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2008/04/06
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同じイスラム教でもイランとサウジアラビアは両極端というか、まったく異質な存在であることがわかってきた。シーア派とスンニ派のいがみ合いということの背後にはイラン(すなわちペルシア)とアラブのぶつかりあいというものがあるから複雑である。
同じ中東でもイランは議会制度、法による支配、経済の近代化、女性の解放度などはアラブ諸国より進んでいると多くの人が言っている。

さて、1960年にアメリカでケネディ政権ができると、対イラン政策が変わってきた。ケネディの特色は軍事援助を減らして、それよりも相当な金をつぎ込んでインフラを整備させ、経済発展、社会開発、政治改革をおしすすめ、アメリカの十八番である民主化をさせようとした。しかも上から強圧的に。
ケネディが引っ張り上げて、これをやったのがモサデグ政権の財務相をつとめた改革派のアミニであった。
アメリカが日本でやった改革でいちばん成功したのが、農地改革であった。これで日本の農民はいっぺんに豊かになった。これは戦勝国の強権だからできたと思う。ところが、アメリカが50年も支配したフィリピンでは、アメリカは地主制度には手をつけなかった。だからいまでもフィリピン人は貧乏である。
ケネディはイランで農地改革を徹底的にやろうとしたらしい。ところが、地主のかなりの多くが聖職者をかねており、この1点で反発に火をつけ、ケネディのやることはアメリカの陰謀、なにもかも悪いということになってしまった。軍事援助を減らされたシャーはアミニと対立し、内乱状態がおこり、ついにアミニは失脚、ケネディはアメリカで暗殺されてジョンソン政権に移行する。

ケネディ=アミニ時代が終わり、またシャーの専制的時代にもどったが、シャーは白色革命といわれる上からの改革を進める。シャーは農地改革が農民の支持を受けていたので、彼らを支持基盤にして農地改革をさらに進めて地主階級と対立する。シャーの改革は項目から見る限り、女性に参政権を与えたりして、決して悪いものに思われないが、権力闘争というものは外からうかがいしれないものである。ジョンソン政権はベトナム戦争のため、イランまで手が回らず、次のニクソン政権でやっとベトナムから解放される。この頃になるとイランの石油収入は膨大になり、ニクソン政権はシャーとサウジの政府を2本の柱として、冷戦に備えさせ、ジャブジャブ自分の金を使わせて兵器を買わせ、シャーは湾岸の憲兵とおだてられ、世界で三番目の軍事大国化を夢見る。石油収入で国家予算がものすごい黒字になったときの混乱というものは日本では想像できないが、管理能力がないとものすごいインフレになるらしい。こうしてシャーの政権基盤であった農民や労働者、中産階級も離れ、反シャー革命がおこり、ホメイニが出てくる。(つづく)





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Last updated  2008/04/06 06:23:22 AM


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