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こんばんは!世間は「3連休」だそうですが、のんびり休んでいる暇はありません!正月にのんびりしすぎただけの話ですが・・・(笑)今日から、海産物販売のラストウィークで、「在庫一掃セール」のスタートです!ところで、この正月、いくつかの新たな出会い、と言うか再会があったのですが、そのうちの一人が、平戸出身のミュージシャン「松口ようこ」さんでした。2日の夜、中学・高校の同窓生のT女史と飲んでいて、スナックに行った際に、ばったりと彼女にあった訳ですが、お互いの自宅は、同じ町内で2軒しか離れていない所。ただ、もう随分永いこと会っていなかったので、紹介されてお互い「エ~!!」。私が覚えていたのは、「美少女」で評判の頃の彼女で、成長してからの消息はほとんど聞いておらず、こうしてミュージシャンとして活躍していることなど全く知りませんでした。その後、「松口ようこ」で検索してHPを見て、幅広く活動していることを知り、驚いたり、嬉しかったり、その感想を早速メールした次第です。彼女からの返信に、ライブの画像をクリックすると動画を配信しているとの説明があったので、今聞いてみたら、の歌声も優しくて透明感があり、ファンになりました。ぜひ、聴いてみてください!!
2012.01.09
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こんばんは!9時半頃、行橋の寮に到着し、入浴、洗濯を済ませ、一息ついています。今日は、平戸から福岡~筑後川温泉~八丁峠を越えて行橋まで走ってきました。福岡市内はすごい渋滞で、抜け出すのに時間がかかり、予定がすっかり狂ってしまいました。八丁峠では、ただでさえ真っ暗な山道で怖いのに、山頂付近では雪が残っていて、路面は所々凍結しており、背筋がゾクゾクするような恐怖感を感じなからの運転でした!だいぶん下までおりてきた所ですれ違ったあのクラウンは大丈夫だったのだろうか・・・?今晩は「休肝日」!大晦日から昨日まで、胃と肝臓さん、お疲れ様でした!今日はゆっくりお休み下さいませ!
2012.01.06
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おはようございます!昨夜は、FBで知り合いになった、地元の大手ホテル社長のKさんと「FBオフ会」で初めて会い、大変盛り上がりました!FBでは、写真付きのコメントをやり取りしているので、初対面という感じは全くなく、話が弾みました。一次会は、地元の方との出会いもあるかもしれないとのK社長の気遣いで、M酒店での角打ちで行い、目論見どおり、高校の大先輩や中学時代の野球部の後輩等思わぬ出会いがあり、 楽しい時間になりました(^-^)v二次会は、スナックでカラオケで大騒ぎ・・・!正月休みの最高の締めくくりになりました!さて、今から福岡に向かって出発です!仕事初めは、天神と筑後川温泉のホテルのマッサージチェアの集金です!新たな気持ちで、今日から新年のスタートです!
2012.01.05
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明けましておめでとうございます!今、故郷の平戸でのんびりと新年を迎えています。大晦日の夜から元日にかけて、ほとんど「アルコール漬け」の状態で、久々に 飲んだくれて過ごしました(((^_^;)昨日は、11時頃から、母、弟家族と年賀をし、おせち料理をいただきながら、ビール、日本酒、焼酎を味わいました。日頃、一人で食事することが多いので、家族団欒でいただく食事の温かさをしみじみ感じました!3時過ぎに、全員で歩いてお墓参りに出かけ、新年の誓いを墓前で申し上げてきました。更に、亀岡神社へ初詣。おみくじは「大吉」でした!先ずは、これを信じて、新年に臨むつもりです!みなさんは、いかが新年をお過ごしでしょうか?今年も、皆さんにとって素晴らしい年になることを心から願っています!さぁ、これからまた飲む・・・ のかな?(((・・;)
2012.01.02
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こんばんは!寒い一日でしたね!今日は「天皇誕生日」の祝日ですが、住宅街を回っていても「日の丸」を掲げているお宅はほとんどありません。単なる「休日の内の一つ」という意識なんでしょうね!今一度、「祝日」の意味を考えてみる必要があるのではないでしょうか・・・等と、休めない私はボヤキながら走り回っていました。先程、一緒に住んでいた若者が東京へ旅立ちました。1年半ほど寝食を共にしていたので、寂しさはあるものの、彼の新しい人生に幸多かれと願いつつ送り出しました。33歳の彼のこれまでの人生は、社会の波に翻弄されているようです。青森県の高専で土木関係を学び、ダム関係の建設会社に就職していたのですが、折からの「脱ダム」宣言で会社がおかしくなり、リストラにあってしまいました。その後、様々な職業を転々とし、行橋のIT関連会社で派遣社員として働いたのですが、1年半前に「リーマンショック」後の「派遣切り」で住む所も無くなり、当社に飛び込んで来た訳です。そして、FBを通して「元カノ」と再会し、明日のクリスマスイブを一緒に過ごすために、今日の出発になりました。この再会も、いかにも「今風」です!東京では、キャバクラを経営している兄さんの所で働くとのことで、「とにかく二度と九州に舞い戻るようなことはするなよ!」と励まして別れました。彼の最後の言葉。「シリウスさん、ぜひ東京に出てきてください!キャバクラの一番良い娘紹介しますから!!」ムムム、行かなければ!!
2011.12.23
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おはようございます!今日、「還暦」を迎えました。改めて、月日の流れの速さを実感しています。私の部屋には、長女の位牌を納めている小さな仏壇とその横に両親の遺影を置いてあり、毎朝、お茶と線香を上げて、手を合わせるのを日課としています。今朝は、両親には日本酒を上げて、「万人幸福の栞」の第13条「本を忘れず、末を乱さず」を音読し、「命の根元である両親」に対する感謝の言葉を申し上げました。また、海産物販売をやめるにあたって「末を乱さない」ことの大切さも改めて確認できました。今日の心境を3首の短歌にしてみました。『還暦を迎えし朝に父母(ちちはは)の遺影に向かいて感謝捧げり』『父母にいただき命有り難し生き行く限り希望忘れず』『早々に父母(ふぼ)と別れし半生も育ての母に感謝新たに』更に、今年1月の中学の同窓会の時に作ったものです。『「還暦」と言われる歳に至れども「老い」の実感まだまだ遠し』まだまだやらなければならないことややりたいことがたくさん残っており、老け込んでいる暇はありません!最後に、牧水の有名な歌で、今の心の支えになっている歌です。『けふもまたこころの鉦(かね)をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く』人生の「あくがれ」に向かって、今日一日、一日と心の鉦をガンガン鳴らしなら進んで行こうと思っています。今日一日、お元気で!
