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こないだ説明を受けた検査結果は「異常なし」。月末に行う次の検査まで様子見だけど、おそらくそこでも「異常なし。ストレスじゃない?」と言われるんだろうなぁ。ストレス溜めてる積もりはないのだけど。無意識にも溜めてるのかしら。各地でご心配いただきありがとうございます。選挙云々についてはいろんな点でメリット/デメリットあるにせよ、せっかく団体があるわけで、まとまっていろんなことを考えたり行動したりできるのだから、「何か」できたらなぁと思った次第。「特定の政党の支援」や「会としての正式な方針」というものでなくても。さて、盆休みに突入しました。今日は、まーったりします。底尽きた珈琲豆を買いました。飲みながら、バッハのパルティータをBGMに、読もうと買っておいた本、いわゆる「積ん読」の処理に着手します。「やれやれ」とか言いながらサンドイッチでも作ってしまえば、村上春樹か!って突っ込まれそうな半日になりそうです。(午前は家事と買い物で終わってしまいました)本には先人の教えがいっぱい詰まっております。一見、仕事や日常生活に関係ないものでも、意外なヒントを得られるもの。それを踏まえて、色々と考え事をしたいと思いまする(*`・ω・´*)今日のMUST READは・猪瀬直樹「東京の副知事になってみたら」・マイケル=サンデル「これから『正義』の話をしよう 今を生き延びるための哲学」・若月俊一「信州の風の色 地域農民とともに50年」・伊坂幸太郎「砂漠」わくわく。
2010.08.12
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7月上旬、急にぶっ倒れてから、なんだか調子が出ませんでした。おそらくは、低血圧のせい。135(最高)~85(最低)が正常値なのだけど、私は90(最高)~50(最低)くらい。そら低いわね。「念のため」で、諸々の検査に行ったり、頭痛と気持ち悪さに襲われたりして、なかなか大変な一夏を過ごしております。ちなみに一つの検査の結果は明日、もう一つの検査を今月末に実施します。それはさておき、このところ特筆すべきことといえば、大きく2つ。1.8日投開票の知事選私は、阿部氏についてました。医療関連団体の推薦する腰原氏には、別の記者2人が向かいまして。市内のホテルで、開票の様子を見守る支援者たちを見守っていました。最終的に約5000票の僅差で、阿部氏の勝利。一番(報道的に)いい席を陣取り、いい写真が撮れました。幣紙では使わなかったけれど、自分のPCの壁紙にそそくさと設定。暇な待ち時間に友達もできたし、満足満足(*´∀`*)今回の知事選。民主の勝ち、自民の負けとも言えるのだけど、投票率が52.7%と低いことを踏まえると、なんだかなぁって感じです。田中県政をどうみるかってことと、ねじれ国会の今、自民と民主による影響がどれほどかってことが大きな争点だったように思いますが結局無関心層が多いよね、ってオチなわけで。地元紙以外の社説に、我が県の知事選について記載があるのはやや驚いたけど政治不信・無関心をどうにかしなきゃなぁとも思います。参考8月10日付の中日新聞の社説信濃毎日新聞の知事選特集そんな中、県内の介護関係職能団体は皆、どの候補者、政党も支持しないとの方向性だったわけですが、個人的にはそれもどうなんだろうかと思っちゃう。今はこんな不安定な時期なんで、特定の政党を支援することにどれだけの価値があるのか疑う気持ちはすごくわかるけれど、地域福祉を推進するには、自治体を巻き込まなきゃならんようにも思うので。政治の政は「まつりごと」。そもそも、大勢でわーっとやるっていうまとまり感や団結力が、いろんなとこで感じられないですが、時代のせいなんですかね。それなしに、地域づくりも隣近所の支え合いも、難しいんでないかしら。熱っぽさの無さの代名詞でもある「最近の若者」の一人としても熱っぽさの無さを危惧する今日このごろ。2.同窓会市内で開かれた、出身高校の同窓会。40年ほど先輩(!)のおじさま達の集まりだったのですが、ひょんな所でお誘いを受け、この若造が一人紛れ込んでみました!きゃほい!著名な方を多く輩出している母校だけあって、某都副知事や、一般的でなくてもその道での有名人など、すげー人たちに出会え、いろんな話が聞けて、めっさ楽しかった。今は定年して無職って人も半分くらいいましたけどね。その集まりで、何人かから、全く異なるタイミングで「いい目をしているね」とほめられ?ました。これまでも言われることはまぁまぁあるのだけど、人は、少なくとも第一印象は、目で決まるッ!と思っているので、嬉しい限り。で、話の節々から、下の世代に未来を背負わせたいんだな、期待したいんだなってのを痛感した。私は、まだ何も成し遂げてない「ゆとり世代」の若者だけど、大活躍してきた彼らが、安心して生き、死ねる社会に貢献したいなぁ。
2010.08.10
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明日、ざっくりと髪切ります。心機一転。
2010.07.02
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正義道徳自由権利美徳時間・・・って、一体何なんだろう。こうした抽象概念は、ハナから存在するものに人間が名付けたのか、はたまた、人間が勝手なものさしを持ち出しただけなのか。僕らはそれにどのような価値を与え、生きる指針の中のどこにどう位置づけたらいいのか。気ににゃる。といっても、こいつらより夢中になってる、ここ数年で最も興味深いテーマは、「『分かり合う』とは何か」僕らは、僕らの中の何がどうなっている状態を「分かり合っている」と感じるのだろう。実存的な意味では何も共有なんてできやしないのに。ほんで、なぜ分かり合えるのか、または、分かり合えないのか。この人とはどうしても分かり合えないというのは、なぜ起こるのか。相手の論理を冷静に聞くと、共感はできなくとも、それはそれとして納得できるケースもあれば、感情が優先して聞く耳すら持てないこともある。それが、先入観や偏見から来るのであれば、どのように打ち破ればいいのか。憎しみや怒りがどこから来るかと考えたとき、「分かり合えなさ」であることも少なくないと思う。そうした負の感情を無くしたい。→その一端と思しき「分かり合えなさ」を解消したい→「分かり合えなさ」の仕組みを知りたい→「分かり合える」という状態が何かをまず捉えたい できれば脳科学的知見を応用して、 客観的に測定可能な神経伝達物質や脳血流量などで示したい本職としなくても、考察は続けたいと思える、自分にとってでっかいテーマです。
2010.06.29
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私たちは、職業や商品などさまざまなものを選んで、生きている。一般的には、その選択肢は多い方が「自由」、その反対が「強制」であり「不自由」ととらえられる。しかし、選択肢は多ければ多い方が自由度が高くて良いかというと、そうでもない。サンドイッチ屋で、パン、具、ソースの種類から、パンの焼き加減まで、あらゆるものを選べる状況を想像してみる。よほどサンドイッチにこだわりがある人でない限り、嫌いなものを入れないで、あるいは、この具は食べたい!といったわずかな選択肢だけで十分だと感じるのではないだろうか。逆に、選択肢が少ないがそれ以上を求めないというケースもありうる。ハンバーガーとコーラしか置いていない店。ポテトのセットもなければ、チーズバーガーもない。だが、その特定のハンバーガーが、他に目をくれる必要のないくらい、美味しいものであれば、そこに不満はない。また、どれだけ選択肢があっても、すべて選びたくないこともある。経済的に余裕が無く、職もない。金を稼ぐ手段として、売春、麻薬密売、臓器売買、暴力団の言いなり、などなどさまざまな提案を持ちかけられ、どれか一つを選ばなければ今日の飯も食えないとする。選択肢の数と個人の自由(満足)は比例しない。