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『構造のことを理解したい方へのお手紙 』セミナーを主催しているのですが明日の開催なのです。今頃日記に書いているわけです。ということでご紹介です。明日1月29日日曜日午前10時から午後1時までセミナーを行います。姉歯事件をきっかけに構造のことを知りたい人が増えているようです。今回は融資と住宅の話を住宅金融公庫の梶谷様、木構造の欠陥の話を東海住まいづくり研究会の野原様にそれぞれの立場からの木造構造のお話が伺えます。質問の時間もありますのでどんどん疑問を聞いてみましょう!会場でお待ちしております。ぜひお誘いあわせのうえご来場ください。地下鉄桜通線『桜本町』駅2番出口から南に桜本町交差点→東へ300m現地おっと、大事なことを忘れていた会費は無料です。明日お時間ある方!思い立ったら吉日です。ぜひお越しください
2006.01.28
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心のBGMはTOTOの「99」です。blogランキング登録しました★建てもの探訪味見日記へようこそ!★TV朝日060121放送東京都杉並区・本間邸《みどころ、でーた紹介》1.敷地面積 100平米(30坪) 建築面積 50平米(15坪) 延床面積 100平米(30坪) 混構造(1階RC+2、3階木造) 建築費:2500万円 敷地面積も床面積も建築費も シンプルな数字だこと。2.玄関入ってすぐの食堂が ゆっくりお酒を飲みたくなる 雰囲気ですね。《シェフ・オオシマのひとこと》正直、最近自分のボキャブラリーの貧困さに頭を抱えている。オモシロさを競うわけではないはずの住宅というものを言葉で表現する難しさを感じています。 この建物の写真を見たい方は↓このページを!本家【建もの探訪HPより】ここまで読んでくれた証にクリックよろしく→てなわけで人気blogランキングにGO!それではまた!
2006.01.22
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心のBGMはビートルズの「ヘルター・スケルター」です。blogランキング登録しました★建てもの探訪味見日記へようこそ!★TV朝日060114放送世田谷区・新井邸《みどころ、でーた紹介》1.敷地面積 208平米(63坪) 建築面積 104平米(31坪) 延床面積 204平米(62坪) 鉄筋コンクリート造 上下階の平面位置が結構ばらばらねえ。2.玄関扉の戸締りは、なんとカンヌキ。 プロのご意見は分かれるでしょうね。《シェフ・オオシマのひとこと》カリスマ主婦の家だそうで。私は今回先に番組を見たのですが個人に合わせて造ったのか、家族にあわせて家を造ったのかどっちかな?と疑問がわきましたね。 この建物の写真を見たい方は↓このページを!本家【建もの探訪HPより】ここまで読んでくれた証にクリックよろしく→てなわけで人気blogランキングにGO!それではまた!
2006.01.22
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心のBGMはドゥービー・ブラザーズの「JESUS IS JUST ALRIGHT」です。blogランキング登録しました★建てもの探訪味見日記へようこそ!★TV朝日放送20051224その1.京都・萩野邸《みどころ、でーた紹介》1.敷地面積 73平米(22坪) 建築面積 43平米(13坪) 延床面積 131平米(40坪) 鉄筋コンクリートラーメン構造 建築費:3700万円 町並みに配慮した外観です。2.宅配ピザ専用の窓が玄関近くに ある。《シェフ・オオシマのひとこと》一見コンクリート打ちっ放しに見せない外観に好感。その2.神戸・植田邸《みどころ、でーた紹介》1.敷地面積 194平米(59坪) 建築面積 57平米(17坪) 延床面積 88平米(27坪) 木 造 建築費:2219万円 外観は京都、大阪には 少ない味付けの微香性を 感じます。 2.天井はひねりを入れることで広さを演出しています。 とのことですので本放送で確認したいですね。 ちょっと写真ではわかりづらいです。 《シェフ・オオシマのひとこと》ロケーションのいい場所での設計は方向性がはっきりしていて設計者の意思が判りやすいですね。その3.大阪・久保邸《みどころ、でーた紹介》1.敷地面積 327平米(99坪) 建築面積 162平米(49坪) 延床面積 209平米(63坪) 鉄筋コンクリート造 建築費:6212万円2.三方が住宅に囲まれているので 中庭を設ける手法は もうおなじみですね。《シェフ・オオシマのひとこと》白い館です。子供の情操教育上、どう影響するでしょうか?この白色の割合の多さは?この建物の写真を見たい方は↓このページよりご確認を!本家【建もの探訪HPより】ここまで読んでくれた証にクリックよろしく→てなわけで人気blogランキングにGO!それではまた!