2011.12.21
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朝から雨模様で、ちょっと鬱陶しいスタートになりました。11時20分頃、小倉南区津田西の交差点で、先頭で信号待ちしていたら、目の前で直進車と右折車が衝突事故。初めて、事故の瞬間を目撃したのですが、一瞬「えっ、何で?」と思った後、「あっ、事故だ!」と気付きました。双方共ノーブレーキだったので、損傷は酷いようでした。で、こんな雨の日は運転に気を付けなければ、と思いつつ、小倉北区神幸町の信号に来たら、100m程離れた所(富野)が火事で黒煙が吹き上がっていました。風が強いので延焼が心配でしたが、その後13時間後に漸く鎮火し、20軒、約3,000平方Mが焼ける大火事になりました。被災者の皆様には心からお見舞い申し上げます!皆さん、これから年末にかけて、交通事故、火事にはお互いに気を付けましょう(((^_^;)
2011.11.18
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おはようございます!今日も雲一つ無い青空で、清々しい一日になりそうです!でも、ちょっと寒いので、車の暖房を入れてのスタートになりました(((^_^;)ほぼ毎日見ている「香春岳」ですが、人工的に削られていた直線の山腹が、青空に映えて浮き出ているようです!今日一日、お元気で\(^o^)/
2011.11.17
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直方の住宅街で「皇帝ダリア」の淡い薄紫の花が青空をバックに揺らめいていました。 この時期、あちこちの高いところで花を開かせ、私達の生活を見下ろしていますね^_^;
2011.11.15
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おはようございます! 随分涼しいですが、爽やかな朝ですね ! ドラゴンズ、2連勝\(^o^)/これで面白くなりましたね! 戦前、福岡地区の民放ラジオを聴いていると、評論家、キャスターが口を揃えて、ホークスの圧勝との予想。 ホークスがCSで転け続けている間、何度も日本シリーズで戦っているドラゴンズに対する敬意すら示さない論調に、チョイと反発!ドラゴンズを応援することにしました。 ホークスファンの皆さん、これはホークスの日本一を福岡ドームで見るためのハンディと思えば、これまた楽し! 日本シリーズを楽しみましょう(笑) 今日一日、朗らかに、安らかにf(^_^)
2011.11.14
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福岡に向かう途中八木山で、詩人山本よしきさんのギャラリーに立ち寄りました。こたつに座り、10円の美味しいコーヒーをいただきながら、特に「桜ライン311」という運動に協力されているとの話を伺いました。これは、津波到達点に桜を植えて、後世に伝える運動だそうです。よしきさんは「桜の花(東日本大震災に念う)」という詩を書かれていて、その詩に二人の歌手が曲を付けてくれたので、その曲でCDを作り、販売収益をその運動に寄付しているそうです。早速、1000円で購入して、協力させていただきましたp(^-^)q
2011.11.13
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先程、NHKで再結成した「ZONE」を見ました。10年前、ガールズバンドとしてTVに出ている頃、その可愛らしさに注目して見ていました。特に、ベース担当のショートヘアで眼がクリクリした娘が好みでした。で、今日久しぶりに見た彼女達は、見事に「大人の女性」に美しく変身にしていました。特に、ベース担当の娘はますます可愛くなっていました。思わず「綺麗になったなるぁ」と声が出てしまい、何だか父親の気分で見た約3分でした。この期間は「少女から女性」に大きく変わる時なのですね。彼女達が、これから幸せな人生を送ることを切に願う次第です。
2011.08.21
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行橋市「長井浜海水浴場」です。facebookで知り合った方から、「50年まえに行橋に住んでいたことがあり、懐かしいので近景を撮って欲しい」との依頼があり、昨日4時ごろから、送ってもらった地図を手がかりに市内を回り、携帯で写真を撮り、30枚程メールで送りました。「潮干狩りに行った」と地図に書かれたの方向にあったのが「長井浜海水浴場」でした。私自身、今年初めて浜辺に来たので、暫く潮風に吹かれて「誰もいない海」をぼんやり見つめていました。夕方の海辺は、なんとなく寂寥感が漂い、ロマンティックな気分になりますね!ここで、ギターを弾きながら、歌でも歌おうもんなら、気分は「若大将!」ですな!(古いか?)しかし、ここ数年長いこと、海で泳いでいないぁ!
2011.08.16
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昨夜は、11時半頃から30分程「ベルセウス座流星群」を見るつもりで、近くの公園へ。 コンクリートの歩道に仰向けになって夜空を見上げました。 月が煌々と輝き、星があちこちで煌めき・・・。 こんな感じで夜空を見たのは、何年ぶりだったでしょうか? コンクリートからは、昼の余熱がじんわり伝わり、心地良い夜風が吹いて、久しぶりにとても開放された時間でした。 で、肝心の「流れ星」は2つ、「かな?」というのを1つ見ることができました! 「流星群」と言うから、あちこちに「流れ星」が飛び交っているのかと思っていたのですが、チョット期待外れ。 「願い事」は、探す方に気を取られて、それどころではなくて・・・(笑) 今晩もチャレンジしてみます。
2011.08.14
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「陽春の光射し込む藤棚に穏やかな風紫の波」チョット、季節外れの写真でスミマセン!今年の4月下旬、八幡西区吉祥寺の「藤祭り」を訪れた時の写真です。短歌はその時作ったものです。所属している短歌会の会報誌「しきなみ」9月号が届き、「佳作」の欄に載っていました。入選は、投稿した2首と選者の短評が掲載されます。毎月どこに掲載されるかも楽しみの一つです。因みに、一緒に投稿もう一首です。「見上げれば紫染まる木漏れ日に憧れの笑みふと重なりて」ある女性の笑顔を想い出していました・・・(笑)
2011.08.13
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「藤色の百日紅の花」です。 昨日、八幡西区の住宅街で見掛けました。 気にして見始めると、「百日紅の花」も、深紅、赤、桃色、白等、様々な色がありますね。 今日はどんな色の花に出会えるか、楽しみに走り回ります(^-^)/
2011.08.12
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同窓会の当日、午前中、40人程の同級生と還暦のお祓いを皆で済ませ、早目に会場に着いて、数人の友人と話していました。そこに、同じクラスだったK君が、彼女を伴って来たのです!そこにいたのは、45年の歳月でそれなりに年を重ねているものの、あの当時の面影がそのまま残る、小柄でチャーミングな「Y」でした。しかし、最初の会話は悲惨なものでした!「やあ、久し振り!」と私。「え~、覚えていない!」と彼女。「ほら!同じクラスだった!」と私。「本当に、記憶がないの!ごめんなさい!」と彼女。「・・・・・」(ほとんど涙目!)ハンマーで頭を2~3発殴られたようなショックで、目の前は真っ黒、頭の中は真っ白!何とか気を取り直し、友人から卒業アルバムを借りてきて、集合写真を見せて、ようやく「あ~、思い出した」となり、何とかその場を取り繕うことができました。一緒に写真を見ていて、ふと、私の隣に綺麗な子が立っているのに気付き、「この子誰だっけ?」と聞いたら「Oさんじゃない?」と彼女。「何だ、意外と覚えているジャン!」と心の中で突っ込んでいました。(こんな切羽詰った状態の中で、他の女の子に目が行ってしまった私もどうかと思いますが・・・)それから、記念撮影などが始まるまでの10~15分程、立ち話ながら、あの頃好きだったこと、何も話さず別れたことをずっと引きずっていたこと等を自分でも不思議なくらい、笑いながら自然な感じで話すことができました。それに対して、彼女は、あの当時誰もそんなことを言ってくれなかったこと、卒業後は近くの市の高校に行ったこと、未婚のまま仕事一筋で現在にいたっていること等を話してくれました。その時間は、人生で初めての彼女と二人きりの会話であり、記念すべきひとときでした。懇親会が始まり、彼女とは違うテーブルでしたが、様子を見計らいながら、彼女の傍らに座り、趣味のこと、現在の仕事のこと等など話すことができ、その後2次会、3次会と流れる中でも、あれこれホントにいろんな話をすることができました。その日の1時から分かれる10時頃までは、まさに「至福の時」でした。