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職人のIさんは、腕の立つ木工職人だ。大きな木工会社に勤め、確固たる地位に身を置いていた。 景気が右肩下がりになり、会社の主たる業務が婚礼家具の製造から、備え付け家具に移行した後も、その施工に名指しを受け、単身、遠方にも向かうほどの職人だった。 その腕前をうちでも存分に発揮して貰えればなぁ、あの腕があればなぁ・・・と思いつつ、早期希望退職で現役を退かれた後も、充分な給料を出せないだけにうちで、と切り出せずにいた。 ある時、ひょんなことからうちにお手伝いにおいでて頂ける事になり、大変喜んだのが、つい2年ばかり前の事だ。 しかし、Iさんは、最近、軽い脳血管障害を患い、仕事の上で、一寸一寸したことで支障が現れてきた。そして、何より、今、お願いしている一日6時間の就業が、かなり体に堪えているように見受けられるようになった。 明日から8月。丁度きりなので、今日は思い切って話をした。8月から一日3時間労働でお願いしたいと。体調を崩してしまってからでは遅い。一日3時間の中で出来る事をやってもらおう。余りに寄りかかって負担を掛けてはならない。まずは、体調を整えて、いや、この暑い間は、体力を温存して頂かなくてはならない。 夏が過ぎ、涼しくなる頃には、体調も仕事ぶりも復調の兆しが見えるだろう。そうしたら、時間を元通りにしよう。体が第一。何より、元気で過ごしてもらわなくては!
2010年07月30日
妹がメールで教えてくれて、大至急にスイッチON!今日のゲストはフル代表チームキャプテンの長谷部とエースキラー長友。観ない訳には行かない! 長谷部のメニューは、焼きしいたけ・レバニラ炒め・穴子のお鮨・あんこ餅。 長友のメニューは、なまこの酢の物・アボカド・肉じゃが・ジンギスカン。 長友は、アボカドが嫌いだと思ったなぁ~~~。何切れも出されているのに、一切れをやっと食べたような感じだったもの。 長谷部は、あんこ餅だと思った。穴子のお鮨は絶対に好きだと思った。たれが掛かったのが出されていたけど、塩で食べるのもおいしいとか、穴子について語る顔が、半端なく幸せそうだったもの。 で、結局、長友がジンギスカンで、陥落。臭いがいやなんだって。長谷部は勝利したけど、正解はレバニラ炒め。レバーは、お刺身ならどうって事ないけど、火が通ったあとのパサパサ感が、いやなんだって。賛成、賛成!火を通しすぎると余計そうだよね。でも、半生じゃぁダメだしね。 知られざる裏の顔が見られて、とても楽しかった。藤枝東高校 バンザイ!長友の中学時代のサッカー部の部室とかでみんなの前で歌ったりしているビデオが電波に乗ったらしい。あぁ~、観たかったなぁ~~~。残念!
2010年07月22日
去る18日(日) 予選トーナメントの抽選会がありました。って、「私」じゃなく、高校2年の息子が所属するサッカー部の出る大会。タイトルにあるように、第89回全国高校サッカー選手権大会 広島県予選。高校野球で言う、夏の甲子園大会のようなものです。 システムとしては、1)参加校を8等分した8組のトーナメントから上位2チームがベスト162)4チームずつ4個の2次リーグを組み、各リーグの上位2チームがベスト83)決勝トーナメント1回戦でベスト4が決定。2回戦でベスト2が決定。そして、決勝戦で全国大会進出校が決定 と言う具合です。 去年は予選トーナメントを勝ち抜き、2次リーグへ駒を進める事が出来ました。ただ、悲しかったのは、2年生が修学旅行から帰った翌日が2次リーグ初戦と言う状況。どこの学校も似たり寄ったりではあるのでしょうが、じっくりと準備をしておけば、勝利もあったかも・・・と言う対戦相手に、ほとんどぼこぼこ。悲しかったぁ~~。でも、それは言い訳。どんな状況でも、ベストな状況で戦うのが大事。 今年の緒戦の対戦相手は、呉青山高等学校。中高一貫の私立校らしい。去年は、武田高校に3-1で緒戦敗退だったらしい。 話は変わりますが、呉って、結構高校が多いような・・・・・。よく聞くのは進学校の呉三津田高校。他には呉高専とか、呉港高校とか、まぁ、ここ府中とは比にならない規模の街だからだろうけれど、結構教育熱が熱い街なのかも・・・・。 と言うわけで、大会は8月下旬から開催。9月10月11月と、3ヶ月を使って行われる。 戸手高校サッカー部~~~ 目指せベスト8!!!
2010年07月21日
備後運動公園でのアドバンスリーグの試合後、こないだまで私と兼用だった父さんの携帯に珍しく耕平のチームメートのけーすけからメールが。 ♪何かなぁ~~・・・ぅふ☆♪と胸弾ませて開けてみるとアド変。ふぅ~ん。なぁんだ。 若者達は、交際相手との何かしらキーワードをアドレスに組み込む傾向があると、極めて個人的に確信しているので、それとなく返信してみた。 「了解!だけど、何でアド変?彼女と別れた?」 「分かれてません。」 ・・・・・・、あ、そう。 「おっちゃんが、けーすけのプレー、大人になったな、って言ってたよ。」 「身も心も大人になりました。」 「身もぉ~~?そりゃぁ、聞き捨てならんな。」 他愛ないやり取りと、父さんが言っていたサッカーに関する意見を少々伝えて、メールを閉じる。私の新しい携帯から、登録要請も送ったが、こちらには返信がなかった。 アドバンスリーグは、広島廿日市高校と対戦。2-1で辛勝。何がどうしたのか、前半にPKを取られ、先取点を挙げられたが、前半終了直前に追いつき、後半で逆転した。 備後運動公園のスタンドは、なかなか環境が良好。爽やかな風が吹き過ぎて行く。芝生のピッチが、ナスカの地上絵状態に修繕されているのが痛々しかったが、まぁ、仕方ありません。ここでなければ、各学校のグランドの土の上での闘いですもの。ありがたいと思わなくちゃね。 来期、また、3部で再挑戦。耕平たちの在部中に2部に上がれると嬉しいですね。
2010年07月17日
皆さんの町では、大雨、いかがですか?ここ府中でも、あっちこっちで被害が発生しています。特に、幹線道路沿いの崖崩れが多いです。 ここは府中の街からR486を6km強西へ進んだ場所ですが、この辺りではR486は芦田川の谷あいを走っています。 目崎町から父石町へ入る道は、道幅も狭く、大きなトレーラー同士がすれ違う時など、かなりの緊迫感があります。それに、芦田川の対岸を走る「右岸線」が出来るまでは、切り立った崖から落石でもあると、すぐに通行止め。全く、市民の心配の素でした。 今回の大雨で、目崎から、うやまへ上がる道路の路肩が崩落し、4時間ほど、通行止めになりました。私は、丁度その時、町へ出る必要がなかったのでラッキーでしたが、旦那は配達のためしっかりと渋滞に引っかかってきました。以前なら、通行止めだと、全く別のルートを迂回しなくては街へは出られませんでしたが、今は、右岸線に迂回すれば大丈夫なのです。 梅雨は、風光明媚な「四季」の副産物ですから、辛抱して、その被害に甘んじなくてはならないのかしら・・・・・
2010年07月15日
早朝、僅かに開けた窓の隙間から、まるで、エアコンの音のようにザァザァと大きな音が。テレビを観ながら休める私のお布団は、W杯決勝を観ようと陣取った息子に奪われてしまい、私は息子の部屋の息子のお布団で目覚めた。 外はうつす様な大雨。先々週、午後6時半時点で雨が余りにひどく、急遽木工教室を延期したが、ひょっとして今日も?ラッキィ~~!!と思ったが、甘かった。 大雨洪水注意報で、ひょっとして休校?とにんまりしながら出て行った息子は、結局、番まで授業を受けて帰宅。 今日の教訓 人生そんなに甘くない!
2010年07月12日
息子の所属する戸手高校サッカー部では、遠征費などを支援するため物品販売を行っている。明日、あさってがその物品の受け渡し日。保護者会の副会長を受けている我が家は、明日の土曜日、物品の受け渡しのお手伝いをする事になっている。 そんな中、な、なんと、スポーツマンカレー20個と言う大量注文をくれた実家の母は、例年なら、お中元は先手を打つ人。受渡日が決まっているので、「早目にね~」と言ってはいたが、ぢっと我慢していた。ところが、そうこうする内、お中元が届き始めたので、居ても立っても居られない。私の顔を見る度、まだかぁ~、まだかぁ~と尋ね始めた。 あまり待たせるのも申し訳ないので、受渡日を明日に控えた今日、思い切って学校へ電話して、顧問の先生に尋ねると、「いいですよ~。じゃぁ、引取りに来て下さい。」 かくして、実家の分、我が家の分、そして、優しい同級生達の分、締めて10万円弱の物品を引き取り、その帰り道、早々に各家に配送したのであった。めでたし、めでたし。
2010年07月09日
トヨタは少々遅れをとってしまった。世界の本田が、アポなしの母校訪問を決行。出来そうでなかなか出来ないことだ。それぞれのスケジュールもあるだろうが、母校訪問の情報が耳に入ったのは、駒野選手と本田選手くらい。 この町を流れる出口川の川岸には、W杯前から、 「がんばれ本田 圭佑」の横断幕が掲げられていたと言う。町に出る度、立ち寄って見ようと思うものの、忘れてばかりで、結局、いまだに耳からの情報だけで、足を運んで現物を拝見してはいないのであるが、母校訪問のついでに!?ゆかりのこの町をお忍びで訪問して、美味しい○○焼きに舌鼓を打ってもらえればなぁ・・・・・・。
2010年07月06日
待ちに待ったNHKのど自慢予選会。番号は18番。歌う曲が十八番なだけに、って、おやじギャグかっ!? でも、結果は落選。楽しく歌えたんだけど、キーが取れなくて超ド音痴でした。250人の出場者の中で、一番音痴だった自信があります。 この次、近くに来たら、また、挑戦します。その時は、やっぱり、演歌がいいかなぁ。ポップス系は柄に合わないかな。こぶしコロコロの演歌にします。 父さんは、本当は小学校のサッカークラブの試合があったのでそちらに行きたかったんだけど、来ないって言った時、私がすねたのでこっちに来てくれました。 この頃、父さんが優しくなったと言う噂が広まっていてます。どうやら、男の更年期が影響しているのだろうと言う噂です。或いは、やっと女房の本質が理解できて、何言っても無理と悟ったからだとか。 更年期って、元々テンションの低い人は鬱系になり易く、父さんみたいにテンションが高い人は、「普通」になると言う。 ほんまかいなぁ~~~!?
