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2006.11.27
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カテゴリ: 邦書

 田中芳樹が大人気作家の地位を気付くきっかけとなった全十巻のスペースオペラの第二巻。

粗筋

銀河帝国では皇帝が死んだ。国家宰相は皇帝の最も幼い孫を皇帝にする。新皇帝はまだ6才なので、彼が実質的な権力を握る。無論、この決定は多くの貴族の不満を買った。権力は持つものの軍事力に乏しい国家宰相は、ラインハルトを頼ることになった。
 皇帝の別の孫と自分の一族を政略結婚させることで摂政になることを企んでいたブランシュヴァイク公は、貴族の大半を集め、貴族連合を結成し、ラインハルト・国家宰相側と一戦を交えることになった。
 ラインハルトにとって、ブラウンシュヴァイク公自身は特に問題はなかった。が、彼が最も恐れたのは、この帝国内の混乱を機に同盟が何か仕掛けてくることだった。そこで、ラインハルトは、同盟も混乱に陥れようと決める。
 同盟側の名将ヤン・ウェンリーは、皇帝死亡の報を聞いた時点で、ラインハルトの行動を既に読んでいた。同盟内でラインハルトが仕掛けたクーデターが起こる、と予測した彼は、その阻止に動こうとするが、既に遅く、同盟の各地で反乱が起こる。その反乱は同盟の中枢となる惑星ハイネセンでも勃発した。反乱の首謀者は、同盟軍の有力者だった。
 ヤン・ウェンリーはクーデター側のやり方は間違っていると判断し、本来味方である筈の者らと戦う羽目になる。クーデター側は、首都制圧後の計画は綿密に立てておらず、ヤン・ウェンリーが反乱を支持しないとは予測していなかった。ヤンは反乱が起こった惑星を次々制圧し、クーデター側は首都惑星ハイネセンを残すだけとなった。クーデター側は首都での籠城を試みるが、ヤンはクーデター側が頼みとしていた惑星防衛兵器を簡単に撃破する。クーデター側は降伏し、クーデターは失敗に終わった。
 同盟がクーデター騒ぎで帝国に手が回らなくなっている最中、ラインハルトは貴族連合を破り、自分の野望の妨げとなる大貴族らを一掃できた。が、その最後で、ラインハルトは暗殺されそうになる。彼は間一髪で助かるが、代わりに自分の右腕キルヒアイスが命を落としてしまう。
 ラインハルトの参謀オーベルシュタインは、ラインハルト暗殺未遂は貴族連合によるものではなく、国家宰相の陰謀だと強引に解釈する。ラインハルト配下の将官らは、帝国の首都惑星オーディンを制圧し、国家宰相を逮捕する。
 ラインハルトは摂政となり、帝国において事実上の独裁権を獲得した。


解説

第一巻と同様、1000ページに及ぶ大長編小説の要約を読んでいるような気分にさせる作品。
 何よりも分からないのが同盟で勃発したクーデターだろう。

 ラインハルトは、帝国側の捕虜となっていた同盟軍のリンチ少将を同盟に返した。リンチ少将に、ラインハルトは自分が考案したクーデター案を持たせていた。リンチ少将は、ラインハルトの指示通りそのクーデター案を自分が考案したものとして同盟軍首脳に持ちかけた。同盟政府首脳に不満を抱いていた軍首脳は、クーデター案が実は敵のラインハルトによるものとは知らずに飛び付き、その計画通りにクーデターを進めた……。

