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アメリカ人は何かにつけてパーティーをしたがる人種である。ここに来てから事在るごとにパーティーに参加する機会が多くなった。まずバースデーパーティー。友達や、近所の付き合いのある人、仲が良ければ同僚からでも始終パーティーに呼ばれる。日本にいたときには、滅多にバースデーパーティーをした事がなかった。大家族で育ったせいも在るかもしれないが、家族の一人一人の誕生日を祝ったのはせいぜい小学生の高学年までだった。そんなわけで、友達同士で中学時代以降にあらたまって誰かの誕生日パーティーをした記憶がない。社会人になってから極たまに私の誕生日と近い友達と一緒にのみに行って小さくお祝いをした以外は、20年近くの付き合いをしているとても親しい友達の正確な誕生日すらも知らない。また最近は認めたくないが年をとったせいか、友人知人のホームウォーミングパーティーと言って、家やマンションなどのマイホームを買った人が開くパーティーに呼ばれることが多い。そんなときのプレゼントとしては、もっぱら室内やパティオに置く観葉植物などを持って参加する。これはその人がどんな家を買ったのかが楽しみだし、センスのいい人の家ならインテリアデザインや改造のアイデアを自分達の家に取り入れるための参考となるのでとても意義あって、大好きだ。(家を買う一年前にこの手のパーティーにほぼ毎月のように同じ世代の人々から招待されて、未だにアパートに住んでる私たちは何やってんだ?と競争意識を刺激されて無理して家を買うに至ったのであった。)そして、最近やけに多いのが、ベービーシャワーである。母親が敬虔なクリスチャンだったため、小さい頃からこの慣例に付いては知ってはいた物の、いつの間にか自分の同世代の人々が子供を生み始め、(と言っても最近始まったことでもないが)今や、二ヶ月に一回は誰か彼かのベービーシャワーを開くので何処何処に集まれとか、グループプレゼントに参加しないかなどのカードが届くのである。これが来るたびに、“ああ、またかいな~...”とため息をつくのである。何しろ子供がいない私にとっては、まったく通じる物もないのに加え、更にその主役となる女性は決まってハズバンド、ジャックの友達、同僚、知人の奥さんなのである。最近日本でも結構お馴染みなったベービーシャワーは女性がもうすぐママになる友達や知人に、あれこれ必要となる赤ちゃん用具などをプレゼントすることで、今後莫大に掛かる養育費の手助けをしようとするものだ。それに加え、祝う側の人々の中にはすでに何度もお産を経験している人たちもいるので、祝われる側の妊婦さんが特に初産の場合はいろんなアドバイスを貰ういいチャンスでもあるのだ。意義在る素晴らしい習慣であることは良く分っているが、子供がいなくて、これからも生むつもりもないの私が実際にこういった場所でベテランママ達の間で繰り広げられる会話に付いていけないのは当然だ。そんな中、その全く赤の他人に対して心から喜んだ振りをして、興味もないくせにあれこれ質問したりして必死で会話をつなぐのは全く以って拷問に近い。通常ジャックがらみのいろんなパーティーに付いて行った時、彼の横にいって聞き役に回っているのだが、このときばかりは他の女性に混じって楽しそうにしていないと“まあ、私達の会話に参加しないなんて、もうすぐ子供を生むXXちゃんを祝ってあげるつもりないのかしら”と陰口を叩かれそうなので逃げ場がないのである。過去にベービーシャワーの招待状を断ったことによって、友達関係が冷ややかになったケースは数知れない。その招待状を直接受ける本人ジャックと言えば、“いくら仲いい友達だからと言ってその男友達が子供を生むわけじゃないし、第一シャワーは女の為のイベントだから全然興味がないよ~。それにもし俺たちに子供ができたと言うことになっても、車で7~8時間も掛かるところからわざわざ来いなんて頼まない。こんな制度廃止されるべきだ。”と言う。そして有り難い事に私の気持ちをよく理解してくれるため、よほど家族間でない限り、取り合えずプレゼントだけは贈ることにして、私と一緒にあれこれ体裁のいい都合を考えるのに苦労している。
2003.08.31
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先ほど電気代の請求が来て、支払いのために小切手を書きながらまたしてもあることを思い出した。(日本のようになんでも引き落としにしないのでいちいち個人小切手を送って支払いをしなくてはいけない)以前に住んでいたアパートは住宅費の異常に高いその周辺では格安であったのに加え、もう一つのボーナスが付いていた。それは、電気代だった。ご存知のとおり、通常アパートに住んでいると個人個人のメーターに従って支払いをするが、そのメーターが壊れていたのである。入居してからすぐにそれが分ったが、暫く電気会社に報告しないでいた。半年も経ってもまったく気づかれない様で、もしかしたら、以前の住人もこのことを知っていたけど黙っておいたんじゃないかと思い始めた。と言うことは、この部屋の電気代は何年もタダであるんではないか。多分こういった集合住宅だと、一部屋ごとにメーターが分かれていて、中には倉庫などの部屋でめったに電気を使わない部屋もあるので今まで気づかれずにいたのかもしれない。