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源氏物語〔21帖 乙女23〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。霜や氷がひどく結ぶこの明け暮れの空 涙が降りしきるように、ますますかき曇っていく。そんな歌を心の中で思い浮かべた。今年、源氏は五節の舞姫を一人出すことになっていた。特別な準備をするわけではなかったが、付き添いの童女の衣装などを整えるため、日が近づくにつれ支度が進められていた。東の院にいる花散里夫人は、舞姫が宮中へ入る夜に付き添う女房たちの装束を引き受け、自ら手配して作らせていた。二条の院では、衣装のすべてを一通り準備していた。さらに中宮からも、童女や下仕えの女房たちの衣服が、華やかに仕立てられて贈られた。去年は諒闇があったため五節の舞は行われなかった。その反動もあってか、今年は誰もが五節の舞を心待ちにしており、各家が舞姫を引き受けるたびに、華やかさを競い合っていると評判になっていた。按察使大納言の娘や左衛門督の娘も舞姫として選ばれていた。さらに、殿上役人の中から一人出す舞姫には、今は近江守であり左中弁を兼ねている良清朝臣の娘が選ばれていた。今年の舞姫はそのまま女官として採用されることになっていたため、どの家も惜しまずに愛娘を送り出していた。源氏が自ら選んだ舞姫は、摂津守兼左京大夫の惟光の娘で、美人と評判の少女だった。惟光はこの話を聞いて迷惑そうにしていたが、「大納言の妾腹の娘が舞姫になるのに、お前の娘を出すことが恥になるわけがない」と源氏に責められ、困った末に、女官になる保証があるなら悪い話ではないと観念し、主の命に従うことにした。舞の稽古は自宅で十分にさせ、舞姫の世話をする女房たちも自分の家で選び、その中から数人を付き添わせることにした。そして初めの日の夕方ごろに、舞姫を二条の院へ送った。付き添いの童女や下仕えの女房も何人か必要だったので、二条の院と東の院を通じて、多くの中から優れた者を選ぶことになった。名誉な役目とあって、それぞれが選ばれることを誇りに思い、意気込んで集まってきた。
2025.03.11
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源氏物語〔21帖 乙女22〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。なんという、忌まわしいことだろう。やはり宮は知らなかったのではないか。そう思うと、乳母は恨めしくてたまらなかった。「本当に、なんと悲しいことだろう。殿がどれほどお怒りになり、どんな言葉を発するか分からない。まして、大納言家に知られたら、いったいどんなことを思われるか。貴公子とはいえ、最初の夫が浅葱の袍を着る六位の身分の方だとは」そんなひそひそとした声が、屏風の後ろから聞こえてきた。乳母がそこでこぼしていたのである。若君は、自分の身分の低さを侮辱されたように感じると、急に人生が嫌になり、恋心も少し冷める気がした。「あんなことを言われてしまった。紅の涙に深く染まった袖の色を浅緑などと言い捨てられるのだろうか 恥ずかしくてたまらない」そう呟くと、いろいろと身の憂きほどを思い知る この中の衣はどんな色に染まっているのか 雲井の雁がそう詠んだか詠まぬかのうちに、大臣が邸の中へ入ってきた。その気配を感じると、雲井の雁はすぐに立ち上がった。取り残された若君は、見苦しさと恥ずかしさに胸を塞がせながら、自分の居間へ戻り、寝床へ横になった。しばらくして、三台ほどの車に分乗して姫君たちの一行が、そっと邸を後にする気配があった。その音を聞くのも若君には耐え難く、ただ悲しさが募るばかりだった。やがて宮のお居間から、「こちらへ来るように」と女房が迎えに来たが、若君は眠ったふりをして身じろぎもしなかった。ただ涙だけが止まらず、一睡もできないまま夜が明けた。霜が白く降りるころ、若君は急いで邸を出た。泣き腫らした目を人に見られるのも恥ずかしく、どうせ宮はまた自分を呼ぼうとするだろうから、どこか気楽な場所へ逃げたくなったのである。車の中でも、若君はしみじみと破れた恋の悲しみを噛みしめていた。空模様もひどく曇り、まだ暗く沈んだ夜明けだった。
2025.03.10
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源氏物語〔21帖 乙女21〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。その場に、若君の乳母である宰相の君が現れ、「若君といつも一緒だったご主人が、こうして行ってしまうなんて、なんとも残念なことだ。殿がほかの人と結婚しようと考えたとしても、お従いにならないようにしてください」と小声で言った。その言葉を聞くと、雲井の雁はますます恥ずかしくなり、言葉が出なかった。「そんな面倒なことを言うな。縁というものは、誰もが前世から決められているのだから、どうなるかは分からない」宮は静かにそう言った。だが、乳母は悔しそうに「それでも殿は、若君のことを貧弱だと思って、軽んじているのでしょう。でもまあ、お姫様をご覧になってください。我々の若君が、人に劣るような方でしょうか」と言い返した。乳母はそう言って口惜しさをにじませた。若君は几帳の後ろに忍び込み、じっと恋人を見つめていた。人目を恥じる余裕など今はなく、ただ泣くばかりだった。乳母はそんな若君を気の毒に思い、宮には表向きの言葉をかけながらも、夕方の薄暗さに紛れて、二人をひそかに別の部屋で会わせた。恥ずかしさと気まずさの中で、二人は言葉を交わさず、ただ静かに泣き続けるばかりだった。伯父の態度が恨めしく、どんなに恋しく思っても、いっそあなたのことを忘れてしまおうかと思う。でも、逢えないでいることがどれほど苦しいか、今からもう不安でならない。なぜ、逢おうと思えば逢えたころに、私はもっとたびたび来なかったのだろうか。男の様子には、若々しく、切ない心情が滲み出ていた。「私も、きっと苦しむだろう」「恋しくなると思いますか?」男がそう言うと、雲井の雁は幼いしぐさで、こくりとうなずいた。座敷には灯がともされ、門前では大臣の前駆の者たちが、大仰に人払いの声を上げていた。女房たちが「さあ、さあ」と慌ただしく動き出すと、雲井の雁は恐ろしくなり、震えた。しかし男はもう何もかもどうでもよくなり、姫君を帰そうとしなかった。そこへ姫君の乳母が捜しに来て、ようやく二人の密会を知ることになった。
2025.03.09
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源氏物語〔21帖 乙女 20〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。左衛門督や権中納言といった内大臣の兄弟たちは別の母から生まれたが、亡き太政大臣の意向で宮を敬うように教えられ、その子供たちも出入りしていた。しかし、誰も源氏の若君ほど美しい者はいなかった。宮が特に愛していた孫であり、雲井の雁と並んで深い愛情を注いでいたのに、突然このように去ってしまうことになり、寂しさを募らせていた。大臣は、ちょっと御所へ行って、夕方迎えに来る」とだけ言い残し、さっさと出かけていった。結婚を認めることも一度は考えたものの、やはり悔しさのほうが勝り、ある程度の官位が整ってから正式に結婚させるのが望ましいと考えていた。どれほど厳しく監督しようとも、娘を男の家に置いてしまえば、若い二人は自由奔放な振る舞いをしてしまうに違いないのだから。宮も無理に制止するようなことはしないだろう、そう思った大臣は、女御の退屈しのぎを口実に、自邸や官邸へ軽い雰囲気を装いながら娘を連れ去ろうとした。宮は雲井の雁へ手紙を書いた。大臣は私を恨んでいるかもしれないが、あなたは、私がどんなにあなたを愛しているかを知っているでしょう。こちらへ逢いに来てください。宮のお言葉に従い、雲井の雁は美しく着飾って姿を見せた。年は十四。まだ大人びてはいないものの、子供らしい淑やかな美しさを備えた姫君である。いつもあなたをそばに置いて見ていることが、私にとって何よりの慰めだったのに、行ってしまったらどれほど寂しくなることでしょう。私はもう年寄りだから、あなたの将来を見届けることもできないでしょうし、自分の命が尽きるのを思うと心細くてなりません。私と別れて、あなたはこれからどこへ行くのかと思うと、かわいそうでならない。そう言って宮は涙を流した。祖母である宮がこうして悲しんでいるのは、すべて自分の恋愛問題が原因なのだと思うと、雲井の雁は恥ずかしさに耐えられず、顔を上げることもできずに泣くばかりだった。
2025.03.08
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源氏物語〔21帖 乙女 19〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。陛下もそばを離さないようにしておられるが、女房たちも常に緊張しなければならず、それも気の毒だ。そう夫人に語った大臣は、すぐに帝に女御の退出を願い出た。帝は彼女を深く寵愛していたため許しがたかったが、大臣が強く主張するので、しぶしぶ認めることにした。自邸に戻った女御に、大臣は言った。退屈でしょうから、姫君を呼んで一緒に過ごしたらどうだろう。宮に預けておくのは安心ではあるが、年老いた女房が多すぎて、若い人の慎み深さが失われるのも心配だ。もうそんなことを考えなければならない年頃になってきたのだからと言って、急きょ雲井の雁を迎えることにした。大宮はたった一人の娘を亡くして以来、私は心細く寂しく思っていた。そこへ姫君を預かることになり、一生の宝のように思って世話をしていたのに、あなたに信用されなくなったかと思うと悲しいと、力なく言った。大臣は、残念に思ったことを、その場で率直に申し上げただけのことです。あなたを信用していないわけではありません。御所にいる娘が気落ちしているので、退屈を紛らわせるために一時的に連れて帰るだけなのですと恐縮しながら答えた。さらに、これまでの養育の恩は決して忘れませんと言った。大臣の性格を知る宮は、これ以上どうすることもできず、ただ残念に思うばかりだった。人はどれほど愛していても、同じだけの気持ちを返してはくれないものだね。若い二人だって、私に隠れて大事件を起こしてしまった。大臣も、立派に出来上がった人物でありながら、私を恨んで姫君を連れて行ってしまう。あちらへ行って、ここにいるより平穏な日々が待っているとも思えないのに。宮は涙をこぼしながら女房たちに語った。ちょうどそこへ若君がやって来た。最近は少しの隙でも見つけようと頻繁に訪れていたが、内大臣の車が止まっているのを見て気まずくなり、そっと自分の部屋へ隠れた。内大臣の息子たち、左少将や少納言、兵衛佐、侍従、大夫などもこの邸を訪れることはあったが、御簾の内側に入ることは許されていなかった。
2025.03.07
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源氏物語〔21帖 乙女 18〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。若君の不安はますます募り、小さな声で呼びかけた。「ここを開けてください。小侍従は、いませんか?」だが、向こうからは何の返事もなかった。小侍従は姫君の乳母の娘で、そばにいるはずだったが、どうしても返事をしようとしない。姫君は、そんな若君の声を聞いて、恥ずかしさのあまり、夜着を頭から被ってしまった。だが、心の中では、彼のことを気の毒に思っていた。大人のように、深く。とはいえ、乳母たちが近くで寝ているため、身じろぎすることさえできなかった。二人は、それきり沈黙したままだった。夜も更けた頃、若君は身にしみる思いを抱えながら宮の部屋へ戻った。しかし、ため息をつくたびに宮が目を覚ましてしまうのではないかと気にして、寝返りを打ちながらもじっとしていた。若君は訳もなく恥ずかしくなり、朝が来るとすぐに自分の部屋へ戻った。そして手紙を書いたが、味方である小侍従にも会えず、姫君の部屋へ行くこともできずに思い悩んでいた。一方の姫君も、父に叱られ、周囲から問題視されたことが恥ずかしく、ただそれだけを考えていた。自分の将来や若君のことを深く考える余裕はなかった。ただ、二人が寄り添い愛の話をすることが悪いことだとは思えなかったし、むしろ懐かしく思い出された。なぜこんなに騒がれなければならないのか納得できなかったが、乳母たちからひどく叱られた後では、手紙を書くこともできなかった。大人ならば隙を見つけることもできるだろうが、若君はまだ少年であり、ただ残念に思うばかりだった。内大臣はその後、宮のもとを訪れることはなかったが、強い恨みを抱いていた。夫人には雲井の雁の件を話さなかったが、ただ不機嫌に振る舞っていた。中宮が華やかな儀式で立后し、宮中に入ったこの時期に、女御が同じ御所で気落ちして暮らしているのを見るのは忍びない。だから退出させて、気楽に家で過ごさせたい。
2025.03.06
