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そうして私の高校生活がスタートしました。 それまでも学校には行っていましたが、身体を運ぶだけで、勉強をするでもなく、友人と遊ぶでもなく、授業が終わればまっすぐ帰っていました。しかも歩いて13分の距離、帰って何をしていたのか、今でも思い出せません。 それから正月とお盆以外は毎日練習の3年間のスタート。 はじめの一週間から二週間は足がパンパンでした。 でも何とか練習についていけていたので、やはり基礎ができていたのとレベルが低かったんでしょうね。 だっていきなり試合に出れたんですから。前のときは補欠で新人戦しか出たことなかったんです。 どの種目でも3番目でした(駅伝のメンバーとしては楽勝で5番目くらいには入っていましたが)。 先輩方も故障している人などが居て、私よりも速い人がほとんどおられないし、エースは新入生でしたから、そう一年生がエースでした。でもその子は最初の試合で、5千メートル京都で2位でしたから、まぁ先輩たちが遅いというのでもないとは思いますけどね。
2005.02.28
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私は千葉ちゃんと違って、一流でなく、二流の選手でした。 もう少しで近畿大会にまでいけるところで終わりましたから、すごい話なんていうのはとても書けませんけど、でも彼女と共通するのは、やっぱり走るの好きってことですね。 20代の前半で足の故障をしてから満足いく走りはできていませんが、ほんとうに好きだったと思います。 そう、入部した当時のことにしますね。 私は中学のときも中長距離をやっていまして、中学もそこそこ強い学校だったんです。だけど練習もそれなりにきつかったし、成績悪く、親に途中で辞めさせられたので、高校ではする気はなかったんです。ところが運命というのはわかりません。 同級生が、昼休み(顧問の先生に)「言ってきてやる」(陸上やってた?入部する?)と走っていきよって、「来いって言ってはるぞ」と。 仕方ないので行くと「お前○○○中学でやってたのか、今日から来なさい」「いえ、体操服も持って来てないのですが」「家は近所やろ、遅れていいから持ってきたらいい」 それから先輩を呼ばれて部室を案内されました。 うーん、一言も入部するって言ってないのに、そんな感じで入部が決定しました。
2005.02.27
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うちの母校は今では全国で有名になってしまいました。監督のお腹とともに。 でも私が全国高校駅伝府予選に出たとき、母校がはじめて出場したときのメンバーでしたが、11位、7位、4位と近畿大会にも出場できませんでした(当時は府で2位まで、その後6位までに)。 何しろサッカー部員がふたりも走っていたくらいで、当時はこれからでしたね。 それでも50校ほどあるなかでの11位、決して悪いスタートじゃなかったと思いますけどね。
2005.02.26
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