何時かはばれるだろうと心配はしていたが、当時、南カリフォルニア知事デイビスのおかげで電気代が三倍跳ね上がるという事態が起きたので、毎月$100近くの節約を自らの手でだめにする必要もないと判断し知らん顔をしていた。(この件がカリフォルニア住民の反感を大いに買い、これが切欠になって無能な彼を首にして新しい知事を選ぼうとなったのである)そうこうしているうちにあっという間に4年が過ぎ、家を買って引っ越すことになり、電機、水道、ガスなどすべてのサービスを中止する段階になって心配になってきた。過去4年間を遡って計算したら莫大な額になる。当時の勤めていた会社の同僚に話したところ、彼女の知り合いで、同じ状況にあった人が、メーターが壊れたことを報告しなかったのはその人の責任であるとして、過去支払われるべきであった額を計算してにしてごっそり払うよう裁判所に命ぜられたそうだ。この話を聞いて震え上がった私達はあれこれ言い訳を考えた。`ここには殆ど帰らないので電気は使わなかった´とか、`支払いを任されていた私が外国人でで、事情を知らないので電気代は家賃に含まれていると勘違いしていた′などと...しかし、引越しをする際いつまでも請求書がこの古い私達の住所に行くのも困るし、次の新しい家でも同じ電力会社を利用するためやむなくびくびくしながら電話してサービスの停止をお願いした。すると何のことはない、まったく以前の使用量がゼロに等しいにもかかわらず、何の質問もされないまま解約が成立したのであった。そして時を置いてから新住所でのサービス開始の手続きをするために電話を掛けた。念のため以前はハズバンドの名義であったのを、今度は私の名義を使った。だから彼が引越しをして何処に行ったかと言うことはその電力会社がよほど調べない限り分らないのである。が、今でも電気代の請求書が送られてくるたびにびくびくしているのである。
2003.08.30
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私にはとても理解しがたいハズバンドのジャックの趣味の一つにアニメーション・コミックがある。子供の頃はX-Menなどのいろんなアニメヒーローの雑誌を集めていたそうだ。その熱は多少下がったものの、未だにテレビのカートゥーンネットワークやほかのチャンネルで、毎晩と言っていいほどいろんなのを見ている。中には私も好きな大人向きの笑える物もあるが、殆どが、はっきりいって下らない。特に、日本のアニメを見出したときには、耳栓をしたくなる。日本のアニメの多くは胸と目がサッカーボールほど大きくウエストが手首ほど細く、足の長さが全体の二分の三ほどを占めた、こんな人間いないぞと言う女の子が出てくるケースが多く、しかもその子達は高校生以下のスクールガールばかり。そして声も甲高い声で大変耳障りである。だから、だから本当に彼がそういったのを見始めるとFMラジオでJazzやWould Musicなどを大きめに掛けてヘッドフォンで聞こえないようにしている。自称アーティストのジャック曰く、アニメーションは日本の文化の一部、こんなに素晴らしい物の価値が分らないばかりか恥とする私がおかしいらしい。彼がなぜアニメーションがすきなのかと言うのは、アートの一つと見てとても想像性豊かなところだそうだ。何がアートだか。こちらに来る前はあまり気づかなかったが、テレビを見ても、雑誌を見てもあらゆる日本のメディアには小さな漫画チックなキャラクターが沢山出てくる。それと、言葉の表現の中にも擬態語や擬声語が大変多く、一面がそればかりで活字が本当に少ない。暫く日本から離れていたせいもあるが、最近はもっと酷くなってきたのではないかと思う。この現象が、日本人の言葉の語彙がだんだんメディアの影響で少なくなっている証拠だとしたら、大変残念なことだ。いろんな人のサイトをランダムで見ていると、特にそういうのが多く使われていて、まるで子供向けのサイトを見ているようで疲れる。かなり偏った考え方だと思われるかもしれないが、多くの日本人がなんだか幼稚化しているように思えてならない。滅多に日本のテレビを見る機会がないが、極たまに、日本のドラマがチラッと移ったりすると内容が高校生以下の子供向けの物が多かったり(もちろん仕上がりは学芸会並み)その間にやっているコマーシャルも高校生くらいのスクールガールを使っている物が多い。ジャックは日本語が分らないので内容こそは分らないが、見るたびに、“ソープオペラ(お昼のメロドラマのことを英語でこう言う)のようで、ダサいね”と言っている。こういうものや、アニメーションばかりが日本の代表されるテレビ番組と思って欲しくない。私が日本にいた頃よく見ていた優れたテレビ番組や、ドキュメンタリーショウは、こちらではあまりやってないので残念だ。ジャックが日本語を少し覚えたり、いろんな日本食にどんどんなれて、私のルーツを尊重してくれるのは有り難いが、日本のおかしな部分を日本の文化としたり、ましてや感化などされないで欲しいと願うばかりだ。
2003.08.27