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源氏物語〔21帖 乙女 17〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。あなたのことで内大臣が来て、私まで恨めしそうに言われて、気の毒で仕方がない。あなたがよくないことを始めてしまったせいで、周りの人まで不幸になってしまうのではないか。私は、こんなことを言いたくはないのだけれど、こういうことがあったとあなたが知らずにいるのもよくないと思ったと、若君は、この言葉を聞いてすぐに事の真相を悟り、心のどこかで良心が咎めていたこともあり、顔を赤くしながら、恥ずかしそうに、「何のこと。私は静かな場所に引きこもっていて、誰とも何の交渉もありません。ですから、伯父上の気分を害するようなことはないはずだと思う」と言った。そのあまりに純粋で戸惑ったような様子を見て、大宮も気の毒に思った。「まあいいわ。とにかく、これからは気をつけなさい」そう言って、それ以上は何も言わず、話をほかのことに移した。しかし、若君の心の中は暗く沈んでいった。これからは、今までのように手紙をやり取りするのも難しくなるだろう。そう思うと、気持ちが重くなっていくばかりだった。晩餐が出ても、ほとんど手をつけず、早く寝たふうを装ったが、実はどうにかして恋人に会えないかと考えていた。皆が寝静まった頃を見計らい、姫君の部屋へと通じる襖をそっと開けようとした。しかし、いつもは鍵などかかっていないはずの仕切りが、今夜は固く閉ざされている。向こう側からは、物音一つ聞こえてこない。若君は、胸が締めつけられるような思いで、襖にもたれかかった。そのとき、姫君も目を覚ましていた。庭先では風が竹を揺らし、そよそよと葉擦れの音がする。空には雁が飛び、ほのかに鳴く声が響いていた。そんな夜の静けさの中で、姫君はふと口ずさんだ。「雲井の雁もわがことや(霧深い空を飛ぶ雁のように、私の心も晴れることなく、物悲しい)」その姿は、あまりに可憐で、少女らしいものだった。
2025.03.05
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源氏物語〔21帖 乙女 16〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。だが、肝心の姫君は何もわかっていない様子で、どれほど言い聞かせても、どれほど戒めても、無邪気なままで、事の重大さを理解しているようには見えなかった。その姿を見て、大臣はとうとう涙をこぼした。どうすれば、この事態を取り繕えるのか。このままでは、この子が世間に捨てられてしまう。大臣は、信頼のおける数名を呼び寄せ、密かに相談を始めた。しかし、彼らの間では、大宮の対応が悪かったのではないかという話ばかりが飛び交った。大宮は、この出来事を二人の孫のために悲しんでいた。だが、その中でも特に若君への愛情が深かったのか、もうそんなに大人びた恋愛をする年頃になったのかと、完全に否定しきれない気持ちもあった。内大臣が憤って言ったことに、全面的に賛成する気にもなれなかった。必ずしも、そこまで大げさに言うほどのことではないのではないか。そう思う一方で、大宮には別の心配もあり、もともとそれほど愛情をかけられてなかった娘を、自分が大切に育ててきたことで、父親である内大臣が東宮の后にしようという希望を抱くようになった。それが叶わず、普通の結婚をする運命になってしまったなら、源氏の長男以上の優れた婿を見つけるのは難しい。容姿をはじめ、どんな面から見ても彼以上に釣り合う若者がいるとは思えず、それより格下の相手と結ばれることになるだろう。そんなことを考えると、大宮の気持ちはますます苦しくなり、大臣に対しても恨みが募っていった。もし、この大宮の気持ちを大臣が知ったなら、ますます憤慨したことだろう。そんな騒動が起こっていることも知らず、源氏の若君がやって来た。一昨夜は人が多く、恋人の姿をじっくり見ることができなかったため、恋しさが募って夕方から訪れた。普段、大宮はこの若君が訪れると、とても嬉しそうな顔をして迎え入れた。しかし、この日はいつもと違い、落ち着いた様子で話を始めた。
2025.03.04
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源氏物語〔21帖 乙女 15〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。大臣は深いため息をつきながら、静かに「お前たちよりも、私のほうがよほど廃り物になった気がするよ、、」と言った。そう言うと、大臣は乳母を厳しく責めた。しかし、乳母は何も言い返すことができず、ただうつむくばかりだった。自分たちに弁解の余地がないことは、よくわかっていたのだ。ただ、心の中ではこう思っていた。これまでも、昔の物語にあるように、内親王様がたにさえこのような過ちが起こることはあった。それも、側に仕える者が主を裏切り、男との仲を取り持ったり、ふとした隙から不本意な事態になったりした。しかし、今回のことは、それとは違うのではないか。あのお方は幼いころからずっと一緒に遊んでこられた。私たちが厳しく制することもできなかったのは、宮様が優しく大らかに育てておられたからだ。それに、あの方はただの浮ついた若者とは違って、品位のあるお方だったから、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。乳母たちは、そんな思いを口には出せず、ただ嘆き合うばかりだった。大臣はしばらく黙っていたが、やがて決意したように言った。このことは、しばらく秘密にしておこう。どれほど隠しても、世間の評判は立つものだが、お前たちはせめて事実でないと否定するように努めるのだ。そのうち、私の邸に姫君を迎えることにする。宮様がもう少し厳しく育ててくださっていたら、こんなことにはならなかったのだ。お前たちだって、まさかこうなることを望んでいたわけではないだろう。大臣の言葉を聞いて、乳母たちは複雑な気持ちになった。大宮がこの状況をどう受け止めているのかを思うと気の毒だったが、一方で、姫君の将来がどうにかなるかもしれないという希望が見えたのは、少し安心でもあった。大納言家への評判がどうなるかを心配して、たとえどれほど立派なお方でも、ただの縁ではなく、しっかりとした形にしてほしいと乳母たちはそう口々に言った。
2025.03.03
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源氏物語〔21帖 乙女 14〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。身分の低い者であっても、世間体を気にしてそのようなことは避けるものです。それは彼女のためにも決してよいことではありません。まったく別の家に華やかに婿を迎えることがどれほど幸福なことか知れません。従姉の縁による強引な結婚と取られ、源氏の大臣も不快に思うかもしれません。その上、そのことを私に知らせてくだされば、私にも対処のしようがありました。ある程度の形式を踏ませ、人聞きを良くすることもできたでしょう。しかし、あなたは若者の放縦な行動をそのままにしてしまいました。それが遺憾でなりません。内大臣の話を詳しく聞き、初めて真相を悟った宮は、夢にも思わぬことだったため、呆れてしまった。あなたがそう言うのももっともですが、私はまったく二人の孫が何を考え、何をしているのか知りませんでした。私こそ残念でなりませんし、同じように罪を負わされるのは恨めしいことです。私は手元に来たときから、特別に可愛がり、あなたが思う以上に大切に扱い、彼女に最高の幸福を受ける価値を持たせようとしていました。一方の孫を溺愛して、まだ少年の者に結婚を許そうなどとは思いもよりません。それにしても、誰があなたにそんなことを言ったのでしょう。人の中傷かもしれませんし、腹を立てたりするのは良くないことです。また、事実でないことで娘の名誉を傷つけることにもなりますよという。何が事実でないものですか。女房たちも批判し、陰では笑っていることでしょう。私の心中が穏やかでいられるはずがありません。そう言って内大臣は立ち去った。幼い恋を知る人たちは、この破局に至った少年少女に同情していた。先夜の内証話をした人たちは動揺し、なぜあの秘密を話題にしたのかと後悔していた。姫君は何も知らずにいた。のぞいた居間に可憐な美しい顔をして姫君がすわっているのを見て、大臣の心に父の愛が深く湧いた。いくら年が行かないからといって、あまりに幼稚な心を持っているあなただとは知らないで、われわれの娘としての人並みの未来を私はいろいろに考えていたのだ。
2025.03.02
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源氏物語〔21帖 乙女 13〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。苛立ちを内に抑えきれない性格だった大臣は、怒りに震えていた。二日ほどしてまた内大臣は大宮を訪問した。こうしてしきりに訪れるときは、宮の機嫌がよく、嬉しそうな様子がうかがえた。形式上は尼になっているが、額を髪で隠し、化粧も美しく施し、華やかな小袿などに着替えていた。内大臣は子ながらも晴れがましく思う性格であり、ありのままの姿では会おうとはしなかった。内大臣の表情は不機嫌だった。「こちらに上がっていても、私は恥ずかしくて、女房たちはどのように批評しているだろうかと気がかりです。つまらない私ですが、生きているうちは頻繁に訪れて、物足りなさを感じさせず、私もその点で満足を得たいと思っていましたが、不良な娘のせいで、あなたを恨めしく思わずにいられないようなことが起こってしまいました。そんなに真剣に恨むべきではないと、自分でも抑えようとしていますが、それができません」 内大臣が涙を押しぬぐうのを見て、化粧を施した宮の顔色が変わった。涙のせいで白粉が落ち、目が大きく見えた。「どんなことがあって、この年になってからあなたに恨まれることになるのだろう」宮がそう言うのを聞くと、さすがに内大臣も気の毒に思ったが、続けて言った。「私はあなたを信頼していたので、子供を預け、親である私は何の世話もせずにいました。その間、手元に置いた娘が後宮の激しい競争に敗れ、疲れ果てていることばかりを気にかけて世話を焼いていました。こちらに娘を預けた以上、私は放っておいても、あなたが彼女を一人前の女性として立派に育ててくださるものと期待していました。しかし、思いもよらぬことになりましたから、私は残念でなりません。源氏の大臣は天下の第一人者といわれる立派な方ですが、ほとんど家族のような者同士が結ばれることは、人々に知られれば軽率に思われるでしょう。
2025.03.01
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源氏物語〔21帖 乙女 12〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。しかし、そっと身を細くして廊下を歩いていると、女房たちが少年たちの恋について話している声が聞こえてきた。不思議に思い立ち止まって耳を傾けると、それは自分自身のことだった。「賢ぶっていても、結局は甘いのが親よね。とんでもないことが起こっているのに気づいていないのだから。『子を知るは親にしかず』なんて嘘よ」こそこそと話しているのを聞き、大臣は愕然とした。恐れていたことが現実になった。放っておいたつもりはないが、子どもだからと油断していたのだ。人生はなんと悲しいものか。すべてを悟ったが、何も言わずそのまま立ち去った。前駆が人払いの声を上げると、ようやく女房たちはこの時間まで大臣が留まっていたことに気づいた。「殿様、今お帰りになるのね。どこに隠れていたのかしら。あのお歳でまだ浮気はやめられないのね」内緒話をしていた女房たちは焦った。「さっき、すごくいい匂いが通ったと思ったけれど、若君が通ったのだと思っていたのよ。まさか大臣だったなんて。怖いわね、悪口が聞こえていたかしら。何か仕返しをされるかもしれないわ」内大臣は、車中で娘の恋のことばかり考えていた。特別悪いことではないが、従弟同士の結婚などあまりにもありふれている。世間に野合の始まりを噂されるのもつらい。源氏が後宮の競争で女御を押さえたことも恨めしいが、それに加えて、せめて娘を東宮にと考えていた希望まで崩されるとは。もしかしたら、そこに僥倖があったかもしれないのに。源氏との関係は表向きは親密に見えたが、昔からあった「負けたくない」という気持ちは、今も強く残っていた。そのことが不快で、大臣は朝まで眠れなかった。大宮もすでに気づいているだろう。しかし、孫をかわいがるあまり、好きにさせて知らないふりをしているのだろう――そう女房たちは話していた。それを思い出し、大臣は大宮を恨めしく思った。
2025.02.28
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源氏物語〔21帖 乙女 11〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。年老いた女房たちは涙を流しながら、几帳の陰に集まってこの演奏に聞き入っていた。「風の力、蓋し少なし(落葉は風を待って散るが、風の力はわずかである)」と、文選の一節を口ずさみながら、大臣は言った。「琴の響きというだけではないが、心にしみる夕暮れだ。もう少し弾いてくれないか」そう促しながら、大臣は秋風楽を弾き、歌った。その声もまた心地よかった。宮は、この場にいるのが孫娘だけでなく、大臣までもが可愛く思えてきた。そこへ、さらに場の雰囲気を和ませるように、源氏の若君がやってきた。「こちらへ」と宮が声をかけ、若君は几帳を隔てた席へ通された。内大臣は、「おまえにはあまり会えないな。なぜそんなに必死になって学問ばかりさせるのか。学問ができすぎると不幸を招くこともあると、大臣自身が経験しているはずなのに、それでもおまえに押しつけるのだな。何か理由があるのだろうが、そんなふうに閉じ込められているのは気の毒でならない」そう言いながら、内大臣は若君に笛を手渡した。「たまには違うこともしてみろ。笛だって、古い歴史を持った立派な音楽なのだからな」若々しく朗らかな音を響かせる笛が面白く、しばらくは絃楽をやめさせて、大臣は拍子を取りながら「萩が花ずり」(衣がえせんや、わが衣は野原篠原萩の花ずり)などを歌っていた。「太政大臣も音楽が好きで、政治のことから離れてしまったのだからな。人生なんてものは、せめて好きなことを楽しんで過ごしたいものだ」そう言いながら甥に杯を勧めているうちにあたりは暗くなり、灯が運ばれた。湯漬けや菓子などが皆の前に並び、食事が始まった。姫君はすでに別の部屋へ戻されていた。あえて二人を引き離し、琴の音すら若君に聞かせまいとする内大臣の態度に、大宮付きの古女房たちはささやき合っていた。「こんなことをしていたら、いずれ悲劇が起こるのではないか」大臣は帰るそぶりを見せながらも、密かに女の部屋へ向かった。