ただ、4次会に向かう途中で、いつの間にか分かれてしまい、結局、連絡先等を聞きそびれてしまったことが、唯一最大の失敗でしたが・・・。その後、仲の良かった幹事から彼女の住所を教えてもらい、早速、海産物等を宅配便で送ってたあげたのですが、それに対してお礼の電話があり、まず電話番号をゲット!そこで食事の約束をしたのですが、約束の日の1週間前にキャンセルのメールが入り、メルアドをゲット!それから、数回「会えませんか?」とのお誘いのメールを送ったのですが、現在まで会ってもらえてません。ひょっとして、「警戒」しているのかもしれませんが・・・。ただ、私の彼女に対して関心を失っていないことを示す意味で、適当なタイミングで、営業中に撮りためた季節の花や風景の写真に近況を添えて送っています。先日の彼女からのメールは、そうしたメールを3~4件ほど送ったものに対する返信だったのです。これから、彼女とどのような関係を作っていけるのかは、全く予想ができません。折角、会おうと思えば1時間ほどで行き来できる距離に住んでいる訳で、とりあえず、「同級生」として、気軽に友人を誘い合わせてお酒を飲みに行ったり、カラオケに行ったりするような関係ができれば楽しいだろうな、と思っています。そして、これからの人生の中で、気軽に話し、相談し合えるような、お互いが必要とするような存在になれれば、より楽しいものになるだろうな、とも思います。その為にも、返信が返ってこないメールを、めげずに送り続けるつもりです。そして、たまに返ってくる彼女からのメールを「宝物」として、繰り返し読み返し、人生の一つの「エネルギー源」「励み」にしていくつもりです。いま、こうして振り返ってみると、彼女の存在そのものが私の人生に「インパクト」を与えている訳で、その意味で「感謝」です!同窓会での彼女との出会いを詠んでみました。・卒業後45年の時を経て微笑む君と再び逢いし・語り合う君の笑顔に重ね見る思春期の頃淡き想い出・思春期の面影残す表情に忘れし想いふとよみがえる「Yちゃん、ありがとう!!」
2011.08.07
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台風のお蔭で、涼しい朝で気持ち良く目覚めました。 「秋の準備 2」です。 8月は、旧暦では7月、季節は秋。「涼月」とも言われます。 そして、8日は「立秋」。 体感的には「真夏」ですが、自然と共生してきた日本人は、この時期の微妙な秋の気配を敏感に感じてたのでしょうね。 また、暦に「立秋」と印すことで、季節を共有し、互いの生活の中に活かしていく訳です。(立春、立夏、立冬も同様ですね) この季節感、日本人で良かったと、改めて思う次第です。 「いつの間に 穂先に緑の粒ありて 夏の陽射しは 秋の実りに」 『暑中お見舞い申し上げます!』
2011.08.07
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今日は、長女「育恵」の命日です。朝、いつもより長く位牌に手をあわせて、出かけました。昭和60年の出来事でした。当時、私は物流会社の本社勤務で、横浜市小机にある社宅に住んでいました。長男が3歳で、妻が二人目を妊娠、順調に経過していたのですが、7月下旬に「破水」し、新横浜にある産婦人科に入院し治療していました。しかし、8月に入り、「これ以上の治療では、母体が持たない」と宣告され、8ヶ月目に入ったところで、強制的に出産することになりました。当然、「超未熟児」で、直ちに、近くの大学病院に搬送され、集中治療室の保育器の中に入れられ、小さな体に何本かのチューブがつながれていました。親としては、何もすることが出来ず、ただ、傍で「無事に成長して欲しい」と祈るだけでした。しかし、願いも空しく、2日後(8月5日)の未明に、小さな命を燃焼し尽し、旅立ってしまいました。この時ばかりは、親として何もしてあげられなかったことに対しての申し訳なさと、他に方法はなかったのかという悔いが交じり合って、涙が止まりませんでした。簡単な葬儀、火葬を済ませ、小さな遺骨を持って平戸に帰り、お寺で戒名をつけていただき、改めて法要を行うなど、慌しく所用を済ませました。そして、横浜の自宅に帰ってきた夜、「日航ジャンボ機墜落事故」が発生しました。あの夏の、悲しい記憶です。その後、短歌を始め、あの子の記憶を詠むことで、あの子の「生きた証」を残したいと思い、折に触れ作ってみました。・未熟児で 生まれしわが娘(こ) 不憫なり 成長願い 「育恵」と名付けし(平成19年)・産まれきて 父母に抱かれることもなく 二日の命 保育器の中 (同)・墓名碑に 母父娘と 並びおり 祖父母に抱かれ 育てと祈る (同) (既に両親とは死別していたので、納骨の際、両親に託しました)・「あの星は 育恵ちゃんだね」 ふと言いし 将司5歳の夜散歩道 (同) (妻に教えられたのかもしれませんが、小さな星を指差して言われた時、一瞬言葉に 詰まりました)・亡き娘(むすめ) 二十五回忌 迎えし日 思い出したる あの暑き日を (平成21年)・生きおれば どんな娘(むすめ)に 成りにしか 若き娘に 面影探す (同)・ハイビスカスは 刹那に散りぬ 哀しけれ 二日で逝きし わが娘(こ)を想う(平成23年) (今年6月、お客様のお宅で真っ赤な花を見かけ、それがハイビスカスであること、 一日で散ってしまうことを教えていただきました。)生きていれば、今年26歳。「どんな女性になっているのかな?」と折々に想うことがあります。今日は、特に「娘が見ている!」そんな思いで、走り回っていました
2011.08.05
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夏、真っ盛り! お昼を過ぎて、一段と暑くなっています! でも、自然は着実に秋に向かって準備をしています。 毬栗が大きく膨らんでいました!
2011.08.05
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昼になり一段と気温が上がっています! 住宅街で見掛けた紅白の百日紅の花です。 同じ住宅街にあるのも珍しいですよね〓
2011.08.04
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今日も、昨日以上に暑くなりそうです!「連帯を求めて孤立を恐れず 力及ばずして倒れることは辞さないが 力尽くさずして挫けることを拒否する」これは、東大全共闘が安田講堂の中に残していた「落書き」として有名な言葉です。学生時代、私は、あの「狂気」のような「全共闘運動」に対しては否定的な立場で対峙してしていました。しかし、この言葉に対しては、運動を推進していく立場から共感していました。そして、サラリーマンを辞め独立する時、次のようにこの言葉をもじって座右の銘にしていました。「成功を求めて失敗を恐れず 力及ばずして倒れることは辞さないが 力尽くさずして挫けることを拒否する」4年前、力及ばずちょっとコケてしまいましたが(笑)、今でもこの気持ちは失っていないつもりです。まずは、足元の一歩から!
2011.08.04
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今日も暑い!走り回りながら、お客様には「熱中症に気を付けて!?」と声を掛けていますが、こちらが危ない感じです(((^^;)ところで、以前にもふれたことがありますが、各月に「誕生色」があるのをご存知でしょうか?新潟県十日町の織物工業協同組合が、日本の伝統色をもとに、昭和?56年に選定したものです。日本ならではの季節感が盛り込められていて、大変情緒が感じられ?ます。『八月は「夢見昼顔」。真夏の野にまどろむ儚げな昼顔の淡い桃色?だそうです。 朝顔、昼顔、夕顔の中で、一番小ぶりで、注目されない花が「昼顔?」です。 真夏の強烈な陽射しの中で、いかにもまどろむように咲いています?。』(山下景子著「美人 の日本語」)八月産まれの方は、この「淡い桃色」を身に付けて、ご自分を引き?立たせてはいかがでしょうか? 他の月の「誕生色」は、Googleで検索してみてください。また、これとは別に、日々の「誕生色」もあり、それぞれの「色言葉」を見ることもできます。ちなみに、今日の「誕生色」は「ヨット・ブルー」(濃い水色のような色)です。「その特徴は、人を心の底から信じる頼もしい人。色言葉は、謹厳実直、完全主義者、人脈つくり」となっています。
2011.08.03
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おはようございます!今日は一段と蒸し暑いですね。今朝は、隣の部屋のTVの音声で目が覚め、いきなり聞こえてきた?のが「加藤茶が45歳年下の女性と結婚した」というニュース。タレントが誰と結婚しようが、別れようが全く興味は無いのですが?、「45歳下」に妙に反応してしまいました。よくやるよなぁ!で、自分に置き換えて「45歳下」は・・・15歳。中学3年か高?校1年生!手を出そうものなら「淫行罪」で即逮捕!せめて、「40歳下」までに留めておかないと、とどうでもいいこ?とを考えてしまいました。さて、今日も新規開拓!この暑さで、少しはダイエットになるかな?!!