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お盆も明けて、日本はサマーバケーションシーズンが終わろうとしている。ここ南カリフォルニアでは夏がいつの間にか始まっていつの間にか終わるという季節の曖昧さから、クローゼットの中を日本にいたときのように夏から冬と衣替えする必要が無い。とても楽だ。さて、本題に入るとして、私の住んでいる町がロスアンジェルスから近い事もあり、観光に来る人たちのお決まりのコースは、ユニバーサルスタジオ、ディズニーランドといったアミューズメントパークに加え、時間のある人はラスベガスへ向かう。ご存知最近のラスベガスはギャンブルするだけでなく町全体がアミューズメントパーク化されていて、ショッピングで夢中になっている母親などに付いてきたや子供達も楽しめ、一週間ほどの短いバケーションで来る家族には打って付けの様だ。しかしいつも不思議に思う。何で外国にまで来てアミューズメントパークなんだ?日本に帰ったときにまず改めて感じた事は、あちこちの郊外に(結構田舎に多い)街の活性化を目的で、いろんなテーマパークが作られ、何処も週末になると人がいっぱい。それでもって入場料も家族ぐるみで行ったらばかにならない。国内の近場で旅行する際に、特に子供を連れて行く場合、それらの場所には子供向けのアトラクションが必ずあるので、毎日子育てに疲れている親としては勝手に遊んでくれるので有り難いだろうが、そういったものを大人だけで外国に来る旅行者が行きたがるのもとても不可解なのである。かれこれ四年ほど前に、日本から高校時代の親友がやってきた。同僚と二人で来るはずが一人でくることになり、出発の二ヶ月前から何処に行くかあれこれ計画を練っていた。その中に含まれていたのは、ディズニーランド、ユニバーサルスタジオ、ラスベガス、グランドキャニオンであった。やっぱり。思ったとおりのリクエストに私は、アミューズメントパークだけは勘弁して欲しいと断ったが、どおしてもユニバーサルスタジオだけ入ってみたいと言われて仕方なくOKした。そして、グランドキャニオンは良しとして、ラスベガスのような人工的な町、しかも暑い砂漠に行くなんて以ての外と断ったら、一生に一回は行ってみたい所だからと懇願され、ロスアンジェルスからの飛行機代と、現地でのホテル代を丸抱えするとまで言うので止む無く承知した。ラスベガスは実はこれが三度目で、本来こうしたすべてが作り物の場所にはまったく興味のない私の唯一のハイライトはグランドキャニオンの飛行機旅行であった。さすがにここは以前にも来たが、何度でも訪れてみたい場所のひとつであると大満足。が、しかし、私は日本からのお客さんに旅費・宿泊費を提供してもらっているお抱えのツアーガイドであることを忘れてはならなかった。ブランド物アレルギーの私は買い物大好きな彼女に付き合わされて毎日ショッピングに引き回され、夜ともなれば、室内何処でも禁煙のカリフォルニアに慣れているのに、モクモクとあちこちから流れてくる煙に巻かれながら数時間彼女のギャンブルにつき合わされるのであった。ああ、なんと言う拷問...カリフォルニアに戻ってきてからはもちろん彼女のお目当てのユニバーサルスタジオでガキ達の大軍に巻き込まれながら一日を過ごし、私の地元の町でも英語の出来ない彼女四六時中付きっ切りであった。彼女が帰った後すっかり生気を吸い取られた心と身体を元に取り戻すにはぐーたら生活一週間ほど必要であった。そして私のアミューズメントパーク嫌いは更に度を増して行ったのである。ここカリフォルニアにはいろんな自然公園があり、キャンプしたり、ハイキングしたりなどの健康的な遊びが楽しめるし、州内の海岸沿い一帯には幾つかの美しい町があり、そこでは日本では考えられない程のガラ空きビーチで日光浴したり、ローラースケートをしたりとカリフォルニアならではの体験が出来るのである。なのに、なのに、日本から来る旅行者の多くがアミューズメントパークばかりに行きたがるのが私には摩訶不思議でならない。誰か理由を教えて欲しい。
2003.08.26
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前から書きたかったくだらない題材、トイレのシートに付いて。こちらに来てからアメリカの女性が男性に向かって“なんでトイレのシートを元に戻してくれないのよ!何回言ったら分かんの!!”と言うのを何度も聞いたことがある。これはテレビのジョークの種になるほどこの国では男女間の口論の典型的な例だ。しかし、日本にいた頃に、そんなこと考えても見なかった。まあ、夜中にトイレに起きて、よく見ないで座り込んだらずぼっとお尻が下がってしまうが、ボーイフレンドやハズバンドに向かってがなり立てるほどでもないと思うが、アメリカ女性からするとシートが倒してある状態が基本形らしい。では、男性からすると、“何でトイレを使った後にシートをあげておいてくれないんだ!だからおしっこが掛かったじゃないか!”って言いたくなるだろう。お宅の家ではどうですか?トイレの話でついでに、六年ぶりに日本に始めて行くと言うハズバンドのジャックを連れて行った。結構旅なれた彼だが、なんたって日本は新しい物と古い物が混在するちょっと変わった国。何もかもが新鮮で私たち日本人にとってなんでもないことでもいちいち感動していた。例えば、近所のスーパーの食料品売り場に在る色とりどりの食品や、お惣菜のバラエティーに目に魅せられて、これから美味しい日本食を私の姉ちゃんがご馳走してくれると言ってるのにちょっとこれ食べてみたいといろんな物と試そうとする彼を引っ剥がして出てくるには苦労した。日本語は殆ど理解せずに何処に行くにも私と一緒だった彼も10日過ぎる頃にはようやく慣れて来たようだった。そんな在る日“ねえ、あの日本式のトイレって、どうやって使うの?”と、突然聞いてきた。“え?何で?”と聞き返すと恥ずかしそうに、どうやって座るのか分らないらしい。そこでどうやっていたか聞いたところ、なんと前と後ろを反対にまたがって用を足していたらしい。確かに、洋式トイレは、扉を開けたらクルリと向きを変えて戸に向かって座る。そのように日本式もそうするもんだと思ったようだが、そうやって座っていた彼の姿を想像したらおかしくなってぷっぷっと吹き出してしまった。それも始めっから聞かないで10日間もずっとそれを続けていたとは... なんだか愛らしくなってにやにやしながら頭をなでなでする私にきょとんとしている彼であった。