2025.02.27
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源氏物語〔21帖 乙女 10〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。大臣は宮に琵琶を弾くよう促したが「もう弦を押さえるのも思うようにいかなくなった」と言いながらも、宮は見事に琴を奏でた。「その山荘の者は、幸運なだけでなく、聡明なようだ。私に預けられたのは男の子一人だったが、もしあの者の娘もいたら、どんなによかったことか。その娘を生んだ母親は、自分が育てては子供の不幸になることをよく理解し、立派な夫人のもとへ託したそうだ。その話を聞いて、私も感心した」と大宮は語った。「女は頭の良さ次第で、どこまでも出世できるものだ」と内大臣は評していたが、話は次第に自らの不運へと移っていった。「私は女御を、完全とは言えなくても、人より劣るような娘には育てなかったつもりだった。だが、思いがけない相手に負ける運命だったのだ。人生はこうも予想外なものなのかと、悲観的にならざるを得ない。この子だけは、何としても幸運をつかませたいと思っている。東宮の元服も近いだろうと期待していたが、今話に出た明石の幸運な女が生んだ后候補が、どんどん成長してきている。もしその人が後宮に入れば、誰が競争できるというのか」そう嘆息する大臣を見て、宮は言った。必ずしもそうとは限らない。この家から后が出ないことなど、絶対にないはずだ。亡くなった大臣も、そのつもりで女御を託されたのだから。もし大臣が今も健在だったら、このような意外な結果にはならなかっただろう。この問題についてだけは、大宮も源氏を恨んでいた。姫君が琴を弾いている姿は、しとやかで美しかった。髪の生え際の上品な艶、琴の弦を押さえる手の動き――まるで絵のような美しさだった。それに見とれる大臣に気づき、姫君は恥ずかしそうに体を少し小さくして、琴を前に押し出した。内大臣は大和琴を手に取り、律の調子の若々しい曲を、名手らしい粗弾きで奏でた。その音色が妙に趣深く、外では木の葉がはらはらと舞い落ちていた。
2025.02.26
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源氏物語〔21帖 乙女 9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。若君のほうは物足りなさを感じ、花や紅葉を贈ったり、雛遊びの道具を送ったりして、変わらぬ友情を示し続けた。姫君もこの従弟を愛しており、男に顔を見せないという一般的な慎みなどは気にしなかった。乳母などの後見役も、幼いころからの習慣を急に断つことは難しいと考え、二人の関係を厳しく制することはなかった。姫君は無邪気なままだったが、若君の感情はそれよりも進んでいて、いつの間にか二人は恋人同士の関係になっていたらしい。そのため、若君は東の院に閉じこめられるように学問に専念させられたことを苦しく思った。まだ子供らしい筆跡で、二人が書き交わした恋文があちこちに落ちていることもあり、姫君付きの女房たちはそれを見て、二人の仲がどの程度にまで進んでいるのか察していた。しかし、そうしたことを誰かに訴えるわけにもいかず、秘密はそのまま守られていた。后の宮や両大臣家の大饗宴なども終わり、ほかの催しごとも一段落したころ、世間は静かだった。秋の通り雨が過ぎ、荻の上を吹く風が寂しげに鳴る夕方、大宮の邸宅へ内大臣が訪れた。大臣は姫君を宮の居間に呼び、琴を弾かせていた。宮はさまざまな芸事に長けた人であり、姫君にもよく教えていた。大臣は、「琵琶は女が弾くと少し違和感があるが、貴族的で趣のあるものだ。今では、本当に琵琶を弾ける者はほとんどいなくなった。何親王、何の源氏」と名を挙げたあと、「女では、太政大臣が嵯峨の山荘に置いているという者がとても上手らしい。遡れば、音楽の天才が多く出た家柄だが、京官から落ちこぼれて地方へ行った男の娘が、なぜそんなに上手になったのか不思議だ。源氏の大臣も相当感心しているようで、折に触れてよくその者の話をしている。ほかの芸事と違い、音楽は多くの人に聞かれ、合奏を重ねることで上達するものだ。それなのに、独学でその域に達したというのは珍しいことだ」などと語った。
2025.02.25
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源氏物語〔21帖 乙女 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。 批判する者たちは、弘徽殿の女御こそ最も早く後宮に入った方なのだから、その人が后に昇格するのが当然だと主張していた。どちらの候補にも支持者が現れ、誰もがこの争いの行方を不安げに見守っていた。一方、兵部卿の宮は式部卿となり、当代の外戚として重んじられていた。その宮の姫君も、予定どおり後宮に入り、斎宮の女御と同じく王女御として仕えていた。この姫君は、母后と血縁が濃く、后に立てるのが最も理にかなった選択ではないかと考える者たちも多く、ついには三女御の間で競争が起こった。しかし、最終的には梅壺の前斎宮が皇后の座につくことになった。女王の幸運に世間は驚いた。源氏が太政大臣になり、右大将が内大臣に昇進した。そして、関白の職を源氏はこの内大臣に譲った。この内大臣は正義感の強い立派な政治家であり、学問も深く修めていた。韻塞ぎの遊戯では負けたが、公務を処理する能力には優れていた。彼には幾人もの子供がいて、息子は十人ほど、大人になり役人になった者たちは次々と昇進していた。しかし、娘は女御のほかに一人しかいなかった。この娘は親王家の姫君を母として生まれたため、尊貴さでは嫡妻の子にも劣らなかった。ただ、母は現在按察使大納言の夫人となり、新しい夫との間に幾人もの子供をもうけていた。そのため、継父に世話を受けさせるのは気の毒だと、大臣は娘を引き取って自分の母である大宮に託していた。大臣は女御ほどにはこの娘を愛してはいなかったが、彼女は性質も容貌も美しい少女だった。こうして、源氏の若君とこの姫君は同じ家で成長した。しかし、二人が十歳を過ぎるころからは別々に暮らすようになり、大臣は「どんなに親しい間柄でも、男性には慎重でなければならない」と娘を厳しく戒めた。そのため、二人が親しくする機会は減った。
2025.02.24
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源氏物語〔21帖 乙女 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。彼は変人と見なされ、学問の才がありながらも高い地位を得ることができず、後ろ盾もなく貧しい暮らしをしていた。そんな彼を、源氏は見込んで若君の教師として招いたのだった。こうして源氏の庇護を受ける身となり、若君のために新たな人生を得た。将来、若君が成長すれば、彼はいっそう重んじられていくことだろう。若君が大学の寮試を受けに行く日、寮門の前には高官たちの車がずらりと並び、まるで廷臣がすべてここへ集まってきたかのようだった。試験場には華やかな装束の者たちが列をなしていた。その中を、人に介添えされながら進んできた若君は、大学生の仲間とは到底思えないほど品のある美しい顔立ちをしていた。しかし、貧乏学生の多い席末の座につかなければならず、若君が迷惑そうな顔をしているのも無理はなかった。そこでも叱責する者、威圧する者がいて、不愉快な場面もあったが、若君は少しも臆せず、堂々と試験を受けた。当時の大学は、かつて学問が盛んだった時代にも劣らぬほどの隆盛を誇っており、上中下さまざまな階級の学生が学んでいた。そのため、ますます学問と見識を備えた人材が輩出されていた。若君は文人試験も擬生試験も優秀な成績で通過し、それによって師も弟子もいっそう意欲を燃やし、学業に励むようになった。源氏の家でも詩会が頻繁に催され、博士や文士たちが活躍する時代が訪れた。どの分野においても、優れた者が正当に評価されるのが今の世の中だった。その頃、皇后の冊立が決まっていた。斎宮の女御は母君から託された方であったため、源氏としてはぜひともこの方を推薦しなければならないという立場を取った。しかし、母后も内親王であったその後に、また王氏の后を立てるのは偏りがあると批判する者もいた。
2025.02.23
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源氏物語〔21帖 乙女 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。閉じ込められたような生活の苦しさに、若君は父を恨めしく思った。ここまで苦労しなくても立身出世する者はいるはずだと考えたが、生まれつきまじめな性格で、浮ついたところのない少年だったので、不満を言わず耐えた。どうにかして早く学ぶべき書物をすべて読み、人並みに社会に出て身を立てようと、一心に勉強に励んだ。四、五か月のうちに『史記』を読み終え、もう大学の試験を受けてもよい頃だと源氏は考えた。その前に、一度学力を試すことにした。伯父の右大将、式部大輔、左中弁などを招き、家庭教師の大内記に命じて『史記』の中でも解釈の難しい部分、寮試の問題に出されそうな箇所を若君に読ませた。若君は明瞭に読み上げ、難解な部分も幾通りにも説明することができた。師が訂正の印をつける必要もないほどの出来栄えで、人々は若君の学問の才能を喜んだ。伯父の大将は特に感動し、「父の大臣が生きていれば」と言って涙を流した。源氏も無理に冷静な態度を取ろうとはせず、「世の親が子を甘やかして正しい判断を失うことは、よく見かけることです。「世の親が子を甘やかして正しい判断を失うことは、よく見かけることです。自分がその立場になってみると、子が大人になるにつれて親が衰えていくのは避けられないことなのだと、しみじみ思います。私もまだ若いつもりですが、やはり同じようになりますね」と言いながら涙をぬぐった。それを見ていた若君の教師は誇らしく思い、自分にとっても名誉なことだと感じていた。大将が杯を勧めると、教師はすっかり酔いながらも畏まっていた。そのやつれた顔つきは、どこか気の毒にも見えた。
2025.02.22
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源氏物語〔21帖 乙女 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。自分勝手に厳しいことを言い放つ学者たちの顔は、夜になり灯がともると、ますます滑稽に見えた。まったく異様な式であった。源氏は、「自分のように規律に馴染まない、だらしのない者は、きっと粗相をして叱られるだろう」と言って、御簾の内に隠れて見ていた。式場の席が足りず、後から来た大学生の中には帰ろうとする者もいた。これを知った源氏は、彼らを釣殿に招いてもてなし、贈り物もした。式が終わると、博士や詩人たちを引き留め、詩を作ることになった。高官や殿上人の中でも詩才のある者は皆残された。博士たちは律詩を、源氏や他の者たちは絶句を作ることになった。文章博士が面白い題を選び、短夜の頃だったため、夜が明けてから詩の講義が行われた。講師役は左中弁が務めた。美しい顔立ちの左中弁が、重々しく神々しい調子で詩を読み上げるのが、実に趣深く感じられた。この人物は特に深い学識を持つ博士であった。大貴族の家に生まれながら、栄華に溺れず、蛍雪の苦を積んで学問に励んだことを称える詩が、さまざまな譬えを交えて詠まれ、どの句も趣があった。その詩は、中国の人に見せて批評させたいほどの出来栄えだと評された。中でも源氏の詩は群を抜いていた。子を思う親の情がよく表れているとされ、列席者は皆、涙をこぼしながら口ずさんだ。入学の式が続いて行われた。東の院の中に若君の勉強部屋が設けられ、まじめな学者が一人つけられて学問が始まった。若君は大宮のもとへはあまり行かなかった。夜も昼も大切にされるばかりで、いつまでも幼い子どものように扱われるため、そこでは勉強はできないだろうと源氏が考え、別に学問所を設けて若君を入れたのだった。月に三度だけ大宮を訪ねることが許され、それ以外は学問所にこもる生活となった。
2025.02.21