2006.01.22
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3日前ですか、もうあれはシェフと自称するこの私が本物シェフ2人を交えて飲み会してたのです。一人はいわきのおすし屋さん。知る人ぞ知る汚いチラシの出村さん。(これって失礼な表現かあ?)もう一人は岡崎でケーキでもうまいもんならなんでも挑戦しまっせの”うおのぶ”さん。そのお二人の本物シェフに対するは東海住まいづくり研究会の面々。あいも変わらずオイラは飲みはじめて1時間すぎた後のことはすっかり覚えていない。やたら楽しかった記憶のみ。まわりも盛り上がってたみたいなのでそれでよし!そんなこんなでご機嫌のシェフおおしまでした。追伸:なんでそんなにご機嫌だったかの理由がもうひとつ 浜松のくめっちさんより紹介されていた 名古屋の串かつやさんに行って堪能した後に 彼らとまた飲んだということもご機嫌の理由さ。 逃げれば逃げるほど僕に近づくってワケ だって地球は丸いんだもん 久しぶりの本日のBGMはビリージョエルの『オネスティ』なんてどうでしょう?それではまた!
2006.01.20
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昨年は悪徳リフォームの話題と耐震強度偽装の話題が世間を騒がせた。その悪徳リフォームの話題も冷めつつあるがマダアッチッチの話題だった頃、確か10月の初め頃だった『悪徳リフォームに騙されないセミナー』を企画していて、ちょうど中学時代の友人が飲む機会にチラシ原案を持っていった。いくつかセミナーのタイトルコピーを見せて反応を調査したのだ。そのとき8人くらいいた男女のうち5人くらいから『題名にリフォームという言葉がつくだけで消費者は警戒感をもつよ。絶対リフォームという言葉を入れない方がいい!!』と強くアドバイスを受けた。結局、そのときはセミナーは開催できなかったのだが今、構造計算の重要性をお話しするセミナーを企画していてそのことを思い出した。『あれ?そういえばこの時期に話題の(構造関係の)話をするのはかえってマイナス効果もあるって飲み会のとき、あいつらがいってたな!!』と思い出した私でした。んー!本当の日記みたい。いじょ。(KBさん元気かな???)それではまた!