つまり、自由は、選択肢の種類という客観的な指標で置き換えられても、それをいいとするか悪いとするかは個人の主観に依る。だから選択肢の多さは、個人の自由を必ずしも保障するものではない。用意された選択肢に、自分の望むものがなければ、その数には関係なく「不自由」と言える。しかし、その個人が、用意された選択肢を望む「フリ」をしたり、他に選ぶ物が無いため仕方ないと理由で「自らそれを望む」ことがある。自分で選んだという行為が、それを望んだはず!との見解が導かれ、一見「自由」のものもある。「こっちがこれだけ選択肢を用意したのだからその中に望むものがあるはず/相手の望みをかなえてやってる」とか「文句を言わないから満足しているはず」とか勘違いも甚だしい。行政のサービスにありがちだが、個人の幸福や自由を保障しようとするのなら、「選択肢を用意すること」ではなく、「個人の望みを叶えること」に主眼を置いてほしいと個人的には思う。++++++++待機者いっぱいいるから、入る箱(特養)をつくれ、っていうのはいかがなものか。待機者がなぜ待機してるのか、何を求めてるのか。それしか選択肢がないと思い込んでいるからそこに待機せざるんじゃないか。補助単価を上げたり、補助に関する予算総額をアップしたり、は、大きく違うんじゃないかと思う。偉い人たち、自分自身は特養に入りたいのかな。「(自分は望まないけど)色々な事情でそれを望む人もいるから、 その人たちが選べるように箱(選択肢)をつくっておこう」なんて、その人が実際何を望むかも知らないで口にできるもんかね。(それ聞いた時に「は?」って聞き返しそうになった)色々な事情の中に「経済状況」があると分かってんなら、そこへの支援をなぜしない。よく分からないです。
2010.06.27
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2.5カ月振りの日記。最近このパターンが多い気がする。。。この間、めでたく誕生日を迎え、四半世紀を生きたことになりました。0時ジャストから23時59分まで、相方に祝ってもらえてはっぴー。1年前よりは、仕事に進歩があってはっぴー。(まだまだ一人前までの道のりは長いけど・・・)ずぅっと前から私の担当媒体を講読してくれてる団体が、ここへ来て関連事業所の全6カ所で講読したいと言ってくれて、はっぴー。あちこちの取材先で、いろんな人たちに構ってもらえてはっぴー。職場の上司が結婚して、はっぴー。東京事変、クラムボン、スキマスイッチ、アジカンなどなどニューリリースのアルバムにいい曲いっぱいで、はっぴー。幸せの閾値は低い方がいい、というのが持論の私です。はっぴーがいっぱい(*´∀`*)ノ?+++・・・これは、「私の視点」。生きてくには「私の視点」と「世界の視点」の両方が必要、と聞く。私は、「私の視点」としてはっぴーを積み重ねる一方、「世界の視点」ではっぴーの具合を見ていたい。それは「世界」をどう定義するかによるけど、「他人の集合体」とするのであれば、はっぴーはあくまで主観的判断なので、特定の他人の視点に立てなくちゃならない。「目の前の誰か」に始まり、「同じ職場」や「地域」、あるいは「日本」といったグループも含め、人間にはそれぞれの視点と価値観があることをよく弁えた上で、それぞれの他人のはっぴーに寄与したい。「知の蓄積」とするのであれば、過去に積み重ねられた知を学び、それに上積みできるだけの知を紡ぎ出さなきゃならない。それが、これまで生きて来た人への敬意であり、これから生きる人への貢献、なんじゃないかな。ほかにも定義の仕方はいっぱいあるけど、どの視点であれ、これは生きるための姿勢につながるもの。ここを若いうちにに確かにしておかないとあかん気がする。+++酒の席で、ご年配の方に「どこでどう死にたい?考えたことある?」(≒ちゃんと考えなきゃだめよ、死って大事なものなんだから)と半ば説教的に訊かれ、即座に「分かりません」と答えた。「よく生きることは、よく死ぬこと」。僕らみたいな、まだ何も成し遂げてない(=よく生きてない)若造は、今から死に様聞かれたって分かるわけない。それより先に考えるべきは、どう生きたいか、っしょ。ある程度、年齢を重ねた人であれば、統計的に若い人より病気にかかることは多いし、寿命に近づくわけだから、死に向き合う必要がある。延命治療やら生活の在り方やら、心構えと意思表示が大切にもなるのだろう。だけど、それはライフステージごとに考えるべき課題の一つで、僕ら若者はまだその時期ではないんではないかと。中途半端に成長したこの日本では、特に若いもんは、何も学ばなくても何も努力しなくても、惰性だけで生き長らえる(⇔よく生きる)ことができることを、よく知ってる。実感のない「高度経済成長」とやらが、今後は恐らくないことも予想してる。身近にあからさまな戦争がないから平和ボケが蔓延。形だけの理論をまとい、権利だけを主張し、金や労力は惜しむくせに、もらえるものだけもらおうとする人もいっぱい。生に真っ向から向き合わないことを、景気の低迷や、精神的に豊かでない社会を原因にしても、お咎めなし。そんな中で、自分が、自分の知ってる人が、自分の知らない人が、どうやってはっぴーに生きられるか。約46億年も続いて来た地球の一部として、どうやって過去と未来の橋渡しをするのか。どうやって、自分の生をまっとうするか。って若者達が考えないことの損失は、死を意識しない損失より、はるかに大きいと思う。友人を見渡しても、そのあたりで2極化してるように感じており、未来背負っていけんのかと心配する。同年代だと東大行っても「外資系大企業に入って30歳までに稼ぎまくり、 早々に退職して悠々自適に暮らしたい」というような人も少なくない。てめーのことしか頭にねーのか、とつっこみたくなるくらい。自分のはっぴーまともに考えられずに、他人のはっぴーの視点なんて分かる訳ないし、よく生きるという概念持たずに、よく死ぬことに気を回せるはずが無い。私も、「最近の若者」の一人で、社会を割とナナメから見ているし、生きることに対する欲もあまり無い方だと思う。いつ死んでも、たとえ今死んでも、「まぁいいか」って思う。だっていつかは死ぬわけで、毎日どこかで誰かは死んでるわけで、それが人ってやつで、生ってやつで、誰かが悲しむといってもそのうちに癒えるわけで、たいした話じゃない。でも、だからこそ、そうした世界の一部として、生きてる以上はよく生きていたいと強く思う。25歳。先は長いか短いかわからんわけだし、無駄にしていい時間なんて一瞬だってないわなと改めて思った次第です。
2010.06.26
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10日(土)は、須坂市の臥竜公園に立ち寄り、ちらっとお花見してきました。まだ不十分な咲きっぷりでしたが、夜だったのでライトアップされた光景は、遠目にはとてもきれいでした。遠目には。その後、勢い余って温泉に入りたくなり、近くの「湯っ蔵んど」に初潜入。露天やサウナもあるという温泉空間に加え、特製のソフトクリーム、シュークリームは美味(どっちも食べたw)、地元の特産品コーナーもあり、とても充実した施設でびっくりしました。翌11日(日)、日中はWiiのマリオブラザーズをやり抜き(全面クリア!)、夜はストレイテナーのライブで、汗かいてきました。定員500人程度の小さな会場で、スタンディング。チケットが500番台だったのにも関わらず、最終的には前から3列目くらいまで上り詰めました。上出来。ライブに誘ってくれた友人が、事前に「予習用CD」を作ってくれたのですが、その16番目の曲が大好きだったので、ラストに演奏された時は感動もひとしお。+で、仕事の方はというと、年度明けなので挨拶まわりなどを中心に、ぼちぼちやってます。自分をレベルアップせにゃあかんと痛感するも、んなすぐには変われないっちゅう、もどかしさと悔しさ。一方で、1年経験しただけで一人前に慣れるはずもないってな諦めも感じつつ、まぁぼちぼち頑張る次第です。県の組織再編に伴い、今月中に部長にインタビューしてきます。質問項目は大体固まっているものの、何訊こうかなー。
2010.04.12