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源氏物語〔21帖 乙女 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。大将や左衛門督の息子たち、自分よりも下に見ていた者たちが次々と位を上げていくのに、自分は浅葱の袍を着ていなければならない。それがつらいようで、私もかわいそうに思う」と答えた。「こんなに小さい子が、大人らしく父を恨んでいるとは」源氏は愛しくてならないという様子で子を見つめていた。「学問を修め、物事の道理がわかるようになれば、その恨みも自然と消えていくだろう」そう言っていた。若君の師が字をつける儀式は東の院で行われることになり、式のための準備が整えられた。高官たちはこの儀式を珍しがり、多くが参列した。博士たちは晴れの場に立つことを誇らしく思いながらも、緊張している様子だった。「遠慮せずに、決まり通り厳格に進めてくれ」源氏がそう指示したので、博士たちは無理に冷静を装い、借り物の衣装の場違いさも気にせず、学者らしい気取りを見せながら式に臨んだ。その姿はなんとも異様であった。若い役人たちは笑いをこらえきれずにいた。しかし、場が笑いやすい雰囲気というわけでもない。落ち着いた人物が酒瓶の役を務めていたため、全体として独特な雰囲気が漂っていた。右大将や民部卿が丁寧に杯を勧めるのを見て、博士たちは作法にそぐわないと叱りつけた。「接待役が多すぎるのはよくない。お前たちは、今日の学界における私の地位を知らずに朝廷へ仕えているのか。それは間違いだ」そんなふうに言うのを聞いて、こらえきれずに笑い出す者もいた。すると、「声が高い、やめなさい。まったく礼儀をわきまえぬ者だ、席を外せ」と威圧する。大学出身の高官たちは満足げに微笑み、源氏の教育方針の素晴らしさに感心した様子を見せていた。博士たちは彼らの目の前で少し話しただけでも、無礼だと咎め、何でもないことを叱りつける。
2025.02.20
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源氏物語〔21帖 乙女 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。まだ幼い子供を、自分の意のままになるからといって高い位につけるのは俗なことのように感じられ、結局、長男には四位を与えず、六位の浅葱の袍を着せた。大宮がそれを言語道断のこととして嘆いたのも当然で、源氏も気の毒に思った。そこで宮に会って、そのことについて話した。「わざわざ低い位に置く必要もないが、私は考えがあって、大学での学問をきちんと修めさせたいと思っている。あと二、三年はまだ元服前と考えてもよいだろう。いずれ朝廷の仕事をこなせるようになれば、自然に出世するはずだ。私自身、宮中で育ち、世間知らずのまま学問を受けた。陛自らが師となってくださったが、それでも刻苦精励の経験がなかったせいで、詩作にも素養が足りず、音楽を奏でるにも未熟さを痛感している。つまらない親を超える子が自然に育つものではない。まして孫の代ともなれば、どうなるか不安だ。貴族の子として生まれ、官職も思いのままに進み、家の勢力に慢心した青年になれば、学問に苦しんで励むことなど、馬鹿らしく思うだろう。遊びに溺れながらも位だけが上がっていくこともあるが、家の権力があるうちは周囲も機嫌を損ねまいとして持ち上げてくれる。だが、いざ権力が衰えたり、後ろ盾を失ったりすれば、軽蔑されても頼るものが何もない惨めな人間になる。やはり学問が第一だ。日本の精神をどう活かしていくかも、学問の基礎があってこそできることだ。今は六位という低い位にいることで頼りなく見えるかもしれないが、将来、国家の柱となる教養を身につける方が、私にとっても死後の安心につながる。今のところ、私がいるのだから、大学生として窮するようなことにはならないだろう」そう言うのを聞いていた宮は、ため息をつきながら、「もっともな話だが、右大将もあまりに変わった考えだと不審がっている。子供も残念に思っているようだ。
2025.02.19
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源氏物語〔21帖 乙女 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。西の女王と会う時には、「源氏の大臣から熱心に結婚を申し込まれているのなら、受けたらいいのでは? 今さら始まった話じゃないし、ずっと前からのことなんだから。亡くなった宮様も、あなたが斎院になったせいで結婚ができなくなったことを残念がっていた。昔、宮様がその話を進めようとした時、あなたの気が進まなくて流れてしまったけど、それを後悔して話していたこともあったよ。でも、あの頃は左大臣家の奥方がいたから、三の宮のことを考えて第二夫人を迎えるのが難しかったのよ。でも、あなたの従妹でもあるその奥方も亡くなった。今なら結婚してもいいと思う。新たに熱心に申し込まれているということは、やはり前世からの因縁なのかもしれないね」と、古めかしい助言をするのを、女王は苦笑しながら聞いていた。「父からもずっと強情者だと思われてきた私なのだから、今さら源氏の大臣の評判が高いからといって結婚するのは恥ずかしいことだ」そんなふうに思いもよらぬことを言ったので、宮も最後には勧めなくなった。邸の人々は上から下まで皆がその結婚を望んでいることを女主は知っていて警戒していたが、源氏自身は誠意を尽くして女王の気持ちが変わるのを待っていた。無理に力ずくで結婚を押し通すようなことはしたくなく、女王の気持ちを尊重していた。その頃、故太政大臣家で生まれた源氏の長男の元服の準備が進められていた。源氏は二条の院で行いたいと考えていたが、祖母の宮が見たがっているのはもっともなことだと思い、気の毒にも思えて、今まで育ててもらった宮の御殿で式を行うことにした。右大将をはじめ、伯父たちは皆立派な官職に就いており、母方の親族からの祝品や贈り物も非常に多かった。以前から京中の話題になるほど華やかな祝い事となった。初めから四位にしようと源氏は考えていたし、世間もそう思っていた。
2025.02.18
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源氏物語〔21帖 乙女 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。春になって女院の一周忌が過ぎ、官人たちが喪服を脱いだ。その流れで四月の更衣の時期になったので、初夏の華やいだ雰囲気が満ちていた。しかし、前斎院は依然として寂しく、退屈な日々を過ごしていた。庭の桂の木の若葉が立てる香りにも、若い女房たちは、宮がまだ斎院であった頃の加茂の祭りのことを懐かしんでいた。そこへ源氏から、「神の御禊の日も今は静かでしょう」と挨拶を伝える使いがやってきた。「今日はこんなことを思いました」 かけきやは川瀬の波もたちかへり君が御禊の藤のやつれを(賀茂の川波がふたたび寄せてきて、あなたが喪服をぬぐみそぎをなさろうとは)紫の紙に正しい立文の形で書かれた手紙が、藤の花の枝に結びつけられていた。斎院は少し感傷的な気分の日だったので、返歌を書いた。 藤衣きしは昨日と思ふまに今日はみそぎの瀬にかはる世を(藤色の喪服を着たのは、昨日のことのように思っていましたのに、今日はもう御禊とは、何と時の移り変わりの早い世でしょう)「儚いものだと思います」それだけが書かれた手紙を、源氏はいつものように熱心に眺めていた。斎院が父宮の喪が明けて服喪を解く際にも、源氏から立派な贈り物が届いた。女王は、「こういうものを受け取るのはよくない」と言っていた。求婚の言葉が添えられているなら断ることもできる。しかし、長い間、公然と贈り物を送り続けてきた源氏の厚意を考えると、返すわけにもいかず、女房たちは困っていた。女五の宮の方にも同じように物資的な援助を続けていたので、宮は源氏を深く愛するようになっていた。「源氏の君というと、いつも美しい少年のイメージだけれど、こんなに大人らしい親切を見せてくれるなんて。顔がきれいなだけじゃなくて、心までも普通の人とは違って立派にできているのね」そう褒めるのを聞いて、若い女房たちは笑っていた。
2025.02.17
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源氏物語〔20帖 朝顔 10 完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。朝顔の君との関係が冷たくなっていく中で、源氏の心には諦めと未練が入り混じっていた。朝顔の君は、源氏の思いを受け入れず、一貫して慎み深く距離を保ち続けた。何度も文を送っても、変わらぬそっけない返事ばかりであった。ある日、源氏はふと、彼女のもとへ訪れてみようと決意する。冬の夜の冷え込みは厳しく、庭の草木は霜に覆われていた。月の光が淡く庭を照らし、静寂の中にかすかな風の音だけが響く。朝顔の君の屋敷に着いた源氏は、門の前でしばらく立ち止まり、これまでのやり取りを思い返していた。彼女の強い意志を知りつつも、諦めきれない心がある。ついに使者を通じて訪問の意を伝えたが、返事は冷ややかだった。「このように何度も訪れられては、世間の噂も気になりますし、私の心の平穏も乱れます。どうかお帰りください」。それでも源氏はしばらく待ち続けた。しかし、夜の深まりとともに、迎え入れられる気配はなく、ただ静寂だけが広がっていた。やがて、帰らねばならぬことを悟った源氏は、思いを込めた和歌をしたため、そっと置いてその場を後にした。帰路につく馬車の中で、彼は物思いに沈み、朝顔の君との縁がついに尽きたことを実感した。二条の院に戻ると、冬の夜の冷たさとは異なる、心の内側からくる寂しさが胸を締めつけた。紫の上のもとに行けば、きっと優しく迎えてくれるだろう。しかし、それだけでは埋められない何かがあった。彼はしばらく庭に佇み、遠くに霞む月を見上げた。凍てつく風が衣の裾を揺らし、思いの深さが胸に迫る。朝顔の君への未練を断ち切ることはできず、しかし、それを追い続けることも許されない。そうして源氏は、静かに夜の闇へと溶け込んでいった。(完)明日より21帖 乙女(おとめ) を公開予定。
2025.02.16
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源氏物語〔20帖 朝顔 9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。 かつて解官され、源氏に付き従っていた蔵人も今では旧の地位に戻り、さらに五位の位を得ていた。彼が源氏の太刀を取りに戸口へ来た際、御簾の中に控えている明石を察して挨拶を交わした。彼は、「以前のご厚情を忘れません。しかし、今朝の山風は浦風を思わせ、直接お伝えする機会がなく残念に思っております」と述べた。明石はこれに対し、「山に囲まれたこの地は、海辺の頼りない住まいと変わらぬ寂しさを感じます。松も昔の友ではなくなったと寂しく思っておりましたが、かつての知己がいることに力を得ました」と答えた。源氏の美しさと貫禄が盛りを迎えたこの場面は、彼の気高さを象徴するものであり、彼を取り巻く人々の感嘆の目と明石の深い心情を映し出している。「つまらない隠れ家を見つけられたのは、本当に残念だ」源氏は車の中で繰り返しそう言っていた。「昨夜は月が見事だったから、嵯峨に同行できなかったのが悔やまれる。今朝は霧の濃い中を来た。嵐山の紅葉はまだ早いようだ。秋草はちょうど見ごろだな。ある朝臣はあそこで小鷹狩を始めて、今はいっしょに来られなかったが、どうする?」若い人はそんな話をしていた。「今日はもう一日桂の院で遊ぶことにしよう」源氏がそう言うと、車はその方向へ進んだ。桂の別荘では急いで客をもてなす準備が始まり、鵜飼いも呼ばれた。人夫たちの高い声が聞こえるたびに、源氏は海岸にいたころの漁師の声を思い出していた。大井の野に残った殿上役人が、萩の枝に目印の小鳥をつけて後を追ってきた。杯が何度も巡った後、川辺を散策することを心配されながらも、源氏は桂の院で一日中遊び暮らした。夜になると月が明るく上り、音楽の合奏が始まった。弦楽器は琵琶や和琴だけで、笛の名手たちが伴奏をした曲は秋の風情にぴったりだった。
2025.02.15
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源氏物語〔20帖 朝顔 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。源氏は子供の愛らしい様子に心を動かされ、頭を撫でながら「見ないでいることがこんなにも辛いとは、自分の情愛が浅ましく思えてならない。だが、どうすればいいのだろう。ここは遠い場所だ」と独り言のように言った。乳母はそれを聞き、「遠い田舎で何年も会えないより、たまさかしかお迎えできないことになる方が、皆にとってつらいものでしょう」と返事をした。その時、姫君が小さな手を前に伸ばし、立っている源氏に向かって歩もうとする姿を見て、源氏はその愛らしさに膝を折ってしまった。さらに源氏は、「私には心を休める日がない。たとえ短い時間でも別れるのは耐え難いものだ。奥さんはどこにいるのだろう?なぜここに来て別れを惜しんでくれないのだろうか。そうすれば、せめて少しは心が慰められるかもしれないのに」と嘆いた。これを聞いた乳母は微笑みながら明石の元へ行き、源氏の言葉をそのまま伝えた。しかし、明石は二日間の逢瀬の喜びが尽き、いよいよ訪れた別れの時に心を乱しており、呼ばれてもすぐには出てこようとしなかった。その様子を見て源氏は、彼女が高貴な振る舞いを見せすぎているのではないかと感じた。しかし女房たちに促され、ようやく明石は几帳の陰に控え、顔を隠しつつも優雅に振る舞う。その立ち居振る舞いには気品があふれ、しかも柔和な美しさが感じられ、この人はまるで内親王のように気高く見えた。源氏は几帳の垂れ絹を少し引き、親しげに語りかけた。出発の際、源氏が一度振り返ると、冷静にしていた明石もこの時は顔を見せて彼を見送った。その瞬間、源氏の姿は一段と美しく見え、その気高さに明石をはじめ周囲の人々も感嘆していた。この場面にはまた、源氏と行動を共にする若い役人の姿もあった。
