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2009/05/07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ナンデモ法律時代2

法律とか法令は、普通の常識では考えられないような悪事をなす人間の出現を未然に防ぐとか罰するとか、あるいは民事の世界で解決困難な係争の解決手段として設けられるとか、いずれも非日常性の世界での行為に対して作られたものである。だから、昔、東大教授で川島武宜という民法の大家が、「ある法学者の軌跡」という自著で、普通の人がまじめに暮らしているかぎり、人生において法律とか裁判とかは全く無縁で過ごすことができるし六法全書のお世話にならないで済む、法律などというものは本来ない方がいいと言っている。
つまり法律以前の社会常識で十分機能するわけだが、今はそれが機能しなくなって、何でも法律が基準になった。
現代は法治社会である、ということはわかっている。しかし、毎年おびただしい文系の人が法学部を出て、難しい六法全書を勉強し、難関の司法試験をパスした人は法曹の世界に入り、お役人一般も法律に準じて仕事し、彼らのよって立つところは法律である。彼らは法にかなっているかを基準に物事を考え、何かやろうとするとまず法律をつくる。法律に違反したら警察が取り締まるが、法律違反の疑いをかけられたら最後、裁判で最終的に無罪になったとしても、社会的な名誉は傷つけられ、社会的な地位から追放されるから、法律は郷原信郎氏が水戸黄門の印籠と同じだと言ったのは的を得ている。
こういうことはちょっと異常な世界ではないだろうか。

法律のそもそもの元は何なのか、ということを考えたことがある。中東のイスラム法みたいに、西洋の法律の元はキリスト教ではないかと思ったが、英米法は判例と慣習が積みあがったものだという。ヨーロッパ大陸のほうはローマ法典とかフランス法典とかだという。まるでむいてもむいても法律がでてくるタマネギの皮みたいだ。(つづく)





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Last updated  2009/05/07 10:47:39 AM


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