2006.01.13
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《 エピソード3 ~“構造"への目覚め(独立)~ 》そして時は経ち、また私は大学のS教授の部屋にいました。大嶋 『すみません!せっかく紹介いただきました設計事務所ですが、 辞めることになりました。』 2年前と同じシチュエーション・・・ S教授 『今度はこれからどうするつもりだ、あてはあるのか? そろそろお父さんの会社を手伝わなければいけない頃 じゃないのか?』 大嶋 『実は父親の子会社があるのですが、今年がんばって 1級建築士をとって、 その子会社を設計事務所にしようと思っています』 S教授 『独立するのか?大変だぞ!設計の仕事のあてはあるのか?』 大嶋 『父親の会社の仕事はあるのでしょうが、小さな会社なので他にも がんばって仕事を作らなければと思っています』 S教授 『そうか。それなら構造設計の仕事をする気はないか? OBが今度名古屋で構造設計事務所を開設したので、 その気があるなら 何かと仕事はあると思うよ』 (願ってもない話だ!しかし構造設計事務所の仕事といったらまた一から勉強だ。 しかし木構造の伏せ図を描いたときは面白かったし、 鉄骨や鉄筋の構造も覚えたら面白いかもな)そう考えをめぐらせた時間はほんの1~2秒だった(はずです)。大嶋 『は、はい』 (こんな展開になるとは、心の準備が全然してなかったけど、 これも流れだ) 『お願いします』 (あれ?2年前と似たような状況だなあ)S教授はメモをめくり、おもむろに電話を掛けだしました。やっぱり2年前と同じシチュエーションです。持つべきものはいい先生ですね。そうして「オオシマ設計」は意匠設計、構造設計の両方として会社のスタートをしました。構造の仕事は思っていたより大変でした。パソコンソフトもいまよりずっと高価な時代でしたから、とても購入することはできずすべて手計算で構造計算をするわけです。(現在手計算で構造計算する人は少なくなってしまったでしょう)しかし会社には私一人、誰に聞くと言うわけにはいかず、まずは手計算をするために、参考となる書籍を探すことから始まりました。そして探してきた書籍を読んでみると、見たことある気がする計算式なのだが、それが実際に計算する前に理解しようとしてもさっぱりわからない!たった一つの式の意味を理解するのに、結局1日かかってしまったこともありました。情けなくて涙がにじみそうでした。正直言うと単位ですら混乱していました。この式で使うこの符号はt(トン)なのかkgなのか、これはmなのかcmなのかでさえ・・・複雑な計算式の中で単位が一桁違うということはまるで意味がないわけですから、単位はもう本当に基本の中の基本なんですね。学生時代に本当にサボっていたので、罰が当たったのですね。(こんなにお世話になるS教授の授業最中に抜け出して、 テニスをしに行った私が馬鹿だった!)1人で仕事を始めて、上司も、同僚もいない中で構造の基本を一つ一つ覚えていくしかなかったので、当初は一つの計算を終わるのに人の5倍くらい時間が掛かったのではないでしょうか。そうするうちに、構造設計事務所からの仕事だけでなく、その紹介で大手ゼネコンさんの構造設計部に出入をするようにもなって、いろいろな会社の仕事方法も目にする機会が増えました。結果的に構造を知ることにより、建物の全体像がよくわかるようになっていたことに気がつきました。『なるほど、奥村組にいたとき現場であの仕様になっていたのは こういうわけだったのか!!』『設計事務所勤めの頃、構造をもっと理解していたら あのような不経済な図面は描かなかっただろうな』という事がわかるようになってきたのです。そうなると建築の面白さがまた変わって来たのですね。友人Wがこういったのを覚えています。(その友人WとはS教授の授業中にテニスに誘ってくれた張本人)『オオシマは学校では一番のほほんとしてたように見えたけど(勉強して無かったという意味だろう)社会に出てからは一番勉強してるんじゃないか?』さすが持つべきものは友人ですね。そんな言葉が私を支えてくれてもいたのです。おかげさまで、今では“構造に詳しい工務店の設計部長兼社長”ホームページ上などでは、住宅の調理人という意味で“シェフ・オオシマ”になっているわけです。 (おわり)どうぞご感想をおば!よろしく!