2003.08.25
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頭にくる。近所の犬がまた吠えまくっている。昨日は一日中10分と黙っておらず、`ウ~ワワンワンワンワン´と吠え続けていた。このあほ犬。この犬のいる場所は人通りの多い道に面しているのでなく、うちの家に庭同士で隣接した家の裏庭。周りの家は殆どみんな留守で、とても静か。従って彼(彼女)を脅かそうとする物は誰もいないのである。なのにこの犬は風が吹いただけで吠える。ほんの一週間前まではこの犬はいなくて、その隣にいる犬も吠えることは無かった。なのにこいつが来てからは、一緒になって吠え始めたので、本当に迷惑極まりない。もしかしたらこの新しい犬、友達がバケーションに行っている間に面倒見ているのかもしれない。そうだったらいいけど。飼い主はあんまり散歩に連れて行ってないみたいで、ストレスが溜まってんじゃないかと思う。昨日の日記に驚くほどの反響があった。いつもは少ないアクセス数がなんと130件を越えたのであった。それにも拘らず、このペット嫌いの件で感想を書く人は一人もいなかった。本音を書いたことで、ペット好きの人からは反感を買い、そうでない人も、`まあ、動物が嫌いなんて!´と私のことを冷たい人間だと思ったに違いない。断っておくが、動物嫌いじゃなく、ペットを飼うと言うことが私のフィロソフィーに反するだけで、他の人がどうしようと勝手なこと。但し他人に迷惑を掛けないという条件の下で。このサイトが匿名でよかった。車に火炎瓶なんぞ投げられたら堪ったもんじゃない。そんなわけで、暫く様子を見てあまりにも酷く続くようなら苦情を言いに行こうと思う。が、うまく相手を怒らせずに言うには難しいので、犬が大好きで二匹目を最近飼い始め、もう少ししたら三匹目をと言ってる友達にどう苦情言ったらいいか聞いてみよう。この犬がうるさ過ぎるから、はいそれじゃと、簡単に家を売って引っ越すわけには行かないから。
2003.08.24
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お断り:ペット愛好家は心を広くして読むように。それが出来なければ読まないことをお勧めする。私は犬があまり好きじゃない。これは遡って小学校の低学年のころの経験から来る。毎日通う学校の通学路上にお金持ちの大きな屋敷があった。その家は綺麗に手入れしてあるとても広い庭に当時とても珍しい、3匹~4匹のドーベルマンを飼っていた。彼らはとてもすらりとした美しい身体つきでしなやかに庭中を毎日駆け巡っていた。小学生の通学路と言うのは決められていて、もちろん逆らうことなく同じ道を通らなくてはいけない私にとってはそこを通過するのが毎日の拷問であった。私が通るたびに“グゥアングゥアングゥアン”と言う恐ろしい唸り声と共に、その犬たちは、銃弾ほどの速さで駆け寄ってきて、高い塀を飛び越えんばかりのジャンプ力で跳ねながら吠える続ける。そして尖った長ぼそい鼻を壁の下の方に開いている小さな穴に突っ込んで私を威嚇するのだった。それを六年間も続けたために、すっかり犬嫌い・恐怖症となってしまった。大人になってから、散歩に連れている犬を遠くから見ると反対側の歩道に渡ったり、公園などで犬が放し飼いになってこっちに近寄って来ようものならば、走って逃げるほどだった。それほどの犬嫌いであった私から、あるきっかけで犬に対する恐怖心が取り除かれた。アメリカに来てから一番最初に付き合った彼がセントバーナードと何かの雑種を家の中で飼っていた。始めはとても抵抗があったがこのコラと言う雌犬かなり人なつっこくて、私のことを大歓迎してくれていた。私たちが食事中はちゃんと離れて待っていて、終わるとおこぼれを貰って嬉しそうに食べる。外に連れて行くとまるでウサギのようにピョンピョン跳ねまくり、(コラの耳は顔に対してかなり大きくぴんと立っていたので本当にウサギみたいだった)ボールや小枝を持ってきては遊んで遊んでと私にねだるのだった。犬嫌いであったわたしはすっかりコラと友達になり、なんと彼の誕生日のプレゼントとしてコラの肖像画を何時間も掛けて時には顔を彼女に近づけてスケッチするほどになった。それでも...私は未だに犬が嫌いである。それはいくつかの理由による。まず、私の近所に犬を飼っている家が二件も隣り合わせになっていて、最近昼夜問わずワンワンと吠えまくる。特に夜中に片方の犬が吠え始めると、もう一方の犬がそれに参じて吠え始める。すると遠くから別の犬が加わり近所中が犬の大合唱となって私たちを眠りの世界から引きずり出すのだ。驚くことにこの犬たちの飼い主は、彼らを静めようと出て来ることなく、ぐっすりと寝ているらしい。