2010年07月04日
会社の会計年度が変わり、心機一転、ご無沙汰していた管理ページを開くと、恐ろしいほどのトラックバック。出会い系を初め、風俗系の自由気ままなものばかり。トラックバックを一つつけたら幾らかの収入になるのでしょうか?としても、もう少し、世の為、人の為になるようなトラックバックを付けたら良いのに・・・・・。 あさって7月3日(土)は、庄原市民会館でNHKのど自慢の予選会。11時30分受付開始。ステージが始まるのが・・・・・・よく覚えていない。葉書を忘れたら歌わせてもらえないので、それだけは持参しなくてはと思っていますが・・・・・・。 歌手本人が歌っているCDか、カセットを持参しておかなくてはなりませんが、私は全く暢気で用意していませんでした。すると、興味なさそうにしていた父さんが「あれ、準備したんか?」。意外に優しいじゃあ~りませんか?。衣装の事と言い、知らん顔して結構気に掛けてくれています。他には何一つとりえのない父さんですが、そんなところにだまされた私です。
2010年07月01日
結局、一つ年下の彼とは決別した模様。すごくおとなしい子で、「愛されている実感」を感じられなかったんだそうな。どちらかと言うと刺激的なことを求めるようで・・・・・・。まぁ、私も若かりし頃には、そうだったのかな。今はもう年をとって、余計な?!刺激は要らないと思っているし、安定が一番だと思っているから、娘のあぶなっかさしさが怖い気さえする今日この頃。 社会体育でビーチバレーをやっているが、その仲間は殆どが社会人。しかも男性。娘は22時頃まである練習の後、彼らと一緒に、と言うか、送迎をしてもらっている関係で、どこかに行くと言う彼らに送って帰ってくれといいにくいからなのか、仲間のアパートへみんなで押しかけたりして、午前様で帰宅してくる。考えられないことである。連絡でも入れてならまだしも、何も言わずにそんな事なので、家族は心配するからとたしなめると、マジで反発するのだから、どうしようもない。 親元にいるこの時期でこれだから、4月から一人暮らしを始めたら一体どうなるんだろう?と思うけれど、逆に、目の届かないところでなら、自己責任でどうにでもやってくれと思ったりもする。目の届くところでこの状況は、親としてもだまっちゃぁいられないし。お前をこんな娘に育てた覚えはないよ!! これは子をもつ親なら一度は口にする言葉だけれど(って本当?)、まさに私の心情そのもの。小さい頃から親が仕事仕事で寂しかった反動かな・・・と考えてもみるが・・・・。 この子は、このまま不良に成り下がってしまうのか?そんな不安でいっぱい。はぅ・・・。
2008年03月16日
毎日、これでもかと言うほど、毎日、人の命が奪われる事件の報道が続く。 それは、明らかな殺意をもってなされたものであったり、誰でも構わぬ無差別殺人であったりするが、いずれにしろ、我侭勝手に扱われてはならない人の命が、いとも簡単に奪われてゆく。 そう、考えてみれば、例えば大きなビルを一人の手で倒すことは出来ないが、人の命なんてものは、理性を失い、体の大きさや力の強さが優ってさえいれば、或いは、凶器をもってすれば、本当に容易く壊してしまえるものなのかもしれない。いわゆる「儚い」ものなのかも知れない。 けれど、長い間人は、理性と言う偉大な心理作用によって、殺意を押し殺し続けてきたのだろう。一頃、敢えて言えば、テレビゲームなどのデジタル世代に入って以来「殺す」と言う言葉が極めて日常化したように思う。 「殺す」「死ぬ」。こういった言葉は、実際に起こったそれに対してさえも、かつては、それを口にすることがはばかられてきた言葉だったが、今日では、「日常語」である。そして、それを具現化する事件が、次々に起こっているのだ。 殺人事件が起きた時、或いはその犯人が特定された時の被害者の家族の思いは様々だ。 昨日、佐賀で起きた散弾銃乱射事件。犯人は、無二の親友と一人の水泳インストラクターの女性を射殺した。 犯人はその二人を撃つつもりだったのか否かはまだ解明されてはいないが、インストラクターの女性の父は、犯人に言いたいことは?と言う報道からの質問に対して、「娘は、大好きな子供たちを守って殺された。きっと良かったと思っているだろう。」と応えた。 多くの事件では、カメラを向けられた時、犯人に対する憎しみや怒りをあらわにする近親者が殆どだ。殺された者への愛情がそうさせることは言うまでもない。近親者の多くは、犯人への憎しみを言葉にすることで、殺された者への愛情を表そうとするのだ。 では、この父親は、娘を愛していなかったのだろうか。私は、決してそうは思わない。深く、深く愛していたはずだ。けれど、幾ら恨みや怒りをカメラに対して訴えたところで、娘は帰っては来ないことを、この父親は知っている。そして、天に召された娘が、この様子を見て、少しでも悲しまぬように、娘を思いやっているのだろう。 娘が、犯人に対しての怒りや恨みを語ることを、決して喜ばぬことをこの父親は知っているし、この父親は人を憎むことを良しとせぬ人間に娘を育てたのだと私は思うのである。 因縁と言う言葉がある。全てのことは、起こるべくして起こっている。かつての何かの結果として起こっているという考え方だ。病気になったり、怪我をしたり、事件に巻き込まれたりする時、いや、それほどたいしたことではなく、例えば、朝寝坊をして遅刻をしたり、仕事で失敗をして叱られたり。それらには、必ずそこに行き着く何かしらの「縁」があるのだと考える。その縁の元にあるのは、昨日の出来事であったり、何代も昔の先祖が作ったものであったりする。 因縁と言うものが存在すると考えれば、「どうして自分だけが・・・」とか、「何故こんなにひどいことが・・・」と、自分自身を苦しめる、答えの出ない疑問の森の中を歩き回る時間を過ごすことなく、そこから一歩、前に進めるのだと思う。 起きてしまった事は、テープを巻き戻すようになかったことには出来ない。それは判っているのだから、大切なのは、そこからどうするかだと思う。気持ちの切り替えは難しいことだけれど、人を恨み、世間を恨み、不満を募らせてばかりいたのでは、自分までが、殺人者となってしまいかねない。 人が人として凛と生きていくために、何をすればよいのか、どう考えればよいのか。答えはまだまだ出てはこないが、探し続けていかなくてはならない。
2007年12月17日
なんでしょうねぇ・・・。鼻の中に出来たデキモノがひどく痛いし、空を見上げれば朝からどんより。昼くらいから雨が降り始め、今、結構降っている状況。 仕事は忙しいし、息つく暇もない、と言いつつ、ここでこうしてブログ更新しているのは誰だ?まぁ、まぁ、 まぁ、雨の日は憂鬱なもの。お天気が良い日もまた来るだろうから、今日は我慢、我慢。 それにしても、ここに来て仕事が忙しい。工場長だったM氏が、風邪でダウン。金曜、月曜と連休。これがこたえた。火、水は叔父が来てくれるので良かったが、明日は如何なものか。電話でもしてみよう・・・・。 M氏、脳梗塞の病からの復帰で、一見元気そうには見えるが、休職中に奥様を亡くし、以前はしわのよった作業服なんて着てくる人ではなかったが、やはり女房がいないとなると、アイロンがけまでは出来ないようである。 私は、旦那の作業服の世話なんて全然焼かないので、ひょっとして、旦那のことをこんな風な目で見ている人もいるかも・・・とちょっと心配になる。それでも、アイロンがけはきつい・・・・。ゴメンね!で、済ませるようなことではないけれど、旦那、きっとこんな女房を持って、一生の不覚と思っているんだろうな・・・・・。反省。 反省と言えば、昨日は私の誕生日だったにも拘らず、ろくなことがなかった。 昼間、軽トラを借りて町に出て、工場の仕上場のシャッターの前にぎりぎりにつけて停めていた。夕方、仕事を終えてサッカーへ行こうとした旦那が、その軽トラのドアを開けて腕だけ突っ込んでキーを回し悲劇が起こった。なんと、悲しいかな、バックギアに入ったままになっていたのだ。事務所にいた私が聞いたのは、「ドン!!」と言う、ややこしく大きな音。それきり何の音も声もしない。不思議に思って事務所から出てみると、工場の奥の方から旦那が「誰なら!!ギアを入れっぱなしで車 停めたんは!!!」と、おらびながら(大きな声で言う)出て来た。「痛い、痛い。足を踏まれた。」とも・・・・・。 全ては私のせいだ。時々、ギアを入れっぱなしにしていることがある。この前も、実家から帰ろうとキーを回して前に飛び出した。何処にも当たらなかったけれど、あれは危ない。痴呆、いやいや、認知症の兆しが・・・・・。焦… 旦那の足は特に何もなかったようで、時間とともに痛みは消えたけど、軽トラがぶつかったシャッターは重症。上がりも下がりもしない。 12月に入って、リフトが壊れ、シャッターが壊れ・・・・。人間まで壊れないように注意注意。
2007年12月12日
普段言葉を荒げることのない、極めて穏やかな実家の母が怒り心頭に達して言った。「今日、灯油を買いに行ったらね、注いでくれた店員さん、満タンに入ったポリ缶を車に積んでくれるのかと思いきや、そのまま、そこを離れて行くのよ。で、積んで頂けない?と言ったら、「そこに書いてあるように、積み込みはしないことになっていますので。」って言うのよ。足腰の痛い者は、注ぎには来られないわね!って言っちゃった。」 確かに。どうなんだろう。灯油の値段が上がった。上がったら、店員さんの時間単価も上がって、買ったものを車に積み込むのに手を貸すことが出来なくなったのか。 母によると、以前行った時には、女の子がひどく大儀そう(億劫そう)に積んでくれたらしい。以前お店にいた年輩のおじさんなら、世間話の一つもしながら注ぎ、勿論積んで下さりもしたのだ。 灯油を積まなくて良ければ、時給が安くて済むのだろうか。逆に、積むと言うサービスで高い時給を求められるのだろうか。 自営業者である私は、被雇用者より雇用者の立場でものを言ってしまうが、もし私が被雇用者でも、きっと積んで差し上げると思うんだけどな。何トンもある鉄の塊ならどうにもならないけれどね。 仕事って何かな、と思う。仕事のやり方って、その人の生き方、ものの考え方が顕著に現れると思う。余計なことは出来るだけしないようにする人、しないではいられない人。どっちがどうとも言えないけれど、もし、雇うとしたら、後者がお得かな。でも、寄り道が多すぎて本線が脱線するようでは、それはそれで困りますよね・・・・。悩む。 だが、若者よ!アナタの存在意義は一体何処にあるのか、よく考えて深い人生を過ごして欲しい。
2007年12月06日
どうやら数ヶ月前からお付き合いをしている女の子がいるらしいのだが、私や夫の携帯電話でメールしていたりして、結構バレバレなのに、口が硬い。本人の口から、何か聞き出そうとするのだが、絶対に落ちない。 火曜日には挨拶運動で、学校の校門で生徒たちをお出迎えした。携帯の画像の女の子が自転車で登校してきたので、「おはよう!MINIMIちゃん!」と声を掛けた。その前だったか、後だったか、息子にも元気な挨拶を送った。 帰宅して「今日、MINAMIちゃん、見たよ。なかなか可愛い子だねぇ。」と言ったが、ノーリアクション、をい!!口が硬い。 ちょっと前には、娘は、元カレからどうのこうの文句をつけられたなどと、そんな事まで話すのに、息子と娘ではこうも違うのか!あまりの口の硬さに、逆に「遊びなの?」と心配してしまう。いやいや、彼はそんなヤツじゃない。男の子って、こんなに口が硬いの?