2011.08.02
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一昨日、「期待していなかったYちゃんからのメールが返ってきて嬉しかった」と書きました。この「Yちゃん」について書いてみます。彼女は、中学の同級生。1年と3年の時、同じクラスでした。それで、先日、誕生日を迎えたので、すでに「還暦」の「オバサン」です。しかし、私にとっては、人生で最初に大好きになった「初恋の女性」であり、何歳になっても、あの頃の「Y」なのです!出会いは、中学1年の時。ちょっぴり浅黒く、小柄で、瞳がクルッとした、ショートカットヘアが似合うチャーミングな女の子でした。「一目惚れ」だったのか、毎日会っているうちに好きになったのか覚えていませんが、気がついたら大好きになっていました。それから卒業するまでの3年間、彼女だけを想い続ける毎日でした。ただ、好きな想いが募れば募るほど、彼女に話し掛けることはおろか、近付くことすらできず、遠くから見つめるだけの「片想い」でした。また、それだけ「可愛かった」ので、当然、彼女を好きだという「不届きな野郎」も多く、知る限り5人はいました。卒業の時も、同じクラスだったにもかかわらず、特別にことばを交わすこともなく別れてしまいました。てっきり、同じ高校に行くものだと思い込んでいたのですが、入学してみると彼女の姿は無く、その消息も分らないままになってしまいました。そして、何も話すことも無く分かれてしまったことが、大きな「悔い」として残り、心に「ポッカリ」穴が開いたような感じになったのです。中学時代、話すことができない分、何とか彼女に認めてもらいたいとの思いで、勉強や運動(野球部)にそれなりに頑張った「心の張り」が無くなり、何にしても中途半端な高校生活になったような気がします。その後、25歳の時に、人生で2番目に大好きなる女性(元妻です!)が現れるまの10年間は、その「悔い」をズッと引きずり、何人かは好きになったものの、特に深い付き合いをすることなく過ごしてしまいました。結婚してからも、あの当時流行った曲、特にビートルズやデイブ・クラーク・ファイブ等のPOPSを聴くと、反射的に彼女のことを思い出していました。(勿論、そのことは妻には口が裂けても言えませんでしたが・・・)そして、今年の正月、中学の同窓会があり、そこで実に45年振りに再会できたのです!
2011.07.31
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今、福岡に向かっています。 田川から飯塚、八木山を抜けてのドライブです。 田川の201号線沿いで、店名「一粒の麦」にひかれて入り、「月見蕎麦」をいただきました。 けっこう美味しかったで~す(^-^)/ それにしても、この屋号にはオーナーのどんな想いが込められているのだろか? さぁ、、天神の「セントラルホテル博多」へ直行です。
2011.07.31
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昨夜の「ヤクルトVS巨人戦」は2-0でヤクルトの勝利! 先発の村中投手が初完封で2勝目をあげました。 小学3年以来のスワローズファンで、当時、スワローズの大エースだった金田を巨人に引き抜かれて以来の「アンチ巨人」の私にとって、最高の結果でした! それにしても、神宮球場のライトスタンドが懐かしい! 証券会社時代、事務所が日本橋にあったので、会社帰りにフラリと立ち寄ったり、休みの日には親子3人で、傘・メガホン・ハッピの応援グッズを持って行っていました・・・! 「♪トラを生け捕り、ベイスターズ倒し 竜を飲み込み、鯉をつり 巨人の星を撃ち落し 飛び出せ!ヤクルトスワローズ♪」 (応援歌「飛び出せヤクルトスワローズ」) 今日も暑さにめげずに、走り回っています!!
2011.07.30
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暑い!ホント、アツイ!午前中、2時間程、直方地区で「新規訪問」。30軒程回って、売り上げ「0」!「坊主」を覚悟しながら、あと3軒と決めて飛び込んだ最初の1軒目で、ようやく「アジの開き」4枚と「イワシ丸干し」1袋を買っていただき、売り上げ「900円」。「地獄で仏」という感じで、感謝でした!さて、午後からも、場所を中間地区に変えて「新規訪問」を続行。20~25軒程回ったけど、結局「スカ」!3時半時点で、売り上げ「900円」のまま(--;)「このままじゃ、帰れん!」と、近くで最近買っていないお客、一度買ってくれて何回か断られたお客等を10軒程リストアップして、訪問開始。5時過ぎまでに、ようやく3軒で5個が売れ、合計6個、売り上げ「7500円」を確保して、帰路についた。「こんな日もあるさ!」と強がってみたけど、疲れが一気に出てきた感じでした。ただ、新規開拓は「10軒に1軒の成約」の確率を信じて、継続的にやっていないと、じり貧になってしまう。こういう「訪問販売」では、「新規開拓」が「唯一の仕事」になるのだろうな。帰りは、「サンタナ ベスト」を流して、ラテンロックの強烈なリズムとサンタナ独特の「納豆の粘り」のようなギンギンにひっばるギターのサウンドで気持ちを高めながら車を走らせた。さぁ、今日もビールが旨いぞ(^o^)/
2011.07.29
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昨日にも増して、一段と暑いですね。 お昼前に伺ったお客様から、「先日買った『松前漬』がおいしかった!娘と取り合いしながら食べたのよ!」と言っていただきました。 こんな一言が、販売した者にとって一番嬉しいものです。 勿論、今日も買っていただきました! 気分を良くして、お昼は、八幡西区永犬丸にある「シーフード専門店 鮮達」で「日替り定食(今日はイワシのフライ)」(580円)をいただきました。 ここは、鮮魚卸店が経営しているので、魚料理が美味しくて、とにかく安い! また、1000円のバイキングはボリューム満点で、いつも、主婦のグループで満席です。 オススメです! それと、朝一番で、初恋の君、Yちゃんから、先日送ったメールの返信がきました。全く期待していなかったので、嬉しくて、嬉しくて・・・! 今日1日の活力源です!