2025.02.14
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源氏物語〔20帖 朝顔 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。「住み慣れた人が帰ってきても、清水だけは昔のままの主人のようだ」と歌を詠むように語る尼君に、源氏は心の中で感銘を受けた。その後、源氏は御堂に赴き、普賢講や念仏三昧の法会、堂の装飾や仏具製作の指図を行い、月明かりの中を川沿いに山荘へ帰った。感傷的な気分に浸る源氏に、明石の君が琴を差し出す。琴は形見として残されていたもので、源氏は懐かしさに駆られ弾き始めた。その音は、昔の夜に戻ったかのように心に響いた。「契りしに変わらぬ琴のしらべにて絶えぬ心のほどは知りきや」そう源氏が詠むと、明石の君は答えた。「変わらじと契りしことを頼みにて松の響に音を添へしかな」明石の君の美しさはかつて以上に輝きを増していた。源氏は彼女を永久に離れがたい存在と感じ、姫君を見つめる目も離せなかった。姫君の愛らしい仕草に、源氏は心を奪われ、こう思った――この子を二条の院で育て、大切に守れば、将来の肩身の狭さを救うことができるだろう、と。しかし、明石の君を引き離すことへの哀れみが口を閉ざし、涙ながらに姫君を見つめるばかりだった。姫君は初め恥ずかしがっていたものの、今では源氏によく懐き、甘えて近寄ってきた。その愛らしい笑顔は、源氏にとって何よりも幸福な光景で、抱かれた姫君の姿は、類い稀な幸運に恵まれた未来を予感させるものだった。三日目には京へ帰ることが予定されていた源氏は、朝遅くに起き、この山荘から直接京に戻るつもりでいた。しかし、その朝、桂の院には高官たちが多く集まり、この山荘にも殿上役人が多数迎えに訪れた。源氏は装束を整えながら、「こんなに大勢の人に見られるとは、決まりが悪いことだ。この家は、あなた方が見て楽しめるような場所ではないのに」と口にしつつ、彼らと共に山荘を出発する準備を進めた。その一方で、源氏はこの地にいる女のことが心に引っかかり、簡単には出発できない様子を見せていた。彼が戸口でためらっていると、乳母が姫君を抱いて現れた。
2025.02.13
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源氏物語〔20帖 朝顔 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。源氏と尼君、明石の君、姫君、それぞれの立場や想いが繊細に表現されていて、特に源氏の感傷的な心情が巧みに描かれており、琴を弾く場面や、姫君への愛情が溢れる瞬間など、まさに源氏物語の持つ幽玄な美しさが感じられる。「ここに永久に住むわけではありません。いつか立ち去るとき、どれほど名残惜しく、苦しい思いをすることでしょう」と語り、過去の話を振り返っては涙を流したり、笑ったりした。そのような素直で親しみのある姿に、源氏はひときわ美しく見えた。その様子をのぞき見ていた尼君は、老いも物思いも忘れ、微笑んだ。 源氏が東の渡り廊下の下を流れる水の流路を変える指図をしている姿を目にすると、くつろぎながらも優雅なその様子が、尼君には一層うれしく思われた。廊下の縁には仏の閼伽(あか)の具が置かれており、それを見た源氏は尼君の部屋であることに気づいた。「尼君はこちらにいらっしゃいましたか。だらしのない姿をお見せして失礼しました」そう言って直衣を取り寄せ、着替えた源氏は几帳の前に座り、尼君に感謝の意を述べた。「子供が健やかに育ったのは、仏様が尼君の祈りを聞き入れてくださったおかげだと思います。明石で一人お残りになりながら、私たちのことを気遣ってくださったことがどれほどありがたかったか――心から感謝しています」尼君は涙ながらに答えた。「捨てたはずの世に戻ってこのように苦しむ日々を、こうしてご理解いただけるだけでも、生きていてよかったと存じます」また、明石の君の出自を気にしつつも、「二葉の松が頼もしい日を迎えた」と未来への期待を口にするその姿は、品の良さが際立っていた。源氏は山荘の旧主である親王の話を交えながら、昔を懐かしんで語った。新たに整えられた水の流れは、彼らの語らいに調和するかのように高い音を立てていた。
2025.02.12
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源氏物語〔20帖 朝顔 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。順風に恵まれ、一行は予定通り京へ到着。車に乗り換え、人目を避けつつ大井の山荘へ向かった。山荘は風雅に整備され、大井川がかつて眺めた海を思わせるように目の前を流れていたため、環境が変わったとは感じにくかった。しかし、明石の日々がまだ身近に感じられ、時折悲しみが胸をよぎった。新たに増築された廊下や引き込まれた水流は美しく、住まいとしての完成を予感させた。源氏の命を受けた家司が、一行の到着に合わせて饗応を用意したが、源氏自身の訪問は遅れがちであった。明石の君は寂しさを紛らわせようと、源氏から贈られた琴の弦を鳴らしてみた。その音に荒々しい松風が調和するように響き、過ぎた日々の記憶が甦った。数日後、ようやく訪れた源氏は、夕暮れの頃、大井を訪問した。明石の時代以上に美しい直衣姿で現れた彼の姿に、長い間の寂しさが一瞬で慰められた。源氏は明石の君との間に生まれた子供を見て感動し、その美しさに深い愛情を抱いた。無邪気な笑顔を見せる幼子は、源氏にとってこの上なく愛おしい存在であった。「ここではまだ遠すぎる。私が準備した場所へ移られるほうがよい」と源氏は明石に語りかけたが、明石の君は「この田舎者らしさを少しでも改めてから」と控えめに答えた。それを聞いた源氏は彼女の心を思いやり、将来の約束を改めて固く誓った。その夜は語り明かし、源氏は翌朝まで明石を労わり続けた。その後、山荘の修繕箇所について指示を出した源氏は、近隣の領地の人々を集め、庭の草木の手入れなどを進めさせた。彼らの働きによって山荘はより住みよい場所となり、明石での日々の名残が少しずつ薄らいでいくかのようであった。流れの中に立っていた石が皆倒れ、ほかの石と混ざり合ってしまったらしい。この庭は復旧や整備をすれば興趣のあるものになるだろうが、そうした手を加えることが、かえって後に心残りを生むのではないかと源氏はそんなことを思っていた。
2025.02.11
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源氏物語〔20帖 朝顔 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。一方で、明石の君は、運命に導かれてこの地を離れることへの寂しさに胸を痛めていた。父である入道を一人残すことも苦しみであり、なぜ自分だけがこのような悲しみを背負わねばならないのかと嘆き、朗らかな運命を持つ人々を羨ましく思っていた。しかし、両親にとっては、娘が源氏に迎えられて上京することが長年の夢であり、それが叶う喜びもあった。しかし同時に、娘との別れが耐えがたく、孤独な未来を思うと涙を禁じ得なかった。入道は仏前で勤行を続けながら、「これからは姫君の顔を見ないで生きることになるのだな」と嘆息していた。尼君もまた、これまでの年月を振り返り、娘の愛人である源氏の心を頼みに京へ戻ることに不安を感じていた。明石の君は父に対し、「行く先の安全を祈ってください」と懇願したが、入道は事情が許さないとしつつも、娘の未来を案じていた。出立の日の朝、涼しい秋風が吹く中、明石の君は海を眺め、父は仏前で祈りを捧げていた。小さな姫君の愛らしさを思うと、祖父としての愛情から離れることが一層辛く、入道は涙ながらに「姫君の高い宿命を信じ、私もあきらめる」と言い残した。そして、「天に帰るような姫君との別れも一つの試練である」と悟りを示したが、それでも祖父としての愛情を断ち切れない様子であった。明石親子の出発は、目立たないよう船を用いることとなった。これもまた、慎重に計画された別れであり、悲しみと希望が交錯する門出であった。午前八時、船が明石の浦を出発した。かつての人々が心を揺さぶられたという明石の浦の朝霧が立ちこめる中、船が次第に岸を離れていくのを見守る入道の心は、仏弟子としての超越した境地を忘れ、呆然と佇んでいた。都への帰還を果たす尼君の心もまた、深い悲しみに包まれていた。「かの岸に心寄りにし海人船のそむきし方に漕ぎ帰るかな」と詠んで涙を流す尼君に続き、明石の君もまた、「いくかへり行きかふ秋を過ごしつつ 浮き木に乗りてわれ帰るらん」と述懐した。
2025.02.10
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源氏物語〔20帖 朝顔 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。預かり人は「長年所有者が現れなかったため、別荘は大いに荒れています。私は下屋に住みつつ管理してきましたが、近くで内大臣様が御堂を建設し始め、多くの人が訪れるようになっています。そのような賑やかな環境では落ち着いた住居には適さないかもしれません」と答えた。それに対し、入道は「問題ない。内大臣家との関係もあり、あの場所を選んでいるのだ。急いで修繕に取り掛かってほしい」と依頼した。しかし、預かり人は長年自分の財産のように扱っていた田地や建物が回収されることを恐れ、権利を主張し始めた。鼻を赤くして主張するその姿は、いかにも卑屈で憐れなものであった。入道は田地に関して、「私のほうでは田地などいらない。これまでどおりに君は好きなように考えていればいい。別荘その他の証券は私の手元にあるが、もう世を捨てた身なので、財産の権利や義務も忘れてしまった。留守居料も支払っていなかったが、そのうち精算するよ」と言い渡した。この発言に、相手は入道が源氏に関係があることをほのめかしたことで不安を覚え、私欲をこれ以上出すことを躊躇した。その後、入道家からの多額の資金によって、大井の山荘は修繕されていった。こうした動きは、源氏にとっては想定外のことであり、明石が上京を渋る理由を不審に思う一方で、姫君がこのまま田舎で育てられることで後の歴史に不名誉が残るのではないかと憂慮していた。山荘が完成した後、明石から「この山荘を拠点にして上京するつもりだ」との連絡が届いたことで、東の院への居住に同意しなかった理由が初めて明らかとなり、源氏はその慎重な考えを聡明だと感じた。そこで源氏は、惟光に山荘を確認させ、必要な準備を行うよう指示した。惟光は「眺めがよく、海辺のような趣も感じられる場所です」と報告した。それを聞いた源氏は、明石がその地の女主人としてふさわしい品格を備えていると改めて思い、内部の設備に至るまで自ら手配しようと考えた。そして、親しい者たちを密かに迎えに向かわせた。
2025.02.09
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源氏物語〔20帖 朝顔 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。北の対は特に広く建てられ、多くの仕切りを設けることで、源氏が愛人と見なし、将来的な約束を交わした女性たちが居住できるように工夫されていた。このような背景から、北の対は最も興味深い建物となった。中央に位置する寝殿は誰かの住まいとして使用するのではなく、時折源氏が休息を取ったり、客を招いたりする座敷として用いられることになっていた。一方で、明石の方に対しては頻繁に手紙が送られ、その内容は主に上京を促すものであった。しかし、明石の女性はまだ上京を決断できずにいた。彼女は自身の身分の低さを十分に理解しており、都の貴族の女性たちでさえ、源氏から冷淡ではないものの、それなりの扱いを受けて悩み多き日々を送っているという噂を耳にしていた。そのため、源氏の愛情にどれほどの確信を持てば都へ向かうことができるのか、さらに、娘である姫君の母親として、貧しい出自をさらすことへの不安も重なり、京での生活を思い描くたびに苦悩していた。それでも、姫君を田舎に置いたまま、源氏の子として認知されない境遇に陥らせることもまた耐え難いことであると考えたため、上京を完全に拒否することもできず、明石の女性は煩悶し続けていた。彼女の両親もまた、娘の苦悩を理解しながら歎息するばかりだった。そんな中、入道夫人の祖父である中務卿親王がかつて所有していた嵯峨の大井川近くの別荘を思い出した。その別荘は相続者がいないために長らく荒廃していたが、親王の時代から預かっているという人物を明石へ呼び、相談を持ちかけることとなった。「私は一度田舎に引きこもると決めてから京での生活を再開するつもりはなかった。しかし、娘の将来を考えるとそうもいかない。古い別荘を修繕し、人が住める状態に整えたいのだが、その手配を君にお願いしたい」と入道が言う。
2025.02.08