2007年11月29日
そもそも、経理の仕事に向いてないんだなぁ・・・・。台所のお財布さえ、きちんとできない人間だ。いい加減にやろうと思ってそうしてるんじゃなくて、きちんと仕方が判らないんだなぁ。 毎月、25日は支払日。症状は次第に悪化し、以前は、手元に届いた請求書を一覧に挙げて、振込みだとか、小切手だとか現金だとか、どうやって支払いをするのかをきちんと決めてその日を迎えたものだった。なのに、段々と慣れてきたのが悪いのか、他の仕事が多くなったのが悪いのか、請求書の一覧は当日の朝、慌てて作る始末。行方不明の請求書まで出てきて、集金に来た人に、「幾らでしたっけ?」なんて尋ねると言う次第。申し訳ないやら、情けないやら。もう、どうでもよくなってしまう。 何をするのにも時間が掛かる。それなりに几帳面にやっているから、出来た仕事はなかなかなもの(って自分で言うか?)だけど、とにかく、私が二人、いや三人くらいいれば丁度いい感じ。寄り道も多い。 机の上は何ということなく、うず高く積上げられ、間から結構重要な書類とかが出てくることもしばしば。現場の事務と、経理を同じ場所で同じ人間がやっているのが悪いのかな、と考えてみたりもするけれど、こんな小さな工場に二人も三人も事務員さんなんていないよね、普通。 気づくと間もなく12月。12月といえば年末調整。月々の試算表も、とうとう昨年度からは割愛と言う運び。あぁ~、もう、本当にやけを起こしちゃいそう。 やりたいことは山積み。 帆布を裁断するためのカッティングテーブルを作りたい。折角、カッティングマットを買い込んだのに、ちっとも実現しない。 あちこちに散らばっているオリジナル商品のパーツを、きちんと集めて整理整頓したい。 ルーターの治具の収納棚を作って、必要なものと不要なものをきっぱりと分け、誰でもさっと取り出せるように整えたい。 コンパクト集塵機を入れて、作業をする機械ごとに集塵を回し、大きな集塵を出来るだけ使わず、周囲にかける騒音の迷惑を軽くしたい。 桐のペーパー掛けで出る粉塵の処理は大きな問題。長年の吸引は、きっと健康に悪影響があると思う。だから、手作業をする作業台を集塵機能の付いたものにしたいけど、これから気温が低い時期は、ちょっと・・・・・なぁ。でも、背に腹は変えられないよ。 机の上を綺麗さっぱりと片付けたい。入ってくる注文書とか伝票とかの確固たる行き先がきちんと分別されてないのが大きな原因の一つだと思う。ファックスが入って来る。内容を見る。処理する必要があれば例えば材料の手配や現場への発注書を書いて、決まった伝票はさみにはさめばいいんだけど、これが投げっぱなしなんだな。処理が完全に終わらないと、はさむ気にならない。でも、完璧にやりきるだけ時間が取れない。現場から呼ばれたり、他の仕事を思い出したり。で、その思い出した仕事も、結局、途中でまた、他の仕事に移行してしまう。夕方になると、一体、今日は一日、何をしたのかな・・・・っていう気になる。 あれこれとしなきゃならないことがあると、何をしていても「今、これしてて良いのかな・・」って気になる。きっとあれが悪の根源だ。とにかく、良くても悪くても、やり始めたことは最後までやり通す。明日からの私は、これに徹しよう。さぁ~~~、生まれ変わっちゃうよ!
2007年11月26日
すごくややっこしいんだけど・・・フル代表の山本選手は極楽トンボの加藤にそっくりだと思う。 いかがでしょうか。 男子バレー。頑張っていますね。越川君、なかなか良いです。サーブが決まりますな。 ロシアとの試合で、カットが乱れて何とか繋いだボールがネット際へ上がって、ゴッツが打ったあのアタック。あれは会心でしたな。近年、あんなアタック、見た事がない。心底、スカッとしました。 山本選手は落ち着いていますね。さすがベテラン!宇佐美選手の現役継続のドラマも、良かった。
2007年11月24日
内部告発による食品偽装発覚が相次いでいる。 船場吉兆の取締役が、長年「地鶏」として販売する鶏肉を仕入れてきた業者に、嘘をついた、などと言ったそうだ。 仕事をしていれば恐らく誰でも一度や二度は経験があると思うのは、この業界(特定はしない)に何年か居れば、「常識」であると考えられることを、敢えて確認しないまま通り過ごし、後になって「をいをい!」ということに至ったなどということである。 私の仕事は木材を加工して箱などを作る仕事なので、材料の使用の詳細や、商品の構造などについて、施主と話し合う時、やはり木工に携わっている人の場合と、素人さんの場合とでは、話し始めの位置が全く違うのだ。 吉兆の件について言えば、納めた業者の言い分はパッケージにも「若鶏」とある。それはブロイラーを表す言葉であり、それを偽りと言われても困る、と言うもの。確かに、吉兆は「地鶏」と称した商品を売っていたが、若鶏を納めた業者にしてみれば、それが自分が納めたブロイラーの肉を加工して出来たものだと、どうして判断できよう。出入り業者は五万とあるはずだから、どこか他の業者が地鶏を入れているのだろうと判断しても不自然ではない。 気になるのは、吉兆の社長が言った、「ブロイラーの肉をあんな(高い)値段で卸していたのか?!」と言う言葉だ。卸していた方は、ただ、美味しい仕事として、その価格に疑問も抱かずに卸していたと言う事なのか? さらに、私だったら、自分が納めた肉がどのように加工され、どのような商品として消費者の手元に届くのかを知りたいと思うだろう。 例えば、箱の注文を貰った時、我が社では、まず、サイズの確認をする。内寸、外寸にそれぞれ意味がある。内寸は中に入れるもののサイズを基準に決める。外寸は、それを置く場所の寸法を基準に決める。さらに、材料仕様。いわゆる、上物、中、下などの材料程度や材料の厚みなどだ。それらをすり合わせた上で、初めて作る箱の詳細が決まる。 何をするにしても、自分の関わる仕事には誇りを持って臨みたいものだ。確かに、仕事の内容(仕入れ)に対して、売上が大きい仕事は「美味しい」ものだ。けれど、それに甘んじて誇りを失ってしまってはいけない。 人をとやかく言う前に、まず、自分の身が清廉潔白であること。完璧に貫くことは難しいとしても、少なくとも、そうあろうと勤めること。その上で、改めるべきは改めていくべきだと信じている。
2007年11月22日
この前の日曜日、希望する専門学校の入試を受けて気持ちが一段落したのか、晃子は少し風邪気味。 昨日、今日、ばぁちゃんが地元の老人会の旅行で不在のため留守で、火曜日お昼前の生協の受け取りを、学校を休んで晃子がやってくれればと言う目論みもあり、「きつけりゃ休め~~」と連呼してみたが、なんでも、月曜日、学年集会があり学年全体に遅刻、欠席が目立つと指摘され、クラスに帰って黒板に「無遅刻無欠席を誓います」と書いてしまった手前、休め無いわぁ~~、と言いながら出かけて行った。 帰ってきた晃子は極めて元気が無い。どうも、クラスの中で友達関係が思わしくないようだ。数日前、体育の授業の時の事を話してくれたが、友達が「・・・・」と思う気持ちも理解できるな、と言う実態が聞き取れた。 彼女は、セルフコントロールが出来なくなる時がある。気持ちの浮き沈みが激しいのだ。穏やかに言えば「喜怒哀楽が激しい」。お天気屋なのだ。その事に本人も充分気づいている。それでも、やはりセルフコントロールが利かなくなるとどうにもならないようだ。ま、それが性格と言うか、持ち前ってヤツかもしれないが。 でも、このことは彼女の今後の人生において大きな鍵を握る要素だ。ここを改善できるか、甘んじてしまうか。親としては、どうしてあげることが彼女を良い方に導くことになるのだろうかと、悩んではみるが、こちらも答えは出ない。
2007年11月14日
学区に「大日学園」と言う障害者施設がある。子供たちの通う小、中学校はこの学園との交流を通して、障害者とのふれあいを経験し、人間として成長する。大人は理屈で見下ろしてはダメだとか、差別的に捉えてはいけないと考える。子供たちはまっすぐに行動に納得がいかなければ「何故?」と尋ね、納得出来た段階で彼らと関わっていく。 11日は、この大日学園の学園祭だった。毎年、小中学校のPTA役員をはじめ、希望する子供たちがその露店などの運営にボランティアで参加する。娘にしても息子にしても、祖す言った活動に決して積極的でないのは親の教育の至らなさであろうと思われるが、黒字の出ない自営業を営む関係で、休日と言えばものづくりに注力してしまう現実が彼らにそれを強いたのかもしれない。 ところが、今年の学園祭は違っていた。前日になって息子の耕平が「明日学園祭にボランティアで行くよ。」と言う。聞けば、現生徒会役員と、選挙を控えた生徒会役員立候補者がお手伝いに行くことになっているのだという。ほぉ~~~。ある意味、びっくり。何でも、一緒にサッカー部をやっているR君からのお誘いで立候補したのだと言う。 経緯はどうであれ、何か、人のために自分の時間を費やそうと言う心がけには大いに賛同する。今後の彼の人生において、決してマイナスにはならないはず。母としては、感激。
2007年11月12日
