Dog photography and Essay

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西安旅情1


「陝西省西安旅情1」

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4月18日より中国西北地方の青海・甘粛・新疆を一人旅してきた。
内陸部ではバスに乗って移動や寝台夜行列車での旅が殆どであった。
その旅でも多くの中国人と友人になることができた。
今回その中国人から秦の始皇帝にまつわる話を聞いた。
以前より時折聞いていた話ではあったがあまり信じなかった。


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その話はこの次から・・・馬の画像は相当暗い場所で、
フラッシュ発光はガラスに反射する為低速手持ち撮影でブレ発生。
この博物館内の撮影規制も厳しかったように感じた。


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「陝西省西安旅情2」


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画像は1974年西安で発見された始皇帝の兵馬俑坑である。
始皇帝の墓より1kmほど離れた所で20世紀最大の発見と言われた。
始皇帝と言えば万里の長城を手掛けた事でも知られているが、
中国を始めて統一した皇帝としてもよく知られている。
始皇帝の秦は紀元前240年頃、この頃日本では弥生時代の頃。


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日本で農耕作業が始まり掛けた頃に始皇帝は大事業を成していた。
私が中国へ渡り仕事を始めた15年前に始皇帝に纏わる話を聞いた。
天下を統一した事や万里の長城の話などは私も知っていたが、
始皇帝は病弱で不老不死の薬が日の本の国に有ると徐福から聞き、
未婚の優秀な男女3000人と1000人近い建築士や化学また漢方に、
精通した者達を朝鮮を経由し100隻ほどの船で日本へ派遣したとの事。
つづく


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「陝西省西安旅情3」


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秦の始皇帝は何故道教の方仕を持つ徐福を信じたのか?
始皇帝は中国の統一を図り万里の長城の大偉業を成し遂げ、
誰人も始皇帝の前にはばかる者はなかったが、ただひとつ、
老いと病の辛さには勝てず、徐福を信じ彼に全てを託した。
そして野望を抱く徐福は、これ幸いと日本に赴いたが、
始皇帝を横目に二度と中国へは戻らぬ覚悟で日本へ向かった。


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弥生時代に突入した日本では、徐福達の指導の下、
稲作が行われ、また古代中国の文化思想儀式などが取入れられ、
日本固有の王権が成立した事が史記や日本古事記などでも、
それを匂わす文献があり一部には紀元前220年前後の日本の天皇に、
大きな影響を与えたとある。ひょっとしたら中国人の徐福が、
日本の天皇になり弥生時代以降の政治を動かしたのか?
つづく


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「陝西省西安旅情4」


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昨夜ある歴史研究家から一通のメールを頂いた。
またそのメールには、徐福と神武天皇は同一人物と書かれてあった。
私自身大変無責任な事を書くかも知れないが、
私は歴史研究家ではないし、中国で中国人から聞いた話を、
新鮮に受け止め、それを元に記憶を辿りながら画像の更新と共に、
エッセイを更新しているので、確たる資料に基づき、
ブログを更新している訳ではないので誤解の無きよう。


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だが私なりに責任を感じ色々と調べてみたところ、
徐福イコール神武天皇説の記事は数多く存在していて、
私自身驚き更に調べてみた。しかし、始皇帝は紀元前220年前後で、
徐福もその時代を生きた人物であり、それに対して、
神武天皇は紀元前660年即位し古事記には137歳で逝去とある。
徐福の生きた紀元前220年頃と神武天皇の紀元前660年で、
100年食い違いがあるとしても紀元前560年と徐福が、
神武天皇だったという学説は、とても信じ難い存在となってしまうが、
皆さんはどう思うのだろうか?
つづく


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「陝西省西安旅情5」


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中国江蘇省の東北部に連雲港と呼ぶ市があるが、
そこに徐福の伝説がある。この連雲港の西側に周恩来の、
生まれ故郷である淮安市があり、時間を見つけて旅をしたいと、
思っている。連雲港市に徐福が祭られているという。
上海より4時間ほどの汽車の旅が楽しめる。また連雲港の花果山は、
孫悟空が誕生した山として多くの人に知られている・・・。
余分な話はさておき、史記には徐福が始皇帝を騙し多くの未婚の、
賢き男女を引き連れ、日本へ渡り始皇帝の死後も、
中国へは帰らなかったとある。


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中国人大学教授が私に言った日本の大和文化のルーツは、
中国人であるという冗談にも思える話を、
だんだん信じられるようになって来たから不思議である。
物の本を読むと、弥生時代は水稲耕作による稲作の技術をもつ集団が、
列島外から北部九州に移住することによって始まったとの記述があり、
なんとなくその頃のロマンが目を閉じれば浮かんで来るような、
錯覚にまで陥った。ところで徐福の伝説は和歌山新宮や、
三重熊野また佐賀県にもあるようである。
つづく


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「陝西省西安旅情6」


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西安は漢代の時、長安を都とし1000年の長きに渡り、
栄えた都であり、明の時代に長安から西安と改名された。
その西安の東郊に秦始皇陵や秦始皇兵馬俑博物館がある。
また唐代に至っては、シルクロードの東の地点として、
東西交易によって経済的な発展を遂げた長安(西安)でもある。
この始皇帝の兵馬俑が発見されたのは1974年の事。
干ばつにより地元の農民が井戸を掘った時に陶片を見つた。


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考古学者達による調査の結果20世紀最大の発見になった。
その後、中国では一大プロジェクトチームが編成され、
第一号俑坑の発掘と修復後、2200年の時を経て現在に蘇った。
世界に名を轟かせた兵馬俑坑は、1987年世界遺産に登録された。
発掘時点では2mほどの兵馬の土偶は割れており時間を掛け、
復元されたが、その数は一号俑坑だけで5900体ほどあり、
現在三号俑坑まで発掘が進み、二号が1300体、三号が70体ほどある。
つづく


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「陝西省西安旅情7」


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1987年世界遺産に登録された兵馬俑坑は、
一号俑坑には5900体ほどの兵士が整然と並べられていた。
各列の最後列にはまだ復元されていない兵士達の土偶があり、
望遠レンズで撮影するとその部分もハッキリと撮影できた。
兵士達の背丈は180cmから200cmあり、髪の毛は頭上で束ねて、
それぞれの表情は、それぞれ違っていたので、
大量生産用の鋳物では可能ではないと思ったりもした。
上の画像は指揮官達の土偶だが首から上が無いものが多かった。


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兵馬俑坑の2号俑坑は1号俑坑の大量ではなく、
また歩兵部隊ではなく、騎馬隊の姿も見受けられカメラに収めた。
撮影の方はつい最近まで1号俑坑のみであったが、現在では、
2号俑坑まで撮影許可を出しているようであった。
3号俑坑では撮影禁止となっていたが、よほど絞りを開けないと、
ライトアップされていないため撮影はF値の明るいレンズが良い。
また3号俑坑では、指揮官や参謀の兵士達の土偶が整備されていた。
次回は西安西門付近の画像から公開します。


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「陝西省西安旅情8」


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前回まで1987年世界遺産に登録された兵馬俑博物館の、
画像を更新してきたが今日からは西安市内の画像を公開予定。
西安市街地に建つ鼓楼を潜り抜けると回坊風情街に出る。
また回坊風情街で店を出している人々は回族で、
そのほとんどがイスラム教徒であり清真寺で礼拝をする。


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回坊風情街ではみやげ物屋からレストランや、
小さなホテルまで揃っており、その回坊風情街の長さは350mほど、
この350mは計ったわけではないが、写真を撮りながらなので、
あまり信用のおけない長さで、もっと短かったかも知れない。


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