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先日ふと考えたことがある。日本にかけているものとは何だろう?と…。特に考えるきっかけなどないのだが、そこでたどり着いた答えが「外への謙虚さが足りていない」である。人間は一度頂点を見てしまうと、もしくは順調に行っていると、変に自信がついてしまい、意外と周りが見えなくなる。頂点を見た場合、その後の失速によって以前の頂点を取り戻そうと必死になる。だがその反面それしか見えなくなってしまい、周りが見えなくなったり、以前の頂点を誇張することしかできず、謙虚に物事をできなくなってしまう。順調に行っている場合、順調なため自分しか信じることしかできず他人に対して謙虚になることができなくなる。その結果がおそらく前者につながってしまうのであろう。僕は日本に帰ってきて時折このことについて考える時があるのだ。たとえば日本の現状がこれではないかと思う。現在でも欧米には謙虚…いや頭が上がらないだけで、対等に物事を考えられていないのであろう。しかし人間と言うもの順調に行っている時は本当に自分しか見えなくなる。少なくとも僕自身そうであった。僕は中国にわたってからすべてが順調であった。今までは先生から公然で落第生と言われるほどだったが、中国語ですべてが順調に進むようになった。それだけに中国での成功は必要以上に僕に自信を与える結果となった。人と知り合ってもその人の中国語レベルしか見えなくて、その人の人間性などを知ろうとすることができなかった。その後突然僕が骨折して多くの人に面倒を見てもらったことで少し周りが見えたり、人の人間性を見ることが少しずつできるようになってきた。だがその反面以前の中国語の感覚を取り戻そうとあせっていたのも事実でかなりいらいらした時期もあった。では実際僕が当時を反省して謙虚になったかと言うとそうではない。僕自身にはまだ「あせり」が存在する。正直言って僕もどうやって解決していいのかはわからない。再び順調に行く手段を探している最中である。今回の僕の転職も同じである。おそらく多くのことに謙虚になればまた順調に行くのだが、頭でわかっても気持ちで割り切れていないところがある。現在の日本も同じことが言えるのかもしれない。日本は「バブル経済」という頂点を一度見てしまった。そして今それを取り戻そうと必死になっている。それはわかるのだがその結果今まで以上に「利益主義」になってしまっているのだろ。以前は「個人感情」がある程度通じたのかもしれないが、現在では「利益主義」のもと「個人」も殺されかけているのではないだろうか?しかしここで忘れていけないのはいくら不景気といっても日本は今だもって「経済大国」である。以前のような夢を見る必要はもうないのであろうか?経済が悪いと言っても生活には大して困らないのである。生活に対して困らないのに「不景気」と果たしていえるのであろうか?僕は少なくとも不景気とはいえないと思う。経済が破綻したアルゼンチンのような状態を「不景気」と言うのではないだろうか?僕は今日本に必要なのは海外に対する謙虚だと思う。日本は経済で成功した。だが同時に「日本らしさ」を失った。不景気時代と言われる現在は以前を取り戻すより国文化や人間文化という「非利益的」な部分で多くのことを海外から学ぶじきだろうと思う。しかし悲しいことに日本人は海外、特にアジアに対して謙虚どころか今だ「傲慢」である。これでは学べるところも学べない。外国を見たとしても「経済面」でしか見ることしかできない。よって経済レベルが低い国では傲慢になるし、現地の人間を「時代遅れの国民」に考えてしまう。正直いて僕は現在の日本に愛想を尽かし始めている。僕が海外駐在と言う道を選んだのもこの理由がある。こんな短い人生で日本の何がわかる?と思われるかもしれないが、僕は今は外でいろいろと見る時期だろうと思う。僕は中国にいるときできるだけ日本に対して尊敬しようと思った。でもこんなことでは100年たっても「バブルの夢」を追う事しかできない国になるであろう。僕は中国で日本滞在歴のある外国の人と多く知り合った。しかし彼らから聞かれる言葉は「日本の経済はすごいと思う。でも日本の外へ対する考え方は決して良いとは思わない。」であった。僕はもっと海外でいろんなことを見たいと言う気持ちがある。海外ではもっと謙虚に勉強できるような気がする。はっきりと確信をもてないが、そんな気がするのは確かである。そして以前やってしまった「必要のない自身」をつけないように、そして「謙虚な自信」をもっていろんなことを勉強したい。日本も経済ばかり追っかけるだけでなく、謙虚に外国を勉強できたら、昔になくしてしまった「日本」を取り戻せるような気がする。そうでなかったら、そのうち父方の親戚がビジネスをしているベトナムや、他の国に移住したほうがいい。現在の韓国や中国も日本と同じことをしてほしくない、中国は少し危ないが…。
2005/05/01
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久しぶりの日記です。ここまで久しぶりだと日記といえず月記だろう…。再来月から中国への駐在が決まりました。3年間は中国での勤務になります。そして僕の転職が決まり友人にも報告をした。ここで難しいのが「賛成」してくれる人間もいれば「不賛成」の人間もいることだ。賛成してくれるのはとてもうれしい。逆に不賛成だと理解してもらうのがとても難しくなるのだ。当然といえば当然だ。僕は現在の会社に入って短い時間ながらもいろいろなことを経験し、目にした。そして優しい人もいればその逆の人もいる。でもなぜ僕が転職をしたかということだ。第一に簡単に言えば「うまくいかなかった」ことである。ただこれは僕が何かをやることにて必ずおきる。中国語もそうだったし、バスケットもそうであった。僕は初めて何かをするとき他の人の半分もできない人間なのである。僕の性格は初めにあまり計画を立てないところにある。大体のところはぶっつけ本番なのだ。だから失敗するのであろう。こういうと「計画を立てればいい」という簡単な答えに結びつこうとするが実際のところ僕にはできない。そういう人間なのである。だから一度失敗をしたら、うまくは表現できないが二回目になると修正が聞くようになっているのだ。現在の仕事は僕にとってはじめての仕事。正直言ってうまくいっていない。でもやめるということを意識したときから、今まで難しいと悩んでいたことがあっさりできるようになった。気持ちが落ち着いたのだろう。 二つ目にくすぶっていた気持ちが再燃焼したことだ。今僕がやっている仕事は中国語をまったくといって良いほど使わない。だから僕は中国を頭から完全に切り離していたのである。もし中国を考えると心の奥底にある「中国人相手の仕事がしたい」という気持ちがまた生まれてしまうからである。しかし僕が営業である会社を訪れた時のこと、当時の僕は日本の生活での疲れが一番たまっていたときであった。そんな時その会社の社員が楽しそうに中国語を勉強し、実際使っている姿を目にした。これを見た瞬間僕の奥底でくすぶっていた思いが生まれてしまったのである。その他にもろたの理由があるが、大きく言えばこの2つであろう。 ただ僕は今回の転職を決して「逃げ」とは思っていない。現在の仕事で精神的にかなりまいっているせいもあり、友人から見ると「逃げ」に見えるのかもしれない。でも僕は今回の転職を「挑戦」だと思っている。だから残された現在の会社での仕事で手を抜くつもりもないし、吸収できることは吸収しようと思っている。おそらく逃げと思う人がいるのは自分自身も精神的に参っているのにそれから抜け出して…と思うからであろう。でももともと僕の最終目標はここではないし目の前にチャンスがあったから掴み取っただけの話なのだ。さっき僕は今回の転職を「挑戦」だと言った。僕という人間はあまり「創造性」とか「挑戦」とか現在社会で頻繁に使われている言葉を使用するのはあまり好きではない。でも今回の今回の決断はこの言葉を使用するのにちょうどいい。新しい仕事自体日本よりも大変だからである。先ず言葉の問題がある。自慢話だが僕は北京に住んでいるころ僕の中国語では学年トップクラスの実力があった。でもこれから使用するのは会社言葉である。それに地方のため方言も覚えないといけない。その他に中国人社員との関係である。僕は駐在という身分柄、中国人スタッフに負けるわけにはいかないのだ。もしそうであったら「日本人だからいい給料をもらってる」と陰口をたたかれる。そして何より相手が「中国人」である。日本人相手のようにある程度の融通は利かない。これからは「中国人」というものを今まで以上に理解する必要がある。これらのことが僕を待ち受けていると思うと「逃げ」といえるだろうか?逆に僕は今まで以上に難しいと思う。現在の会社のことに話を戻すと、現在の会社ではよく陰口をたたかれたが僕自身いい経験をしたと同時に僕を採用しくれたということを忘れてはいない。だからとても感謝しているし、感謝しないといけないんだと思う。もし「いやな事だけしか残らない」のであったらそれこそ本当の「逃げ」になるんだろうから。
2005/04/24
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最近話題?のmini homeを作ってみました。まだ作り方はよくわからないのですが、時間があったら来て下さい。 http://minihp.minihome.jp/china79
2005/03/26
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昨日ふと先輩が僕に向かって「いや~君を見ていると留学中に出会った中国人たちを思い出すよ」と言ってきました。え?…?僕が「何でですか?」と聞くと理由一:僕の日本語が外国人留学生そのもの。ま~確かに僕の日本語はへたくそですよ…。でももともと日本語がへたくそなわけではないんです。中国語を勉強していたら、だんだんへたくそになっていったわけです。理由二:性格的に日本人独特の緻密さがない。…っていうかすべての日本人には緻密さが必要なんですか?理由三:することなすことが中国人、もしくは韓国人のようである。…意味がわからない。ってか中国人と韓国人に失礼だろう~。理由をもっと深く掘り下げてみると、とにかく日本人としての行動の雰囲気そのものが感じられないらしい。まだまだいろいろ理由はあるそうですが、まさか会社に来てまでそういわれるとは思わなかった。話は変わりますが先日友人の知り合いが経営している居酒屋に行ってきました。店長が僕らに出身地を聞いてきたので、僕が答えると店長が3秒ほど固まってしまいました。まさにセイント聖矢のカミュの必殺技「オーロラエクスキューション」をかけられたが如く…。そして3秒がたちようやく驚いた顔を見せたので、僕が「もしかして、僕の生まれが九州である以前に、僕が日本人だと言うことに驚いたんですか?」すると店長さんは驚いた顔のまま2回ほどうなずいた。…やっぱり…。最近では友人から「今日は外国人登録書を持ってきた?」とからかわれる始末。日本に旅行にやってきた友人の家族からは「日系イギリス人」に思われていたり、他の友人からは「ブラジル3世」と言われたこともあったし、中国では同じ日本人からも外国人と思われてて、日本人だと言ったら「冗談はよしてよ」と言われたことも多くあった。ベムじゃないけど「早く日本人になりたい~」ってね。ま~いまさらって感じですけど。ここまでくると慣れすぎて「韓国人に思われててうれしい」なんて喜びに浸る気もないですね。はい。
2005/03/24
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先日「竹島の日」と言うのが、島根県で決定したそうですね。当時北京出張中だったため、詳しい内容等はちんぷんかんぷんですが…。それのせいか、日韓交流サイトでもいろいろこれについて定義されているそうです。僕の周りでもこのことについていろいろ聞いてくる人間もたくさんいます。っていうか…「どうでもよくね~?」というのが僕の感想です。完全に「どうでもいい」とかそういう意味ではないんですが、僕が意見を言ったところで、どうにでもなるもんでもないし…。だから友人たちが意見を求めてくると、だんだん面倒くさくなってくる。しかも歴史問題にリンクさせるもんだから、なおさらたちが悪い。っていうか僕の周りの韓国の友人が日本でも領土問題が存在することをまったく知らない。よく言われるのが「日本は平和でいいよ。軍隊制度がないし、領土問題もない。民族問題もないから…」ですが、日本にも領土問題は存在しますから…。北方領土の問題まだ未解決ですから…。もし僕個人がロシアの友人に向かって、「お前ら早く4島を返せよ」と言ったら、そのロシアの友人は一体どのような顔をするだろうか?沖縄の軍隊施設問題もまだ未解決です。それに日本に軍隊制度がなくても、日本に住む以上地震の恐怖と隣り合わせにいないといけません。それを…いつも「僕ら韓国人は日本人以上に悲惨な歴史と、悲惨な環境の中にいるんだ」みたいなことを言われるといい加減に腹が立つんじゃ!!馬鹿たれが!!。は~は~は~…。……………ちょっと冷静に…。冷静に…冷静に…冷静に…。あとがき:すべての韓国人と日本人に当てはまるわけではないので…念のため。
2005/03/21
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昨日は僕の友人の26回目の誕生日だった。近くのタイ料理屋でご飯を食べ、僕の部屋で「僕の彼女を紹介します」を見ることにした。僕自身映画はあまり見ないほうで、恋愛物は特に好きなほうではない。でも多くの日本人の人がすごく感動的な映画だったと言っていたので僕も多少なりに興味があったのだ。評価はと言うと…最悪である。何が最悪か?初めの内容は結構笑えた。前世の回想シーンで中国人官僚が中指を立てるシーンとか、ナイトクラブのボスに向かって「シ~Xル!!」とか叫ぶところとかは…。でも中盤くらいからつまらなくなってきた。シーンとシーンのつながりがまったくわからないのだ。何で次にこのシーンなんだ?と思えるところが随所に見える。全体的に見ると一体どんな映画だったんだ?とわからないのだ。それと悲傷シーンを引っ張りすぎている。もうしつこいんだよと常に思ってしまう。一度飛び降り自殺をしようとしてバルーンに救われたり、毒殺自殺をしようと思って救われたり、お前何回助かってんだよと怒りたくなる。見ていて完全にちんぷんかんぷんである。ま~救われたと言えば最後にチャテヒョンが出てきて「おいおい~結局それが落ちかよ」と笑えたところではないであろうか?