PTA副会長をしている息子の中学校で、これは広島県限定なのかそれとも全国的になのか、11月初旬が「学校へ行こう週間」に指定されていて、その関係で学校を挙げてのPTC活動が実施された。娘が通った数年前と、息子が入学した去年はそんな行事が行われていた記憶すらない不真面目な親。今年とて、仕事は山積み。会社にいればせねばならぬことは尽きないが、半日のことではあるし、何より、副会長をしているのだ。サボるわけには行かない。 PTC活動に先立って、日本を美しくする会に関わっていらっしゃるある方が講演をされた。掃除が如何に有益なものであるかと言う話。かのタケシ師匠(北野タケシ氏)も、あるTV番組で、ここまで来れたのは掃除を続けてきたからじゃないかと言う気がしていると語ったそうだから、掃除を実行すると言うことには、何か魔力?!があるのかもしれない。 DVDを観たが、中学校くらいの子供が裸足でトイレ掃除をしている。しかも素手で!考えられない世界だ。そして、インタビューは幾らか脚色してはあるのだろうが、いわゆる日本の若者らしからぬことを言う。何か、信仰的なものさえ感じる。 講演とDVDが終わり、各クラスの教室に分かれて掃除場所の分担を伝える。我が子は新館二階の男子トイレ。・・・男子トイレぇ~~~、なんて言ってられない。指定の場所へ行くと、担任の先生が率先してまず、裸足に。え゛~~~! 我が家のトイレさえ極めて合理的な手早い掃除を、極めて低い頻度でしか実行しない私が、学校のトイレを裸足で素手で、掃除するですってぇ~~~!でも…、でも、息子たちが見ている。生徒は三人。小便器が2つ、大便器が1つ。丁度3人にそれぞれマイ便器があてがわれている。そんなわけで便器は中学生が、その他のところを保護者がと言う分担で掃除を始めた。 最初はこわごわと言うか、一定の距離を保って、当たり障りの無い掃除をしていたが、先生からもうるさく言われ、親からも言われるうちに彼らは観念したのか、前向きに便器を磨き始めた子供たち。 私たちが中学校に通った頃のトイレに比べ、水洗になってはいるし、日々の掃除も行き届いており、使い方も節操があるのか、比にならないほどクリーンではあると思った。けれど、目を凝らしてみれば、まだまだ磨くべきところはあった。蛍光灯をはずして掃除をしていると、あれはメディアの人だったか、「日本を美しくする会」へ参加されている方があるのですか?と仰った。なんでも、日本を美しくする会では、トイレの掃除はまず蛍光灯から始めるのだそうだ。 私たちはたまたま、蛍光灯が黒ずんでいて、その汚れを拭き取るため、今まさに身長がぐんぐんと伸びている男の子たちがその身体能力を惜しみなく発揮して天井に手を伸ばし、蛍光灯を取り外したり付けたりする姿にうっとりとしたかったから、蛍光灯の掃除に至っただけだった。 数日前から急に気温が下がったところなので、素足が水に濡れるのはいやだな・・・とか、寒くなったから素手に洗剤が触れると荒れちゃうなぁ…とか思ったけれど、やりだしてみると、掃除をする方が一生懸命になってしまって、それに、真冬ほどの冷たさもなくて、1時間20分はあっという間に過ぎ去り、余すところなく掃除しつくしたと言う感じだった。 あんな場面で、息子には先に立って率先して掃除をするような人物であって欲しいと思うけれど、理想と現実には多少のずれがあり、それでも、最終的には、彼も両手にスポンジを持って便器を磨き、マイ便器をピカピカにするという実績を残した。帰宅して感想を聞くと「やっぱ、綺麗になると気持ちいいよ。」と素直。さて、これから、まかり間違っても家の便器を磨くなんて期待できないだろうけれど、公の場所であるところの学校で、自分よりみんなのために、せっせと掃除に勤しんだらいいんじゃないの?と思う母でありました。
2007年11月03日
日本シリーズが完結した。中日が53年ぶりの日本制覇を果たした。 その中で山井投手の完全試合目前でのピッチャー交代。その采配について、賛否両論が飛び交っている。 貫くと言うのは並大抵のことじゃない。それを評価する意見と、53年ぶりの勝利のために、100年に一度の大勝負を捨てたことを小さいと言う意見。立つ位置によって、同じことでもこんなに違って見えるのだと痛感。 国同士や宗教間の利害関係で戦争が起きるというのも不思議ではない気がする。尤も、この采配についての賛否両論は、それを唱える個々人にとって利害のあることではない。それでさえ、これだけ相違があるのだから、自分が立っていないところに立っている人の思いを汲むというのは、本当に難しいことでありまた、とても大事なことなのだろうと思う。 ゆうべは金八先生を観た。あの番組は内容がマンネリと切ってしまえばそうだが、その年齢の子をもつ親やその子本人、或いは家族みんなで観ると、きっと何かいい影響があるに違いないと思わせる番組だ。少なくとも、しょう~~もないお笑い番組よりは・・・・・・。 その中で、表立った部分にどう見えるかは別として、親は子の事を何より大切に思い、子のためになれと思って行動していると言うメッセージがひどく心にしみた。そう、私もそうやって育ててもらったのだ。そして、今、私は我が子に本当にそう思って接しているだろうか。 人生のある時点で、ほんの些細なボタンの掛け違いがあって、気が付くとどうにも埋めようの無い溝が出来てしまっていたということはあると思う。勿論、そうならぬよう、日々、一段一段階段を踏みしめながら上るのだけれど、本当に気が付かぬうちに道に迷ってしまうことだってあると思う。だけど、それに気が付いた時には、気が付いただけ良かったと感謝し、間違っていた部分を正直に修正すれば良いと思う。本当の間違いは間違いを犯すことではなく、間違いを改めないことだと思う。 中学生日記の特別編も近々放送されるらしい。現在45歳の近藤芳雅さんと言う俳優さんは、15歳の時、中学生日記に出演したことがきっかけで役者になった。当時の中学生役の気持ちと、現在の親としての気持ちの間で、何か伝えられることがあればと今回特別編で主役の男のこの親として出演している。 思春期の心と大人の心の違いを目の当たりにさせられる時、何故だか涙が溢れてしまうのは、自分自身の心にある何かがそうさせるのだろうな・・・・・、と思いつつ、でもそれが何なのか判らない私。親業、まだまだ修行中でごじゃる!!
2007年11月02日
今日は案外なことがあった。朝、彼氏と下校するため、邪魔になる自転車を自宅に置いて、親に通勤がてらの送迎をしてもらっている心安い近所の友達の通学に便乗して行った娘から、「メール、読んだ?」と仕事場に電話があったのは8時前。私の実家が学校から近いので、何かと便利良くそこを使うのだが(とんでもないヤツ!!)、今、そこにいると言う。私は仕事で、ほぼ毎日、実家には立ち寄るが、それは娘を迎えに行くためではなく、今日は仕事の便は無いよと言うと、「でも、もうバス、無いもん!」……あ、あんたねぇ~~! で、結局、無理やりに仕事の便を作り実家へ。そそくさと用事を済ませ帰りの車の中で娘がぽつりと言う。 どんなにやりたい仕事があっても、女の場合は結婚して赤ちゃんを産むとなると、そう長くは仕事は出来ないよね・・・・。 娘の口から「結婚」と言う言葉。嬉しくて、嬉しくて・・・・・。 家庭と仕事の両立。男は仕事、女は家庭。それは古い考え方だけれども、私は女と生れたからには、我が子を育てることに時間を費やすことを惜しいと思わない。ただ、それぞれに事情があるし、昔とは時代が違うから、悩みは尽きないけど・・・・・。その時時で、最良の選択を☆
2007年11月01日
4年制大学も考えていたが、結局製菓の専門学校へ上がることを決めた娘。高校は進学校で、どう贔屓目に見ても専門学校への進学に協力的とは言えない現状だけれど、とりあえず先週末、調査書を頂き、昨日、受験料を払って、今日、願書を書留で発送した。 広島市内なので明後日、11月2日の締め切りには間に合うだろうと普通便で発送。もし、遅れたりしたら訴訟もんだ!でも、ひょっとして、広島市がテロの標的となってパニクったりしたら、どうにもなら無いだろうな・・・・・・。 広島には製菓の専門コースのある学校が私の知る範囲で3校ある。今回願書を出したのが、酔心調理専門学校。製菓コースはつい最近解説されたが、調理師学校としての実績と、何より魅力的なのが昼食が調理師コースの学生が作った食事で賄えると言うこと。これ、大きいです。だって食費が3分の2ですむってことでしょ! 試験は11日。10月初旬の1次試験で定員40人中36人の応募があったらしい。全員が合格したとして、残り席僅か4。不安・・・。 もしアウトだったら、府中町にある広島製菓専門学校。ここの体験入学に10月20日に行った娘は、結構魅力的だったと言っていた。ただ、義姉家に下宿させてもらうとなると通学距離は酔心と比べうんと長くなるのが困る。寮も有るけど、寮費も半端じゃないし・・・・・。 仕事である料理屋さんから注文を頂き、ちょっとお話を伺ったが、やはり、食べ物関係の仕事は結構、いや、かなりきついので、しっかりとふんどしの紐を締めて掛からなくては、十中八九、挫折すると言われた。確かに、その道を断念する人は少なくないようだ。 泣いても笑っても一度きりの人生だから、出来れば順風満帆に行ってくれればと思うけれど、一度も躓くことの無い人生なんて有りえないし、立ったら、どんなに躓いても自分の力で、或いは、周りに支えられて、立ち上がる力を身に付けてほしいと願う。 がんばれ!!お母さんはいつも応援してるよ!
