村上春樹さんの小説の中ではあまり評価の高くない作品ですが、村上さんならではの作品ですきですね~。誰もが持っている幻想を描いたおもしろい作品だと思います。見方によってはちょっと怖い話かもしれません。
主人公の「僕」が1951年に生まれて、小学校時代から37~38歳になるまでの話。結婚して家族を持ち、事業にも成功している主人公が、小学校の時に唯一の友達だった島本さんという女性に再会し、全てを捨てて一緒になろうとする。
島本さんは小児麻痺の影響で左足を少し引きずっており、成績優秀な美人である。中学で離れ離れになってからも常に「僕」の心の中には島本さんの幻影がある。高校の時にイズミという彼女ができるが、「僕」は高校最後の年に決定的にイズミの心を傷つけてしまい、故郷をあとに東京の大学に進学する。
時代背景は1980年代後半のバブルの全盛期。「僕」の経営する青山のジャズバーに美しく品のある金持ちの島本さんが現れる。自然の成行で付き合い始めて、「僕」が全てを捨てて一緒になろうとするところで彼女は忽然といなくなってしまう。
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私は島本さんは単なる幻影であり、というか既に死んでいて幽霊なのではないかと思っています。バブル期で物質的に満たされた主人公の頭の中で理想的に造りあげられた幽霊と付き合ったのです。島本さんはしとしと雨が降る日にしかバーには現れず、失踪時も山の中の別荘から朝気が付いたらいなくなっていたのです。そしてそれ以来、島本さんが関わる10万円の入った封筒も自宅の机の引き出しから消えてしまったのです。
しばらくして、東京の街中で島本さんらしい女性を見つけて追いかけるが途中で見失い、そこで信号待ちのタクシーに乗った全く表情のないイズミと一瞬再会する。イズミは無表情のままタクシーは走り去る。これも主人公の幻影であり、自責の念から表情を失ったイズミを造りだしたのであろう。
その後、「僕」は表面上は何ごとも無かったように、空虚な心のままで日常の家族生活にもどる。村上さんの小説には実際は死んでいる人間が現れ、話をする場面が時々出てくる。「羊をめぐる冒険」で親友の鼠と話をしたように。
私たちも日常接してる人たち以上に過去の幻影が影響を与えていることがあるかもしれない。それも自分たちが勝手に膨らませすぎた幻影が。。。
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