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源氏物語〔20帖 朝顔 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。源氏は幼い頃から従姉妹にあたる朝顔の君に強い恋心を抱いていたが、朝顔の君はその思いを受け入れることなく、一貫して拒絶する姿勢を貫いていた。朝顔の君は恋愛感情よりも自身の内面的な清らかさを重んじる性格であり、光源氏の情熱的な求愛にも決して心を動かされることはなかった。物語のこの部分では、光源氏の彼女に対する執着や、進展のない関係への葛藤が描かれる。彼は朝顔の君の拒絶を受けながらも諦めきれず、彼女を思い続ける。しかし、朝顔の君は自分の意志を明確に保ち、光源氏のような魅力的な男性からの求愛であっても自分の生き方を曲げることはない。この姿勢は、朝顔の君が貴族社会における女性としての自立心を持っていることを象徴している。この帖は、光源氏の恋愛感情の複雑さや、彼が多くの女性たちと築いてきた関係の中でも特に困難な場面を描いている。物語全体を通して、静かな情感が漂い、恋愛が成就することのない切なさと、登場人物たちの内面的な葛藤が交錯していく。朝顔の君の毅然とした態度は、物語の他の女性と比較しても非常に個性的であり、その存在は物語において特別な深みを与えている。この帖は、単なる恋愛物語の一部というだけでなく、光源氏という人物の内面をさらに掘り下げる重要な役割を果たしているともいえる。彼の複雑な感情と、それに応じる朝顔の君の毅然とした態度が織りなす微妙な関係性は、物語に深い余韻を残すものとなっている。源氏の東の院が美しく完成したのを機に、「花散里」と呼ばれていた夫人を源氏は新居へ移らせることにした。その住まいは、西の対から渡殿にかけての区域をその居所とし、事務処理のための施設や家司の詰め所も備えられていた。これにより、源氏の夫人の一人としての体面を損なわない立派な住まいが整えられていたのである。また、源氏は東の対には明石の方を住まわせようと以前から考えており、その計画を進めていた。
2025.02.07
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源氏物語〔19帖 薄雲 9完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。最終的に僧都は告白を進めるが、それが帝に与える影響は計り知れないものとなる。僧都の告白を受けて、帝は深い衝撃を受ける。「恥ずかしさ、恐しさ、悲しさ」の入り混じった感情が描写されている。ここでは、帝が自分の出生や運命について新たに知った事実に対してどう向き合うべきか苦悩する様子が表現されている。また、帝が僧都に対して「恨めしい」と告げる場面が印象的だ。幼い頃から僧都を信頼してきたにもかかわらず、これまで秘密にされてきたことへの不満が滲み出ている。この感情は、天皇という絶対的な立場にいる人物の孤独や苦悩を浮き彫りにしている。僧都の告白が引き金となり、帝の中で源氏への思いがより強くなる。源氏は帝の父の子であり、血筋的に特別な存在だが、政治的には臣下として扱われている。この矛盾に帝は苦しみ、源氏に対して特別な愛情や敬意を示すようになる。帝が源氏に天皇の地位を譲ることを考える場面では、自分の地位や責任に耐えられない気持ちや、源氏の人格を深く尊敬している様子が描かれている。しかし、源氏はこれを拒否する。源氏が自分の立場を理解しつつ、過剰な野心を抱かない姿勢を見せることで、彼の高潔さや慎重さが浮かび上がる。この場面は、運命や血筋、政治的な責任、そして人間の感情が複雑に絡み合っている。僧都の告白がすべての中心にあり、それによって帝や源氏が自分たちの立場や未来について考え直すきっかけを得る。また、この物語が描く感情の繊細さが際立つ。帝の苦悩や源氏の葛藤、僧都のためらいや使命感など、すべてが細やかに描写されている。この時代背景を理解するとともに、人物たちの内面に寄り添うことで、この場面の持つ重みや深さが感じられる。この部分は、物語全体の中でも特に劇的で、登場人物たちの心情や立場が大きく変化する重要な場面と言える。(完)明日より18帖 松風(まつかぜ) を公開予定。
2025.02.06
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源氏物語〔19帖 薄雲 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。かつての恋愛での苦い経験と未練が、彼の内面に大きな影響を与えており、女御への愛情や養父としての責任感と交錯している。これらの感情を背景に、源氏は今後の人生について慎重に考え、心の平穏を求めつつも、家族と国家の未来を見据えて行動する姿勢を示す。物語は、帝と源氏の間の隠された秘密と、それに伴う感情の揺れを描きながら、政治と人間関係が絡み合う複雑な宮廷生活を浮き彫りにする。この背景には、日本の貴族社会の特異性と、そこに生きる人々の葛藤が色濃く反映されている。僧都(僧侶)が帝(天皇)に過去の秘密を告白し、そこから帝や周囲の人々が抱える葛藤や運命が描かれている。僧都が帝に告白する内容は非常にデリケートで、政治や家族関係、宗教的な問題が絡んでいる。この時代、天皇は絶対的な存在であり、家系や血筋、神聖な役割が特別視されていた。その中で、僧都が告げた「秘密」が、帝自身の存在や地位に関わる重大な問題であったことが読み取れる。僧都が最初にためらいながらも「申し上げにくいこと」として切り出した内容は、過去の祈祷に関することだ。この祈祷は、帝の出生やその周囲に関わる不安を鎮めるために行われたもので、特に帝の父である故院(先代天皇)や女院(天皇の母)の間で行われた。しかし、この祈祷には何か隠された意図や背景があり、それが現在の不安定な状況や天災などと結びついているとされている。僧都が語った祈祷の内容は、帝の出生や家族の運命に関するものだった。帝の父や母が極度に心配していたこと、それが僧都に託されていたことが明かされる。この告白により、帝は自分の存在や地位に疑問を抱き、不安や苦悩を深めることになる。帝が「何のことであろう」と僧都に尋ねる場面では、僧都がすぐにすべてを話さずに躊躇する様子が描かれている。これにより、僧都が抱えていた秘密がどれほど重大で、話すことがどれほどのリスクを伴うかが伝わってくる。
2025.02.05
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源氏物語〔19帖 薄雲 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。すでに七十を超えていた僧都は、源氏から再び宮中での勤めを求められ、辞退する気持ちを抱きながらもこう述べた。「この健康で夜居の勤めを果たす自信はありませんが、女院様への御奉公になることと思い、お引き受けいたします。」こうして僧都は再び帝のそばで夜居の勤めをすることとなった。静かな夜明け、周囲の人々が退出した後、僧都が帝のそばで祈るその時間には、深い静寂とともに過ぎし日の女院への想いが重く流れていた。僧都がかつての祈祷や秘密について語り出した場面から話を始める。僧都は「過去と未来に関わる重大な話であり、これを語ることが天命に背く恐れがある」としながらも、天の意志を恐れて告白を選んだ。この中で、僧都は天皇が幼いころからその存在を支え、祈祷を行っていたこと、その内容が源氏を巡る隠された事実に深く関わっていることを明かす。告白を聞いた帝は驚きと恐怖、悲しみが入り混じった複雑な心境に陥り、源氏が父君でありながら臣下として仕えている事実に胸を痛めた。帝は僧都の言葉から過去に隠されていた事実の重さに直面し、自らの位置を見直さざるを得ない状況となった。源氏への愛情が深まりつつも、それを伝える術を見いだせず苦悩する帝。一方で、源氏もまた、宮廷での振る舞いや自身の立場に関する思索を深める。僧都からの奏上が引き金となり、帝は歴史や書物を通じて同様の例を探し求めるが、日本の中では似たような前例が見つからないことに落胆する。そして、自らの地位を譲ることを考え始める。源氏は帝からの太政大臣への任命やさらなる昇進の申し出を辞退しつつ、慎重に振る舞うことで、帝の意図や内心を探る。命婦を訪ね、僧都が話した内容の背景や女院の意向を確認する場面では、源氏の聡明さと誠実さが際立つ。同時に、故宮や女院への愛惜の念を抱きつつ、現実に向き合う冷静さも見られる。秋の雨の中、源氏は新しい女御を迎える準備を整えながら、過去の恋や人間関係を振り返る。
2025.02.04
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源氏物語〔19帖 薄雲 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。その言葉に対し、源氏は返事をすることもできず、ただ涙を流すばかりであった。周囲の女房たちは、源氏の涙に同情しつつも、その激しい感情の表れに驚きを隠せなかった。けれども、源氏にとっては涙を抑えることなど到底できなかった。女院の若かりし頃からの姿が脳裏に浮かび、恋愛感情を超えて彼女の存在そのものが惜しく、最愛の命が失われていくことに人間の無力さを思い知らされ、限りない悲しみに沈んでいたのである。源氏は、太政大臣の薨去という大きな出来事の後に女院が重篤となり、自らも無力さを痛感していたことを振り返り、「陛下の御後見にできる限りの努力をしておりますが、私は長く生きていられないように感じます」と悲しげに語った。その言葉が消えゆく中、まるで灯火が消えるように女院は崩御された。源氏は深い悲しみに沈み、女院の高貴な人格とその生涯を思い返していた。女院は、その権威をもって民衆に愛情深く接し、不公平を避け、過剰な負担を課す政策を拒まれた。宗教面でも華美な仏事や儀式を避け、両親から受け継いだ遺産や官からの支給を実質的な慈善や僧侶への寄付に充てられていた。多くの僧侶や民衆がその恩恵を受けていたため、彼女の崩御を悲しむ声が広がり、世間の人々は皆涙を流した。春の喪服姿の殿上人たちは寂しい雰囲気を漂わせていたが、源氏もまた深い哀しみに打ちひしがれていた。二条の院の庭に咲く桜を見ては、かつての花の宴や故中宮を思い出し、「今年ばかりは」(墨染めに咲け)とつぶやいていた。そして、念誦堂に籠もり、終日涙を流していた。春の夕日に照らされる山の頂や薄雲の流れる景色が目に映る中、源氏の心に浮かんだ歌があった。入り日さす峯にたなびく薄雲は物思ふ袖に色やまがへる。この歌は源氏の誰にも知られることのない心の中の吐露であった。女院の葬儀に関するすべての儀式が終わったころ、帝は一層心細さを感じていた。そんな中、長年女院や朝廷に仕えた高僧がいた。この僧都は、女院の崩御を聞き山から京へ下りてきた人物で、過去には大きな祈願を多く行い女院からも深く信頼されていた。
2025.02.03
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源氏物語〔19帖 薄雲 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。病気自体はそれほど重いものではございませんでした。それゆえに、死を予感しているような様子を人に見せるのは慎みたいと思い、功徳のための特別な行動も例年以上のことは避けましたと語り、さらに、故院の話を伝えたかったが、病がちで心身の余裕がなく、長く帝にお会いすることができなかったとも述べた。今年37歳になる女院は、実際の年齢よりも若々しく見え、まだ美しい盛りの容姿を保っていた。そのため、帝は彼女の衰えを惜しみ、深い悲しみを抱かれた。女院の病が長引く中で、帝は過去の油断を悔い、もっと早く養生させるべきだったと後悔していた。最近になって急に快癒を願う祈祷を熱心に行わせたが、それまでの対応の遅れを痛感していた。源氏もまた、病を軽んじてしまったことを嘆き、尊貴な女院の命を救うために神仏に祈り続けていた。女院自身は、言葉を発するのも辛そうな様子だったが、心の中では自らの人生を振り返り、高貴な身分に生まれ、人間としての最上の光栄である后の位に就いたことを誇りに感じていた。一方で、帝が源氏との深い関係を知らないことを心残りに思っていた。それは、この世で唯一後悔として残る未解決の心のしこりだった。源氏は一廷臣として、また女院の危篤に深く心を痛める者として、彼女の最期に心を尽くしていた。しかし、それ以上に、長い間胸の内に秘めてきた初恋の想いを告げる機会が永遠に失われることへの悲しみが源氏を苛んでいた。几帳の前で女房たちから女院の御容体を尋ねると、彼女たちは、「女院は病を堪えながら仏事を休むことなく続けていらっしゃいましたが、それが積もり積もってこのようにお悪くなられたのです。このごろでは何一つ口にすることができず、衰弱が進むばかりでございます」と答えた。女院は女房を通じて源氏に言葉を伝えた。「院の御遺言を守り、陛下の御後見をしてくださったことにどれほど感謝してきたか分かりません。いつかあなたにお報いできる時が来ると信じておりましたが、それが叶わぬまま今日を迎えてしまい、本当に残念です」と。
2025.02.02