2007年10月31日
日曜日の午後のひと時、我が家では、たかじんの「そこまで言って委員会」で盛り上がる。 今日は、時の人 元防衛省事務次官(だったかな)守屋さんのことで物議をかもした。 名前は既に追憶の彼方となったが、やはり防衛省官僚で居られる方が出演された。ぶっちゃけの話を披露下さったが、そこから見えてきたものは、住む世界が違い立つ位置が違えば、何をどう説明しても理解されることは決してないと言うこと。 立つ位置の違いがこうまで思考回路を違わせてしまうのか・・・・・・。彼曰く、防衛省が石油を買う時に商社を通すことは、何一つ問題になる要素は無いと言う。なぜなら、防衛省そのものが存在意義を憲法で認められておらず、それでも国として立ち上げている組織だから、そこに配分される金を何にどう使おうと、文句を言われる筋合いなど無いと言うのだ。 絶望と言うか、それを通り越して、むしろ、日々、電波に乗り届いてくる国会などでの議論を滑稽であるとさえ思えるほどの悟りが開けた。 血税を無駄遣いしないよう、やれ1円からの領収書をつけるだのなんだのと法律を作るが、作る方はそう言う法律が出来ると「損」をする方ばかり。そうする必要性を感じてはいないのだから、どうして、正直に自分の首を絞めるような法律をる苦労はずが無いじゃありませんか。多くの国民のために自分の首を絞めるような国会議員ばかりだったら、現在のこの日本は存在するはずが無いですよ。 自分可愛いものが旗を振る国だから、その下にいる者達も同じように自分可愛いだけの考えに走る。これは仕方の無いことです。言ってみれば、ある家庭の親が非常識ならば、その家の子も非常識に育つ。余りの当然といえば当然の理論ですね。今頃こんなことに気づく私は、苦笑するしかないです。 ところで昨夜、中国の小学校(3年生)で学級委員を選ぶ選挙を追った番組が某国営局で放送された。二人の男の子と一人の女の子。三つ巴の戦い。 一人は今まで何年か学級委員長をしてきた男の子。一人はちょっと泣き虫だけど、正義感が強く、独裁者よろしく振舞う今までの委員長にクラスを任せられないと立候補した男の子(成成)。女の子は・・・・・。 演説は勿論、ディベートまがいのことまでやっていた。親の力の入れようが違う。って、何と違うかと言えば「我が家」と違うわけで、親が演説の原稿を書いて練習を聞く。そしてアドバイスとする。熱心と言えば熱心だがどうなんだろう・・・・・・。 最後の演説会で成成が、今までの委員長は何かといえば暴力に訴え、それが独裁者たる所以だと説き、多くの賛同の拍手を得た。この時点では、今までの委員長は分が悪かったが、最後の最後に皆にささやかなプレゼントを配った。 投票の結果は、確か、成成が八票、女の子が五票、そして今までの委員長が二十五票と言う大差だった。 だけど、あれって選挙違反じゃないの?先生、何も言わなかったけど、ものを配るって選挙違反でしょう。モノで釣るなんて卑怯!最悪!!!成成は大泣き。女の子もいつまでも泣いていた。もし、私が先生なら、選挙違反を取って二位の成成を当選とするだろう。 韓国からは、いじめ撲滅運動の番組。いじめを目撃したら先生に報告する。すると最高5点までが服装違反や遅刻などで減点された点数にうべ合わされると言う仕組み。マイナスが少なく、さらに報告で点数を稼いで30点になると皆の前で表彰されるのだそうだ。 まず、何がいじめなのかを子供たちに教えると言う。それはとても大事なことかもしれない。大人の目から見れば、それがいじめであることは一目瞭然だが、物を知らない子供に自分がやっていることがいじめだと理解できるとばかりは言えないと思う。借りに判っていても、改めて何がいじめですと伝えることは本当に必要な気がする。 一人娘を四年間のいじめの末自殺で失った両親が泣いていた。でも、4年間もひどい状態が続いていながら、どうして気づいて上げられなかったのだろうか。私にはその方が大いなる疑問だった。 韓国でこのようにいじめ撲滅運動に火を点けたのは、やはり我が子がいじめを受けそれに対してきちんとした対応を得られなかった一人の母親の市役所の掲示板への書き込みだったと言う。 さっきの税金の無駄遣いなどの問題でも同じだが、やはりそれを問題として取り上げるのは、「被害者」なのである。しかし、それに結論を出すのが多くの場合加害者サイドであるので、いつも良い結論、正しい結論に導かれるとは限らないと言うのが、本当に悲しい現実だと思う。
2007年10月28日
夕食時、残念なことが起きた。味付け海苔が入っていたプラスティックの入れ物に個別包装のふりかけを容れている。開封したものも容れるので、入れ物の中で口が開いて容器の底にこぼれたふりかけが落ちていた。 これは許せない!!そう思った私は、入れ物を逆さにして中のものを全部出そうとした。中には味付けの利用の乾燥剤も入ったままになっていた。 バラバラ・・・・???白い粉が落ちた。みると乾燥剤の袋に僅かに穴が開いて中の乾燥剤が出ていたのだ。そして、悲しいかな!そのこぼれ落ちた乾燥剤は、私のお茶碗の中の白いご飯に掛かった! うぇ~~~~~ん 私はそのご飯をユズ(我が家の愛犬である柴犬)にやろうと提案したが、義母や娘から猛反対を受け断念。泣く泣くゴミ箱へ・・・・・。 食べ物をゴミ箱へ入れるのは私の生きる指針に反している。すごく心が痛む。許せない行為だ。ここに至ったのは、幼少期から中学校へ上がるまで、食が細く、給食を残してばかりいた事への反省が出発点だ。 今日はこんな記事を見た。 大いに奨励されるべきことだ。人の食べ掛けは食べないとか、じゃんじゃんお残しをするとか、絶対に許されざる行為だ。その為に食べ物が食卓へ上るまでの人々と食材そのものの苦労を知ることが必要だ。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071024-00000109-san-soci
2007年10月24日
専門学校への進学を一時、躊躇して4年代を検討したけれど、ここに来て、結局、製菓の専門学校へ進むことを決意した晃子は、20日(土)広島製菓専門学校の体験入学へ赴いた。 広島には夫の姉が居て気に掛けてくれるので何かと安心で、最初から広島がいいと思っていたが、晃子曰く、「誰も知っている人の居ない町へ行って見たい。」との事だったので、必要以上には勧めることをしないで居た。 ここに来て広島を選択したのは、あくまで自主的な動機であり、それは何なのかは定かでないが、お義姉さんの近くで暮らしてくれるというのは、とても安心で、親としては願ったりかなったり。後は、入学許可が下りてくれるのを待つのみ。あっ!その前に願書を出して試験を受けなくてはならなかった。 体験入学は充実していたようで、さらに、東京へ行っている義姉家の次女の残した衣装を物色させてもらい、持ち帰ってきた。 高速バスで往復したのだが、行きの待ち時間で、義姉家へささやかなお土産を買ったらしい。この無精な親の子としては、なんと良くできたことだろう!!上出来、上出来!親がこうしろああしろと言うまでも無く行動してくれたことに本当に成長を感じ、ありがたく思った。 そして、義姉家からは、和栗の渋皮煮(煮崩れ分)が一瓶。既製品どころじゃなく美味しくて、海老で鯛を釣るとはまさにこのことであると感じるのである。って、子供がちゃんとやっているのに、親がこの心がけじゃダメだね!
2007年10月21日
1月末の事故で、頭を打っていたので救急車で運び込まれたのが平成の大合併で隣のF市になった町のT病院だった。ここは脳外科が良くて、頭を打っていたりするとここに運び込まれることが多い。 お蔭で頭には従前の異常以外に!!??何もなかったので、骨折の治療をこちらで継続してきたが、ギブスも取れたのを期に、冷たい親は一人での通院を言い渡し、不便極まりないのを痛感したのと、大きな病院なので診療時間が午前中と限られていて、週日にはいけないのとで、晃子はここに来て転院を決意した。 転院先は、長らくのお付き合いのあるN外科医院。ここの先生、お年を召して角がおとれになった??!!と言う人もあるが、はっきりとモノをおっしゃる先生で、診察を受けに言って「風邪を引いたようなんです。」なんて言うと、「それは私が診断します。」とばっさり。実家の私の祖母は、机から転落して腰を圧迫骨折した時、ここに入院したが、結局先生と喧嘩したような形で、退去したと言うのが一つ話だった。 でも、見立てはとても良くて、経験もおありになるので、私たち夫婦は信頼している。と言うのも、かつて、ここで、夫が盲腸の手術のため、麻酔を済ませていよいよ執刀と言う場面で痛みがとれ力の抜けたお腹を触診したN先生が、お腹のしこりに気がつき、それこそ、T病院の先生を呼んで検討した結果、憩室炎と判り、手術を免れたという逸話があるからだ。 あの時は、私はてっきり「癌」を宣告されるものと思い、一人、打ちひしがれ、「もっと優しくしておけばよかった・・・」と悔やみ、悲しみ、一年先の未亡人となった自分を哀れみ、恐らく、結婚以来、最も優しく夫に接したのだが、そうでないと判ると、態度は一変。「おい、パンツ持ってきてくれや。」「裏返してもう一日履いといてよ。」と言った具合で、夫は天国と地獄を垣間見たのであった。 それは良いが、そういうことで晃子は転院することにした。以上、終わり。
2006年04月25日
ナイナイと一緒に出て、控え室がお風呂になっていて、鈴木さりなと一緒に入ってきた人を無茶苦茶するあの人が、ドッキリみたいに寝起きのもこみち君を突撃取材するポカリみたいな飲み物のCMで、寝起きのもこみち君が一瞬映りますが、あれ、本当にもこみち君でしょうか?娘はセブンティーンに本物だって書いてあったと言ってましたが、私は信じられません。 花粉症がこのところひどいです。鼻の奥が「壊れている」と言う表現が最適。いったいどぉ~~うなっているんでしょうか。鼻汁って何処から出てくるんでしょうか。学生の時、体には「随意筋」と「不随意筋」があると習いましたが、いかにもその通りだと痛感せざるを得ませんな。
2006年04月24日
1月末に交通事故で左足を骨折した晃子。一週間の入院期間中に、たくさんの人たちに見舞ってもらった。学校関係、親の仕事関係、親戚などなど。3月末にギブスか取れ、早く内祝いをと思いつつ、日延べ日延べの毎日。と言うのも、折角、木工の仕事をしているので、オリジナルの何かを作って、そこに「ご心配を掛けました!」とか、「ノーモアー交通事故」とかのメッセージを添えようと企てているのだ。いや、本人がではなく、この私が。 義母は物事をさっさとする主義で、まだ内祝いが済んでないことを毎日毎日追及する。それには耳も貸さず、今、やっと「パスタいれ」という方向でモノつくりに手をつけた。 四角い筒型(茶筒っぽい感じ)で、蓋を取って傾けると、一人前のパスタが出てくる仕組み。勿論、完全密封するための蓋は装備している。最終的に「デザイン」が問題になってくるのだが、「ダサい」のはだめだ。そもそも「桐の箱」と言うのが「今風」なイメージがないので、何とかして若作りしなくちゃと思う。絵を入れたり色をつけたり。台所、すなわち水周りなので、しっかりと前面防水で仕上げなくてはならない。 実は、サンプルとして家からパスタを一袋持ってきているが、彼此一ヶ月、私の机の上をあっちに行ったり、こっちに来たりしながら過ごしている。兎に角、このパスタが、折れてばらばらになってしまう前に、箱を作って入れてみなくては!!! 晃子の足はまだ痛みがある。痛みの残っているうちは、まだ賞味期限が切れていないと、一人勝手に解釈し、ボチボチ、モノを作るとするか。って、こんな暢気な親に当たったわが子たち。不憫極まりない。
