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八木哲郎

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つねさん@zukai @ 考えさせられました。 60年安保、70年安保は言葉として知っ…
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inkyo@ 参院戦オオyぶれ 負けてもやめない
はたやん@ はじめまして はじめまして。 官位や席次を検索してい…
2009/09/12
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カテゴリ: カテゴリ未分類
約50年続いた冷戦時代と云うものはどういうものだったろうか。占領および勢力圏を固定し、維持するための縄張り争いだったというのが後世の評価になるであろう。

米ソの熱戦が本当に起こるとしたら、ソ連邦が崩壊したときに、米国がロシア内に侵攻して共産党政府の転覆をはかることが一つの想定だったが、そんなことは起こらなかった。極めて「友好的に」米ロの共存が確認された。
ということは、誰も本気で先進国間で核を使った大規模な戦争を起こす気などはないのである。その証拠に、戦後1度だって宣戦布告を伴う戦争などはなかった。アメリカが起こした戦争もすべて議会の承認を経ずに連邦政府が起こした戦争だった。現在の国際秩序を乱すような野心的な小国が台頭してくることを大国や国際連合がつぶす戦争であった。

戦争と云うものは、国家対国家の利害が抜き差しならぬ状態になり、国民同士がカッカと頭にきて、やれやれという戦意が高まって起こる、またそのような状態に誘導されて起こった事例は歴史をひもどけばいくつもみられるが、実際にはそういう事態はめったにあるものではない。国境を接していたからといって常に起こるわけではない。

戦後50年の冷戦時代は、わが国は西側陣営に属し、米国の核の傘に入って防衛されてきた。つまり米国側の勢力圏内につなぎとめられてきた。資本主義国家であることからもそれが自然であると誰しもが疑わなかった。
日本の官僚は積極的にそれを希求し、米国の軍事力に依存して、そのための便宜、基地の貸与、思いやり予算などで2500億円前後の経費を投じてきた。
戦後すぐ朝鮮戦争が起こったとき、アメリカからダレス国務長官がきて日本の再軍備をさかんにたきつけたが、当時の吉田内閣は、戦争で痛めつけられた国民は到底再軍備などは嫌い、お金もないから再軍備などはできないといって断り続けた。しかし圧力には抗しきれずに、警察予備隊、保安隊などと名称でごまかしつつ、徐徐に自衛隊を育ててきた。米国とは安保条約を結んで、防衛を依頼し、自衛隊は米軍の補充部隊として位置づけされてきた。

さて、歴史の常識に照らすならば、敗戦国はできるだけ速やかに戦勝国の軍隊はひきあげてもらい、独立を確保するよう外交で努力し、戦勝国のほうも軍隊の駐留は経費がかかるから、できるだけ速やかに本国に引き揚げるのが普通であったが、冷戦という時代のために、米軍の駐留が正当化され、米軍の駐留に協力することが我が国の国益と考えられた。

しかし、冷戦構造の固定化がきわめて有利であると考える福田内閣の副総理であった金丸信は米軍に思いやり予算までつけ米軍の駐留の長期化をはかった。





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Last updated  2009/09/12 07:37:50 AM


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