2011.07.28
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今日も、暑い、ア・ツ・イ! 今日は直方地区を走り回っていました。 稲作地帯では、稲苗がスクスクと成長し、見渡す限り「緑一色」です。 麻雀なら「役満!」というところですね。 こうした緑は、目にも優しく、しばらく眺めていても、気持ちが落ち着きます。 「整然と 植えられし 水田に 風吹きわたり 緑波打つ」 「真っ直ぐに 伸びし稲苗 緑濃く 大地の恵み いっばいに受け」
2011.07.26
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昨晩は「芦屋の花火大会」に、お客様から誘われて行ってきました。 お客様の友人のご主人が所有している漁船を出してくれるというので、初めての海上からの「花火見物」となりました。 6時半頃に乗船し、打上げ台船から500m程離れたところに停船して、早速ビールで乾杯し、弁当を食べながら始まるのを待った。 久しぶりに夕陽が海に沈む情景を見ることができ、これだけでも満足! 荒木一郎の「紅の渚」を思い出して、口ずさんでいました。 8時に打ち上げが始まり、8000発の花火が間だんなく打ち上げられ、破裂音が腹のそこに響き、視界の範囲いっぱいに花火が広がり、圧巻でした。 特に、「大玉」は真上から火花が降ってくるような感じで、まさに、迫力満点でした。 1時間があっという間に過ぎ、音と光とビールに大満足で、帰路につきました。
2011.07.24
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八幡西区、お客様の庭で「百日紅」がやわらかな桃色の花を咲かせていました。これから、秋口頃まで、目を楽しませてくれます。 「梅雨明けて 陽射し眩しく 肌を射す 生垣の上 百日紅咲く」 「路地の角 曲がりて見上ぐ 百日紅 桃色の花 風に揺れおり」
2011.07.23
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昨日、朝倉千恵子さんのブログを読んで、久しぶりに、心の中を見透かされ、「それでいいのか?」と突き付けられたような言葉に出会った。予定していたお客様を3軒程回り、次の約束の時間まで、小一時間程時間があるので、近くのマクドナルドで休みながら、ネットでも見ようかなと思っていた。そんな時、ふと携帯で朝倉さんのブログにアクセスし、出会ったのが次の文章である。「何を言っているか以上に人はその人の行動を見るそしてその行動を見て信頼できるか否かを判断する行動こそ、今の自分の心を顕著に表現できるものである。強い思いは必ず行動に出る」その時点で、目標にはまだまだ遠い売り上げの状況の中で、少しでも「サボろう」という思いを持ったことを恥じ入ってしまった。「目標達成」に対して、どれだけ強い意識を持っているかが、行動に反映する。「休んでいる場合じゃない!」そう考え直し、営業日誌から、近くのリストアップし、早速向かって走り出した。「その時、どう動くか?」その判断に、その人の全ての価値基準が表れる!
2011.07.22
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初めて、携帯から投稿しています。最近、ようやく携帯のテンキーで文章を書く(打つ?)に慣れてきたので、チャレンジしてみることにしました。昨日から、NHKラジオで夏休み恒例の「子供科学電話相談」が始まりました。子供たちの素朴な質問に専門家の先生が、文字通り「噛んで含んで、分かりやすく」答えてくれるので、けっこう面白いし、大人にとっても「勉強」になります。昨日の質問から。答えられますか?「空は何故青いの?」「セミはどうして、つちの中で長い間すごすの?」「地球はどうして丸いの?」普段、仕事を中心に世俗的な事ばかり考えているので、こんな質問されると「ドキッ」とするしますね。
2011.07.21
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このところチョコチョコ引用させていただいている、山下景子さんの「美人の日本語」を読み終えました。 普段、何気なく使っている言葉や忘れかけられている日本語の、本来の意味や語源、それに纏わるエピソード等の解説が「1日1語:1ページ」にまとめられていて、ページをめくるたびに、「へえー、そうなんだ!」「なるほどね!」と納得しながら読み進みました。日本語の奥深さを改めて知ると同時に、いかに日本語について知らないかを実感させられました。(解説を書いている、あの物知りの天野祐吉さんですら、この本の言葉の半分しか知らなかったそうです。)久しぶりに「知的好奇心」をビンビン刺激された1冊でした。 そして、今日、3月29日に取り上げられているのが「東雲」でした。偶然にも、この度の大震災の被災者の方に向けての激励のメッセージになるような内容でしたので紹介します。「夜明けはきっとくる 日本の夜明けの表情は、とっても豊かです。 まず、暁。夜明け直前の、まだ暗いころのことを言いました。 そして、東雲。東の空に、明るさが、わずかに動くころですね。 しだいに、明けゆく空は曙。 やがて、ほのかに明るくなった空を空けぼらけ。 朝(あした)で、すっかり夜が明けます。 突然、災害や災難に襲われることがあるかもしれません。真っ暗な闇の中に、 突き落とされるような思いをすることもあるかもしれません。 でも信じてください。きっと、東雲の光が差し込む日が来ます。 いつまでこの闇が続くのかと思ってしまうかもしれませんが、必ず、 夜明けは来るのです。」 明日からは、新たに「美人の日常語」を読み始めます。どんな日本語、日常語に出会うか、楽しみです。 八幡西区のある団地を飛び込みしていたら、「紫木蓮」が満開でした。「白木蓮」の清楚な感じとは違い、紫の花びらが華やかに揺れていました。
2011.03.29
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1月から12月のそれぞれの月に「誕生色」があります。これも、山下景子さんの「美人の日本語」で知りました。 新潟県十日町の織物工業共同組合が、日本の伝統色をもとに昭和56年に12ヶ月の誕生色を選定したそうです。 それで、3月の誕生色は「楚々とした山桜の薄桃色」だそうです。3月生まれの方は、是非とも、自分の誕生色として、意識してみてはいかがでしょうか? 山下さんは、その著書の中で、次のように解説されています。「夢宵桜 昔から、花といえば桜。そして、その桜は、山桜のことをさしました。 江戸時代に品種改良されてできた染井吉野と違って、葉と一緒に花を咲かせる山桜は、華や かさの中にも、落ち着きを感じさせてくれます。 そんな山桜が、宵闇の中に浮かび上がる景色は、幻想的な夢の世界です。(略)」 ロマンチックですね! 今日は、3週間前に12軒ほど新規開拓した地域の2回目の訪問でした。大体、この2回目では、2割の再購入があればいいのですが、結果は留守3軒、在宅9軒で、2軒の再購入でした。まあ、データ通り、ということで納得しながら、近くの既存顧客を訪問営業。 水巻町のお客様の庭で、赤いチューリップが紫のパンジーと一緒に咲いているのを見かけました。なかなか暖かくならないのですが、確実に「春」になっているのですね。そこでは、商品は買っていただけなかったのですが、写真を撮らせていただきました。
2011.03.28
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今朝は、かなり冷え込み、明け方には雪が降っていました。「なごり雪」でしょうか? 午前中、小倉南区の合馬から八幡西区へ抜ける山道を走っていたら、しっかり雪が残っていました。 これを見ると、真冬の風景ですが、この時期、あちらこちらを走り回っていると、「白木蓮」が満開で目を引き、「春」を実感します。 この「白木蓮」は、蕾の時は一つ一つ花びらがしっかり固まって、「ピンッ」と天を指して立っているようで、凛々しく見えます。ところが、一旦開花すると、木全体が白く輝き、目を引くのですが、短い間に花びらがだらしなく広がり、散ってしまいます。 「花の命は短くて・・・」と言われますが、まさにそれを体現しているように感じます。 鞍手郡のお客様を訪問したら、その庭に品良く満開になった「白木蓮」がありました。青空に白い花びらが映えていました。 昼過ぎ、ヒロサワ女史から電話があり、「どうしていますか!」と第一声。「日銭稼ぐのに精一杯です!」と応答。「私もです!他の人も皆、そうです!がんばりましょう!」と彼女。「今、何の案件で、どこにいるの?」と聞くと「今日、携帯電話の契約を2件成約して、別のビジネスで前原に向かっています!」とのこと。相変わらず、パワフルな女性である。話しているだけで、こちらも元気を貰えます。 彼女とのビジネスの付き合いは、2年半程であるが、いつも「前向き」で、何事にも全力で取り組む姿勢には感心する。とりわけ、2年程前に離婚してからは、子供2人を抱えて、一層迫力が出てきた感じです。 改めて「女性は強い!」と思います! 夕方、4時頃、懸案だった「献血」に行きました。土曜日のこの時間帯でも、10人程の方が待合室に居ました。 400ccの献血でしたが、10分程で採血は終わり、水分をしっかりとるように、と指示されたので、コーヒーとジュースを飲み、20分程ゆっくりして、帰ってきました。 これで、ようやく、大震災の被災者の方に対して、一つ貢献できたのかな? この後、献血できるのは、6月18日以降だそうです。その頃に、再度行く予定です。