2006.01.12
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《 エピソード2 ~ はじめて感じた達成感(設計事務所勤務時代)~ 》 大学の先輩の設計事務所に入社して驚いた。所員が皆若い!所長は16年違いだから当時41歳くらい。所長を除くと、所員の一番年齢の上のものが26歳!(私は当時25歳)あとは同級生が1人、私より1歳年下が1人。平均年齢の低い、さぞかし和気あいあいした職場なのだろうと思っていたのですが・・・この会社では、人間関係は仕事内容より比重が多い大きいなぁということを学ぶことになりました。しかし、この事務所での仕事を通して、私のその後の建築人生を方向付ける出来事が起こったのですから、その事務所には感謝しなくてはなりません。私のその事務所での最後の仕事は、大阪の分譲住宅会社の木造住宅の打ち合わせでした。図面を持って新幹線に乗って大阪に打ち合わせなんてカッコイイなあと思いつつ、どんな人と打ち合わせするのだろうという不安もありました。というのは、実は私はそのプロジェクトの担当ではなく、急遽ピンチヒッターとしての打ち合わせだったのです。私はそのプロジェクトの仕事の流れすらわからずに、所長の指示もほとんど無く、所長に『オオシマクン、大阪行って打ち合わせしてきてくれ!』との指示のみで新幹線に乗ったわけなのです。緊張の打ち合わせ。平面図、立面図など、持っていったものの説明を無難に進める私。“よしよし、これならスムーズに打ち合わせは終わり、どこかで一杯飲めるなぁ。。。奥村組時代の仲間に電話して、今日はどこかでゆっくりして今晩は泊まっていくか・・・”と内心、他事を考え出したそのとき、「ところで、伏せ図は持ってきてないの?」「??? ふっ、ふせずですか」頭の中がぐるぐる回りだした。“ふせず”って、“伏せ図”だよなあ、土台とか梁とかの構造骨組みの図面だよなぁ。存在は知っていても描いたこと一度も無いじゃないかぁ。そもそも大工さんが描く図面だよなぁ。設計事務所ではあまり描かないよなぁ。実は日本の大学教育では木造の構造については授業自体無いことをご存知でしょうか?それは設計事務所でもそうでした。私みたいに設計マンが伏せ図を描いたことが無いこと自体は業界的には普通のことなのです。「伏せ図が必要なのですか?」「おかしいなあ、頼んであったのに・・ しょうがないなあ、ここで描いていってよ!オオシマサン」おかしく思うのはこちらのほうデイ!と言いたくなる気持ちは分かってもらえるだろうか?描いていってよと言われて、私はどうすべきだったのだろう?伏せ図を描く能力なんて全く無い私。しかしわざわざ大阪まで設計事務所員として出張してきて、何も知らないーじゃあ、カッコ悪すぎる。でも恥を忍んで「すみません、伏せ図描いたことがないのです。」正直にそういうしか、選択肢はやっぱり無いですよね。「えー、しょうがないなあ、今から一緒に仕上るか」その後、担当者が私にレクチャーしながらようやく必要な伏せ図が1棟分出来上がった。全部で10何棟の区画のたった一つが終わった。「もう時間も遅いので、今日は持ち帰ってあとの図面を仕上てきてください」レクチャーしながらなので、1棟分だけでも時間は随分かかってしまった。担当者に残業させてしまった事と、また図面の納期を伸ばさざるを得なくなってしまった事もありダブルでばつの悪いこと。しかし担当者さんは、ありがたくも居酒屋に誘っていただいて、それからは私のペースで時間は過ぎた。『あんたみたいな人が私の娘の旦那ならなぁ』と担当者から冗談が出るくらいご機嫌な宴会でした。やはり人相手の仕事は楽しいと感じました。普段図面とにらめっこばかりしていた私の正直な気持ちです。そうして名古屋に戻ってきたわけなのだが、残りの図面作成を考えると目の前はまた真っ暗に!1軒分を目の前で聞いただけでわかるほど、木造が簡単な訳が無いのです。事務所の誰に聞いてもあまり知らないだろうし、また知っていても会社内のムード自体が所員同士が相談するという場ではなかった。。。そこで私はどうしたかというと・・・父親に教えてもらいました。父親は14歳から大工で、そのときは工務店の社長でした。プロが身近にいた訳です。父親に『教えてくれ』と言うのもなかなか照れくさかった。。。そうして初めて父親から建築のことを教わった日が来たわけです。父親もうれしそうに教えてくれました。小学生のときのキャチボール以来(笑)そして木構造のおもしろさが判った(気になった)日でもあったのです。結局、残りの10何棟の伏せ図を完成させたときに感じたのは疲労感より、達成感でした。『おもしろいじゃん!!木構造って!』設計事務所に入って、初めての満足感が感じられたのでした。 (つづく)