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源氏物語〔19帖 薄雲 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。源氏は、明石の君との短い逢瀬を惜しみ、離れることを嘆いて「夢のわたりの浮き橋か」と和歌を詠んだ。その後、十三絃を手に取り、明石の君の秋の夜に聴いた琵琶の音を思い出しながら演奏した。源氏は彼女にも弾くよう勧め、明石の君がそれに応じて合わせる姿を見て、彼女の才知と気品に改めて感嘆した。源氏は姫君の近況を明石の君に詳しく語り、二人の間に交わされる会話や時間には深い愛情が込められていた。大井の山荘は源氏にとって愛人の家に過ぎないが、泊まり込む際には簡素な食事を取ることもあり、その一方で定まった食事や行事は桂の院や他の御堂で行う。貴族としての体面を保ちつつも、山荘での生活に溶け込むような寛容さを見せた。こうした態度は、明石の君への特別な愛情によるものだった。明石の君も源氏のこの思いを尊重し、必要以上に出しゃばらず、かといって卑下もしすぎない、絶妙な態度を保っていた。このような彼女の振る舞いは、源氏にとって非常に心地よいものであり、彼女への愛情をさらに深めさせる要因となった。明石の君は、源氏がこれほどまでに親しみを見せる愛人の家はほかにないことを理解しており、その立場を守る術を心得ていた。彼女は、もし東の院など源氏の近くに移れば、その新鮮さが失われ、早々に飽きられてしまうと考えた。自らの地理的な隔たりがかえって源氏の気持ちを繋ぎ止める強みであると自負していた。一方、明石の入道は、今後のすべてを神仏に委ねると語りつつも、娘や孫の扱いに対する関心を絶やさず、使者を頻繁に出して様子を伺った。その知らせを受けて胸が塞がるような思いをすることもあれば、名誉を感じて喜ぶこともあった。こうした複雑な感情を抱えながらも、入道もまた、源氏と娘、そして孫との縁に対して、静かに見守る日々を送っていたのである。女院の御容体が悪化する中で、彼女は弱々しい声で帝に、今年が私の死ぬ年であることは初めから覚悟しておりましたと語りかけた。
2025.02.01
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源氏物語〔19帖 薄雲 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。源氏は彼女にも弾くよう勧め、明石の君がそれに応じて合わせる姿を見て、彼女の才知と気品に改めて感嘆した。源氏は姫君の近況を明石の君に詳しく語り、二人の間に交わされる会話や時間には深い愛情が込められていた。大井の山荘は源氏にとって愛人の家に過ぎないが、泊まり込む際には簡素な食事を取ることもあり、その一方で定まった食事や行事は桂の院や他の御堂で行い、貴族としての体面を保ちつつも、山荘での生活に溶け込むような寛容さを見せた。こうした態度は、明石の君への特別な愛情によるものだった。明石の君も源氏のこの思いを尊重し、必要以上に出しゃばらず、かといって卑下もしすぎない、絶妙な態度を保っていた。このような彼女の振る舞いは、源氏にとって非常に心地よいものであり、彼女への愛情をさらに深めさせる要因となった。明石の君は、源氏がこれほどまでに親しみを見せる愛人の家はほかにないことを理解しており、その立場を守る術を心得ていた。彼女は、もし東の院など源氏の近くに移れば、その新鮮さが失われ、早々に飽きられてしまうと考え、自らの地理的な隔たりがかえって源氏の気持ちを繋ぎ止める強みであると自負していた。一方、明石の入道は、今後のすべてを神仏に委ねると語りつつも、娘や孫の扱いに対する関心を絶やさず、使者を頻繁に出して様子を伺った。その知らせを受けて胸が塞がるような思いをすることもあれば、名誉を感じて喜ぶこともあった。こうした複雑な感情を抱えながらも、入道もまた、源氏と娘、そして孫との縁に対して、静かに見守る日々を送っていたのである。大井の山荘は風流な趣を持ち、建物も独特な雅味を感じさせる造りだった。その住まいは一般的な形式を離れた優雅さを備えており、周囲の自然とも調和していた。明石の君は、源氏が会うたびにその美しさが一層際立っていくように見え、源氏はこの女性を貴族の夫人と比べても劣るところがないと感じていた。彼女の出自を考えれば、本来ならば成し得ない関係と思えるが、偏屈な親の性格がそれを妨げただけであり、家柄自体は決して劣っているわけではないと源氏は考えていた。
2025.01.31
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源氏物語〔19帖 薄雲 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。姫君が紫の上のもとで愛情深く育てられる中、明石の君はその愛らしい娘を思い続け、寂しさとともにその決断の正しさを噛み締める日々を送る。こうした物語は、人々の心の葛藤や愛情の形を描き出し、薄雲のように美しくも移ろいやすい人間の感情を鮮やかに表現している。姫君は無邪気に源氏の裾にまとわりつき、御簾の外へ出そうになるほどだった。その様子を愛おしげに見つめた源氏は、立ち止まり姫君をなだめつつ、「明日帰りこん」と口ずさみながら縁側へ向かった。その様子を見た紫の上は、中将という女房を呼び、「遠方人」という言葉を込めた和歌を伝えさせた。源氏は微笑みながらこれに応え、冗談めいた軽妙な和歌を詠んだ。父母のやり取りを知らぬ姫君は、嬉しそうに走り回り、その様子に紫の上の心のわだかまりも和らいでいった。紫の上は「この子が自分の子供であったらどれほど恋しく、愛おしかっただろう」と思いながら、姫君を抱き上げて美しい乳を飲ませる真似をして戯れた。この光景は外から見ても非常に美しいもので、女房たちは、「もしこの子が本当のお子様だったなら、どれほどよかったことでしょう」と囁き合った。その場に満ちる愛情と幸福の空気は、二条の院の人々に春の訪れを告げる象徴的なものであった。大井の山荘は風流な趣を持ち、建物も独特な雅味を感じさせる造りだった。その住まいは一般的な形式を離れた優雅さを備えており、周囲の自然とも調和していた。明石の君は、源氏が会うたびにその美しさが一層際立っていくように見え、源氏はこの女性を貴族の夫人と比べても劣るところがないと感じていた。彼女の出自を考えれば、本来ならば成し得ない関係と思えるが、偏屈な親の性格がそれを妨げただけであり、家柄自体は決して劣っているわけではないと源氏は考えていた。源氏は、明石の君との短い逢瀬を惜しみ、離れることを嘆いて「夢のわたりの浮き橋か」と和歌を詠んだ。その後、十三絃を手に取り、明石の君の秋の夜に聴いた琵琶の音を思い出しながら演奏した。
2025.01.30
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源氏物語〔19帖 薄雲 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。浮舟という女性が登場し、彼女は光源氏の心に深く刻まれた存在である。浮舟は異国から嫁いできた女性であり、源氏の人生の中でかつて愛された人の一人として、彼の心に懐かしさや切なさを呼び起こす役割を担っている。光源氏が空を見上げ、薄い雲を眺める中で、浮舟の姿が過去の記憶と重なり、彼はその雲の中に浮舟がいるような感覚に浸る。薄雲は、源氏が美しいが儚い過去の恋を思い出し、心を揺さぶられる象徴的な存在となっている。冬が訪れる中、川沿いの家で孤独な生活を送る明石の君は、不安に包まれた日々を過ごしていた。明石の君の様子を見た光源氏は、彼女に引っ越しを勧め、近隣の家での生活が状況を改善するだろうと提案するが、彼女はすぐに決断を下すことができずに悩む。歌の中で詠まれる「宿を変えて待つにも見えず」という表現が象徴するように、距離が離れることへの恐れや、源氏の心が冷たくなる可能性が彼女の心を惑わせる。さらに、光源氏は娘である姫君を自身のそばで育てるべきだという意向を示し、紫の上が姫君を非常に大切に思っていることを伝えた上で、正式な儀式を二条院で行うことを提案した。明石の君は、源氏の提案に動揺しつつも、娘が良い環境で育つことの重要性を理解し始める。しかし、姫君を紫の上に預けることが、母親としての自分の立場や過去に影響を及ぼすのではないかという不安を抱え、決断に迷い続ける。明石の君の母である尼君は、姫君の未来を最優先に考えるべきだと諭し、紫の上を信頼して娘を託すことの必要性を説いた。源氏の生い立ちや母親の地位の話を例に挙げ、明石の君の立場では姫君を二条院へ預けるほうが遥かに良い未来を得られることを示唆し、さらに占いや意見を参考にして明石の君の考えを少しずつ変えていった。姫君を手放す苦しみを覚えながらも、明石の君は娘の幸福のために決断を下す。その過程で乳母との別れも重なり、心はさらに引き裂かれるようだったが、それでも姫君の未来を思い、覚悟を決める。源氏は明石の君の心情を思いやりながらも、姫君のために準備を進め、二条院での儀式が華やかに執り行われるよう整える。
2025.01.29
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源氏物語〔18帖 松風 9 完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。宴が終わりに近づくと、源氏は都への帰途を急ぐ。しかし、その心には明石の君や姫君への思いが残り続けている。宴の華やかさや音楽の美しさとは裏腹に、源氏の内面には、過去と現在の交錯する感情が渦巻いている。源氏と夫人(紫の上)との間に繰り広げられる微妙な感情のやり取りが描かれている。源氏は嵯峨から戻り、二条の院に到着する。桂の院での賑やかな宴の余韻を残しつつ、嵯峨で過ごした時間や道中の美しい景色の話をするが、その言葉の裏には別の思いが隠れている。源氏は、嵯峨での明石の君との再会や、そこで得た心の揺れを紫の上には隠しながらも、その影響が言動ににじみ出る。紫の上は、源氏が何かを隠していることを察し、わずかに不機嫌な様子を見せる。しかし、源氏はその不機嫌さに気づかないふりをし、「自分は自分であるという自信を持てばいい」と諭すように言う。その言葉には、紫の上の嫉妬を軽く受け流す意図があるものの、どこか無神経な響きもある。彼女の不安を理解しつつも、表向きはそれを抑え込もうとする源氏の態度が、二人の間の微妙な緊張感を生んでいる。その後、源氏は大井の山荘に手紙を送るために密かに準備をする。その様子を見ていた女房たちは不満を感じるが、源氏は気にせず行動を続ける。やがて大井からの返事が届いた。それを紫の上の前で隠すことなく読む。手紙の内容に不審な点はなく、紫の上もそれを表面的には気にしないふりをするが、心の奥では複雑な感情が渦巻いていることが伺える。源氏は、明石の君との間に生まれた姫君のことを持ち出し、「この子を紫の上に育ててほしい」と頼む。その提案は、単なる子供の養育を依頼するという以上に、源氏の心の葛藤や罪悪感、そして紫の上への信頼を試すものでもある。紫の上は一瞬ためらいながらも、「小さな姫君のお相手はできる」と応じる。その言葉には、嫉妬や不安を乗り越えようとする健気な気持ちと、母性への強い憧れが滲んでおり、このやり取りの中で、源氏と紫の上の関係の複雑さが浮き彫りになる。源氏は多くの女性との関係を持ちながらも、紫の上を特別な存在として扱っている。しかし、その特別さが彼女にとって必ずしも幸せを意味するわけではなく、他の女性たちとの関係が彼女に不安や孤独をもたらしている。明石の姫君の話を通じて、二人の間に流れる見えない壁と、それを乗り越えようとする努力が描かれている。そして、源氏は大井の山荘に頻繁に通うことができず、月に二度しか訪れることができない。そのため、明石の君にとっては、源氏を待つ十五日間が七夕の伝説のように長く、苦しいものとなる。その切なさが、この場面全体に漂う寂寥感や、人間関係の複雑さを象徴している。(完)明日より19帖 薄雲(うすぐも) を公開予定。
2025.01.28
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源氏物語〔18帖 松風 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。従者たちの中でも源氏の美しさと気品は際立ち、明石の君との別れを惜しむ姿が、この物語の一瞬の輝きを際立たせている。源氏物語の中でも風情豊かな一幕で、源氏と明石の君、さらにその取り巻きたちとの間の情緒的なやり取りが細やかに描かれている。源氏は明石を去りがたい思いを抱きつつも、都へ戻らねばならない日を迎えている。明石の君は、かつての源氏の厚情を忘れてはいないものの、再会の機会が少ないことへの寂しさを口にする。海辺での孤独な日々を思い出しながら、「山に取り巻かれた今の住まいも、かつての海辺の生活と変わらない」と述べる彼女の言葉には、源氏への深い愛情と切なさが滲んでいる。明石の君は、源氏との別れを前にしながらも、気品と控えめな態度を崩さず、それが逆に彼女の魅力を引き立てている。一方で、源氏は都へ戻るための準備を進める中、桂の院での宴を楽しむことを決める。彼と従者たちは山荘を後にし、桂の院へ向かうが、その途中で自然の美しさや、同行者との会話を通じて、源氏の心には様々な感慨が去来する。特に、海辺の漁師の声を思い出す場面では、過去の明石での生活が鮮やかによみがえり、その記憶と現在の自分との対比に複雑な感情が交錯する。桂の院では、管弦の宴が開かれ、月明かりの中で美しい音楽が奏でられる。秋の夜、琵琶や和琴、笛の音が川風に乗って響き渡り、その場にいる者たちは皆、風雅な世界に浸る。都からの使者も訪れ、宴は一層華やかさを増す。帝の使者は、源氏への期待を込めた歌を伝え、それに応じる形で源氏も歌を詠む。これらの和歌のやり取りは、源氏の立場や人柄、そして彼が抱える孤独や責任感を浮き彫りにする。酒が進むにつれ、人々の感情は高まり、過去を懐かしんで涙を流す者も出てくる。源氏自身も、淡路で見た月を思い出し、過去の恋や出来事に思いを馳せる。和歌を通じた情緒的な交流は、この物語の核心でもあり、人間の愛や別れ、そして時間の流れの切なさを象徴している。
2025.01.27
