逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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イヨマンテ ヨイトマケ で検索したら@ Re:イヨマンテとヨイトマケ。(01/13) まさか同じ勘違いする人がいたとは
prisonerNo.6@ Re:へたれていますのね(03/31) chabo48さんへ 四月馬鹿の日はお休みでし…
chabo48 @ へたれていますのね 明日はそれどころじゃないよ! バカの日…
PrisonerNo.6@ Re:2019年の謹賀珍年(01/03) chabo48さんへ おお! おめでとうござい…
chabo48 @ 2019年の謹賀珍年 ぷーりちゃん! おめでとう

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2023.01.04
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あなたの心を信じられなかったのは、私の心の弱さ、とまた俺の口が紡ぐ。

「『あなたのような闊達な女性には、私のような面白みのない男より、自由気ままでいて、人好きのする、明るく陽気な弟のほうが合うのではないかと……』」

「──同族嫌悪という言葉を、知らなかったんですか、兄さん」

短い沈黙のあと、そんなふうに思っていたなんて、と阿加井さんが小さく呟く。

「そうよ!」

鳳仙花の実が弾けるように、彼女の言葉が跳ねる。

「死んでまでうじうじして……! だけど……、そんなあなただからこそ、わたくし支えてあげたかったの! すぐに黙ってしまうのは、思慮深いからだって、わたくし知っていたもの。そんなあなたに──」

いつも、つい考えなしに振る舞ってしまう、わたくしを捕まえていてほしかった──そう続けた彼女の瞳が潤み、ついに涙が一筋こぼれ落ちる。



「『優秀だったのは、きみのほうだよ、克彦。私は、ただ優等生だっただけさ。きみは何でもできるはずなのに、やらなかったのは見てて歯痒かった。──私は馬鹿だよ、あの時、あなたは私の名前を呼んでくれたんですね。ああ、私は……。──私は、そろそろ戻らなくては。静謐で、何も無い、……ただ、赤いこの花だけが揺れている……』」

「敦彦さん!」

「兄さん!」

二人の必死な声。
あれ、俺、どうしてたんだろう……?

「名前、一字違いなんですね」

ふっと声が出た。あつひこ、と、かつひこ。頭にKが付くか付かないか。って、あれ?

「俺、阿加井さんの名前、知ってましたっけ……?」

我ながら、間の抜けた声だったと思う。二人は、虚を衝かれたような顔をしていたけど。






少し身体を休めていきなさい、と勧められ、もう一杯お茶をいただくことになった。

俺、途中から頭がぼーっとしてあんまり覚えてないんだけど、知らないあいだに何かしゃべってたらしい。二人とも、笑って教えてくれなかったけど、俺何しゃべってたんだろ? 何か良い事らしいんだけど……。



そんなことを考えてたら、あの人、案外そそっかしかったのね、そう言って彼女は空を見上げ、口元にほろ苦いような笑みを浮かべた。

「ここに来るのは、今年で最後にしようと思っていたのだけど……でも、来年も来ることにしました。──生きていれば、ですけれど」

ふふ、と笑う声は、少女のよう。そんな彼女に阿加井さんは、お茶を立てているその所作と同じくらい、自然な口調で応じた。

「きっとあなたは長生きするでしょう。兄はまだあなたに会いたくないに違いない。何故なら、今日、人様の口を借りて兄が語ったことは、きっと本人にとっては恥ずかしいことでしょうから──」

人様の口? もしかして……なんて俺が怖い想像をしかけていると、それにしても、と阿加井さんが続けるから、積極的にそちらに意識を向ける。



その言葉に誘われたように、ふわり、と赤い花たちが揺れる。傾いた陽射しに、長くなった影を揺らしながら、あるともないともいえないほどの風を受け、まるで海のよう。傾いてきた午後の日差しが、山の端にかかる。するとこの阿加井の庭に西日が当たって、彼岸花が赤みを帯びた金色に輝いた。

父さん、母さん。二人とも、あのきれいなところにいるのかな。静かで何もないけど、彼岸花の美しい──。

父も母も、穏やかな顔をしていた。
弟は……。

この庭のどこかで、彼岸花の彼方、その遠い向こうを眺めているような気がする。俺たち三人と同じように、美しく、それでいて、どこか翳りのある朱金の光に満たされて。





おまけというか、蛇足的に、少しだけつづく……。





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Last updated  2023.01.04 06:31:08
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