2005/03/21
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昨日日本に帰ってきたばかりで、すごく眠かったので、一日目だけしか書きませんでしたが、それ以降のことを書きます。2日目、朝6時に起床。朝が弱い僕にとってはきついスケジュールである。朝に何をするかというと、学生がレストランに来て、名簿に名前をチェックさせるところから始まる。毎朝学生はレストラン前に設けられた名簿専用の机に行き、自分の名前に丸印をつけないといけない。朝ごはんを食べても、食べなくてもこないといけない。そしてやはり出た「寝坊生徒」。ここら辺は先生に任せようと思ったが、僕らの仕事のひとつに入っているようだ。各部屋に電話をしてレストランに来るように催促をする。すると眠そうに目をこすりながら、生徒たちがやってきた。その後僕は生徒と一緒に食事を済まして、外出の準備をする。2日目の行動は「万里の長城・昼食・オプションツアー・雑技鑑賞・夕食」である。バスに揺られながら、最初の目的地万里の長城に到着。一言目の感想は「寒かった」寒いだけならいい、強風が吹いていた。海外デビューが大半を占める生徒たちも「寒い、寒い」と声を上げていた。そして集団写真を撮り、自由行動。やはりと思ったが、いきなり走って上りだす生徒もいた。でも比較的楽しそうにやっている思いがした。だが20分くらいたつと、長城に飽きたり、寒かったりと、生徒が降りだしてきた。このまま生徒を同じ場所にとどめるのもなんなので、下の売店街に生徒を下ろした。生徒は始めての中国ショッピングを体験した。やはり言葉が通じないので、英語が基本的な交流手段である。中国に詳しい人なら知っていると思うが、売店街と言ってもほとんどが偽物売店である。そして日本人相手だと高い値段を平気で吹っかけてきた。僕が遠くへ行かないように周辺を歩いていると、女子生徒に「馬鹿!!馬鹿!!」とののしっている売店のおばちゃんがいた。少し驚いている女子生徒に近づき「言葉には気をつけなさい」と注意をすると、今度は僕に向かって「馬鹿馬鹿!!」と言ってきた。ちょっとかちんと来てここではかけないようなスラングで対抗した。日本語で書くと「この糞野郎が!!言葉には気をつけろと言っているだろう!!てめえ頭狂いまくってんのか?」である。(中国語でかけないほど汚いです)そしてそのおばちゃんを撃退すると、周辺の生徒を集合させて、昼食会場へ向かった。昼食を済ますと、オプションツアーに向かった。今回のオプションツアーは胡同めぐりや紅橋市場などなど3種類のツアーを生徒が選ぶものだった。僕は紅橋市場の添乗をした。生徒にとっては初めての値切り交渉&まともなショッピングである。紅橋市場につくと生徒は各自買い物を始めた。みんな日本では体験できない値切りを楽しんでいた。よく見ると「日本人ほど値切ってくる人はいないよ」と以前中国人の友人に言われたのだが、あ~なるほどなと思ってしまった。ここら辺で僕の通訳の機会が回ってきた。僕も生徒の値切り交渉に参加(させられた)340元で打っていたスポーツシューズを95元にまけさせ、次に170元の腕時計を55元にまけさせた。正直もっと安くなったと思う。お店の人から「イ尓太凶了」と言われてしまった。まだまだ値切り能力不足である。オプションツアーが終了し雑技鑑賞に向かった。久しぶりの雑技鑑賞である。今回見た雑技は伝統的な雑技とは違い、オペラとサーカスが融合したような雑技でとても楽しめるものだった。一つ一つの演技に心躍らせているうちに、不思議と涙が出てきてしまった。僕は泣きたいようなことはひとつもなかったと思う。でも「北京に帰ってきたんだ!!」と思った。そうするとどんどん涙が出てきた。ここ一年日本で生活して仕事をして、いつもストレスがたまっていて、「いつか北京に帰るんだ」と強く思っていた。だから北京に帰ってきて、心が躍った瞬間に涙が出てきたんだと思う。前半を終えると僕は外に出てタバコをすった。そのとき吹いていた風が何だか本当に心地よく、懐かしい北京のにおいがした。雑技鑑賞を終えて、夕食を終えると、ホテルに戻った。相変わらず生徒が「部屋に鍵を置いたままドアを閉めてしまったんですが…」と問題を持ちかけてくる。でも僕はなんだかうれしかった。問題があることにうれしいんじゃなくて、僕もなんでかはわからない。でもとにかくうれしかった。
2005/03/18
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一週間の北京出張を終えて、今日帰ってきました。ただいまです。思えばはじめての海外出張。しかも僕自身が慣れ親しんだ北京の街…。本当はすごく楽しみで、早く行きたかったが、仕事である高校生の修学旅行の添乗をはじめてすることで一抹の不安を感じていた。初日北京空港で集合し、飛行機で一路北京へ…。北京に到着したが、それほど大きくは変わっていなかった。僕が生活していたときとさほど変わらない。空港に着くと、中国人ガイドがスタンバイしていた。僕の担当するクラスのガイドは5年の経歴を持つガイドで、日本語はなかなかうまかったが、それ以上に言葉がうまかった。バスに揺られること30分と少々、まず初めの目的地天安門広場に到着した。時間が押していることもあり、天安門に登楼し少しだけ見て、ホテルに向かった。ホテルに到着すると、ホテルに設けた専門の受付に待機。初日は何もたいした問題が出ることもなく終わった。…出張中一日4時間しか寝ていないので、とても眠いので後のことは後日。
2005/03/17
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さてさて明日より中国出張である。日本に帰ってきてはや一年以上。日本社会でストレスをためまくっていたため、少し生き抜きに行こうと思います。去年の秋にある中国のお客さんを接待したことがあります。文句を散々言われて「ふざけるな!!」とか思いましたが、今振り返ってみると、それが一番楽しく充実した仕事だったと思います。僕の友人も中国に遊びに行って、その充実感を感じていたようです。こんなことを言うとすごくタカビ~な(死語?)言い方かもしれませんが、外国生活をしていたら、外国に触れる安心感と充実感を感じられずにはいられなくなるのかもしれません。多くの人は海外生活がとても楽しかったというようなので、そういう心境になるのも、納得する理由のひとつなのでしょうか?海外生活をしている中で「外国人に与えられる甘え」というのは必ず存在するものでしょうが、逆にそういう考えがあり、僕はとても助けられました。どの状況でも「郷に入れば…」だったら行き詰まっちゃいますから。…夜遅いので、そろそろ寝ます。来週帰ってきたら日記をまた書きます。
2005/03/10
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先々週インフルエンザにかかってしまった。それで趙が世話をしに来てくれてその日は僕の部屋でとまっていった。翌日趙は僕のいびきがすごかったといってきた。そうである。僕はいびきはもとより、歯軋りはしないものの、爆睡中歩き出したり、笑い出したり、しゃべりだしたりするらしい。以前九州に帰ったとき、僕の姉が僕が寝ているときに中国語を言い出して、その晩は眠れなかったと訴えてきた。僕は寝ている時にも中国語は話し出すらしい。留学中は睡眠中僕は突然起きて、サンダルを持ってトイレに行き、「ヤイッシ!!シ~バXXXXXXXXX」と叫びながら、手にしたサンダルを投げつけてらしい。最悪なのが、ある日僕が突然起きて、同室に「ヤ~!!イロナ~!!…ア~!!ヤ~イロナイッシ!!」と強引に起きたらしい。…最悪である。ちなみに現在チャミスル1本とマッコリ1リットルがぶ飲みした後書いていますので、明日の朝、自分で何を書いたのか覚えてるかわからない…。
2005/03/05
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先日MP3を買いました。I RIVERの製品で1ギガで¥24,800。今までMDを使っていましたが、便利さを求めてこれを買いました。そして早速ファイルを作り本体に音楽を落としました。サウンドはやはりMDの方がいい気がするが、全体的に見て悪くはない。本体は小さいし、軽量だしこの点はMDよりも何倍も便利である。それで僕自身は以前からMP3の存在は知っていた。留学中多くの韓国人の友人が使っていたからである。でも日本だとそれほど知名度が高いわけではない。たしか現在日本で人気のあるのはI PADだろう。なので僕が電車などでMP3をぶら下げて音楽を聴いていると周りの人がいったい何なのか?といわんばかりの目でMP3を見てくる。先日営業中に浜松町駅を歩いていると、後ろを歩いていた人と目が合った。顔を見るとどう見ても韓国人男性である。少ししているとその2人は韓国語で会話を始めた。不思議なのはその2人は僕を尾行するように僕の後ろにびったりとくっついてくる。はじめは単に歩く速度とか、方向が一緒だからと思っていたが、ホームに着くと僕はわざと2人と距離を開けたポイントに立った。その2人も違うポイントに立っていた。そして電車が駅に入ってきた。そのときその2人が僕の後ろに立っていることに気がついた。電車に乗ると客はほとんどいない。いわばガラガラである。ほかの席も空いているのに、2人はご丁寧に僕の隣に座ってきた。だって向かいの席なんて1人しか座っていないのに、わざわざ僕の隣に座るのである。そして隣の人が突然僕に声をかけてきた。男「韓国人ですか?」…日本人だと答えたのだが…なんだか気にかかる質問のされ方である。MP3をかけていただけなのに、わざわざ隣に座り「韓国人ですか?」と聞いてきたからである。なんとも答えにくいタイミングと場面で質問をされたものである。そしてその日仕事が終わり、帰りの電車に乗ると、周りの人が僕の首下をものめずらしそうに見てくる。今日本はI PADの時代なんだな~。
2005/03/05
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僕の友人の趙は京畿道の安養出身だ。そして中国でのルームメイトの金も安養出身者だ。そして今日は趙と一緒にインターネットで、お互いの家をリサーチしてみた。僕は金の家の住所は知らないが、去年奴の家にいったことがあるので、記憶をたどりながら、探してみた。どうやって探したかと言うと、バスの路線と目印のカルフールで探した。カルフールを中心に65番線で捜索。金の家が分かりだしてきた。其のとき趙が「あれれれ…?」と言ってきたため、僕がどうしたかと聞くと、趙の住んでいるアパートと、金の住んでいるアパートは同じではないか?と結論になった。そしてアパートの近くにあるものをお互い述べてみると見事に一致する。僕「アパートの下にコンビニとパン屋があるでしょ?」趙「うん。その上にレストランがない?」僕「うんあった。コンビニの前に歩道橋がない?」趙「うんある。」…そして意見は一致した。何と国が離れて僕が親しくしている趙と金は同じアパート。しかも隣同士の棟に住んでいたのであった。僕はまさかこんな偶然がと思ったが、お互い言ったことが見事に一致している。世界って狭いや…。
2005/02/28