犬を飼うようになったら耳が遠くなるのか?また、次の理由としては犬の糞。毎回近所をランニングしていると必ず5回以上はこれに出くわす。気持ちよく走っているのにこれを見た瞬間気分が悪くなる。ビーチなどに行ってもぐつぐつやっているそばでは飼い主がしらーん顔。そんな時、“あ、落し物ですよ”と愛犬の糞を彼らのバックに入れてやりたい衝動に何度駆られたことか。つい最近、向かい隣の家で飼っている犬がうちの庭でその体勢に入ろうとしていたので`しっしっ´とやったら`う~´と睨みを利かせてきた。それでも最終的にはしっかりと土産を残して行ったのである。まあこの飼い主が後から気が付いて片付けたからいいとして...そして第三の大きな理由。それは飼い主たち。何が一番腹立つかというと、彼らの他人がみな犬に対して寛大であると錯覚するかもしくはそうであることを強要する節があるという事。前述の遠吠えや糞の件からも分るように、飼い主がきちんと躾をしたり、始末したりすれば、まったく他の人には迷惑が掛からず、むしろ犬嫌いな私のような人間でさえ可愛いなと思うのだ。が、こういった基本的な犬の管理の出来ない飼い主によって傍迷惑している人々がどれだけ多いことか。そして文句を言われた暁には逆上することが良くあるのでそれすらも出来ずにいるのだ。話はちょっと反れるが、最近のコマーシャルで猫アレルギーに効く薬をやっていた。それには猫アレルギーの男性が、新しく出来た彼女が猫を飼っているので、その為にこの薬を飲んでアレルギーを抑えていると言うシーン。何か間違ってるんじゃないか?何で人間が猫に合わせなくちゃならないのか?実はハズバンドの両親が猫を飼っていて、そこに家族で集まるときに猫アレルギーを持っている義弟は、くしゃみを散々している。かわいそうに...もちろんそうだからと言って猫を殺せと言うんじゃなくて、外に出してあげると言う気配りをしてもいいんじゃないかと思う。彼がアレルギーであると聞いて早速猫を外に出したら、姑は“ああ、そうだったわね。”と言って遅まきながらに気づくのであった。ペットを飼うと鈍感になってしまうのだろうか?以前に一緒に住んでいた独身女性は、猫を4匹飼っていた。猫はあまり気にならないので、と言うか自分で飼って見たいとは思わないが結構好きなほうなので、この猫との生活はまったく苦痛ではなかった。しかし、この飼い主は、あまりきれい好きではなく、自分の部屋は荒れ放題、共有しているキッチンに関しても猫の毛がふわふわと舞っている中で平気でいる。そして、お尻を拭く習慣がない(当たり前だが)猫が始終飛び乗ってはペタリと座るキッチンカウンターでまな板無しにチーズを切っているのであった。ああ、もうお仕舞いだ。私たちが家を買ってから、犬や猫を飼っている人々が、周りの友達や親戚から猫や犬を飼うべきだと散々五月蝿いほど言われた。何でそんなこと当たり前のように言うんだろう?ペットを飼う人にとっては、動物のいない人生なんてと思うかもしれないが、そうでない人は、何でペットなんて必要なんだと思うので根本から考え方が違うのである。それを理解せず、すべての人が動物好きてある、もしくはそうでなくてはいけないと思い込んでいる事がそもそもの間違いなのだ。これは、例えるならば、ダライ・ラマに対して、何でライフルを家に置いないのかと聞いたり、ベジタリアンを豚カツ屋に連れて行き、無理やり、喰え!と言っているのと等しい。私個人としては、よほど牧場ほど広い場所で放し飼いに出来るほどでなければ、動物を飼うべきではない思う。ペットとして小さい場所に閉じ込めたり、ましてや鎖などでつなぎ、気の向いたときだけ散歩に連れて行くというようなことは全くもって人間のエゴ以外の何物でもない。しかし、既に多くの人が何らかの動物を飼っているのでそれを一気に放し飼いにさせてたらエライ事になるので、百歩譲って、要は、ペットを飼うことは個人の自由だが、彼らが全て良識のある飼い主になってくれることをひたすら望んでいる私のような人が少なくとも回りにいると言うことを理解してほしい。
2003.08.23
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ハズバンドのジャックはデザイナーである。デザイナーと言ってもいろいろあるが、彼の仕事はLandscape Artchitectといっていわいる企業、個人の庭や、公園などの公共の施設の設計をすること。彼はその仕事が好きで、また誇りを持っている。デザインをする過程で、まず大まかな構想を練ってから、リサーチをし、取り敢えずの設計をして、また更にリサーチをする。すべてを完成するまでにとてつもない時間が掛かっても、つまらないデザインやその環境やクライアントのニーズを満たさない物で妥協するよりも良い言うのが彼の信念。従って、今まで時間を掛けたデザインをこちらの都合やクライアントの都合で変更することもしばしば。デットラインに間に合わせるために夜中の3時まで仕事して、翌朝7時からまた仕事すると言うこともある。といっても、そうなるまでの経過に彼が100%効率よく仕事をしてきてそうなるのでなく、ぎりぎりまで不効率に仕事をしてきてデッドライン間近にいい案が浮かんだりと言うデザイナー家業ならではの宿命なんだそうだ。仕事ではそれでいいが、家でこれをやられたときにはたまんない。ただいま我が家では、シャワーを改造することになり、それのデザインで大揉め。