2009年11月08日
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カテゴリ: スピリチュアル
自然界でも強者と弱者の関係はあります。

しかしながら、これらは種の保存と生命の存続から、最低限度とルールで自然界を維持しております。

では人間は?
万物に霊長との名目とオゴリからでしょうか。捕食ー被食関係、自然選択の頂点からの横暴は自然破壊に他種の破滅と滅亡、終いには種としては同属である人間同士の抗争ですから情けない。

そして過ちに気づいての行動も、自然保護・種の保存、戦争の無い世界を掲げております。
なんとも弱者からすれば、上から目線であり傲慢であります。

人間が自然から背を向けて作った「人間優先の世界」。
強者である「牙」は存在しなくとも、「知と武器」が人間の「牙」に相当します。


結果は、この現実です。

自然界の捕食-被食関係を人間同士で節度なくする横暴。
なにが「万物の霊長」でありましょうか。これでは「万物の愚長」でしかありません。
このようなありえない構図も人間社会だから、まかり通るとしても愚かでしょう。
実に不条理、極まりないです。

そう、節度がないのです。
人間には動物と違い、理性があると言うのに、おかしな話であります。
ならば人間は自分自身に暴走していると考えるべきかと。

強者の横暴も、弱者の中でも強者と弱者の構図をから起きる惨劇も、根本原因は同じなのです。
我々は、自分自身の「本能」が暴走しているのです。
そして、ほとんどの人間は気づいていないのであります。


ですが人間社会での本能となると生存以外にも多くあげられます。
よく言う「欲望」「差別」「優越感」などなど。

実に痛ましい、救われない社会が人間社会だとしても生きていかなければなりません。
まずは、なにごとにも「タフ」になり、そして・・・です。

我の考えでは、なにごとにも「節度」が「本能」を抑止するのではないかと。





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最終更新日  2009年11月08日 09時14分20秒
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