2011.03.26
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前の日記で書いた「イトウ様」の続きです。 シクラメンのプランターの横に高さが約1.5mの木があり、薄黄色の花が枝全体に咲いていました。「これはね「金のなる木」なのよ!こんなに花が咲くのも珍しいのよ!」と奥さん。 確かに、初めて見ましたが、全体的に「白色と薄黄色でぼんやりとした感じ」で、掴めそうで、なかなか掴めない「金儲け話」のような・・・。 「本当に「金の生る木」が欲しいですね!」「本当よね!」そんな冗談を交わして、帰ってきました。 昼休みの時間になり、八幡西区にある「赤十字血液センター」に献血に行きました。木曜日のこの時間帯でも、約20人の方が待合室におられ、改めて「献血」に対する関心の高さを実感しました。 所定の手続きを済ませ、検査のための採血をする所で、改めて「輸血」を受けたことの有無について確認されました。問診表に記入する際、「不明の場合は「はい」にチェック」とあったので「はい」にチェックしていたのです。 33年前、左肩の「習慣性脱臼」を治すため、腰の骨を削って左肩に移植するという手術を受けていましたが、その際にひょっとしたら輸血を受けたかもしれない、との思いがあり、その旨を検査の女性に説明しました。すると、「輸血を受けた方からの献血は受けられないので、確認して欲しい。」と、今日の献血は断られてしまいました・・・・(涙)。 それで、手術を受けた「厚生年金病院」へ行き、受付で訪問の趣旨を説明し、待っていると、目鼻立ちがパッチリとした美人の主任看護師が来て「記録の保存期間が10年となっていて、30年前の記録は残っていないので確認できません。」との回答。(こんな美人の看護師がいるなら、毎日でも来てみたいな・・・と!) 仕方がないので、元妻へ電話。いきなりの声が「どうしたの!」。別れてから約3年で、3回目の電話なので、こうした反応も当然か?経緯を説明している途中で「結婚前のことだから、私は知らない!」と、これまた冷たい反応。「そうではなくて、あの時お母さんが、厚生年金病院の看護師だったので、お母さんに確認して欲しい」そう頼んで、一旦電話を切りました。 10分後、折り返しの電話があり、「輸血は受けていないって!」との回答。「あ、そう。ありがとう!」と答えて、会話は終わり!なんだか、離婚前の殺伐とした雰囲気が甦ってきた次第です! こんな経緯があって、ようやく「献血」ができます。土曜日に行く予定です。
2011.03.24
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朝一番で、八幡西区のイトウ様宅へ注文をいただいていた「クルミ小女子の佃煮」を届けた。2週間程前に、お勧めして以来、大変気に入っていただき、今回で2回目の注文で、お知り合いに分けてあげるとのことで、3パックの注文でした。これほどまでに気に入っていただくと、お勧めした方としても、うれしくなりますね。で そのイトウ様の玄関で、ユリの花の生け花が飾ってあり、奥さんに「きれいですね!」と声を掛けたら、「それよりも、こっちのほうがきれいでしょ!」と足元を指さされました。見ると、50cm Х 30cm のプランターの中に、びっしりと赤と薄紫のシクラメンが咲いていました。「これね、去年お友達からいただいたものを植えなおして手入れしたら、こんなに咲いてくれてね!」とうれしそうに話してくれました。 この「海産物訪問販売」を始めて2年が過ぎましたが、いろんな住宅街を回り、いろんなお宅を訪問する中で、四季を通じてさまざまな花と出会うことができました。それまで、花や植物に関してはほとんど興味はなかったのですが、おかげで大分花や植物の名前を覚えることができました。 その中でも、「シクラメン」はこの時期あちこちで見かけることがあり、色の種類が多く、可憐な花びらが楚々と感じで咲いているので好きな花です。 その「シクラメン」の和名が「篝火花」だそうです。これは、今読んでいる、山下景子さん著「美人の日本語」で知りました。次のように解説されています。「白いシクラメンもありますが、篝火花と呼ぶ場合は、燃え立つような赤色の花を挿しているのでしょうね。 地中海東部が原産で、日本には、明治の中ごろ入ってきたそうです。 シクラメンという名は、円を意味するギリシャ語に由来するとか。球根がまんまるなことから来ているそうです。(中略) うつむき加減の花ですが、篝火のような花びらが、秘めた情熱を表しているのでしょうか。 秋から春にかけて咲き、寒い冬に心をあたたかくともしてくれそうな、そんな花です。」 「シクラメンのかほり」で「真綿色したシクラメンほど清しいものはない」と唄われていますが、「白いシクラメン」にはなかなか出会えません。これは「憧れの君」ほど遠い存在なのかも知れませんね。
2011.03.24
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仕事の予定が急遽休みとなり、読書とCDコピーで1日を過ごし、久しぶりにゆっくりと体を休めることができました。 テレビの報道番組では、大震災の被災者の避難生活の様子や原発事故の内容について繰り返し取り上げて報道していますが、被災者の方々が厳しい状況の中で、お互いに協力し、助け合いながら生活されている姿を見るたびに、胸がいっぱいになります。 ただ、先日も書いたのですが、被災地の危険な現場で、自らの命の危険を省みず、救援・捜索活動に従事している、自衛隊・警察・消防・海上保安官や各国の救助隊の活動がほとんど報道されません。 彼らの献身的な活動こそが、被災者の皆さんを直接助け、励まし、勇気付けているのではないでしょうか。また、彼らの「自己を犠牲にして、他人の為に全力を尽くす」姿を通して、我々日本人の連帯感・絆を強く感じることができるのではないでしょうか! 先程、「You Tube」で「この1週間の自衛隊の活動」を紹介した動画を見て、改めて感動しました。http://www.youtube.com/watch?v=Cc7at1B7WA0&feature=player_embedded 今、私にできることは、僅かばかりの募金と献血ぐらいしかありませんが、遠く九州から被災者の皆さんを健康と復興をお祈りしています!
2011.03.20
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先日、プロ野球はセ・リーグが3月25日、パ・リーグが4月12日開幕で決まりました。しかし、「電力不足」の中で「計画停電」が実施され、国民全体で何とか「節電」をして、この緊急事態を乗り越えようと協力しあっている状況から、セ・リーグの開幕日に関して、誰しもが納得できず、各方面から批判が噴出し、文部科学省からもナイター開催を自粛するようにとの要請もあり、今日、臨時理事会で再検討し、3月29日に延長することになったそうです。 何故、パ・リーグと共同歩調をとって、4月12日まで延ばせないのだろうか? たかだか、4日間延ばして、現在出ている批判をかわせるとでも判断したのだろうか?「ナイターは延長戦はしない」などと小手先の対応策を決めているそうだが、そんなにしてまで「金儲け」をしたいのか! セ・リーグの各球団の経営者の「社会人としての常識」のレベルを疑わざるを得ない! もし、このまま強行開催するのであれば、昨日、ラジオでもリスナーの意見として紹介されていたが、観客の方が強行ボイコットして、「無観客試合」にしてしまえばいいのではないか! 一方、選抜高校野球は、予定通り3月23日から開催される。こちらは歓迎したい! 選ばれた高校生達は、一生に一度の晴れ舞台なのだ。そして、それぞれの地域の代表として、その活躍は地元の人々に勇気と感動を与えることができる。ぜひとも、溌剌としたプレーを見せて欲しい!