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先日の上司とのやり取り。上司「そういえば、この間の友人の結婚式には行って来たの?どうだった?」私「まじやばいっす、あれ!無意味に感動しますね!!」上司「じゃあYOUも結婚しちゃいなよ~、2年以内くらいに」私「そうっすね、ぼちぼちがんばりますわー(てきとう)」の直後、隣席の同僚が大爆笑。「え?こいつが?結婚?2年以内に?むりむりむりむり(*´∀`*)ノ」と云わんばかりに。あんなに笑われたの、生まれて初めて!きゃほい。以来、何かにつけて結婚トークに持ち込まれ、いじめられる昨今です。
2010.03.23
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狙いは、小海町高原美術館の北欧・フィンランドの生活デザインと文化展。ムーミンやイッタラ社で有名なフィンランド。アルヴァ・アアルト、カイ・フランク、タピオ・ヴィルッカラ、ティモ・サルパネヴァのデザイナー4氏を中心としたこじんまりとした企画展で、出品数は少なかったものの、なかなか楽しめました。帰り道、松原湖に寄り、遊歩道を散策。木々が倒れまくっていました。観光地になるのにさびれており、うまく活用されていない感がもったいない。どうにかできんかなぁと思い巡らせながら、長野に帰還しました。+ちなみに昨日は、上田の無言館に行きました。第二次世界大戦で亡くなった、画学生の遺品を全国から集めて展示しております。今の私と同い年くらいで、あの頃はガンガン死んでたんだよなぁって再認識。生きることが保証されている現代は、幸せで、その分もっといろいろ出来るんだろうなって思いました。
2010.03.22
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楽天ブログのパスワードを忘れてしまい、ログインできませんでした。パスワードを再設定すればよいのですが、登録してるホットメールのログインパスワードも忘れていたため、どうにもならなかったのです。今日、というか今、ふと思い出し、無事にログイン完了。めでたい。++++さて、久々ながら、普通に日記。昨日は、記者仲間の集いがありました。一人、異動が決まった人が居たので、計8人で送別会。1次会(19時半~22時半)飲み、2次会(23時~2時)カラオケ。朝9時から駒ヶ根で仕事&翌日も仕事の私と、もう一人は1時で離脱。他6人はラストまで居たようで、みんな元気だなぁ~と思いました。来月は、私を含む記者4人で、ストレイテナーのライブに行ってきます。おっきいこどもがいっぱい、なかよしこよし。
2010.03.20
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忘れないうちにメモメモと思い、近況について5記事くらいまとめてアップ。もはや「日記」ではないのですが「メモ」としての活用方法としては間違いではないかと。まぁ何でも自分に都合のいいように使っていきますぜよ。
2010.01.03
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大晦日のNHKと言えば、もちろん、第9のコンサート(NHK教育)!!!ばっちり観ましたよ。紅白そっちのけで。いやーよかった!!音楽イイ!(・∀・)演奏の合間に自分もピアノ弾いちゃったもんねwで、ここで注目なのは、そのコンサート後のNHK教育のTVプログラム。2009年を振り返るみたいな企画で、日本で行った数々の講演から面白いのをピックアップして紹介していたのだけど、その一つで100年に1人の逸材と言われているバレリーナ、シルヴィ・ギエムを初めて観ました。一昨年亡くなったモーリス・ベジャールという振付家によるボレロを踊っていました。これがもうね、すんごいかっこいいの。前に吉田都さんやピナバウシュをテレビ等で観たときも惚れ惚れしたけれど、シルヴィにはほんとに目が釘付けで、テレビの前から動けなかった。これぐらい感動できる踊りを直接観てみたい。あ、ちなみに、大学時代のゼミの教授が舞踊の専門家だったこともあり、何気に踊りにも興味はある私です。やっぱり芸術っていいなぁ。私は、学者か芸術家のタイプだって言われたことがあるけど、自分でもそう思う。
2010.01.03
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一人のお出かけやら読書やらの合間を縫って(?)友人らとの会合も数回ありました。中学卒業以来10年に再会したり、ずっと仲良しの子達と近況報告し合ったり。楽しかったです。中学以来の親友の一人♂に「君は他人に興味がなさそうで、話すのに緊張する」と言われました。冷酷王子、躍如。イェイ。彼は「人の話も聴かずに自分の話をするし」と言った後、「まぁだからこっちも話すんだけど」と付け加えました。奴には奴の話を自分のことのようにうんうんと聴いてくれる人がいるので同じ役回りを私が担う必要はないと思ってる。奴には優しい味方が多いし、奴自身、そういう人しか囲わない性質があるから、こうゆうブラック&コールドな人材をねじこむのも必要でしょ?そして奴も話をするだけで十分で、別に人の助言なんて求めてないでしょ?という気持ちを集約し、私は「分かってんじゃん」とだけ言いました。時と場合によりきちんと冷酷になれるように今年もがんばります。
2010.01.03
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年越しの瞬間は、予定通り風呂場で迎えられました。人間様がつくった暦の数字が2009→2010になっただけで、現状は何も変わらない。その変化の瞬間はあくまで日常でしかない。だからこそ、気の持ちよう次第で新たな幕開けともなり得るのだけど、その「神様頼み」な感に若干違和感を覚えているので、私は元旦でなく12月31日に気合いを入れ直すことにしたのです。何かを変えたいのなら、思い立ったその時に、自分の意志で動いて変えろや、と。お風呂は私にとって、一番リラックスできる日常生活の一幕。何事も無いように越年し、だけどこれまで通りに、気合いを入れながら過ごしていきたい…との願いを込めて、年越しはこれからも風呂場で過ごすことにします☆キラッ
2010.01.03
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このところ基本的に読書してました。3日間で文庫約500ページ×8冊。久しぶりのこの読後感。色々と再確認しました。・思考において声に出すこと、声を聞くことが重要だということ・自分が選ばなかった未来も選べなかった未来もなく、だからこそ一つ一つの選択が運命だということ・運命とはたとえ瞬時に察知できてもそれを受け入れるだけでなく、我が手につかみ取り必死の思いで守り通して初めて自らのものとなるということ・悩む暇があったら寝た方がマシということ・料理は自分と自分の愛する人たちを守るとても大切な手段だということ、・自分が手にする愛は自分が生み出す愛と同じということ・身近な誰かに対して自分がもう力を持たない存在として接することができるのは幸せだということ……などなど。そして知識や思考をリアルにするために、やはり言葉や行動が必要で、読書(脳内活動)の後にはそれらを特に意識しなければならんとも思いました。
2010.01.03
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31日に、善光寺七福神巡り。御朱印いただけるのはどこも午後4時までなのに、午後3時15分に急に「今日巡らなきゃ!」と思い立ち、一人でいそいそと出掛けました。軽く吹雪きの中、傘もささずに超早足。おかげでぎりぎりの午後3時55分、無事に巡り終えました。終わりよければ全て良し、になれたかなぁ。
2010.01.03