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今僕の友人趙は東京のある日韓友好会に加入している。友好…交流…何だか懐かしい響きである。僕も高校を卒業して日中友好…な~んて青春をつぎ込んだような気がした。高校を卒業してもうすぐ7年だ。話を戻す。日韓友好といってもやはりそれぞれの目的は十人十色なんだろう。現在の韓国ブームに目をつけた人。在日韓国人の人。韓国に留学して続けて韓国と接してきた人。でも何より韓国が好きだと言う気持ちは同じ人々の集まりなんだろう~。だがいくら韓国が好きだからと言っても、自分のやり方があるために、こういう交流は許せないと思い衝突が生まれたりもするんだろうな~。僕もこういう衝突をしたことがある。僕はまず「経済交流」と言うのは嫌いである。そして「自分が好きな国だから何があっても理解してあげよう」という観念もあまり好きではない。僕も中国で納得できないと結構喧嘩をしてきた。逆に妙に気があったりした人もいた。かといってどっちが正しい友好でどっちが悪い友好なんて決めることは出来ない。それぞれが正しく、それぞれが悪いからである。僕自身もどういう友好がいいのか分からないときも少なくはなかった。僕の以前いた専門学校は日中友好を掲げて、中国語学校を始めて50年以上、日本でもっとも古い中国語専門学校だ。ちなみに小石川運動場のすぐ隣にある。其の頃の僕は中国一番のような思いがあった。何でも中国一番だ~!!正に中華一番的な思想に支配され続けていた時期が2年ほど続いた。しかし中国現地に赴いてその考えた少しずつ変化してきたのである。僕が日本で知り合った中国人の友人と言うのは「日本が好きな中国人」である。なのでこっちが要求しなくても勝手に日本に歩み寄ってくる人々である。だが現地ではそういうわけには行かない。日本を鼻にもかけていない人もいるし、日本が嫌いな人もいる。日本が好きな人もいる。そういう人にあったためか、今までの考えが変わり、自分がやりたいようにやろう。その延長線上に交流があったらいいと考えるようになり、現在に至っている。中国人以外にその他の国の人でも、日本好き、日本が嫌いというタイプがあり、僕の知り合いでも日本嫌いな韓国人がいれば、日本好きなアフリカ人もいた。やはり友好や交流をもっと体験するには現地に赴く必要がある。僕も日本に帰ってきてはや一年。最近は中国へのホームシックにかかり始めている。でもいつかまた行くんだろうから、そん時まで頑張ろう~。
2005/02/27
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皆さんご存知のとおり、昨日イウンジュさんの自殺のニュースを見た。ドラマや映画を僕はあまり見ないので、このとき初めてイウンジュという女性の存在を知った。そして今回彼女が選んだ死に方「自殺」言い方は悪いが、一般的な死に方の一つになっている。しかし同時に死して尚他人から馬鹿にされるような死に方でもあるのだ。交通事故や病気で死ぬのであれば「相手が悪い」とか「仕方がない」と他の言い方もあるが、自殺においては「馬鹿だ」とか言われるケースもそう少なくはないはずだ。そして今回自殺の動機のひとつにあげられている「うつ病」において僕はあまり言い思い出がない。僕が中学2年生の時、一人の女子クラスメイトがいた。ほとんどの男子生徒は知らなかったが、当時彼女は毎週末精神科に通院していたそうである。彼女も思い「うつ病」にかかっていたと聴いた。両親には相談できず、他の女子生徒から陰湿ないじめを受けていたらしい。そんな彼女がある日の放課後先生に相談に乗ってほしいと言った。しかし先生はいじめを知らなかったし、当日中間テストの作成に追われていて「また今度にしてくれる?」と相手にすることが出来なかった。翌日の夜、僕はテレビを見ながら夕食が出来上がるのを待っていた。そんな時僕の同級生から電話がかかってきた。同級生は間髪いれずに「~が死んだ!!家で首をつったって…」僕は全身に鳥肌が立った。そして10分もせずに学年主任から僕の母親宛にこの事についての電話がかかってきた。彼女の部屋には遺書が残されていた。中には今までのいじめの苦痛、そして家族への感謝の気持ち、そして先生への思いが書かれていたと聞いた。後日先生がみんなの前で言ったが、彼女は自殺する最後の夜、家族に向かって「お父さん、お母さん今までありがとう」と言って部屋に引きこもったらしい。当時彼女の両親はまさか自分の娘が自殺するとは思っていなかったのだろう。それから当分彼女の親しかった女子生徒は本人の両親や先生に抱えられながら、教室に入って来た。先生も問題があるたびに泣き崩れて授業にならなかったこともよくあった。余談だがTBSがこの話をかぎつけて学校に取材以来を申し込んだが学校が断ったという話を聞いたことがある。数年後僕は中国にてまたクラスメイトを自殺で失った。それは黄砂の吹き荒れる4月を迎えようとしている3月の終わりのある日のことである。あの日僕が教室に入ると、他の韓国人留学生がなにやら重そうな顔で話していた。だが僕はそんなことが起きているとは知らなかった。授業が始まり、1時間ほど経った頃、先生が重い口で「昨日~が自殺した」と言った。其の瞬間中学生の頃に覚えた鳥肌をまた思い出した。原因は分からない。ルームメイトとのトラブルが原因との話もある、家庭や将来の問題という話もある。そして中国人にレイプをされてそれを苦に自殺をしたという話もある。どちらにせよ何が原因かは分からない。それから彼女の両親が韓国より訪れ、娘の亡骸を韓国に持ち帰ったと聞いた。来月その韓国人留学生の3回忌を迎える。生きていれば今年25歳だ。中学生と中国での出来事で、僕は自殺と言うものがもっと分からなくなった。以前は自殺は愚かなことのように思っていた、しかし現在は何が何だか分からなくなった。でもいつか自殺について何かしら分かる日が訪れてほしい。死んだ人は戻ってこない。でもそれでも多くの人の心に残るのは、イウンジュさんが生前残した何よりの遺産なのかもしれない。ご冥福を祈りたいと思います。
2005/02/23
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僕の友人も同じであるが、日本に来たことのある人が言うのは「日本と韓国は大体一緒だね」である。僕はこの言葉を聞いても「うん。そうだね」と90%相手にしない。この手の話をたくさん聞いたせいか、外国に行っても日本だったらとか日本と比べてとかだんだん思わなくなってきた。韓国の友人が日韓の経済を比較した場合、僕が何にも思わなくなったのもこれが原因なのであろう。現在中国と少しだけ関係している仕事をしているため、よく中国経済とか中国と日本の発展振りとかもよく聞く。だが中国に新しいビルが出来た、世界最大の~が出来たとか正直言って僕はその手の話にあまり興味はない。書いたことがあるかも知れないが、以前日本に来た中国のお客さんを日本料理でもてなしたとき「日本料理は味が薄い」「高いだけ」「量が少ない」と文句をつけ「中国の料理は~」とか「中国人は~」と自慢話が1時間以上続いた。少しむかついたので、日本にある中華料理屋に連れて行ったら「中華料理の方が落ち着く」と言ってきたものだ。それなら日本に来るなといいたい。韓国の友人に話を戻そう。今でも時であるが、日韓の比較話が出てくる。現在の僕は完全にスルーである。めんどくさくてほめたくないときもしばしばなのだ。それで、国が違うのでもちろん日本の方が優れているのだろう物事が出てくると「韓国は日本と比べて国力が弱いから…」といってくる人間が多い。僕は本当この言葉が嫌いである。初めて聞いたとき「は~???????????????」と心底びっくりした時のピッコ大魔王と同じくらいのクエッションマークが出てきてしまう。僕は比較した上に負けを認めろとか思わない、でもさ~その言葉はないんじゃない?「韓国は国力が弱いから」って…。現代社会だから経済の上下に国力が左右されがちかもしれないが、その国にはそれぞれの良さというものがある。逆に自国が及ばないであろう点もあって当たり前なのである。それを「経済比較」ごとき小さなもので片付けてほしくない。もちろん僕自身比較はする。でも僕は常に経済と離れた比較でありたいと思っている。例えば以前友人から言われたのは「日本は韓国に比べて外車の数が多い」である。僕は「そうなの?」と聞いたら「韓国は日本に比べて経済力が弱いから…」言われてしまった。僕は「国産車とか外車とかじゃなくて、乗れればいいじゃん」くらいで思っていたし、「東京ディズニーランドはロッテワールドより小さいしつまらないね」と言われた後でこの言葉を聞いたので、さすがにかちんと来てしまった。散々国力比較をして韓国がどうとかこうとか言った後で、この言葉は本当にやめてほしい。
2005/02/21
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昨夜近所住む韓国の友人と一緒に僕の部屋でチャミスルを飲んでいたら、韓国兄から電話が来た。何と明日韓国に帰国するとのことであった。前もってそんな話は聞いていなかったので驚いた。その話を聞いたとたんに、「僕の友達もいつか帰国をするんだ」と少し寂しい思いがした。中国に住んでいるときは嫌なほど友人を北京首都空港で見送ったことがあるのだが、日本でもそれをあじあわないといけないんだと、突然現実感に襲われた。そして今日本で一番仲のいい韓国の友人も今年6月に帰国しなければいけない。飛行機でちょっとの距離にある国どうしなのだが、寂しくなくいられるかと言えば嘘になるんだろう。そして日本に帰国して1年。僕自身今だ以前の友人が恋しいな~と思いつつある。考えてみれば日本に帰国した直後は、日本に帰ってきた現実感がまったく沸かなかった。でも時間が経つとそれが少しずつ出てきて、一時期何もしたくないほどになっていた時期もあった。今回日本でそれに似たものをあじわう時期が来るんだと思う。
2005/02/20
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先日僕の友人の従兄弟が韓国の俳優だったことが判明。え~っと何といった人だったかな…?「猟奇的な彼女」に出演していた男主役の方のようです。その時本人の写真を見た我友人がおおはしゃぎしていました。と言ってもタレントに疎い僕、韓国どころか日本のタレントもあまりよく知らない。今だ「上戸彩」って誰…?位のレベルです。ところで僕が中国にいた頃日本人の友人が「韓国もいいけど、香港タレントも捨てがたいのよね」と語っていたことがありました。確かに香港(中国本土含める)のタレントも捨てがたいものがあります。僕個人では女性面では韓国よりも香港の方がいい。例を挙げると歌手のワンフェイ(フェイウォン)の眼光やゴンリーの笑顔など正に僕好みである。ただゴンリーが中国で出演していたバイクのCMはいただけなかったが…。しかし歌手で言えば中国人歌手はあまりいただけないのだ。数年中国にいたくせに、僕は中国人歌手をあまり知らない。よって北京にいたときも韓国人歌手のCDを買っていた。とはいっても最近の韓国人歌手で「これだ~!!」と思う歌が以前より減ってきているような気がする。やっぱりブラウンアイズがなくなってしまった影響か…?
2005/02/18
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昨日「課長、島耕作」の作者が書いた本を買った。本では「日本の社会は、個人だと味が出ないが、集団になると味を出すおにぎり社会。中国は一つ一つが味を持っているがなかなかまとまらないチャーハン社会」と唱えている。この文章を見るだけでも「あ~なるほどな」とある程度納得してしまう。ただし作者自身も「国民性を考えてこのように描いているが、全ての人間に当てはまるわけではない」と唱えている。僕も中国に住んでいたので、少しなりに中国のことは分かる。中国は古来から文化や人間の流動が大きいため、一人一人が考えを持ち前進していく。しかし欠点と言うのは一人一人の個性が強いため、集団としてなかなか成立しないところにある。正にチャーハンである。その逆に日本は人間の流動という意味では中国の足元にも及ばない。九州など長年にわたってお殿様の家が変わらないなどある。その他いろいろな理由もあるが、一粒一粒だと味が分かりにくいが集団となるがしっかりした味を出す。それもおにぎりであろう。では韓国は何であろうか?僕は先日これを韓国の友人に聞いてみた。友人曰く「ビビンバ」であるそうだ。理由は「韓国は何でもかんでも混ぜる」らしい。地理の関係があるかどうかは知らないが、僕は韓国と言う国は「中国のような個人主義を見せれば、日本のような世間の狭さを見せる」と思っている。その点を見ると「ビビンバ」に見えないこともない。他に韓国人の友人を見てみると「いい」と思われるものは何でもかんでもtryする。そして経験を大事にして自分のためとなるものは何でもやろうとする。正に「混ぜる」文化なのであろうか?う~んやっぱりビビンバなのか…?