幾人かの見積もりをしてくれたタイル工事専門家に一人を決め、それからその人が持ってきたサンプルのタイルからああでもない、こうでもないと二人で決めて、ようやく彼がコンピューター上で設計したもをのプリントして専門家に渡すつもりだった。しかし、すぐ後にジャックは気が変わったと言ってそれをやめて、また新たな案を考えた。それで終わったと思ったら今度は自分でタイルのショールームに言ってサンプルを貰ってきて、どう思うと聞いてくる。専門家に電話したりなんだりとメッセンジャーになって何度も電話を掛けている私は疲れて、もうどうでもいいよ。と言う気になってくる。しかも、私に聞いてくるくせに結局最終的には彼の趣味で何でもこの家のことは決まるのだ。引っ越してきたばかりにあれこれ家具をそろえていたときにも、二人で気に入った物を家に持ち帰り、彼がやっぱり合わないよといって何度返品しに1時間以上車で掛かるその店に通ったか。(まあお陰で遊びに来る人から必ずインテリアを褒めてもらえるが。)また、ちょっと前には新たに住宅ローンを組むことで、かなり揉めた。散々時間を掛けて、どのようにしたら一番得かあらゆる状況を踏まえて計算したのにも関わらず、土壇場になって待ったを掛けてきたりと本当にひとつのことを進めるのに何かと時間が掛かる。は~、疲れる。
2003.08.22
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昨日日曜日はルームメートのバースデーのホストとして、一日中、キッチンに立っていた。普段めったに友達を家に呼ばない遠慮がちのSちゃんの為に友達を呼んでもいいよと言ったら11人が来ることになった。朝から張り切ってSちゃんと鶏肉をがんがん叩いて伸ばしたり、キュウリと玉ねぎをブレンダーを、ガーと掛けたりして近所中人たちを日曜の朝っぱらから起こすほどの大騒ぎ。バースデーケーキのピーチケーキが焼け、ナスがうまいことグリルされてオーブンからで出て来た頃にようやく全員が揃い、ジャックがチキンを庭のバーベキューグリルでどんどん焼いていくとあっという間にすべての食べ物がなくなった。ゲストの構成は、アフリカ人の留学生一人を除き全員が日本人留学生。23歳になるSちゃん友達だけあってみんな若く、平均年齢は21歳。会話の中で彼女が通うカレッジの友達の中で一番年寄りだの何だのとからかわれている。裏方に徹していた私はキッチンでそれを聞きながら、ああ、年を取ったのだなあとつくづく思う。こちらではアジア人が若く見られるのに加えて、背の低いこともあって20代半ばに見られる私なので、こういった機会でしか自分の年を感じることは滅多にない。しかしそれよりも興味深いのは、彼らの会話の中に幾つであるかと言う事が会話の中で重大なトピックとして取り上げてられている事。これは日本人ならではの習慣ではないだろうか。欧米人、または日本人以外のアジア人と話していて、年齢のことがこのように話題になることはあまりない。英語は日本語ほど敬語や丁寧語がはっきりしていない為、アメリカにいると幾つであるかなどの細かいどうでもいい事を気にしずにいろんな人と友達になれるのが良い。始めて会った自分よりも明らかに日本人が丁寧に話して来たときに、“敬語は使わないでね”と言って年代の違いから来る壁を取り除くように努力している。よって、私の日本人の友達は皆、年下だがまったく同世代のように親しく接している。5時間ほどかけたフルコースの料理やオードブル、お菓子などはこれでもかこれでもかと出していく端から、日ごろ偏った食生活をしている若い学生のゲスト達が、ウハウハと喜んで片っ端から平らげていく。若い人の食欲にとても感謝し、頑張った甲斐があったと自分たちをねぎらう私たち。パーティーはとても盛り上がり、わいわいと夜の9:00ごろになっても続いている中、ジャックと私は11時間ほどパーティーの裏方で立ちっぱなしだったのと3日連続の社交疲れでぐったりとリビングのソファーで伸びていた。するといつの間にかあれほどの賑わいっだたのが静まって、無言の号令によって彼らはあっという間に効率よく後片付けをして礼儀正しくお礼を言って帰っていった。そして私は思った。こういった光景も日本人ならでは。アメリカ人学生ばかり招待したらこういったことは無いだろうなあ...と。床に就きながら長かった一大イベントを振り返ってみる。前日まで来る人数が予想よりも多く、パニックになった私は、このバースデーパーティーの前に散々いろんな友達から祝ってもらっていたルームメートになんでパーティーしてあげるなんて言ったんだろうと後悔していたけれども、終わってみて、普段接する機会の無い若い世代(と言っても私はまだ年寄りの世代ではないけど)と接する機会がもてたり、大喜びだったルームメート見て、本当に良かったと心から思った。
2003.08.19