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ゴールはスタートということで、自分としてはキリがいい日。初詣の混雑を避けるためにも、先ほど最寄りの善光寺にお参りに行ってきました。ということで、私の新年は一足早くスタート。新たな一年を迎えるにあたり、「始めること」をいくつか決めました。そのうちの一つはタバコ。喫煙者の同僚には、怪訝な顔で「いいことなんて一つもないよ」と言われました。時代に逆行もいいとこですが、まぁそんなもんです。これからは真面目に吸おうと思います。継続は力なり(ぇみなさま、よいお年を。
2009.12.31
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事故の夢を、一晩で立て続けに観た。1.深夜、家の前の交差点で、トラックと乗用車が追突。乗用車の運転手が投げ出され、重体。飲み会からの帰宅途中の私は目撃者。最初は、何もせず通り過ぎる。次は、警察と救急車を呼ぶ。最後は、常備してるデジカメで事故直後の現場のシャッターを切る。上記3パターンの結末?のため、同じ事故映像を3回リピート。2.1を避けようとした乗用車の玉突き事故。父と弟の乗った車がやられ、2人は死亡。身元確認のため警察に呼ばれ、遺体を確認。自分は落ち着いているも、その後どうしたらよいか分からず、父の姉に電話し、質問。「父と弟、死亡。祖母への連絡お願い。父の会社には誰に連絡したらいい?」事故ったトラックの運転手は飲酒してたとかで、「遺族の話」をマスコミに求められ、心底うざいと思う。葬儀を迎えるところで、夢終了。・・・後味悪ぃ。最悪の目覚めです。気分悪いから書き散らしておく。
2009.12.31
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気付けば、あと2009年も残り僅か1日。今年は(も?)どたばたでした。8月末の初の急性アル中事件以来、私にとっての事件事故が続き、己の荒さ/雑さ/未熟さが目に付いたという点で自分を再確認できた1年でした。改善/成長すべき点なので、2010年にはどうにかしたい。これ、目標。あと2週間ほどで、帰国して1年になる。あと1カ月半ほどで、社会人になって1年になる。・・・のに、色んな面で、今の自分でいいとは到底思えない。伸びるべし。
2009.12.30
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「よく考えろ」とか「行動に移す前に立ち止まってみろ」とか言われることの多い私ですどうも。+++「考える」って、どんな行為なのだろう・・・と頭をよぎった。きっと、自分と対話することなんだろうなと思った。声に出さずとも、自分の内だけで声を発している時、実際に声を音にしているときと同じように、脳の言語を司る部位が活発化するという。ここ最近、脳が鈍化していると感じていた原因はきっとこれだ。私はしばらく、自分の声を出していなかったし聞いてもいなかった。自分との対話も、他人との対話も、もっとしなくちゃ。声に出すんだ、思考を、想いを。
2009.12.25
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9人が参加した、今回の集い。参加要件の「S50s」「福祉現場の人間」、両方ともギリギリアウトでしたが、2つめを「福祉関係者」という括りで受け入れてもらえましたw実に有意義でした。お誘いいただき、心底感謝。ありがとう、腹黒さん。今、各職能団体や現場を先導しているのは、主に40~50代の人たち。だけどその現場を支えているのも、将来の介護業界を引っ張っているのも、間違いなく20~30代の若い世代。その世代が、窮屈な制度と職場で、ちぢこまるのでなくて。例えば今の介護保険制度で将来どうなるのかとの危機感から思案したり議論したり、さまざまな問題を抱える介護業界で、まず変えられる自分の現場から何かを変えるようアクション起こしたり・・・てな動きがあるといいとずっと思っていたから。そういう人を全力で応援していきたい。その中で、ちぢこまざるを得ない人の、励みにもなればいいなぁ。自分も頑張らにゃあ。
2009.12.19
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ユニコーン「すばらしい日々」SUPER BUTTER DOG「サヨナラCOLOR」【12月20日追加】華原朋美「I'M PROUD」
2009.12.19
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12日(土)飯綱町で取材。夜、同業他社さんとサシ飲み。13日(日)長野市内で宅老所・GHの講演会の取材。K田さんやH山さんに会う。14日(月)同市内で感染症講習会の取材。T松さんらに会う。夜、県職員らと飲み。15日(火)媒体発行日。16日(水)県の予算発表。17日(木)来週火曜発行分を作成。以下、予定。18日(金)同業他社らと飲み。アドボも。19日(土)日中ちょいとお出かけ。夜はS50sにお呼ばれ。20日(日)ぐだぐだする。+++本日(17日付)の朝日新聞に、川久保玲(67)のインタビュー記事があった。彼女は、私のフェイバリット・ファッションデザイナーの一人。若い頃から今でもずーっと、ライダースジャケット着てるんです。山本耀司と並べられ、反骨精神や黒を基調とした脱モードのデザインで有名。うろ覚えだが、記事でこんなこと言ってた。ー何に対する反骨精神なのか。 人はみんな生まれ持ったものが違う。身体やら才能やらすべて。それで優劣を付けられながら、それでも自分として生きなければならないことが、どうしても納得いかなかった。・・・分かる気がする。[以下、話は逸れて、完全に独り言メモ。無視して下さい]脱モードも、広く脱構築を謳うポストモダニズム全般も、根底にあるのは、既存の思考枠組みを取り払おうすること(と解釈している)。個々の価値や意義を認めるがゆえに「枠組み」などの社会に共通する、絶対的な何かが形成されることに意味が無いと見なす。ほんで、それを取り払おうとする・・・が、取り払う対象の枠組みそのものに意味がないので、取り払うという行為自体も無意味化する。すると「あれ、自分何やってんの」ってキョトンとし、思考停止状態に陥る。「思考の枠組み」の中でも特に「生きること」についてが、しっくりくる。僕らは、「生きることに意味があるのか」と問うものの、意味なんて後付けに過ぎず、絶対的なものは何もないということを知っている。生きることに(絶対的な)意味がない→生きることの意味を問うこと自体にも、意味がない。→問うことも生きるということも放棄したくなる、だって意味ないんだもん→でも一方で、その問いを持ち続け、生き続けることを強いられる。じれんま。多分、少なくない人間が、このように脱構築のポストモダニズムの中で・世界に絶対的な答えが無いということ、・それでも自分なりの答えを見つけなければならないということ、・そうして見つけたどんな答えでも自分が良ければ正解になり得るということの全てのメッセージを社会から受け、こうしたジレンマを感じた経験があるんじゃないか。意味が無い、あるいは何でも意味があることになってしまう、そんな中で何をすればいいかが分からないもの。身動き取れんもの。そこに対する私なりの答えは、「だから、それをも脱構築してしまえばいいんだ。」例えば、「生きること」がテーマになるのは、それが「生きない(=死)」との対立概念だとの枠組みがあることが前提。だから、生きるとか生きないとかを区分すること自体をやめればいい。生きる/生きないは、時間軸だけで見れば、現在/未来の対比であるので、焦点を現在のみに置くことにすれば、対比対象も無くなる。人はいつか生きない状態になるだろうけれど、今この一点だけを見ればその状態に変わることはない。これが、脱構築による思考停止あるいは気力低迷状態を克服するための、私なりの策。脱構築するには、奇しくも、まず脱するべき枠組みを捉えねばならんので、世の中の色々な枠組みを捉えられるだけの知識や教養を持ち合わせたい。そうしなければ、ジレンマから脱せない自分がいるから。で、これが近年福祉を含む多くの社会科学系学問での「今、ここで、を大事にすべし」という視点にもつながるわけですね。「最高の教養を身につけ、最高の思想を抱け」大好きな言葉の一つです。