2011.03.19
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16日に天皇陛下が、この度の大震災に関する国民へのメッセージを出されましたが、リアルタイムで見ることができませんでした。 先程、「You Tube」で見ることができ、天皇陛下の大震災の被災者に対する深い思いやりと国民が一丸となってこの困難を乗り切って欲しいとの願いが重く心に伝わってきました。 2回繰り返して見たのですが、その都度涙を抑えることができませんでした。(動画をアップしていただいた方に感謝です!!) 先程アップした記事で紹介した「私的憂国の書」さんのブログに、この度の「御言葉」の全文が紹介されていたので、これまた勝手ながら、こちらでも紹介させていただきます。天皇陛下 お言葉全文 このたびの東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり、被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し、犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また、現在、原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。 現在、国を挙げての救援活動が進められていますが、厳しい寒さの中で、多くの人々が、食糧、飲料水、燃料などの不足により、極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸をうたれています。 自衛隊、警察、消防、海上保安庁をはじめとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内のさまざまな救援組織に属する人々が余震の続く危険な状況の中で日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います。 今回、世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き、その多くに各国国民の気持ちが被災者と共にあるとの言葉が添えられていました。これを被災地の人々にお伝えします。 海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。 被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。
2011.03.18
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今日で、大震災から1週間が経過した。被災者の皆さんが、厳しい避難生活の中で、取り乱さす冷静に困難に立ち向っていることに、心から敬意を表すると共に感動をいただいている毎日です。 時間があれば、いろんな方のブログを読みながら、さまざまな情報をいただいているのですが、ほぼ毎日読ませていただいている「私的憂国の書」さんの記事で大変感動したメッセージがあったので、勝手ながら転載させていただいて紹介します。 立教新座高校の校長先生が、今回の大震災のために、卒業式を中止した高校3年生に宛てた、はなむけの文章です。http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/ この文章を読みながら、校長先生の教え子に対する愛情の深さと大きく成長して欲しいとの強い願いがヒシヒシと伝わってきて、久しぶりに感動しました。-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためでなないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。 「今日ひとりで海を見てきたよ。」 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32 一言付言する。 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする) 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。立教新座中学・高等学校校長 渡辺憲司
2011.03.18
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この度の大震災について、NHKが「東北・関東大震災」と表現しているの対して、民放各社は「東日本大震災」と表現しています。どちらでもいいので、こんなことで、意地をはらなくても、ちょっと話し合って統一すればいいのにと思っています。日々、車で走り回りながら営業をしているのですが、月曜から金曜までの午前中は、NHKラジオの「ラジオビタミン」を聞いています。村上アナと元「歌のお姉さん」の神崎裕子さんの軽妙な会話が楽しい番組です。その中で、不定期ですが、コラムニスト(かな?)の山下景子さんの「心美人になれる日本語」というコーナーがあり、さまざまな美しい日本語の表現、その意味や背景などを紹介してくれます。1月の放送で、「恋」に関するいろんな言葉が取り上げられた中で、思わず耳に止まったのが「恋の初風」という言葉でした。「初恋」のことをこう表現するそうです。なんだか、爽やかで初々しい感じが表現されていますね。「初恋」は誰もが経験するものでしょうが、ほろ苦かったり、甘酸っぱかったり等など人それぞれの思い出があると思います。私も、中学時代の3年間、ただただ「片思い」で終わった、淡く、切ない「初恋」の思い出があります。ただ、このことが中学時代の思い出を、より鮮明なものとして残してくれています。そして、その思いは45年という年月が過ぎても、心の隅っこにほのかに残っています。(この未練がましさは、男特有のものだそうですが・・・?)さて、この「恋の初風」という言葉を聴いた瞬間、何とか短歌にしたいと思い、あれこれとひねってみました。「遠くから見つめるだけの初恋は思いも告げず別れとなりぬ」「思春期の三歳の月日吹きおりし恋の初風今なおそよぐ」今日、「しきなみ短歌会」で添削を受け、今月分の投稿に提出してきました。今、山下景子さん著「美人の日本語」(幻冬舎文庫)を読んでいます。4月1日から3月31日まで、一日一言のいろんな言葉とそれにまつわる事柄が紹介されていて、日本語の美しさ、奥深さ、表現の豊かさがわかり、刺激的です。お薦めです!
2011.03.16
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「東北・関東大震災」の被害状況は、ますます拡大する一方で、本当に心が痛みます。ただ、日中は車のラジオでしか情報を聞くことができませんが、そのほとんどが死亡や行方不明の方がたの人数か福島原発の状況ばかりです。確かに、そうした被害状況を伝えることも大切でしょうが、他方で、自衛隊や警察・消防の方々の必死の捜索によって、相当数の方が救出されています。タイトルにも書きましたが、自衛隊のサイトhttp://www.mod.go.jp/j/press/news/2011/03/15a.htmlによれば、14日現在、19,000名の方が救出されています。こうした救助活動の成果も併せて報道されるべきではないでしょうか?自衛隊では7万人(陸自4万人、海空自3万人)体制で、寝食を惜しみ、献身的な救助活動を展開しています。また、警察・消防・海外からの救援部隊の皆さんも、大変危険な被災現場で、崇高な使命感の元に懸命に救助活動に従事されているのです。こうした方々の成果をもっともっと大きく取り上げ、国民全体で感謝と激励の声を上げるべきではないでしょうか!NHKラジオ「ラジオビタミン」の番組の中で、あるリスナーのメッセージに「危険な現場で救助活動に従事されている皆さんに感謝すると同時に、愛する夫や子供さんを危険な現場に送り出し、留守を守りながら無事を祈られている奥さんやご両親、ご家族にも感謝します!」という内容のものがありました。それを聞いたとき、思わず目頭が熱くなりました。まさにその通りですよね!心から感謝します!ありがとうございます!午前中に、八幡西区にある「赤十字血液センター」へ献血に行ったのですが、駐車場に入る手前で、担当者の方から「2時間待ちです!分散して献血して欲しいので、後日来て欲しい」と言われ、来週、改めて行くことにしました。とりあえず、現在の私でできるのは「献血」ぐらいしかありませんので・・・。気を取り直して、営業へ。昨日から八幡西区のある地域を「新規開拓訪問」で回っています。昨日と今日で11件の新規開拓できましたが、目標の売り上げには程遠く、少々焦り気味です。それでも、この11件の新規がなかったら・・・、と思うと「これで良し!」と受け入れるしかありません!先ほど、「facebook」に登録しました。どんな活用ができるのかは、これからガイドブック等を読んで研究していきます。驚いたのが、出身大学、高校を登録したら直ぐに検索結果が表示されたことです。その中に高校の同窓生がいました。早速「友達になる」をクリックしたら、直ぐにメールが返ってきました。約30年ぶりの交流です。登録して、わずか30分ほどの出来事でした。これから、楽しみが一つ増えた感じです!
