Shinanonokuniのブログ2
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年末の連休を利用して、鹿児島県の奄美群島(喜界島・奄美大島北部)を訪れて来た。[その1]12/27、前日に慌ただしく仕事納めを済ませて、早朝に松本を発つ。今回の旅は奄美群島の内、喜界島と隣の奄美大島に行くことにしている。長距離の移動は特典航空券を使用した。その関係で初日は便の確保がうまく出来ず、陸路で松本→名古屋(高速バス)、名古屋→大阪(近鉄)、伊丹→宮崎(JAL)、更に宮崎→国分(JR九州)と各公共交通機関を駆使して移動して28日の早朝便で喜界に飛ぶこととした。移動は全てダイヤ通り順調に行った。高速バスも渋滞無く、近鉄も定時運転、難波から伊丹まで移動してみると、空港保安検査場は長蛇の列。これには驚いた。確かに地方へのUターンラッシュが始まっているので当然なのであろうが人が一杯である。しかも憎らしい事に8個ある検査レーンののうち半分しか開いていない。これでは混むのも当然である。やむなく列に並ぶ。途中で搭乗時刻が迫った人達が優先的に順番抜かしをしてゆく。やむを得ないことではあるが気分の良いものでない。結局保安検査場を通過するまで30分を要した。サクララウンジでビールでもと思っていたがそんな時間もなく慌ただしく機内へ乗り込む。宮崎までの便はJAC(日本エアーコミューター)のDHC8-400型機である。今回の旅はJACのお世話になることが多い。胴体着陸で悪い評判がたってしまったが、初期トラブルが少々多い以外は、とても良い機体であると思う。速度も速く近距離ならジェット機と比べても遜色ない。騒音も静かで快適である。晴れのなか快適な飛行を続ける。しばし微睡むが、タイミング良く足摺岬上空付近で目が覚める。下の美しい景色を俯瞰する。ここも未踏の地である。いつか来てみたいと思う。無事に宮崎空港へ降り立ち、すぐにJRに乗り換える。空港連絡鉄道があるので便利だ。すぐに発車する特急「にちりん」で1駅、南宮崎まで移動して、日豊本線の特急「きりしま」に乗り換える。南宮崎駅にはローカル線用の派手な塗装の車輛が出番を待っていた。九州に来るとJRの塗装が原色でとても目立つ。しかし、「きりしま」は懐かしい国鉄塗色の485系であった。朱色の帯にクリーム。やはり優等列車はこの色が一番良いと思う。まだこんな車輛が残って居たのだと感心する。2時間弱で国分へ着き、宿へ向かう。鹿児島空港は鹿児島市からは遠く、国分辺りが最も近い駅である。頭上を離陸直後の航空機が飛んでゆく。本当に空港が近い。しかしB777は静かである。毎日爆音を聞かされている地元の方には申し訳ないが、お上品すぎて迫力に欠ける気もする。今宵の夕食は国分市(霧島市)の中心部、山形屋百貨店横の居酒屋「大黒」にしてみた。地元でも人気の店らしくかなり混んでいた。名物のキビナゴ刺身など地魚と畜産品、芋焼酎で一献する。やはり薩摩は芋であろう。程良く酔って就寝。翌日は路線バスで空港へ向かう。緯度が西に寄っているのでさすがに朝は遅い。七時でもまだ暗い。空港へ着いた頃には夜が明けて天気も良い。待合室から霧島連山が綺麗に見えたので一枚撮る。バックの山が霧島連山である。手前の航空機は出発を待つサーブ340型機。こちらもサーブ機で飛び立つ。小さなプロペラ機で座席の配置が「1+2」である。マイクロバスが飛んでいるような感覚であろう。一時間ほど飛び、降下中にそこそこ揺れる。奄美地方の天気予報はこれから数日間一貫して悪い。それでも無事喜界島空港へ着陸する。今回乗ってきたサーブ340型機。今回の旅行ではサーブ機を延べ四回乗ったが、全て同じ機体(JA8886)であった。空港売店で予約しておいたレンタルバイクを借りる。28時間ほどのレンタルで3000円。良心的な値段だと思う。天気が少々不安である。レンタカーにしておいたほうが良かったもしれないが、今日は1日持ちそうである。取り敢えずバイクで空港を跡にした。最初にターミナルビルと滑走路を挟んで反対側にある空港臨海公園に行く。この空港は元海軍航空隊があったところで、沖縄決戦の折りには多くの特攻機がここを中継基地として利用したそうである。その慰霊碑が建立されていた。海軍航空隊慰霊碑。ここから還らぬ出撃をしていった英霊に黙祷をした。奄美群島は米軍が上陸しなかったために戦場になることは無かったが、米軍の執拗な空襲を受け、多くの基地要員も散華したそうである。同じく近くにある巌部隊供養塔。慰霊碑など見ていると、先ほど乗って来た航空機が、鹿児島へ向けて離陸していった。タイミングがうまくあったので写真を撮った。小さい航空機ではあるが、空港もミニサイズなので大きく見えた。(サーブ340型機・JA8886)次回に続きます。
2008年12月30日
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