 ……ということになっているが、明らかにおかしい。リンチ少将は十年近く帝国側の捕虜となっていた。そのような男がクーデター案を持ってきたからといって、軍首脳が飛び付くだろうか。なぜリンチ少将はこんな提案を持ち込んできたのだ、と疑う筈。帝国側に洗脳されたのでは、と結論付けるのが普通だろう。洗脳はきちんとやれば数週間でできるのだから。
 捕虜になっていて、同盟側の情勢を全く知らない筈のリンチ少将が、あろうことにクーデターの案を持ってきたら、疑って当然。同盟の軍と政府の確執についてどうやって知ったのだ、捕虜になっている最中、そんなことをずっと考え続けていたのか、と一瞬でも考えなかったのだろうか。
 リンチ少将がまともな精神を持っていそうな態度を持っていれば、軍首脳が騙されてもある程度は仕方ないと弁解できるが、リンチ少将は酒に溺れてアルコール臭を漂わせている性格的破綻者として描かれている。こんな奴の提案を受け入れるのはおかしいし、こんな策をリンチが自ら考案できたと思い込むのもおかしい。
 軍首脳がもう少し頭を使っていれば、ラインハルトの策略は失敗に終わっていただろう。ラインハルトのことだから、別の手も打っていただろうが、同盟がここまで混乱することはなかった筈。
 ラインハルトは戦略的天才、と著者は思い込んでいるようだが、単に周りが馬鹿なだけ。周りがここまで馬鹿だったら、常識さえ持ち備えていれば誰でも宇宙を手中に収められるだろう。
 様々なキャラを登場させてはバサバサと殺していく著者のストーリー展開も理解し難い。登場させてはバサバサ殺すものだから、「これは魅力的な、あるいは面白そうな展開になりそうだ」と匂わせておきながら、「何だ、結局こんな風に終わるのか」と落胆させられることが多い。
 本編では、扱いに落胆させられた登場人物がジェシカ・エドワーズだろう。ジェシカはヤンの友人の元恋人だった。彼女は恋人を戦闘で失ったことから(第一巻の三方包囲せん滅作戦)反戦主義になり、地方議員として政界に入った。彼女は、好戦派でヤンが毛嫌いする同盟国家元首トリューニヒトのライバルとなり、ヤンと手を組んで同盟内の敵と戦うキャラに成長するのかと思いきや、クーデター中にあっさりと殺されてしまう。無論、トリューニヒトはかすり傷負うことなく生き残る。結局ジェシカは何の為に登場したのか。
 大風呂敷を広げ、期待させておきながら尻すぼみに終わらせるのは、本シリーズの最大の特徴の一つといえる。
 著者田中芳樹は、ヤンをラインハルトをも上回る戦略・戦術家だと読者に思わせたいようだが、そうとは映らない。ヤンはラインハルトの行動を予測しておきながら、まんまとラインハルトの思惑通りに動いてしまうのだから。
 ヤンがラインハルトを上回る戦略・戦術家であるなら、ラインハルトの思惑とは正反対に行動していた筈。つまり、クーデター側に加担し、クーデターを早期に成功させていた筈なのである。そうすれば、同盟は帝国との対決により結束した形で対応できただろう。貴族連合と戦っていたラインハルトを後方から攻めることができたかも知れないのだ。
 ヤンは、「クーデター側が発した緊急法令の内容は民意に反している」という理由でクーデター側に加わることを反対する。確かにクーデター側は抑圧的だったが、状況からすると的を得ていないわけではない。クーデターが成功し、秩序が回復したら徐々に緩和していただろう。そもそも、ヤンが事前にクーデターに加わっていたら、緊急法令は最初から抑圧的なものになっていなかったかも知れない。クーデターに加わらなかった、というか加われなかったのは、結局ヤンの実力不足や運の悪さに過ぎない。
 イゼルローン要塞を陥落させた後、ヤンは思惑とは逆に戦闘が拡大してしまったのを目の当たりにしている。事が自分の思惑や意思通りに運ばないのはその件で存分に体験したのだから、自分が信念に基づいて行動しても必ずしも同盟の人々の幸せの為にはならない、ということをなぜ理解しないのか。ヤンはクーデター側を潰すことで、結局同盟を腐敗させている連中を手助けしてしまい、同盟の人々を更に苦しめることになるのだ。
 ヤンは、もしかして自分の思想が根本的に間違っているのでは、と考えることはしないのだろうか。