2009.12.17
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研修に行ったら、T松さんがいました。私と目が合うなり、挙動不審な行動をとったので、周りの人がびっくりしてました。そんなに驚かなくてもいいじゃないですかー私は神出鬼没なのです。ご了承ください。研修後、「さっきはどうも」と素敵な電話もくださいました。腹黒いお気遣いに感激です。
2009.12.14
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久しぶりの書き込みです。中学生の如きタイトルを付け、一週間を振り返ります。7日(月)県議会、一般質問。特に医療福祉分野でネタは無し。8日(火)県議会、社会委員会。健康福祉部の組織案が出たほかは、生活保護の給付件数などぐらいなもの。9日(水)宅老所I、高齢協の研修、N病院、デイサービスHをはしご。デイHについては、リレー訪問の一環で、管理者のWさんに話を聞いてきました。主なトピックは「介護現場は劣悪なのか」。人材不足や低賃金、キャリアプランの立て難さなど、ここのとこ一般紙などでいわれることが多いけれど、それ以上に、人と向き合う介護(福祉)に従事することの意味・味わい深さに、もっともっと光を当てていいのではないか、というような意見交換。次回は、グループホームIの管理者のSさんを訪問します。10日(木)CM試験の合格発表。今年度からの実施が県社協に委託されたため、HP上以外の情報公開について「県に聞いて」と回された。めんどいなー。あとは、新聞の特集号での組み間違いがあったので、修正した。11日(金)前日夕方に急遽呼び出しをくらい、この日は朝9時に某学校へ。早ぇ。あとは媒体の原稿確認とか。年末へ向けてネタの少なくなるので、来週以降が勝負ですな。紙面は埋められるかしら。。。
2009.12.12
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自分が疲れて心がささくれ立ってて面白くない話をしてしまっても、「面白い話ではなくても、どうでもいい話ではないから」と何でも聞いてくれる人。自分がどんなにへこんでも、無根拠、無責任に励ますのではなく、2励ましたら5冷静に現状分析し3課題や今後の方向性に関する考えを示してくれる人。もしくは10まったく何も意見を述べず、ただただ耳を傾けてくれる人。そんなパートナーの存在に、最近ものすごく救われています。諸先輩方へ。どうしたら結婚にこぎつけられますか。
2009.12.04
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このたび、勝手な新企画を始めました。名付けて「リレー訪問」。仕事の合間を縫って、主に長野市内の施設や事業所に訪問し、最低2時間ほどかけて建物内の見学+おしゃべりの後、ちゃっかりと次の訪問先を紹介してもらおう、・・・というこの企画。紙面には直接的には全く影響しません。福祉のことを広く深くもっと知るために、日々お忙しい現場の皆様に頭を下げながら巡回したく思います。早速、本日スタート。(・・・というか、今日の訪問後にこの企画を思いつきました)記念すべき初回訪問は、弊社に最も近い(であろう)老健。ちょいちょい顔を出してはいるのですが、初めてパンフレットとか入所案内とかもらい、施設を歩き回らせてもらいました。ありがとう、ケアマネのS副会長。あまり細かく情報公開しちゃうのはよろしくないので本日改めて学ばせてもらったことを一点だけ。「Sさんと行動をともにすると『(Sさんに)気をつけて!』と声を掛けられる」・・・はい、気をつけます。次の訪問先は、上記と同様の助言をしてくださったWさんか、ある法人のKさんに会う前段階として、T…じゃなかったH黒さん。暇を縫っての訪問なので、基本的に直前の連絡となりますが、ご理解くださいますよう。次回が楽しみ!!!
2009.12.03
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※反映は遅れると予想されますが。ジャスミンねこ → 冷酷王子ねこ腹黒王子に対抗。冷酷王子 + ねこ。冷酷王 + 子ねこ。冷酷 + 王子ねこ。どう捉えてもらっても構いませんが、冷酷なんです。これからも冷たく生きていきます(*´∀`*)ノ+++まぁ真面目な話、冷たくなきゃあかんと思う。冷たいって表現が合ってるかどうかは別として、無理なことは無理と言えなきゃいけないし、諦める(=あきらむ=明きらむ=明らかにする)ことも大事。相手の要求に応えることばかりが、いいことではない。今、自分が抱えているもので、背負いすぎと思うことを削ぎ落とすことにした。仕事も何でも、断れなかったり、自分が抱え込もうとしちゃうことが多いから。大事にしたい仕事、人、価値観を中心に据えて、周縁との境界線を引こう。ただ頑になるのとは違って、むしろ柔軟性を得るために、確固たる足場を固めたい。そう心に決めたら、ちょっと楽になった気がした。
2009.12.02
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ちゃんとしたことは分かんないけど、嬉しい時にありがとうって言えて悲しい時に泣けて楽しい時に笑えて申し訳ない時にはごめんって言えてなんでもない時にもただ一緒に生きてお互いにそうやって、自分の存在を肯定できることなのかも。ほんで、誰もがそうできるようにするために、社会は回っているべきで、そのために、法律や制度、ルールがあるべきなのかも。・・・最近、巷で流行りの「リスクマネジメント」も。
2009.12.01
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僕らが食べてる「じゃがいも」は根ではなく茎だったらしい。(昨日のテレビ番組でやってた。)
2009.11.30
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28日(土)は、アドボネットながのの勉強会。S会長、T松さん、M村さんなどいろんな人にお会いしました。(端的にまとめますが)池田えりこさんの講演で、私として「落ちた」のは、成年後見制度は、生きた人を支えるために生きた人を付けるという究極の対人援助だ、ということ。福祉全てで共通するのかな、心しておきたい。+・・・でも。こうして権利擁護関係で「落ちた」(納得)+.+゚d(´∀`*)グッ!!と私が思うこと多々あるもののも、仕事としてやるのは控えなきゃいかんと痛感してる昨今。自分自身が「学びたい」というのは当然エゴなんだが、「福祉に携わる人すべてに認識しておいてほしい」というのも、こっちの勝手な思惑なわけで、それを介護保険時業者を対象とした媒体に載せまくっちゃいかんようです。関心があるのは「金」と「人」の話、なんだろうなぁ。それでも、やっぱり「生きた人のために(利用者本位)、生きた人が動いている」というのを押さえておけば解決できるだろうなって問題がちょいちょいある。+た と え ば 。昨日、ある会議で、担当する利用者が入院/退院したという連絡を病院からもらえないというCMがおり、それを「医療と介護の連携の問題」の一つに挙げていた。病院は患者についてまず家族に連絡し、家族はサービス事業者に連絡する。CMは家族から連絡をもらうものと思っているが、家族は、サービス事業者→CMに伝わると思っていて、サービス事業者は、家族→CMだと思ってる。で、CMは誰からも連絡をもらえず孤立、と。訪問の多いサービス事業者が、CMよりも、家族と仲良くなることは往々にしてあるみたいだけれど、そこで家族から直接情報を得られるよう、説明したり関係性づくりしたりするのは、CMの仕事じゃないかと思った。別に連携の問題じゃないだろう、と。だって、利用者のためのケアマネジメントのために本人の情報を得たいと思うのならば、「情報が来ない」なんてうだうだ言ってないで、動くだろ。CMも家族も事業者も病院側も、みんな生きた人間。みんな、患者/利用者本人のために、動いている(はず)。それぞれの役割で担えないものを分担し合うのが「連携」とすれば、各個の役割内で出来ることがまだ十分に出来ていないのかもしれない。そしてその原因の一つは「利用者本位」を押さえていないから、かもしれない。K副会長は「うるさいと思われるようなCMになってね」と話していた。そもそも世話を焼く人間てのは概して「うるさい」人間なわけで、まさに世話焼きのCMは「うるさい」もんなんじゃないかと思ってた。・・・現場にいないから分からないこといっぱい。現場にいきたい。