2005/02/16
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「すごいよまさるさん」を見た後なので最後の「よ」が「YO」となってしまいましたが、別に深い意味はなし。さてさて先週の連休実家に帰ったとき、近所の叔母さんが新たなヨン様ファンになっていたことが判明したのですが、その叔母さんが「韓国の人って怒りやすいと思っていたけど、意外とそうでもないのよね」と言っておりやした。…そういえばそうである。韓国人といえば短気で怒りやすい。ま~つまりカッとしやすいイメージが日本では定着していたもの。でも実際友達になってみると、確かに怒りやすい人もいるが、イメージほど熱くなりやすいわけではない。イメージ自体先走りしやすいのでしょうがないですけどね。僕の周りの友人も怒りやすい人間はいない。逆に我一族のほうが熱くなりやすいと思う。特に我父親一族は正にイメージどおりの韓国人同様に熱くなる。そのせいか外見上おっとりしているこの僕も実はかなり熱くなりやすい。熱くなって壊した電化製品はいくつあっただろうか…。そしてイメージその2といえば「韓国人はせっかち」である。でもあまりせっかちには見えない。おそらく完全に我父親のほうが明らかにせっかちである。何せ他人を10秒も待っていられない人間なのだから…。僕も韓国人の友達から「君って本当にせっかちだよね」とよく言われる。外見上はおっとりしています。よって我父親一族が集まり、行事をすると協調性の協の字もなくなります。本当に。これを幼い頃から何度見てきたことやら…。以前僕は日記で「君を見ると日本人のイメージが変わると言われた」と書いたことがあります。ま~確かに留学中よく「日本のことを知りたいとき、お前には聞かないほうがいいな」と二桁の数言われたことはありますよ…、でも昨日友人から「反面教師」という単語を使われた…、だ、か、ら…そんな日本語をこういうときに使うな~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!実はすごくブルーになりました。本当にこういう日本語覚えられると大変です。
2005/02/14
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韓国の友人が余計な日本語まで覚えてきてちょっと困り始めている今日この頃。さてさて日本にて多くの韓国人と知り合う機会が増えました。それと同時にそれぞれ各自が話す日本語が違うのでそれを傍から見て楽しんでいます。日本に来た留学生の中でもやはり進歩の差と言うのが有るためか、短期で一気に伸びる人、なかなか伸びない人、それぞれいます。僕の周りの友人は進歩が比較的早い人が多い。時間が経てば単語数は増えるし、言葉遣いのバリエーションも増えていくのだが、発音とイントネーションだけはやはり難しいものである。僕の友人も単語数と言う意味ではなかなか多いのだが、発音は?となるとやはり疑問符が付いてしまう。それほど発音を勉強するのは難しいものである。僕も元中国語学習者である。中国に留学した当初は「日本人でしょ?」とあっさりと見破られることが多かった。中国に来て単に中国語を勉強するのも少し退屈なものだなと当時21歳の僕は考えた結果、じゃ~中国語の発音を真似してみようという結論にたどり着いた。かといって簡単なものではない。単語を学習するよりも明らかに難しい学習である。でもまねする以外はないので、街中を歩いてる時とか、周りの人の中国語を口の中でまねしたり、自分のメカニズムを開発したり…。それから一気に中国語が伸びた。僕と言う人間は文法とか理論的に物事を理解できるほど頭はよくない人間である。自分勝手な実践でないと物事を覚えられないのだ。それから半年経った頃から日本人に思われなくなったのだ。それがとてもうれしくて…、同時に「中国語が上手ですね」という誉め言葉が誉め言葉ではなく「貶し言葉」に聞こえるようになった。本当は誉め言葉として受け取らないといけないのだが。それから外国語を学ぶのは「発音」からという最も難しいことから勉強するようになった。以前友人に何度か韓国語を教えてもらったが、発音だけでほとんどの時間を費やした。もともと野心は持ち合わせていない僕だが、外国語になると野心一杯になる。僕の韓国の友人はワーホリで来ていて学校に入っていない。なので他の留学生に対して有る程度の抵抗感を持っている。それなりに悔しいのであろう。僕も韓国語を真似するのだが、僕自身が韓国語学習者ではないので、とても下手くそなものである。ただ僕の韓国語は日本人の韓国語ではないらしい。日本人と中国人の韓国語を足して2で割ったような韓国語の発音らしいのだ。どうリアクションを取っていいのか分からない。しかし外国語の発音を勉強するのはとても難しいものだ。まだまだ勉強が必要である。ちなみに昨日父親と一緒に酒を飲んでいたら、僕は「久しぶりに食べてないな~刺身」と言ってしまった。そうだ…これは中国語文法ではないか…。
2005/02/13
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昨日韓国にブラックデーたるものが存在することを知った。友人曰く「バレンタインとホワイトデーを迎えられない人が4月に真っ黒いジャジャンミョンを食べるんだよ」さらに友人は「去年おとといは2年連続でブラックデー、軍隊の機関を入れたら4年間連続だ~!!今年もらえなかったらどうしよう」と嘆いていた。現在期間的に多くの店にはバレンタインコーナーが並んでいる。友人はそれを恨めしそうに見ていたのである。ところで韓国では自分でチョコレートを作って好きな人にあげることはあまりないと聞いた。他の友人も「チョコレートも大事だけど、包装勝負よ!!包装!!」と意気込んでいたものである。ところで韓国には義理チョコというものは存在するのであろうか?僕の予想…絶対ある気がする。今年は日本から韓国に多くのチョコレートが届きそうな気もするのである。この時期と言えばジャニーズ事務所に届けられたチョコレートの量が話題となるが、今年はヨン様やウォンビンの事務所…ま~つまり韓国の芸能事務所にどれだけのチョコが届けられたのか、ワイドショーで報道されるのではと思う。でももし日本から韓国に送られても…痛みはしないか?でも何でジャジャンミョンなんだろうか?黒いからだろうか?僕は今年もらえなかったらジャジャンミョンの代わりに友達と一緒に真っ黒い「イカ墨パスタ」でも食べよう。
2005/02/12
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こんにちは。昨日韓国の友人より会社内でいじめを受けて悩んでいるとの話をされました。やっぱりどこの国でも同じなんですね。その友人は中国語がうまいからと言うことで妬まれているそうです。っていうかそんなのいじめの対象にはならないはずなんですけど…。僕も今社会人ですけど会社の話をするのはあまり好きじゃないんです。街中の話を聞くと会社の話=人間批判じゃないですか?僕もよくその手の話を聞くので自分から話す気に本当になれません。友人も先輩のどうでもいい話から始まってしまったそうです。
2005/02/10
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昨日とうとう風邪にてダウンをしてしまいました。実はおとといの夜会社の人と飲んでいたんですがもともと体調がよくなかった上中ジョッキ5杯、焼酎を中コップ4杯を飲んだらぐたぐたに酔っ払ってしまい、帰りのタクシーで、途中道端に止めてもらい道の真ん中で寝てしまいました。そのせいか昨日の朝起きたら、も~最悪でしたね。体が痛くて近くのお店に行くのも一苦労。風邪を浴びると体が痛くて痛くて…。というわけで風邪を引いてしまいました。ご飯もまともに作れない僕。というか掃除でさえまともにやったことはありません。否!!日本でもほとんどやったことはありません。「家事は女の仕事」というわけか母親か姉がほとんどの家事をやっていましたんで…。昨日は友達を呼んでキムチチゲを作ってもらいました。まる一日ご飯を食べていない空腹にはよく効きました。おなかいっぱいになったところで、禁断の薬の飲み方登場。リポビタンで薬を飲みました。でもこれ心臓に悪いですから、まねしないでくださいね~。実は中国時代。中国の栄養ドリンク「紅牛」で薬を飲んでいたんですが、心臓に悪い悪い…。心拍数が倍になるんじゃないかってくらいすごいです。ただ発汗作用はとんでもないもんがありますけどね。でもその友人が俺の部屋で寝ていった&いびきがあったのであまりよく寝れていません。う~ん悪魔か天使なのか・・・。
2005/02/06
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昨日僕の部屋で友人と一緒にお酒を飲んでいたら「中国はB形が多く、韓国はO型、日本はA型が多いね」という話になった。確かに僕の周りでA型の韓国人と中国人は皆無に等しい。そして日本でもっとも多いA型。韓国では一般的に女性はA型男性がお嫌いなようだと話を聞いた。例えば神経質、慎重、臆病とあまり聞こえのよくない言葉ばかりが上位に顔をのぞかせる。そしてこの僕もA型である。小さい頃は典型的なA型性格だったようだ。しかし年が経つたびにA型から脱出していっているような気もする。例えばA型は整理整頓をしないときがすまない。とにかく細かいようなイメージを持つが、僕はすごく大雑把である。細かいことはとにかく嫌いだ。嫌いと言うか面倒くさい。以前中国にて血液を採取したとき医者が「君は何型?」と聞かれたため「A型です」と答えた。すると医者は「そんなはずはない!!君は騙されているんだ」と…大きなお世話である。でもその瞬間僕の血液型が変わったんかと思ってしまった。その原因を言うならば父親がO型であることぐらいだろうか韓国の話に戻るが、友人はさらに「細かいA型に日本人特有の細かさが加われば鬼に金棒だね」…「鬼に金棒」覚えたての単語のようだが、こういう場所で使ってほしくないのが本心である…。
2005/02/02
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僕を見る人々は僕がずいぶんとおっとりしていると言う。確かに僕はかなりおっとりしているが、すごい感情屋で激情家である。小さい頃はよく泣いた。小学生卒業まではちょっと悔しいこと、悲しいことがあったらすぐ大泣きをしていた。其のせいか今でも悔しいことがあると、目が涙でいっぱいになりそうなことが時々ある。子供が悔しくてこぶしを握り締めながら目を真っ赤にしている姿がいい例であろう。でも自分で言うのは何だが僕自身友達のために人肌脱ごうと思う気持ちはすごく強いと思う。僕は日本に生まれ、日本で育ったくせに、日本人独特の「人間関係の距離の開け方」がものすごくへたくそだ。自分から近づきすぎる傾向がある。日本で学生をしていた時はそれで失敗したことも多々あったものだ。そして中国語を始めた頃から友達というものが出来始めたような気がした。そして中国にわたったのだが、中国にいたときは韓国の友人からよく好かれた。僕は当時特に韓国に興味があったわけでもないし韓国語が出来たわけでもない。でもそれでも回りに韓国の友人がたくさんいた。国なんてどうでもいいかもしれないが、時々なんでだろう~?と思うときがあるのだ。僕は韓国文化を理解しようとしているわけでもないし、韓国人を好きになろうとか、そういう意識はほとんどなかったのだ。中には喧嘩別れをした韓国人や肌の合わない奴もいた。単に気が合う奴がみんな韓国人だったのかもしれない。韓国語の話せない僕を「オッパ」と読んでくれる友達もいたし、僕を心底慕ってくれる奴もいる。その人たちとは今でも親しく連絡を取り合っている。僕にとってはかわいい人たちばかりだ。だからこそ僕はものすごく感情的に慣れたのかもしれない。同世代の日本人学生と僕はそれほど仲がよくなかった。仲のよかった人もいる。だがそれほどいるわけではない。先にも書いたが僕は感情屋さんで、激情家でもある。韓国の親しい友人には結構本気で怒る。それを見た日本の友人がびっくりしたことも少なくはない。ただ韓国の友人が出来れば出来るほど、たくさんの問題にもぶつかってきた。文化の差ではない。韓国の友人に出会って、「大人とは何か?」という思いが出来始めた。周りの日本人が「あの人は大人ね~。それに比べて」と連日のように比較されていたため、僕は本当に途方にくれた時期が半年間あった。其のとき全ての韓国人学生が「大人」に見えていた。そして仲のいい奴らが一周りも二周りも大きく見えて、少し嫉妬した時期もあった。だから何事にも率先してやろうとしていた。その結果他の日本人学生から「でしゃばる」と対立を生んだ。そんなときでも常に僕と一緒にいてくれたのが仲のいい韓国人学生の友人たちである。でも彼らは少し意地悪である。僕の前では僕がいい友達とは絶対言わない。僕の前では他の友人を褒め称える。それが続き僕は「僕は本当に友達なのか?」と疑問を持った。その後ある金銭トラブルでその友人との仲が少しもつれたとき、その人の日本人の恋人が「あの人、あなたのことがすごい好きなんだよ。言葉じゃ言わないけどね…。だから一緒にいてあげてよ」と嘆願されたとき初めて知った。前の日記でも書いたルームメイトもそうである。僕と一緒に住み始めてから、僕に特に冷たかった。だがある人が「あいつが以前お前と一緒にいると一番落ち着けるからと言っていた」と教えてくれた。本当に馬鹿ないい友達である。