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源氏物語〔18帖 松風 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。そして彼は、「契りしに変わらぬ琴のしらべにて…」と和歌を詠み、明石の君もまた応えるように歌を返す。この和歌のやり取りは、二人の間にある深い絆と互いへの変わらぬ思いを象徴している。明石の君は以前にも増して美しさを増しており、源氏の心は彼女に強く引き寄せられている。さらに、姫君の存在も源氏にとって大きな意味を持つ。日陰の存在として育つことに心を痛めつつも、二条の院に引き取ることで将来の不安を取り除こうと考える。しかし、その決意を口に出せば、明石の君を引き離すことになるため、言葉にはせず、ただ姫君を見つめて涙を浮かべるのだった。姫君は初めは恥ずかしがっていたものの、次第に源氏に馴れ、無邪気に笑ったり甘えたりする姿が一層愛らしい。源氏にとって、この幼い姫君はすでに幸運と愛情に包まれた存在に見える。三日目、帰京の準備が整うと、源氏の周りには多くの高官や殿上役人が集まっている。その賑わいの中で源氏は、「この家はあまり人目にふさわしくない」と冗談めかして言うが、その心は明石の君への思いで満ちている。別れ際に姫君を抱いている源氏の姿には、離れ難い愛情が滲み出ており、「遠いじゃないか、ここは」と嘆くように言葉を漏らす。乳母もまた、たまにしか会えない状況を案じていることを伝え、源氏の心情をさらに深く揺さぶる。一方で、明石の君は別れの悲しみに心乱れ、源氏の呼びかけにもすぐに応じようとしない。その慎ましさと気品ある態度が、源氏には少し「貴女ぶる」と感じられるが、やがて彼女は几帳の陰から姿を見せる。その佇まいには柔らかくも気高い美しさがあり、源氏はその姿に深く引き込まれる。別れの時、振り返った源氏の姿を見送る明石の君も、冷静さを装いつつも、その眼差しには切なさが溢れている。源氏の容姿は今が盛りで、以前の痩せた印象から、堂々とした美男子へと変貌している。見送る女房たちもその姿に見惚れ、彼の風格に感嘆する。
2025.01.26
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源氏物語〔18帖 松風 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。源氏は彼女をいたわり、将来を固く約束することでその夜を過ごす。そして、彼の訪れが桂の院の近くに知られると、多くの人々が集まり、屋敷の修繕や庭の手入れが進められる。源氏はこの庭の改修に関して、「この場所に永遠にいるわけではないから、去るときに未練が残るのは辛い」と過去の思い出を重ね合わせる。こうした感傷的な回想と共に、涙と笑いを交えながら話す源氏の姿には、彼の美しさが一層際立って見える。その様子を陰から見ていた尼君は、老いも忘れたかのように微笑む。源氏は、尼君の部屋に仏具が置かれているのを見て、彼女の生活を思いやり、感謝の意を伝える。尼君も涙を流しながら、源氏と明石の君の娘が健やかに育ったことを喜ぶ。身分の低い母を持つことが障害にならないかと心配する気持ちを吐露する。そこには、娘の未来を案じる母としての深い愛情と不安が滲んでいる。源氏はこの話の流れの中で、昔の山荘の主であった親王のことを思い出し、感慨深く語る。その情景を背景に、庭の流れる水は以前よりも高い音を立て、まるでこの物語に共鳴しているかのようだ。尼君が詠んだ和歌には、長い年月を経て帰ってきた人々への懐かしさと、変わらぬ風景への感謝が込められており、その言葉の端々には、長い苦労を経た者だけが持つ品格が感じられる。最後に、源氏もまた別れの寂しさを和歌に託し、その美しい言葉と振る舞いに尼君は心を動かされる。過去と現在、そして未来が交錯するこの場面には、源氏の優しさと明石の君、尼君の控えめながらも気高い姿が静かに浮かび上がっている。源氏が月例の法会を終えて、明石の山荘へ戻るところから描かれる。法会は、毎月の普賢講や念仏三昧など厳粛な儀式で、源氏はその細部まで僧侶や関係者に指示を出している。そうした責務を果たした後、月明かりの中を川沿いに帰路につく源氏の姿には、静かな余韻が漂う。山荘に戻ると、明石の君が差し出す琴が、源氏の心を過去の思い出へと引き戻す。明石の君との別れの夜を象徴するその琴は、今も音色が変わらず、当時の感情を呼び起こす。源氏は琴を手に取り、その夜の余韻を噛み締めながら一曲奏でる。
2025.01.25
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源氏物語〔18帖 松風 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。明石の君は悲しみに満ちた日々を過ごしていた。琴を弾く彼女の耳には、松風の音が荒々しく響き、自然がまるで共鳴するかのようだった。その様子を見て、尼君が歌を詠んだ。「山里で一人寂しく過ごす自分に、故郷で聞いた松風と同じ音が吹く」という心情を吐露し、それに続いて明石の君も「故郷での友を恋しく思い、さえずる声を誰が理解できるだろうか」と詠った。二人の心は故郷への未練と孤独感に満ちていた。その後、源氏は明石の君への恋しさが募り、人目を忍んで大井の山荘を訪れることを決意する。夫人にはまだ明石の君が京に上ったことを知らせておらず、他人から聞かれては困ると考え、理由をつけて出発の許しを得ようとした。「桂の院の新築中の指図や、以前から約束していた人を訪ねる必要がある」と説明し、嵯峨野の御堂への参詣も予定していると告げた。しかし夫人は、「長い間待たされることを思えば、まるで仙人の話のように感じる」と皮肉を返す。源氏はその不機嫌を和らげようと、世間でも「自分は昔の自分ではない」と言われていることを持ち出し、夫人の気持ちをなだめようとした。源氏は微行で大井の山荘に向かった。夕方に到着した彼は、直衣姿で一層美しく輝いて見え、明石の君の長い悲しみを一瞬で慰めた。源氏自身も、再び彼女への深い愛情を感じ、二人の間に生まれた娘を見て深く感動した。その美しさは、世間で称えられる左大臣家の子供たちを超えるものだと確信し、無邪気な笑顔の愛嬌に心を奪われた。明石に残っていた乳母も、以前の疲れた様子はなく、美しさを取り戻していた。源氏が明石の君との再会を果たし、彼女のこれまでの苦労に思いを馳せながら、将来を見据えた計画を話す様子が描かれている。明石の君は、かつて塩焼き小屋のある田舎での生活を余儀なくされてきた。その過酷な状況に対し、源氏は深く同情しつつ、彼女をもっと都に近い場所に移そうと提案する。しかし、明石の君は、自分がまだ「田舎者」であることを恥じており、少しでも自分を磨いてから都へ行きたいという慎ましい気持ちを口にする。
2025.01.24
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源氏物語〔18帖 松風 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。明石の君も父に「せめて送ってほしい」と願ったが、それは叶わぬことであり、入道も心配しつつもどうすることもできなかった。別れの悲しみが山荘に満ちる中、出立の準備が静かに進んでいた。明石の入道は、地方官としての仕事が自分に適していないことを悟り、出家を決意した経緯を回想していた。世間的には潔く世を捨てたと見られて満足感もあったが、成長した明石の君を見て、自分の選択が残酷だったのではないかと心が揺れ始めた。特に彼女のような珠玉のような娘を地方に留め置くことへの罪悪感が強く、仏や神に祈りながら、娘が地方に埋もれてしまわないことを願ってきた。その中で源氏の君が婿となったことは喜ばしいものの、身分の違いから常に悲しみが付きまとい、完全には安心できなかった。姫君が生まれたことで多少の自信が持てたものの、彼女は高い宿命を持つ存在であり、こんな田舎で育てるべきではないと覚悟を決めていた。そして自分は僧であり、世の無常を知る者として、祖父と孫の愛を一時味わえたことに感謝し、別れを受け入れようとした。しかし、「姫君を見ずにいられなかった自分が、これからどうするのか」と涙を抑えきれず、「死んでも仏事は不要だ」と言いながらも、姫君への愛情を捨てきれずに祈り続けることを明言した。出立の日、目立たないように船でひそかに明石を離れた。明石の浦の朝霧の中、船が遠ざかるのを見送る入道の心は、仏道に専念する気持ちが揺らぐほど悲しみに満ちていた。尼君もまた「心を寄せた岸を離れ、遠くへ漕ぎ出す」と詠い、涙を流した。明石の君も「浮き木のような運命を経て、都に帰る」と感慨を詠い、悲しみを抱えて旅立った。一行は無事に都に到着し、大井の山荘に入った。そこは明石の風景に似ており、住み慣れた海を思わせる川の流れがあったため、住居が変わった感じがあまりしなかった。しかし、故郷への思いが募り、琴を奏でるなどして物思いにふける日々が続いた。源氏も彼女を訪れる機会を作ろうとしつつもなかなか実現せず、明石の君は都にいながらも孤独感と故郷への恋しさに包まれていた。
2025.01.23
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源氏物語〔18帖 松風 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。惟光が「ながめのよい所で、海岸のような気もする」と報告した大井の山荘は、源氏にとって明石の君にふさわしい風雅な住まいに思えた。源氏が大覚寺の南に建立中の御堂は美術的にも立派なもので、その南側に位置する山荘は川に面して大木の松が立ち並ぶ中に素朴な寝殿が建てられ、寂寥とした趣があった。源氏はこの山荘を明石の君のために整え、内部の設備もすべて自ら手配し、親しい人々をひそかに明石へ迎えに立たせた。明石の君が出京することになったが、明石の浦を離れる時が迫るにつれ、馴染んだ土地との別れが惜しまれた。父である入道を一人残していくことも心苦しく思った。自分だけがなぜこのような悲しみを背負わねばならないのかと、運命を嘆く気持ちが強まった。両親も、娘が源氏に迎えられることは長年の願いであったが、その実現が近づくにつれ、別れの悲しみが募り、入道は夜も昼も物思いに沈んでいた。入道は「姫君の顔を見ずにいることになるのか」と繰り返し嘆くばかりであった。明石の君も、これまで別居の形であったとはいえ、夫婦として過ごした月日を思い、別れることに対して寂しさを感じた。特に父である入道は、頑固でありながらも信頼してきた妻との別れを前に、不安と悲しみが入り混じった感情に揺れていた。若い女房たちの中には、都へ行ける喜びで心が弾む者もいたが、美しい明石の浦を離れることに寂しさを感じないわけではなかった。秋の涼風や虫の音がその寂しさを一層際立たせ、出立の日の朝、明石の君は海を見つめながら感傷に浸っていた。入道は夜通し仏前で勤行をし、娘との別れを思って涙を抑えきれなかった。幼い姫君は美しく、祖父である入道は彼女を溺愛していたため、「片時も顔を見ずにいられなかったのに、これから先どうすればよいのか」と嘆いた。涙を拭い隠しながら、別れの歌を詠んだ入道に、尼君もまた都を離れてきた過去を思い出し、涙を流した。
2025.01.22
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源氏物語〔18帖 松風 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語18帖 松風 (まつかぜ) の研鑽」を公開してます。光源氏は東の院を美しく完成させたため、花散里をそこに移すことにした。彼女の住まいは西の対から渡殿にかけての場所に設けられ、事務所や家司の詰め所なども整えられ、夫人としての面目を保つにふさわしい住居になっていた。また、東の対には明石の君を置くことを前々から考えており、北の対は広く建てられて、源氏が愛人と見なしている女性たちを住まわせる予定であった。北の対は特に複数の部屋に仕切られているため、最も面白い建物になった。中央の寝殿は誰の住居にもせず、源氏が時折訪れて休息したり、客を招いたりする座敷として使われることとなった。一方、明石の君には頻繁に手紙が送られていた。源氏は彼女に上京を強く促していたが、彼女はまだ迷いを感じていた。自身の身分の低さを痛感しており、都には源氏が愛する高貴な女性たちが多く、その中に自分が入っても冷遇されるのではないかという不安があった。都での生活が不安である一方、娘を田舎に残し、源氏の子として扱われないことも不憫だと考え、明確に上京を拒否することもできずに煩悶していた。両親もその気持ちを理解し、ため息をつくばかりであった。そんな中、明石の君の祖父である中務卿親王がかつて所有していた嵯峨の大井川の別荘が思い出された。その別荘は長年放置されて荒廃していたが、入道はそれを修復し、京の生活に馴染めない明石の君の住居にしようと考えた。そこで、長く別荘を管理している男を呼び出し、修繕について相談をした。この男は、自分が別荘を私物化しているかのような態度を取り、田地の権利を主張したが、入道は財産には関心がないことを伝え、修繕の準備を進めさせた。その後、修繕が進められ、大井の山荘が整えられていった。源氏は、明石の君がなぜ上京をためらっているのか理解できず、不安に思っていたが、山荘が完成した後、彼女からその場所を新居にするつもりであると知らされ、彼女の聡明さに感心した。そして、惟光に大井の山荘の確認や準備を任せ、明石の君の上京が進められることとなった。
2025.01.21
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