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たくや1979

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2005/01/11
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テーマ: 韓国!(18320)
カテゴリ: カテゴリ未分類
今日ケーブルテレビを見ていたら、


この李方子こと梨本宮方子は中国ラストエンペラーの弟溥傑に政略結婚させられた嵯峨浩よりも20前ほどに李王朝に嫁いだそうだ。

この李方子は15歳のある日新聞を見たら自分が李王朝垠皇太子との結婚を報じられていて、その時初めて自分が嫁がされることを知る。

その後19歳で垠皇太子に嫁ぎ子供を授かります。
しかし運命のいたずらか、その子供も早くに他界してしまいました。一説によれば韓国側、もしくは日本側が暗殺したともありますが、今は迷宮入りしてしまったことです。

その後二人は歴史の濁流に巻き込まれた人生を送ります。

72歳で垠がこの世を去ると方子は福祉に生涯をささげるようになった。そして20年以上も資金集めのために両国を往復したそうです。

僕は方子の存在を知り、同時に二人の間には強い絆があったのだと思った。溥傑と浩のように運命に翻弄されながらも強くつながった、そんな仲だったのだろう。


この方子も浩と同様軍隊による政略結婚だったのだろうと思う。事実この二人の夫は青年期日本に来て帝国教育を受け、同時に軍隊教育も受けている。

だがこの二人と、二人の日本人女性をつなげたものとは何だったのだろうか?

おそらく本来は結婚したいとは思わなかっただろう。
だが実際本人に会って相手に引かれ、両国のために尽くしたいと思うようになったのだと思う。

この方子は正に現在の日韓カップルのさきがけ、そして模範だと思う。僕はこの友好年を機に二人の映画を作ってほしいと願うのであった。





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Last updated  2005/01/12 12:07:04 AM
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