2005/01/30
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最近「ラ行」と「しゃしゅしょ」などの発音がうまくいえず韓国の友人に発音訂正をさせられているこのごろでございます。さてさて日本にて大ブレイクを果たしたBoA。韓国ブームが起きる前からすでに売れっ子になっていたのですが、さすがにすごいなと思います。過去にS.E.Sなどが日本デビューを果たしたが、特に注目されることなく去っていった。僕の友人は「韓国で売れていたS.E.Sが日本で売れなくって、何で韓国で無名のBoAが売れたんだ?」と言います。僕は何度か友人のかけていたS.E.Sの楽曲を聴いたが、それほどいいとは思わなかった。ちなみにWAXもあまり好きではない。国々によって音楽に好みと言うものがある。自国でヒットしなかったが、他国にてヒットすると言う話は好く聞かれる話しだ。ある友人は「S.E.Sはデビューするときに韓国人歌手と知られていたから、売れなかった。でもBoAは韓国人歌手と知られていなかったから注目されたんだ。」といっていたが、それもちょっと違う気がする。僕が始めてBoAを知ったときにはすでに「韓国人歌手の…」と紹介されていたし、僕の母親が初めてBoAをテレビで見たとき「あ、この子韓国人ね」と一瞬で…ある意味顔で判断した。…というかS.E.Sはもともと日本でブレイクする要因はほとんどなかったような気がする。楽曲はあまり日本人好みではなかったし、何せあの当時女の子三人グループなど一番多かった時代である。しかもそのほとんどが同じAVEXの歌手。テレビに出てもそれほどインパクトはなかった。それに比べてBoAは日本人が楽曲を作っているせいか、音楽自体がどちらかと言うと日本よりなきがする。それに韓国でしか発表されていないような曲でも、それほど悪くない。でも正直僕にとってアトランティスは駄作だった。でもMY NAMEとかは特によかった。実は僕MY NAMEは一般に出回る前から聞いたことがあります。僕の留学時の友人がSM ENTER...に勤めていて、僕に流してくれたんです。全体的に見て「韓国」と「日本」が中和されていて、スタイル的にすごく面白い歌手なんだなと感想をもてるのがBoAです。例えば一青窈とかも僕は好きである。日本であるし、台湾でもある。日本のご飯を食べながら、台湾のお酒を飲んでいるような思いになる。本音では中和で言えば一青窈のようが、BoAよりも好きである。ただ時々BoAの楽曲を聴きたくないときがある。彼女の曲…とてもAVEX色が強すぎる。あの系統の曲なら歌がへたくそでも勢いでうまく聞こえてしまう。だからピアノ一本で勝負したような、バラード曲を聴いてみたい。現在アジア進出を果たしたが、そういう歌を歌えるか歌えないかで、アジア進出で終わるか、世界進出できるから決まるのかもしれない。
2005/01/29
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韓国の徴兵制度と言えば、おのずと知られたものである。僕は別に韓国籍ではないため、行った事は特にない。なので実際どのようなことが行われているのかはまったく知らないのだ。だからそこに行って、任務を終了することには僕自身とても尊敬する。…でもどうしても美化できないのだ。今日喫茶店に入ったとき、ある日本大学生と韓国留学生の話を聞いていてそう思った。二人は軍隊にいった人間こそが男になれる。軍隊でこういういじめがあったとか、軍隊が、軍隊が…と延々と話していた。僕が軍隊話を好きになれないのは、敵対心と言うよりも、心がそれを拒否する。僕も軍隊でどのようないじめが行われていたのかたくさん聞いた。でもその話を聞くのが一番嫌であった。僕の友人は「先輩の命令で戦友と殴り合いをさせられた」とか先輩の馬になって隊内を走らされたとかたくさん聞いた。僕はその手の話を聞くのが一番嫌なのだ。ぶっちゃけた話、僕は中学生の頃いじめられっこであった。上記のようないじめなら中学一年生の頃、とっくにやっていた。ある日登校したら菊の挿した花瓶が机の上におかれていたこともあったし、学校が汚れるからと先輩から洗剤を体中にかけられたこともあった。その時は自殺以外ほかの事は考えていなかった。逆らう力がなかったわけではない。当時の僕の力は学校でも上位であったので、やり返すことぐらいは出来た。でも暴力がすごく嫌いな僕はそれが出来ずただ耐えるだけであった。そしてそのうち何をされても笑えるようになっていた。以前の漫画「るろうに剣心」のキャラクター「瀬田宗次朗」が幼い頃虐待を受けても笑ってやり過ごし自分の苦しみを忘れようとする場面があったが、中学生の頃の僕は正にそれであった。なので今でも無意識のときそれが出るときがある。僕が中学二年生の頃いじめによりクラスメートが自殺をしてしまった。TBSが取材に来たが学校が断ったらしい。中学生の時のその苦い思い出があるせいか、軍隊のいじめ話を聞くと、今にも嘔吐しそうな気持ちになる。余談だが今でも怖くてGTOを見ることが出来ない。そしてフリーページにも書いているが、僕には戦争で肉親を失った友人がたくさんいる。軍隊を今でも憎む友人はいるのだ。僕は留学中その話を何度か聞いたことがある。その話を聞いたとき、自分の受けたいじめが重なり、軍隊を美化するのが何よりも嫌になった。また言うが僕自身苦しい時間を耐えること自体には尊敬の念を示す。でもその中で起きたいじめのようなものまで称えるつもりはない。逆にそれを称えるのであれば軽蔑さえしたくなる。僕は日本に帰ってきた後、ある韓国人から「軍隊も知らない日本人が勝手なことを言うな!!」と言われたことがある。でもその時「なら軍隊に目の前で両親を殺された東欧の友人の話を聞いてみろ!!」と珍しく熱くなったことがある。何か自分でも何を行っていいか分からないが、今の気持ちを書いてみた。
2005/01/27
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最近帰国子女の歌手が増えてきたのは、皆さんご存知であるはず。帰国子女を含め歌詞の中に英語がざっくばらんに入れられている歌手と言えば、A.I,HEARTSDALES,SOUL'd OUT,M-FLO,BENNIE K,SOULHEAD,CRYSTAL KAY,…あたりであろう。他にもMELODYや、宇多田のような帰国子女組みも多い。僕もA.Iとかが結構好きなので、いつもの韓国の友達趙が僕の部屋に来たときにもそれらの音楽をかける。ある日友人がM-FLO LOVES CRYSTAL KAYの「DO U LAKE IT?」を手に取り、その歌手を見たとたん。趙「何これ?理解できないよ?」僕「?」趙「この歌の歌詞の意味がぜんぜん分からない。日本の歌詞って変だね~。」…確かに難解な歌詞である。僕自身英語が出来ないので、意味はちんぷんかんぷんである。現在韓国でも帰国子女歌手が多く、歌詞の中に頻繁に英語が使われると聴いたことがあり、結構いろいろ聞いたが、量の多さでは日本の足元にも及ばないと思うのが率直な感想である。しかし、多すぎるためにだんだん難解になって言っているのもまた事実である。もし今後M-FLOがボアと日之内絵美と一緒に楽曲を出したら、日本語、英語、韓国語、台湾語が一曲の中に飛び交いそうな気がする。
2005/01/24
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僕が他人から評価されるときもっともよく聞かれるのが「マイペース」である。逆から見れば「協調性がない」になるのだ。僕はあまり自分がマイペースだとは思っていなかった。しかし周りから見れば僕と言う人間は「マイペース」に始まり「マイペース」で終わるのである。昨日も趙と一緒にお酒を飲んだのだが突然そんなことを言われた。僕は「そうかな~?」といったが、どう見てもそうらしい。趙曰く「僕が韓国にいたときは、日本人はみんな協調性があって、迷惑をかけないというイメージがあるけど、最低限君を見る限りだと協調性はあまりないような気がする」…いたって失礼な発言である。こんちくしょうめ。そんな僕でも一生懸命周りの人間に合わせようとするのだが、そういわれるということはそれでもマイペースなのであるのか…。そんな時遅れてきた日本の友人が「県民性の違い」らしき本をもってやってきた。僕の出身地大分県を開いてみると「大分県の男性は協調性に乏しく、個性が強いため、お互いの足を引っ張り合う傾向がある」と書いてあった。趙はそれを見るなり「あ~やっぱりね」…またまたいたって失礼なリアクションである。しめ鯖にしてしまうぞ!!趙は韓国にて日本人のイメージをいくつか持っていたようである。おさらいしてみると1.協調性があり、他人に迷惑をかけない2.男性も家事を手伝い、割合男女平等である。3.性文化、恋愛に対して相当開放的である。であるようだ。しかし趙を含めた韓国友人の僕へのイメージは1.ものすごいマイペースで、自分のリズムに他人を巻き込む。2.家事をせず、料理も出来ない。3.せっかちであり、熱くなりやすい。である。マイペース言ったら僕は父親にかなわない。何せ自分の社長も自分のリズムの管轄下においてしまうほどである。そしてせっかちも父親にはかなわない。他人を10秒として待っていられないほどである。とにもかくにも外国の友達は僕を見ると自分の日本人へのイメージが違っていたと話してくる。ふん!!悪かったなである。どうせ男性の半歩後ろを歩く女性が一番いいと思っていて何が悪い?ちなみにふてくされてはいない。これらイメージがあるのか、中国に住んでいても韓国の友人から日本について聞かれたことがあまりなかった。何せ一時期「日本人の面をしたをした外国人」があだ名として事実あったほどであるのだ。そうである。中国でもすごいマイペースであったようだ。ただし僕は勢いに任せて他人を巻き込むことはあまりしない。冷静なときでもそれがモロに出ているらしいのだ。人間無国籍でいいじゃないか~。
2005/01/23
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昨日韓国の友達&日本の友達でお酒を飲んだときのことです。韓国の友人(趙、仮名)が子供の行事について話し始めました。趙「韓国では満一歳になったら、トルがあるんだけど、日本では何か行事があるの?」僕「日本では満一歳になったら、お餅を背負って歩くんだよ、もし歩けない赤ちゃんなら、お餅の上に立つんだよ。俺は歩けたからお餅を背負って歩かされたって、母親が言ってた。」日本人一同「それはない。それどこの風習だよ?」僕「え???????これって日本の風習じゃなかったの?」日本人一同「そんなの聞いたことないよ。一歳になったらお餅を背負ってあるくなんて。」…そんなの知らなかった。25年間このことは日本共通だと思っていたのに…、まさか違っていたとは思わなかった。日本では満一歳になったら、何か行事ってありませんでしたっけ?