2006年04月23日
午前中、本当ならクラブがあったのに、耕平は友達とゲームに夢中になって、結局クラブへは行かなかった。夕べ、8時までの英語の塾へ行く時、学校のすぐ前の友達の家に自転車を置かせて貰い、帰りにそこから自転車で帰れと言ったのに、走ってくるからいいと言った。にも拘らず、学校までの自転車のない道のりがクラブへの参加意欲を削いだようだ。「クラブはちょっと億劫だから今日は休もう、なんてものだなんて、父さんも母さんも、思ってないよ。みんなのやる気にも関わるから、以後、絶対にずる休み、しちゃだめだよ。」 久々の雷。雷落とすなら、もっとほかに題材はあるだろうが、なんと言っても、熱血夫婦。勉強よりクラブなんて思っているので、ついつい、力が入ってしまう。 小学校の時には、雨が降ろうが、槍が降ろうが、週3回の練習を休んだことのなかった耕平が、中学校に入ると途端にこれか、とちょっと悲しかった。今後の耕平を見つめたい。 因みに、この前、授業中、居眠りしていて先生に注意されたと言う話題には、ここまで熱くならなかった私。本当にこれでいいの?と自問する毎日・・・・・・。
2006年04月22日
みぃちゃった、みぃちゃった!クロサギ。やっぱ、山ピー、大好きだ。尖ってなくて、あの適度にぽってりとした唇と、キュっと引き締まった口の両端が好き。幾分クルっとした目もよい。ちょっと甘い声もいい。気取ってるけど下町っぽい口調も大好き。「・・・なんじゃないの?」って言う言い回しが素敵!言われてみたいよぉ~~。 野ブタちゃんと共演だけど、どうなんだろ。ちょっと位は意識しちゃうんじゃないかな、お互いに。でも許しちゃう。って、私が許すことでもないけどさ。 ストーリーとしては、普通かな。詐欺ってそんなに日常茶飯事のように起きてるんだろうか。来週は、クロサギが詐欺稼業に手を染めた経緯が語られるみたい。回想シーンで母と姉と思しき二人が刺し殺されていて、帰宅したクロサギに父親がナイフを向けて歩み寄ってくる。恐らく、詐欺で大金を騙し取られ、一家無理心中を図ったんだろう。そして、クロサギはその生き残りなんだ。お父さんはどうなんだろう。 そんな経緯があるなら、詐欺で悪を退治してやろうと言うクロサギの気持ち、ワカルな。頑張れ~~って、いっちゃう。 基本的に卵形の顔、スキかもしれない。へへへ。
2006年04月21日
先日、小学校のP会長をやっと免除になった父さん。これで何にさえぎられることなく仕事に没頭できると喜んでいるところへ、中学の参観日へ行ってとは言えず、今日は私がいく気になっていた。勿論、仕事が消化できる云々は別問題で。 何日か前に担任の先生からPTAの学級委員に選ばれたという電話があったらしい。小学校からのつながりでPTAの副会長をと言われたのを固辞したというのに、何たることのサンタルチア。って古いねぇ~~。 入学式の学級開きがまずかった。担任の先生の話が面白くて、私が爆笑した時、娘の関係で私の面が割れているので、「○○さん、笑い過ぎ。」と指摘され、名前が知れてしまったのだ。隣にいた友達が「絶対学級委員だよ。」と言ったが、間違いではなかった。トホホ。 そんなわけで、クラス懇談の司会は免れないかな、と思っていた矢先、父さんが言った。「お前、忙しそうだから、俺行ってやろうか?」・・・えっ?えぇ~~~~??? 父さん、結構育児参加意欲あり。なかなかよろしい!! そういうわけで、今日の参観日は父さんが参観。耕平の勇姿は見たかったけど、父さんの育児参加意欲を削ってはまずいと決断したのでありました。 父さんが仕事に戻ったのは5時半過ぎ。学級委員の決め方にいちゃもんをつけてきたって言ってた。PTA会長をしてからと言うもの、結構言いたい放題言うようになった父さん。嫌われちゃだめだよね。勿論、学校におべっか使う必要もないけどね。言い方があるでしょう。言葉が唐突だから、誤解されやすい。フォローも大変なんだからね。
2006年04月20日
「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」とはよく言ったものだ。昔は、事件が起きれば当分、その話題が続いたが、この頃は、わぁ~~っと盛り上がったかと思うと、すぐに治まる。人の噂も七十五日と言う奴かな。でも、義母が町内の現在では大きな役をしていらっしゃるある方が、昔、町内にあったストアの防犯カメラに、万引きをするところが捕らえられていたと話していた。事の真偽は定かじゃないが「人の口に戸は立てられない」って事だ。最後は、本人を信じるか、話した人を信じるか、どっちの味方をするかと言うことになる。そうなると、「出る杭は打たれる」と言うように、現在、地位的に高い人が「まぁ、あの人がねぇ~。」と言われる確立が高い。 まぁ、色々あるけど、絶対の真とか、絶対の正義とかは、この世には存在しないと思っている。ただ、山口で起きた母子殺傷事件の犯人は極刑に処せられる必要があると思う。ただ、彼を極刑に処したところで、自らの過ちを認めるかどうかは定かじゃない。彼は自分を神だと言っているので、どうしようもない。 思うに、彼はよほど悲しい家庭に育ったんだろうな。愛なんてかけらもなく、愛おしいなんて微塵も思ってもらえなかった。未成年の犯罪が起きた時には、本人の顔を公表出来ない代わりに、保護者がその荷を課せられるべきだと思う。ただ、私がそう思うのは、たまたま、我が子がそんなデタラメな事件を起こそうはずもないと思われる前提に立っているからかもしれない。でも、子供がどのように育つかは、家庭に大きく左右されると思うので、「持ち前」と言うこともあるが、もし、「持ち前」が異常であるなら、その段階で、何らかの手立てを打つのが親の務めだろう。それを怠った罪状で、親は子の犯した犯罪の何がしかの制裁を受ける必要があると思う。
2006年04月19日
もし、息子がホストにでもなったら、親子の縁を切る。絶対に縁を切る。 以上、終わり。
2006年04月18日
職場での昼食は、お弁当を取っている。以前にも書いたがこの町には家具関係の会社が多く、それらが出資して家具給食協同組合というのを立ち上げている。ひところに比べると食数は半減したが、内容や売り先を考え、立派に業務を続行してる素晴らしい組織だ。 その家具給食が数年前に発売したのが「家具屋姫弁当」。いわゆるレディス弁当である。レギュラーモノは、他の社の物に比べると、おかずの量も内容もご飯の量も数段上だと思っていたが、女性には幾分重荷だった。残さず食べようと思うと、食べるのが遅い私はお昼の休憩最後まで掛かってしまったりした。そんな時売り出されたのが、家具屋姫弁当で、ご飯の量がかなり控えめで、おかずの内容が若い女性向。そして何より、ささやかながらデザートがつくのが魅力だ。 実はこの前、そのデザートが弁当はこの中に入らず、個別包装のブッセみたいなのが付いた日、レディスを二個とっている我が社には、二つあるはずのそれが一つきりしか届いてなかった。レギュラーの方の数を変更した関係で、配達の方が間違われたのだろう。精薄者施設から来ているさきちゃんが「これ(と言って袋に入ったブッセを見せて)が一つしかないんですけど。」と言うので、早速事務所へ電話を入れた。「レディスのデザートが一つしかないんですが。」 お昼を摂るため、丁度、事務所に帰ってきた父さんが、その電話を聴いて呟いた。「マジかぁ?」 それはブッセ一つで苦情の電話を入れる私への一言だったが、私は決して怯まなかった。「当然よ。このためにこのお弁当、取ってるんだから。」 翌日、袋入りのブッセが5個届いた。こんなことなら、毎回間違いがあれば良いな、なんて、私は絶対思わなかった。 で、今日は、おかずの一つが、小さなハンバーグ。チーズなどのトッピングを乗せ、アルミカップに入れてあった。とても美味しくて満足。その下にグリーンリーフが一枚、敷いてあったのでそれを食べようとアルミカップを箸でつまんだ。父さんはテーブルの向かいに座って得意先と電話で話していた。私はその内容に耳を澄ましながら、グリーンリーフを口へ運んだ。と思ったら、それはアルミカップだった。よほど気を取られてしまったのか、それとも、やっぱりそろそろ認知症なのか。いずれにしても、飲み込ます前に気付いたので良かった。クワバラクワバラ。 皆さんも、アルミカップを食べないよう、ご注意下さい。
2006年04月17日
この春、従弟の娘が高校に入学した。お祝いをと思いながら、自分ちで作ったものを添えてと思い、日延べ日延べの繰り返し。3月中にと思っていたそれは、入学式の日も過ぎ、今日、やっと仕上がって金一封と一緒に持参した。 その子には兄貴がいて、3月にあった校内球技大会で鎖骨を折ったと聞いていたので、そのお見舞いも包んで持って行った。 ガレージ奥の勝手口を開けると、右手に二階へ上がる階段があり、正面の襖を開けると化粧室。叔母ちゃんの鏡台が置いてある。襖を開けてすぐ左のガラス戸を開けるとそこがダイニングと続く寛ぎの部屋で、家族団欒の場だ。 従弟の家はめがね宝石時計を売る店で、店が開いている時は店にお邪魔するのだが、今日は午後七時半過ぎてお邪魔したので、勝手口から居間に上がりこんだ。そこに従弟夫婦の高三の長男が、横になってテレビを観ていた。娘と同じ高校の三年で、結構な進学校。宿題も結構多いが余裕をかましている。「休憩時間?」と訊くと、ものすごく照れくさそうに笑った。彼は小学校時代は身長はあまり高くなく、ヨコがある方だったので、高校に入って以来の成長には目を見張るものがあり、会う度に、驚かされてばかりだ。正直なところ、彼がこんなに男前に成長するなんて、思っても見なかった。これは余談。
2006年04月16日
久々の山ピーに感激っ!!野ブタの彰役も良かったけど、今回のも良いなぁ。基本的に「ご贔屓」なんだな、彼が。顔立ちも好き。ちょいとポッテリとした唇がセクシー。幾らか気障だけどいやみじゃない。新川を騙す時に扮した富士北工業の社員はいかにもわざとらしかったけど、許せる。兎に角、ご贔屓なんだな、彼が。 このところ、弁護士のくずとか、町べんとか、弁護士モノがやたらに多いような気がするけど何で??弁護士がはやってんの? 江角さんはいつもの江角カラーですっきり爽快。山本君は真面目キャラ。事務所の事務員さんが魅力的。でも、昭和36年生まれって言った、あれはウソだ。だって、同級生って年恰好じゃ無かったよ。 中島さんは女優になってきましたな。ジュリーがまた良い。基本的に好き。山ピーと共通点があるの?と考えると「卵形の顔」って事かな。 万引きをしたあの子がキット先生を助けるために自首すると思うな。じゃなきゃドラマにならないよ。先生があの化石が捏造だと言ったのは、自分を犯人に仕立てるためのウソだな。ウソはいかんよ。必ずばれる。ばれないとしても、ばれないだろうか、ばれないだろうかと、神経を使い続けなきゃいけない。最初のウソをばれないようにするために、二つ、三つとウソをつくことになる。そうすると、何処にどんなウソを使ったか判らなくなって結局は自滅だ。もし、本気でウソをつくのなら、いちいちメモを取っておかなきゃ。でも、事実を述べるのに何でメモを取るの?ってことになるので、無理。だから、ウソは所詮無駄な抵抗って事。 娘の彼氏の試合を観ました。この前観た時より、すごくパワーアップしてる。鋭角に突き刺さるアタックが素晴らしかったし、打つ瞬間、スペースを見る余裕が少し出てきた。今年度でどのくらい成長できるか、とても楽しみ。 娘はみんなのレベルアップを見るにつけ、焦りが募ると言うけれど、幾ら焦っても、痛めた体は戻らないので、今は、ひたすら、元の体に戻す事が第一と考えて、リハビリ、リハビリ!!筋トレ視ながら、基礎体力を養う時期だと考えましょう。ねっ!!