 貴族連合対ラインハルトの戦闘中、ブラウンシュヴァイク公は自分に対し反乱を起こした惑星の市民200万人を全て殺すことにした。核ミサイルを惑星に送り込む。ラインハルトはこの情報を耳にし、阻止に動こうとするが、参謀のオーベルシュタインはそのまま惑星の市民を全滅させろと進言する。その場面を映像として録画し、帝国中に公開すれば、貴族連合は帝国内の全市民の支持を失う、と。事実、そうなり、ラインハルトは貴族連合を敗北に追い込めた。
 オーベルシュタインの策略は、小説だからこそ成功したといえる。実際にこのようなことをしたら、ラインハルトは自分の首を絞めることになる可能性が高い。作中でも指摘されたように、映像の存在そのものが、ラインハルトが核攻撃の情報を掴んでいながら無視した、という事実の証拠になってしまうからだ。偶然撮影した、と言い訳できるものではないのだから。
 小説では、帝国市民はオーベルシュタインの思惑通り怒りを貴族連合に向けたが、実際にやったら貴族連合よりラインハルトに怒りを向けるだろう。なぜ知っていながら阻止しなかった、と。いや、核攻撃したのは実はラインハルトではないか、それを貴族連合の仕業に見せかけているのでは、とありもしない裏を読まれてしまうことにもなりかねない。
 このケースでは、ラインハルトは核攻撃を阻止すべきだった。阻止したことをアピールするだけでも市民は貴族連合に対し怒りの声を上げていただろう。ラインハルトは200万人の市民を救ったとして絶大な支持を得ていただろう。オーベルシュタインの幼稚な策を受け入れた為、ラインハルトは自分(そして自分の後継者)の権力基盤を将来揺るがす可能性のある爆弾を抱えることになってしまった。
 この手の幼稚(そして必要性のない)な策を使わなければならないラインハルトを天才戦略家と称するのはおかしいし、この手の幼稚な策を提案するオーベルシュタインは本人が思っているほどの策士ではない。まして、オーベルシュタインはラインハルトの右腕キルヒアイス落命の間接的な原因となっているので、このような男を起用し続けるラインハルトの判断力を疑わなければならない。
 クーデター側が頼っていた惑星ハイネセンの防衛システムは、「アルテミスの首飾り」と称されるもので、12基の人工衛星による防衛システムだった。各人工衛星には様々な兵器が装備されていて、惑星外からの侵略者を撃退できるようになっていた。が、ヤンは、ハイネセン攻略の際、人工衛星を全て破壊してしまう。一立方キロの氷の塊を別の惑星から12個切り出してロケットを取り付け、人工衛星にぶつけたのだ。これによりクーデター側はヤンに抵抗する術を失い、降伏する。
 しかし、この防衛システムに頼り切る同盟側やクーデター側もおかしい。宇宙を航行して氷の惑星を見てきた者なら、「ここの氷を切り出して宇宙に送れば強力な無人兵器になる」と誰でも思い付く。なぜそのような攻撃を想定して防衛システムを設計しなかったのか理解に苦しむ。
 ブラウンシュヴァイク公は、部下から提案を受ける。ラインハルトの姉アンネローゼを誘拐して人質に取り、ラインハルトから譲歩を引き出す作戦はどうかと。ブラウンシュヴァイク公は、「私はラインハルトを戦場で正々堂々と負かしたいのだ」と言い張り、その作戦を却下する。見かねた部下は、勝手に人質作戦を決行する。失敗に終わってしまうが。
 なぜブラウンシュヴァイク公が人質作戦を却下したのか理解できない。ブラウンシュヴァイク公は貴族で、宮廷に近い者。陰謀や裏工作など日常茶飯事だっただろうし、そもそも皇帝の娘を嫁として迎えるという政略結婚で大貴族という地位を得たのだから、陰謀や裏工作とは無縁ではない。一つのオプションとして実行に移して当然だろう。
 宮廷では陰謀に満ちた生活を送っていたブラウンシュヴァイク公が、ラインハルトと正々堂々と対決する愚直さを持っていたのは、ラインハルトにとって都合が良かったとしか言えない。
 ようするにラインハルトが天才だったいうより、敵が馬鹿だっただけ。
 本来陰謀を不得意とするラインハルトが、惑星核攻撃の情報を掴んでいながら知らぬ振りをして市民に対する宣伝材料にするという幼稚な陰謀を利用する一方、陰謀慣れしている筈のブラウンシュヴァイク公が正攻法で戦うとは皮肉。





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Last updated  2006.11.27 10:11:16
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