2005/01/22
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海外にいると日本人ではないと思われた方も多くいると思われます。僕もその中の一人です。しかし僕の知り合いの叔父さんは子供が生まれるからと病院に行ったら看護婦さんから「奥さん日本人ですか?あなた日本語分かりますか?」と真顔で言われたり、北京である日タクシーに乗ったら、運ちゃんから「お前どこの少数民族だ?」と真剣に言われたりとか、ま~そんな人もいますが。例えば中国人から見た日本人の外見は戦時中の日本兵みたいなものだと多く聞きました。背が低く、きゃしゃな体格だそうで、雰囲気もどことなくおとなしめだそうです。韓国の友人が話していた日本人の外見も似たようなものだそうです。だが僕はあまり日本人だと思われなかった。っていうか日本人にも外国人だとずっと思われていた。ある日タイの友達と一緒にお酒を飲んでいて、同席していた日本人と話していたら「日本語上手ですね。留学されていたんですか?」と聞かれるし、知らない日本人と一緒にバスケットをしていたら「ア!!日本人だったんですか?」といわれてしまった。…って言うかプレー中ずっと日本語で話していただろう…!!大学4年生の秋、授業中生徒の意見を聞きたいからと韓国人留学生に意見を求めたことがありました。全ての韓国人学生が言い終わると次に指名されたのが僕。僕が終わると先生が「じゃ~次に日本人学生の意見を聞こうかな…」一瞬クラスが凍った…。そしてみんな「先生~、彼日本人なんですけど…」先生「え?韓国人学生じゃなかったの?」…っておい!!お前半年俺の先生やってそれはないだろう!!僕の大学の周辺には多くの朝鮮族経営の店がある。日本人と韓国人がいくら似ていても服装、雰囲気で違いがあるため、彼らも日本人には中国語、韓国人には朝鮮族語(…あいつらのって何語だよ?)でやり取りをする。僕は一度も中国語で話しかけられたことがない…。全て朝鮮族語である。なのでこちらから「僕韓国人じゃないから分からないよ」と言って初めて中国語でやり取りすることが出来るのである。しかも何度言っても分からない人もいたが…。以前ある朝鮮族の食堂(甲乙)に2名の日本人、2名の韓国人と一緒に行きご飯を食べた。そこの女店長が出てきて日本人には「マシッソヨ?」と聞き、日本人には「好吃口馬?(口と馬で一つの漢字。おいしいですか?という意味)」と聞く。そして僕に「マシッソヨ?」と堂々と聞いてきた。その場にいた韓国人は大爆笑。僕は正にオリボリ状態であった。最近では新大久保で有名なある宗教団体の面々にも普通に韓国語で話しかけられてきて来る始末である。その他にも去年の秋。韓国の友人の誕生日会に出席した。一時間ぐらいして一人の韓国人が送れてやってきた。友人がその人に僕らを紹介して行ったのだが、その人は他の日本人には「こんにちは」と挨拶すると僕には「アニョハセヨ」と言う。友人が「彼は韓国人じゃないよ」と言うと、その人は間髪おかずに「じゃ~在日の方ですか」おいおい~。韓国人じゃないって言ったら何で突然人の顔見て在日に飛ぶんだよ~。うそのような本当の話。本当に本当の話である。まだまだ紹介しきれないくらいである。いつになったら生粋の日本人に見られるのだろうか…。
2005/01/19
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日本では中学生ごろになるとみな反抗期に入ると言われているが、僕にとって韓国人の反抗期と言うのがいまいちぱっと来ない。儒教の国とかそういうものではなく、単に見たことがないのでイメージがわかなかったのである。僕が中国で出会った韓国人の中で「父親が嫌い」という友人は多くいる。僕の最後の同室も父親が嫌いだと言った。彼の父親は大の酒好きである。松竹梅一升も水のように飲み干してしまうほどの酒飲みである。僕が韓国旅行の際、せっかく家に泊めてもらうのだからと彼の父親のためにと日本酒を持っていったのだが、同室から受け取ってもらえなかった。よって同室もあまり酒が好きではない。自分の父親が大酒のみと言うのが嫌いなのだといっていた。彼自身も飲めないことはないのだが、あまりたくさん飲もうとはしない。一番初めの同室も自分の父親が大嫌いだと言う。彼の父親は金銭主義らしく、彼が小さいときからお金のことで母親と毎日のように夫婦喧嘩をしていたからだと言う。彼自身も今お金に対して執着心を持たないようにしているようだ。僕自身は父親の影響か家族より仕事が重要だと言う人は好きではない。どちらかと言うと険悪感さえ覚えてしまう。逆といっては何だが父親が好きだと言う友人はほとんどいない。僕の記憶があっていれば一人もいなかったような気がする。どの国でも父親に対する反抗というのは共通のなのだろうか
2005/01/18
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先週末数名の韓国の友人と一緒にご飯と酒を食らっていたが、そのときの席にて酒の肴として仮想ゲームがあった。題して「もし日本人がこうだったら」日本人と言うのは一般的な国民性の面から考えた偶像である。一 日本男性がロマンティックだったら。 僕はこの言葉を聴いたとたん、横浜の港にて「君の瞳はあの星よりも奇麗だ」とでも言いそうな30年前の古い台詞を思い出してしまった。ただロマンティックはちょっと難しいだろう…というか想像できない。二 日本女性がみんな整形したら。そうだったら一体どのような美顔を追求していくのだろう か?だが僕自身整形反対派なので、これも想像しにくい。三 もし日本に徴兵制度があったらこれに対しては男になるとかそういう観点ではなく地震大国日本に住む人間に対してやはり必要なものではないかと思う。主に震災に対して生き延びるための知恵は必要なのかなと思う。かといって自分が今何か出来るわけでもないが。あといろいろ話したがほとんどはどうでもいい話だったような気がする。
2005/01/17
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去年2月に韓国旅行に行ったとき、一度だけ中学校の卒業式を見学したことがある。何故一介の日本人旅行者が他国の卒業式に行ったのかというと、宿泊先の友人の従兄弟の卒業式があったので、一緒に行ってみることにしたのだ。卒業式を見てみて驚いたのはテンションの違いである。卒業生も在校生も大盛り上がりであった、だがその一方会場は無駄話で相当がやがやしていた。正直なところ日本の中学校で在校生がココまでうるさくしていたら、卒業式終了後先生から説教されるのではないかと思う。事実僕が中学生の頃卒業式のときおしゃべりが多いと言うことで、式終了後1時間以上説教させられたのを覚えている。この卒業式を見たとき、僕の中にある一つの疑問が解決したように思えた。その疑問とは僕自身の大学の卒業式である。卒業式のとき関係のない韓国人留学生までもが、大いに盛り上がり他の韓国人留学生を祝福していた。だがちょっと度が過ぎたためか一部留学生は気難しい顔をしていた。なのでこの中学校の卒業式を見たときに「あ~なるほどな」と思ったのである。話は変わるが、卒業式終了後僕と友人はただ飯をいただきに行った。ただ飯とはその卒業した友人の従兄弟一家が昼食に誘ってくれたのである。正確な言い方をすると「ただ飯にありつけるから、一緒に俺の従兄弟の卒業式に行こう」と言うべきであろう。友人の叔父の車に揺られること10分、僕らはホテルに到着し、2回にあるバイキング式のレストランに行った。友人の叔母は「たくさん食べてね」と言ってくれた。それじゃ~適当にとお皿におかずを載せだした。同席していた友人の従兄弟の弟(同じく従兄弟)も相当のおかずを引き下げ凱旋してきた。なぜか彼は僕に対して食べ比べと言う意味で挑戦しているようであった。友人が「従兄弟がそう言っていた」と教えてくれた。僕には勝負するという気はないが、もともと僕は中学生のとき相当数食べていた。回転寿司では毎回30皿を軽く平らげていた人間なのだ。(おかげで姉からエンゲル君と呼ばれるようになった)結局のところ、僕が勝った。ま~どうでもいい勝負である。しっかし、卒業式の盛り上がりと言うのはすごいものである。僕にはすでに関係がなくなってしまいましたがね。
2005/01/14
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先日紀伊国屋書店に行ったときの事だ。中国語の参考書を買おうと思い、中国語のコーナーに直行。参考書を見ていると、韓国男性と日本女性のカップルが中国語コーナーに来た。すると中国語の参考書を開き女性「中国語って韓国語と比べるとたいしたことないよね~」男性「そうだね。」女性「私中国語って嫌いなのよね。何かうるさいし…」とわざわざ参考書を見ている人々の前でさんざん中国語は下等生物が勉強するものだと言わんばかりの台詞を吐き、どこかへ出て行った。もちろんその後皆さんの雰囲気が変わっていたのは言うまでもない。そして僕は韓国語コーナーにも行ってみた。するとなんと今度は中国男性と日本女性のカップルがいた。二人は韓国映画の雑誌を手に取り女性「韓国映画って誰でも死んじゃうんだよね。見ててすっごくうざったい。あんなんで感動できないわよ」男性「中国映画の方が人間的で面白いですよ」女性「友達が私の部屋に来て、私にも見せたけど最悪だった。やっぱり中国映画のほうがいい」男性「ははは~」…こらこらお前ら~。言ってはいけないとは言わないが、場所を選べ~。場所を。中国語コーナーと同じで、当時そのコーナーにいた3名のおばちゃんは横目でその二人をにらんでいたのを僕は見逃さない。その日中カップルや日韓かプル以外でも、外国人と付き合うのはステータス何だと見せ付けるような人がいる。でもはいはいって感じがする。仲がいいのはいいがあまり人に見せ付けないこと。
2005/01/13
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今日ケーブルテレビを見ていたら、李王朝最後の皇后が日本人だと言うことを初めて知った。この李方子こと梨本宮方子は中国ラストエンペラーの弟溥傑に政略結婚させられた嵯峨浩よりも20前ほどに李王朝に嫁いだそうだ。この李方子は15歳のある日新聞を見たら自分が李王朝垠皇太子との結婚を報じられていて、その時初めて自分が嫁がされることを知る。その後19歳で垠皇太子に嫁ぎ子供を授かります。しかし運命のいたずらか、その子供も早くに他界してしまいました。一説によれば韓国側、もしくは日本側が暗殺したともありますが、今は迷宮入りしてしまったことです。その後二人は歴史の濁流に巻き込まれた人生を送ります。72歳で垠がこの世を去ると方子は福祉に生涯をささげるようになった。そして20年以上も資金集めのために両国を往復したそうです。僕は方子の存在を知り、同時に二人の間には強い絆があったのだと思った。溥傑と浩のように運命に翻弄されながらも強くつながった、そんな仲だったのだろう。さもなければ自分の夫の国のためにココまで尽くすこともなかっただろうと思う。この方子も浩と同様軍隊による政略結婚だったのだろうと思う。事実この二人の夫は青年期日本に来て帝国教育を受け、同時に軍隊教育も受けている。だがこの二人と、二人の日本人女性をつなげたものとは何だったのだろうか?おそらく本来は結婚したいとは思わなかっただろう。だが実際本人に会って相手に引かれ、両国のために尽くしたいと思うようになったのだと思う。この方子は正に現在の日韓カップルのさきがけ、そして模範だと思う。僕はこの友好年を機に二人の映画を作ってほしいと願うのであった。
2005/01/11
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「パッチギ」という映画を上映するとTVコマーシャルで見ました。「GO」や力道山を含め最近在日韓国、在日朝鮮人を描いた映画が多くなりましたね。んでどうでもいい疑問ですが、外国で命を懸けた日本人の映画ってあまりないですよね?去年「流転の王妃、最後の皇弟」がありましたが、それ以外でほとんど記憶にないような気がします。しかし外国に残って生涯をささげた人だってたくさんいます。例えばブラジル移民者の方々。先年他界された北京中日友好病院の葉先生。その人たちの生涯を描いた映画があってもいいとお思う。今までそういうのはあったことはあったが、どちらもドキュメントや長編ドラマのような感じで、多くの人に対して語りかけるには映画に到底及ばない。在日の人々や、感動恋愛映画もいいが、時々自国の人間についての映画があってもいいんじゃないかなと思う今日この頃。…北京にいた頃は葉先生にはお世話になりました。改めてご冥福をお祈りします。
2005/01/10