2009.11.29
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何せ、デキの悪い娘なもんで、「仕事」が出来な過ぎ&人々に迷惑かけ過ぎの私。がっくし。数年来の友人でもある、憧れの人生の先輩は、言うことの8割はバカなんだけど、言動いちいち気持ち悪い(失礼w)んだけど、目指すものも、それに向けてやってることも、しっかりしてて地にも足ついてる。自分の主義や主張を認めてもらうには、寝食削る覚悟を。したたかに生きたいなぁ。
2009.11.26
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さしみこんにゃくを作るためのこんにゃくいも。山奥でしかとれない純正はちみつ。地元産の立派なゆず。最近はまっているものの県内で発見できなかった梅シロップ。上から3つは、取材先の施設で。最下の梅シロップは施設近くまでにある道の駅で。時間に追われつつ運転いっぱいのご褒美。とりあえず、週末にも、さしみこんにゃく作るんだー。わくわく。
2009.11.25
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考え事をしている時や、真面目に仕事をしている時、目つきが変わると言われる。嬉しい限り。今日、あるテレビ局記者さんから、「目が悪くなるから、眼鏡等した方がいい」とアドバイスを受けました。眼鏡かけると、真面目モードがONになりやすいので(矯正により目が疲れる感じが嫌ってのもある)運転以外で眼鏡をかけることは少ない。でも、目つきの変化を狙い、かけてみるのも悪くない気がしてきました。メガネっ娘は人気ありますしね。うん。メガネかけよっと。
2009.11.24
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私のお値段。ジャスミンさんのお値段は 2億1740万2325円 です。階級は「神様級」です(42階級中1番目)運が最強。・・・なんか分かるなぁ(^^;+++ そのほかの診断結果 +++恋愛身分証明書恋愛インタビュー弔辞ま、どれも自分で選んだ答えの集大成だけあって、それなりに当たっておる気がする。
2009.11.22
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届きましたーーーーーーヽ(*´▽`)/アマゾンで購入した、Family GuyのDVDボックスセット!!開けてみると・・・卓球セットにカードゲームセットに・・・Family Guyだけあって、家族で楽しむ内容になっております!あ、Family Guyというのは、アメリカのコメディアニメです。詳細はこちら(wiki)シンプソンズの時代が今になった、てな感じ。政治的な風刺がバンバン入ってて、すんごいブラック&ユーモアたっぷり。カナダに行ってた時にハマりました。日本で言うと・・・ケロロ軍曹かなぁ。記憶は不確かだけれど、たしか、一人の声優さんが、主人公+2人の計3人を演じ分けてたはず。すご。中でもおすすめなのは、劇場版。ちゃんとSTAR WARS制作側と話をして作った、音楽、ストーリー、衣装等すべて、STAR WARS IVの完全なパクリ。世界的なベストヒットをあんな風にパクれちゃうなんてすごい。ボックスセットに入ってるDVDは、上記劇場版も含む22枚。リージョンフリーのDVDプレーヤーをお持ちであれば(日本ではなく北米のリージョン設定なので。)+日本語字幕がなくてもよければ、快くお貸しいたしますので、遠慮なくどうぞ~。とにかく、超興奮!!!
2009.11.21
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昨日の参加者は結局、男6女3。飲みの会計時。「はーい、じゃあ男は5で、女の子は0でいいよ~」いやいやいやいやいや。男女で飲み食いする量に差があるってことはあるだろうからそれを金額差に反映するのは分かるがタダはないだろう、タダは。少なからず食べたり飲んだりしてますよ!あとは、年齢差なんかによる稼ぎの違いがあったり人生の先輩と後輩という関係もあったりするけど男性と女性という問題ではない。単純に自分が何かやってあげたい=おごってあげたいというご好意である場合にも、女だからじゃなく、その人個人だからであるべきで。その辺を事細かに表現できない(/面倒)から、「男は~女は~」という台詞に集約されるのかもしれないけど。よく知りもしない(初対面で中には一度も話したことない人もいる)のに・・・ってとっても思う。「(女性として)おごられる」行為を純粋に喜べない人がいるってことが気付かれない。もちろん「え~いいんですかぁ~?キャッ☆」みたいな子も確かにいるし別に女性を代表して発言する気もさらさらないけど少なくとも私はやだ。あーゆー場では、どう異論を唱えても通じないのを学習してきたので、「すんません、ごちになります!」で終わらせて、後日別の形でバックできるようにはしてるけど、追々。自分としては、「女の子」や「後輩」という枠を当てはめられたくないし相手も「男」とか「先輩」で一括りにはしてない。個人として認めてもらいたいし、相手もその人として尊重したいし。こんな微細な点で、軽~い偏見や差別が見え隠れすると、ジェンダー以外のジャンルで、きっともっとすごい偏見や差別があるよな気もしてしまう。・・・ってな話をすると、「いやそこまで考えてないよ誰も(苦笑)」て言われることも多々あるけど、考えてない=無意識にそうゆうことしてるからコワイんじゃんか。それを「偏見」と呼ぶんだぜ?毎回この点で、多人数での「気の置けない仲間」ではない飲みで、ひっかかる。
2009.11.21
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同業他社さん+県職員さんと飲んで歌ってきました。おかげですっかり夜更かし。でもそういえば、一昔前は2時に寝て6時半に起きる生活を繰り返してました。それを思うと、今はずいぶんだらけてる。だって毎日7~8時間寝てるべ。人間の睡眠の適正時間は決まってなくて、「慣れ」の部分が大きいって聞く。ナポレオンの睡眠時間は3時間だけってのは有名な話だし、他の歴史的有名人や、現在の著名人にも、そうゆう人は少なくない。K池さんじゃないけど、私も動いてないと調子が出ないタイプだもんで、大した信条もなく惰性的に生きることには抵抗がある。→睡眠時間を短縮します。死ぬほど本気になれる場所、それがこの立場で、この町で、この業界で。無駄にしていい時間は一秒だってないし、周りは生き急げとは言ってはくれない。だから今の人生、加速度的に生きていたい。(人生の師の受け売り+α)自分の主義主張を形成するにも、それを他人に理解してもらうにも、寝食削るだけの覚悟と努力がなきゃならん。(実際に削る量は別問題)どちらもまだまだ足りない。・・・とか反省する時間があること自体でアウトだろう。・・・とか振り返るなんてポストモダン的(てきとう)。
2009.11.20
