる気がない、と言われたが、

 話の内容を長く記憶できなかったから、忘れちゃっただけだ。そして、

 話を聞いてもわからなかったから、学べなかったのだ。

 その学び方では、学びきれなかったから、できなかったのだ。

 やる気がないわけじゃない。

 本人だって、一緒にやりたかったのだ。

 怒られても、怒られても、懲りない奴と言われたが、

 懲りてないんじゃなくて、なんで怒られていたのかわからなかっただけだ。

 どこが、どうみんなと違ってて、それがどう悪くて、どう直せばいいのかが

 娘にはわからなかっただけなのだ。

 でも、贅沢は言えなかった。
 子供が子供に教えるサークルでは、お姉さんが娘と一緒に向き合ってくれるだけでもご苦労な事であったから。指導の仕方に口をはさむことはできなかった。

  バトンを長く続けていくための絶対条件は、いま私たち親子のすぐ目の前にある環境に娘がいかに適応できるか、にかかっていた。

 そのためにも、多動や衝動性を周囲が気にならなくなるまで改善すること。

 教室で覚えきれない事は家で反復練習して補い、遅れを取り戻す努力を続けること。

 あらゆる生活場面で人に迷惑をかけないこと。

 目立たない。勝手にしゃべらない。人の話をちゃんと聞く、といったソーシャルスキルを獲得するのが絶対条件である。

 それらの条件が、満たされたら参加を許される世界。
娘を潰すことなく、それを求め続けることは、できるのだろうか。それが、はたして娘にとってどういう意味をもつのだろう。私は、答えの出ない問いかけを自分の中で繰り返す。

 バレエを始めたことで、娘のがんばりが見えてきた。

 バレエが個的で感覚統合的な訓練だとしたならば、

 バトンは社会的協調性を鍛える訓練と位置づけられそうだ。

 バトンを通して、彼女に必要な支援も、見え始めてきた。

バレエとバトン、どっちも一長一短がある。けれど、当時の娘にとってはどちらも大切だったし、どちらも必要だった。どちらからも学べることがありそうだったからだ。













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最終更新日  2007年03月21日 23時19分06秒
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