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最近友達になった夫婦のティーパーティーに呼ばれた。何しろこの手のパーティーは初めてなので、何をもっていいかとても迷ったが、夏らしく昨日の日記に書いた抹茶ミルクデザートを持って行った。全員で8人ほどの小さなパーティーだったか、いろんな食べ物が用意されていた。クッキーはもちろん、スコーン、3種類のミニサンドイッチ、デビルドエッグ(卵の黄身をマヨネーズとマスタードで混ぜて、白身に乗せた物)マカルーン、ストロベリー&クランベリーと盛り抱くさん。私の持っていったデザートは、大好評だった。ここカリフォルニアの海岸沿いには多くの日本食レストランがあり、すしを食べる人の多くが抹茶アイスクリームが好きだ。本当は、小豆を載せようと思ったけど、さすがにあんこは嫌いな人が多いのでやめておいた。食べ物はさておき、今回のゲストはティーパーティーだけ会って女性が2/3を占め、会話の題材は女性特有のものが多く、時には男性バッシングや、男性のプライドをうまくくすぐって操る方法などが飛び出したりして、甘いお菓子のせいだけでなく会話にすっかり悪酔いしたと言った感じのジャックを含めた男性軍の苦笑いをしばしば見た。しかし話はそれだけにとどまらず、最近アメリカ中の注目を集めているカリフォルニア州知事の退任運動で、アーノルドシュワルツネッガーを含めた候補者のことからブッシュ・バッシングなど皆、お菓子に唾を飛ばすほど熱くなる様な会話で盛りだくさんだった。その後砂糖一杯になった重たいお腹を摩りながら、ダウンタウンでやっているArt&Walk Showに出かけた。これは地元のアーティストが集まって自身の作品をより多くの人に知って貰う目的で町全体の店や、オフィススペースにありとあらゆるアートピースを展示して一般公開にしたものだった。この街に引っ越してきてからもうすぐ一年になろうとするが、こういったイベントがあることは知らなかった。土曜日の夜とも会って多くの人々がダウンタウンに出て、野外コンサートやあちこちにいるストリートパフォーマー(普段はいない)を見ながらお祭り気分を満喫していた。ここのところ毎週友達のパーティーに呼ばれて新たに同じような名感覚を持った人立ちと知り合ったり、こういったイベントに参加したり、結構趣味のいい店などが増えているのを発見するようになってきた。隣のとてもしゃれた町から引っ越してきた私たちは、ダウングレードしたような気分でこの町の田舎っぽさが好きになれず事有るごとに比較してばかりいたが、次第にこの街のいいところを発見するごとに、“ここも結構捨てた物じゃない”を思うようになって来た。これが本当の、住めば都というやつか。
2003.08.17
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先ほど明日のティーパーティーのために作った抹茶ミルクデザートがすご~く美味しく出来たので、皆様お試しあれ!うますぎて病み付きになりそう。結構高カロリーなのでご注意を!抹茶ミルクデザート抹茶 大さじ1砂糖 70g牛乳 400cc生クリーム 200cc粉ゼラチン 10g水 30g 1.鍋に抹茶と砂糖を入れて混ぜ、牛乳を少しずつ加えて溶かし、火にかける。2.沸騰直前まで温めたら火を止め、そこにふやかしておいたゼラチンを加え良く溶かし、生クリームも加える。3.鍋ごと氷水につけて、軽くとろみが付く位まで冷やしてから、グラスに注いで、冷蔵庫で冷やす。4.固まったら、お好みで生クリームや小倉あんなどをトッピングしても良い。
2003.08.16
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ジャックの従兄弟夫婦が子供をつれて夜やってくることになった。泊まってもいいかイーメールで聞いてきたときに、ジャックがルームメートに部屋を貸しているのでリビングルームに在るソファーとエアーベッドで寝てもらわなくてはいけないと言った。子供はなんとまだ6ヵ月しかほどの赤ちゃんなので、諦めてホテルにでも泊まるだろうと思ったら、やはりケチで有名なこの従兄弟、ぜんぜん構わないと言う返事だった。ああ、夜中に赤ちゃんがワンワン泣いてルームメートを起こさなければいいけど... しかし、彼らのケチさはとても徹底していて、飲みに行っても絶対人の分をおごったことはないし、泊まりに来たときに外食してもお礼としてご馳走するなどと言う気の利いたことは決してしない。ケチなだけでなく礼儀知らずで、彼らの初めての赤ちゃんのためにジャックのお母さんがベービーシャワーとして贈り物をしたことにお礼も言わず、今度そっちのほうに行くんだけど泊めてくれないかと平気で頼みごとをしたり、二年ほど経った今頃彼らのウェディングギフトのお礼のカードを送ってくるほどの無神経さ。ジャックに“なんでそんな小さい子供がいて、私たちにルームメートがいると言う状況にも拘らずそんなこと頼んで来るの?一日くらい安いモーテルに泊まったらいいのに!”と文句を言っていたら、“仕方ない、これも家族付き合いってやつさ。来月には母さんたちがフランスにいるおばさん(この従兄弟のお母さん)のところに行ってお世話になるんだから、家族の借りを返すつもりで我慢してよ”と言われた。ああ、こんな時、いつも思う。ジャックは私の家族づきあいに振り回されなくて私ばっかり不公平!と。しかし、自ら敢えて島流れ者なっているから仕方ないとむっと口を瞑るのであった。
2003.08.15