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1.職業柄、人脈が日々広まっていくこと。いろんな人に出逢い、いろんなものを受け入れることが「ゆとり」。それだけの器量があるというのは努力の賜物だと思う。がんばる。2.なにせ小さい会社なもんで、いろんな企画が自由にできること。→外注する新聞や本の出版、編集、印刷までも請け負える。 Fax紙のタイトル変更、配信方法変更、連載コーナーの設置等もできる。※上記2点は真面目に計画進行中。何気にめちゃめちゃフットワーク軽いんで、何でもやりまっせ。面白い話あらば、何でも遠慮なくガンガンお申し付けくださいまし。3.職業柄、日々自由に動けること。毎日をどう過ごすかは、自分による。超多忙に過ごしたり、たまには緩く、記事化しない取材をしたり。直行直帰もできるし。4.日々学ぶことがいっぱいあること。消化出来ているかは別としても、反芻すべきと思う事柄にたくさん出逢える。片っ端から吸収できるとしたら、かなり成長できそう。5.取材に出たついでに、美味い物めぐりもできること。県内の名産品を制覇することが当面の目標。目についた蕎麦茶とりんごは、買い占めております。・・・列挙するのは2点くらいにするつもりだったけど書くうちにどんどんでてきた!ので、ここらでストップ。なんだかんだで充実してるなぁ、毎日。色々スイッチ入っちゃって、オフにするのに一苦労。今日は、取材先でUさんに「(髪型)似合うね、かわいい」と、Gさんには「27、8歳くらいに見えた」と言われて嬉しかったりもして(。・ω・。)エヘヘただ、記事を書く技術も、取材する技術も、写真撮る技術も、コミュニケーションも、思考整理も何もかもがまだまだ未熟なのは分かってまして、その辺で、事ある毎に凹むのも確かな話。精進せねば。
2009.11.18
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リボンについての記事があったので、周知の意味もこめて、ここでも一言。+++ピンクリボン、オレンジリボンなどの総称は、「アウェアネス・リボン(Awareness Ribbon)」。リボンの色によって意味が異なり、着用者はその社会活動をしている・・・という表れ。+以下、主なリボンと意味。(参考→Wiki)■ホワイトリボン平和/妊娠や出産の際に母子の健康と命を守る阪神淡路大震災への追悼・感謝・再生の願い/思春期の性的マイノリティの自殺予防■ブルーリボンインターネットでの言論の自由の支持北朝鮮による日本人拉致問題被害者の生存を信じ救出を願う■レッドリボンエイズの理解・支援/飲酒運転による悲劇から命を守る■ピンクリボン乳がんで悲しむ人をなくす■シルバーリボン脳に起因する病気・障害を持つ人(精神障害・知的障害・発達障害・神経難病・認知症・高次脳機能障害など)への偏見を払拭し、理解を促進する■グリーンリボン環境保護運動/移植医療普及■パープルリボンレイプや虐待のサバイバーによっておこなわれている暴力根絶運動■オレンジリボン反人種差別/ウクライナのための民主主義運動/児童売春・児童ポルノ・児童虐待根絶■バイオレットリボンホジキン病(がんの一種)患者の生活の改善■そら色リボン性同一性障害(GID)の理解■イエローリボン平和の支持/自衛官の現地での安全と活動の成功、無事の帰還青少年の自殺防止/HP上のすべての情報に対して法的な「著作権」を主張しない■ブラックリボン政治によるインターネット上の自由への介入に反対2001年9月11日への祈り■ゴールドリボン小児癌経験者のQOL向上支援■ティールアンドホワイトリボン(ティール&ホワイトリボン、ホワイト&ティリボン)子宮頸がん患者支援と子宮がん検診呼びかけのシンボル。静岡県で活動するNPO法人 女性特有のガンのサポートグループオレンジティが提唱。+++「介護の日」然り、イベントは啓発活動の一つのきっかけにはなるだろうけど「たかがリボン/イベントで現状は改善しない」と冷静に見る人も確かにおり、その見方もまた確かだと思う。あくまで手段の一つとして、いわゆる「手段の目的化」にならないよう心がけたい。
2009.11.14
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「とても嬉しい」とか「ちょっと悲しい」とか私たちは平気で感情を量に還元して言語化するけれど、感情に「とても」も「ちょっと」もあるんだろうか。何事も、1より10を、10より100を求める風潮がある。感情についても、「嬉しい」よりは「とても嬉しい」を、「とても悲しい」よりは「ちょっと悲しい」を、「悲しい」よりは「嬉しい」を、良しとしているような気がする。でも、「嬉しい」状態と「とても嬉しい」状態は、本質的には全く異なる2感情であって、同じベクトル上にあるわけではないとしたら。量に換算して比較できないものだとしたら。一つの出来事、一つの思い出、一つの感情は、どれも特別。いっこずつ大事にしたいなぁ。
2009.11.13
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職場で王子と言われた。どうしよう、嬉しいwww■今日の一言■変えるのではなく変わるのを待つ(大久保恒夫)
2009.11.11
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ちょっといろいろ(思うところが)あってこれからはテレビでも新聞でも、スポーツをもっと観ようと思う。
2009.11.10
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日々思うことは、仕事以外にもあるわけで、それらを避けて仕事だけを(ここで)文字化するのはなんだか不自然な感じがしてきたので、これからはもっと色々と書こうと思った。自分らしく。自分を知ってほしいとか分かってほしいとか、なぐさめてほしいとか共感してほしいとか、ましてや好いてほしいとか、全く思わない。人には何も望まないし、望みたくない。ただ、ちょっと色々と纏めたくなった。分散する思考を。もっと、自分の言葉で。・・・かと言って、書き留めておくべきたいそうなことなんて何一つないんだけども。それでも思い巡らすことが多すぎるので、少しずつ書いてく。忘れちゃわないために。+今までの人生で、決して少なくない回数、人から「変わってるね」ってな言葉をかけられてきた。変わってるって、「人と違う」ってこと?だったらそんなん皆そうだろ。皆、それぞれに違う。変わってる。私だけの話じゃない。その意味で、私は「変わってない、普通だ」と応える。でも「定義できない(orしにくい)」ということだったら、納得できる。そもそも定義されたくないし、自分自身を定義したくもない。性別も性格も趣味も思想も好きなものも嫌いなものも大事なものも、こうだと言った時点で、それ以外でなくなってしまう気がするから。男でも女でもありたいし、明るくも暗くもありたい。論理的でも非論理的でも、情熱的でも冷静でもありたい。記者でもありたいし思想家でもありたいし実践家でもありたい。自分が世界の一部であるだけでなく、世界のすべてと共通していたい。自分がどんな人間であるかを認識することが大事なのだと、長所と短所を知り、長所を伸ばし、短所を補うようにするべきだと、そうして「自分らしく」生きるべきだと、特に就活シーズンには耳が腐るほど聞いた。・・・が、そんなご意見、全く興味ない。生物ー心理ー社会モデルって言うでしょ。そうしたいろんな条件下で、自分なんていくらでも変わるわけで。あと、自身を省みる暇を自分に与えたくもない。生きるので精一杯でいたい。それにどうせ、自分の身体に付いた両目で見れるのは、自分の前にある世界。この目から自分自身なんて、どうやったって見えるわけない。だからむしろ目の前の世界を、進む先の道をしっかりと捉えるべきだと思う。そのために五感をフル活用することが、自分を生きてるってことだろう。わざわざ定義なんてせんでも、それだけで人は「自分らしく」生きてる。だから私は、自分が思うままに感じるままに、「自分らしく」生きてく。これまでも、これからも。振り返らずに、まっすぐ生きてきたい。
2009.11.08
