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八木哲郎

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2006/06/07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
さて、韓国旅行の話を書いてみよう。5月20日、旧友李愚伯氏の案内でソウルから約70キロ先の38度線をはさむ非武装地帯まで行ってみた。ほんの1時間半しかからなかった。

ソウルからピョンヤンまで通じる京義線の鉄橋が川をまたいでいおり、2002年に臨津江駅から1つ目のドラサン駅が非武装地域の中にできたが、いまはそこまでの運行はとめられている。歩行者が渡れる自由の橋というのがあったが、そこも中間で仕切られており、向こうにいけなくなっている。そこに北にいる親族を思う色とりどりの手紙や紙が貼られてあった。渡るに渡れない涙の橋である。
はるか向こうに北朝鮮の白い建物が望見された。
ここに来て、何と言うのだろうか、歩いても渡れるちいさな川の向こうがあの北朝鮮で、あまりにもそれはごくあたりまえの田舎の光景で、どうという感懐も湧かなかった程度のものであった。だが、たったこれだけの境界で歴史が真っ二つにわかれてしまったとは。
李氏はベルリンの壁は東西を分けていたにもかかわらず、年に1度や2度家族の往来が認められていたのとちがって、ここは民族の完全な断絶が60年続き、南北はまるで違った民族になってしまったのだとその残酷性を述べた。

小さな公園があり、そこはかつて激戦地であったらしく、米軍兵士の激戦を忍ばせる銅板画がはられたモニュメントなどさまざまな記念碑があった。
その中でも李氏が毎年おまいりしているというのが、日系2世の戦死者247名の名をきざんだ墓標である。朝鮮戦争に参加した2世部隊の生存者の会がロスアンゼルスにあり、彼らの募金でつくったものだのだという。
見ると、沖縄出身者らしい名が多い。朝鮮戦争で約5万人の米兵が戦死し、その墓地はプサンにあるが、2世部隊のモニュメントがここにあるのは、この地の激戦で死んだ友を悼んで、とくにこの地に記念碑を建てたのだという。






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Last updated  2006/06/07 09:29:36 PM


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