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こんばんは。今日靴が古くなったので新しい靴を買いに行きました。いつも通り28センチの靴を頼んで履き試し。なんと28センチが入らない!!入る頃は入るんですが、つま先がいっぱいなんです。他のメーカーの28センチの靴を履いても入らなかった。なので28,5を履いたらちょうどよかった。え?25歳になって足が大きくなってる!!実は僕22歳のときにも背が大きくなったことがあります。成長が遅いのだろうか?確かに歯とかが普通よりも多少遅れているらしい。乳歯も高校生のときようやくなくなったほどである。靴も28センチは探せるが、8,5になるとなかなか見つからない。専門店に行けばあるが、普通の靴屋では28が限界である。実は僕日本で服を探すのも一苦労である。僕は上着がXLもしくはXXLでなければ入らない。日本サイズのXLでも肩幅は少しきついと思うときもあるのだ。以前イギリス製のXLの服を着てちょうど良かったこともある。去年韓国に行ったときかXLの服を買ったが、それはちょうどよかった。確かに韓国の服は日本よりも大きめだと思う。中国のXLは肩幅がきつくてたまらなかった。今も友達から韓国製のXLの服をもらうときがあるのだが、僕にはちょうどいい。しかしこの年になってまだ足が大きくなっているとは…。
2005/01/09
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「テ~ハミング!!ジャジャンジャジャンジャ」といえば日韓WCでよく聞かれた音頭(?)である。日本のニュースでは新大久保にてもこれがよくうたられたというニュースを見た。もちろん僕がいた北京でもWC中はよく聞いたものだ。うちの大学にはおよそ2000近くの韓国人留学生がいた。よってWC期間中は本当に大変だった。韓国が初戦にてポーランドとアメリカを破った日の夜どこからか「テ~ハミング!!~」と聞こえてきた。初めは気にならなかったのだが、ポルトガル戦を過ぎた頃からすごくなってきて、中には深夜2,3時くらいにも集団で歌っていた奴もいた。だがこれほどの人間が時間かまわずにやっていては周りの人間はストレスがたまる一方である。そして事件はやってきた。イタリアの自滅にて韓国に敗れた日の夜おそらく1000名は越そう韓国人留学生がある道に集まったのである。そして集団で車を止め、道を止め勝手に「テ~ハミング」をはじめてしまったのである。僕はたまたま飲みに行こうとしたらその集団に遭遇した。近所の中国人は深夜に何が起こったのか?とみんな窓から出てきたのだが、留学生は興奮しすぎてしまって、さらにエスカレート!!とうとう交通量の多い道にまで繰り出して、道をふさぎ行進を始めてしまった。さすがに警察が来たのだが怖いものなしとまったくとめる様子がない。挙句の果てに「俺らは中国の警察まで止めたぞ!!」と中国語で叫ぶ奴もいたほどである。それが原因だったのか一部住民が留学生めがけて花瓶を投げ出した。学生には当たらなかったがもしあたっていたら大変なことになっていた(住民が大変)。結局この行進は3時半ほどまで続いたと思う。でもあの様子だと暴動を起こしかねないほどの雰囲気であった。近場のホテルも一部入り口を封鎖してしまった。細かく言うと大学西門からホテルに入る小道である。スペイン戦の後も似たようなことがあり、サッカーに興味のない学生はみな迷惑をこうむったと言う。当たり前である、もうすぐテスト期間に入る時期にやられたのだから…。個人の話をすれば、この同時によく韓国人と喧嘩した。僕はスポーツになると日韓友好でも日中友好も一瞬で吹っ飛ぶくらい熱くなる。普段は温和でおとなしいと言われる性格だが、スポーツになるとスラングを使って相手を罵倒するときもあるくらい性格が変わってしまう。原因はイチョンス(だったかな?)がイタリア人選手に対して行った延髄蹴りである。良くてレッドカード、悪ければ国際試合出場停止がついてもいいくらいのものである。本人も試合後故意的にやったと認めているのにFIFAは何の処置もしようとしなかったので、僕と周りの一部ファンは怒りに震えた。僕自身あのWCについて今だ懐疑的な見方をしている人間である。当時の僕は怒りに暴走していた。とにかく暴走以外何者でもなかった。ある知り合いが「韓国はスペインにも勝ったんだぜ!!日本は一回戦止まりだな。力の差がついたな」といわれたときには回りが韓国人だらけにも関わらず「は?審判に賄賂贈ってんじゃねーよ、このタコ!!」と平然といったことがあるくらいであった。当然周りの空気が変わったが、かかってくんならかかって来いよとすら考えていた。今はもうどうでも良くなってしまったが…。
2005/01/07
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昨日友達と一緒にご飯を食べました。メンバーはソウル及び京畿道の人間、全羅南道の人間、慶尚南道の人間のと僕の計7名。初めはいい雰囲気で飲んでいたんですけどね…。ソウル人の「ソウルはね…」から始まってしまいました。周りの人間が「ソウルが何なんだよ」と猛反発。するとソウルの人間が「プサンとかさ~、男ってみんな自分が男っぽいって思ってて嫌なんだよね」とまた反撃。およそ20分間ほどのプチ戦争が勃発。その横で、僕は日本に来たばかりの中国人趙(仮名)と電話で会話。趙「今日嫌なことがあったよ」僕「どうした?」趙「今日北京の友達と喧嘩したんだ。そいつ俺は北京人だって威張り散らしているんだよ」僕「って言うかさ、君たち東北人と北京の人って仲が悪いんだよ?俺も北京でそういう喧嘩たくさん見たよ」趙「そしたら、北京人は頭がいいからすぐに日本語を覚えられるんだよ。お前はまだひらがなもまともに読めないだろう?ってまじむかつくよ」僕「今俺の隣で似たような喧嘩をやってるよ。ったく…。」どこの国にもありますね。国内喧嘩。日本だとあまりそういうのがないような気がします。でも「とんこつラーメンってあぶらっぽうからまずそう」と聴いた瞬間はちょっとカッチーンと来ましたけどね。プチ戦争に話を戻すと、男の話題を出し合うのはちょっと面白かったですね。ソウル側は向こうの男は勝手に男らしいと思ってるから嫌だと言えば、プサン側はソウルの男は軟弱で頼りない!!女のかばんを持ってるなんて、女がやることだと、その場にいた男女がみんな同じことを言ってるのが面白かった。
2005/01/05
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ちょっとこれ僕の友人が僕に言ったことなので、これという証拠はありませんが、あまりにも聞いた数が多いので、ちょっとどうかと思うので日記にしてみました。海外に出ている日本女性ってすごく人気ありますよね?今では韓国男性と日本女性が一緒になるケースとか…。僕が留学しているとき多くの黒人はみな日本女性と交際していたり、交際を迫ったりしていました。それで僕が聞いたり相手が理由を言ってきたりすることがあります。何故日本女性と交際するのか?「日本女性って怒らないでしょ?怒っても泣くか、黙り込むだけが多いでしょ?でも中国とか韓国とか、欧米の女性って怒るとすごい怖いんだよね。」…ってこれ何なんですか?日本女性って甘く見られてます?僕の周りでも怒ると怖い人はたくさんいますよ。確かに多くの国の女性は怒ると怖いと思いますよ。でもそれだけで日本女性と付き合うのはあり?去年メディアとかで日本男性は韓国男性に比べて軟弱とか、ロマンティックじゃないとかぼろくそに言われてきましたけど、そう日本女性を見る外国人が結構いるのって日本人かなりなめられてる?日本人怒ると怖いよ(インド人うそつかない風に)というか外国人にとって日本人の印象って何なんだよ?
2005/01/04
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新年初日記です。よろしくお願いします。さてさて、中国で知り合った韓国の友人と離れて約一年が過ぎようとしています。日本に帰り早速就職活動。仕事が見つかり、一人暮らし&仕事と決め込んだはいいが、僕も人の子。友達にどうしても弱音を吐いて頼りたくなるときがあります。僕の性格って女性に弱音って絶対はけないんです。僕の周りの女性は弱音を吐いてくれるから男性が近くに感じると言いますが、プライドというものでしょうか?絶対に出来ません。よって弱音を吐くのは仲のいい男友達だけになってしまいます。僕が中国留学にいた時、苦しくなると時々弱音を吐ける韓国人がいました。以前日記に書いた最後の韓国人同室と年上のヒョン(年上だから当たり前?)です。同室といっても実は僕より一つ上。しかし韓国の風習抜きに交流を始めたので、特に完全なる韓国流儀を貫くということはありません。普通人間って年を重ねるほどに弱音を見せなくなるものですよね。でも僕は小さい頃から全てのことに我慢してきた人間なので弱音を吐くよりか、吐かれる側だったので、弱音を吐くことなく成長してしまいました。中学生のとき友人がいじめで自殺した時はすでにそういうことが出来なくなっていました。周りに弱音を吐ける友達がいても、自分が弱音を吐いてはいけないと気張ってしまい今まで悩み事などを打ち明けたことはまったくありません。なので中国にて本当に仲がよく、弱音を吐ける人間にあって、今までの鬱憤が爆発したように弱音を吐いてしまうようになりました。もちろん怒られることがほとんどなのですが、今まで我慢してきた分なかなか止まることがありませんでした。でもなぜか知らないが、そいつに怒られると知らないうちに落ち着きます。おそらく初めて怒ってほしい人間に出会ったのかもしれません。日本に帰ってしまった今そいつに弱音を吐くことは出来ません。僕が帰国するとき立派な人間になると約束したので吐きにくくなってしまいました。でも一度だけそいつに弱音を吐いたことがあります。その時は今までとまったく違いました。そいつは「今まで怒って来たけど、最近自分でも俺は世の中が分かっていないのに、人に対してえらそうなことは言えないんだな」と逆に僕を慰めてくれました。僕は初めて慰められたので、おかしな気分がしましたけど、初めてきちんと話を聞いてくれたような気がしてとても落ち着きました。お互い違う環境になって、また違ういい関係になったのかなと実感したときです。男が男に慰めてもらうのは変な話かもしれませんが、同性でこういう友達がいるというのは本当に救われるんだと思います。
2005/01/02
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あけましておめでとうございます。韓国ブームに沸いた2004年が終わり、新たな一年の到来となりました。皆様また自分勝手な日記に付き合ってくださいませ。よろしくおねがいします。さてさて、今年は一体どのような日韓年になるでしょうか?昨年は始めてのブーム到来と言うことで、必要以上に熱くなってきましたからね。そして、ペヨンジュンが流行の起点となっていたためか、1.芸能界2.韓国男性3.映画4.ドラマが中心となってしまいました。其の中で多くの方が韓国に触れ、狂喜した人、失望した人と見方がいろいろ変わったんだなと思います。よって今年はメディアどのような観点の元から日韓を見るべきなのかが楽しみで仕方がないです。でもいい加減に「日韓男性比較」「韓国男性は日本男性よりも~」類のコーナーは少し謹んで欲しいものです。中国にいる僕の韓国人フレンズ達が調子に乗って大変なんです。かといって流行が去ったからクローズアップしなくなるという可能性もありますね。別にそれもそれなら好いのではないかと思います。興味なくなったんなら別に無理してとどまっておく必要もないと思いますので。それより韓国に対してあまりにも過保護的に接するほうが嫌ですから。もう少し対等…というよりかは、こちらがあまり謙虚にならなくても好いかななんて思います。謙虚は悪い言い方をすると「へりくだる」に成りますからね。さ~どうなることやら。…最近フリーページの作成も始めてみました。個人色が強いかもしれませんが、よろしくお願いします。
2005/01/01
