2023年12月 父の病気が発覚
2024年 1月 約15年勤めた会社を辞めて 特許事務所に転職
2024年10月 最愛の父が他界
2024年12月 所属特許事務所が閉鎖
あっという間の1年でした
心がけたこと
1.自分の心を守ること
2.子供たちに愛情を注ぐこと
3.与えられた使命に対し全力を尽くすこと
4.無理しないこと
2023年12月の最終出社日は
私が大好きな 職場の女性たちが見送ってくれました
上司も同僚も明るく壮行会をしてくれました
とても心が温かくなり
つくづく恵まれていると感じた矢先に
父の大病が発覚
晴天の霹靂 とは こういったことを言うのだと
頭がクラクラする中 自分がしっかりしないとと
とにかく 自分はしっかりしないとと 思いました
父は最後まで素晴らしい人だった
本当につらいだろうに
決して乱れることはなく
最後まで 生き続けることが今の目標と
目も閉じたままメモに書き
生き抜き 静かに 息をしなくなりました
この文章を書いている間も 涙は勝手に流れてきて
父の存在がどれほど大きなものなのかということを
感じます
でも
所属事務所の倒産は
父の亡くなった後で良かったな とか
おととし祖母が亡くなった後に
父の病気が分かって良かった とか
そんなことを思いつつ
物事の順番はうまい具合に決まっているのだろうと
思うのです
父は素晴らしい人でした
もっと一緒に子供たちの成長を見ていきたかった
母が24年前に他界し
父は一人で 両手ではあふれる数の孫たちに
普通の人が注ぐ量をはるかに超える愛情を
注いでくれたのでした
30代の体力を持ち
両手と背中に孫たちがぶら下がっても なお
ニコニコと楽しそうにしている父の姿が
鮮明に頭に浮かびます
あんな素敵なじいちゃんは
父以外にはいないだろうと
心の底から思います
私は父の娘で良かった
ありがとうと 伝えたい
病院の医師たちは
高齢者だから もう長くなくても仕方ないと
そんなコメントをしていたけれど
私たち子供にとっては
高齢者じゃないスーパーマンの父なので
そんなコメントにすごく違和感を感じ
完全奏功を目指していますと
本気で言っていたのだけど
ただ人間は不老不死ではない との現実が
ここにあっただけなのだと
私にも帰るところがあるのだと
なんだかずっと感じていた不安が消えていくような
そんな落ち着きをも感じます
父がいないということに比べれば
所属事務所が閉鎖して解雇されることは
蚊に刺される程度のことでしかなく
むしろ
また新しいことができるかもしれないと
社会勉強の機会だという期待しかなくて
つくづく 自分は楽観的な人間だと 感心します
2024年は激動の年でした
私なりに精一杯頑張りました
褒めてあげたいと思います
来年度は父の喜寿の年なので
父が望んだ個展を開いてあげたいと思っています
でも無理はしません
できるときにしたいと思います