2006年04月15日
いつここのネタをパクってしまおう。悲しいことぉ~~♪ かなしいことぉ~~っ鼻炎の状態が最悪ですすった鼻水でお腹が一杯になることぉっ! あっという間にもう週末。彼氏や彼女のいる人は、楽しい予定が目白押しでしょうが、私はひたすら現場にいそしむ週末になりそうです。 数日前からモラハラだとかぶつくさ言っていると、父さんに冷たくなってしまって、そうなると、ちょいと寂しそうな父さんの背中が、妙に不憫にも思えて、結局、冷たくはし切れない私。あぁなんて優しい嫁なのかしら。 流れ出る鼻水を防ぐべく、鼻に丸めたティッシュを突っ込んでいても、最近は誰一人「何それ?」と突っ込んでさえ来ない。鼻をかんだティッシュは、鼻水でぼってりと重く、1億総鼻炎国家といわれて久しい(・・・・?)日本中では、一体どれほどの鼻水が流されているのだろうかと考える時、それを何かの形でエネルギーに変える事ができればいいのにと心底思う。
2006年04月14日
夫が妻を完全に無視する。暴言を吐く。そういった現実は起こっているようだ。そして、それを受けた側は、まず、自分の至らなさをその原因として、辛い毎日を過ごす。 うちの夫は、言葉がきつい。並大抵ではない。今年で結婚二十年。ここまで来ると悟りが開け、おおよその言動は流せるようになったが、道のりは長かった。思い起こせば新婚当初、何気ないやり取りの中で蹴られることがあった。夫に言わせれば、それは一つのコミュニケーションとしての行動だったようだが、蹴られる方はたまったもんじゃない。訴え、訴え続け、気がついたら蹴られることはなくなっていた。 そうこうするうち、私が仕事を覚え、自分の考えを言うようになると、ライバル意識からなのか、私の意見や発言を悉く蔑ろにされるようになった。判らないこと、例えば、何か探し物の在り処を尋ねても答えてくれない。判らないとも言わない。段取りを相談しても無反応。昨日は、パソコンで作ったチラシを「これ、どうかしら?」と見せて手渡すと、視線を向けることさえせずにポイとテーブルの上に投げてしまう。 私の仕事上の不備を指摘する言葉は、ものすごくエネルギッシュで攻撃的。言葉を返すことなんて出来ないような勢いだ。でも、それは私が至らないから仕方ないと、はいはいと聴くしかない。 疲れたりすると、こういう人間関係がものすごく重くなる。夫もきっと、精神的に追い詰められて、仕方なくそんな行動に出てしまうのだろうが、もう少し大人になってくれても善いような気がする。 新聞の記事を読んで、その記事に出ていた事例よりは幾らかましだと思いつつ、夫に尋ねた。「無視したりひどいことを言ったりするのって、わざとやってるの?される私はとっても惨めなんだけど。」 私に用事を頼もうとしていた夫は、口ごもって言葉がない。朝、娘を送って行く時、娘もある同級生が、いつ挨拶をしても完全に無視するから、友達として裏切られた気持ちなの、なんて言ってたので、その事を告げると、「そいつ(男の子なので)は、何か特別の気持ちを持っているに違いない。」なんて言った。そんな態度取るんなら、特別の気持ちなんて持って欲しくもないね!! 私なんか、モラルハラスメントなんて言うほどものもじゃないかとは思うけど、言葉一つで人間関係が滑らかになるのなら、出来れば、そうしたいものだと思う。誰かにはひどいことを言い、誰かには謙って話す。謙って話すことは決して否定されるべきことじゃないけど、相手を見下ろしての言動は表面上のその人の人間性をものすごく下げるんじゃないかなと思う。本質はどうなのか、それは神様しか判らない。
2006年04月13日
事故で壊れた晃子の自転車を買う話をしている。晃子はホームセンターで安いのを買えば良いと言う。それには、自転車以外にもっとお金を掛ける所があるという気持ちも含まれている。具体的に言うと「携帯」。でも、携帯に掛けるお金と自転車に掛けるお金は、そもそも、性格が全く違うものだし、自転車に掛からなかった分を携帯に使うなんて事は毛頭考えては居ない。 それを言うと、晃子はそうではなく、自転車と言うものが何万円も掛けるようなものじゃないと思うだけだという。でも、安いものを買うと、修理修理で結局、高いものを買ったのと同じだと言う話は良く聴く。その辺りをどう判断するかだ。 知り合いの自転車屋さんで買うというのも、どうやら気に入らないらしい。そこの息子がちょいと晃子と反りの合わない子で、この前、自転車で登校中の晃子の正面から歩いてきて、避けないものだから晃子が転倒したとか言っていた。それをネに持ってるの? 耕平たちは今、部活禁止をくっている。部員の誰かが、デジモンとやらを持ってきて見つかったらしい。ルールは絶対ですから仕方ないですね。辛抱辛抱。 何にしても、早めに晃子の自転車を段取りして、送迎生活から開放されねば!!
2006年04月12日
今朝も晃子を学校へ。昨日と同じように雨。昨日の教訓を生かすべく、今日は距離は長くなるが山越えのルートを選択。掛かった時間は大差なかったようだけど、とりあえず「渋滞」に巻き込まれること無く走ることが出来たのでよしとしよう。 耕平は、ものすごい風と横殴りの雨にも拘らず、仲良しの拓ちゃんとカッパを着て自転車登校。なかなか独立心が有ってよろしい。小学校の時は、すぐに「送って」なんて言ってたけど、中学になると偉い偉い! 昨日は雨で楽しみにしていたサッカーは出来なかったようで、代わりに、校舎内を走りまくる脚力トレーニングや筋トレをやったみたいだ。そのせいか今朝は足が痛いだの腰がどうだのと言っていた。一緒にやった拓ちゃんも、同じみたい。せいぜい鍛えてマッチョになっておくれ。でも、マッチョになると胸毛が生えるかな。ま、生えたって構わないけど。って何の話?「やっぱ、中学の部活って楽しい!!」と改めて言葉にする耕平が、本当に愛おしい。って、またまた親ばか全開 さっき、晃子からお迎えコールがあって、「今、だめなら待つよ。」と調子がいい。実家へ言って待ってて、と言うと、本当にルンルンで「OK~~~」どうやら、実家は自転車通の彼氏が帰る方向が一緒なので、二人並んでボチボチイコかってとこでしょうな。コノヤロォ~~。なんちゃって。
2006年04月11日
金曜日に入学式を終え、今日は晴れて通常登校初日。ところが昨日の天気予報通り、雨。暢気な母は、娘の中学時代の実績に基づき、カッパなんて着る訳ない!と高をくくっていたが、そこは真面目な息子のこと、さらに六月から施行される新道路交通法に関して学級開きで言及を受け、傘を差して自転車には乗れないと、半べそ。 そこへ持ってきて、娘は七時半までに学校へ行き、朝錬に参加するという。こちらも、私の不手際で自転車がまだない上、骨折の跡に振動が応えるため、新車が届くまでは送迎と言う約束を交わしてしまった都合上、送っていかねばならない。 耕平には、娘を送った後、迎えに帰るから、準備して待っているよう言って家を出た。もたもたするうち、家を出たのが七時半前後。通勤時間でなければ、渋滞も無く寄り道無しでなら20分あまりで往復できる道のりだが、悲しいかな、通勤時間にジャストミ~~~~ト!!!! 家に帰りついたのが8時回っていたので、耕平は半べそ。大人になったと思うが、特有の状況に置かれた時、涙が滲むのですな、彼は。それが案外、他の人なら「何で??」と思うような状況。なんでもないようなことで涙が出たりする。 以前は、父さんにちょっとおちょくられただけで、涙が出ていたが、最近はそれはなくなった。でも、この前は、私が約束した時間に帰らなかったと言って泣いた。思いを踏みにじられた気がすると涙が出るのですかね。 先週、4日分ほど日記が遅れたけれど、今日、やっと追いついた。良かった。日記の記入率が100%でないと、どうも落ち着かなくてね。
2006年04月10日
晃子の骨折が一応完治したのと、耕平の中学入学、父さんのPTA会長卒業という三つのお祝いをかねて、久々、ほんっとに久々の外食。我が家は本当に外食をしない一家。 町へ向けて、三郎丸町の隣が篠根町。その隣が父石(ちいし)町。その町の国道沿いにある「セーヌ」と言う喫茶店が義母のお気に入り。席は30席弱。こじんまりとした、でも、営業年数の長い店である。出資者の義母はこの店に行きたいといった。私もやぶさかではなかった。ところが、耕平はドリンクバーのある店(具体的に言うとバーミヤン)がいいと言った。ドリンクバーの飲み物を飲みながら、ドリアを食べたいと言った。でも、バーミヤンにはドリアは無い。でも、中華希望者が他に二名いたので、多数決でバーミヤンに決定。義母はちょっと憤慨。でも仕方ない。 耕平は220円のドリンクバーを頼んで、小さな声で尋ねた。「でも、こんなことしてたら赤字よな。」 すると父も母もあっさりと答えた。「いやいや、三十杯くらい飲まなきゃ、頼んだ人は元がとれないよ。 その言葉を聴いて奮起した耕平は、餃子3人前とライスセットを食べながら、飲むわ、飲むわ。しかも、スプライトとカルピスとか、グレープジュースとコーラとか、やたらにブレンドして注いで来る。 みんな食べ終わって店を出ようとすると、耕平。「ちょっと、トイレ行ってくるわ。」 おいおい、いきなりかよ!! 他の者は車に乗って、店から出るドアの前に車を横付け。出てくるまでかなり時間が掛かったので、間違いなく・・・・・・・。 一体誰に似たのやら。中学生になってちょいと大人になったかと思いきや、まだまだ可愛い耕平です。
2006年04月09日