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シンポジストの一人、埼玉県の主婦の体験談。小諸に住む実弟を在宅で看取ったという話。その中で、ケアポートみまきのケアマネについて非常に信頼できると太鼓判を押していた。以前に認知症の父親についてもみてもらい、とてもよかったので、病院で手足の拘束等をしなければならなくなった実弟についても相談。父親のときと同様に親身に話を聞いてもらえ、在宅ケアに向けて準備をすすめてくれたとのこと。在宅ケアを家族で協力して行っていく中で、「医療者と24時間連絡とれたこと」が大きな支えだったという。でも同時に、「あのケアマネさんがいてくれたから」と何度も何度も繰り返していた。福祉って、やっぱり「感謝される仕事」だと思った。有り体だけど。だから、感謝されなきゃいかん。その人にありがたいと心の底から思ってもらえなきゃならん。困難事例ならぬ混乱事例とか(→中心に利用者本人が据えられてれば問題ないのでは)不必要に公開を宣伝し、本人不在の連携推進会議とか(→地域での関係者は限られており、県下にアピールする意義はないわけで。)諸々のことをやってしまっている人たちは、ちゃんと「ありがとう」って言ってもらえてるんだろうか。個人的には、仕事を通じて「ありがとうって言ってもらえて嬉しい」と純粋に思え、それ(ありがとうと言われること=利用者本位)のために動いている人を、信頼していきたい。■今日の一言■ 中にはとても臆病な人たちもいる。変化がこわいんだ。本当は、世界は思ったほど、クソじゃない。だけど日々の暮らしに慣れきった人たちは良くないこともなかなか変えられないきっと、だから諦める。でも、諦めたら、負けなんだ。すごく難しいことなんだ。周りの人がどういう状況かもっとよく見る努力をしなきゃ。守ってあげるために。心の声を聞くために。人を立ち直らせることのできるチャンスなんだ。(映画「ペイフォワード」)
2009.11.05
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第7回日本介護学会が、本日、長野県佐久市で開かれました。「記念講演」は、自分でもびっくりするくらいに爆睡。ハナから目当ては「研究発表」だったのでまぁよし。で、率直な感想をば。「学会」って、きちんと研究を発表する場なわけで、その研究は学術的に通用するものでないといかんと思うのです。がなかなかそうした研究は難しい模様。やっぱり現場の人は修論書いたりしてないわけで私のような若輩者から見ても、学術的論文としては甘い点がちらほら。この点に関し、N大のN教授が辛口コメントしてました。(以下要約)+1.言葉の使い方や解釈例えば、「福祉用具の有効性を実証できた」と言っても、研究ではスライディングシートしか使っていなかった場合は、「福祉用具」と括ってはいかん。さらに、検定により比較する2つで有意差が見られた場合にも、その結論付けの仕方が拡大解釈になっている。関連性があっただけなのに因果関係を示したようになってたり。2.目的の設定と考察との関連性何を目的とした研究なのか、その結果何がわかったのか、の設定が甘く、整合性がとれていない。目的が2つあるのに、考察での分かったことが1つだけだったり。3.検定の使用質問紙調査と単なるアンケートとの違いは、検定をするかどうかだ・・・といってもいいと思う。カイ二乗なり何なり、基本的な検定法を知り、使うべき。それがない調査は、信頼性が著しく欠けてしまう。4.先行研究やりたいからやってみました、じゃ研究にならない。だってそれは、知識の蓄積に寄与すべきものだから。過去の研究ですでに分かってることを示しても価値はない。先行研究は十分に確認しておくべし。+ただ、これらと同様に頭に入れておきたいのは、専門性を高めるために、研究をするというのはとても重要だってこと。M総合施設長の言う通り。(以下要約)+現場の人が研究することには大きな意味がある。一番現場を知っているのは、現場の人だから。だから、日々の多忙な業務の中、研究をしようとしたこと、そして、実際に研究したことには敬意を表さねばならない。そして、そうした研究の積み重ねによって、おそらく研究としての諸々の手続きも洗練されてくるだろうからこれからも小さくていいから研究を積み重ねていってほしい。+研究内容は、正直、穴だらけでがっつり記事にするのは難しい。だから今学会では、「研究によって分かったこと」よりも「研究をするということ」に意味を見出し、伝えていけたらと思う。記事は、次号(金曜)に掲載します。■今日の一言■佐久ジャスで、ドラクエすれ違い通信10人突破!
2009.10.31
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自分のことを棚に上げますが、マスコミは、基本的に、好かないです。時と場合によりですが、好かないどころじゃなく、かなり苛つくことがあります。例えば、最近では、婚活女性による男性不審死の事件がそれ。報道でも、新聞はまだいいのだけど、テレビが耐えられない。ニュースと銘打った特番で、いわゆる「ニュース」を報じているのではなく、客観的事実の積み上げに見せかけた主観の押しつけが心の底から鬱陶しい。なんで最近のテレビは、加害者や被害者の文集、同級生のコメントを持ち出すんかね。加害者だったら「一見普通の人ではあったが、心の闇があった」被害者だったら「将来は~~を目指す、心優しい子だったのに」という主観的まとめになるのがオチと決まってる。そんなん、事件の加害者、被害者じゃなくても、誰でもそうだろ。心の闇くらい誰でもあるっちゅうねん。しかも古い記録で、本人の人生のほんの一部にしか過ぎないのに、あたかもそれが本人の一面をあらわにしてるかのような説明。それで何を見せたいのかが全くもって分からない。人の人生に踏み込むだけ踏み込んで・・・加害者に、犯行に及ばせただけの福祉的要因を認め、社会的な支援体制の不十分さに切り込むわけでもなく、ただただ「いい人、普通の人であったが、こんな一面もあった」のみ。コメンテーターなる人がコメントする「ニュース番組」ってのを目にする度に、イライラします。マスコミは、一体何を伝えているのか。怠慢だ。・・・完全に独り言ですが。■今日の一言■専門性とは、説明でき、責任を負えること。(K氏)
2009.10.28
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どんな資源にも、限りがある。「費用対効果(効率)」を重視することも必要だと、働き始めて気付いた。自分自身の働き方も含め、これは何にでも当てはまると思う。漫然とやってるだけじゃないか、そこにどれだけの効果があるのか、分かりきっての活動ばかりじゃないだろうけれど、頭のどっかには置いとくべきだろうなぁ。
2009.10.27
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あどぼで、筑波大学の上山泰教授を招き、研修会。・・・は、別の仕事があり全く参加できなかったのですが、その後の交流会の終わり30分に顔を出せました。で、上山教授の隣席をゲットし、わずかな時間ではあったものの、色々とお話が伺えました。その中で、日本での成年後見について、教授が指摘してたことを二点、メモ。1.支援する側を支援する体制の欠如2.自立支援という視点の欠如と、実務者の怠慢による無駄な後見詳しくは、また。とりいそぎ。
2009.10.26
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「自愛」とは、自分を大切にし、健康管理に気をつけること、だとばかり思ってた。Yahoo辞書によると、上のほか、 自分の言行を慎むこと。自重。 自分の利益を大事にすること。利己。「―主義」 倫理学で、自己保存の本能に基づいて、自己の幸福を求める自然的性向。 物を大事にすること。珍重すること。との意味があるらしい。・・・深い。好きな言葉に加えようっと。みなさま、ご自愛ください。■今日の一言■プライベートまで含めて自己管理することも、仕事の一つ。休め。(K氏、私に向かって)
2009.10.23
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