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気が付けばすでに大晦日。今年もいろいろな事があり、いろいろな韓国人に出会いました。では僕の今年の韓国関係トップ1010位~新大久保にて食堂韓陽発見9位~友人のイギリス移民決定8位~韓国芸能人訪日7位~友達のサムソン入社6位~もと同級生の日韓カップル結婚5位~元韓国人ルームメイト彼女と別れる4位~僕が好きだった女の子と別れる3位~初めて韓国の地を踏む2位~日本にて韓国の友人できるそして栄えある第1位は…1位~日本帰国10位「新大久保にて食堂韓陽発見」いや~よかったですね~。ある日用事があって新大久保に行き腹が減ったので、飯を食おうと言ったら、その友人が韓陽に連れて行ってくれました。考えてみれば日本でまともに韓国料理を食べるのは数年ぶりだったんですが、味もなかなか、値段もそこそこでその日から大久保でご飯を食べる時はいつもそこに行っています。中には僕を覚えてくれた店員さんもいます。年始にまた行こう~。9位「友人のイギリス」先日の日記にも書きましたが、本当に突然でした。前々から韓国なんて大っ嫌いだ~!!と言っていた奴でしたが、とうとう決めてしまったんですね。移民したら、僕を招待してくれると言っています。出来たらチケットもお願いな…。8位「韓国芸能人訪日」今年はこれに始まり、これに尽きた一年であった。というかペヨンジュンが始めて成田に着いたとき、あのフィーヴァーぶりを見て、本人引いていただろう?2回目は成れたようであるが…。さ~来年はどうなるか?7位「友達のサムソン入社」おめでたいな。この入社試験には5名のソウル大学在学中の僕の友達が参加した。残念ながら合格したのは2名だけ。でもその他3名もそれぞれ就職が決まりました。6位「もと同級生の日韓カップル結婚」もしかしたら、本人が日記を見ているかもしれないから。改めておめでとう~。でも何で日本で結婚式やらないの?5位「元韓国人ルームメイトが彼女と別れる」韓国人と彼女のインドネシア人両方とも知り合いでしたので、交際にもびっくりしましたが、別れにもびっくりしました。彼女の方が突然完全帰国してしまったし、彼女側の両親の反対もありそうなったようです。4位「僕が好きだった女の子と別れる」…ノーコメント3位「初めて韓国の地を踏む」2004年2月6日に初めて韓国の地を踏みました。韓国は…と言うより人に会いに行ったようなもんですから。でもうまいものもあり、楽しいこともあり、同室とは勿論けんかもして、充実した一週間を送りました。とりあえず、道端の屋台にはまった。おでん、トポッキなどとにかく食いまくった。でも男友達と一緒に行動したので、やはり色気より食い気!!楽しかった。来年また行こう~。ソウルの本屋で友達とばったり会った時思わず僕「あれ?何でここにいるの?」友人「え?それって私のセリフじゃない?」僕「あ、うん。それもそうだね」当たり前である。2位「日本にて韓国の友人できる」今年はこれで救われたところが大きい。日本に来て、失礼ながら当初は日本人自体に慣れていなかった時、友達とかの紹介で多くの韓国の人と会い、友達になった。来年は数名国に帰るのが、残念だが…。1位「日本帰国」親しかった友達と別れるのは、とにかくつらかった。結果日本で新しい友達に知り合えたのは大きいのだが、以前の友達と分かれるのはもっとつらい。今まで作り上げた周辺の人間関係がまったく変わってしまうから…。でも別々になってから、お互い見えてきたところがあるのは大きい収穫で、それでもうれしいことを言ってくれると、さらにそいつを信頼してみようと思ってしまうのだ。韓国に行けばまた会えるからね。さてさて来年の2005年はどのような僕と韓国の一年になるだろうか。
2004/12/31
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さっき初めの韓国人同室とチャットをしていたら、突然移民決定したと言ってきた。彼はもともと韓国が嫌いだと言っていた人間であり、彼の家族もみなあまり韓国が好きではないらしい。ここ数年韓国では移民する人が多いらしい。これは一体何が問題なのであろうか?よく取り上げられる理由としては1.社会や政治への不満2.生活方針の多様化3.教育への不安がよく取り上げられている。2000年以降毎年4万3千人の韓国人がアメリカへ移民しているようである。カナダへの移民者も相当数である。ここで過去と今まで違うのは裕福になった後での移民である。過去の移民といえば貧困から抜け出すための手段であった。今インドネシアやタイでは相当数の中国人がいる。インドネシア華僑のほとんどは福建省。タイ華僑は広東省と比較的貧しいところから来ている。韓国ではいまだに財閥社会が色濃く残っていると聞く。そして国自体がそう広くないので、移民する人間が出てもおかしくないのかもしれない。僕自身の考えだが、日本でも10年後くらいから移民者が増えるのではないかと考えている。理由としては1.社会や経済への不満2.観念の変化3.仕事への要求の変化4.教育要求の多様化がである。1は今でも挙げられる問題であり、正直どの国でもあるものだ。しかし不思議なもので、自国よりも他国の方が良いと思う人が多い。僕自身も多少その考えがある。その国に生まれて育ったわけではないのだから、そう思うだけであるだろうが。2は留学に行く人間が増加したことで、日本にとどまる必要があると考える人間が少なくなるのではないかと思う。3は外国語を勉強しても日本だと賃金の安い外国人に任せられてしまうので、それならいっそのこと外国の現地採用になり、現地で仕事をしていこうとする人間がこれから相当数増加していくのではないかと思う。事実現在僕の周りでも相当数現地採用で中国で働いている。中には夫婦そろって現地採用で暮らし始める人間もいる。4は正直言ってあまり大きな理由の一つにならないと思う。一般的に日本人は慎重であるが、言い換えれば臆病である。今の生活を捨てて未知な外国生活を送る家庭がそれほどあるとは思えないが、外国経験がある家庭なら、その可能性もあるのかもしれない。だがここで一つ何故欧米に移民が目立つのであろうか?欧米からアジアに現地採用の身分で滞在する人間も多くいるが数を比較すると圧倒的に違う。僕の友達のアイルランド人は中国に留学して、卒業後中国人と結婚して今は北京で生活しながらcctvの英語番組の講師をしている。ちなみにそいつが髪が薄くなり始めたので髪の毛を短くしたのにはビックリした。(笑えた)そう欧米からアジアにこうして滞在しているのはあまり多くはない。もう一つ以前移民というのはある一種逃げの選択だと思っていた。でも最近は別に逃げでも何でもないんだと思うようになった。ちなみにその韓国人の友達はイギリスに移民することとなった。イギリスもイギリスで韓国とは違う大変さがあると思うが、うまく生活してもらえればと思う。
2004/12/29
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軍隊に行けば性格が変わらないものはいないと聞いていた。僕も現在の30歳以上の韓国人を見てそう思うことも少なくはなかった。でも…性格というものはやはり変わらないのかもしれない。僕が中国にいるとき同じ年の韓国の友達がいた。そいつはボンボンでとにかくわがまま。人に対しても嫌なら無礼な言葉も平気で投げかけることも少なくはない。思想は自分の考えは正しいと思い込んでいる。しかも金使いは荒いと来た。今そいつは兵役中である。兵役に行くと聞いて、人への言葉の配慮がよくなるかなと心底期待していた。だがある日、一番目の韓国人同室がMSNで呉(仮名)「李ヒョン(仮名)には失望しました…」僕「どうした?」呉「僕は今度兵役の代わりに鉄道管理員になりますよね?」僕「うん。そうだったな。」呉「このことを李ヒョンに言ったら、あんなのは人間のやる ことじゃない。人間以下のやることだよといわれたんで す」僕「あ?あの馬鹿まだそんなこと言ってるのか?」呉「はい。誤ってもらうまで、李ヒョンと話したくありませ ん」…とそんなことがあった。しかもそいつは兵役に行く前、行きたくないので偽造入院をしたことがあるのだ。なのに…いくら友達といえど、そのことには僕も怒り心頭であった。2年前ある41歳の韓国人と出会った。その人曰く「今の韓国の軍隊も軟弱になったものだ」僕は軍隊が軟弱になったとかではなくて、軍隊教育も家庭教育にはかなわないものだと思う。三つ子の魂も百まで…ってか。
2004/12/28
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1.出生の秘密2.不倫3.三角関係4.病死(とりあえず誰か死んどく)といえば韓国ドラマに最低限必要な条件である。僕の友人曰く人間関係がどろどろするほど面白いらしい。…んなピン子を見てるわけじゃないんだから。それで出生の秘密で他人と分かったとたん兄弟が恋に落ちるものもありますよね?ていうかこれ近親相姦じゃないですか?そんで不倫って他人に恋心抱きすぎじゃないですか?一途に恋をするといいつつ、この結果ってあり?それで三角関係。これで僕は半年間韓国人の友人に苦しめられてきた。何がって?それは愚痴さ。言いたくなったら真夜中3時でも普通にやってきて、悩みを聞いてほしいという。おいおい~眠いんだよ。しかも三角関係の中になぜか知らないけど俺も入ってんだよ~。それを知らないのはお前だけなんだよ~。最後に死亡物。これあのよくありますけど、結構拒否反応を示す人もいるんじゃないですか?そんな死んだ後に感動を求めるって、他に方法はないんかい?ちなみに僕の韓国の友人に何でこの4つが多いのかね?と聞いたら「それって監督自体が恋愛経験がないんじゃない?」でした。もしかもしたら…かも。
2004/12/27
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今更言うことではないが、韓国では「ヒョン、オンニ、オッパ、ヌナ」と言う呼び方があります。昔自分がこう呼ばれようとは思われていなかったし、呼ばれても…と思っていた。そんなある日。あるクラスメイトの韓国人が僕をオッパと呼んできた。自分で言うのもなんだが僕は結構恥ずかしがり屋である。そういわれた瞬間鼻はさすって苦笑いのように笑ってしまった。でもとてもうれしかったのである。それから勝手に僕は彼女に対して守るべきものという責任感が生まれた。彼氏とかそういう次元のものではなくて、一人の人間に対して守らないといけないと言うものなのだ。以前にも紹介したが、一人目の同室にも「ヒョン」と呼ばれたころから同様なものが生まれたんだと思っている。最近は彼らが風邪を引いたとか、会社がつらいとか聞くと勝手に兄貴面している自分に気づく。中国人の友人にも「兄貴」と呼ばれたときにも同じ気持ちになったものだ。…俺って結構単純なのかな?(笑)
2004/12/23
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2月に僕がルームメイトの家にお邪魔したのだが、彼の部屋には辞書のように分厚い本が三冊ほどおいてあった。僕がこれ何?と聞くと一族の歴史書のようなものだと言っていた。友人は長男であるために父親よりこれを渡されたと言う。一番目のルームメイトの家にも同様なものがあるという。僕の母親の実家は「日本の名族」の書物にも乗っている一族であるがこれほどのものはない。ずっと昔家系図の腐食が激しく、完全に再現し切れなかったので不完全ながら残された現家系図しか残っていないと聞いたことがある。正直これほどのものがあるのは驚きである。歴史好きな性格が影響したのか自分の家であろうが、他人の家であろうが、家系図と言うものに目がない。言葉さえ分かれば一日中それを見ることが出来る。事実小学2年生の時母親の実家で祖父に家系図を見せてもらってから、一週間一日中ずっと見ていたことがあった。いつか韓国語が分かれば韓国の家の家系図も一日中見てみたい。
2004/12/21
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韓国男性と一緒に遊んだり、その他の韓国人と知り合うとどうしても軍隊話が出てくる。友人は最初に会った人でも軍隊の話だけで親しく慣れるとか言っていた。確かに日本には徴兵制はないし、本心から対立している民族と言うのもない。だから韓国人から言わせれば軍隊制度のない日本なんて…と思うかもしれない。しかし徴兵制を敷いているのは何も韓国だけではないんだよ。逆に徴兵制のないほうが少ないんじゃないかなって思う。タイだって徴兵制あるし、ミャンマーとのわだかまりも今だ存在する。そしてベトナムだって韓国へのわだかまりが存在する。こう言っては悪いかもしれないが、軍隊話をするのは韓国だけではないかと思う。僕の知り合いのタイ人だってタイの海軍出身である。前にも書いたが湾岸戦争参戦暦のあるイタリア人の知り合いだっているが、彼らはめったに言わない。それに東欧とか行けば軍隊話や戦争話をされるのも嫌な人だっているだろう。事実ある韓国人の友人が東欧出身者の僕の友達に韓国の軍隊話を持ちかけた。やたら軍隊はすばらしいだの一度は行くべきだなどと言ったので、その瞬間その東欧の友達は血相を変えた。彼は15歳のとき国の内戦が原因で目の前で自分の両親が殺害された経歴があり、そこから天涯孤独なのだ。そこにそういう話を持ってきたのだから怒るのも無理はない。戦争や軍隊についてその友達が一枚も二枚も上だったのである。他にも僕のセルビアモンテネグロ(旧ユーゴスラビア)の友人だって、クロアチアの友人だって戦争や軍隊についてあまりいい顔はしない。彼らだって民族紛争で大変な苦労をしているのである。ある意味冷戦状態の韓朝よりも大変なのかもしれない。なぜなら自分の身で知っているからである。僕は戦争や軍隊のことについて何にも知らないが、軍隊に行くのは人間的にすばらしいみたいなことだと言われると少々疑問を持ってしまうのだ。さっきの東欧の友達のこととか、他にもそういうようなトラブルもあったから、すごく複雑である。
2004/12/20
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