耕平に明日の行動予定を訊いた。母:明日のご予定は?耕平:無言・・・母:部活?耕平:いや。母:釣り?耕平:いや。母:花見?耕平:うん。母:あぁ、お花見行くんだ。わかった。 義母が義姉(実娘)に声を掛けて、はるばる広島からやって来てくれる。実の親子とはそういうものなのか、その話を聴いた夫が言ったのはきつい言葉。「あんたが言ったら無理してでもこんといけんと思うんだから、あんたは一人、タクシーで行きなさいや。」 それはないでしょ。なら、「俺が連れて行っちゃる。」とかどうとか、なんとでも言えるでしょうが、実の母というものは、気兼ねがないからなのか、思いも寄らない発言に私は口アングリ。 そんなやり取りがあって、実現しようとしている花見に、なんと義母の最愛の耕平がどうこうするというのだ。私自身ちょっとびっくり。でも確かに彼はそう言った。 早速義母に言うと、義姉に電話をして参加人員が増えたよ、と伝えた。 ところが、時差があって、今は9日昼過ぎだが、今朝確かめると、「行かない。」と言う。昨日の返事は全くの生返事で、話し自体、彼の頭には届いていなかったようだ。 これが義母の逆鱗に触れた。義母にしてみると、母が行かないから僕も行かないと言っていると思えたらしい。「何一つあんたの世話もしないのに、そんなにお母さんが善いのかね!!!???」 ・・・そうなんだ。何一つ世話しないんだ。そういわれりゃ、そうだなぁ。返す言葉も無い。「いや、昨日の話しは、私が勝手に聞き違えたらしいです。昨日から、今日、一緒に遊ぶ約束はしてたようですから。」 怒りの収まらない様子の義母を、何とかなだめた。 8日夕方、おもちゃ箱のマットを縫ってくれている叔母のうちで受け取り、外注先へ走った。その帰りに、とっても安いスーパーへ寄って買い物をしたが、私にしては珍しく、花見のおやつを仕入れてきた。そして、今朝は、炊飯ジャーに一杯のご飯を見て、お花見弁当を作ることにした。最初はおにぎりだけ、と思っていたが、とりあえず冷蔵庫にあるものを見ると、数品おかずが出来そうだったので、急遽、お弁当を作ることに。 冷凍ヤングインゲンの和え物。チンゲン菜の炒め物。冷凍のコロッケ。チーズのシューマイピー包み揚げ。あとは、スナックエンドウと枝豆。極めて簡単なお弁当だけど、義母はとても喜んでくれた様子。 お花見に関して、ひどい一言を吐いた夫も、結局、同行することに。耕平不在の寂しさを紛らわすべく、愛娘晃子が同行。私と耕平がお留守番となった。 義姉一家は、夫婦と長女。三人+三人で六人。7人乗りのワンボックスには丁度好い人数じゃないかな、と、一人納得。義姉は「仕事のしすぎは体に毒よ。」と誘ってくれたが、無理強いやいやみは決してない。ありがたいことだとつくづく思う。義兄も、「忙しいのに、すみませんね。」と言うと、「いやぁ、丁度仕事が切れちゃって、退屈してたんだよ。」と言って下さった。 残った耕平を連れて、まだ買いきれてない中学用品の買出しにも行ける。体操服とお下がりの学ランをネーム入れに出しているのだが、これも受け取りに行かなくちゃ・・・・・。
2006年04月08日
父さんは午前中、最後のPTA会長のお勤めとして、小学校の入学式へ出掛けた。ゴーストライターの書いたお祝いの言葉の原稿を持って・・・・。9時からの入学式。でも、思い返すと、9時過ぎに服装を整えた父さん、工場へ寄った様な。「え゛??いいの?」と思ったんだけど、ま、いいか。 10時半には仕事着に着替えて工場へ戻って来た。 そして私は、午後2時からの中学校の入学式のため、帰って昼食をとるので12時のチャイムがなってももう少し・・・と現場で頑張った。1時過ぎ、帰宅し、持ち帰った家具給食を平らげる。んまい、んまい。 義母に借りたスーツに着替えいざ中学校へ出発。 配られた紙に、1:20~1:40受付と書いてあったと、うろ覚え。ま、いっか。校庭に着くとかなりの数の車が停めてあり、誘導の人がいるだけで、入学式の参列者と思しき人はいない。体育館へ体を向けたその時、校舎3階の窓から一人の男性が大声で叫んだ。「生徒は急いで上がってきなさい!」 耕平は、その声に慌て、体育館に背を向け校舎の方へ走った。私は体育館へ歩を進めたが、仲良しの拓ちゃんの兄貴「洸ちゃん」にいざなわれ、耕平がこちらに戻って来た。体育館の前で一応受付をしなくてはならないのだ。やれやれ。しょっぱなから・・遅刻・・・かよ!! 耕平は二組あるうちの2組。出席番号が14番。並べて書くと「2・14」。これが耕平の誕生日なので、耕平、かなり喜んでいた。 滞りなく入学式も済み、クラス開き。なんと、席は教壇正面の一番前。秋の文化祭でウザウザして、中学の体育の先生に程よく叱られた実績を買われたのか??!! 晃子も時間をギリギリに、みる方だし、学校としては、どうやら「問題のある家庭」の部類に入りそう。トホホ・・・・・・。 それにしても、学ランを その身にまとった いでたちに 惚れ惚れ見とれる バカな親かな 娘がセーラー服を着た感激とは、一味違った喜びがありますな。これって、おじさんたちがセーラー服にときめくのと同じなのかな。萌えぇ~~~~~
2006年04月07日
晃子は今日から新学期。無事進級できたようで、7組だそうだ。二学年から理系と文系にクラスが分かれる。だから、彼とはどうあがいても同じクラスにはなれないということ。楽しみが一つ減ると嘆いていたが、仕方ない。(きゃぁ~~言っちゃった、言っちゃった!!) 久々の自転車登校。行きはよいよい帰りはなんとか。五時過ぎにお迎えコールが掛かってきた。判っていれば、町へ出たついでに学校へ寄って積んで帰ったのに、今、帰ったというところへ迎えに来いと来るものだから、つい「行けないから何とかして帰ってよ。」なんて、イケズを言ってしまった。その後父さんに訊くと「まぁ、迎えに行っちゃれや。」そう言って自分はサッカーかよ!!父親と言うものは、娘に甘い!甘ぁ~~~いっ!!!甘過ぎぃ~~る!とぼやく鬼母であった。 父さんにそう言われ、しぶしぶ車を出し迎えに出掛けると、学校とここの丁度中間くらいを、仲良しのアヤちゃんと一緒に自転車をこいでいた。帰りは僅かだが上りなので、一層きついのだろう。ペダルを踏み込むのではなく、自転車そのものの振動が、骨折跡に響くという。もう少し送迎が必要カナと思う。 自転車もまだ用意できてないので、とりあえずは自転車が届くまでは送迎だな・・・・・・。父さん曰く、「痛いのなら、送迎してやれよ、お前が。」・・・・かよ・・・・。 夜、工場で夜なべ仕事をしていると、午後10時少し前、たくさんある窓ガラスが、急にガタガタと音を立てた。誰かが窓の外からいたずらをしているの?と思ったが、どうやら地震と言う線が強そう。地震っていやだ。いつまでもずっと揺れている様な感覚が体に残るから。 すぐにTVをつけたが、地震情報は出なかった。家に帰って家族に訊くと、家族は誰もその振動を感じなかったらしいし、字幕も出なかったようだ。よほど鈍感、と呟く私。 明日は入学式。準備?義母が紺色のスーツを貸してくれるという。こんな時、おしゃれなお姑さんはありがたい。尤も、嫁もおしゃれだと逆に確執の素だが、我が家でその心配は無い。 絵文字とか、色文字の昨日がグレードアップされたようだが、控えめな私はまだその使用に及んでいない。
2006年04月06日
今、この日記の書き込み画面を立ち上げようとすると、いつもとはひどく違った様子だった。たった今日、このパソコンを買った会社の人から電話があり、月々2,100円払っているウィルスバスターは、本当に機能しているのか??!!と問い質したところ。 何しろ、目に見える、手に触れるものしか信じない性質なので、当たり前にパソコンを使っていれば、ウィルスバスターなんて、本当に機能しているの?と言う気持ちになっている。そもそも、ウィルスが目に見えないし、バスターだって見えない。それなのに月々2,100円だ。 私の言及に、妙にすんなりと「もしあれでしたら、解約書類をお届けしますので云々・・・」なんて仰ったのは案外だった。やっぱり、裸の王様なんじゃないの? 1月末に事故をした晃子が明日、新学期を迎える。ギブスも取れたので、心機一転、自転車通学に戻ろうと言うのだが、賠償の絡みがあるので実は新しい自転車、或いは、修理を全く手配していない。結局、去年の秋、がらがらどんさんの家の前に放置されていたのを貰い受けた例の自転車で、登校すると言う事になった。 なんだろう、私って、一事が万事「後手」なんだよねぇ。先手必勝とよく言うが、一生勝つ事なんて無いだろう。とことん追い詰められなきゃ動かない。そうしようと決意しているわけでは決して無いのに、いつもそうなってしまう。てきぱきと物事を進める義母から見ると、「うだつの上がらぬ嫁」だろうな・・・・・・。ぶっちゃケ、自分でもそんなところ、いやだけど、じゃぁ、直せばいいのに、直さない。直らないじゃなく直さないが正しい言い方だな。意志欠如。 桜の花がじわじわと開き、7日の入学式には満開に近くなりそう。父さんが小学校の入学式で述べる言葉は、まだ考えてない。一つ、書いてみたんだけど、却下された。「・・・・ですか?」と言う質問の語尾は、父さんには致命傷なのだそうだ。妙にギクシャクしてしまうらしい。照れ屋だから仕方ないかもしれないけど、役者にならなくて良かったね。私はどちらかなら、ガンガン抑揚を付けたい方。ちっとも恥ずかしくなんか無いよ。でも、代わりに読んであげるわけには行かないんだな。
2006年04月05日
だれていると言えばそうかもしれない。今月は、月末締めの請求書もまだ出来てないし、給料計算も最終のまとめが出来てない。 給料計算なんて、多い時には20人分くらいも有ったのに、今は僅か5人分。それでもあたふたばかりしている自分がなんだか悲しい。トホホ
2006年04月04日
最後の冬休みまでは、子供たちがお休みの日には、お昼ゴハンの弁当を持って家に帰っていた。義母に任せるのも幾らか遠慮だし、親子のコミュニケーションの場であるべきだという考えも有った。 この春休みは、家に帰ったのは2度位。すっかり義母に任せてしまっている。甘えてるよね・・・・。 ただ、高二、中一という年齢を考えると、冷蔵庫に中を探して、何か見繕って食べても良いぞ!と言う感覚もある。三才児にそれは無理だが、17歳と13歳だ。まんざら出来なくはないだろう。でも、昨日の日記にも書いたが「主体性」の問題。晃子はお菓子は作るが、おかずにはなかなか手を染めない。数日前、炒め物を仕掛けておき、お昼にはフライパンで火を通し味付けをして食べるように言っておいたら、電話が掛かってきて、中華風にしてとろみを付けて食べたいと言う。そこで、中華味の素の在り処と、水溶き片栗粉の作り方!!??を伝授した。でも、分量がかなりデタラメで、妙にかったりしたとクレームっていた。 やらせれば出来るが、ゼロからはしんどいと言うところかしら。一人暮らしをすれば、しっかりと身に付くかな・・・・。
2006年04月03日
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