現代徒然草

現代徒然草

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

八木哲郎

八木哲郎

Calendar

Category

Comments

万魯建@ Re:小沢一郎の詭計(11/07) 小沢さんの考え方は本当に理解できなかっ…
つねさん@zukai @ 考えさせられました。 60年安保、70年安保は言葉として知っ…
古井戸@ 文学者は書を残す 小田実全仕事、をはじめとする膨大な小説…
inkyo@ 参院戦オオyぶれ 負けてもやめない
はたやん@ はじめまして はじめまして。 官位や席次を検索してい…
2007/01/21
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
資本主義の行き過ぎ 2

商品は製造が確かで、品質がよくて安定していることがいちばんである。消費者がそれを認めたときに製造者、商品に対して信頼感が生まれる。そして不良メーカー、劣等品が淘汰されていく。
たとえば食品の場合、量目が正確、衛生的、価格がリーズナブル、などのことが消費者の信頼を獲得する。私が食品メーカーのセールスをやっていたときは、食品業は中小企業や零細個人商店などが多く、味噌も醤油も砂糖も塩も油なども量り売りだった。乾物、お総菜は個人商店が売っていた。そういうときに大企業は規格品をつくって盛んに宣伝広告した。量目は正確ですよ、包装は衛生的ですよ、品質は抜群ですよ、値段も買いやすい単位になっています、と商標を売り込み、アイドル人形を作り、CMソングを流し、あの手この手のブランド作戦で消費者の意識づけを行った。こうして昭和30年代で中小零細個人企業はあらかた整理され、スーパーにブランド商品がずらりとならんで対面販売などはなくなった。
立派なブランド商品のみが残り、安心できるようになったのであれば、不二家のような問題は起こらないはずである。森永のような事件も雪印の事件もないはずだった。
ところがどっこい、この始末である。ブラン、ブランド、ブランドで、次第にメーカーは消費者の信頼性を日々獲得する努力から、ブランドの維持拡大のほうにのみ戦略が動いてしまったのである。こうして非ブランド商品を駆逐した後に、傲慢なブランド商品の堕落が起こった。
そうでなくても、一流といわれる会社や官庁の信頼性などはとっくに崩れてきている。大企業・官庁のエリート社員が痴漢をしたり、会社の金を横領したり、酔っ払い運転をしたり、手抜き商品を作ったり、払うべき保険金を払わなかったり、そんなことは日常茶飯事になった。
これはブランドのおごりである。
ブランド品だからとゆめゆめ信用してはならない時代になった。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007/01/21 03:59:34 PM


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: