逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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イヨマンテ ヨイトマケ で検索したら@ Re:イヨマンテとヨイトマケ。(01/13) まさか同じ勘違いする人がいたとは
prisonerNo.6@ Re:へたれていますのね(03/31) chabo48さんへ 四月馬鹿の日はお休みでし…
chabo48 @ へたれていますのね 明日はそれどころじゃないよ! バカの日…
PrisonerNo.6@ Re:2019年の謹賀珍年(01/03) chabo48さんへ おお! おめでとうござい…
chabo48 @ 2019年の謹賀珍年 ぷーりちゃん! おめでとう

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2024.03.14
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鏡にまつわるあれやこれやの怖い話が、頭の中を駆け巡る。鏡の中の自分が語りかけてくるとか、そこに存在しないはずのものが映っているとか、鏡の中に引きずり込まれるとか──。

「……いや、あはは。鏡って、光を反射するから物が映るんですよね。鏡ほどはっきり映るものはないというし、光の魔術師っていうか、やっぱりマジシャンじゃないですか。あははは」

我ながら何言ってるのかと思うけど、とにかく笑う。笑っておく。わざとらしくても気にしない。

「また、そこに戻るのかい! マジシャンに」

一瞬ポカンとしていた伯父さんが吹き出した。俺、そんなに面白いこと言ったかな。この人のツボが分からない……と思っていたら、真久部さんの肩まで震えている。何で?

「だから、何でも屋さんの|コレ《・・》は手強いって言ったでしょう、伯父さん」

そう言う真久部さんの顔は真面目を装ってるけど、苦しそうな咳払いの中には笑いがにじんでる。なんか気に入らないけど、伯父さんの怖い語りを遮ってくれたんだろうから、そこは気にしないでおく。

「いい加減、横道に逸れてないでちゃんと説明してあげてください」

そうだそうだ、と心の中で真久部さんを応援していると、笑い涙の滲んだ目元をぬぐい、横道じゃないんだよ、と甥っ子の苦言をいなして伯父さんはお茶を啜る。笑ったら、喉が渇いたらしい。



「は、はぁ……」

だから、怖がらせるつもりはなかった──なんてことはないだろうな、その楽しそうな瞳を見ていると。

「並行宇宙って知ってるかな?」

「知ってます。パラレルワールドですよね」

SFにはよく出て来ます、と言うと、伯父さんは意外そうな顔をした。

「おや、何でも屋さんはそっちも嗜むのか。じゃあ、私の友人の作品も読んだことがあるのかな?」

言われた名前を聞いて、俺は驚いた。寡作だが、わりに知られた作家だったのだ。

「『井戸』とか読んだことがあります──真久部さん、作者とお友だちだったんですか」

それは、どこにでも井戸を発生させることのできる“手”を持つ男の話だった。泉ではなく、井戸。水は汲めるけど、奥が見えない。ある日、転びかけた男が“手”をついた牛の腹にも井戸が出来てしまい、聖なる牛と崇められることになった牛と男は──という、|少し《S》|不思議《F》な話だった。

「『井戸』ですか。私はあんまりそっちは読まなくてね。それだけは主人公のモデルが私だというから、読んでみましたが……」

あんまりよくわからなかったなぁ、と苦笑いする伯父さんを見ながら、俺は遠い目になる。──あの作者、友だちのことをずいぶん良いように書いてたんだなぁ……。



「……」

これから書く予定の話を聞かせてもらえるなんて、ファン垂涎ものの立場だけど、本人は特にありがたそうでもない。まあ、そういうものなんだろうなぁ……。

「最後に会ったときだったよ、鳥居という、少々寂しい境遇の男を主人公にした話を考えている、と聞いたのは。母を早くに亡くし、父と二人暮らし。何もないけど穏やかな日々が、父の入院で変わってしまった。父も自分も、特に趣味もなく、何かに夢中になることもなく生きてきた。だけど、それで良かったのか。男手ひとつで自分を育ててくれた父だったけれど、幸せだったんだろうか、再婚したいと思ったことはなかったんだろうか、自分たちにはもっと色々な可能性があったのではないか──と、思い悩む男の話だ」

もし、母が生きていたら、もし自分に兄弟がいたら。もし父が自分を省みず、仕事に全振りした生活を送っていたら──父を失うかもしれない未来に恐怖する男が、何かのきっかけで自分が想像したような別の世界に移動してしまう、そういう「IF」の話だったよ、と伯父さんは語る。

「私は、ふーん、と聞いていただけだが、友人は語りながら頭を忙しくしていたようだった──。私はだんだん退屈してきて、つまり、『胡蝶の夢』のようなことなのかい、とまとめようとすると、そういう方向もあるね、と笑っていたっけね」



「『胡蝶の夢』を書いた荘子は、夢だろうが現実だろうが、どっちでもいいんだ、ということを言いたかったようだがね。自分が在って、蝶が在る。そのどちらもが自分で、だが同時に同じ夢には存在しない──そのあたりが、友人の考えていた並行世界に彩りを添えたらしい。とても喜んで酒を奢ってくれて、本が出たら送るよ、と言ってくれていたんだが、その矢先にあんなことに」

困り顔に似た、複雑な笑み。伯父さんには、ご友人の書く小説より何より、ご本人が生きているほうが、ずっとずっとうれしかったんだろう、と伝わってくる。




今朝は寝坊して、最終防衛ラインの目覚まし時計の、けたたましいベルの音で目が覚めました。





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Last updated  2024.03.14 06:24:27
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