2011.03.14
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11日に発生した「東北・関東巨大地震」には、改めて地震と津波の恐ろしさを認識させられました。被災者は1万人を越える可能性もあるという情報もあり、できるだけ一人でも多くの方が助かって欲しいと願うだけです。今日、仕事で車を走らせながら、ラジオを聴いていましたが、そこで流されるリスナーからのメッセージにこめられた気持ちの暖かさに、目頭が熱くなることもしばしばで・・・。とりわけ「6年前の「西方沖地震」の際に助けてもらったお返しを今こそしよう」という呼びかけには、福岡の人たちの心意気が、ヒシヒシと伝わってきました。また、福岡の献血センターでは、大勢の若い人が献血に駆けつけ4時間待ちという状況には、日本人の共同体としての健全性を実感しました。また、これだけ壊滅的な被害を受けながら、避難している人たちが、整然と落ち着いた対応をしている姿を、世界各国では、「日本人の精神性の高さ」として、尊敬の眼差しで見ているということです。こうした状況の中で、私にできることは限られていますが、まずは明日、献血に行こうと思っています。また、今日、中学の同窓生の女性から、次のようなチェーンメールが送られてきました。お願い関西電力で働いている友達からのお願いなのですが、本日18時以降関東の電気の備蓄が底をつくらしく、中部電力や関西、九州電力からも送電を行うらしいです。一人が少しの節電するだけで、関東の方の携帯が充電を出来て情報を得たり、病院にいる方が医療機器を使えるようになり救われます。福岡で地震の支援物資の預かりがあるそうです!!よかったら皆様にまわして広げてあげてください【詳細】 福岡、天神西通りにある三井住友銀行6階(カメラのキタムラ横)、株式会社アイリンクインベストメントのセミナー室で、福岡の皆さまからの支援物資の預かりと一括発送を行われます。 【会社住所】 福岡市中央区天神2丁目7-21天神プライム6F 【駐車場】 本ビル1階の三井住友銀行ATM横の駐車場を利用ください(無料) 【地図】 http://www.ilinkinvestment.com/company/map.html 【受付時間 予定】 12日12~16時 13日12~16時 14日 8~19時 【物資例】 乾電池式携帯充電器、使わなくなったワンセグつき携帯電話、 缶詰、ドライフーズ、服、おむつ、ラジオ、生理用品、歯磨き、カイロ 場所をとらない玩具、絵本、ミルク インスタント食品、靴、薬、救急箱、手袋、電池など 献血。 ※今日明日に集中するかと思われますので平日での分散をお願いします。 (集中して献血しても使用期限があるので) ちなみに福岡の献血でO型の血液が少ないみたいです。皆様のご協力よろしくお願いします!!このメールをできたら多くの方に送信をお願い致します。協力できることは、どしどしやっていこうと改めて思っています!
2011.03.13
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2007年5月以来、約4年間ほったらかしにしていましたが、本日付で再開します!この4年間、まあ、いろんなことがありました!本当にいろんなことが・・・。その内容については、追い追い気持ちの整理がつき次第、「人生の記録」として書き残していこうと思いす。ブログ中断前、保険代理店を廃業して「新たな出発です!」なんて書いていましたが、その後「人生流転」というか、方向性が定まらず、あれやこれやと変転しながら、現在「海産物販売業」(いわゆる「行商」ですが)に従事して、北九州市及びその周辺地域を走り回っています。さて、3月10日は、私にとっては「父の命日」という特別な日です。今年で37回目です。以来、毎日手を合わせている父の写真は、今の私より遥かに若い時の姿ですが、未だに「しっかりしろよ!」と睨まれている感じです。今日に先立って、先週の土・日で「墓参り」のため、平戸へ帰省してきました。こうして、命日に合わせて帰省したのも久しぶりでした。この間、経済的にも、精神的にもそんな余裕がありませんでしたので・・・。日曜日、雨の中「墓参り」に出かけました。菩提寺である「光明寺」は、幼い頃から事あるたびに訪れているので、参道を歩き、山門から本堂へ上がると「ホッ!」として、気持ちが落ち着きます。また、お墓から見下ろす平戸港の風景は、私にとってもっとも見慣れた、いわゆる「故郷の風景」です。帰省した土曜日に、中学時代の同窓生が男性4人、女性4人集まってくれて「ミニ同窓会」を行いました。これまで、大勢が集まっての「同窓会」には何回か参加したのですが、こうした少人数での飲み会は、私にとって中学卒業以来初めてで、あれこれと年相応の話で盛り上がり、楽しい時間を過ごすことができました。やはり、特別に気取ることもなく、気兼ねなく話せる間柄というのは、いいもんですね!松尾君、永藤君、前原君、田中君、F・由美子さん、I・由美子さん、智子さん、やす子さん、ありがとうございました!!今年の1月9日に、中学校の「還暦同窓会」があり、そこで、ある女性から「以前、このブログを時々読んでいて、メッセージを書き込んだことがある」と言われ、思わぬところでつながっている事に驚きました。その時に「早く復活しなければ!」と思いつつ、今日になってしまいました。この、踏ん切りの悪さが、今までの人生に影を落としている、と反省しつつ、改めてスタートします!よろしく!!
2011.03.10
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ようやくブログタイトルを「保険屋さんの営業日記」から「日々好日 今日の影法師」に変更できた。アワヅさん、アドバイスありがとうございました!このブログを「保険屋さんの営業日記」として始めたのが2003年5月30日、栢野さんのメルマガを読んで「人生が変わる!」という言葉に刺激されたのが切っ掛けだった。ところが、生来の「いい加減な性格」が災いして中途半端な日記になってしまい、「人生が変わる」ほどの変化はなかったが、日記を通して、メルマガ大王こと坂之上氏と知り合うことができ、また倫理法人会に入会する間接的な切っ掛けにもなった。その意味では、今の自分にとっては「人生を変える」ことにもなったのかもしれない。新しいタイトルは、「万人幸福の栞」(丸山敏雄著)の中でも最も好きな言葉であり、日々の行動の指針としていることである。これから、気持ちも新たに(何度目・・・?) 今日の影法師を記していきます。本日、朝7時半から新しい倫理法人会の設立に向けての打ち合わせ。いろいろと蟠りもあったようだが、何とか解決!まあ、いろんな人が集まって一つのことをやっていくとなると、何かと出てくるものです。それにしても、人の話は第三者を通して聞くのと本人から聞くのでは全くニュアンスが異なってしまう。一方だけの話で判断してしまうと、判断を誤ってしまう可能性が強いことを痛感した日でした。
2007.05.12
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日記タイトルの「保険屋さんの営業日記」を変更しようとしたのですが、変更できません!どげんしたら出来るか、教えてください!
2007.05.07
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去る3月31日をもって、A社をはじめとする保険会社との業務委託契約を解消し、保険業界から足を洗いました。保険業界での12年間、支えていただいたお客様、関係者の皆様には心から感謝いたします!ありがとうございました!!さて、今後については、4月以降様々なビジネス情報を収集しながら、じっくりと検討してきましたが、ようやく方向性が定まってきました。詳細については、後日機会があれば報告したいと思います。ともあれ、今回の経験で「代理店ビジネス」が、いかに「砂上の楼閣」であるかを痛感しました。一つの大きな波で、そのビジネスモデルは一瞬にして崩れてしまいます。昨年の12月におきたある出来事以来、そのことをヒシヒシと感じながらすごしてきました。ただ、12年間のビジネス経験は無駄にはならないと思っています。この経験を次のステップでいかに活かすか、楽しくワクワクしながら取り組んでいくつもりです。そして、このブログもそうした楽しくワクワクした経験を書いていこうと思います。
2007.05.07
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