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口紅に含まれる発がん性の高い鉛友達からイーメールでとても怖いメッセージが届いた。それによると、多くの口紅に発がん性のある鉛が含まれているという。最近レッドアースというブランド(殺虫剤ではない)のリップスティックが香港ドルで67から9.9に値下げされた。この製品は鉛が含まれている。また、プロピレングリコール(Propylene Glycol)も多くのリップスティックに配合されていて、これは腎臓、肝臓に障害を起こす恐れがあるという。このオリジナルのイーメールを書いたLiv Clausenの調査により以下のブランドに鉛が入っていることが分った。クリスチャンディオールランコムクリニークイヴサンローランエスティーローダー資生堂レッドアース(リップグロス)シャネル(リップコンディショナー)マーケットアメリカ (モティーヴスリップスティック)含鉛量が多いほど、発がん性が高い。以上の中で一番多かったのがイヴサンローランであった。また、落ちにくい口紅は特に含鉛量が高いので気をつけたい。テストするに簡単な方法は手に口紅を付けて金製品のリングなどでこすって見る。この後黒く変色するならそれには鉛が含まれている。
2003.08.14
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もうすでに日記を書かずに10日ほど経とうとしていた。楽天から日記を書かないと通知が来るらしいので、取り敢えず死んでいる脳みそに鞭打って書こうとするか。(本当にそうしたらぐにゅっと耳や鼻の中から出てきそう。おっと、お食事中の方失礼しやした。)ああ、何から話したらいいのか。ふ~ん、まずは島流れ者失踪事件からと行こうか。無職生活を8月4日で四カ月目を迎えた。いいと思ったところには筆記試験でだめだったり、面接を受けても採用されずに、どうでもいい給料の安いところからは面接にどうかと連絡が入る。この四ヶ月の間に何度か気持ちのアップダウンがあったが、今回のは、かなり大きなダウンで、パーティーや、どこか気晴らしに行ったりする気にもなれなかったが、先週末に以前に一緒に働いていた仲間のMちゃんが遊びに来て、楽しいひと時を過ごした後、家に帰るとジャックがサーフィンから帰ってきていた。その夜はあほらしいけど面白かったビデオを見ていい感じで夫婦団欒を過ごしていたのだが、些細なことから喧嘩になり、切れた島流れ者は、おろろんおろろんと泣きながら家を飛び出した。取り敢えず、行くところも無いけど家にも居たくないので、誰もいないであろう近所のとある会社の駐車場に止めて、悲劇のヒロインに成りきっていたが、突然窓を叩く予期せぬ飛び入り参加の役者の登場。慌てて窓を開けると、`大丈夫?´と聞いてくる。拍子抜けしたが簡単に涙と鼻汁は引っ込まず、まともに言葉も出ずに困った。たぶん警備に当たっている人だと思うが、いくら泣いている女でも、人の敷地に真夜中にいてもらっては困ると言う顔をしているのですごすご退散し、別の誰にも邪魔されないところに車を異動させることにする。合計で、4回場所を変えながら、最終的に落ち着いたのは家からそれほど離れていない公園の近くで止めて取り敢えず朝が来るまで無理やり寝る。夏と言えども夜は気温がぐっと下がるので一時間おきにエンジンをかけて暖房をかけないと寒くて寝れない。また、水をそのときに限って結構飲んでいたため、体内の水分を何度も外に出て、自然に還元させなくてはいけなかった。(幸いなことに、だーれもいないので助かった。)長い夜が明けて、ようやく朝日が白々と見えてきてうとうとしていると、リタイヤした元気のいい年より連中がよりによって私の車のすぐ横で、“やー、元気かね?”と始まり、“ああ、そうそうその頃わしゃその屋台のホットドックに夢中でなあ~”三人集まって何やら一世紀ほど前の自分たちの時代の話に花を咲かせ始めたのである。寝ごごちの悪い車の中で、ウェットタオルの入った筒を枕代わりに何とか寝ようと頑張って、ようやく眠りに入った矢先の出来事であった。昔話が年寄りの最大の楽しいひと時の一つであるのは知っていたが、どうにも我慢が出来ず、突然エンジンをかけてバックすると、墓から出てきたゾンビを見たかのように老人たちはアヲスジを立てて私を見て凍っていた。そんなことはお構いなしに私は再び寝たりないのを取り返そうと硬く目を瞑るのだった。8時過ぎに噴火原因となった奴が仕事に出て行ったことを確かめて、家に戻るなり速攻でベットに潜り込むこと2時間。もちろん睡眠不足ではあるが、なぜか起きてしまい、くさくさした気分を吹っ飛ばすために外に走りに行く。無心になって走っているうちにあっという間に1時間半が過ぎ、幾分か機嫌が良くなって家に帰ってくる。その間に二回奴から電話があったが無視。しかし三回目の電話で留守電に向かって、`あちこち知り合いに電話したが誰も行方を知らないし、ポリスステーションにそれらしい事故の報告がないか問い合わせたがないと言われた。この電話を聞いて僕のオフィスにかけてこなかったら、行方不明と報告するから’と言っているのでこのパニックぶりはただ事ではないと慌てて受話器をとる。声を聞いて泣き出すかと思うほど安心しているのには驚いた。もしかしたら誘拐でもされたと思っていたらしい。その夜は小さな花の鉢植えとワインを片手にしたジャックがまるで独身時代のように手厚いもてなしにより、和解成立したのであった。しかし、翌日、彼が電話をかけた幾人かの島流れ者の友達に侘びを言うのは結構ばつが悪かった。まったく、夫婦喧嘩は犬も喰わねえってか...
2003.08.09
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