2006.01.11
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おそまきながら新年あけましておめでとうございます。皆様本年もよろしくお願いいたします。年末からサボり過ぎの楽天日記ですが、12月は構造についてあれこれ書いているのですがなぜ構造について書きたくなったかを理解していただくため私の簡単な履歴書というか構造に関する私の職歴などを書いてみたいと思います。(実はHPからコピーするだけなのですが・・・)《 エピソード1 ~ゼネコンでの下積み時代~ 》最初の就職先は、株式会社奥村組という、ゼネコンの上場企業でした。就職会社決定のときは忘れられません。私は教授がマージャン好きという理由のみでS教授のゼミに入りました。構造のゼミでした。そして同級生は大学院に進学するものも結構多かったのですが私はもう早く社会に出たかったので4年生のときの就職指導でした。ある日、ゼミのS教授に呼び出されての会話。S教授 『オオシマクンは、関西にある奥村組に行かないか?』 大嶋 『はぁ・・・』 S教授 『求人がきているのだが、それを見ると奥村組の 求人内容が合っているかと・・・』 大嶋 『どういう求人だったのですか?』 S教授 『どうって・・・(笑)とにかく お前に合ってるから・・(笑)』 そう言われて、その後就職担当のX教授に合いました。大嶋 『S先生に奥村組はお前に合ってるといわれたのですが、 どういう意味でしょうか、わかりますか?』 X教授 『はははは、奥村組の就職担当さんが私に言ったのは “とにかく元気な人をお願いいたします” ということだったのだ』 授業を決してまじめに受けた訳とはいえない、また成績もそう威張れたわけではないこの私にはもっとも向いている会社だったのでした。奥村組では、職場の人間には恵まれました。元気さが命の現場では私のようなものの方がかわいがっていただけたのかもしれません。仕事は毎日鉄筋の本数を数え、配筋写真を撮り、コンクリートのミキサー車の台数を数え、現場でトラブルがあると最初にすっ飛んで行く役目でした。周りに恵まれて楽しい思いが多かったのですが、大きな会社ゆえに建物全体部分に関わっているという実感が薄いと感じていました。考えてみればお客さんの顔が見えない仕事に達成感が無かったというのが本音でしょう。 そして実務経験が2年過ぎ、1級建築士の受験資格ができたことも手伝ってか、お客様の要望と自分の提案がぶつかってもいいから、結果“良いものができたね”と直接お客様に言われること仕事をしたいと思い始めていました。それには設計を学び、設計士としての仕事がしたい!という思いがだんだんと沸いてきたわけです。そして当時25歳だった私は入社2年で『私はこのままではいけない』と衝動的に退社を決意。就職のお世話をしていただいた大学にも連絡しないで退社を決めた馬鹿者でした。先に転職先を決めるわけでもなく、名古屋に帰ってきた私は早速S教授に謝りに学校へ行きました。大嶋 『すみません、折角推薦していただいて入った会社を 2年で辞めてしまいました』 S教授 『そうか、今後はどうするつもりだ』 (教授は怒るわけでもなく淡々とつづく会話。)大嶋 (ありゃりゃ。全然怒られないやあ) 『実は、まだ何も決めてないのです。設計の勉強を したいなと漠然と思っているのですが・・・』 S教授 『オオシマクン時間あるか?2期生で設計事務所を 開いている先輩がいて、人が欲しいといってたが、 逢ってみるか?』 大嶋 『は、はい、 (こんな展開になるとは、心の準備が全然して なかったけど、これも流れだ) お願いします』 S教授はメモをめくり、おもむろに電話を掛けだしました。こういった経緯で設計事務所に入所し、それからが構造に目覚める道が私を待ち受けていたのでした。誰もが思うのでしょうが『もっと勉強していればよかった!!』の洗礼を受けたのがきっかけです。 (つづく)
2006.01.10
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